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元のスレッド
スクールランブルIF13【脳内補完】
- 1 名前:Classical名無しさん :04/08/29 07:56 ID:30empH8s
- 週刊少年マガジンとマガジンSPECIALで連載中の「スクールランブル」は
毎週10ページの週刊少年漫画です。
物足りない、もっとキャラのサイドストーリー・ショートストーリーが見たい人もいる事でしょう。
また、こんな隠されたストーリーがあっても良いのでは?
有り得そうな展開を考察して、こんな話思いついたんだけど…といった方もいるはずです。
このスレッドは、そんな“スクランSSを書きたい”と、思っている人のためのスレッドです。
【要はスクールランブルSSスレッドです】
SS書き限定の心構えとして「叩かれても泣かない」位の気概で。
的確な感想・アドバイスレスをしてくれた人の意見を取り入れ、更なる作品を目指しましょう。
≪執拗な荒らし行為厳禁です≫≪荒らしはスルーしてください。削除依頼を通しやすくするためです≫
≪他の漫画のキャラを出すSSは認められていません≫
【前スレ】
スクールランブルIF12【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/l50
・関連リンク
SS保管庫(仮)
ttp://tenma.web.infoseek.co.jp/SS/index.html
SS投稿避難所
ttp://web2.poporo.net/%7Ereason/bbs/bbs.php
- 2 名前:Classical名無しさん :04/08/29 07:57 ID:30empH8s
- 【過去スレ】
スクールランブルIF11
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1090240458/
スクールランブルIF10【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1088764346/
スクールランブルIF09【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1087097681/
スクールランブルIf08【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1084117367/
スクールランブルIf07【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1082299496/
スクールランブルIf06【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1078844925/
スクールランブルIf05【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1076661969/
スクールランブルIf04【脳内補完】(スレスト)
http://comic3.2ch.net/test/read.cgi/wcomic/1076127601/
関連スレ(21歳未満立ち入り禁止)
【スクラン】スクランスレ@エロパロ板4【限定!】
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1091365878/l50
※荒らし行為について
“完全放置”でよろしくお願いします ネタバレも当然不可です
■ 削除ガイドライン
http://www.2ch.net/guide/adv.html#saku_guide
- 3 名前:Classical名無しさん :04/08/29 09:35 ID:gr2b6WFM
- >>1
乙です
- 4 名前:Classical名無しさん :04/08/29 12:30 ID:V9fPFvs.
- http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/610-619
GJ!!
久々の旗SSのお陰で後一ヶ月は生きていけそう。
つーか、少しくらい痛い女にした方が沢近らしい気もするし、
俺はそういう話が大好きだ。続きキボン…
- 5 名前:前スレ目次 :04/08/29 12:31 ID:bL..NBkQ
- ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/10 NAVY BLUE
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/19 迷探偵ハリマ 怪盗ハミングバード事件
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/34 BIG BABY
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/47 Stand by
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/59 Lingering Sting 〜消えない痛み〜
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/66 Stand by
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/75 If...scarlet
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/86 Fragile Heart 〜壊れゆく心〜
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/98 それぞれの明日へ
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/111 I Need You
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/123 無題
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/133 THE BLACK CAT
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/146 The Heart Is a Lonely Hunter
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/167 If...brilliant yellow
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/206 lonely,lonely night
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/216 夏の夜のbirthday
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/224 Birthday... Itoko Osakabe
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/246 『Present bomb』
- 6 名前:前スレ目次 :04/08/29 12:31 ID:bL..NBkQ
- ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/256 Happy Birthday
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/275 Sparkling Soda
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/286 保護者として
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/295 幸せになる為の嘘
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/324 True birthday
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/337 学校へ行こう!
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/359 HOODLUM
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/384 The Heart Is a Lonely Hunter
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/392 If...moonlight silver
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/415 ENEMIES A LOVE STORY
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/434 HOODLUM
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/442 The Little Mermaid
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/457 どうしようもない僕に天使が舞い降りた
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/496 Reconstruction
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/502 The Little Mermaid II
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/521 If...azure
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/549 【夏祭りの夜に -yakumo side-】
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/611 All for you
- 7 名前:Classical名無しさん :04/08/29 13:10 ID:s3Iy7wo2
- しかしよく考えたら前々スレも容量オーバーしているだけでまだdat行きしてないんだよな・・・
SSスレなのに流れ早すぎw
- 8 名前:Classical名無しさん :04/08/29 13:28 ID:90I89pE.
- >>クズリさん
前回の感想で旗をリクエストしてた者です。
もう脱帽です、沢近サイコー!
ここからがいわゆる沢近の逆襲が始まるわけですね。
播磨へのこれからの彼女のアプローチを妄想してみると……萌え死ぬぅ
作の作品のなかの未来の沢近と違って、
この沢近は獲物を譲ったりはしなさそうですし、この後の播磨に幸あれ
- 9 名前:ゾリンヴァ ◆i3srl4VmZs :04/08/29 13:36 ID:BgWsKGRM
- >前スレのクズリさん江。
わたしが投稿する際は、一分おき、時計の秒針が毎分ゼロになる度に
投下してました。あまり短い間隔で投稿すると、規制に引っ掛かって
しまうのでしょう。
手元のパソコンを秒数まで見られるようにしておくと、楽だと思います。
- 10 名前:Classical名無しさん :04/08/29 13:45 ID:VH8mcp4I
- >>1
きっさまぁ!
何故!何故IF13を全角にしたか!
何故だ!
まあそれはともかく乙。
- 11 名前:Classical名無しさん :04/08/29 14:02 ID:paFaclMs
- >>1
乙
- 12 名前:Classical名無しさん :04/08/29 16:34 ID:xyhY0jiY
- >>1、
スレ立て乙です
>>5->>6
集計乙です
- 13 名前:Classical名無しさん :04/08/29 23:53 ID:4yQ.eCrU
- 明日の夜あたりに少し長めのSSを投下したいと思います。
長さに見合う内容があるかどうかはわかりませんが、
ご迷惑を掛けるかもしれませんので予め予告させて頂きました。
- 14 名前:Classical名無しさん :04/08/30 03:26 ID:KP8bULJ6
- >>1
スレ立て、お疲れ様です。
- 15 名前:Classical名無しさん :04/08/30 03:41 ID:fLBULvRg
- IF13の一番乗りは>>13さんかな〜
- 16 名前:Classical名無しさん :04/08/30 03:56 ID:1auQLL3I
- >>13
OK、楽しみに待つよ。長くても面白けりゃ良いわけで、
俺も面白く無さそうだったら当然のようにスルーするから別に無問題。
ただ心意気は買うぞ。大きなお世話だろうが。
- 17 名前:Classical名無しさん :04/08/30 13:49 ID:qDXFFfmE
- わたし、まーつーわ。いつまでも、まーつーわ。
- 18 名前:Classical名無しさん :04/08/30 15:03 ID:iGwnItPQ
- ここに書くことなのかどうなのかも分からないんですが。SS保管箱にある
グズリ氏の書いている「School Rumble b−0」シリーズの7月10日
以降の作品はどこでみれるのでしょうか?脳内補完のIF11を開こうとしても
そんなスレッドはありませんと言われてしまいます><2ちゃんねるに余り
慣れていないもので何をどうしたらいいのか良くわかりません。とても面白かった
のでどうしても続きがみたいんです。誰かお願いいたします。
- 19 名前:Classical名無しさん :04/08/30 15:11 ID:yZvNn81g
- スクールランブルIF11
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1090240458/
スクールランブルIF12【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/
- 20 名前:Classical名無しさん :04/08/30 15:13 ID:iGwnItPQ
- 18です。すいません、間違えました。IF11じゃなくてIF10が開かないです。
- 21 名前:Classical名無しさん :04/08/30 15:32 ID:yZvNn81g
- 分校の過去ログ倉庫にいけばSS関連のログは残ってる。
Zipが開ける環境じゃ無ければ、自分で必要なソフトを揃えるべし。
- 22 名前:Classical名無しさん :04/08/30 18:34 ID:ZN7O5MPI
- 分校の保管庫(仮)が更新されて見れるようになってたよ
- 23 名前:クズリ :04/08/30 19:45 ID:wEFrczgo
- ちょっと様子見してましたが、投稿しても大丈夫そうですかね?
クズリです。すごくどうでもいいことですが、皆様、間違われることが多いようで……
クは濁りません。
ま、ともかく。
水面下で色々と模索中です。
というわけで。
好評を頂いたので、『If...』の続きを書かせていただきたいと思います。
蛇足、と言われることを承知の上なのですが。
もっとも、今回は播磨・八雲から離れて、番外編的なところですが。しかも長すぎて、
前後編に分けて投稿するのですが。
では。
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/75-82 『If...scarlet』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/167-190 『If...brilliant yellow』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/392-408 『If...moonlight silver』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/521-531 『If...azure』
に続いて。
『If...baby pink-1』
問題作なのかもしれません、一部の人には。
- 24 名前:Classical名無しさん :04/08/30 19:46 ID:wEFrczgo
- そろそろコートが必要かという季節。あまりに気の早いクリスマスツリーが、駅前の広場に現れ
た。道行く人々の口にも、聖なる日を誰と祝うか、そんな話題が上っている。
その声を聞くとはなしに聞きながら、少女は一人、壁にもたれかかっていた。
短い黒髪に、細く鋭い目、凛と結ばれた唇。細身のパンツとベアトップ、そしてブーツを黒一色
で統一した彼女は、どこかシャープな雰囲気を身にまとっている。そして、首元に光る銀のネック
レスと、上から羽織ったベージュのサファリシャツが、彼女の中に潜む艶を引き出していた。
もっともその全てを、彼女が手に持ち読みふける漫画の単行本がぶち壊していた。ミステリアス
は消え去り、ただアンバランスだけが残る。
それはどこか背徳感の漂う組み合わせ。だがそのギャップがまた、魅力になっているのだけれど。
通り過ぎる男達の視線を浴びながら、しかし少女――――高野晶は眉一つ動かさない。
- 25 名前:If...baby pink-1 :04/08/30 19:46 ID:wEFrczgo
- 黙々と読み続ける彼女に声をかけようとする猛者もいなくはなかったが、その全てを晶は、一瞥
だけで撃退してきた。
三人目のナンパ男が肩を落として去っていった後、彼女は小さく溜息を付いて、腕時計を見る。
待ち合わせの時間は、十分前。もっとも晶には、彼女がこれぐらい遅れるだろうことは予測済み
だったのだが。
そろそろ、かな。
心の中で呟くと同時に、近付いてくる金髪を、人ごみの中に晶は見つけた。
脱色したのでは出せない艶と美しさを持つ髪は、その主である彼女の自慢だ。光がその一筋一筋
に絡みつき、綺羅綺羅と輝いている。
「遅いよ、愛理」
「私のせいじゃないわよ。ここまで来るのに、何人にナンパされたことか」
親友の答えに、晶はわずかに肩をすくめた。彼女の姿を見て、それもそうだろうな、と考える。
白のシャツは胸元を大胆に開けて谷間を覗かせ、タイトなデニムの膝より少し下の丈のスカート
に入ったスリットは、その艶かしい白の太ももを惜しげもなく衆目に晒している。
友人達の前ではどうであれ、彼女の容姿と外面がどれだけ男をたやすく魅了するかを知らない晶
でもない。だから彼女は、それ以上、つっこむことはしなかった。
「それじゃ行こうか」
「OK……でも晶、その漫画?」
「これ?面白いよ。貸してあげようか?」
「いい。もう読んだから」
晶が差し出したハリマ☆ハリオの新作単行本を、愛理は受け取らなかった。
- 26 名前:If...baby pink-1 :04/08/30 19:48 ID:wEFrczgo
- If...baby pink
「こういう時って、どういうものを持って行ったらいいのかしら?」
「さぁ。普通に、果物の詰め合わせでいいんじゃないの?」
「バスケットに入ってるやつ?まあ確かに、今はその方がいいかもね」
駅前のデパートで適当に見繕った物を持った二人が向かったのは、矢神市で一番に大きい総合病
院だった。
受付で名前を出して病室を聞き出し、二人は目的の彼女がいるその部屋の前で立ち止まった。
四人部屋なので無用とは知りつつ、愛理は一応、扉を軽くノックしてから中に入った。
「どうぞー――――って、おう、沢近に高野じゃねぇか」
ベッドに横になったまま、雑誌に目を通していた彼女は、訪れた友人達を笑顔で迎えいれた。
「はーい、元気?美琴」
「その後、どうかしら、美琴さん」
「ハハッ、元気なもんよ。私も、こいつもね」
快活に笑った後、愛おしそうに美琴は、大きくなったお腹を撫でながら言う。
新しい命を、彼女は自らの胎内に宿しているのだ。
「そう、良かった。はい、これ」
「おう、サンキュな」
バスケットに入った果物を手渡された美琴は、それを枕元のチェストの上に置く。
「もうそろそろだっけ?予定日は」
「ああ、まあな」
晶の問いかけに、美琴は照れ臭そうに頷いた。
「ねえ、触ってみてもいい?」
「ああ、いいよ」
承諾を得て、愛理はおそるおそる、マタニティドレスの上から美琴の大きくなったお腹に手を触
れる。
「あ……動いた」
「わかるだろ?まだお腹の中なのに元気いっぱいみたいでさ、よく蹴られてるんだ」
ひとしきり笑った後、美琴はもう一度、お腹を撫でる。
「不思議なもんだよな。私の中に、もう一人いるんだぜ?生まれてくるのを待ってる、命がよ」
ほんと、不思議だよな。言って微笑む美琴の横顔に、愛理は見惚れる。
同い年の少女、だが彼女はすでに、母の顔をしていたのだった。
- 27 名前:If...baby pink-1 :04/08/30 19:48 ID:wEFrczgo
- 「元気いっぱいなのは、両親の血を継いでる証だね」
「ハハ、ま、確かにそうかもな」
「それよりも美琴、アンタ、また胸が大きくなった?」
「あ、わかるか?妊娠すると二つカップが上がるって、本当だったんだな」
今日は体調が良く、部屋の中にずっといるのは息が詰まる、という美琴が言い、彼女達は看護師
の了解をとって、ラウンジに移った。窓の外には、病院の庭が広がっている。
二人に両側から支えられながら、美琴はお手製の座布団を敷いてから、椅子に腰を下ろす。彼女
を挟んで、向かい合うように座る愛理と晶。
「それにしても」
美琴の顔と、お腹を交互に眺めながら、若干、呆れた口調で愛理が口を開いた。
「……まさか、美琴が一番初めにゴールインするとは思わなかったわ」
「またその話かよ。勘弁してくれ」
言いながら手を振るが、その顔はまんざらでもなさそうだ。それがわかっているから、愛理は何
度もその話題に触れてしまう。
「しょうがないわ。それだけ私達が驚いたってことだもの」
「――――ま、正直、私も驚いたんだけどな」
三人はそれぞれに思い出す。
この場にいない天満を加えた四人で行った卒業旅行。
そこで美琴以外の三人は、彼女の口から、聞かされたのだ。
あの話を。
「なぁ、皆。ちょっと聞いてくれねぇか」
温泉を堪能し、浴衣に着替えた三人を前に、美琴は居住まいを正す。
「どうしたの、美琴ちゃん」
今日一日、楽しい旅行だというのに、どこか上の空だった美琴を心配していた天満が、いち早く
反応する。髪を梳かしていた愛理と、壁にもたれかかって漫画を読んでいた晶も、彼女の方に顔を
向けた。
「何よ、美琴。改まって。隠し事してるのはわかってるんだから、ちゃっちゃと言っちゃいなさい」
愛理の促す声に、美琴は一度、大きく深呼吸してから、言ったのだ。
「実は、私、結婚することになったんだ」
- 28 名前:If...baby pink-1 :04/08/30 19:49 ID:wEFrczgo
- 『――――ええーーーーーーっ』
沈黙の後、二人の叫び声が室内に反響した。晶はただ一人、
「そう」
と言って、片眉を上げただけだった。もっとも、それで十分、彼女にとっては驚きを表したこと
になるのだろうが。
「美琴ちゃん、本当!?」
「何時!?何時、結婚すんのよ!?」
「ちょ、ちょっと待てよ、お前ら。ゆっくり話すから。頼むから落ち着いてくれ」
鼻息も荒く詰め寄る天満と愛理を、美琴は手を振って制する。頬を桜色に染めた彼女の必死の言
葉に、二人はようやくに落ち着いた。しかしその目は、じっと美琴をとらえて離さない。
「話の前に、一つだけ、聞いていい?」
「何だよ、高野?」
「……何ヶ月なの?」
冷静沈着な少女の一言の意味は、ただ一人、渦中の少女にだけ伝わったようだった。カッ、とこ
れまで以上に顔を真っ赤にして、美琴は答える。
「も、もうすぐ二ヶ月――――けど、何でわかったんだ?」
「あら、本当にそうだったの?カマをかけてみただけなんだけど」
肩をすくめる晶に、絶句する美琴。
もっとも後で彼女は晶の、身持ちの固そうな美琴さんが結婚するなんてそれぐらいしか理由が考
えられなかった、という言葉に大いに納得したのだが。
「二ヶ月――――って?」
「――――!!本当にそうなの!?」
わからないままの天満に対し、愛理は二人の様子からそれと知って、再び美琴に迫る。思わずの
けぞりながら彼女は、ああ、と頷いた。
「ねぇねぇ、何のこと?」
「ほんっっっっと、鈍いわね、天満は」
心底、呆れたという表情で言い放った後、愛理は美琴のお腹を指差して言った。
「赤ちゃんよ、赤ちゃんっ!!妊娠したって言ってんのよっ!!」
「――――ええーーーーーっ」
本日二度目、隣室から苦情が来るかもしれないほどの大声で、天満が叫ぶ。
「赤ちゃんって、あの赤ちゃん!?美琴ちゃん、お母さんになるってこと!?」
「あ、ああ。そういう……ことになるかな」
- 29 名前:If...baby pink-1 :04/08/30 19:51 ID:wEFrczgo
- 「正直、何て言われるかわかんなかったから、さ。これでも、勇気が言ったんだぜ?」
口々に祝福され、おめでとうと抱きしめられて、涙腺を崩壊させた美琴がやっと落ち着いた後、
彼女はふっと、三人に向けてそう言った。
期せず、微笑を交し合う少女達。そして天満が、代表して思いを言葉にする。
「美琴ちゃんが選んだことだもの。幸せになれるよう、応援するよ?」
「――――サンキュな、皆」
鼻をかく美琴の目がまた潤み出すのを見て、少女達はクスクスと笑う。照れ臭そうに笑い返しな
がら、ふと美琴は疑問を口にした。
「あのさ。そういえば、誰が父親とか聞かれてねぇんだけど……興味ない?」
思わず顔を見合わせた三人は、さも当然というように、
「花井君でしょ?美琴ちゃんの彼氏……っていうか、旦那さんになる人」
「何、気付いてないとでも思ってたの?ほんと美琴って、隠し事が下手なのね」
「まあそう言わないであげようよ。美琴さんだって、必死だったんだったから」
「あう……バレバレでしたか」
- 30 名前:If...baby pink-1 :04/08/30 19:51 ID:wEFrczgo
- そして四月に入ってすぐ、大学が始まる前に、二人は入籍し、ささやかな結婚式を挙げた。
当然、三人も招かれて列席している。場所はサラがボランティア活動をしている教会。
「美琴ちゃんって、神前式が似合うと思ってたんだけど」
「内祝いを道場で、家族と門下生の人達としたらしいよ。で、その時は、ずっと昔から二人を知っ
てる古参の一人が、呉服屋さん――――ほら、あの交差点のところにある店の若旦那さん。その人
が二人の紋付袴と白無垢が見たいってことで、着させられたらしいよ」
「へぇ。じゃあ、後で写真を見せてもらわないとね」
ひそひそと話す声を遮るように、サラが弾くオルガンの荘厳な音色が響いた。
牧師の前に立つ花井が見つめる中、扉が開き、新婦が父の腕をとりながら、静々とバージンロー
ドを進む。
「美琴ちゃん、綺麗……」
うっとりと囁く天満の言葉に、愛理と晶、そして同じように招かれていた八雲は頷いた。
無垢の白のドレスは、わずかに膨らみ始めたお腹が目立たないデザイン。式前に控え室を訪れた
時とはまた違う美しさなのは、美琴の顔に浮かぶ想いのせいか。
ベール越しに真っ直ぐ、伴侶となる男の目を見つめる少女の心には、積み重ねられてきた思い出
が過ぎっていた。紆余曲折を越えて、ここにたどり着くまでに通った道を。
それは彼女の隣に立つ父も同じなのだろう。笑顔を浮かべる目の端に、きらりと光る涙。
- 31 名前:If...baby pink-1 :04/08/30 19:52 ID:wEFrczgo
- ゆっくりと近づいてくる彼女を、花井もじっと見つめ返す。その背筋はピンと伸び、顔には何一
つの迷いもない
父の手から、愛する男の手へ。美琴が彼の前に立った時、新婦の父が一言、何事かを囁いた。緊
張にか、表情の硬かった花井はその声に、力強く頷いて見せる。
微笑む父、そして美琴はチークの入った頬をより一層に桜色に染めてうつむいた。
「あなたは、神の教えに従い、きよい家庭をつくり、夫としての分を果たし、常にあなたの妻を愛
し、敬い、慰め、助けて、死が二人を分かつまで健やかなときも、病むときも、順境にも、逆境に
も、常に真実で、愛情に満ち、あなたの妻に対して堅く節操を守ることを誓約しますか」
「誓います」
静寂の中に響く、彼の声はとても凛々しいものだった。
「――――誓います」
次に、自らに向けられた牧師の言葉に、美琴もまた、はっきりと答える。
そして向かい合った二人は、誓いの言葉を述べ、指輪を交換し――――
花井がベールを上げる。はにかみながら微笑む美琴が、顔をわずかに上げ――――目を閉じた。
重なる、二人の唇。
それは瞬間、だが永遠のように長く。
二人の影が離れた時、美琴は薄い化粧が崩れるのも構わず、ボロボロと泣いていた。
その涙の一滴一滴の輝きを、天満達は何にも代えられない素晴らしいものだと思ったのだった。
「ね、ね。美琴ちゃん。ブーケ、私達の方に投げてよね?」
「はいはい、わかったよ」
式の前の約束どおり、美琴が投げた花束は弧を描いて、天満達の方へと飛んできた。
少女達が伸ばす手をすり抜けて、ブーケは一人の少女の胸元へと吸い込まれる。
「え……」
「あー、八雲、いいなぁー」
思ってもいなかった出来事、そして周囲の女性達の羨望の眼差しにおろおろする八雲は、
「姉さん、これ……」
手に持ったそれを姉に渡そうとしたが、天満は受け取らなかった。
「ダメだよ、八雲。それは八雲が幸せになるって神様のお告げなんだから」
「うん……わかった」
愛理はその時、見たように思った。
嬉しそうに振る舞い、ブーケを胸に抱きしめた彼女の横顔に悲しみと、男の面影が浮かんだのを。
- 32 名前:クズリ :04/08/30 19:58 ID:wEFrczgo
- というわけで、前編終了。後編は近いうちに。
書き忘れておりました。
>>ゾリンヴァ氏、御指導、どうもありがとうございます。今回は大丈夫でした〜
個人的に、色々な意味で冒険してみた今作品、いかがでしたでしょうか?
正直、ドキドキしながらの投稿であることは否めません。
拙い作品でありますが、どうかよろしくお願いいたします。
ついでのようで申し訳ございませんが、改めてこの場をお借りして、分校の管理人の
皆様に御礼申し上げたく思います。私のSSをサルベージしていただき、感謝の言葉も
ございません。本当に、ありがとうございました。
そしてこれからも、どうかよろしくお願いいたします。
- 33 名前:Classical名無しさん :04/08/30 19:59 ID:Na5.VBtk
- 支援
- 34 名前:Classical名無しさん :04/08/30 21:15 ID:iGwnItPQ
- 18です。ちゃんと観れました教えていただいた方々有難うございます。
それと・・名前間違えてすいません、今度からはちゃんとカキコします。
いつも楽しくSS読まさせて頂いてます。これからも素晴らしい作品を楽しみにしてます。
分校の管理人の皆様も有難うございました。
- 35 名前:Classical名無しさん :04/08/30 22:15 ID:dvWIzTeE
- 前スレの386以来、1週間ぶりのSSでつ。
相変わらず遅筆でスマソ・・・
前のSSカキコが前スレになっていて、
かなり忘れた方がおられると思いますので、
最初にあらすじを載せておきます。
・・・で、さらにスマソですが、
あと1回だけ、「付け足し」のようなものを書く予定ですので、
まだ未完です。
長々になってしまってかなりスマソですが、
もうしばらく、お付き合い頂けましたら幸いに思います。
批評・感想等、お待ち申し上げております。
あと、これは、一応、旗SSです。
- 36 名前:今までのあらすじ :04/08/30 22:16 ID:dvWIzTeE
- 塚本天満に一途な想いを抱く播磨拳児は、天満に告白しようとしては失敗する日々を過ごしていたが、
天満の妹、塚本八雲の助言を受け、一念発起して漫画の道を歩むことになった。
日を追う毎に強くなる播磨と八雲の絆に、何故か播磨を意識する沢近愛理は、
最初、そ知らぬ顔で接していたが、ついに、ある日、嫉妬のあまり、八雲を打擲(ちょうちゃく)してしまう。
あまりの事に、止めに入る播磨に、沢近は初めて涙を見せた。
以来、播磨は沢近の事を意識するようになる。
ただ、捨ててもおけないので、沢近を屋上に呼び出して、八雲を叩いた事をたしなめようとするが、
逆上した沢近にキスされてしまい、すっかり狼狽してしまう。
「───あのコ、ハリオの事が好きで好きで自分でもどうしていいのか分かんないのよ」
播磨に相談を受けた姉ヶ崎先生(お姉さん)は、こう言って、
沢近が播磨への恋慕が募っていて収拾がつかなくなっていると説明した。
播磨は、天満への片想いを理由にして逃げようとするが、
片想いの苦しい思いが分かっているなら、なおさら会うべきだ。と説得され、
会って話をするために、次の日曜日に、沢近と待ち合わせることになった───
詳しい内容はこちらに書いています。
1回目投下[(1)〜(6)]http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/146-151
2回目投下[(7)〜(9)]http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/384-386
それでは、3回目、投下します。
- 37 名前:The Heart Is a Lonely Hunter(10) :04/08/30 22:17 ID:dvWIzTeE
- (http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/386 の続き)
で、さらに次の日曜日の遊園地、メリーゴーランド前の待合せ場所・・・
播磨はぶす〜〜〜〜っとした表情で突っ立っていた。
数日前、沢近を誘った時のあの一言がつっかかっているのだ。
ま・・・ヒゲがこんなに頼み込んでるからね・・・♪
しょーーがないから、行ってあげるわよ。遊園地♪
「───てめーは自分を何様だと思ってるんだよぉ!!
一言多いんだよ!!お嬢は!!!」
いきなり播磨はそう叫び出し、周囲の柵やら遊具を蹴りまくる。
この狂暴な振舞いはいやでも人目につく。
一瞬、播磨は周囲の視線を浴びたが、
そのうち、周りは、狂犬でも見るような目つきで、播磨の視線を避け、
とばっちりが来ないように、そーっと離れていった。
播磨に蹴りまくられた柵は、かわいそうに、無残にひん曲がってしまった。
(・・・ふざけやがって・・・しかし・・・)
播磨は、まだ怒り覚めやらぬ感じだったが、
沢近がなんだかんだ言ってもOKしたことに思いを致した・・・
(・・・まさか、お嬢があんなにあっさりOKしてくれるとは思わなかったな・・・)
・・・と、そのとき、後ろからいきなり頭にポーチをぶつけられた。
「───何すんだよ!!」
播磨が振りかえると、
そこには、レザーパンツを穿き、
純白のTシャツに銀色のネックレスを首にかけ、
レザージャケットを羽織った沢近が立っていた。
そして、唇にはうっすらと紅が・・・
「───来てやったわよ、ヒゲ」
- 38 名前:The Heart Is a Lonely Hunter(11) :04/08/30 22:18 ID:dvWIzTeE
- てっきり沢近はフリル付きの服でも着てくると思ってただけに、
その格好は、播磨にはかなり意外だった。
(・・・まさか、俺に合わせて・・・)などと変な妄想まで走らせてしまう。
だから、少し言いよどんでいたが、
「・・・き、来てやったはねえだろ・・・お嬢・・・」とやっとの思いで言う。
すると、沢近は、ムスーッとした表情のまま、播磨の横に歩み寄った。
顔が赤いと思うのは気のせいだろうか?
そして、播磨と腕を組む。
甘い香水の香りがただよう。
「・・・で、私と一緒に行くの?行かないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行きます」
- 39 名前:The Heart Is a Lonely Hunter(12) :04/08/30 22:19 ID:dvWIzTeE
- 正直言って、沢近がこんなにはしゃぐとは思ってなかった。
播磨の腕を引っ張って、ジェットコースターやら海賊船(※)やら園内クルーズ船やらに
どんどん連れ回し・・・
(※海賊船=絶叫マシーンの一種。大きな海賊船の形をした乗り物がブランコのように大きく揺れる)
最初はぎこちなかった二人も、だんだん打ち解けていった・・・
時間はあっという間に過ぎていく・・・
「あー楽しかった!」
すっかり日も傾いた頃、遊び疲れた沢近は、大きく伸びをしながら、播磨にそう言った。
「・・・あ、ああ・・・」
播磨が気の無い返事をするものだから、
沢近は播磨の顔を覗きこみ、いきなり、播磨の頬をつまんでビロ〜ンと引っ張った。
「───な〜〜〜によぉ、その顔はぁ!もっと嬉しそうにしなさいよぉ!」
そう言って、キャハハハと明るく笑ったが・・・
「・・・で、話があるんでしょ?」
もう、沢近は笑っていなかった。
その表情は、一転して、ひどく暗いものになっていた。
「・・・ああ・・・」
播磨は、一言だけ、そうつぶやいた。
- 40 名前:The Heart Is a Lonely Hunter(13) :04/08/30 22:20 ID:dvWIzTeE
- 話がある───
そういう事で、高台にある遊園地内公園のベンチに腰掛けていたが、
小一時間くらい、二人は何もしゃべっていなかった。
これからしゃべる話が、今までの楽しい雰囲気をブチ壊す性質のものであるのを、
お互い分かっていたから・・・
辺りには、満開の花が咲き乱れ、眼下に見下ろす海には薄暮の気がただよってきていた。
沈黙が続く・・・
「・・・そういや、俺は、お嬢の事、よく知らねーんだよな・・・」
長い沈黙を破ったのは、播磨だった。
別にこれが話したい訳じゃない。
ただ、今の重い雰囲気を破るために、とりあえず、話を振ってみたのだ。
「・・・すげーデカい家に住んでるって事ぐらいか?知ってるのは・・・」
ただ、それに対する沢近の返事はひどく素っ気無いものだった。
「・・・なんなら、代わる?」と、ベンチに座ったまま、播磨の顔も見ずにつぶやく。
「・・・へ?」
「はっきり言って邪魔なだけよ。広い家なんて。───ずっと独りだったから」
そう言う沢近の表情は、ひどく悲しそうに見えた。
いつのまにか沢近の足元に猫が寄ってきて、ニャーと鳴いた。
- 41 名前:The Heart Is a Lonely Hunter(14) :04/08/30 22:21 ID:dvWIzTeE
- 「───私ね、小さい頃から、親の顔ほとんど見た事がないの・・・」
沢近は、ぽつぽつと語り始めた・・・
播磨は黙って聞いている。
「父は貿易の仕事で世界中飛び回ってるし、母は北欧で事業やってるから、ほとんど家にいた事ないの」
「・・・」
「───加えて、このキツい性格でしょ?友達ほとんどいなかったわよ。
だから、リスとハムスターだけが友達。家の食事もずーっと執事と2人っきり。
───ドライブするだけの男には事欠かなかったけど、ここ(矢神町)に来るまで、私は、ずーっと独りだった・・・」
「・・・」
「───私、自分で自分の壁作ってるようなトコあるのよね・・・
だから、美琴が初めて心を打ち割ってしゃべってくれた時は嬉しかった。
───1年ぐらい前だけどさ、私を美琴の近所の飲み会に誘ってくれて・・・」
(あの周防が・・・?)
天満しか見ていなかった播磨にとっては、初めて聞く内容だった。
「───一種の才能よね。誰にでも心を打ち割って話せるっていうのはね・・・
人間って、ちょっと付き合いづらい、感じが悪いと思ったら、心を閉ざしたり、突き放したりするような事を平気でするからね。」
「・・・」
何故か居心地の悪い思いをする播磨。
「───おかげで、天満や晶と友達になれて、幸せになったけど・・・
───家に帰るとまた独りなのよね・・・もう慣れたけどね」
沢近は、そう言ったっきり、向こうを向いて黙りこくってしまった。
- 42 名前:The Heart Is a Lonely Hunter(15) :04/08/30 22:22 ID:dvWIzTeE
- 無言のまま、時間が過ぎる・・・
足元の猫は、じーっと丸くなって様子を伺っている。
「・・・ねえ、ヒゲ・・・」
沢近は、そう言って播磨に顔を向ける。
「・・・助けてよ」
口調は素っ気なかったが、播磨は驚いた。
沢近の目から涙がこぼれ、声も涙声になっていたから。
「・・・心がカラッポで怖い・・・助けて・・・お願い・・・」
そう言った後は嗚咽がこみあげてきて声にならなかった。
あとは、播磨の胸板に取りすがってただひたすら泣きじゃくるばかり・・・
播磨は絶句した。
自分に何故か敵対心を燃やす気の強いお嬢様───
そういうイメージだけで沢近を捉えていた播磨にとって、
目の前で泣きじゃくっているか弱い女性の姿はあまりにも意外だった。
それだけに、初めて、沢近の事を、ひどく痛ましく思った。
そして、自分が天満だけ見てて、周囲に気を配らなかった事を呪った。
とてもじゃないが、この上、天満への片想いの話など、切り出せなかった。
播磨は、ただ、沢近の小さい肩をじっと抱きとめてやる事しか出来なかった・・・
それまで、猫は、ずっと二人の足元にいたが、何か気配を察すると、駆け出していった。
そして、駆け出していった先には、一人の女性が・・・
この猫・伊織の飼い主、八雲は、この光景をずーっと見守っていたが、
寄ってきた自分の飼い猫を腕に抱えあげた。
「───帰ろう、伊織」
そう言うと、踵を返して遊園地を後にした。
中天には、既に星がまたたいていた。
- 43 名前:Classical名無しさん :04/08/30 22:28 ID:dvWIzTeE
- ここまでです。
本編としては、ここまでですが、
その後、1回だけ、「付け足し」のようなものをつけて、
完成させようかな・・・と思っています。
批評・感想等、お待ち申し上げております。
しかし、皆さん、ほんとにうまいすね〜
しかも、漏れよりはるかにペースが速い・・・orz
漏れの力不足を実感しておりまつ・・・
- 44 名前:Classical名無しさん :04/08/30 22:51 ID:dvWIzTeE
- クズリさん
面白かったです。
よくこんなにキャラを生き生きと書けるな〜、と感心する事しきり・・・
漏れも、こんなにうまく書けるようになりたい・・・
花井と美琴は、お互い気心が通じ合っているから、
いい夫婦になれると思います。
それはそうと、前のSS(『If...azure』)から、
少しだけ、時間、さかのぼっていますよね?
- 45 名前:Classical名無しさん :04/08/30 23:01 ID:o8JiDHPY
- >>32
GJ!
なんですが、多少置いてかれた感が…
いや、あくまで個人的になんですが。
>>43
こちらもGJ!
とても良いと思います。続きが是非とも読みたい。
ただ、・・・は…に変えたほうが読み易いと思いますよ。
文章の書き方的なことは避難所のスレを見ればもっと良くなるかも。
- 46 名前:Classical名無しさん :04/08/30 23:21 ID:Q1I6SU72
- >>32
ケコーンするまでの話も読んでみたいなぁと我侭言いつつ、GJ!
後編も期待してます
- 47 名前:Classical名無しさん :04/08/31 00:39 ID:8jkX420g
- >32
GJ!エロパロで子供が出来るまでのストーリー
を読みたいな〜なんて野望を胸に抱いております(^_^)
- 48 名前:13 :04/08/31 01:24 ID:pf.wwnA6
- 13です……。
リアルの都合でこんな時間に……。
だんだん投下しにくくなるのはわかってるんですが、
明日の夜には必ず。
もういいよと言われるかもしれませんが、投下させてください。
お題は、需要があるか微妙な『サラ麻生』ですが……。
- 49 名前:Classical名無しさん :04/08/31 01:38 ID:7xwp1zIY
- >>13
俺は見てるぞ
投下できるなら今しちまえよ
- 50 名前:13 :04/08/31 02:04 ID:3qeZr9HI
- 自分の都合でクズリさんや他の職人様に迷惑を
掛けておきながら、先程は自分勝手な発言をしてしまい
申し訳ありませんでした。
当たり前ですが、明日は他の方の邪魔にならないように
様子を見てから投下するようにします。
>>49さん
2chに慣れていないので時間がかかりそうなのです……。
これも自分の都合ですね。すみません。
- 51 名前:クズリ :04/08/31 03:27 ID:LtGuCouY
- ララ、誕生日おめでと〜
クズリです。
私的恒例行事、一レスで描く『誕生日の風景』。
というわけで、どうぞ。
- 52 名前:Birthday... Lala Gonzalez :04/08/31 03:29 ID:LtGuCouY
- Trrrr Trrrrr
「もしもし?」
「何だ?言っとくけど金ならないぞ。心配するな、来週にはアレナ・メヒコで試合をする。そうし
たら、お前らに借りたはした金なんぞ、利子を付けて返してやる……」
「――――父さん、私だ。ララだ」
「……何だ、ララか。びっくりさせるんじゃない」
「相変わらず、飲んでるの?あれほどお酒は止めてと言っているのに。どうせ、アレナでの試合っ
てのも嘘なんでしょう?」
「――――ふん。確かに来週ってのは嘘だが、心配するな。近いうちにブッキングされるさ。俺は
あのチャボやエディとも戦ったことのある男だぞ?誰もほっとかんさ」
「そんなの遠い昔のことじゃない、父さん――――そんなだから、ママにも逃げられるんだ」
「……………………」
「……ゴメン、父さん。言い過ぎた――――ちょっと、イライラしてて」
「いや、俺が悪いんだ。すまない……どうしたんだ?何があった?」
「――――父さん。日本はいいところだよ。父さんの言った通り、豊かだし、何でもある。最初は
慣れなかったけれど、優しくしてくれる人もいる……」
「そうか――――なら、一体、何が不満なんだ?」
「確かに私が憧れてた国だよ。日本は――――だけど、私が本当に欲しいものはない……強い奴が
いないんだ」
「…………ララ」
「レスリングなんて、ママゴトみたいなもの。我慢してやってるけれど、全然、物足りない……ル
チャの、あの背筋が凍りつくような快感がまるでない……私を倒せるような奴がいないんだ」
「ララ……そんなに、ルチャが好きなのか?」
「ああ……ダッテ、トウサンガオシエテクレタンジャナイカ、ルチャノタノシサヲ」
「?それは、日本語か?今、何て言ったんだ」
「何でもないよ、父さん……」
「……帰ってくるか?メヒコに」
「いや……もう少しだけ、頑張ってみるよ……それじゃ、そろそろ部屋に戻らなきゃ。じゃあね、
愛してるよ、父さん」
「俺も愛してるぞ、ララ」
受話器を置いた彼女の瞳に浮かぶは、寂寥。そして強き者の孤独。
彼女は知らない。自らの魂を熱くする少女との出会いが、間近に迫っていることを……
- 53 名前:クズリ :04/08/31 03:40 ID:LtGuCouY
- 以上。メキシコにあの二人が行ってたかどうかは、ちゃんと確認してませんが。秘王でも
良かったんですけれどね。
喋り方が違うのは、スペイン語だということで……勘弁してください。
ちょっと私信。
>>34
あ、いえ。どうかお気遣いなく。読んでいただけるだけで、大変、光栄でございます。
>>44
何をおっしゃいますやら。>>44さんのキャラも、とてもイキイキと、そしてそれぞれに
想いを抱いて動いていると感じました。
『If...』の時系列ですが、古いほうから順に並べると、
『brilliant yellow』→『moonlight silver』→『scarlet』→『azure』→『baby pink-1』ですね。
あ、『baby pink-1』の中の結婚式の風景は、確かに『brilliant yellow』の前ですね。
>>45
あう。すいません。やはり暴走気味でしたか……確かに、自分でもこの展開はどうか、
と思ったんですが。あまり詳しくは言えませんが、必然性あってのこと、と考えていただけ
れば、幸いです。なので、もうしばらくだけ、お付き合い頂けると嬉しく思います。
>>46
それはいつか、書いてみたいと思います。時間が許せば、ですがw
>>47
エロパロで……あっちには色々と忘れ物があるので、それが片付けば、でしょうか……
>>50
いえいえ、どうかお気遣いなく。御作、楽しみにさせていただきます。
では、これにて。失礼致します。
- 54 名前:Classical名無しさん :04/08/31 03:54 ID:WPqYKsTY
- ララ、おめでとう。――と便乗して言ってみる。
ララの心情を母国語で語らせているので、細かいところまで伝わってくる。
確かにララの喋りに違和感をもつが、(リアルの)常識で考えればこの描写は正解だ。
おもしろいものが読め。GJ、クズリさん。
何か偉そうな文章に、クズリさん本人の気性まで荒くないことを祈りつつ。
- 55 名前:Classical名無しさん :04/08/31 06:21 ID:7AzF0aK.
- クズリさん乙です。
二作品とも楽しませてもらいました。
ミコチン、一番乗りですねw
後編も期待してます。
ララの親父はダメダメですね、スクラン世界の男はダメダメなやつしかいないw
- 56 名前:Classical名無しさん :04/08/31 09:22 ID:v2k6HXOY
- >>13
最初は、どうしてもガクブルになるもんでつ。
焦らずに、ゆっくりとSS仕上げて下さい。
気長に待ってまつ。
- 57 名前:Classical名無しさん :04/08/31 09:34 ID:UbiccumA
- 「あ…あの…」
「ん?何だい妹さん」
「はい…漫画にするのに良さそうな話一つ思いついたんですけど…」
「へぇー、そうか…で、原稿は?」
「???」
「描いてきたんだろ?見てほしいんじゃないのか?」
「あ…いえ、そういうわけじゃ…」
「じゃあまだ構想の段階か…まぁいいや、それでどんな話なんだい?」
「あ、はい…それじゃ…えーと、あるところに仲のよい姉妹がいました」
「…ふんふん、それで?」
「姉は…ちょっと抜けたところがありますが、とても明るく、いつも元気な…芯のしっかりした優しい人で
誰からも好かれていました。そんな姉を…引っ込み思案な妹は…とても尊敬し頼りにしていました」
「…なるほど」
「その妹には…ちょっと変わった力があるんです…自分に向けられた…男の人の、その、好意が、読めるという…」
「ほぉ」
「それでその…嫌だとかそういうんじゃないですけど…なんていうか元々引っ込み思案で人付き合いも苦手で、
男の人にそんな慣れてるわけじゃないのに、いきなりそういう…赤裸々な男の人の内面に触れてしまって…
その…何て言ったらいいかつまり…戸惑って…あの…」
「…要するに男が苦手になるのかい?」
「あ、はい…別に嫌いってわけじゃないんですけど、ちょっとこう…距離を置いてしまうみたいな…
でも本人はそれじゃダメって頑張ってみたりもするけど、やっぱりなかなかうまくいかなかったりとか…」
「なるほどな…それで?」
- 58 名前:Classical名無しさん :04/08/31 09:35 ID:UbiccumA
- 「はい、それで…動物が好きな彼女は、なぜかよく動物に懐かれる男の人と出会って…
その男の人は、心が見えない人だったので…安心して話ができるから、自然と仲良くなりました」
「ふむ、そうきたか…」
「妹思いの姉は…あの引っ込み思案だった妹が、男の人と仲良くできるようになったのを見てそれはもう大変喜びました…
ただ二人を恋人同士だと思いこんだらしく、その男の人に『妹をよろしく』みたいなことを言うんです…」
「…でも心が見えねぇってことは、少なくとも男のほうにはその気はねぇんだろ?」
「はい…妹はそれがわかってるので、彼とはそういう関係ではないと…否定するんですが、
姉は『内気な妹のことだから照れ隠しで言ってるだけだろう』と、全然まともに取り合ってくれません…」
「ん?…っつーことはあれか?その好意が読める能力とやらはお姉さんにも話してねぇってことか?」
「あ、はい…言っても信じてくれないだろうって感じで…そしてその姉妹のやりとりの後から、
その男の人が、なぜか急に落ち込んでしまうんです…妹は彼が『自分なんかと恋人だと思われるのは嫌で
落ち込んでるんだ』と思い、彼にそのことを謝りました…すると彼は笑って、そうじゃないんだと否定します」
「…おぉ、なんか盛り上がってきたな」
「彼は意を決したように言います…『ただ、俺は…君のお姉さんが好きなんだ』と…」
「!!!」
- 59 名前:Classical名無しさん :04/08/31 09:40 ID:UbiccumA
- 「…ここまでです」
「へ?」
「ここから先どうしたらいいかがわからないんです…この妹の彼に対する気持ち…姉に対する気持ち…
そしてこれからどうするべきなのか…私にはわからないんです…」
「あー…」
「…描いてくれませんか、播磨さん?」
「えっ? オ、俺が?」
「私…播磨さんのお手伝いしてるだけで、自分で漫画描いたことないですし…最初からそのつもりだったんですけど…」
「う〜ん…いや、俺は妹さんが自分で描くべきだと思うぜ?」
「…そうですか?」
「手伝ってもらった感じじゃ妹さん手先器用だし俺より絵うまそうだし、話も作れるんならそりゃ描くしかねぇだろジッサイ」
「い、いえ、私はそんな…」
「心配すんな。なんならコイツが片付いてからなら俺が手伝ってやってもいいし」
「え、あ、はい…じゃあ描いてみます」
「あぁ、それがいい…それに正直な話、俺バカだからそんなややこしい話は手におえねぇと思うしな」
「あ、いや、そんなこと…むしろ播磨さんだからこそ聞いてみたかったくらいですから…あ」
「???」
「い、いえ…何でもないです…」
「…そうか」
Fin。
- 60 名前:Classical名無しさん :04/08/31 10:41 ID:/RiOPqvA
- >>57-59
ちょとワロタ
- 61 名前:弐条谷 :04/08/31 12:30 ID:GlNVEYTM
- 台風直撃しました…金曜日には発売されなかったワンダーをようやく買おうかという矢先。
マガジンも木曜まで買えない我が地元OTL
ララの誕生日ですが今回は絃子先生と笹倉先生のお話です。
以前の絃子さん祭りに出そうと目論み叶わなかったものを改修しました。
…えらい構想前と話が変わってますが。
タイトル「Love is destructive.」は劇場版エヴァ「Air」のサブタイです。
- 62 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:31 ID:GlNVEYTM
- 夏休みもそろそろ終盤に入ったある金曜日、塚本八雲は茶道部の部室にいた。
その日部室には友人のサラも、部長の高野もいた。
元々三人しかいない部活ではあるが、彼女達は各々バイト持ちであり、この夏休みに全員が揃う機会は実はあまりなかった。
更にいえば、今日は顧問の刑部絃子も来ている。二学期の資料を作るついでとしての途中参加だった。
久しぶりに全員が揃ったといっても、特別な活動をするわけでもない。とりあえず、全員のお茶を出す。
少し離れた机でノートパソコンを扱う刑部の前に、サラが紅茶とお茶菓子のケーキを出した。
「ありがとう」と紅茶を口に運ぶ刑部。それを見届けると、サラは八雲の隣に座った。
八雲達は何台かの机を合わせて作ったテーブルを囲んで座っている。
中心にはケーキの他にも和菓子、洋菓子が豊富に並べられており、各々欲しい分だけ取る仕組みだ。
美女揃いという理由が無くとも部員が殺到してもよさそうなところだが、
八雲狙いの猛者花井と、その花井すら容易く排除してしまう高野の存在により、茶道部は校内有数の秘境となっていた。
お茶をしながら、何気ない会話を交す三人。これが、活動のメインである。
会話の中心は、サラだけ都合がつかずに参加出来なかった茶道部の合宿の事だった。
あっという間に時間が過ぎていった。一度喋り出すと、こんなものだ。
参加出来なかった分を取り戻さんと、サラは色々と聞いてくる。
高野が花井と組んだ肝試しの時の体験談を語ると、一人仕事をしていた刑部まで凍りついた。
「花井先輩、大丈夫なんですか…?」
サラが心配そうに聞いてくる。そして、さもどうでもよさそうに答える高野を恐ろしく思う。
- 63 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:32 ID:GlNVEYTM
- その話が引き鉄となり、いつの間にやら怪談大会が始まっていた。
「トリは八雲だから、恐いの頼むね!」
サラが語る前に八雲に顔を向ける。「そんな急に…」と困った顔をする八雲。
サラの話は、まあ、どこの学校にもありそうな怪談だった。恐らく、最近同級生から聞いたのだろう。
校門から続く桜並木の話だ。
いつだかの代の卒業生が卒業記念に植えていったという桜であり、高校の春の風物詩である。
当然どの桜も同じ年に植えられている筈なのだが、その中に一本だけ、一回り以上大きい桜があった。
大きいだけに、綺麗な花を咲かすと生徒の評判はいいのだが…
その大きくなる原因は、その木だけが土から特別な栄養を受けているからなのだ、とサラは気合を込めて言い放った。
そしてその栄養源は、人間の死体であると――
どこかで聞いた話だな…好反応を期待しているサラを見つめる八雲。
私が学生の頃は、そんな話無かったな――そう思いながら、刑部は口には出さなかった。
そんな事を言えば、一体何年前の話かと聞かれる事は明白だからだ。
- 64 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:34 ID:GlNVEYTM
- 高野の話に比べてあまり恐がられてない事を悟ったサラは、八雲に次を促した。
私も何か話すかな――パソコンを扱いながら、刑部は学生時代の怪談話を思い返していた。
「――そういえば、前に美術準備室に残って課題の絵を描いてた時の事なんだけど…
笹倉先生が用事で先に出かけた後で…幽霊が出たんだ」
うんうん、とサラが興味深そうに頷く。自身の体験談ともなれば、かなり期待できそうだ。
「女の子の幽霊で…黒くて長い髪で。白い服を着てて…」
八雲が記憶を1つ1つ掘り返す。サラは八雲の言葉を頭の中で再現しているようだ。
その後ろで刑部の目つきが変わったのを、高野は見逃さなかった。
「それで?それで?」サラが続きを急かす。
「女の子が聞いてきたの…男の子が好きか、それとも嫌いかって…」
期待したような恐怖体験じゃあないなと思い、サラが拍子抜けした顔をした時だった。
「その話を止めろ!」
突然の怒号、そして沈黙。普段は大声を出す事のない刑部の叫びに、八雲は肩を震わせた。
驚きを隠せないサラ。息遣いの荒くなっている刑部。唯一、高野だけが平静を保っている。
「先生、あとは我々で十分ですので、今日はもう帰られた方がいいと思います。
…お仕事が多いみたいですし、休まれるべきかと」
高野が呼吸が荒れる刑部に帰るよう促す。刑部はパソコンを畳むと、高野に後を任せ足早に出ていった。
「あの、すみません!」震えた声で、それでも八雲は精一杯の声を出す。
それが、刑部の背中に届いたかどうかは分からないが。
「どうしたんだろう、刑部先生…」心配と困惑の混じった顔で、サラが口を開いた。
「人には触れてはならない部分がある、という事だろうね。…誰でもね」
自分にも思い当たりがあるかのように、高野がつぶやいた。
視線を窓の外に向ける。街灯が、一斉に灯った。
- 65 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:36 ID:GlNVEYTM
- それから二時間程経っただろうか。笹倉葉子は行き付けの居酒屋にいた。ここには同僚の刑部とはよく来る店だ。
誘いの主は、当然ながら刑部だった。ただ、彼女から呼び出されるのは少々珍しい事ではある。
こういう時は、彼女に何かあったのだ――彼女は長い付き合いでそれが分かっていた。
別に気取らない、いつもと変わらない服装。それくらい、二人で酒を飲む事は当たり前だった。
八月ももうすぐ終わろうかというのに、今日も真夏日だった。あちこちで生ビールが飲み交される。
笹倉は刑部を探した。が、いつも二人で座るカウンターにはいない。
しばらく周辺を見回し、店内でも一番隅の目立たないテーブルにいるのを見つけた。
「刑部先生、お疲れ様です。お仕事は終わりました?」
刑部の異変に気付いていながら、いつものように笹倉が声を掛ける。彼女の傍にはすでに空いたジョッキが置かれている。
笹倉の横に座り、ああ、おつかれ…と言うと、刑部はうなだれた。
明らかに様子がおかしい刑部を横目に、笹倉はビールを2人分注文した。
すぐにビールが来る。刑部も笹倉も、一言も喋る事なくビールを口にする。
店内は活気に満ちている。たった1つの氷河地帯を覆い隠す。
- 66 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:36 ID:GlNVEYTM
- 「…今日は久し振りに茶道部に顔を出したよ。最近行ってなかったからな」沈黙を破る刑部。
「…その時に、何か?」待っていましたとばかりに笹倉は応じる。
「…どうして今まで忘れていたんだろうな、私は――」
自嘲気味の刑部。笹倉は、何かを察した様だ。笑顔を変えず、刑部を見つめる。
「――人を殺しておいて、そんな人間が教壇に立っているんだ。
あの時の物を捨てただけで、モデルガンだってまだ続けている…」
ジョッキを握る手に力が込められる。もちろん、刑部の手だ。
「仕方が無いですよ。あれは事故だったんですから」
笹倉から笑顔は消えていた。そして、辺りを見回す。人がいないか、だ。
いつしか、店内の喧騒が消えた気がした。中年のサラリーマン、若いOLのグループ…皆笑顔だ。だが不思議と、声だけ聞こえない。
「あの頃は何でも一度のめり込むととことんやり込んだからな…あの時はモデルガンで、威力を上げる事だけ考えていたっけ…」
刑部の脳裏には、学生時代の自分と笹倉がいた。多分、ここは高校だ。
自分で改造した少々大きいモデルガンを構えている。――発射。
自前のサイレンサーのお陰で耳栓無しで大丈夫だった。弾丸は、前方に置かれたアルミ缶を貫通した。
笹倉が手を叩いて喜んでいる。自分も、笑っている。
後ろの校舎の壁に穴を空けた事を知った時は焦ったが、笹倉と二人、笑いながら逃げた。
あの頃は、自分が手を加え、威力を上げる事で、市販の生温いモデルガンは息を吹き返した様に思えた。
そして、それで強固な目標を打ち砕く。そうしてやる事が自分の使命とすら思えた。
――あの日だって、そうだった。
- 67 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:37 ID:GlNVEYTM
- 学校の入り口にある桜並木の中心の本に胡桃を括りつけた。それを、道を挟んで反対側の草陰から撃つ。
射撃地点から目標までが程よい距離で、万が一撃ち漏らしても後ろには何も無い。
当時は夜中の神社で遊ぶ若者がいたりして、なかなか人目につかない場所というのがなかった。
そんな中で、夜遅い学校というのは案外邪魔者がいない…前々から刑部が狙っていた場所である。
胡桃に直撃させ、それを撃ち砕くのが今回の目的だった。
正直、的は小さかった。近所のスーパーで買った胡桃だって、とても堅い。
だが、当時の自分はこんな馬鹿みたいな事をやり遂げねばならぬと信じていた。
極限まで銃の出力を上げた。スコープも、スナイパーライフル並の物をつけた。
そして、彼女は自分の腕に自信があった。だから、きっと出来るという確信があった。
桜の木は青々としている。だが、所々に生き残った花が見受けられる。
刑部も笹倉も制服のままだった。帰ってから、着替えもせずに準備をしていたのだ。
空は暗く、街灯が薄ら二人を照らす。時刻は、夜の十時を過ぎていた。
「これくらいの明るさなら、暗視スコープが役に立つ」と刑部。
刑部の隣で、笹倉が微笑んでいる。別に、彼女にとっては失敗したとしてもどうでもいいような事なのに、応援してくれた。
片膝を土につけ、刑部は両手で銃を構えた。そうすれば、胡桃の高さにちょうど合わせられる。
すぐ横を見る。笹倉は祈るように見つめていた。
こんなくだらない夜遊びに真剣に付き合ってくれている友がいる事を改めて嬉しく思う。
スコープの性能はやはりよかった。僅かな手の震えを敏感に映し出す。照準が合っては、ずれる。
彼女の目に映る世界は、スコープが映す胡桃と、その周辺の木の幹だけだった。
- 68 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:38 ID:GlNVEYTM
- 全てが一瞬だった。
笹倉が声を上げ、刑部が引き鉄を引き、女の子が宙を舞ったのは…
走ってきた女の子は、その勢いを以って前方に不規則に回り吹き飛んだ。
頭から滴る鮮血は女の子の周りに飛び散り、その可愛らしい白い服を紅く彩った。
何故、こんな所に子供がいるんだ――銃を落とし、両膝をつき、呆然と刑部は呟いていた。
その横で笹倉は敏速だった。女の子の傍に駆け寄ると、両脇を掴んでズルズルと胡桃をつけた桜の木の裏に運んだ。
引きずられた女の子が通った跡に、血がこびり付く。今度は園芸部が使うホースを取りだし、血を洗い流した。
放心状態の刑部を尻目に、赤みを帯びた水は流れていった。
空となったジョッキを握る刑部。血の色が、匂いが、次々と頭を過ぎっていた。
「――あの子の死体は、何処へやったんだい?」
回想を終え、笹倉に尋ねた。これ以上先の事は、いくら考えても思い出せなかった。
「…捨てましたよ。学校のゴミは沢山出ますから、隠すのも楽でしょう?」
もっともらしく、そしてあっさり答える笹倉。捨てたのは人間だというのに、だ。
それにしても、当時も今もゴミ袋の大きさは子供一人を入れられる程ではない。
まさか、遺体を解体でも――想像するだけで気分が悪くなって、刑部は口を噤んだ。
- 69 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:38 ID:GlNVEYTM
- 「…そういえば、あの子の家族というのは、今頃何をしているんだろうな」力なく刑部が尋ねた。
「ご両親がいたそうですけど、今は…引っ越されたそうです」笹倉が笑顔で答えた。
「…そうか。それじゃあ世界中をさ迷っていても、すぐには逢えそうにないな」
「…さ迷う?」刑部が呟くと、この日珍しく笹倉が質問した。
「君が来る前に、受け持ちの茶道部に顔を出した時にさ。塚本君が話していたんだよ。学校で女の子の幽霊が出た、とね。
――彼女が話していたその幽霊は、間違い無くあの子だと分かったよ」
再び、笹倉の笑顔が曇った。
「その話を聞いて、あの時の事を思い出して…恐くなって逃げ出したんだ…
塚本君には悪い事をしてしまった…いきなり怒鳴りつけてしまったんだ…」
段々と刑部の声は萎んだ。実に、彼女らしくない光景である。
「…でも、このまま知らないままではいけないと思ったんだ。
だからその後高野君に電話して聞いてもらったんだよ。塚本君の見た幽霊の話を」
と、笹倉が横を向いた。注文が止まったまま帰ろうとしない客に顔を歪めた店員がいる。
笹倉はビールとおつまみを注文した。
店員が品を届けると、笹倉は刑部に話すように促した。
「その子は、もうずっと世界をさ迷っていると思っているらしい。…実際は、10年とちょっとだというのにね」
「死んでしまうと、時間の感覚なんて分からないんでしょうね」
それから暫く、刑部は笹倉に高野から聞いた八雲の目撃談を話して聞かせた。
話が終わる頃には、追加で届けられたビールもおつまみも、空になっていた。
- 70 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:39 ID:GlNVEYTM
- 「本当に…どうして今まで忘れていたんだろうな」話す事も無くなると、刑部は己に吐き捨てるように言った。
殺人。故意でこそなかっただけで、人一人の命を奪った。それなのにその事を今日まで忘れていたのだ。
尋常ではなかった。どうして、と彼女は苦悩するばかりだった。
不意に、笹倉は刑部を抱き寄せた。
あまりに突然だった。そしてやはり、彼女は温かかった。
やはり――刑部は一つ思い出した。あの時、あの女の子を自分が殺した時も、笹倉にこうされたという事を。
「人は忘れる事で生きていけるんですよ、絃子先輩。嫌な事も、辛い事も…
大丈夫です。また、忘れさせてあげます。もしまた思い出す事があっても、何度でも…
私はずっとあなたの傍にいますから――守ってあげますから」
やさしい笑みを浮かべ、笹倉は刑部の頭を撫でた。
不思議と、刑部の目から涙が溢れた。なぜだろう、あの時もそうだった。
温かい。やはり、葉子は温かい――
刑部が目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。
頭痛がする。昨日は飲み過ぎたのだろうか。時計は既に午後の一時になっている。
頭に手を当てリビングに出る。播磨は出かけている様だが、テーブルには頭痛薬が置いてあった。
「あのバカにしては気が利くな」
コップに水を注ぎ、薬と共に一気に飲み干した。
頭が痛い事を除けば、彼女はこの日上々の休日を送る事が出来た。
気がかりなのは、昨日の記憶が何もない事だけ。
それも二日酔いのせいだろう。まだまだ私も甘いものだ、と彼女は笑った。
- 71 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:39 ID:GlNVEYTM
- この日は土曜日だったが、毎日が日曜日同然の学生達にとっては、別に普段と何も変わらない一日である。
中には学校に出てくる者もいる。例えば、部室に忘れたノートを取りに来た塚本八雲だ。
先日彼女は高野から、彼女が見たという幽霊の事を詳細に聞かれた。
つながったままの携帯を片手に聞いてきたので、高野が誰かに聞くよう頼まれたのであろう事はすぐ分かった。
一通り話すと、高野から刑部が八雲に詫びていたという旨の話をした。
やはり、聞いてきたのは刑部だったのかと知ると同時に、もう怒られていないと安堵した。
「どちらにせよ、この事はもう触れない方がいいだろうね。」高野が八雲に釘を刺した。
八雲は最初自覚が無かったが、いつしか彼女は刑部に対し何らかの疑念を抱いていた事に気付いた。
あの時、女の子の話をした時のあからさまな反応…昔何かがあったのは間違い無い。
考えるうちに部室に着き、八雲は部室に置いたままのノートを手に取った。
忘れ物を取り、あとは帰るだけとなった八雲。校門の前まで来ると、そこには播磨がいた。
彼の周りには、彼が学校で飼っている動物達がいた。八雲も何度か世話をしており、面識があった。
「普段は体育館の中で飼われているから、たまには外に出してやらないとな」
挨拶を交した後に播磨が説明してくれた。
彼は、特別動物達を紐で繋いだりはしなかった。その必要もなく、動物達は皆播磨の傍に集まる。
だが、この日の動物…八雲の苦手な犬達には、一様に落ち着きがなかった。
いつもなら播磨の周りで大人しくしているのに、今日はあちこちをうろうろしている。
と、何匹かの犬が傍の桜の木の下を掘り始めた。その木は、他の木より一回り大きい事に気付く八雲。
サラの話した怪談が頭を過ぎった。そして、八雲の幽霊の目撃談に対する刑部の異常な反応も――
「おい、やめろっての!」播磨が制止しようとするが、犬達は掘り続ける。
土が舗装された道にまで飛び散っている。いつしか、止めようとする播磨のズボンも土塗れになっていた。
- 72 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:40 ID:GlNVEYTM
- 「あらあら、二人でお散歩?」
優しい、本当に優しい声…それなのに一瞬、背筋が凍った。八雲はおろか、播磨すらも。
二人が振り返ると、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべた笹倉がいた。
だが、何故だろうか。その笑顔は寒気がした。
掘ることを止めなかった犬達が振り返るや一転、一斉に笹倉に吠え立てた。
「…残念、嫌われちゃったみたいね」
必死になだめる播磨を前に苦笑する笹倉。
「播磨君、塚本さん、動物を飼うならもっと隠れて飼わないとだめよ?一応学校じゃ飼うのは禁止なんだから」
両手を前で交差させ、×の字を作る笹倉。
「あ、すんません。すぐに引き上げますんで」
播磨は頭を下げると、再度動物達をなだめた。
その横での播磨の必死の努力もあって、動物達はようやく沈静化した。
大人しくなったのを確認すると、彼は八雲も連れて足早にその場を離れた。
笹倉が手を振って見送る。だが、やはり寒気がした。いつものあの笑顔だというのに。
動物達を体育館に入れると、播磨は八雲を連れて中庭に出た。
何度か漫画の原稿を見る際に使ったベンチに腰を掛ける。もっとも、今回呼び出したのは八雲だった。
八雲はサラが話していた怪談の旨を話した。自分の心霊体験や、それに対する刑部の反応は言わなかったが…
犬達が興奮して桜の木を掘るなど、普段の行いからは考えられない行為だった。
もしかしたら、本当に死体があるのかもしれない、と――
「ああ、あいつらにやった飯がちょっと賞味期限切れ気味のヤツだったから、それで気が立ってたんだよ」
かなり意外な答えが返って来て、言葉が詰まる八雲。
八雲は播磨が動物の事をよく理解している事を知っていた。彼がそう言うからには、間違いないのだろう。
「つまらない事で呼び出してすみません」八雲が頭を下げると、播磨は別にいいと首を振った。
- 73 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:41 ID:GlNVEYTM
- とぼとぼ家路につく八雲の背中を見る播磨。
彼は、桜の木の下に死体があるという八雲の指摘が当たっていると分かっていた。
彼には、犬達の気持ちが理解できた。ここに埋まっている人間がいる、と掘っていたのだ。
その人間の生死を犬達が気付いていたかまでは分からないが、死んでいるのは明白だ。
そして、たまたま居合わせた笹倉に吠え立てた――たまたまの筈がない。犬達は分かっていたのだ。
埋めた張本人が笹倉であると。
そして、分かった所で自分にはどうにも出来ないという事も、彼は知っていた。
笹倉はこれまでに何度か刑部が家に連れてきた事があった。その時に彼は、笹倉には刑部にだけは見せない表情がある事を知った。
表現する言葉が見つからないが、その表情は負に傾いていた。まるで自分と刑部以外が、どうでもいいかのような…
播磨は喧嘩において絶対的な強さを発揮した。敵などいないほどの強さを持っていた。
だが、笹倉にはある種の恐怖を感じた。恐らく、他の人間は気付いてはいないのだろう。
そういった類の恐怖を感じるのは、決まって刑部絡みの時だったからだ。
だったら今日の事に、彼の従姉弟である刑部は一体どう関わったというのか。
考えた所でどうにもならない。笹倉は何か得体の知れない存在だった。
恐ら、く彼女から真実をつきとめる事は出来ないだろう。そして、そんな真実は知らない方がいい。
体育館の中から、未だに犬達の遠吠えが聞こえた。
- 74 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:42 ID:GlNVEYTM
- 絃子先輩、もう起きましたか?お薬置いておいたの、気付きましたか?
あれからタクシー拾って、マンションまで私一人で運んだんですよ…あの時みたいに。
あの日あなたを家に送った後、女の子を桜の木の下に埋めました。
あなたには「死体は捨てた」と言いましたけど、本当は桜の木の下に埋めたままなんです。
学校に埋めたままなんて言ったら、あなたがいつまたあの事を思い出してしまうか分かりませんもの。
毎日通る場所ですから、念の為に嘘を言いました。ごめんなさい…
どうしてあの子がうちの高校に入って来たのか…今も分かりません。
でも、家出中だったという事は知ってます。
お陰で家出して行方不明になったという事で、警察にうちの学校が調べられずに済んだんですけどね。
――そうだ。絃子先輩、もしかしたら塚本さんは私達の秘密に気付いたのかも知れません。
あ、今は私一人の秘密でしたね、ごめんなさい。
でもあの子、折角私があなたに忘れさせてあげていた記憶を掘り返して、本当に酷い子。
それと、もしかしたら播磨君も気付いたのかもしれません。
彼のわんちゃん達が桜の木の下を掘るんです。…そう、あの一つだけ大きな木を。
私達が学生の時はそんなに目立って大きくなかったんですよね、あの木。
それなのに今ではすっかり大きくなって…知ってますか?今生徒の間で噂になってるんですよ。
『この桜の木の下には死体が埋まっているから大きくなる』って。
ある意味当たりですよね。確かに埋まってますから。フフ…
でも塚本さんは多分、その幽霊の女の子の死体が埋まってると思っているんでしょうね。
- 75 名前:Love is destructive. :04/08/31 12:44 ID:GlNVEYTM
- 埋まっているのは、あの子の両親なのに。でも、あの二人が悪いんですよ?一ヶ月も経ってここに気付いて探しに来たから。
あの子は一番校門に近い木の下に埋めました。その方が、目立たないから。
でも、二人を殺した時は時間がなかったから、つい死体に一番近い木に穴を掘ったんです。
それにしても、絃子先輩はさすがだと思いました。絃子先輩のモデルガンのお陰で、二人ともすぐに静かになりました。
絃子先輩が恐がって捨てたあの時のモデルガン、実はあなたが捨てた後で私が回収したんです。
だって、私とあなたとの大切な想い出じゃないですか。あんな事くらいで捨てて欲しくなかったんです。
それはそうと、どうして幽霊になって男の子が好きか嫌いか聞いてくるのか、分かりますか?
あの子には、仲のよかった幼馴染の男の子がいたんですって。
一度駅の前であの子の両親と並んで、家出して行方不明になったあの子の捜索のビラを配っているのを見ました。
きっと、その男の子の事が好きなのかどうなのか、まだ分からなかったんでしょうね。
そして、その答えが出る前に死んじゃったから…まあ、そんな事はどうでもいいんです。
絃子先輩、あなたは絶対に私が護り抜きますから。
塚本さんは放っておいても大丈夫だと思いますけど、もし今後あの子が私達の邪魔をしようとしたら、その時は――
あれから体育館に入り犬達をなだめ、ようやく落ち着いた所で播磨は帰る事にした。
今日は疲れた。それに、ズボンに土が着いてしまっており、帰って洗わないといけない。
播磨が学校を出ようとすると、桜の木の下で掘り返された土をせっせと元に戻す笹倉がいた。
まるで誰かに語りかけるような笑顔で、土をかき集めては元に戻している。
黙って通り過ぎようとしたが、播磨に気付き、笑顔で別れの挨拶をする笹倉。
顔が引き攣り、額の汗が冷や汗である事を悟られぬよう、播磨は挨拶も程々にその場を去った。
- 76 名前:弐条谷 :04/08/31 12:51 ID:GlNVEYTM
- こんな感じで。
最初は二人でお誕生会の話だったんですけどね…気がついたらこんな話に。
夏休みもおしまいですね
- 77 名前:Classical名無しさん :04/08/31 13:49 ID:7AzF0aK.
- >>76
おまいはホラーみたいなのが好きなのか?
オチが弱いからダラダラ感があるから、最後にあとひとひねりあったほうがいいと思うぞ。
最初に書きたい作品の形が決まってないからどんどん変化していくんだと思う。
てかそれ以前にこんなSSははっきり言って書いてほしくないんだが……。
キャラのファンにとって不快になるようなやつなら最初に一言断っとけよ。
- 78 名前:弐条谷 :04/08/31 14:42 ID:GlNVEYTM
- >>77
申し訳ありません
何も知らずに見て不快な思いをされた方にもお詫びいたします。
- 79 名前:Classical名無しさん :04/08/31 15:08 ID:ndOtcayg
- 漏れは良かったと思うよ。
独自の世界感が出ててゾクゾクしました。
弐条谷さん、気を落とさないで下さい。
ただ、中には不快に思う人がいると思うので、
ホラー系やグロ系は、書く前に一言断った方がいいというのは、
>>77に同意。
- 80 名前:Classical名無しさん :04/08/31 15:50 ID:A0ZmSlPw
- 以下、人殺しなどの捏造設定は否かどうかの論争が開始されます。
↓↓↓
- 81 名前:Classical名無しさん :04/08/31 15:54 ID:A0ZmSlPw
- ごめん、ちょっとムカついたので煽ってみたけど、
ネタバレスレの306見て心が洗われた。
(´・ω・`)ノシでも、最初に一言お願いね。
- 82 名前:Classical名無しさん :04/08/31 16:11 ID:ii1.SKx6
- なんとなく何とかして怖がらせようってのが先に来ていて
話の面白さを減らしている気がします
私には怖いと言うより読んでいて疲れました
話のひとつとしては有りだと思いますが
こうゆうのはもっと短くした方が良いかも
- 83 名前:Classical名無しさん :04/08/31 18:37 ID:Twue6npA
- 他のSSでもそうなんだけど、小手先の技巧ばかりが先に来てて文章力が追いついていない。
文章が長いのも必要な長さ、という感じではなくもっと推敲できます。
こういうSSの投下の仕方もそうだし、もっと全体的に読む人のことを考えてください。
- 84 名前:Classical名無しさん :04/08/31 20:03 ID:hpCYpWkk
- >>76
個人的にこういうお話は結構好き。
けど、>>77のように受け付けない人もいるだろうから、
最初に一言警告を促しておくべきだと思うよ。
つーかまたやって欲しいな、こういう話。
- 85 名前:弐条谷 :04/08/31 20:20 ID:tza0WHaY
- やはり一夏では全然成長できませんでしたね…まだまだ勉強しなければ。
投下前の警告、読み手の事を考える等は以後十分に気をつけます。
- 86 名前:Classical名無しさん :04/08/31 20:26 ID:XVITwnAc
- >61
概ね >83 に同意。読み手のことを考えずに文章を書くと散漫になものになります。
このことは文章の長短とは関係ありません。
また、オチを読者の想像に任せることと、結末を放り投げた文章は異なります。
前者を実現するためには余韻を残す文章構成にするなど、それなりの技法が
必要です。ところがこの作品は語りたい所を語りたいところまで書いて
ハイサヨウナラなので、これからどうなるんだろうと想像力を働かせる代りに
なんでここで文章が終っちゃってるんだ、という違和感を感じてしまいます。
突っ込みはとりあえずこんなところで。
どんでん返しを繰り返すアイデアそのものは面白かったですよ。
こういうイヤンな話は好きなのですが、書く人が少ないので次回作に期待します。
基本的な文章構成や設定の強引さをごまかす技法等は、少しずつ研究してみて
ください。
- 87 名前:Classical名無しさん :04/08/31 20:44 ID:XVITwnAc
- そうそう、弐条谷氏には遠藤周作「海と毒薬」が参考になると思うよ。お勧め。
- 88 名前:13 :04/08/31 22:25 ID:pf.wwnA6
- 自分のグダグダぶりに自己嫌悪中の13です。
できないなら最初から予告なんかするんじゃなかった……。
さて、気を取り直して。
大分以前に『Apple of the Eye』というSSを書いて以来すっかり書くのを
止めていましたが『サラ麻生』SS-第2弾-です。
……といっても続編ではありません。
皆さんのSSを読んだ後では非常に恥ずかしいのですが、時事ネタはお蔵入りに
なってしまうので投下させて頂きます……。
かなり長いのですが、お時間の許す限りお付き合い頂ければ幸いです。
- 89 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:26 ID:pf.wwnA6
- 8月の暑さも日の入りとともに幾分弱まり、涼しげな風が肌に心地よい。
夕闇の空には夏の星座が薄あかね色の残照にも負けずに輝き出していた。
雲ひとつない晴れた星空――。
今朝の天気予報を思い出すまでもなく雨の心配がなさそうなのは、今日の日を
少なからず楽しみにしていた見物客や関係者にとっては何よりも有り難い贈り物
であった。
『HANABI〜8月の日〜』
商店街の入り口にほど近い、コンビニエンスストアの駐車場。
時刻はすでに6時半を回り、大通りには花火大会に向かう人の流れも増え
始めている。
その喧騒から離れて人待ち顔で周囲を見回している、白いタンクトップに
フレアプリーツというフェミニンないでたちの少女の姿がそこにあった。
彼女のそばには白のキャミと黒のストレッチパンツがよく似合う落ち着いた
雰囲気の少女が一人と、明るい色合いの浴衣姿が可愛らしい少女が二人。
そして……仏頂面の少年が一人。
「さてさて。愛理ちゃんはどっこかな〜?」
街の雑踏に目を凝らしながら塚本天満は友人の姿を捜していた。
柔らかな風がふわりとスカートの裾を揺らして吹き抜ける。
「……本当に来るって言ったの? 駅前のマックに5時。
携帯もつながらないし……美琴はダメなんでしょう?」
ここ数日間の友人同士のいざこざを知っているだけに高野晶は半信半疑と
いった顔である。
身体のラインを出したパンツルックに踵の高いサンダルは、スタイルのいい
彼女には抜群のコーディネートと言えるだろう。
- 90 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:27 ID:pf.wwnA6
- 「だいじょ〜ぶだよ、晶ちゃん。……多分」
かなり自信のなさそうな笑顔で、甚だ心もとなく天満は請け負ってみせる。
「……まあ、まだ花火までは少し時間があるし、先に回ってましょ。
来てるんならすぐに見つかるからね。あの娘の場合」
友人を心配する級友と、快くそれにつきあってくれる後輩達の両方を
気遣って晶はさりげなく次善の策を提案した。
「うん、そうだね。じゃ、みんな行こっか」
天満も晶の意図に気づいたのか、素直に提案を受け入れて歩道を歩き出す。
「あ、姉さん。待って……」
慌てて後に従う白地に水色花縞柄の浴衣の少女は天満の妹、塚本八雲。
「はい、塚本先輩」
にこやかに答えたのは八雲のクラスメイトのサラ・アディエマスだ。
桜色の浴衣に合わせて選んだ小さな丸下駄がカラコロと可愛らしい音を
たてて天満達の後を追う。
「……」
その後を先ほどから終始無言の無愛想な少年が面倒くさそうについていく。
全身から一人だけ場違いな雰囲気を漂わせている彼は、天満や晶と同じ
クラスの麻生広義である。
「あれ? 先輩、どうしたんですか? 不機嫌そうな顔して」
サラがその様子に気づいて後ろを振り返る。
「……そう見えるか?」
麻生はジロッとサラを一瞥して端的に言った。
- 91 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:28 ID:pf.wwnA6
- ちなみに彼の服装は黒のインナーノースリーブにカーキ色の麻のシャツと
薄地のデニムジーンズ――まあ、要するに取り立てて特徴のない格好だ。
「見えますよ。思いっきり」
麻生が来るのを待って、隣に並んで歩きながらサラは答える。
10人に訊けば10人ともそう答えるであろう率直な感想だ。
「……じゃあ聞くが、俺は何でここにいるんだ?」
言いたいことの大半を飲み込んで麻生は努めて冷静に尋ねた。
「それは私が呼び出したからです」
けろりとした顔でサラは即答する。
その答えに麻生の眉の端がわずかにぴくっと上がった。
「……俺の記憶が確かなら、お前はどうしても見せたいものがあるから
絶対来いって言ったような気がするんだが」
冷静に冷静に――自分に言い聞かせながら言葉を続ける麻生の眉間に
寄ったしわがその内心を物語っている。
「確かに。間違いないですね」
ふむふむと他人事のように頷くサラ。
「だったらな……! 俺が不機嫌な理由はわかんだろうが!
さっさと見せたいものとやらを出せ! 俺は忙しいんだ!」
冷静に……というその言葉もあっさりどこかへ吹き飛んで、麻生はサラを
怒鳴りつける。
「やだなぁ、先輩。それならもう見たじゃないですか」
サラは麻生の剣幕などお構いなく、平然と答えた。
- 92 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:27 ID:pf.wwnA6
- 「は?」
思い当たる節が全くない。
ここに来てから何もしていないのだから当然と言えば当然だ。
「これですよ。ホラホラ♪」
露骨に不審そうな顔をしている麻生に向かって、サラはそう言って自分の浴衣の
袖口を持ちながら軽やかにくるりと一回転して見せた。
「……。……なんだそれは?」
サラの言わんとしていることを理解しつつも、麻生はすっと目を細めて感情を
抑えた低い声で尋ねる。
「知らないんですか? これは『ユカタ』っていうんですよ」
きょとんとした顔をしながら律儀に麻生に教えてくれるサラ。
「――そんなこと言ってんじゃねぇ! 俺がそんなもん見て喜ぶとでも思ったか!」
ちょっとした嫌味のつもりがまっすぐ返されて、思わず突っ込みを入れる。
「えへへ♪ 私、ユカタ着るの初めてなんですよー♪」
珍しい着物を着られたことがよほど嬉しいのか、サラは麻生の言葉を完全に聞き
流してニコニコとご満悦の様子だ。
「人の話を聞け!」
例によって彼女のペースに振り回されながらも、結局のところは本気で怒ること
などできない麻生なわけだが。
- 93 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:28 ID:pf.wwnA6
- 「……似合わないですか?」
くるっと麻生の方に向き直って不意にサラがそう言った。
何気ない口調で尋ねてはいるが、その瞳には微かな不安の色が揺れていることに
麻生は気づいてしまう。
ここは誤魔化すわけにはいかない――直感的に麻生は悟る。
「うっ……! まあその、なんだ。意外に、似合ってなくもないが……」
じっと見上げるサラの瞳にたじろぎながら、麻生は今ひとつ素直になれず、
それでも彼なりの精一杯の褒め言葉を血を吐く思いで紡ぎ出した。
「よかった……嬉しい」
サラはちょっとだけ恥ずかしそうにはにかみながら、心から嬉しそうに微笑む。
(まあ……いいか)
その笑顔の前ではつい今しがたのイライラもどこかへ消し飛んでしまい、麻生は
小さくため息をついた。
正直に言えば、麻生はサラの浴衣には最初から気がついていた。
いつも見慣れているはずの彼女の笑顔に不覚にも見とれてしまったのは、きっと
その浴衣姿が珍しかったからだと自分に言い訳してみる。
――そんな言い訳など何の意味もないことは自分が一番わかっているのだが。
実際、淡い桜色の生地に小花小紋柄の楚々とした浴衣は黄色の帯の明るい色調と
相まって、客観的に見ても小柄で優しい顔立ちのサラによく似合っていた。
しかしながら、麻生は自分からそれを言い出せる性格ではないし、気の利いた
セリフの一つも持ち合わせてはいない。
そう考えて何も言わずにいたのに、彼女の嬉しそうな顔を見た途端に暖かな
気持ちになっているのだから、自分でも現金なものだと麻生は自嘲する。
- 94 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:30 ID:pf.wwnA6
- 二人の会話を背中に聞きながら、前を歩く天満と晶は横目で視線を交わして
何も言わずに柔らかに微笑み合う。
その隣では八雲が少し複雑そうな瞳でそわそわと後ろを気にしていた。
さて――麻生は何と言うか知らないが――そんな端から見れば微笑ましい
やり取りをしているうちに天満達は、道の両側に露店が立ち並んだ通りの入り口に
差し掛かった。
18時から22時までの間、時間帯を区切って車両を進入禁止にしたこの通りの
向こうには、簡素な桟敷をしつらえた花火見物のメイン会場がある。
「わぁ、いろいろなお店があるのねー」
「サラはこういうお祭りみたいなのは初めて?」
珍しそうに瞳を輝かせているサラに八雲が気づいて尋ねた。
「うん♪」
にこっと笑って楽しそうに答えるサラ。
「え? そうなの? なら、せっかくだから八雲と一緒に見ておいでよ。あたしと
晶ちゃんはこの辺にいるから」
気を利かせたのか天満が明るく提案する。
「そんな悪いですよ。私も一緒に……」
「もー! サラちゃんは気を遣いすぎ! こっちのことは気にしないでいいから
遊んできなさい」
『この辺で沢近先輩を捜す』のだとすぐに気づいてサラは慌てて言うが、天満は
人差し指をぴこぴこ振りながら彼女の言葉を遮り、精一杯年上ぶって言った。
- 95 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:30 ID:pf.wwnA6
- 「……すみません。じゃあ、お言葉に甘えて。八雲行こ?」
これ以上断るのも逆に悪い気がしてサラは親友に声をかける。
「そうだね。姉さん、いい?」
一緒に行けない姉が気がかりではあったが、せっかくのその気持ちを無駄にも
できず八雲は天満に確認する。
「もっちろん!」
遠慮がちな二人に天満は意識して力強く頷くと、ついでに意味ありげにサラに
目くばせしてみせた。
「……。麻生先輩も行きません?」
天満に促され、ちらっと麻生の方を見てあまり期待せずにサラが尋ねる。
「いや、俺はいい。人ごみは嫌いなんでな」
予想通りの返事は『NO』
「も〜、そんなことばっかり」
相変わらずのそっけない彼にサラは気を悪くした様子もなくクスクスと笑う。
(えーっ……!)
と、心の中で不満そうな声を上げたのは天満だが、二人を見ているとこれはこれで
いいのかなと思ったりもしていた。
「じゃあ、ちょっとだけ行ってきますね」
小さく手を振りながらサラはにこっと微笑む。
「おい。あんまり遠くに行くなよ。それと変な奴らに絡まれないように気をつけろ」
八雲と一緒に歩いていくサラに麻生が思い出したように注意する。
「はい♪」
後ろ手に手を組んで、振り向きながら元気よく返事をするサラ。
「ホントにわかってんのか……?」
その無邪気な笑顔を見て麻生は不安そうに呟いた。
- 96 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:31 ID:pf.wwnA6
「……」
二人の姿が人波に消えると麻生は、隣で興味深そうに自分を見る晶の視線に気が
ついた。
「……なんだよ? 高野」
怪訝そうな顔で彼は晶に尋ねる。
「……別に。ただすっかり保護者だなぁ、と」
いつもとまったく変わらない無表情で晶は視線を正面に戻して答えた。
「ホントだね〜。それに麻生君ってそんな顔もできるんだね。初めて見たよ」
同じことを思っていたらしく、天満もまじまじと麻生を見て楽しそうに言った。
「そんな顔……? どういう意味だ?」
自覚していない麻生には何のことかわからない。
「優しい顔……してるってことじゃない?」
晶はやはりいつもと変わらない口調で天満の言葉をフォローする。
「は……? な、何言ってやがる!」
ごく自然な調子で言われたせいで一瞬気づかなかったが、よく考えてみると結構
恥ずかしいセリフだ。
「うん。教室にいる時はいっつも怒ってるみたいな顔だもんねー」
我が意を得たりとばかりに天満はにっこり笑っていたずらっぽく続けた。
「悪かったな。無愛想なのは生まれつきなんだよ」
ムスッとした顔で麻生は答える。
「そうでもない、って言ってるんだけど」
晶は彼の様子など意に返さずに訂正する。
- 97 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:32 ID:pf.wwnA6
- 「今日は大発見だね〜。サラちゃんに感謝感謝」
明るく言う天満の言葉に麻生は微かに眉をひそめた。
一つ、ここに来た時からずっと気にかかっていたことがあったからだ。
「……どうでもいいが、その、いきなり来て邪魔……じゃなかったか?」
麻生は彼らしくもなく、言いにくそうに頬をかきながら尋ねた。
彼自身、その言葉を口にするのは不本意だという様子がありありと見てとれる。
その言葉に天満は一瞬意味がわからずきょとんとした顔をして、一方の晶は
この男にもそんな気遣いができたのかと顔には出さないが密かに驚いていた。
「ああ! ぜ〜んぜん! こういうのは大勢の方が楽しいよ!」
質問の意味に気づくと天満はあっけらかんとした顔で即答する。
「そ、そうか……」
あまりにもあっさりしたその返事に麻生は少々呆れたものの、それでも内心では
有り難いと思ったのも確かだった。
別に来たくて来た訳ではないが、やはり空気が悪くなるのは気まずいものだし、
何よりも、もしそうならサラが気にするだろうと考えたからである。
――もちろん、そんなことは口が裂けても言わないが。
「……ほら、優しい」
晶が呟くようにそう言った。
「……何のことだ」
麻生は気づかないフリをして答える。
「さあ……ね。何のことかしら?」
相変わらず捕らえ所のない返事の晶だが、その目はいつもよりもどことなく
穏やかに見えた。
- 98 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:33 ID:pf.wwnA6
- 「……」
露骨に嫌そうな顔をして、麻生は晶を恨めしそうに見る。
その様子を見て晶は世話が焼けるというように小さくため息をついた。
「……勘違いしてるみたいだから教えてあげるわね。予定より人数が少なく
なったから誰かを呼ぼうって提案したのは私。そしてあなたが来ることは全員が
予め了承済みよ。だから安心しなさい」
いつもの無感動な黒い瞳に戻って晶はすぱっと小気味良く言い放った。
彼女の言っていることは嘘ではない。
ただ、その話の流れの中で、サラが誰に連絡をとるかということは晶の関知する
ところではなく、誰でもいい『誰か』に麻生は『たまたま』選ばれたのだと彼女は
言っているのである。
――サラが電話する相手を晶が予測できたかどうかはまた別の問題であり、ここ
では重要ではないということにされているようだ。
「……そいつはどうも」
その言葉にそこはかとなく理不尽なものを感じつつもとりあえず麻生は礼を言う。
「でも、サラちゃんに聞かれた時はびっくりしたけどね。麻生君とあんなに仲が良い
なんて知らなかったし」
いたずらっぽく片目をつぶる天満が、思っていることの半分も口に出していない
のは誰の目にも明らかでその言外に隠された部分に麻生はぴくっと反応する。
「……お前ら、何か誤解してねえか? 俺は別にあいつだからどうこうって
わけじゃ……」
――言いかけた麻生の視界には、ニコニコ顔の天満とフッと笑って目を逸らす晶。
そして麻生は自分の主張が決して通らないことを一瞬で悟った。
- 99 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:34 ID:pf.wwnA6
「……わかったよ。どう思おうがお前らの勝手だ」
あきらめ顔で投げやりなため息をつく麻生。
と、その時、
「ん……?」
何事かに気づいて彼の表情が変わる。
「麻生君? どうかしたの?」
「……」
天満の声には答えず、麻生はずんずんと人ごみを掻き分けて進んでいく。
「あ、待ってよ! 麻生君ってば」
「あのっ……! ですからそんなこと言われても困ります……!」
サラが見るからに軽薄そうな見知らぬ二人組の少年達となにやらもめていた。
(こういう時はキゼンとした態度で……)
サラは以前晶に言われたことを思い出して、その通りに実行しているつもりなの
だが、残念ながら悲しいくらいに迫力がない。
「か〜わいいね〜。そんなこと言わないでさ〜。ちょうど俺らも二人だし、
一緒に花火見ようよ〜」
少年の一人が可愛らしさのかけらもない甘えた声でしつこく食い下がる。
「……」
八雲はというとすっかり怯えた様子で何も言えずに固まってしまっていた。
前に進み出て八雲を背中に隠そうとしているサラを見ながら、自分も何か
言わなくてはと思うのだがどうしても体が動いてくれない。
彼女には少年達の口に出せないような邪な心が感じ取れるのだから、余計に怖いと
感じるのも無理はないことだった。
- 100 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:35 ID:pf.wwnA6
- 「ねえねえ、名前教えてよ。君らみたいな可愛い娘達がさ、こんな日に女の子同士
なんてもったいないって。俺達がもっと楽しくしてあげ……うわっ!」
もう一人の少年が馴れ馴れしくサラの肩に手を回そうとしたその時、突然彼の体は
背後から肩を掴まれて引き戻された。
「もういいだろ、お兄さん達。悪いが先約があるんだ。ナンパなら他当たってくれ」
「!? なんだよてめえ!」
肩を掴まれた少年が、相手の人物の手を振り払ってにらみつける。
「麻生先輩!」
嬉しそうなサラの声。
「……そういうわけだ。喧嘩するつもりはない。おとなしく言ってるうちにお引き
取り願えるとこっちも助かるんだが」
そのつもりはないと言いながら、麻生の目はすでに剣呑な光を放っている。
あまり感情を表に出さない少年であるが、今は怒っていることがはっきりと
わかった。
数の上での優位性はあるが、二人のナンパ少年にしてみればただでさえ腕力勝負は
専門外である。
加えて麻生の鋭い眼光に、これ以上関わるのは危険だと判断したようだ。
「ちっ! なんだ男連れかよ。おい行こうぜ!」
「あーあ。つまんねー」
少年達はぶちぶちと文句を言いながら――けれど決して振り返ることなく――足早
にその場を立ち去っていった。
- 101 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:36 ID:pf.wwnA6
「……」
少年達の背中を見送り、そしてそれが見えなくなると麻生は視線を巡らせて
ジロリと隣にいるサラをにらんだ。
「うっ……!」
頭上から突き刺さる視線にサラは非常に居心地の悪そうな顔で気にしないフリ。
「はー……」
そのまま何も言わずに麻生は大げさなため息をついてみせた。
彼女が悪いわけではないのはわかっているが、それでもあまりに予想通りの展開に
ものを言う気力もないといった様子だ。
「えっと、あの……ごめん……なさい?」
サラは何を言えばよいのかわからず、恐る恐る上目遣いに麻生を見上げて、努めて
可愛らしい笑顔で謝ってみた。
「……あほう」
そんなサラをちらりと見て麻生は一言のもとに切って捨てる。
「マイガッ!?」
嫌味を言われるよりもストレートな分だけグサリと刺さる言葉。
言いたいことはいろいろとあったが、助けられてしまった以上、なんとなく自分に
発言権はないような気がしてサラはぐっと口をつぐむしかなかった。
- 102 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:37 ID:pf.wwnA6
「八雲、サラちゃん。大丈夫だった?」
人ごみを抜けるのに手間取って、やや遅れて駆けつけた天満が心配そうに二人に
声をかけた。
入り口付近に比べてこの辺りは幸いにも人が少なく、立ち止まって話していても
通行に支障はない。
「姉さん……。うん、平気。麻生先輩が助けてくれたから」
これ以上、姉に心配をかけまいと八雲は努めて元気に答えた。
「そう、よかった〜」
天満はほっとして胸をなでおろす。
「あの……ありがとうございました」
八雲は改めて麻生に礼を言う。
心が視えない為か、無愛想な麻生とも八雲は普通に話せるようだ。
――視えない理由も八雲にはなんとなくわかる気がする。
「いや……何もなくてよかった」
麻生は彼にしては珍しく、柔らかい表情で八雲に答えた。
「……今、明らかに私の時と態度を変えませんでしたか?」
あまり見たことのない彼に『あれ?』という顔で尋ねるサラ。
「気のせいだろ」
麻生はいつものクールな表情に戻ってしれっと即答。
「……」
その彼の態度に、ものすごく何か言いたそうな顔でにらんでいるサラだが、麻生は
そんな彼女を完璧に無視する。
- 103 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:38 ID:pf.wwnA6
「ごめんね。あたしが別行動しようって言い出したから……」
申し訳なさそうな顔で天満が謝る。
「先輩のせいじゃないですよ。それに別に何もなかったですし」
サラはしゅんとしている天満に慌てて答えた。
「……やっぱり、一緒に行った方がいいのかな」
ばつが悪そうに笑う天満。
「そうだね。愛理にはとっておきのメールを送っておいたから、気づいたら
(怒って)連絡してくるはず」
いつのまに来たのか、晶が携帯電話を閉じながら天満に賛同する。
「……もちろん、麻生君にもつきあってもらうよ?」
晶は麻生の方に向き直って意味ありげにそう続けた。
「あ? だから俺は人ごみは……」
その言葉に面倒な気配を感じたのか不満顔で断ろうとする麻生の言葉を遮って、
袖を引いて皆から離れるようにいざないながら晶が小声で囁く。
『また悪い虫が寄ってくるかもしれないけど?』
「……俺には関係ない」
見た目には平静を保ちつつ麻生はそっけなく答えた。
「へえ……」
その答えに晶はわずかに目を細める。
先ほどの少年達との一件で麻生が本気で怒っていたことを――そしてその理由を
――彼女は見逃してはいなかった。
黒目がちな瞳で黙ったままじっと彼を見つめる晶。
- 104 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:39 ID:pf.wwnA6
- 「……わかったよ。つきあえばいいんだろ」
その視線に無言の圧力を感じて麻生は渋々と力なく答える。
「フフッ、素直でよろしい。頼りにしてるよ。ボディガードさん」
大人びた笑顔で微笑む晶はまるで何もかも見透かしているように思えた。
「……お前、その為にあいつが俺を呼び出すのを止めなかったのか?」
ふと気づいて麻生は晶に尋ねる。
「それだけってわけでもないけど……ね」
晶は曖昧な返事を麻生に返してサラの方に穏やかな視線を向けた。
「?」
天満と話していたサラが晶の視線に気づくが、その意味までは理解できず
不思議そうな顔でこちらを見ている。
晶はサラのことが好きなのだ。――言うまでもなく親愛の意味で、である。
いつだって他人の心配ばかりしている心優しい後輩が、あんなに楽しそうに
笑うのも、ワガママを言って困らせるのも、この無愛想なクラスメイトの前だけだと
いうことに晶は以前から気がついていた。
普段のサラが無理をしている……とは思わない。
慈愛に満ちた笑顔や相手を思いやる優しさ、それに大の世話好きで少しだけ
心配性なところも、彼女の天性のものだと理解はしている。
サラが自分を慕ってくれていることも素直に嬉しいと感じているし、周囲に対して
多少の優越感も持っている。
だが、それでもやはり、サラを心から安心させて、守ってあげられる麻生が晶には
少し羨ましかった。
感情表現が稀薄で冷たいイメージに見られがちな晶だが、友人や後輩を大切に思う
気持ちは天満にも負けないくらいに強い。
ただ、それを人前に見せるのは苦手で、その点では晶と麻生は似ているのかも
しれなかった。
- 105 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:40 ID:pf.wwnA6
- 「あん?」
彼女の言葉の意味をいまいち理解できず不可解な顔をしている麻生だが、説明して
やるつもりは全くない晶は彼を無視して天満の元に歩いて行ってしまった。
「……楽しそうでしたね。何話してたんですか?」
仲良さそうに――そう見えた――話す二人に遠慮して離れていたサラが麻生の隣に
戻ってきてさりげなく尋ねた。
「……さあな」
言えるわけがないだろうと内心思いながらそっけなく彼女の問いを受け流す麻生。
「ふうん……そうですか。わかりました」
麻生のその答えにちょっと不満そうな顔をすると、サラは彼を残してぷいっと
一人で先に歩き出す。
晶と仲が良いことではなくて、麻生の返事が気に入らなかったのだろう。
「おい……何怒ってんだ? お前」
その後を同じ早さでゆっくりついていきながら麻生は彼女の背中に問いかけた。
「……別に怒ってません」
振り返りもせず、にべも無く答えるサラ。
「あのな……」
どう考えても怒っている様子の彼女に麻生はかけるべき言葉を失って一瞬
口ごもる。
「……一人で先行くとはぐれるぞ」
少しだけ考えて、麻生はあえて今の話題を避けて言ってみた。
「平気です。もう子供じゃないんですから」
サラは相変わらず不機嫌そうに答える。
(……そのセリフを言う辺りが子供だろうが)
と思った麻生だが、これ以上彼女の機嫌を損ねても仕方がないので口には出さない。
- 106 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:41 ID:pf.wwnA6
- サラが怒っている理由すらわからず麻生が考えあぐねていると、前を歩いていた
彼女が突然足を止めた。
そちらの方の理由は麻生にもすぐにわかった。
別の広い通りと交わる大きな交差点に差し掛かったのである。
道路自体は歩行者に解放されているので信号は停止しているのだが、両方の通り
から見物客が流れて来る為、なにぶんにも人が多い。
麻生が後ろにいるのはわかっているはずだし、それに天満達のこともあるから
進むべきか戻るべきか迷っているんだろうと麻生はサラの小さな後ろ姿を見ながら
思った。
それでも意地を張って後ろを振り向こうとしないサラに、麻生は小さくため息を
ついてゆっくりと歩み寄る。
数歩の距離まで近づいて麻生が再び声をかけようとした時、不意に周囲の
見物客達にざわめきが広がり、人垣の向こうから切羽詰った声がこちらに近づいて
きた。
『どいてください! そこを通して!』
派出所から来たと思われる制服の警官二人が、花火大会の関係者らしき法被姿の
男性数人とともに人垣を押しのけて二人のいる方角にやってくる。
広いとはいっても大勢の人でごった返している交差点には自由に動き回れるほどの
空間的余裕があるわけではない。
電車が突然揺れた時のように、背中を押された人や慌てて避けようとした人が
次々と近くにいる見物客にぶつかって混乱は波紋のように広がっていく。
- 107 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:45 ID:pf.wwnA6
- 『ドンッ!』
そのパニックの余波の中で、一人の恰幅の良い中年の婦人がサラを背中から
突き飛ばした。
「――きゃっ!?」
女性としても小柄な方であるサラがバランスを崩して危うく転びかけたその時、
『――サラ!』
咄嗟に伸ばされた腕がサラの手を掴んで、力強く彼女の身体を引き寄せた。
「!?」
強引に引っ張られた勢いで前のめりに倒れそうになったサラは、その手を引いて
くれた人物の体に正面から衝突する形になる。
「きゃんっ! いたた……あれ?」
相手の胸で思いきり顔をぶつけたサラが鼻をさすりながらふと気がついてみると、
誰かの手が自分の身体をしっかりと抱き止めてくれていることがわかった。
「――先行くなって言っただろう」
彼女の頭のすぐ上で、聞き慣れた、不機嫌そうな声がする。
――滅多に呼んでもらえない、自分の名前を紡いでくれた声。
先ほどの少しだけ慌てたようなその響きが、まだはっきりと耳に残っている。
顔が見えなくても、決して聞き間違えることなどない彼の声。
なんだかちょっと嬉しくなってサラの表情に自然と笑顔がこぼれた。
「ありがとうございます。先輩」
サラはにっこり笑って麻生を見上げて礼を言った。
「? いや……」
急に彼女の機嫌が直った理由がわからず、麻生は戸惑いながらそう答える。
「――今の何ですかね?」
彼が次の言葉を口にする前に、サラは首だけで振り向いて警官達が通り過ぎて
いった方に目を向けた。
麻生もそちらを見ながら周りから断片的に聞こえた情報を頭の中で整理してみる。
「さあな。大方どっかで喧嘩でもしてるんだろ。……にしても、いきなり警察沙汰
かよ。どこのバカだ?」
- 108 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:46 ID:pf.wwnA6
- 『だからそう言ってる! また喧嘩だよ! 道着姿の眼鏡とヒゲにサングラスの
少年二人だ! ヒゲの方はオールバックにカチューシャの目立つ髪型ですぐわかる!
街中で暴れ回りながらどこかへ消えたらしい! 先刻までこの近くにいたはず
だぞ!?』
『公園周辺からの足取りが掴めない!? わかった! こちらで捜す!』
親切にも麻生の呟きに答えるかのように、立ち止まって大声で携帯用の警察無線に
がなりたてる警官達の声が少し離れたところから聞こえてきた。
「眼鏡と、ヒゲに……サングラス?」
そのキーワードに思い当たった麻生とサラは思わず顔を見合わせる。
「……まさか、な」
「そうですよ……ね」
お互いに頭に浮かんだ可能性を言葉で否定しつつも、何故か目を逸らす二人。
まさかとは思いながらある二人の人物の名前がどうしても頭から離れない。
「――知らない人よ」
二人の推測を打ち消すように冷静な声がきっぱりとそう言った。
「高野……」
声のした方に顔を向けると遅れてやって来た晶達の姿がある。
「でも部長――」
「知らない人」
何か言いかけたサラの言葉を遮って、無表情に重ねて言う晶の口調には有無を
言わせない響きがあった。
「はあ……」
「わかった」
釈然としない顔ながら渋々同意するサラに対して、これ以上の面倒は御免だと
ばかりにあっさりと頷く麻生。
「……ま、いつものことだからな。飽きたら終わりにすんだろ」
サラの心配そうな表情に気づいたのか、麻生は誰に言うともなくそう続けた。
「――はい」
そんな何気ない心遣いが嬉しくて、サラは素直に頷く。
- 109 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:49 ID:pf.wwnA6
- 「はい。その話はおしまい。……で、その手は何? セクハラ?」
パンとひとつ手を叩いて、晶は麻生とサラの方を指差して尋ねた。
「手……?」
言われて二人は晶の視線を辿る。
その先にあったのは――サラの両肩に置かれた麻生の手。
警察の情報に気を取られていたせいで、麻生は自分が先ほどサラを抱き止めた
状態のままだったことにようやく気づく。
それはつまり、誰が見ても仲の良いカップルにしか見えないわけで――。
晶の横には嬉しそうな天満と少し恥ずかしそうな八雲の表情も見える。
一瞬の沈黙……。
「い、いや……! これはたまたま……!」
慌ててぱっと手を離して取り繕うように言う麻生。
「大丈夫ですよ、先輩。私、全然気にしてませんから」
サラは平然と落ち着いた様子でにこやかに麻生をかばってくれるのだが、
何か微妙に方向性がズレている気がする。
「そんな話じゃねえだろうが! 話をややこしくすんな!」
サラの発言でますます窮地に立たされた麻生は思わず顔を赤くする。
「……冗談だよ。オモシロイね」
唐突に晶が言った。
「は……?」
麻生はつい間の抜けた顔で尋ねてしまう。
「全部見てたから」
無表情に言葉を続ける晶。
「え……?」
状況が理解できずその場に立ち尽くしている麻生。
- 110 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:49 ID:pf.wwnA6
- 「ほら、行くよ。麻生君」
あっさり話を打ち切って晶は天満を伴ってさっさと歩き出す。
「おい……?」
ようやく麻生は自分がからかわれていたことに気がついた。
なんだか一気にどっと疲れたような気がして麻生は激しい脱力感に襲われる。
「ホラホラ、そんな顔しないで。元気出して行きましょう」
ニコニコと満面の笑顔で彼の背中をポンポンと叩きながら励ましてくれるサラ
だったが――、
(誰のせいだよ!?)
思いきり突っ込みを入れたい衝動を抑えるので精一杯の麻生であった。
麻生が行ってしまうとサラは一人だけ歩きだそうとしない八雲に気がついた。
「八雲……? どうかしたの?」
微かに表情を曇らせたように見えた八雲にサラは心配そうに尋ねる。
「え……? あ、ううん……何でもないの。ごめん」
言われて初めて八雲は自分が心配させるような顔をしていたことに気がついて
小さく笑ってみせた。
「そう? ならいいんだけど……」
何でもないと言われてしまえばそれ以上尋ねることもできず、サラも微笑みを返す
しかなかった。
- 111 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:50 ID:pf.wwnA6
- 八雲の漠然とした不安は先ほどの警察官達の話に起因するものだ。
だが、仮になぜと尋ねられたとしても八雲は困惑したに違いない。
この時は八雲自身にさえ自分のその不安の理由がわかっていなかったのだから。
――なぜ、こんなにも出会ったばかりの『キリンの人』のことが気にかかるのか。
「ごめんね。少し気になることがあって、でも多分思い過ごしだと思うから」
そんな言葉では親友を納得させることなどできないとわかっていて、それでも
何とかサラに心配しないでほしくて八雲は重ねてそう言った。
「……うん、わかった。でも、何か悩みがある時は私に言ってね? 話相手くらい
にはなれると思うから」
サラはそれ以上は追求せずに小さく頷いて微笑んだ。
見る者の気持ちを等しく安心させるような優しい笑顔。
「ありがとう、サラ……」
八雲は胸の奥が熱くなるのを感じて、それだけ言うのがやっとだった。
サラは気づいていないかもしれないが、八雲は彼女にどれほど救われていることか。
人付き合いが苦手な自分を、いつもそばで支えてくれているのはサラであった。
何も言わなくても、八雲が困っている時にはいつでもそっと手を差し伸べてくれる。
そんな彼女に自分はいつか何かを返せるだろうか――?
実はサラも同じ気持ちでいることなど知る由もなく、そんなことを思いながらふと
前を歩く麻生の背中が目に映って、八雲は少しだけ彼を羨ましいと感じていた。
- 112 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:53 ID:pf.wwnA6
- 麻生の出番はその後、予想外に度々やってくることになった。
一緒にいると気づかなかったが、やはりこの4人は人ごみの中でも目立つらしい。
あの手この手で言い寄ってくる男どもを、できるだけやんわりと片っ端から撃退
していく。
彼の目つきの悪さのおかげか、幸いにして暴力沙汰に発展するようなことは一度も
なかった。
そんな麻生の努力――それこそ自分の彼女でもないのに――のおかげで天満達は
愛理を捜しながらも、それなりに花火大会の雰囲気を楽しむことができたのである。
麻生としても自分がやっていることに疑問を感じないわけでもなかったが、
それでも天満達が素直に感謝の気持ちを表してくれるので悪い気はしなかった。
綿菓子、やきそば、金魚すくい、じゃがバターetc.……定番の露店を次々に
引き回され、現在麻生の目の前では「これだけは絶対食べなきゃダメ!」と天満に
手渡されたりんご飴の食べ方がわからないサラが、手に持った飴とじぃーっと
にらめっこの最中だ。
「むーう……」
それはそれで面白いと思ったのだが、あまりにも途方に暮れている様子だったので
麻生は仕方なく簡単にレクチャーしてやることにした。
「よーし! 次はかき氷だー!」
いつのまにやら中心になって遊んでいた天満が手に持った金魚が二匹入った袋――
玉砕した天満にせがまれて麻生がすくった――を振りながら元気よく歩き出す。
「……はいはい」
晶は八雲とちらっと顔を見合わせると、観念したように天満の後を追う。
- 113 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:55 ID:pf.wwnA6
- 沢近はいいのか?――という疑問は口に出さない方がいいのだろうと判断した
麻生もサラと一緒に後について歩き始めた。
「フンフンフフーン♪」
麻生にとってもらった水風船をポンポンとつきながら、彼の隣でサラは
楽しそうに鼻歌を歌っている。
「ごきげんだな……」
くるくると目まぐるしく表情を変える彼女に半ば呆れたように麻生は言った。
「えー? だって楽しいじゃないですか。先輩は楽しくないですか?」
胸の前で両手を組んで、その手を大きく前に伸ばしながらサラは尋ねる。
「……まあ、誰かのおかげで退屈はしてないがな」
素直に楽しいと認めるのは生来の性格が邪魔をして、麻生は少し意地悪にそう
答えた。
「本当ですか? それはお役に立てて何よりです♪」
にっこりと笑ってサラは麻生を見上げる。
「……いい性格してるよな、お前」
彼女にはかなわないと内心で負けを認めながら、麻生は自分でも気づかないうちに
小さく微笑みを返していた。
「……!」
流石のサラもそんな反応を返してもらえるとは思っていなかったらしい。
突然の不意討ちにサラは微かに頬を赤らめて、それを隠すようにうつむいた。
「?……どうした?」
こういうことには鈍感な麻生は訝しげな顔で尋ねる。
「な、何でもないです。あの……先輩。本当は今日……迷惑じゃなかったですか?」
サラは慌てて答えてから、言いにくそうに恐る恐る尋ねた。
「アホか……いい加減、俺という人間をわかったらどうだ? 迷惑だと思ったら
最初から来るわけねえだろ」
何を今更と言うように麻生は肩をすくめる。
それはポーズではなく本当のことだ。
彼は自分がその気にならなければ絶対に行動しない男である。
サラもその辺のことは最近になってようやく理解できるようになっていた。
「えへへ。よかった」
無愛想だがちゃんと答えてくれる麻生にサラは笑顔を返す。
- 114 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:56 ID:pf.wwnA6
- 「サラちゃん麻生君、食べないのー?」
何を混ぜたのか、毒々しい色のかき氷を手に天満が二人を呼んでいる。
「行きましょう。先輩」
明るく笑いながらサラが麻生の手を引いて歩き出す。
「お、おい……わかったから手を」
予想外の彼女の行動に驚いた顔はしたものの、麻生はその手を振り払う気にはならず
引っ張られるままに任せて天満達のところへ向かうのだった。
さらに増えた人混みの中を歩きながら、天満達は何人かの知人の姿を見かけたが
捜している相手にはなかなか出会うことができずにいた。
しかし、その間にも時間は刻々と過ぎていく。
『ドォン……!』
突然の轟音とともに足元から伸びる自分達の長い影。
見上げた空には色鮮やかな大輪の花が咲いている。
それを機に続けざまに何本もの細い糸のような光がひゅるひゅると天に向かって
立ち昇って行くのが見えた。
『ドォ……ン! ……パッ……パッ』
夏の夜空を次々に彩る、華やかな光の競演。
「しまったぁ! どうしよう。花火始まっちゃったよ〜」
当然のことながら、まだ友人の姿は見つかっていない。
天満が焦りだしたその時、
『チャ〜チャ〜チャ〜チャッチャラ〜♪』
突然、鳴り響く携帯の勇ましい着信音。
- 115 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:57 ID:pf.wwnA6
- 「万石? ……って、あたしだ」
その曲から天満が慌てて自分の携帯を確認する。
天満の着メロは知る人ぞ知る、人気時代劇『続・三匹が斬られる!』のチャンバラ
シーンの曲である。(ちなみにオープニングテーマは八雲が使っている)
見ると着信画面には『愛理ちゃん』の文字。
「晶ちゃん! 愛理ちゃんだよ! ……ハイハイ! 愛理ちゃん!?」
天満は晶に声をかけてから急いで通話ボタンを押す。
『……あ、もしもし? 私……。今……美琴と一緒なの』
一瞬、気まずそうに言い澱んだものの、電話の向こうからは待ちわびていた
友人の声が聞こえる。
「ホントォ!! どこにいるの!?」
思いがけない朗報に天満の声のトーンが上がった。
『来る? 矢神神社をぬけて……』
「うん、うん。わかった。神社の裏の林を抜けた崖の上だね。
すぐ行くから待ってて! じゃ!」
元気いっぱいに大きな声で答えながら天満は通話を終える。
「捕まえたよ! 晶ちゃん!」
携帯を閉じるや否や晶の方に勢いよく向き直る天満。
「聞こえた。神社の裏の林を抜けた崖の上」
晶は冷静に頷きながら復唱する。
「うん。美コちゃんも一緒みたい」
明るい声で嬉しそうに天満は付け加える。
「そう。ここからなら充分間に合いそうだね。行きましょう」
その言葉にどことなく柔らかな表情で答える晶。
二人の話を聞きながら、八雲とサラはお互いに顔を見合わせてほっとした
ように微笑みを交わした。
彼女達の様子を見ていた麻生も何ひとつ訊かずに黙って一緒に歩き出す。
- 116 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 22:59 ID:pf.wwnA6
- 常に移動していたおかげで、現在地から矢神神社までは普通に歩いても
10分とはかからない距離だ。
来た道を戻っていく途中で天満の目にふと最初にいたコンビニの看板が映った。
「……っと、晶ちゃん、飲み物とか持って行った方がいいかな?」
手ぶらで行くのもどうかと考えて天満は晶に尋ねる。
「そうだね。でも急がないと」
晶も天満に同意して頷く。
「わかってる。手分けして適当に買っちゃおう」
天満は晶に答えて店の入り口に足を向けた。
「姉さん、私も手伝うよ」
「あ、私も」
ほとんど同時に八雲とサラが天満に申し出る。
「うん。……あ、どうしようかな? いいや、サラちゃんはここにいて。大勢だと
レジの時間がかかるから。それに麻生君だけ置いてきぼりじゃ悪いもんね」
わずかな思案の後、天満はサラに頼む。
「俺のことはどうでもいい……」
気を遣われるというのは居心地の悪いもので、嫌そうな顔で麻生が口を挟む。
「いいから。一人じゃつまらないでしょ? それじゃ、サラ頼むわね」
晶は麻生の意見を問答無用とばかりに却下してサラに言った。
「わかりました。先輩のことは私に任せてください」
ぴっと可愛らしく敬礼してサラは晶に答える。
「おい……」
その言い方が多分に不満な麻生はサラをにらむが、その彼女は涼しい顔だ。
- 117 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 23:00 ID:pf.wwnA6
- 天満達が店内に入っていくと、その場にはサラと麻生だけが残された。
音と光に誘われるように二人はどちらからともなく再び夜空に視線を戻す。
星空には回転しながら破裂する幾つもの小割花火が尺玉の大きな花火の前に
重なって、鮮やかな色彩の模様を描き出している。
間を置かずに続いて上がったのは、細い光が高く昇って行った後に大きく弾け、
柳の枝のように何本もの光の糸が流れ落ちてくる大柳と呼ばれる花火。
「スゴーイ!」
ポンと手のひらを合わせて感嘆の声を上げるサラ。
「……そう言えば日本の花火見るのも初めて、か?」
ふと気がついて麻生は何気なく尋ねてみる。
「はい。先輩は好きですか? 花火」
サラは麻生の方に顔を向けると明るく笑って尋ね返す。
「いや……花火なんて小学生の頃以来か。ここ数年まともに見てないな」
少しは話を合わせればいいものを、正直に興味がないと答えてしまう辺りが
麻生らしい。
「ふーん、なんだかもったいないですね。こんなに素敵なのに。
……でも、今年は先輩と一緒に見られてよかった」
穏やかにそう言って、小さく首を傾げながらサラは嬉しそうに微笑む。
「何言ってやがる……」
微かに顔を赤くして麻生は照れを隠すように顔を背けてそっけなく言った。
麻生の性格上、いつものサラの冗談だと判断するしかなかったからなのだが。
- 118 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 23:02 ID:pf.wwnA6
- 「お前な……あんまり誤解されるようなセリフは言わない方がいいぞ」
気持ちを落ち着ける意味で小さくため息をついてから、麻生はサラに向き直って
たしなめるように注意する。
どう誤解するんですか?――そう言ってまたからかわれるんだろうとも思ったが、
一応言っておいた方がいいと判断しての発言であった。
「……」
けれど、予想に反して彼女はその言葉には何も答えずに、まっすぐに麻生を
見つめながらにっこりと笑うだけだった。
何も言わず、ただ黙って静かに微笑む彼女は、いつもよりもどことなく
大人びて見えて――そして、綺麗だった。
それが花火の光のせいなのか、それとも麻生の目にだけそう映ったのか。
トクンと思いがけない強い鼓動が麻生の胸を打つ。
会話が途切れる――。
吸い込まれそうなサラのアリスブルーの瞳から目を逸らすことができなくて、
わずか数十センチの距離で見つめ合う。
周囲のざわめきさえもどこか遠くに聞こえる。
そして――。
『ドォン……!』
一際大きな発射音が響いて麻生ははっとする。
続いて連続した発射音が聞こえたかと思うと周囲から大きな歓声が湧き起こった。
序盤の山場らしい連発式の仕掛け花火が打ち上げられたのだ。
幾重にも重なった鮮やかな光の輪と地面から天高く吹き上げていくスターマインの
光の柱とのコラボレーションは、今までのものよりも一際華やかに人の目を強く惹き
つける。
自然に二人の視線も、次々と咲いては消えてゆく幻想的な夜空の花達に向けられて
いた。
- 119 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 23:03 ID:pf.wwnA6
「……」
先ほどの沈黙が気になって麻生はちらっと隣にいるサラの方を窺う。
「キレイですねー」
瞳を輝かせて花火を見上げるサラの横顔はいつもと変わらない屈託のない笑顔。
「……ああ、そうだな」
視線を夜空に戻して麻生は呟くように答えた。
何かを気づかせようとしているように見えた彼女の表情は見間違いだったのかも
しれない、と思う。
何事もなかったように花火を見上げる二人。
ただ、ひとつだけ変わったことがあるとすれば、二人の立っている位置がほんの
少しだけ近づいたということ。――本人達も気づいていない、小さな変化。
ムードのかけらもないコンビニの駐車場。
それでも一緒に花火を見上げるこの時間が二人にはとても心地よく思えて。
この時間がずっと続けばいいと、そんな口には出せない子供じみた願いが心をよぎる。
――けれど幸せな時間は長くは続かなくて。
『ピリリリリッ……!』
再び聞こえる携帯電話の着信音。
しかし、今度は購入した時から変えていないだろうと思われるシンプルな電子音だ。
麻生は小さく舌打ちして自分の携帯をポケットから取り出す。
着信記録はメールが一件。
その内容がわかっていた麻生はメールを開かずにそのまま携帯をしまった。
ついでに確認した現在の時刻は20時27分。
- 120 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 23:04 ID:pf.wwnA6
- (周防もいるんなら大丈夫だよな……。後は高野に任せるか)
仕方ないというように麻生は黙って小さく肩をすくめた。
「……確認しないんですか?」
麻生の考えがわかったのか、視線を夜空に向けたままサラが尋ねる。
「そう……だな。……すまん。実はこれから外せない用事があるんだ」
麻生はわずかに逡巡した後に正直に答えた。
「用事って、もう8時半ですよ……?」
気を悪くした様子はないが、少し意外そうな顔でサラが言う。
「忘れてたんだよ。今からならまだ間に合う」
今更取り繕っても仕方ないと思ったのか、投げやりに答える麻生。
「え?」
サラはその言葉に今度は明らかに驚いた様子。
「……?」
サラの反応に微妙な違和感を感じた麻生だが、それも一瞬のことだった。
「――そうですか」
にこっと笑って、明るく答えるサラ。
「ホント悪い……後で埋め合わせはする」
麻生は心苦しそうにサラに謝る。
「そんなに気にしないでください。今日は来てくれて嬉しかったです」
弱りきった様子の麻生にサラは優しくそう言った。
「いや……俺も来て良かったよ」
麻生はサラの気遣いに心が痛むのを隠して、無理に微笑んで答える。
- 121 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 23:07 ID:pf.wwnA6
コンビニの入り口に視線を向けると、ちょうど天満達がビニル袋を抱えて
出てくるのが見えた。
その姿を――サラが一人にならないことを――確認してから、麻生は
その場を後にする。
「……じゃあ、な」
サラの方に向き直って麻生は短く言った。
「はい。また明日お店で、先輩」
可愛らしく首を傾げて答えてくれるサラ。
「ああ。あいつらにもよろしく言っといてくれ」
小さく頷くと麻生は踵を返して目的の場所へと向かった。
◇ ◇ ◇
「おまたせっ! ごめんねー! あれ? 麻生君どうしたの?」
入れ違いにサラの元にやってきた天満が、遠ざかっていく彼の後ろ姿を
見ながら尋ねた。
「帰りました」
サラはそっと目を閉じて、何でもないことのようにさらりと答える。
「えーっ! ……って、サラちゃんなんだか嬉しそうだね?」
天満は言葉の意味とはまったく逆のサラの表情に不思議そうに尋ねた。
「それは――麻生先輩が優しかったからですよ」
サラはそう言って楽しそうに天満に笑いかける。
「……帰っちゃったのに?」
サラの言葉の意味が理解できず、天満は困惑した顔。
- 122 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 23:08 ID:pf.wwnA6
- 『忘れてたんだよ。今からならまだ間に合う』
先ほどの麻生がサラに言った言葉。
サラが驚いた顔をしたのは、それが嘘だと気づいたから。
――それは優しい嘘。
麻生が約束を忘れるような人間ではないことはサラが一番よく知っている。
きっと最初から大事な用があるのがわかっていて、それでも何も言わずに
自分達を心配してギリギリまで付き合ってくれていたのだ。
寂しくないと言えば嘘になるが、それでもサラは嬉しかった。
自分が無理に誘ったのに、申し訳なさそうに言ってくれた麻生の言葉が。
自分の為に不器用に笑いかけてくれた彼の笑顔が。
いつのまにか胸の奥で大きくなっていた、生まれて初めて感じる暖かな気持ち。
この感情を『恋』と呼ぶのかどうかはまだわからないけれど――、
サラにとっては特別で、大事にしたい想い。
「そう……よかったわね。サラ」
晶は暖かく包み込むようなまなざしでサラに小さく微笑みかける。
「はい」
サラも姉のように慕っている先輩に元気よく答えた。
「サラちゃんがそう言うんなら、いいんだけど……」
納得のいかない顔をしながら渋々頷く天満。
「それじゃ、行こう? サラ」
八雲が穏やかにそう言った。
「うん♪」
明るく笑ってサラは歩き出す。
- 123 名前:HANABI〜8月の日〜 :04/08/31 23:09 ID:pf.wwnA6
- 3人の後を追いながら、サラはもう一度、夜空を彩る花火を見上げた。
遠い異国の地で迎えた初めての夏。
また一つ、素敵な思い出ができたことが嬉しかった。
一人ぼっちで寂しかった半年前が嘘のように、笑顔に溢れた日々。
こんなにも暖かくて、こんなにも愛おしい人達に出会えた奇跡をサラは
心から神様に感謝したい気持ちで一杯だった。
『出会った頃より少しだけ笑ってくれるようになったあなたと、
いつでも優しく見守ってくれる大切な人達に、
どうか今よりもっとたくさんの幸せが訪れますように――』
降り注ぐたおやかな光に照らされながら、サラは心の中で想いを紡ぐ。
それは穏やかな祈りの言葉。
『――ありがとう。大好きですよ』
The grace of our Lord Jesus Christ be with you all. Amen...
Fin.
- 124 名前:13 :04/08/31 23:10 ID:pf.wwnA6
- 以上です。
タイトルはわかりづらいですが、こういう名前の曲があってそこから取りました。
……直球すぎて情感も何もないですね。
いろいろと矛盾点が多いのですが、一番は麻生と八雲の面識ですね。
2−Cに出入りしてたから顔見知りでもおかしくはないけど、少なくとも
八雲は二学期の結婚式の時点まで『サラ経由で』の麻生は知らないはず……。
……と、途中で気づいたんですが、この話自体成立しなくなってしまうので強行
しました。
まあ、結婚式の時はサラが名前を出さなかったので、今回のSSをはさんでも
――かなり苦しいが――成立しない会話でもないということで許してください。
同様にサラだけは播磨のことを知らないのかもしれませんが、それだとちょっと
寂しくなるので知っていることにしました。
時間軸のみ前作と繋がりがありますが、微妙なサラの変化が出せなかったかな……。
言い訳が多いですが、読んで頂いてありがとうございました。
- 125 名前:Classical名無しさん :04/08/31 23:32 ID:QzIjlZXQ
- >>13
GJ!
夏の終わりに読み終わりの心地いいSS読ませていただきました(^-^)
- 126 名前:Classical名無しさん :04/08/31 23:40 ID:GAw/VeNs
- >>13
GJです。
夏の特色がよくでてるSSでした。
次もサラ×麻生期待してます。
- 127 名前:たれはんだ :04/09/01 00:40 ID:L6imRLAw
- 以前、SSのようなものをあげさせていただきました、たれはんだと申します。
また今回も勢い(と少しだけの妄想)で書いてみました。他の神の皆様と比べ
るまでもないものですが、冷めた目で見限っていただければ幸いです。
- 128 名前:たれはんだ :04/09/01 00:42 ID:L6imRLAw
- Mr Summer Time
チリーン。 チリーン。
風鈴の音。
サー。 サー。
カーテンの音。
(ん・ア・サ・?)
目を覚ますと、いつもの部屋。
私は普段通り、机の前に座って受験のための勉強をして、そのまま
眠ってしまったらしい。
風でカーテンが少しだけ開き、太陽の日差しが入ってくる。昨日、
机の前に座ったのが午後6時ごろで、10時に姉さんが来て・・・
(また、眠ってしまったみたい)
昨日は久しぶりに良く眠れた気がする。ほんの少しだけだけど。
(あ)
ふと、壁にかかったカレンダーに目をやると、今日の日付にほん
の小さな黒丸と同じくらい小さな文字で『『あの人』と出逢った日』
書かれていた。
- 129 名前:たれはんだ :04/09/01 00:43 ID:L6imRLAw
- (もう、2年・・・)
今から2年前のこの日、私は『あの人』に出逢った。『あの人』は
クーラーの修理のために家にやって来て、そして伊織を助けてくれた。
伊織は家で買っている猫の名前。『あの人』は動物の気持ちがとても
分かる人。あの時はとてもうらやましかった。私にはわからなかった
から。
コンコン。
「ねぇ。八雲、起きてる?」
いつもの髪を覗かせたあと、姉さんがドアから少しだけ、部屋の中
を覗き込んだ。
「起きてる、八雲。あっ、起きてるねっ、うんっ!」
姉さんはあの頃と変わらず、とても元気がいいみたい。でも、少し
だけ、大人っぽくなったような気がする。
「うん、起きてる。 そういえば、朝ご飯を」
「だいじょうぶ。朝ご飯はきちんと食べたし、伊織にもあげたから」
姉さんはニコっと綺麗な笑顔を見せて、Vサインを突き出した。
「それくらい自分でやらなきゃ、ね? 八雲も受験だし迷惑かけられ
ないもんね」
「・・・うん」
- 130 名前:たれはんだ :04/09/01 00:44 ID:L6imRLAw
- 「じゃあ、私出かけるね。朝食は作ってあるからちゃんと食べるんだ
よ。八雲はすぐ忘れちゃうんだから。気分転換もすること! いい?」
「・・・うん」
「じゃ、いってくるね」
姉さんはいつものお姉ちゃんパワーを発揮して出かけてしまった。
(姉さんがうらやましい)
姉さんは憧れの烏丸さんに告白した後、今でもメールでやり取りをし
ているらしい。本当は一緒に大学に行きたかったそうだけど、烏丸さん
は就職し、姉さんは第一志望の大学に落ちてしまった。今は唯一合格し
た大学で保育士になるために勉強している。
(私は・・・)
あの事故の後、私はただ他人事のように日々を過ごし、具体的な目的
もないまま、周りが勧めるままに大学を受験するための勉強をしている。
出来る事なら、『あの人』とたった一度だけでも、一緒に大学に通いた
かったけど。
(ムリ、だから。ムリ、だから)
何度も心の中で言いつづけてきた言葉。カナウコトノナイコトバ。
どう考えても、何度願っても絶対にできないのだから。
(『あの人』に逢いたい)
- 131 名前:たれはんだ :04/09/01 00:46 ID:L6imRLAw
- ***
久しぶりに鏡を覗いてみた。あの頃から伸ばした髪を首元で結わえ、
前に垂らしてはいるものの、変わらない顔。少しだけ、顔が青白い気が
する。少しだけ無理をしすぎたかも知れない。
(姉さんにまた、心配させてしまう)
少しだけでも、姉さんに心配させないようにと思いつつ、台所へ向か
う。
(あっ)
台所のテーブルの上には、少しだけ不恰好なおにぎりとおしんこ、そ
して、マジック大きく書かれた、「ファイト! 八雲」の文字。
(ありがとう、姉さん)
心の中で小さく、姉さんに感謝しながら、私は独りおにぎりを食べた
(塩、入ってない)
料理をほとんどすることがなかった姉さんも、烏丸さんのために必死
で勉強して、今では私のためにお夜食も作ってくれるようになった。け
ど、まだ少しだけ練習は必要だと思う。
「私の受験の時、いろいろ作ってくれたんだから、今度はお姉ちゃ
んががんばらないと、ね(ハート)」
そう言って、腕まくりをしながら姉さんは笑って答えてくれた。私は
ただ一言、「ありがとう」としか言えなかった。本当はとてもうれしい
のに。
- 132 名前:たれはんだ :04/09/01 00:48 ID:L6imRLAw
- 「あ、メール」
遅い朝食を終え、食器を片付けて部屋に戻ると、机の上にある携帯電
話から、メールが届いたことを示すメロディが流れてきた。
ピッ、ピッ、ピッ。
流れてきたメロディは確か、ブレッド&バターの「あの頃のまま」。
私にメールを送る人は『あの人』を除くと数えるほどしかいない。その
中でこのメロディだから・・・
「アシ、お願い。 沢近」
たったそれだけの言葉。それだけのメール。でも、今の私にはそれだ
けで分かる。あの頃もそうだったから。こんな感じで、よく呼ばれてい
たから。
「今、行きます」
それだけ書いて送った。姉さんも言っていた事だから、これ以上心配
かけないように、気分転換になるのなら行ってみよう。そう言い聞かせ
て、私は準備をして家を出た。
ミーン、ミーン、ミーン、ミン。
外に出ると、久しぶりにまともに浴びる日差し、そして大きく響くた
くさんのせみの声。少し日差しが強く感じるけれど、長い間家の中にい
たのだから、しばらく我慢しようと思い、帽子はかぶらないことにした。
ふと、玄関前で振り返り、家を見上げるとやはり目にとまるのは、2
階の姉さんの部屋側にあるクーラーの室外機。
- 133 名前:たれはんだ :04/09/01 00:49 ID:L6imRLAw
- (・・・)
どうしても、『あの人』の事が頭の中に浮かんでしまう。今日が『あ
の人』に出逢った日だからかも知れない。そうでなくても浮かんでしま
うのだけれど。
- 134 名前:Classical名無しさん :04/09/01 00:57 ID:T8C8qZqA
- 支援?
- 135 名前:Classical名無しさん :04/09/01 02:44 ID:kwcH8PcA
- 続きは?
- 136 名前:Classical名無しさん :04/09/01 02:44 ID:n6GUUbaI
- 放置プレー?
- 137 名前:Classical名無しさん :04/09/01 03:45 ID:kwcH8PcA
- 寝落ちかなあ…
- 138 名前:Classical名無しさん :04/09/01 08:30 ID:Ek/9cRo6
- 婿養子?
- 139 名前:The Dogs Bark :04/09/01 10:04 ID:H1tLUPBg
- ショーウィンドウを彩るのは、色とりどりの服や靴、それにきらびやかなアクセサリ。まるで眩しいもの
でも見るかのように目を細めながら、ふん、とララは小さく鼻を鳴らす。
『ララさんに似合うと思いますよ、きっと』
脳裏に浮かぶのは、そんな一条の言葉。バイト帰り、ふとその前で足を止めたところに向けられたそれを、
あっさりと一笑に付してしまったことを思い出して小さく顔をしかめるララ。それでも、誕生日には何か
プレゼントしますね、と言っていた彼女は、不運にもバイトのシフトが変わってしまったために、今この
場所にはいない。
「これを、カ」
ごめんなさい、と見ている方が申し訳なくなるほどに頭を下げていたその姿を思い出し、ぽつりと呟く。
本音を言えば、憧れにも似た気持ちは確かに持っている。なにせ、この国に来てからというもの、ただ
ひたすらに部活に明け暮れるだけの日々。
それでも、そのためにこそここにいるのだから苦ではない……はずだった。
それが。
「ナゼこれほどニ心が乱れル……?」
知らず、そんな言葉が洩れる。その心境の変化が、一条かれんという『友』と出会い、見ようともして
いなかった周囲を次第に視界に入れ始めたのに起因していることに、彼女はまだ気づいていない。
「……まあイイ」
誰にともなくそう言って、再び歩き出そうとしたその足下で。
「オマエは……」
ばう、と吠える愛嬌のある顔をした犬。見覚えのあるその姿に一瞬表情をほころばせるララだったが、すぐに
その飼い主を思い出し、気を引き締め直す。
「スイマセーン」
すると、いくらもしないうちにぱたぱたと駆けてくる足音とどこか軽薄そうな声、鞄を肩からかけた今鳥が
予想通りに姿を見せる。
- 140 名前:The Dogs Bark :04/09/01 10:05 ID:H1tLUPBg
- 「あーどうも、コイツが迷惑……ってあれ?」
「なんダ?」
たった今気がついたというように、わざとらしく首を捻ってみせる今鳥。いつものように、ララはそれに
対して厳しい視線で応えるが、今鳥もいつも通りにそんなことはまったく気にせず、奇遇奇遇、などと呑気に
笑っている。
「……フン」
そんなものに構っていられない、とさっさと立ち去ろうとするララ。
けれど。
「……」
いつかのように、その足下から離れようとしない一匹の犬。歩けば歩いた分だけ着いてきて、物欲しそうな瞳で
彼女の方をじっと見つめてくる。さすがにそれを無下には出来ないララ、仕方なしに飼い主たる今鳥の方に視線を
向ける――と。
「俺さ、そいつの散歩の途中なんだけど」
何も繋がれていない紐をくるくると指先で回しながら、ゆっくりとララに近づく今鳥。
「なんかララちゃんのこと気に入っちゃったみたいだし……」
にへら、と笑って一言。
「付き合ってくんない?」
「なッ……」
思わず反論しかかったところを、足下から、ばう、の鳴き声とつぶらな瞳。くっ、と呻きながらしばらくそれを
見つめた後で。
「……ワカッタ」
ララは小さく頷いた。
- 141 名前:The Dogs Bark :04/09/01 10:06 ID:H1tLUPBg
――数十分後。
「いや、助かったぜ」
「私は、べつニ……」
終着点の公園で、いつもの笑顔でぽんぽんとララの背中を叩く今鳥。対して、どこに行けばいい、という問に対し、
ララちゃんの好きなトコで、などという答を返され、好き勝手に歩き回ろうとしたために、何もしていないという
自覚があって強く出られないララ。
しかも、そこは道が細くてイッツーだから危ない、そっちは行き止まり等々、まだまだ地理に明るくない彼女が
あまりに変な道を選ぼうとすると、後ろから的確なアドバイスまで飛んできていた。これでは彼女ならずとも、
そっぽを向いて答えるより他にない。
「んじゃちょっと待ってろよ、すぐ戻って来るからな」
ひとしきりそうやった後で、今度は彼女の返事も聞かず駆け出す今鳥。公園の出口でようやく一度振り返り、帰る
なよ、と言ってから再び走り出す。
「変わった男だナ、オマエの主人ハ」
その姿を少しあっけにとられながらも見送って、足下の犬に語りかけるララ。戻ってくる返事は、ばう、の一声。
「フッ……」
何がおかしいのか、それは分からなかったが、とにかく愉快な気分になって小さく笑みを浮かべながら、この
数十分を思い返すララ。
曲がることのなかった角を曲がり、通ったことのない小道を通り、知りもしなかった抜け道を抜ける。
知っていたはずの街の知らなかった部分。それを肌で感じ取ることの出来た、そんな時間。
「感謝しなければイケナイのだろうナ」
気持ちよさそうに目を細める犬の頭をなでながらそう口にする。その表情は、普段彼女が見せることのない険の
取れた柔らかいもの。口の端には、小さく笑みさえ浮かんでいる。
けれど、それもほんの一時。お待たせー、などと言いながらアイスクリーム片手に今鳥が戻ってくる頃には、その
表情はいつものそれに戻っている。受け取るときも仏頂面。
――しかし。
「あとはコイツだな」
- 142 名前:The Dogs Bark :04/09/01 10:07 ID:H1tLUPBg
- 「ム?」
ほらよ、と差し出されたのは綺麗にラッピングされた小箱。
「代わりに渡しといてくれって頼まれもん。誕生日なんだろ、今日」
おめっと、という茶化したような声に重なるように、ばうわう、と一吠えすると、あはははー、と笑いながら
駆け出した主人の後を追うようにして犬もまた走り出し、彼女の前でぐるぐると追いかけっこを始める。
「……」
そして、そのプレゼントを受け取った恰好のまま呆然としているララ。しばらくしてからようやく我に返り、
当然の疑問を口にする。
「イッタイ誰ガ……」
「言うなって言われてるから秘密ー」
返す今鳥はあくまで脳天気。一条なのか、という問にも、さあね、と答えるのみ。むしろこちらの方が大事、と
いうように、ひたすら犬と戯れている。まるで、今日自分のすべきことは全部終えたかのように。
「……」
そんな光景をじっと見つめてから、ララは小声で言う。
「……アリガトウ」
「んー? なんか言ったかー?」
「ナンでもナイ」
そう言ってから立ち上がり、じゃあ私は帰る、と背を向けるララ。んじゃまたな、とその背中にかけられる声に
ちらりと振り向けば、犬を抱き上げてその手を一緒に振っている今鳥の姿。思わず笑い出してしまいそうになって、
けれどどうにかそれを押さえ込んで歩き出すララ。
公園の出口まで来たところでもう一度振り返り、今鳥がまだそうやっているのを見て、そこで初めて小さく笑う。
「また、カ」
そして、そんな小さな呟きを残してその場を後にした。
- 143 名前:The Dogs Bark :04/09/01 10:08 ID:H1tLUPBg
――翌日。
いつものバイト中、客並みも引いて一段落したのを見計らって、一条に声をかけるララ。
「昨日は、そのダナ」
「そんな、私の方こそごめんなさい。どうしても外せない用事があって……」
言い難そうにしているララの先手を取って謝る一条。プレゼントは後でお渡ししますね、と申し訳なさ
そうに頭を下げる。
「プレゼント……? いや、それハもうあの男カラ受け取ったゾ」
「受け取った……?」
どこか噛み合わない会話。らちがあかない、とララがそれを質そうとしたときに。
「よう」
いつのまにかやって来ていた今鳥がにやにやしながら軽く手を上げる。会話を中断させられ――バイト中、
というのはこの際置いておく――イライラを隠せなかったララだが、今鳥のその表情に引っ掛かりを覚える。
「まさカ、全部キサマが」
先の噛み合わなかった会話。そしてこの得意気な顔。
そこから導かれる結論は、彼女の想像を遙かに越えるものだった。
「……変わった男ダ」
昨日も呟いたその言葉を、嘆息混じりに再び呟く。一方の今鳥はといえば、そんなことはまったく気にも
留めずに、お客様ですよー、などと言いながらカウンターに頬杖をついている。
「あ、あの」
まだ事情が飲み込めずに、けれどこのままではいつものように今鳥の末路が目に見えている、と一条が
割って入ろうとしたところを手で制する。
――そして。
- 144 名前:The Dogs Bark :04/09/01 10:08 ID:H1tLUPBg
- 「いらっしゃいマセ」
「……へ?」
『スマイル』を見せるララ。
あの日、彼の飼い犬の前で見せていたような、気負いも屈託もないそれには及ばないものの、誰がどう
見ても一目で笑顔だと分かる、そんな表情。
それを見た今鳥は。
「すいません間違いました」
真顔でそう言って、隣の一条のレジへと移ろうとして。
「キサマ……!」
案の定カウンターの内側に引きずり込まれるが、その刹那、ほんの一瞬だけ一条と目をあわせ、にっと笑――
「うぎゃあああ!」
――うことは叶わずに、鉄拳の制裁を浴びる。
そして、事ここに至って、ようやく情報の断片から状況を理解する一条。
「もしかして、今鳥さん……」
ワスバーガー矢神店。
いつものように店内には怒声と悲鳴が響いている――が。
「ちょっ、待てっ! ムリムリムリ死ぬ死ぬ! タップタップ!」
「ウルサイ、黙れイマドリ!」
「ララさん、今初めて名前……」
「いいから一条、たすけ……ろ……」
「え? あ、今鳥さん!?」
「……フン」
今日のそれは少し、ほんの少しだけ。
嬉しそうな色が混じっていた、とか。
これはそんな、ただそれだけの話――
- 145 名前:The Dogs Bark :04/09/01 10:14 ID:H1tLUPBg
犬は吠える、がキャラバンは進む。
と、そういうことで果てしなく出遅れてのララ誕生日……ってほとんどないのは何故ですか。
ララじゃダメですか、などと言いながら次の誕生日は烏丸。
パスをする予感がひしひしと。合掌。
――蛇足。
「フッ……うまくいったようじゃないか」
「ああ……シカシ」
「うん? どうかしたか?」
「アソコにいるのガ私達デハないとイウのがナ」
「なに、その程度は花を持たせてやってもいいだろう? 良くも悪くも、あれはララの心を動かす男だ」
「確かニナ。まあ、祝うべきハ彼女、とイうことカ」
「分かってるじゃないか……では、愛すべき女神に」
「乾杯」
……注:同刻ワスバーガー店内にて、ソフトドリンクのカップで。わりと不自然。
- 146 名前:Classical名無しさん :04/09/01 10:42 ID:t6tnRTHY
- ララ、可愛いよララ……。
今月のマガスペでララに転んでしまった自分ですが、やっぱ少数派なんだろうなぁ。
今鳥は天然なのか狙っているのか……。ともあれGJ!
蛇足ついでに、某二人組みが高校生とは思えないのは仕様ですかね?
- 147 名前:Classical名無しさん :04/09/01 20:36 ID:RC.cxMFE
- 今週のイトコさんの顔は可愛いぞ!
誰か15禁でいいから書いてけろ。
- 148 名前:たれはんだ :04/09/02 01:11 ID:iu5/E0iM
- 昨日は大変失礼致しました。
内容の関係上、夏休み中に上げないとと思い、途中まで上げたものの、
マシン上のトラブルにより、結果的に中断した状態になってしまいま
した。本当に申し訳ございません。
もし許されるなら、後ほど残りを上げさせていただければと思います。
(決して、書き逃げや未完のままではありませんので)
- 149 名前:Classical名無しさん :04/09/02 01:13 ID:/.W7Kq2o
- >>145
今鳥の反応にワロタ。
- 150 名前:Classical名無しさん :04/09/02 01:24 ID:h7jTl21s
- >>148
トラブルなら仕方なしってことで。
さ、続きを楽しみにしてるので、どんどん投下してください。
お願いしますよ。
- 151 名前:Classical名無しさん :04/09/02 02:09 ID:Jekx6FQY
- >>148
自分も楽しみにしていますのでお願いします。
- 152 名前:Classical名無しさん :04/09/02 03:12 ID:mulTfnYI
- >>148
なるほど。
頑張って頂きたいですな。
- 153 名前:Classical名無しさん :04/09/02 04:42 ID:dVLPTtd2
- >>148
いいところでとめられてるし
頼むぜ〜
- 154 名前:Classical名無しさん :04/09/02 06:53 ID:AHC59P5s
- もし今八雲SS書くとしたら本編と同じで播磨と付き合ってる状態のほうがいいよな
ほのぼのした話カキニクイ(orz
- 155 名前:Classical名無しさん :04/09/02 07:09 ID:S3Ypb1g.
- 前スレから、長々と続けてきましたが、
やっと、これで終わりです。
だらだらして、本当にスマソです……。
>>35>>43で言ってました「付け足しのようなもの」でつ。
題名は変わっていますが、
今までの『The Heart Is a Lonely Hunter』の続きです。
(具体的には、>>37-42の続きです。>>37以前の話は、>>36からたどってください)
それでは、最後の話、投下します。
- 156 名前:Epilogue─八雲述懐(1) :04/09/02 07:11 ID:S3Ypb1g.
- ───沢近先輩が、あんなに弱い所をみせたのは初めてでした……
でも、私(八雲)には、何となく、こうなるのが分かっていたような気がしました。
沢近先輩が私を叩いてしまった時も、今にも泣き崩れそうな顔をしていましたから……
私の頬の痛みよりも、「何でこんなになるまで悲しい思いをしているのだろう……」と想像する方が余計に悲しかったのを覚えています……
……私ですか?
───私は、今でも播磨先輩の漫画のお手伝いをしています。
目下、播磨先輩の家で、漫画作成中です。
私が、どれだけ播磨先輩の助けになっているのかな……と考え込んでしまったりもするのですが、
播磨先輩は、「妹さん、いつもスマンな。助かるぜ」と言ってくれます。……優しい方です。
ただ、最近、播磨先輩の漫画の中身が少し変わってきたように思います……
今までは、播磨先輩らしき主人公と姉さんらしき人(播磨先輩は「絶対に違う」と言い張っているのですが……)との純愛物語が中心でしたが、
今は、意識的に、他の人物の話も織り交ぜるようにしているみたいです……
播磨先輩は「漫画ってのは、作家一人の作品じゃねぇ!」と良く言います。
でも、言っている意味は、今までとは全く違うように思いました。
私は、今までの純愛物語も、一途で、とっても好きなのですが、
今の方が、ストーリーに幅が出来て、魅力的になったように思います。
- 157 名前:Epilogue─八雲述懐(2) :04/09/02 07:11 ID:S3Ypb1g.
- そういえば、播磨先輩の感じもなんとなく変わりました。
全体的に、人柄が丸くなったみたいです。
以前は、姉さん一途で、どちらかと言えば一匹狼みたいな感じだったのですが、
今では、他のクラスメートの方とも意識的に接しているようなのです。
姉さんも、「播磨君、とっても感じ良くなったね」と言っていました。
花井先輩とは、何故か、相変わらずギクシャクしているみたいですが……(苦笑
……沢近先輩は、最近、ちょくちょく播磨先輩の家に遊びに来ているようです。
そして、小一時間くらい、いろいろ話をしては、帰っていきます。
播磨先輩と私が一緒に漫画を作成している時も、遊びに来て、漫画の批評をしたりします。
……はっきり言う方ですね……あの方は……(苦笑
播磨先輩が、苦虫噛み潰したような顔をしてじっと聞いているのが、とってもおかしいです。
……あ、今、来たみたいです……
ガチャ───
「───差し入れ持ってきたわよ。ヒゲ」
Fin
- 158 名前:Classical名無しさん :04/09/02 07:20 ID:S3Ypb1g.
- はい、これで終わりです。
長々と書いて本当にすみません……
懲りずに読んでくださった方、本当にありがとうございます。
エピローグ(終章)書くなら、出だしもちゃんとせんかい!
と、つっこまれそうですが、
こんなに長い話書くつもり、全然無かったんで……
自分の作品構成の無計画さに、赤面の至りです……
良かったら、批評・感想等頂けると、幸いです。
>>45さん、「…」変えてみました。
確かに、こっちの方が読みやすいです。
どうもありがとうございました。
- 159 名前:Classical名無しさん :04/09/02 11:59 ID:av0BK5i2
- >>158
連載お疲れ様。
ただ、最後を別に八雲視点にしなくても
普通に2人のエピローグで良かったような気もしますが。
それでもGJでした。
- 160 名前:クズリ :04/09/02 17:59 ID:FXjllM9.
- ネタバレと知らずネタバレを踏んでた時の気分ったら……
どうも、皆様。クズリです。
分校で頂いた絵に感動です。改めてどうもありがとうございます。
前回、次は後編とか言いながら……長くなりすぎてしまいました。
で、急遽、三つに分割することにしました。というわけで、今回は中編です。
毎度のことながら、妄想暴走中です。
もはやスクランじゃないとわかりつつ、まだまだ突っ走ってしまうわけです。
では。
前スレ
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/75-82 『If...scarlet』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/167-190 『If...brilliant yellow』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/392-408 『If...moonlight silver』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/521-531 『If...azure』
今スレ
>24-31 『If...baby pink-1』
に続いて。
『If...baby pink-2』
実際に妊婦がどうだとかはよく知らないのでご勘弁を。
- 161 名前:If...baby pink-2 :04/09/02 18:00 ID:FXjllM9.
- 「あの結婚式から、もう半年以上か――――早いね」
晶の独白に二人は頷き、それぞれに物思いにふける。
暖房のよくきいた室内、だが外では時折、風が吹きすさび、落ちた葉を舞い上げては去っていく。
どこか感傷的なその光景を、少女達はぼんやりと見つめていた。
「で――――旦那さんは、どうしてるの?」
やがて沈黙を最初に破ったのは、晶だった。
「ああ、大学行ってるよ――――っていうか、行かせた。ほっといたら、トイレにまで付いてくる
からな、あいつ」
まったく、と口にしながら彼女は、嬉しそうだ。
「ほんとなら、まだ入院する必要ないんだし」
そりゃ大学には行けないけどさ、と続ける美琴。彼女は大学の後期を休学している。
「あいつが、何があるかわかんないし、早めに入院しとけって言うもんだから」
「はいはい、のろけをどうも」
「バ、バカ、そういうつもりじゃ――――」
結婚して半年以上経つというのに、まだウブなままの美琴の様子に、愛理と晶は微笑みを交わす。
例え妻になろうと、そして母になろうと、彼女は高校時代と変わっていないのだと安堵して。
「でさ、赤ちゃん、男の子なの、女の子なの?」
「調べてないんだ。私もあいつも、生まれた時に知りたいからさ」
「ふうん――――ま、アンタ達らしいわね」
「花井君の御両親とは上手くやってるの?」
「そりゃもう。昔から知らない仲じゃないしな。すごく優しくしてもらってるよ」
「幼馴染って、そういうとこがいいわよね」
しばらく、三人は世間話で盛り上がる。愛理や晶にとって、誰よりも早く結婚した彼女の言葉は
興味深いものだったし、美琴は身重な体であまり外に出られないので、二人から外の様子や彼女達
の大学での出来事、クラスメイト達のその後の話を楽しく聞いていた。
「そういえば……」
ふと、思い出した。そんな風に晶が話し出した時、彼女の目は美琴を向いていた。
しかしその意識がこちらに向いているように感じて、愛理は眉をひそめたまま、黙ったまま待つ。
「八雲と播磨君、縒りを戻したらしいよ」
「……へぇ」
そう言った美琴の顔はわずかに強張っていた。そして、愛理の顔も、また同じように。
- 162 名前:If...baby pink-2 :04/09/02 18:00 ID:FXjllM9.
- 「……誰が言ってたの?」
落ち着き払った声を、愛理は何とか装った。もっとも、美琴の心は完全に晶の方へと向いていた
から、気付くことなどなかっただろうけれど。
「天満。この前、播磨君が家に来たんだって」
語りながら、晶の視線は一瞬、愛理へと飛んだ。気付きながら、彼女はそれを黙殺し、テーブル
の上で湯気を上げる、紙コップの中の紅茶を飲む。
「――――そっか」
美琴は言って、大きく一つ、息を吐いた。
それが二人の注意を引いたことに気付いて、美琴は苦い笑いを顔に浮かべながら、少しだけ伸び
た髪に手をやって、軽くかく。
「あー――――ま、時々、心配になってたんだよ」
苦労しながら、美琴は椅子に座り直そうとする。手を貸そうと立ち上がりかけた二人を手で制し、
彼女は姿勢を正した。
「あいつが、もしかしたら今でも、その――――あの子のこと、好きなんじゃないか、って思うこ
ともあって、よ」
お前らも見てたろ、あいつのバカっぷり。言って笑う美琴、だがその顔に浮かぶは、隠し切れな
い切なさ。
あいつ、それが花井のことを指していることぐらい、二人にはすぐにわかる。
「正直、播磨があの子と別れたって聞いた時、焦ったりもしたんだけどな――――私とあの子じゃ、
どう見たって向こうの勝ちだろ?」
初めて彼女が口にしたあの頃の話を、愛理と晶はただ黙って聞いていた。
実のところ美琴は、花井との間に何があったのかを、誰にも話そうとしなかった。
愛理も、二人が付き合っていることには薄々と勘付いていたのだが、正確にいつからそんな関係
になったのか、どうしてそうなったのかは知らなかった。
だからこそ、一足飛びに結婚を決めた二人に驚きを隠せずにいられなかったのだが。
一度、四人が結婚式の前に集まった時に、愛理がそれとなく遠まわしに尋ねたことがあった。
「――――テンパってたんだよ、私」
それまで楽しそうに笑っていた美琴が一転、苦しそうな顔を見せてうつむいた。その影の深さに
息を飲んだことを、彼女は忘れられずにいる。
「悪ぃ。まだ、ちょっと――――いつか、話せる日が来たら、話すよ」
何とか笑顔を見せる彼女に、愛理は何も言えず、ただ頷いた。
- 163 名前:If...baby pink-2 :04/09/02 18:01 ID:FXjllM9.
- 「そんなことないよ。花井君は、美琴さんを捨てたりしないでしょ」
「…………ま、私だって、そうは思ってんだけどな」
晶の言葉に、美琴はまた笑う。
あの、一人で抱えた心の痛みを押し殺しながらの笑顔を。
それでも、往時に比べれば、影が薄くなっていることが救いであったが。
言ったっきり黙ったままの彼女を見て、まだその日は来ていないことを、愛理は知る。
「はいはい、結局、ノロケなんじゃない。新婚さんは熱いわね〜」
「な、何言ってんだよ。そんなんじゃないって、何度言ったら」
「結婚すると、変わるものなのね。美琴さんが堂々と惚気る日が来るなんて、思ってもみなかった」
「高野まで……勘弁してくれよ……」
だから。
愛理と晶はおどけて見せることで、美琴の影を払う。
いつか彼女が、胸の重しを下ろし、彼女達に真実を話した時に、それがたとえどんなことであろ
うと受け入れよう。
一瞬、視線を交錯させた少女達は、共に心の奥で誓うのだった。
「でも、播磨とあの子、うまくやってけるのか?あんなことがあったのに」
ひとしきりからかわれ、まだ顔に照れの火照りを残したままの美琴が、強引に話を変えた。
「大丈夫なんじゃない?天満はまだ、不満たらたらみたいだけど」
「そうだろうな。あいつ、妹思いだし。今度のこともよく、許したもんだよ」
「八雲だって、いつまでも子供じゃないってことに、気付いたんでしょ」
「普段はどっちが上かわかんないのにな。何だかんだ言って、いざって時は、ちゃんとお姉ちゃん
やってたし」
「そうだね――――まあ、しばらくは様子見だって。八雲が幸せそうだから、何も言えないってさ」
「ふーん。裏切られても、好きは好き、なのかねぇ――――って、沢近?どうかしたか?」
「……え?」
唐突に黙りこくり、手に持ったコップの中の紅茶に映る自分を見つめ続けていた愛理。気付いた
美琴が声をかけると、彼女は驚いて目を丸くする。
「――――?どうしたんだよ、急に」
「べ、別に、何でもないわよ。ちょっと考え事してただけ」
訝しげに問いかける美琴からそらした愛理の視線が、晶のそれと絡む。ただそれだけで、己の心
の奥底が見抜かれているかのような錯覚に襲われ、愛理は目を伏せた。
- 164 名前:If...baby pink-2 :04/09/02 18:02 ID:FXjllM9.
- 「ねえ、美琴さん。結婚式でブーケ、誰がとったか、覚えてる?」
未だ不思議そうにしている美琴は、晶の声に顔をそちらに向けた。
「え?ああ、確か……そっか、そうだったっけな」
周囲の女性の誰もが羨んでいるのに、当の八雲が一人、戸惑っていたことを思い出して、彼女は
優しい笑みを浮かべる。
花井が彼女のことを想っていたことを考えると、確かに胸はざわめく。だがそれとは別に、塚本
八雲という少女には幸せになって欲しいと、美琴は願っていた。
播磨との間の出来事に、同情している部分もあった。だがそれとは別に、ほんのわずかとはいえ、
直接に会って話したりしているうちに、彼女個人のことを気に入っていたからだ。
「案外、本当に次はあの子が、美琴さんに続くのかもね」
晶は美琴に顔を向けながら、しかし愛理を盗み見ながら言う。
いや、盗み見るというのは正確ではない。気付かれていることを彼女自身、わかっていたから。
見つめられることに苛立ちを覚えながら、愛理は何とかそれを無視しようと努める。
「播磨とか?それだと、天満のやつ、妹に先越されちゃうわけか」
「それを言うなら、私達だってそうだわ。同い年の美琴さんはともかく、一つとはいえ、年下の八
雲に先を越されるかもしれないなんてね。まだ若いはずなのに」
肩をすくめる晶に、美琴は頬をかきながら、照れ笑いをする。そして、
「そういや、沢近。お前はどうなんだよ?いい人、見つかったのか?」
- 165 名前:If...baby pink-2 :04/09/02 18:02 ID:FXjllM9.
- 「はっ。私につりあうような男なんて、そんじょそこらにいるわけないじゃない。だいたい、結婚
すりゃ幸せになれるってもんでもないし、急ぐつもりないもの」
ささくれだつ胸の奥から生まれた言葉を、そのまま舌に乗せた愛理は、すぐ後の嫌な沈黙に、は
っと我に返った。
「ご、ごめん、美琴。そういうつもりじゃ」
「……ああ、大丈夫。わかってるって」
ニッコリと、満面の笑みを浮かべるものの、美琴の表情はどこかさえなかった。自分の軽はずみ
な言葉を悔いて、愛理はぎゅっと掌を強く握った。伸ばした中指の爪が、肉に食い込むほどに。
「あら。でも愛理、この前、男と二人で一夜を過ごしたんでしょう?」
「何!?マジかよ!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、何のこと言ってるのよ!?」
うってかわって嬉しそうな美琴は置いて、愛理は彼女に問い質す。全く、身に覚えがないからだ。
晶は、その切れ長の瞳で、彼女の心を射抜いた。
「この前、居酒屋で。バイト終わった後、お客で来てた彼と、一緒にタクシーで帰ったでしょう?」
- 166 名前:If...baby pink-2 :04/09/02 18:03 ID:FXjllM9.
- 愛理は鋭い目つきで、黙ったまま晶を睨みつける。
彼女は臆することなく、常と変わらぬ強い眼差しで、金髪の少女の視線を跳ね返した。
「……どういうつもり?」
その意図がわからず、問いかける愛理に、晶は肩をすくめる。
「別に。ただ、そういうことがあったでしょ、っていうだけのことよ」
嘘だ。愛理は即座に断定し、その眉を片方、吊り上げる。
彼女のことを愛理は、以前からよく知っている。だから、自分が連れて帰った男が播磨拳児であ
ることを、彼女が知らないはずがない。二人で飲んでいるその場面を、バイト仲間にはっきりと見
られていたし、そして彼が高校時代のクラスメイトだということも話してある。
そこに風貌や、愛理が彼を何と呼んでいたかを合わせて考えれば、それが播磨であったことぐら
い、晶にはすぐにわかったはず。なのに何故、わざとその名前をぼやかして言うのか。
否、そもそも八雲と彼が再び付き合い出したという話の流れに、そぐわないではないか。
そこまで考えて、愛理は気付く。八雲と播磨が縒りを戻した、と聞いたからこそ晶は、二人の関
係を確かめようとしているのだ、と。
「別に――――何もなかったわよ。彼とはね」
彼、という言葉を強調して愛理は言う。それが知りたかったのでしょう、と目で語りながら。
私と播磨拳児とは、何の関係もない。これまでも、これからも。
- 167 名前:Classical名無しさん :04/09/02 18:04 ID:/s8jRUSI
- 支援
- 168 名前:If...baby pink-2 :04/09/02 18:08 ID:FXjllM9.
- 「――――本当に?」
だが晶は、疑わしそうな声を投げかけてくる。その彼女の態度が、愛理の逆鱗に触れた。
ダン。急に立ち上がった愛理の背中の向こうで、椅子が音をたてて倒れた。
「……疑うっての?」
それでも愛理は、わめき散らすことはなく、感情を押し殺した声で問いかける。
代わりに、溜め込まれた苛立ちを乗せた視線は激烈そのもので、燃え盛る炎となって目の前の少
女を飲み込もうとする。
晶は、しかし、全く動揺しなかった。向かってくる劫火を、凍りついた光を宿した瞳で迎え撃つ。
「私は、ただ聞いてるだけよ――――どうしてそんなに苛立つの?」
「……っ!!アンタねぇ!!」
「おい、お前ら、やめろって……」
身を乗り出す愛理を止めようとした美琴の顔が、一変する。
「ど、どうしたのよ、美琴」
異変に気付いた二人の問いかけに、彼女は苦しそうに答えた。
「やべぇ……生まれそう……だ」
- 169 名前:クズリ :04/09/02 18:10 ID:FXjllM9.
- >>167さん支援ありがとうございますm(_ _)m
ということで、中編でした。
後編はまた近いうちに。早ければ今夜にでも。
あいもかわらず、キャラの性格やら何やらがが本編と別人ですが……
いや、もう何も言うまい。
ということで、拙い話ですが、どうかよろしくお願いいたします。
- 170 名前:Classical名無しさん :04/09/02 18:30 ID:XJMnob7E
- クズリさん何時も読ませていただいています
…見事な修羅場ですね
なんとか播磨へのみんなの一連の誤解も解いてあげてほしいところですが…
続き期待してます、頑張ってください
- 171 名前:Classical名無しさん :04/09/02 18:31 ID:DZGwBJQI
- 美琴は、八雲に未練を残す花井を、
それこそ、縋り付くような思いで引き止めたのだろうか?
何か、本文の裏に隠れた、そういう緊迫した場面まで
浮かんできました。
表現がとってもうまいです。GJ!
後編、期待しています。
あと、ついでに、美琴と花井の結婚前の話が見たいれす。
- 172 名前:Classical名無しさん :04/09/02 19:22 ID:/s8jRUSI
- 花井と美琴がくっつくまでに、一体何があったのか。
激しく気になります。
そして、後編ではいよいよ……?
- 173 名前:Classical名無しさん :04/09/02 19:59 ID:LTE42KN.
- 前編で一つだけ気になったんだけど、
「妊娠もうすぐ2ヶ月」って――
そんな時期にわかるもんなの?
- 174 名前:Classical名無しさん :04/09/02 20:13 ID:/FtWOhTY
- 私の姉は1ヶ月で判明してました
- 175 名前:158 :04/09/02 21:21 ID:BHs29hxU
- >>159
読んでくださって、ありがとうございます。
結構、適当に始めて、勢いで書き続けてしまった作品なので、
後から読むと、結構恥書きものです……
あと、沢近サイドのエンディングも考えないではなかったんですが、
SSの初めの方(前スレの146)で八雲が沢近に散々ぶたれていて、
そのままじゃ八雲が不憫なので、八雲サイドでのエンディングにしました。
もう少し、文章の表現能力があがって、マシな文章になったら、
補足で、沢近サイドのラブストーリーでも書こうかな……と、ブツブツ考えています。
その他、最初から、お付き合いくださった方、本当にありがとうございます。
また、このSSを見て、不愉快になった方、申し訳ありませんでした。
避難所にはいろいろ書かれていてすごく参考になります。
そこで書かれていた「描写」技法というのを、少しずつでも上げられたら……と思っています。
何とか、読む側にとっても快いSSを書こうと思っていますので、
どうぞ、宜しくお願いいたします。
- 176 名前:Classical名無しさん :04/09/02 21:51 ID:ijMnOhCQ
- >>175
長編乙でした。
とにかくどんどん投下するのが一番の上達法だと思うので頑張ってくださいね。
次回作待ってますよー
- 177 名前:花と雲 :04/09/02 21:54 ID:xcR5Jo1M
- 「八雲君ーー!」
ひらり。
相変わらず直球、一直線に走ってきた花井を綺麗に避ける八雲。花井はそのまま地面に顔をめり込ませる。
「あ…あの花井先輩…大丈夫、ですか…?」
それは夏休みの暑い…暑い日の出来事である。
「ん…んん?」
顔をぶつけて、気を失ってしまっていた花井が目覚めたのは…あれから、何分立ったころだろうか。
もう日が沈みかけており、空が茜色。
「あ…気がつきましたか?」
起きてすぐ、自分の目を疑う。自分が座っているのはバス停の横に設置されている、ベンチ。
そして隣には自分を心配そうに見ている…八雲の姿。
思わず眼鏡を上下に動かしてみる。眼鏡を取って目をこすってみてみる。
どう見てもそこには、八雲の姿。
「やっ…ややや八雲君!?」
「あの…私のせいですから…その…」
嬉しさやら間抜けな自分を見せてしまった恥ずかしさやら、とにかくもう何を考えているのか自分にはわからない。
しかし、八雲には分かってしまう。嬉しさを隠せない、その恋心が。
「あ、あの…もう大丈夫ですか?私…」
「あ、い、その…よかったら、もう少し…話を…」
帰ろうとした、のに。そう声をかけられてしまい、思わず足を止めてしまう。
断らなきゃいけない理由、というものも特にあるわけではなく、何より自分は、花井に興味があった。
ここまで直球に自分に思いを告げてくれる人など、今までいなかった。
そう、心が見えても、それは全て心の中だけ。
断っても断っても声をかけてくるなんて、花井だけだった。
「じゃ…じゃあ、少し…」
「ほ、本当かい!?」
嬉しそうな笑顔を見せる花井。心の中も、裏表なんか無い。「嬉しい嬉しい」花井の心はそう叫んでいる。
- 178 名前:花と雲 :04/09/02 22:02 ID:xcR5Jo1M
- だからといって、何を話すことだろうか。ただぼーと2人で空を眺めている。
と、言っても八雲には花井の心が聞こえてしまうのだが。緊張しているのが分かる。
“よかった…”ふと、そんな花井の心の声が聞こえた。
「よかった」
直球な男。心で思ったことを次にはもう声に出している。
「え…何がですか…?」
「八雲君に嫌われているのかと思った」
“嫌われてると思っていた”口に出したのと同時に、心の声も聞こえてくる。口にはもうしていないが、心の声は聞こえる。
“いつも誘っても断られるだけで、よく逃げられるし…本当に嫌われているのかと思っていた。しかし、どうだ?今は2人でも話してくれている!これは大きな前進ではないか!?”
自分に問い詰めている心の声がそう、八雲には筒抜けである。
「花井先輩…」
少しだけ、自分が恥ずかしくなった。
此処まで好いてくれる人、いただろうか?人の目も気にせず、自分だけを追ってきてくれる人。
きっと、いなかった。
皆、外の自分だけを見ていた。「可愛いから」とか、「優しいから」とか、そんな理由をつけて
告白をしてくる人ばかりで。内まで入ってこようとする人なんてきっと、いなかった。
「なんだい、八雲君」
花井の心の声が、八雲に話しかけられ少し高鳴ったのがわかった。
- 179 名前:Classical名無しさん :04/09/02 22:03 ID:XdsdHJus
- test
- 180 名前:花と雲 :04/09/02 22:13 ID:xcR5Jo1M
- 「花井先輩はどうして、私のことを…」
いきなり直球な質問だと、自分でもわかっていた。目の前にいるこの人でもあるまいし…しかし、
これは八雲が聞いてみたかったことなのである。
「どうして…か」
八雲は正直、少し怖かった。また、他の人みたいに…「可愛いから」とか、「優しいから」とか言われたらどうしよう、と…
何故怖くなるのかなんて、わからない。けれど、怖かったのである。
“困ったな…”
「…!」
花井の声が、聞こえた。困っているらしい。何故?理由を探しているの?やっぱり少し、怖い…
八雲は花井の目が見れなくなっていた。ふっと顔をそむけてしまう。
「(やっぱりきっと…同じなのね…)」
少し…何故だわからないけど少し、寂しくなった。…けれど、花井は、やはり他の男とは違うようだった。
“八雲君を好きなのに、理由がいるのか?”
「…!」
花井の心から聞こえてきたのは、そんな声。あまりにも驚いて、花井の顔を見ると、目が合ってしまった。
にこり、と笑ってみせる花井…心の声だ、嘘じゃない。
“困ったな…八雲君が好きで好きで、好きすぎて…考えたことも…あ。”
そう続いていた花井の心の声…最後は、何かを思いついたようで、表情にも出ている。
「そうだ…最初見たとき、寂しそうに見えたから…」
“ああ、そうだ。最初八雲君を見たとき…寂しそうだったんだ”
- 181 名前:花と雲 :04/09/02 22:20 ID:xcR5Jo1M
- 「寂し…そう?」
急に花井の口から…心から出たのは、そんな言葉だった。
日が沈みかけている、茜色の空が2人を赤く染め、見詰め合ったままの2人の黒い瞳にも、茜色が反射している。
花井の心の声が、いつものように聞こえない…「好きだ」を言ってくる、花井の心の声が。
ただ聞こえてくる花井の心の声はいつもと違うもので…思わず八雲を、ドキリとさせてしまう。
「八雲君は一人でいるとき、いつも寂しそうだったから」
「(一人でいる…とき)」
口から出てくる言葉は裏表が無くて、心からも同時に聞こえてくる。
確かに、いつも一人だった。姉さんといる時、サラと出会うまでは。
綺麗で、静かで、何でも出来る八雲は皆の注目の的、憧れ、行為をもたれる対象であるが
それ故近寄りづらい。八雲自体も積極的ではないから、友達も中々出来ない。
そう、いつも一人だった。
“懐かしい…今みたいな日だったか”
ふっと花井の顔を見ると、花井は茜色の空をじっと見ている。自分も見る。日の沈みかける茜色の空を。
“そう…あの時も空が茜色だった”
- 182 名前:Classical名無しさん :04/09/02 22:31 ID:hsuyQAYU
- >>173
妊娠は、最終月経から数えます。
排卵日は、月経終了後10日前後です。
着床して、ホルモンの分泌で妊娠が判明するのに更に2週間前後
つまり、最速で判明して妊娠1ヶ月ですね。
ちなみに、美琴くらいの体格だと、3ヶ月くらいまでは、
生理不順と勘違いしてもおかしくはありませんね。
悪阻が来てから、花井に相談…SSネタとしてありえます。
長文失礼しました。
- 183 名前:花と雲 :04/09/02 22:34 ID:xcR5Jo1M
- 花井が八雲とであったのは、八雲が噂になり始めているころ。一人茜色の空が映える神社を歩いていると、
猫をかまっている一人の少女の姿。
決してなつこうとしない猫をじっと見ている、一人の少女。何故だか分からないけれど、一目で「塚本八雲」だということが分かった。
そして八雲は、心の声を聞いた。花井の、心の声を。
“塚本…八雲”
振り返ると、そこに立っているのが花井だった。茜色の映える、神社でのことだった。
それ以来花井は、八雲を追っかけまわしている。
「あの時の八雲君がなんだか寂しそうで…」
そういって、苦笑い。心の声も、苦笑い。
花井は…八雲と出会ってから、ずっと八雲を好いていた。茜色に映える、寂しそうな八雲を見てから、ずっと。
“そう…僕は何故、八雲君が好きなんだろう…”
ふっと、そんな心の声が聞こえた。悩んでいる、悩んでいる…どうしてだろうか。
八雲にはわからない。異性を好きになったことなど無い、八雲には…
でも、悩んでいる花井の声も聞こえる。まだ好きでいてくれているのだ。
花井の顔が、八雲を見た。思わずびくっと肩を震わせてしまう。
「八雲君は一人でいる時、とても寂しそうだ」
“そう、まるでこの茜空に溶けてしまいそうな…”
花井の口から出る言葉と、心から出ている声が続く。瞳は真剣で、どきりとしてしまう。
“出来るものなら…一人にさせたくない。八雲君が溶けてしまいそうで…”
心の声が、続いた。口から出るのは嘘偽りの言葉が多い周りなのに、この人だけは一直線…
花井だけは、八雲をまっすぐに見ている。内に入ってこようとしてくる。
- 184 名前:花と雲 :04/09/02 22:50 ID:xcR5Jo1M
- 「花井先輩…って、変な人ですね…」
「え、へ、変かい!?」
思わずポロリと八雲の口から漏れたのは、そんな言葉。もちろん、変な意味で言ったわけではない。
“やっぱり八雲君にはそう思われているのか…”
花井の心から聞こえてきたのはさっきまでの花井ではなくて、いつもの…そう、いつも花井の声。
「あっその…わ、悪い意味ではなくてっ…」
必死に弁解しようとも、今までなんかくさい台詞を言っていた男だ。変と思われても仕方が無い、と肩を落としている。
心の声もさっきから沈んでいて…
「悪い意味では…」
「…や…くも君…?」
花井が八雲に目を向ける。と、花井は本日二回目の、自分の目を疑うこととなる。
八雲が、笑っていたのだ。
それは、天満たちみたいな大きく笑うとかではないのだが、小さく、それでも見た人はきっと
少ないであろう…小さく、美しく…優しい笑顔を。
「あっ…」
気づいたのか、八雲は思わず口元を隠してしまう。口を押さえたまま軽く下をうつむいて、顔を少し赤くして。
自分でもなんで笑ってしまったのか分からない…ただ、勝手に…そう、顔が勝手に微笑んでしまったのだ。
これは八雲にも、自分自身で驚いてしまうことだった。
- 185 名前:花と雲 :04/09/02 22:51 ID:xcR5Jo1M
- “こっ…これはっ!!”
花井が、花井の心が大きく叫んだのが分かった。
“これは大きな前進っ…大前進ではないかっ!!”
そんな、声。いつも花井。そう、いつも花井である。
しかしいつもと違うのは、花井のほうではなかった。
…八雲。
この花井の心の声が、嫌じゃなくなっていた。むしろ…
「花井先輩…」
「へっ?」
まだ軽く赤い頬だけど、その赤さもきっと…きっとこの茜色の空が隠してくれる。
続いた八雲の言葉を聞いた花井の顔の赤さは、茜色の空では隠しきれなかったようだが。
「私…そろそろ失礼します…。…よかったらまた、お話してください」
そう言って、八雲はベンチから腰を放すと、その場からゆっくりと駆け出す。
暗くなりつつある茜色の空を背にして。
“いぃぃぃぃぃよっっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!”
そんな花井の心の声が聞こえて、また小さく笑ってみて…
花井がほんの少しだけ好きになった、そんな夏の暑い日だった。
TO BE...?
- 186 名前:花と雲 :04/09/02 22:58 ID:xcR5Jo1M
- 初めて小説を書かせていただきました。
マイナーみたいですが大好きなんです、花井→八雲。
此処まで読んでくださった方、本当にありがとうございます!
小説とかはあんまり書いたことが無くていっぱいいっぱいですが、私としては書いててとっても楽しかったです。
頑張って練習してもっともっと文章能力とか上げていきたいです。
機会があったらぜひまた書かせていただきたいです、この続き…
それでは、マイナーですが読んでいただけていたら幸いです。
- 187 名前:Classical名無しさん :04/09/02 23:00 ID:j697khcY
- >>177-178>>180-181>>183-185
まあ、花井は何だかんだ言っても好青年ですから、
八雲が「慣れ」さえすれば、お互い幸せになれるでしょう。
ただ、花井は「一歩引いて」八雲の事をよく見ることが必要ですね……
と思ったことがあります。
いろいろ言ってスマソ……
まあ、何にせよ、乙。
- 188 名前:Classical名無しさん :04/09/02 23:20 ID:eknhcBI2
- クズリさんの後編が楽しみだな……
- 189 名前:Classical名無しさん :04/09/03 00:30 ID:x6rDmfQ6
- 楽しみだ
- 190 名前:13 :04/09/03 00:36 ID:juW5qo2M
- >>125様>>126様
遅くなりましたが、感想ありがとうございました。
少しでも気に入って頂けた部分があれば嬉しいです。
次も多分この二人ですが、もし良かったらまた読んでやってください。
それと、ひとつ言い忘れてました。
最後の行は聖書からの引用でしたが、
『主の恵みがあなた達とともにありますように』
ということでサラの台詞とほぼ同じです。
解説する程のことでもないですが念の為。
- 191 名前:Classical名無しさん :04/09/03 00:57 ID:uXvnL4Lk
- クズリさんの外伝SS、完全に沢近SSだよな
- 192 名前:クズリ :04/09/03 04:06 ID:c/jlW1vw
- こんばんは、クズリです。
投稿予告なんて気軽にするもんじゃないな、と。
>>170-172
花井と美琴の結婚式前の話については、一応、構想があるにはあるんですが……
長いですよ?いつか書くかもしれません、とだけ。無責任なこと言わない方がいいかも
しれないんで〜
>>173
一応、ネットで調べたところ、妊娠一ヶ月で気付くこともあるとか。なので、それを基に
書かせていただきました。
>>174 >>182
フォローありがとうございます。なにぶん、そちらの方に詳しくはないので……今回の
後編も、医学的に見ればおかしいことばかりなことは承知しているのですが、物語性
を優先させた……ということでご勘弁ください。
>>188-189
お待たせしました〜 ノシ
>>191
そうですね。私もそう思ってます。最初は副題を、『after brilliant yellow』にしようかと
思ってましたし。
- 193 名前:クズリ :04/09/03 04:08 ID:c/jlW1vw
- では。
前スレ
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/75-82 『If...scarlet』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/167-190 『If...brilliant yellow』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/392-408 『If...moonlight silver』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/521-531 『If...azure』
今スレ
>>24-31 『If...baby pink-1』
>>161-168 『If...baby pink-2』
に続いて。
『If...baby pink-3』
こういうのが受け入れられるかどうか、怯えつつ。
- 194 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:09 ID:c/jlW1vw
- それからは、大変だった。看護師を呼び、息を荒げる美琴の手を握って励ましながら、二人は彼
女が分娩室に運ばれていくのに付き添う。
「へへ……悪いね、二人とも……せっかく来てもらったのに」
「何、言ってんのっ!!そんなことより、元気に赤ちゃん産むことだけ考えてなさいっ!!」
「そうだよ、美琴さん。私達も待ってるから」
サンキュ。そう言って笑った美琴の顔は、脂汗をかいて青ざめていたけれど、とても力強く、二
人には見えた。
これが、母になるということなのか。愛理は心の中で、そっと呟く。
少女達の胸の内に、自然と浮かんでくるのは、畏敬と恐怖、そして憧憬。
自分達もいつかは、同じような道を歩むのだろうか。
二人は無意識に互いを見つめ、やがて、苦笑を交し合った。
「まさか、こんなことになるとはね」
「そうだね――――美琴さんも赤ちゃんも、無事だといいけれど」
言ってから二人は、扉の向こうに消えた親友の無事を、心から祝ったのだった。
間もなく、病院からの連絡に、美琴と花井の両親が駆け付けた。
「このたびはお世話になりました」
深々と美琴の父に頭を下げられ、愛理は恐縮しきってしまう。晶は淡々と、いいえ、こちらこそ、
とお辞儀を返してから尋ねた。
「花井君は?まだなんですか?」
「連絡は行ってますから、もうすぐ来る筈ですよ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、看護師の制止の声を振り切って、走ってくる男の影
が一つ。
「花井君」
「美琴は、美琴は無事なんですか!?それに赤ちゃんは!?」
「落ち着け、春樹。今、分娩室に入ったところだ」
父親に諭されてやっと落ち着いた彼は、近くにいた看護師に連れられていく。どうやら出産のそ
の瞬間に立ち合うことにしていたらしい。
「花井君、私達がいたことにも気付いてなかったみたいね」
声をかけたものの、一顧だにされなかった愛理は、苦笑しながら一つ、ヒョイと肩をすくめる。
「それでこそ、花井君らしいよ」
応える晶の言葉はぶっきらぼうだったが、その表情は優しさに溢れたものだった。
- 195 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:08 ID:c/jlW1vw
- 「――――遅いね」
ポツリ、と愛理が呟いたのは、壁の時計の長針が二周もした頃だった。長椅子で、彼女の隣に座
っていた晶は答えず、うつむき膝の上で手を組む彼女の横顔を、ちらとその視線で撫でる。
廊下の少し向こう、美琴の運び込まれた分娩室の前には、妊婦達の家族が、揃って落ち着かない
様子を見せている。中から一度、医者が出て来た時に、少女達二人は気をきかせてその場から離れ
たのだが、それでもその女医が口にした言葉の切れ端が聞こえてしまった。
『……少し難しい状況で……』
ただそれだけだったが、彼女達には十分だった。
今も愛理と晶は、家族から離れた所で待ち続けている。
遠慮をしたからなのだが、あの重苦しい雰囲気に耐えられなかったからでもあった。
二人とも、出産について人並み以上に詳しく知っているわけではなかったから、今がどういう状
況なのか把握しきっているわけではない。だから何も言えず、秒針が時を刻むのを数えていた。
- 196 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:09 ID:c/jlW1vw
- 多分それは、その張り詰めた沈黙に、心が先にきしんだからなのだろう。
あるいは、のしかかる不安に精神が悲鳴をあげ、知らず知らずのうちに逃げ道を求めていたのか。
「花井君ってさ――――勝手な男よね」
愛理は、自分が吐き捨てた言葉に驚いていた。口にするつもりもない――――いや、考えたこと
すらない思いだったからだ。
晶は、ただちらりと彼女を見つめただけだった。
その目には、何も浮かばない。侮蔑も、同意も、驚きも、何も。
だから、なのだろう。愛理の口は言葉を紡ぐ――――次から、次へと。
「あれだけ八雲、八雲って言ってたのに、振られたらすぐ幼馴染に乗りかえたってことでしょう?
しかも、子供まで――――」
そこで愛理は絶句する。何を言っているのよ、私。
考えたことがない?そんなのは嘘だ。ずっと前から心の底で、燻り続けていた。
どうしてそんなに簡単に、諦めることが出来るのか。
どうしてそんなに簡単に、次の人へと移ることが出来るのか。
自分には……出来そうになかった。
そう、簡単に過去のことには出来ない。
だから今も――――心の奥深くに、彼を住まわせている。
だから今も――――ふとした瞬間に、脳裏にその面影がよぎる。
しかしその彼もまた、天満からその妹へと、心を変えた。
- 197 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:10 ID:c/jlW1vw
- 一緒にドライブに行ったり、デートをするのと、恋人同士になるのとは違う。
愛理はそう思っている。
だから未だに、男友達はたくさんいても、彼氏は作ったことがない。
全ての告白を断ってきたのは、最初は恋をしたことがなかったから。
そして恋を知ってからは――――
自分を裏切ることを、したくなかった。
例えそれが実らない想いであっても――――いや、だからこそ、想いはより純粋なものへと変わ
っていってしまった。
忘れられない以上、代わりに誰かと付き合うなどと、プライドが許さなかった。
そして愛理は、今にいたる。
だからこそ、花井や播磨の翻意が、その身軽さが厭わしかった。
そして――――
――――羨ましくもあった。
「愛理。この前来たの、播磨君だったんでしょ?」
淡々とした声が紡ぎ上げた名前に、愛理はわずかに身じろぎをする。だがその顔は伏せたままだ。
椅子から立ち上がり、晶は一歩、前に出た。そのまま壁を見つめる少女の顔には、何の感情も浮
かばない。だがそれとは対照に、瞳はわずかに揺らぎ、内の影を浮かび上がらせている。
「それで――――何かあったの?貴方達の間に」
「何にもないわよ」
間髪を入れず答える愛理の声が震えていることに、晶は気付いていた。
だがそれは、放った言の葉が事実に反しているからではなく、むしろ事実であるからこそ揺れた
のだろう。そう思って振り向いた少女は、細い目をさらに細くして、金髪の親友の顔を眺め、そし
て言った。
「それとおんなじだよ。花井君も――――播磨君も、ね」
顔を上げた愛理の視線が、晶のそれとぶつかる。少女の黒い瞳、仮面のような顔、その向こうに
あるものを捉えられず、彼女は尋ね返す。
「どういう……意味よ」
「そういう意味」
答えて晶は、その長い睫毛を微かに震わせた。
「好きな人に好きな人がいるから身を引く……そんな愛の形もあるわよ」
- 198 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:11 ID:c/jlW1vw
- 「だからって……!!」
反論しようとした愛理は、しかし、気付いた、否。
気付いてしまった。
「ちょっと待ちなさいよ、晶」
呆然とした声、だがその裏にひそむ火薬の匂い。張り詰めた空気の、質が変わりつつあることに、
晶は気付かずにいられなかった。
それでも、凛。彼女は背筋を伸ばし、座ったまま下から覗き込む愛理の視線を、流すことなく受
け止める。
「今……あんた、播磨君、って言ったわよね?」
「ええ。言ったわ」
「――――知ってたの?アイツが好きな子のこと……」
みるみるうちに青ざめていく愛理の顔、晶はしかし、それを見ながら眉一つ動かさず、動揺も見
せず。
淡々と、答えた。
「知ってたわ――――天満でしょ?ずっと、変わらず」
「どうして――――!!」
立ち上がった愛理に胸倉をつかまれ引き寄せられても、晶は表情を変えることがなかった。
それが少女の逆鱗に触れた。苛立ちのまま、胸の中に沸き立つ感情のままに、愛理は叫んだ。
「どうして、言ってくれなかったのよっ!?何で、そのままにしといたのよっ!?」
響く声に、廊下を歩いていた人達が振り返る。看護師や患者、そして花井と美琴の家族達も。
様子がおかしいことを悟ってか、近づいてこようとする彼らを、晶は目と手で制す。自分達に向
けられている視線に気付いた愛理も、晶の服を掴んでいた手を離し、何でもないといった風に笑っ
て見せた。
もちろん彼女も知っていた。自分が今、とてもぎこちない笑顔をしていることを。
それでも首をかしげながら、離れていく彼ら。咎めるような視線を向けてきていた看護師達も、
仕事に戻っていく。
服を直す晶を、愛理はじっと見つめる。重い空気が彼女の肩に落ちてきていて、心を押しつぶそ
うとしていた。
「アンタ、さ。本当はアイツが、天満の妹と付き合ってないことも――――知ってたの?」
コクリ、と頷く晶に、愛理は涙の浮かぶ眦を吊り上げて、問い質した。
「じゃあ……何で……ほっといたのよ……」
- 199 名前:Classical名無しさん :04/09/03 04:12 ID:/PW//YE2
- 支援
- 200 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:22 ID:c/jlW1vw
- 彼女の言葉に、晶は顔をそむける。
おさまらない気持ちのままに、愛理は言葉を続ける。
「アイツが本当は天満のことを好きなんだって知ってたら……きっと……皆、違ってたのに。アン
タが一言、言ってくれれば……」
それは先ほどのような大声ではなく、感情を押し殺したもの悲しい響き。晶はわずかに顔を伏せ、
視線を合わせようとしない。
「アンタのことだから……本当は全部、知ってたんじゃないの?誰が誰を好きか……全部」
横顔で頷く彼女を見て、愛理の顔は歪む。悲しみに。
「じゃあ……何で……!」
そして愛理は、晶の肩をつかんだ。先ほどのように激しい素振りではないが、腕に込められた力
は相当に強かった。
「天満の妹も……アイツも……私も……ううん、花井君だって……皆、みんな……」
怒っているのか、悲しいのか。愛理は自分でもわからなくなってしまっていた。
ただ無性に、心が揺さぶられ、激しい痛みが胸を襲う。荒れ狂う波が押し出す感情を、彼女は親
友にぶつけることしか出来なかった。
「ねぇ……何でよ?どうにか出来たんじゃないの?アンタなら……知ってたんだから……」
「じゃあ」
責め続ける愛理は、しかし、晶が顔をこちらに向けた瞬間、言葉を失う。
苦しそうな――――痛みを胸に抱えた顔。
いつも冷静で、心を揺らすことの滅多にない彼女が、初めて見せた表情が、愛理の中の熱を、一
気に冷やした。
「晶……?」
愛理は、名前を、呼ぶ。それが本当に、自分の知っている彼女なのか、不安になって。
鋭い瞳が、闇に覆われている。眉をわずかに下げた彼女が、ゆっくりと、口を開いた。
「じゃあ――――私は、どうすれば良かったの?」
絶望だ。愛理は、その声に隠された思いに気付く。
それは絶望だ。自分のように、押し殺したのではなく――――感情が、無い。きっと磨り減って
しまったのだ。苦痛に耐え、悩んでいるうちに、心が擦り切れてしまったのだ。
「私は知ってたわ。天満の気持ちも、八雲の気持ちも、播磨君の気持ちも……愛理の気持ちも」
輝きを失った瞳のまま、晶は続けた。
「誰に肩入れすることも出来なかった――――したくなかった。皆、私の大事な友人だから」
- 201 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:27 ID:c/jlW1vw
- 初めて親友の心に触れた――――
愛理は呆然とした頭の片隅で、そんなことを考えていた。
ずっと、一緒にいた。かけがえのない友達だと思っていた。
だけど彼女はどこか、誰に対しても距離を置いているように感じることがあった。
近づこうとすると、さっと身をかわされる。そんな風に感じたことが、しばしば。
それでも愛理は、彼女を大事に思っていたし、晶が晶なりに、自分や天満達のことを大切に思っ
てくれていることは感じていた。
全てをさらけ出してぶつかりあうだけが、親友としての付き合い方じゃない――――そんな風に
愛理は感じていたし、晶にとってこういう風にするのが心地よいなら、それでいいとも考えていた。
「――――ごめんね、晶」
言ってから、愛理は二歩後ずさって、沈むように長椅子に腰を下ろした。
自分が口に出した言葉が、いかに間の抜けたものだったか。少女は自分を責める。
結局、親友の自分への思いを、信じきれなかった――――そういうことではないか。
それに。愛理の心は、記憶を遡る。
考えてみれば、当然のことだった。
無愛想に見えて、友を人一倍、大事に思ってくれている彼女が、誰かを傷つけるようなことはし
ない――――いや、出来ない。
彼女が自分の知っている全てを白日の下に晒せば、必ず誰かが傷つく。
例えば播磨の気持ちであれば、愛理や八雲が泣いたことだろう。八雲の気持ちであれば、花井が
塞いだに違いない。事実、八雲が播磨と付き合っていると聞いた後の彼がそうだったのだから。
だから結局、晶は何も、誰の想いも明かすことはしなかった。
当人達に任せたのだ。それがきっと、最善なのだと信じて。
結果として表れた現実を、彼女がどう思っているかまでは、少女にはわからなかったのだけれど。
- 202 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:28 ID:c/jlW1vw
- そしてまた、愛理は思う。
晶は、それでも何度か、彼女の背中を押してくれていた。
立ち止まっていていいのか、ぶつからなくていいのか、と。
このままで後悔しないのか、と。
彼女がほのめかしていた思いに気付きながら、全部、無視していたのは――――
今更にそれを知って、愛理は唇を強く噛みしめる。
なのに私は――――晶を責めるような真似をしてしまった。
座ったままに、晶の体を引き寄せて、そのお腹に額をあてる。自分の頭に置かれた彼女の手のぬ
くもりを感じながら、愛理はもう一度、言った。
「ごめんね、晶――――私が、バカだったわ」
- 203 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:28 ID:c/jlW1vw
- 「いいえ、違うわ」
愛理の輝く金の髪を撫でていた彼女の手が止まった。
そして飛び込んできた、晶の悲しげな声に、閉じていた目を愛理は開く。
「バカだったのは、私――――もっと勇気を出していれば、もっと上手くやっていれば、皆が傷つ
かずに済んだかもしれないのに」
「そんなこと――――!!」
言って顔を上げようとする愛理の頭を、晶の手が力強く押さえつけた。彼女のお腹に顔を押し付
けられながら。
「顔、上げちゃダメ」
愛理は聞いた。親友の悲痛な声を。
愛理は感じた。首筋に冷たい雫が落ちてきて、跳ねたのを。
「――――泣いてるの?晶」
その問いかけには答えず、彼女は言葉をゆっくりと紡ぐ。
「怖かったの。私が何かを言うことで、私達の関係が崩れることが。誰かが傷つくことが」
ギュッ。頭を抱きかかえる手に篭る力が、また強くなった。
息苦しさをわずかに覚えながらも、愛理はさからうことなく、なすがままにされる。
「だから私は決断することを避けた。なるがままになればいい。そう思ってた。全員の好きが、う
まくいくはずがないんだから――――誰もが幸せになることなんて、ありえないと思ってたから。
決断は自分の手で、して欲しかった――――」
すぅ、と一呼吸。
置いて、晶は続けた。
「だけど――――結局それは、逃げただけだったのかもしれない」
「そんなこと、ないわよ」
雫はもう、落ちてこない。きっと彼女はもう、泣いていない。
愛理はそれでも、顔を上げようとしなかった。逆に、彼女の腰に手を回して、ゆっくりと自分の
方へと引き寄せる。
「晶の言う通り、どうしたって、誰かは傷ついたわよ――――現に今、晶が傷ついてるし」
「――――だけど」
「でも、ね」
反論しようとする親友の言葉を遮ってから、愛理はゆっくりと体を離し、晶の顔を見上げ、そし
て笑った。
「でも――――それで幸せになった人だっているんだから。例えば、美琴と花井君とか」
- 204 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:29 ID:c/jlW1vw
- 「愛理」
名前を呼ばれて、愛理は何故か、くすぐったい気持ちになる。例えるならそれは、今まで姓で呼
び合っていた友人が、親しみを込めて名前で呼んでくれた時のような。
そして実感する。また一つ、自分達の距離が縮まったことを。
見つめる彼女の表情には、泣いていた様子はまるでない。涙もなく、常と変わらない無表情。
だが愛理は、心なしか彼女の雰囲気が優しいものに変わっているように感じた。
「まあ個人的には、やっぱり花井君の心変わりと軽さは、釈然としないけれどね」
そしてアイツも。心の中でだけ、愛理は付け加える。
だがそれは、先ほどのように刺々しい思いではない。
彼女は、まるで憑き物が落ちたかのように、自分の心が軽くなっていることに気付いていた。
「そうかな――――想い続けることが、どんな時でも最善の選択肢だとは、私は思わないよ」
言う晶もまた、普段の調子を取り戻しているかのようだった。彼女の言葉が、漠然と自分に向け
られていることを知り、愛理は苦笑しながら返す。
「それが、好きな人のためなら頑張れる、って真顔で言える女の台詞?」
「私は、バカだからね」
澄ましたように言って、晶は肩をすくめる。
「矛盾してるわね〜」
「だから人間って、面白いと思うんだけどな」
そして、晶は愛理の瞳を真っ直ぐに見つめる。彼女の目が、雄弁に問いかけてきていた。
愛理。貴方は、どうするの、と。
「私は――――」
答えようとした、その矢先。
「――――聞こえた?」
「聞こえた」
二人は同時にその両の目を、扉の前に集まっていた美琴達の家族へと向ける。
彼らも、顔を見合わせていた。そして互いに見つめあい、そわそわと落ち着かない様子だ。
ほんの数分のことだったのだろう。だが息詰まるような沈黙の後、開いた扉から聞こえてきた声
に、愛理は思わず晶に抱きついた。
「聞こえたっ!!」
「うん。聞こえたね」
元気そうな泣き声に、家族達も歓声をあげている。
この時ばかりは看護師達も、苦笑しながら素知らぬふりで、彼らを注意しようとはしなかった。
- 205 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:29 ID:c/jlW1vw
- 「ほら、元気出しなさいよ」
「お父さんがそんなで、どうするの」
「あ、ああ――――すまない、沢近君に、高野君」
声をかけられても生返事しか返さない、脱力しきった花井の様子に、二人は顔を見合わせた。
愛理はこらえられず笑い、晶はわずかに肩をすくめる。
生まれたのは、元気な男の子だった。母親、つまり美琴も、難産ではあったが無事だという。
喜びと安堵に包まれる家族を見ながら、愛理と晶も喜びを分かち合う。
そんな中、ただ一人、出産に付き合った花井だけが、呆けていた。
「しょうがないよ。誰だって最初はそうだから」
反応の薄さに不満そうな愛理に、美琴の父親が苦笑しながら声をかけてきた。
「男にとって、子供が出来るっていうのは、なかなか実感がわかないものだからね」
「そういうもんなんですか?」
「まあね。それに、彼はずっと美琴のことを心配して、気を揉んでくれていたからね。無事に生ま
れてほっとしたら、気が抜けちゃったんだろう」
言いながら彼を見つめる父親の目は、とても優しいものだった。いや、それは美琴の母親や、花
井の両親も同じだった。
愛理は、不意に悟った。
この家族に支えられているからこそ、美琴も花井も、真っ直ぐに育ったのだ、と。
そしてそんな彼らだからこそ二人の、高校を卒業してすぐ、しかも新婦が妊娠している中での結
婚を認め、祝福することが出来たのだろう、と。
ふと自分の父のことを思い出して、わずかに感傷的になる愛理だったが、すぐに立ち直る。自分
だって、愛されて生まれてきたはずなのだから。
少なくとも、二人とも限られた時間の中で、娘を愛してくれた。そのことを彼女は、忘れずにい
ようと心に誓う。
「ほら、しっかりしなさい、花井君。貴方がしっかりしてなくて、誰が美琴さんを支えるのよ」
「美琴……そうだ、美琴!!」
妻の名前を聞いた瞬間、はっと我に返った彼は、再び病室へと戻っていく。
「美琴ーーーー」
「ば、バカ、よせ。皆が見てるだろうが……」
閉まりゆく扉の向こうに、周囲の医者の目も気にせず抱きつく花井と、顔を真っ赤にしている美
琴の姿が見えた。
重苦しい時が過ぎ、張り詰めていた心を緩めた愛理達はその光景に、心の底から笑ったのだった。
- 206 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:31 ID:c/jlW1vw
- 「これが花井君と美琴の赤ちゃんか」
「可愛いね――――美琴さんにそっくりで」
「フフ、確かにね」
難産のせいでやや貧血気味の美琴を家族に任せて、花井は新生児室に来ていた。それについてき
た愛理と晶の、暖かい、だがどこかからかうような口調に、しかし彼は反応しなかった。
ただじっと、ガラス越しに、すやすやと気持ちよさそうに寝息をたてている赤ん坊の顔を見つめ
ている。暖かく、優しく、ぬくもりのこもった眼差しで。
その彼の眼鏡の奥には、光るものが浮かんでいた。
「あれが――――僕と、美琴の……」
感極まったのか、唇を噛み締めたまま、花井は滂沱と涙を流し始める。
声を殺し、立ったまま、涙をぬぐうこともせず、微かに体を震わせながら花井は、じっと赤ん坊
の顔を見つめ続けていた。
その心に何が去来しているのか――――見ていた二人には、わからなかった。
ただその横顔が、涙で濡れて情けないはずなのに、とても凛々しくて、強くて、そして頼もしい
ものに、彼女達には見えた。
これが、父になるということなのだろうか。ふと愛理はそう感じた。
「行こうか、愛理」
小さく声をかけてくる晶に、愛理は声を出さず頷いて、静かに二人はその場を離れる。
最後に愛理が振り向いた時も花井は、時を忘れたかのようにじっと、変わらぬ姿勢で自らの子供
の姿を眺め続けていたのだった。
そんな花井の姿を彼女は、その後もずっと、忘れないでいた。
「……というわけよ」
『えー。私だって美琴ちゃんの出産に立ち会いたかったのにー』
「無茶言うんじゃないわよ。さっきまでホント、テンパッテたんだから。とにかく、アンタも近い
うちに病院にお祝いに来なさいよ。今日はもう遅いし、美琴も疲れて寝ちゃったみたいだから、明
日以降ね。それじゃ」
天満との電話を切った愛理は、空を眺める。日が沈み、すっかりと暗くなった街に、電灯の光だ
けがチラチラと揺らいでいる。月はぼんやりとしか白を見せず、流れ行く雲が時折、その姿を隠し
ては去っていく。凍えるような寒さに、彼女はそっと我が身を抱いた。
花井と美琴。二人の間に結ばれた絆の深さを見せられた今日。孤独が、そっと彼女の体を包み込
んで、寂寥を刻み込んでいく。
- 207 名前:Classical名無しさん :04/09/03 04:32 ID:/PW//YE2
- 支援
- 208 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:33 ID:c/jlW1vw
- 「愛理」
声をかけられて振り向く彼女の前には、親友の姿があった。
「天満、どうだって」
「残念がってたわ。出産の感動的なシーンに立ち会いたかった、って」
「――――天満らしいわね」
晶の言葉に、愛理は笑って頷く。
たったそれだけの会話。
なのに、何故か不意に、ぬくもりを感じる。交し合う視線。晶の深い黒の暖かなきらめきに包まれて
いるような感覚に、愛理の頬はゆるんだ。
「さっきの答えだけど、さ」
ふと。思い出したように。
放たれた愛理の言葉に、晶はわずかに首をかしげたが、すぐに、ああ、と頷いた。
「想い続けるのだって、悪くないと思うのよ」
唇に乗せて放つのは、播磨拳児という、男への想い。
断ち切ろうとして断ち切りがたく、未だ面影を背負い続けたままだ。
「でも、ね」
今日、知った。父と母になったばかりの友人達の姿を通して。
寄り添い、繋いだ手。交わされる眼差しは、二人の間に言葉が必要でないことの証明。
労わりあい、想いを寄せ合う彼女達。
それぞれの過去を知るだけに、愛理は余計に、喜びを覚えたのだ。
「一人に拘ってたら、幸せになれるチャンス、逃しちゃうのかも、ね」
花井は、八雲をずっと想っていた。
美琴は、先輩をずっと想っていた。
もしも二人が、それでも一人に拘っていたら、今日、この場所で、祝福されて生まれた子供は存
在しなかった。
否。そもそも二人が、想いを通わせあい、幸せになることもなかったに違いない。
「私も――――あんな風に、誰かと笑えるのかな?」
「なれるわよ」
わずかに不安そうな愛理の言葉に、晶は間髪を入れず答えを返す。
「愛理なら、大丈夫。私が保証する」
はっきりと、彼女は言った。まるで未来を覗いたかのように。それは根拠の何もない自信だった
のかもしれないが――――愛理は、素直に、嬉しいと感じたのだった。
- 209 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:34 ID:c/jlW1vw
- 「花井君と美琴、幸せそうだったわよね――――結婚とか出産って、やっぱりいいものなのかしら」
「知らない。でも――――幸せになるために、そういうのはあるんだと思うよ」
まじまじと見つめられて、晶はわずかに眉をひそめた。
「――――何?」
「んー。晶でも、そういうこと、言うんだなって思って。今日は、晶の知らなかった面もたくさん
見れたし、いい日だったわ」
「……やめてよ」
そっぽを向いた彼女の顔は、電灯の明かりが生んだ影に飲み込まれて、その表情は見えない。
だが愛理は、その頬が赤くなっているのを見たような気がした。
「あっら〜?もしかして晶、照れてる?」
「照れてないわよ」
「やっぱり照れてるんだ」
「照れてないったら」
顔を覗き込もうとする愛理から、逃げようとする晶。その光景は、二人を知る者にとっては、珍
しいものなのかもしれない。その逆は、容易に想像出来たとしても。
だが、例え珍しく思ったとしても、二人の顔に浮かぶ表情を見れば、思わざるをえないだろう。
彼女達がとても仲が良く、お互いを信頼し、相手を必要としていることを。
二人は、じゃれあいながら、笑う。
愛理は心の底からの無邪気な笑みを、隠すことなく。
晶はその唇の両端を微かに上げ、小さく、だがそれでも幸せそうに。
「ねえ、晶」
「……何、愛理」
「私――――まだ、アイツのこと、好きでいる」
「――――」
「でも、さ。きっと、もっといい男がいるわよね。あんな奴より」
「そうだね。うん。私も、そう思うよ」
「――――ありがと、晶」
- 210 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:36 ID:c/jlW1vw
- 二人は、並んで歩きながら、空を見上げる。遠くに輝く月は仄かな銀。
愛理はその月に願った。
生まれたばかりの赤ん坊の幸せを。
涙を隠そうともしなかった花井の幸せを。
そして母となった美琴の幸せを。
いつか私も、あんな風に子供を産むのだろうか。
わずかにだけ見た、美琴の満たされた笑みに、愛理は思う。
その時、自分の隣にいるのは、今、想いを寄せている男ではないのかもしれない。
だけど、それも悪くはない。
一人に拘るよりは、幸せになりたい。
少なくとも、そう考えられるようになった自分は、いつかよりも成長したのだと、彼女は感じて
いた。
「ねぇ、晶。今度、美琴の赤ちゃん、抱かせてもらいに来ようね」
「うん。そうだね」
何よりも、自分には、友がいる。
どんな時でも、私を支えてくれる、大切に思ってくれる友が。
この先、自分が――――自分達がどうなっていくか、愛理にはわからなかった。
忘れられないままに生きるのか。あるいは――――誰か別の男を愛するのか。
それでも、変わらずに、いてくれる人がいる。
なんて素晴らしいことなのだろう。
だから。
「ありがと、晶」
「――――?――――どういたしまして、愛理」
微笑を交し合って、二人は歩く。
夜の道を。だがそれは。
朝の陽光へと繋がる、道なのだ。
- 211 名前:If...baby pink-3 :04/09/03 04:40 ID:c/jlW1vw
- 支援、どうもありがとうございました。
連続投稿にひっかかりまくり。原因不明なだけにやっかいな……
というわけで、今回の話――――番外沢近編は終了。
次からは播磨八雲話に戻りますよ〜っと。
出産に関しては、本当に、よくお知りの方からは突っ込まれることと覚悟しています。
すいません。よく知らずに書いてます……はったりですね。
というわけで相変わらずな私の話ですが、どうかよろしくお願いいたします。
それでは、失礼いたします。
- 212 名前:Classical名無しさん :04/09/03 05:02 ID:oh41dIMQ
- GJです。
自分的には晶の使い方が非常に上手だと感じました。
彼女のすべてを知りつつも黙っている、という設定を
うまく生かしつつその内面の葛藤をうまく描いている
ように思います。
とにかくGJです。次もがんばってください。
- 213 名前:Classical名無しさん :04/09/03 05:32 ID:Gn6MgLl.
- 沢近を立ち直らせるためにミコトに出産させる発想がすごい。
まるで仁丹のようだ。
- 214 名前:Classical名無しさん :04/09/03 06:21 ID:XEqgewL.
- GJです。
だんだんキャラの行く先が見えてきたみたいですね。
沢近は、少し不憫だけど、致し方ないでしょう。
早くいい人を見つけて欲しいと祈るばかりです。
八雲と播磨は、将来的には結婚するんでしょうね……
激しく今後の展開が見たいです。
これだけ感情移入できるから、すごく上手いと思います。
これからも、SS期待しています。
- 215 名前:Classical名無しさん :04/09/03 09:38 ID:OM85ozls
- GJでした。 連投規制は5分ほど待つと引っかからなかった経験があります。
- 216 名前:Classical名無しさん :04/09/03 14:01 ID:uXvnL4Lk
- グッジョブです
沢近といい晶といい人間の内面を捉えたシリアスなストーリー見事です
自分旗なんで沢近涙SS万歳です
この後の沢近に幸あれ
- 217 名前:たれはんだ :04/09/03 14:08 ID:jTRZAn6w
- ようやく復旧いたしましたので、残りの部分を上げさせて頂きたいと
思います。
ただ、結局無駄に長くなってしまったため、時間が掛かってしまうか
と思います。申し訳ありませんがご了承ください。
(今回は最後まで必ず上げますので)
- 218 名前:たれはんだ :04/09/03 14:09 ID:jTRZAn6w
- ***
繁華街と住宅街の境目くらいにある、ごく普通のマンション。ここに
今沢近さんが住んでいる。以前は自宅である豪邸に住んでいたのだけれ
ど、高校を卒業してから<すでに決まっていた名門大学への進学を止め
て、半ば家出同然でこのマンションに引っ越して来た、と高野先輩が教
えてくれた。姉さん達には海外に留学していると伝えているそうで、こ
の場所を知っているのは私と高野先輩だけとも聞いた。
本当は、後で沢近さんに聞くと、実際には私以外には言っていないそ
うで、高野先輩にも留学中と嘘を伝えてた、と。
『本当に何を考えてんのかしら。ったく』
沢近さんはとても迷惑そうに、そう呟いていた事を覚えている。でも、
本当はとても心配しているのだと、沢近さん自身気付いてはいると思う。
姉さんも本当の事を知れば、とても心配すると思うから。
誰も居ない玄関ホールを通り、ふと壁に目をやる、刺さったままの新
聞が数本、目に止まった。707号室。沢近さんの部屋の番号。中には
3日分の新聞と請求書、領収書などの手紙や封書が入っていた。
(?)
いくつかの封書の中に一回り大きく、綺麗な模様の入った封筒が混じ
っていた。住所は沢近さんの実家になっていたけれど、誰かがここに転
送してくれたらしい。封書の裏には「今鳥」と「一条」の名前が書かれ
ていた。確か姉さんの友人だったと思う。
(披露宴?の招待状・・・)
少し気にはなったけど、そのまま持って行くことにした。
- 219 名前:Classical名無しさん :04/09/03 14:16 ID:uXvnL4Lk
- 支援?
- 220 名前:たれはんだ :04/09/03 14:18 ID:jTRZAn6w
- たった独りエレベーターに乗り7階へ。そして、誰に会う事もなく部
屋の前に着いた。
ピンポーン
チャイムの音。ドアの向こうからは微かな音のようなものを感じる。
テレビか何かが点いている、そんな感じ。
ピンポーン
しばらく間を置いて、もう一度鳴らしてみる。
(もしかしたら、出かけているかも)
そう思った時、中から「開いてるわよ」との声。多分作業中だと思う。
ドアノブをひねると確かに開いていて、そのまま私は部屋の中に入って行
った。
玄関にはサンダルとスニーカーが一足ずつ。沢近さんのものだと思う。
部屋の中は静かで暗く、奥に入るとカーテンが半分だけあいたままの薄暗
い部屋がひとつ。真中に小さなテーブルと時代の古いテレビ、いろいろな
本が無造作に詰められた本棚にその上に置かれた小さなラジカセがあるだ
け。今はテーブルの周りに、丸められたたくさんの紙と何冊かの本が散乱
し、テーブルの前に座り黙々と原稿を書いている沢近さんの姿がある。
- 221 名前:たれはんだ :04/09/03 14:24 ID:jTRZAn6w
- 「あの」
持ってきたバックと新聞や手紙を抱えたまま、声をかけてみた。
「何?」
沢近さんはテーブルに向かい背を向けて俯いたまま、まるで独り言のよ
うにそう聞いてきた。私は抱えていた新聞などを部屋の隅に静かに置き、
散らかった部屋を片付けることにした。
「片付け、ます」
「いいわよ、別に」
まるで興味がないような短い返事だけ。でもそれはいつもの事だから、
そのまま気にせず片付けを続けることにした。邪魔にならないよう、部屋
を片付けた後、台所へ。案の定、使ったままのいくつかの食器と、ごみ箱
に溜まったコンビニのお弁当のゴミが残っていた。私は普段通り食器とゴ
ミを片付け、台所を使えるようにすると、食器棚の中にある、場違いのよ
うに綺麗に収められたティーカップとティーポットを取り出した。
(まだ、残ってる?)
以前来た時に置いておいたフォッションのオレンジペコーの缶を開けて
見ると、中身が前に来たときより少しだけ減っていた。多分、あれからも
少しずつ飲んでいるんだと思う。そう思うと、少しだけ安心したような気
持ちになった。
- 222 名前:たれはんだ :04/09/03 14:26 ID:jTRZAn6w
- 紅茶を淹れて戻ると、沢近さんはまだテーブルに向い、原稿を書きつづ
けている。
「あの、紅茶、淹れました」
そっと、声をかけると、小さく「いらない」の一言だけ。
「でも、飲んで一息入れたほうが、落ち着いていいと思います」
しばらくペンの音だけが響いた後、小さな溜息がひとつ。
「分かったわよ」
と、ペンを置き、沢近さんはこちらへゆっくりと振り向いた。
「悪かったわね。いつもの事だけど」
少しだけ怒ったような、もしくは呆れたような顔を向けて、そして体全
体をゆっくりと私のほうへ回した。私はティーセットを床に置き、沢近さ
んと私用に用意したティーカップに紅茶を注いだ。
「・・・」
私と沢近さんは無言で、ただ静かに紅茶を飲んだ。その間、目を合わせ
ることもなく、お互い俯いたままで。
- 223 名前:たれはんだ :04/09/03 14:26 ID:jTRZAn6w
- 「受験勉強中でしょ。悪かったわね」
そう、小さな声で呟いた。多分、俯いたままだと思う。
「いえ、私は大丈夫、です」
私もまた、俯いたままそう答えた。
「今度こそ、絶対に賞を取りたいの。取ってアイツ−」
最後のほうは聞き取れなかったけれど、とても力が入っているように感
じる。
そっと顔を上げると、沢近さんはまだ少し俯いたまま、空のティーカッ
プを前にして、考え事をしているように、身動き一つなく、じっとしてい
た。髪は私と反対に短く切り、まるで寝起きのままの状態で、シワになっ
た白いタンクトップとショートパンツを身に着けている。昔から見ると考
えられない姿だと思う。
しばらく時間が経ったと思う。いきなり沢近さんはテーブルへと体を反
転させると、勢いがついたように再び原稿を書き始めた。
「手伝って!」
先ほどまでとは打って変わった大きな声に私は驚いたけど、すぐにティ
ーセットをそのまま端に寄せて、テーブルの向かい側に座り直して手伝い
の準備を始めた。
- 224 名前:たれはんだ :04/09/03 14:28 ID:jTRZAn6w
- 原稿を書き始めてから数時間が経った。
「テレビ、点けて」
いきなりの声。私はすぐにテレビに向かうとスイッチをオンにした。旧
式のためリモコンが無く、スイッチを入れるのにテレビの前まで行かない
といけない。面倒と思われるかも知れないけど、私はこんなテレビも良い
と思う。姉さんならきっと「面倒臭い」と言うと思う。『あの人』ならど
うだろう、『あの人』ならきっと気に入ってくれる。
『−先日、アメリカで行われた、空手の国際大会で初優勝を遂げた、T
大の花井春樹選手が昨日帰国し、空港には大勢のファンが詰め掛けました』
(花井、先輩・・・)
テレビからは今日のニュースとして、海外の大会で優勝した、花井先輩
の事が報じられていた。あの頃より少しだけ背が伸びたように見え、顔つ
きも「大人の人」になったような、そのような感じがした。
『あの人』が亡くなってしまった後、しばらくは先輩も力が抜けてしま
ったように日々を過ごしていたけれど、幼馴染である周防さんのおかげで
立ち直ることができたと聞いた。それに対して私は、未だにあの頃を引き
ずったままで。
『いいか! 八雲君! 今はまだ僕は『あの男』に勝つことは出来ない
だろう! だがっ! いつかきっと! 僕は君をあの男から取り戻してみ
せる! きっとだ!』
卒業式の日、花井先輩はそう私に告げた。私はその言葉の意味に気付い
たけれど、何も答えることが出来ずにただ見送るだけしか出来なかった。
なぜなら、今でもずっと、『あの人』のことが・・・
- 225 名前:たれはんだ :04/09/03 14:29 ID:jTRZAn6w
- 「何? どうかした?」
沢近さんの声で気が付くと、すでにニュースは変わり、ローカルの話題
になっていた。私は「いえ」とただ一言だけ言って、テーブルへ戻り作業
を続けることにした。
「ねぇ、ここのカットだけど、トーンはどうしたらいい?」
テーブルに着くと、沢近さんは自身が書いていた原稿を指し、私に訊ね
てきた。
「私は、これがいいと思います」
私の側にあった、トーンの見本の中からひとつ選んで見せると「そうね」
とだけ言って、そのトーンを貼り付け始めた。
「ここはあの、ベタで良いですか?」
私が尋ねると、トーンを貼り付けながら「任せるから」の一言だけ。
『関東地方はこの後も晴天に恵まれ−』
テレヒの音だけが聞こえるだけの部屋で、黙々と作業を続ける。
- 226 名前:たれはんだ :04/09/03 14:30 ID:jTRZAn6w
- (・・・)
沢近さんが漫画を書き始めた訳。それは多分『あの人』のせいだと思う。
今から1年位前、突然沢近さんから「二人きりで逢いたい」と呼ばれ、待ち
合わせた喫茶店での最初の言葉が「マンガの書き方を教えて」だった。
私自身、良く知らなかったけれど、本人の強い希望と誰にも言わないでほ
しいということ、何よりも『あの人』への思いを感じすぎてしまったから、
私は沢近さんに少しでも手伝うことが出来るならばと思い、協力することに
した。例えそれが無意味だったとしても、お互いが『あの人』を忘れたくな
いから。
「あの」
今も戸惑いながらGペンで背景を書きながら、向かい側にいる沢近さんに
話し掛けてみた。
「何? テレビの音が気になるなら切」
「いえ、そうではなく、・・・ごめんなさい」
私は作業を続けながら、何度も伝えようとしていた言葉を言うのをやめた。
「もしかして、ミスったの?」
「そうじゃないんです。ただ、その、ティーセットを」
つい、その場しのぎの言葉でごまかし、部屋の端でそのままにしていたテ
ィーセットを片付けることにした。
- 227 名前:たれはんだ :04/09/03 14:31 ID:jTRZAn6w
- (また、言えなかった)
実は沢近さんには、いえ、その他の誰にも言っていないことがある。
(『あの人』の原稿の事、言えなかった)
『あの人』が書いた、最後の原稿。『あの人』が最後まで命をかけて守っ
た原稿の事。
(やっぱり、言うのは止そう)
今日もまた伝えないまま、ティーセットを片付けると再び部屋に戻ること
にした。
- 228 名前:たれはんだ :04/09/03 14:32 ID:jTRZAn6w
- 気が付くと腕時計の針が7時を回っていた。
テレビは何時からか音も無く、黒い画面のままになり、代わりに古いラジ
カセから曲が流れている。
(「カギのかかる天国」)
それは沢近さんのお気に入りの曲だった。初めてこの曲を聴いたときはま
るで、自分の首をしめられているような気がして、とてもこの場にいること
が出来ない、そんな気分がした。この曲を聴きながら、沢近さんが呟いた言
葉は
『参っちゃうわよね』
ただ、それだけだった。
「んーっとっ。これで何とか目処は付いたわね」
沢近さんは背伸びをすると、肩を動かし私へと顔を向けた。
「今日は本当に助かったわ。ありがと」
疲れながらも、沢近さんはそう言って笑ってくれた。私は笑顔を作ろうと
してやっぱり出来ないまま、
「いえ、そんな。この位しか出来ませんから」
と道具を片付ける振りをして誤魔化した。
- 229 名前:たれはんだ :04/09/03 14:33 ID:jTRZAn6w
- 「そろそろ帰ったほうがいいわね。天満が心配してるでしょうし、夜は物
騒だから」
と言って、ゆっくりと立ち上がり、私を玄関まで見送ってくれた。
「そろそろ、私は帰ります」
私は来たときと同じく、靴を履きバックを持って玄関へ向かう。
「あ、そうだ」
玄関まで出たところで、急に沢近さんは奥へ戻ると1枚のCDを私に差し
出した。村下孝蔵の「林檎と檸檬」。それは以前、高野先輩に頼まれて渡し
たものだったと思う。
「これ、晶に返しておいてもらえる? 流石に私が返すのも、ね」
「はい。分かりました」
私はCDを受け取ると、そのまま手に持ったバックへと収めた。
「それじゃ、気をつけてね」
そのまま、沢近さんに見送られながら部屋を後にした。廊下には誰もいな
かったけれど、エレベーターに乗るまでずっと、沢近さんが見送ってくれた。
- 230 名前:たれはんだ :04/09/03 14:34 ID:jTRZAn6w
- ***
家に帰る途中、気が付くとあの日の前日、『あの人』最後に出逢った公園
へと足を向けていた。まるであの日をもう一度再現したかのように、とても
静かで、『あの人』一緒に座ったベンチもそのままの状態で夕焼けの中に取
り残されていた。
(−さん)
当時、私は喫茶店でアルバイトをしていて、そこで出版社に漫画の原稿を
持っていった帰りの『あの人』に偶然出会った。
『よかったらまた読んでもらいてーんだが・・・』
そして、放課後やアルバイト先の喫茶店で待ち合わせしては原稿について
いろいろなことを話し合った。時には好きだった時代劇について話したこと
もあった。『あの人』も俳優の役舎丸広事のファンで、あまり話す事が苦手
な私もつい、時間を忘れてしまうほど一緒に話すことが出来たと思う。
そんなある日、いつも通りの待ち合わせをして、この公園で漫画の内容に
ついて話し合っていたとき、『あの人』はこう切り出した。
- 231 名前:たれはんだ :04/09/03 14:35 ID:jTRZAn6w
- 『良かったら、これ貰ってくれねーか』
差し出されたのは、封筒に入った2枚の動物園の入場券。
『いやな、2,3日前に近所の商店街の親父がくれたんだけどよ。2枚な
ら、ほら、誰か、と誘うんだけどよ。1枚しかないからな。良かったらお礼
にと思』
『あの、2枚』
『へ?』
私が入場券を見せると『うぁぁぁぁぁぁ−』と叫びながら背中を向け、頭
を抱えてしゃがみ込んでしまった。私はどうしていいか分からずにいると、
明らかに落胆した様子で振り向き
『えーっと、その、何だ。誰か友達を誘って行ってくれ』
と肩を落とし、寂しそうに背を向けた。私はその姿を見て、つい
『あの、一緒に、行きませんか?』
と声をかけてしまった。すると『あの人』は一瞬立ち止まった後、唖然と
したような顔でこちらへ振り向くと、無言で『へっ? 俺』と自身を指差す
しぐさを見せた。その仕草に釣られたように私もただ無言で小さく頷いて見
せた。
『ブツブツブツブツブツブツ・・・』
『あの人』は再びその場にしゃがみ込むと腕を組んで悩み始めてしまった。
- 232 名前:たれはんだ :04/09/03 14:38 ID:jTRZAn6w
- (どうしよう。とても困ってる)
あの頃はなぜ、私がなんなことを言ったのか分からなかった。でも今なら
十分に分かる。少しでも長く、多く、一緒にいたかったのだと。
『よしっ、分かった! 一緒に行こう!』
『あの人』は急に立ち上がると、私の肩をつかんで力強くそう言ってくれ
た。そしてすぐに手を離すと、顔を赤く染めて『す、すまない、妹さん』と
呟いた。私もなぜか恥ずかしくて『いえ』と一言だけ。
『んじゃ、ここで10時って事でいいかな』
『はい』
『気を付けてな』
それが最後に交わした言葉。最後に見た姿。結局『あの人』の心は読めな
いまま。
(・・・)
その日の夜。なぜか翌日のことが気になり眠ることが出来ず、普段よりも
さらに早く起きてしまった。私はなぜか姉さんに気付かれないよう、そのま
ま身支度を済ませると、待ち合わせの時間より2時間以上も早く家を出てし
まった。
(どうしよう。服、これでいいのかな)
案の定、1時間も早く着いてしまった私は。色々と悩みつつ、昨日座った
ベンチに再び腰掛けて、結局そのまま眠ってしまっていた。
- 233 名前:たれはんだ :04/09/03 14:39 ID:jTRZAn6w
- (その間に・・・)
あの後ははっきりと覚えていない。覚えているのは泣きながら私を抱きし
める姉さんの姿と、叫びながら『あの人』の遺体に今にも飛びかかろうとす
る沢近さんとそれを止めようとする周防さん、そして無言で立ち尽くす刑部
先生の姿だけ。わたしは泣くことも叫ぶことも立ち尽くすことも出来ず、ま
るで映画を見ているかのようだった。
(帰ろう)
これ以上思い出したくなくて、なるべく考えないように私は家に帰ること
にした。
- 234 名前:たれはんだ :04/09/03 14:40 ID:jTRZAn6w
- ***
家に帰り、玄関をくぐると姉さんの声が聞こえてきた。多分電話中だと思
う。
「で、そっちはどうなの? ふーん、そうなんだ」
いつもの明るい声。相手は誰なのだろう。
「あっ、ちょっと待って」
帰ってきた私に気が付くと、姉さんは受話器を手でふさいで「八雲、お帰
り」と言ってくれた。
「ただいま、姉さん」
脱いだ靴を揃え、下駄箱に仕舞い姉さんの傍に近付いてみた。
「散歩? どうだった? やっぱり気分転換には散歩が一番だよねっ」
姉さんはいつもの笑顔で話し掛けてくれる。
「私も受験中はよく気分転換に散歩に行ってたもん」
確か姉さんは殆ど散歩ばかりだったような気がするけど、その事を言うこ
とも出来ず
「姉さん、電話」
と、だけ言った。
- 235 名前:たれはんだ :04/09/03 14:41 ID:jTRZAn6w
- 「あっ、そうだった。今、美コチャンから電話なんだよ。花井君の事で大
騒ぎなんだって。スゴイよね」
まるで自分のことのように興奮する姉さんに対し、ただ「部屋に戻るね」
とだけ伝えて、私は2階に戻ることにした。
「あ、ごめんね。そういえば、今鳥君とカレリンの婚約パーティどうする
の? え? 行こ行こ。やっぱり気になるでしょ? またまたぁ。 愛理ち
ゃんはどうするのかな? 戻ってくるんじゃないかなぁ」
沢近さんの名前が出て、一瞬だけ足が止まったけど、そのまま階段を登ろ
うとした。その時、姉さんに突然呼び止められた。
「忘れてた。八雲、サラちゃんから郵便届いてたよ。国際郵便」
姉さんは電話機の保留ボタンを押すと、すぐに居間に行き一枚の手紙を持
って戻ってきた。
「はい、これ」
階段の下から手渡された一枚の封筒。それはイギリスから送られてきた、
親友のサラ=アディエマスからの手紙だった。
「ありがとう」
再び電話に戻り、話を再開する姉さんを後に私は独り部屋に戻った。
- 236 名前:たれはんだ :04/09/03 14:42 ID:jTRZAn6w
- バックを机の上に置き、サラからの手紙を丁寧に開封して開いてみた。中
には2枚の写真と数枚の便箋が入っていた。
(サラ、うれしそう)
2枚の写真の内、1枚には実際に建てられたベーカー街にあるシャーロッ
ク=ホームズの下宿先で写されたサラの写真。もう1枚は小さなレストラン
の前で麻生先輩と写したものだった。
『親愛なる 八雲へ』
そう書かれた手紙には、イギリスの様子や家族のこと、イギリスのレスト
ランで修行中の麻生先輩のことなどが書かれていた。
8月に入り、サラは最後の夏休みにとイギリスへの旅行に誘ってくれた。
それはサラなりの心配りだったと思う。でも、私は受験勉強と旅費のこと、
そして姉さんのことを理由に断ってしまった。サラはとても残念そうだった
けど、大好きな麻生先輩に会えることが何よりも楽しみだったみたい。
サラの話によると、麻生先輩は実家のラーメン屋を継ぐ前にもう少し料理
の腕を磨きたいと、高校卒業後に単身イギリスへと渡ったのだと言う。なぜ
フランスやイタリアなどではなく、イギリスに渡ったのかというと、サラの
両親に認めてもらいたいからと、照れながら教えてくれたとサラは私に話し
てくれた。
あの日以来、サラは私に色々と気を使ってくれてとても感謝してる。本当
はうらやましく思うこともあるけど、やっぱり幸せになってほしいから。
- 237 名前:たれはんだ :04/09/03 14:43 ID:jTRZAn6w
- (・・・あ)
手紙の最後には一言こう添えられていた。
『ps.新学期には笑顔で会おうね。−先輩もそう願ってると思うよ』
まるですぐ傍にサラがいて、私を励ましているような気がして、手紙を抱
きしめたままつい泣いてしまった。
(サラ、ごめんね ありがとう サラ)
私はサラからの手紙を大事にもとの封筒にしまうと、机の引出しに収め、
代わりにしわになった一枚の茶封筒を取り出した。
- 238 名前:たれはんだ :04/09/03 14:44 ID:jTRZAn6w
- ***
『あの人』のお葬式が終わった後、私は刑部先生に呼ばれ、旧校舎にある
茶道部の部室へと向かった。
「悪いね。こんな時に呼び出して」
部室に入ると喪服を着た刑部先生が何事も無かったように、独りで紅茶を
飲んでいた。
「いえ。でも、良いのですか?」
普段通りの先生の姿に面食らいつつ、そう尋ねてみた。なぜなら、刑部先
生は『あの人』の従姉でこれまでずっと一緒に暮らしてきたのだから。
「ああ。仕切っているのはアイツの両親だからね。私はあくまで保護者の
代理だ。担任でもないし」
普段通りの声。普段通りの話し方。でも、何かを我慢しているかのように
私には見えた。
「ここに呼んだのはこれを、君に渡したかったからなんだ」
と座ったままで私を見ることも無いまま、一枚の茶封筒を差し出した。
- 239 名前:たれはんだ :04/09/03 14:45 ID:jTRZAn6w
- 「本当は 君のお姉さんに渡すべきなのだろうが、君にはアイツが色々と
迷惑をかけた様だからな」
「そんな、迷惑なんて、1度も」
そう言いながら受け取った封筒を開けてみると、沢山の原稿の束が入って
いた。
「これ、先輩の」
原稿の束から目を離し、刑部先生を見ると足を組み、空になったティーカ
ップを両手に持ったまま、ただティーカップの底を見つめていた。
「アイツの最後の原稿だ。あの馬鹿、最後までその原稿と動物達、そして
君の心配をしていたそうだ」
「私の・・・?」
「ああ。どうしても遅刻したくなかったらしい。普段学校にはやたら遅刻
するくせにな」
- 240 名前:たれはんだ :04/09/03 14:46 ID:jTRZAn6w
- 刑部先生は空になったままのティーカップを見つめたまま、独り言のよう
に語り始めた。
「アイツはね、君のお姉さんが好きだったんだ。さっさと告白してしまえ
ば良いものの、うじうじしたままで何も言えず、結局勝手に早とちりをした
挙句に、マンガで現実逃避を始めたわけだ。まあ、何をしようとアイツの自
由だし、好きにすればと思って放っておいたんだ。もし、あの時マンガを書
くのを止めていれば、もしかしたらこんな事にならずに済んだかも知れない。
そう思うとね」
そこまで言うと、テーブルに置いてあったブランデーに手を伸ばし、ティ
ーカッブに一杯まで注ぐとそのまま一気に飲み干してしまった。
「今となってはどうすることも出来ないし、もう済んでしまったことだ」
まるで突き放したような言い方。でも、それは本心ではない、はず。
「あの、私は、この漫画が、好きです。先輩が心をこめて書いたものだか
ら、それに、その、どんな理由で生まれたとしても、先輩が漫画を書き始め
たから、先輩と一緒にいることが出来たから、先輩が姉さんが好き、だった
としても、わ、私は」
先生の気持ちは分かっているはずなのに、なぜか反論しようとしてる。う
まく言葉が言えないけど、今言わないといけないような気がして。
- 241 名前:たれはんだ :04/09/03 14:48 ID:jTRZAn6w
- 「私は」
「言わなくても、分かっているよ。全く、どれだけ迷惑をかければ気が済
むんだ、あの馬鹿は。その挙句にこんないい娘(こ)を放ったらかしとは」
そう呟いた先生の頬が光って見えたような気がした。
「用事はそれだけだ。君のお姉さんが心配するから。早く戻りなさい」
身動きひとつしない刑部先生にそれ以上何も言えず、部室を後にするしか
なかった。
(最後の、漫画)
独り家に帰り、誰も誰もいない自分の部屋でそっと、茶封筒に入っていた
原稿を取り出してみた。題名は無く、作者の名前は普段の「ハリマ☆ハリオ」
ではなく、本名が書かれていた。私は丁寧に割れ物を扱うかの様に、ゆっく
りと読み始めた。それは以前までのものとは違い、まるで別の人が書いたか
のように、とても綺麗で丁寧に描かれていた。
(これ・・・私)
- 242 名前:たれはんだ :04/09/03 14:48 ID:jTRZAn6w
- 物語はある一人の少年と姉妹の物語。高校の同級生である姉を好きになっ
てしまった少年と、少年への思いを秘めながらも少年と姉との中を取り持と
うとする妹、そして2人の思いに気付かない姉。
(まるで、姉さんと、私)
多少感じが違うものの、この物語に登場する姉妹は姉さんと私。そして主
人公の少年は・・・
(先輩、だ)
と中からなぜか涙がこぼれてきて、全てをはっきりと読むことが出来なか
った。でもがんばって、少しずつ、涙で濡れない様に、最後まで読みつづけ
た。
(さい、ご、は)
物語の結末は、妹の思いを知った姉が妹の背中を押し、少年もまた妹の本
当の気持ちに気付き、ようやく2人は結ばれることができた。
(!)
最後を読み終えた後、私は原稿がくしゃくしゃになることもかまわず、ず
っとずっと泣き続けた。
(さん! −さん!)
これは漫画。夢の出来事。現実はそんな幸せな結末では無かった。最悪の
結末かも知れない。でも、でもせめて、漫画の中は、中だけでも幸せになる
ことができたから、その事だけが私はうれしかった。
- 243 名前:たれはんだ :04/09/03 14:49 ID:jTRZAn6w
- ***
夜になり、数日振りに一緒に夕食を食べ、お風呂に入った後、あの日から
あまり見なくなってしまった時代劇を久しぶりに2人で見た。そして、消灯
の時間になった。
「じゃあ、おやすみ、八雲。ムリしちゃ、駄目だからねっ」
今も何も知らないまま、姉さんは「メッ」と人差し指を立てて私に言うと、
一足先に部屋へと戻っていた。私もまた小さく「うん」とだけ答えて自分の
部屋へと戻った。
あの日から毎日の日課になった、『あの人』の漫画を読んだ後。原稿の入
った茶封筒を引き出しに収めようとして、ふと手を止めた。
(今日は久しぶりにベットで休もう)
私は茶封筒をベットと枕の間に挟むと、そのまま横になった。
(逢いたい。『あの人』に)
電気の消えた暗い部屋の中、天井を見上げながらそう思う。例え夢の中で
も、ほんの短い間だけでも毎日『あの人』の姿と、声と、笑顔を見ることが
出来れば、姉さんやサラに笑顔で会えるかもしれない。
(明日、墓参りに行こう。そして練習をしよう。『あの人』に喜んでもら
えるように)
そう、心に決めて、今日は眠ることにした。
end
- 244 名前:たれはんだ :04/09/03 14:59 ID:jTRZAn6w
- これにて、この物語は全て上げさせていただきました。
本当にご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。
なお、一応「念のために」書いておきますが、この物語はあくまで
私、たれはんだが勝手に妄想したもので、スクールランブル本編の
未来では決してありませんので、その点はくれぐれもご留意いただ
きますよう、よろしくお願いいたします。
それでは、失礼致します。
- 245 名前:Classical名無しさん :04/09/03 15:00 ID:uXvnL4Lk
- >>217
リアルタイムで読ませていただきました。
播磨しんじゃった、えー?
なんか悲しすぎる。
みんな幸せなのに八雲と沢近だけ……。
でも乙です。
- 246 名前:Classical名無しさん :04/09/03 15:00 ID:AGJp7TiM
- >>244
漏れを泣かすつもりかい!
ウワアアアアァン!!(AA
・・・とりあえず、乙。
- 247 名前:Classical名無しさん :04/09/03 15:12 ID:Ji1F/u9s
- >>244
乙。けど、これはきつい……。
- 248 名前:Classical名無しさん :04/09/03 15:23 ID:uNi9Y4to
- GJ
しかし、播磨…最低だよ、残った人を縛るなんて
最低だ〜〜〜。シクシク
- 249 名前:Classical名無しさん :04/09/03 15:24 ID:Vu0Y3Xf2
- >>244
乙…だけど……ウワァ%8イス3@ァン!!!
- 250 名前:Classical名無しさん :04/09/03 16:13 ID:V8iudaAY
- 、、、乙。
まぁなんつーかキャラ設定や話の展開的に言って
沢近と八雲はたぶん「播磨じゃなきゃダメ」だろーから
もし播磨が突然姿を消してもこの二人はずっと引きずってるんだろうな
ってのはマグロ漁船編の頃に考えたけど、死別ってのはさすがにきついよ
…普段はお子様ランチで縦笛な漏れだが敢えて言う
花井よ、お前が八雲をどうにかしてやってくれ
可能性は低いとは思うが、他に方法が思いつかん
このままじゃあまりにも救いが無さ過ぎる
- 251 名前:Classical名無しさん :04/09/03 16:17 ID:ZFf5c2j2
- >>250
勘弁してくれ
滅多なこと言うもんじゃない
- 252 名前:Classical名無しさん :04/09/03 17:25 ID:mBh7zTgI
- いちいち行間空けなくても……と思いました。
- 253 名前:Classical名無しさん :04/09/03 20:08 ID:QDSy3cB.
- >>244
GJ。
辛かった。
- 254 名前:Classical名無しさん :04/09/03 20:11 ID:QDSy3cB.
- 上げてスマン。
- 255 名前:Classical名無しさん :04/09/04 01:29 ID:Z7QFF8ys
- ある日の会話
「・・・と最後はこの二人は結ばれる訳だがどうだ?」
「HappyEndはプロでも難しいので素人にはお勧め出来ません」
「変わりにネームやってくれや」
十分後
「えーと、なになに・・・」
牡丹と薔薇
「却下」
- 256 名前:Classical名無しさん :04/09/04 03:01 ID:EDIJaZ2k
- イギリスに料理修行
ここにものすごく違和感を感じる
イギリスには食を楽しむという感覚はないそうだ
腹が膨れりゃそれでよし、みたいな
- 257 名前:Classical名無しさん :04/09/04 03:09 ID:rdu4Jq3A
- イギリスの料理はホントにひどい
そしてイギリス人はそれをおかしいとも思わない
- 258 名前:Classical名無しさん :04/09/04 06:27 ID:SlpkhopU
- >>257
ただカレーだけはかなり美味いらしい。天満ならあるいは!w
- 259 名前:Classical名無しさん :04/09/04 10:39 ID:IZtIw1Iw
- マンチェスター在住だけど凝った料理のほうがまずい・・・。
フィッシュアンドチップスなんかはつまみとして
日本でも流行になれそうだとは思う。
- 260 名前:Classical名無しさん :04/09/04 11:10 ID:qTpya4tI
- 花井って空手じゃなく、拳法じゃなかったっけ?
♯20で美琴が「少林寺拳法全国大会の猛者(ハナイ)」と言ってるし、
♭08でも空手相手に『他流』試合やってる。
(ちなみにハリーとの遭遇の時も「空手とは違うようダガ」と言っていた)
ストーリー的には良くできていたと思う。
- 261 名前:Classical名無しさん :04/09/04 20:31 ID:DcDp3M4E
- 確か違う格闘技でもルールに則れば大会にエントリーできたと想う。
死んだんすか。そうすか・・・やっぱチトきついっすね。
ただ話しの流れは素晴らしいと想います。GJ!
- 262 名前:Classical名無しさん :04/09/04 21:07 ID:OJh9zsnY
- >>257
お茶とお菓子はおいしいけどね。
何故ほうれん草を30分も煮込む必要があるんだ……。
- 263 名前:Classical名無しさん :04/09/05 00:42 ID:XQEVdnUM
- 悲しいよぉ・・・(T_T)
でもストーリー的にはすごく良かったです!
個人的に沢近が何を思って漫画を描いているのかの描写も欲しかったです。
沢近は播磨が八雲に託した原稿の事を知らないんですよね?
でなきゃ全てを捨てて播磨の意思を継ぐ…みたいな真似できないよなぁ、何気に沢近が一番可哀想ですね。
- 264 名前:Classical名無しさん :04/09/05 18:54 ID:TZcGDtcs
- >>244
確かにストーリーはよかったと思う。
文もきれいだしね。
ただ好みが分かれると思われ。
- 265 名前:Classical名無しさん :04/09/05 23:07 ID:Ot21JszI
- 播磨のベレー帽には沢近が仕掛けた盗聴器が付いているんだよ
へへへ
- 266 名前:Classical名無しさん :04/09/05 23:20 ID:2oD4UYQQ
- ( ´_ゝ`)フーン
- 267 名前:Classical名無しさん :04/09/05 23:30 ID:mGZYuNRY
- >265
詰めが甘い。
お嬢は「仕掛けたはいいけど恐くて聞けない」んだよ、きっと。
それ以前に、そういう方向に頭を働かせるのはお嬢じゃなくて晶や絃子センセだ。
- 268 名前:Classical名無しさん :04/09/05 23:49 ID:HdBfu9xM
- >267
そのとうりだな。お嬢は尾行するタイプだ。
…晶とかに二重尾行されながら。
- 269 名前:Classical名無しさん :04/09/06 00:06 ID:lkU6a7Fs
- 旗養分がなくなってきた。
沢近が幸せになるようなSSをください
- 270 名前:Classical名無しさん :04/09/06 00:55 ID:RMD5hVzE
- ハッピーエンドじゃなくても良いから旗なSSよろ。
- 271 名前:Classical名無しさん :04/09/06 02:56 ID:oZPGBhDA
- 甘い旗よりピリリとした旗が俺は見たい
- 272 名前:Classical名無しさん :04/09/06 03:05 ID:/C1QE3Rg
- 初めて作品を投下させていただきます。
何故こんな時間なのかというのは、今推敲が終わったからで、
何故明日投下しないんだというのは、他の作家さん達と投下時間が
連続してしまったら、太刀打ちできないと思ったからです。
ちなみに、旗SSではなく、おにぎりSSです。
旗SSだったら、拙い文章でも皆さんに褒めてもらえたかもしれないのに……。
題名『枷』
- 273 名前:枷 :04/09/06 03:07 ID:/C1QE3Rg
- 八雲は夢を見た。
冬の到来を感じさせる肌寒い日がこの頃続いていたが、今日は珍しく日差しも高く、暖かい日だった。
八雲はついうとうとと、縁側で寝てしまったのだった。
その夢には、以前美術の居残りをしていたときに出会った、不思議な少女が出てきた。
その少女は、漆黒の瞳でこちらを見つめながら、おもむろに言った。
「久しぶりね、私のこと、覚えているかしら」
八雲はしばらく、その少女が持つ不思議な雰囲気に呑まれていたが、すぐに口を開いた。
「あなたは、あのときの……」
「うれしいわ、覚えていてくれて」
そう言い、少女は八雲の目の高さまで浮かび上がった。
そして、八雲の目を覗き込みながら言った。
「前に言ったわよね、また来るって。また質問するわ。あなたは、あれから誰か男性を好きになることができたかしら?」
好きな人……。
八雲は、一人の男性を思い浮かべた。
播磨 拳児。
彼は、今八雲が一番気になっている男性だった。
だが、彼は……
「その様子だと、好きな人ができたようね」
「違う、あの人は……」
好きになってはいけない人なのだ。
あの人が好きな人は、自分の大好きな姉なのだから、そう言おうとしたが、言葉にすることができなかった。
「何故隠そうとするの? 好きなら、それでいいんじゃないの?」
違う、のだ。
八雲は、以前播磨のマンガを手伝っていた。
そしてその過程で、気付いてしまったのだ。
播磨そっくりな主人公、八雲の姉――天満そっくりなヒロイン。
そしてその二人は最後に結ばれ、ハッピーエンドで話しは幕を閉じる。
播磨にこのことを質問したとき、彼は必死になって否定したのだった。
- 274 名前:枷 :04/09/06 03:08 ID:/C1QE3Rg
- その様子を見て、八雲は確信したのだ。
播磨の好きな人は、天満だと。
この時、八雲の心の奥にあった、淡い感情は揺れ動いた。
まだそれが何なのか、八雲には、はっきりとはわからなかった。
ただ、播磨と一緒にいると、暖かい気持ちになれた。
だが……
生まれて初めて、気になっていた男性。
好きになるというのは、こういう気持ちだろうか、と思ったこともあった。
でも、彼が好きな人は、自分の姉……。
大好きな、姉……。
八雲は自分の、どんどん大きくなりつつある感情を、心の奥にしまいこむことに決めた。
姉に対して嫉妬したりするのだけは、嫌だったから。
自分がマンガを手伝っているのは、ただの親切心から。
そう自分に言い聞かせた。
それでも、少しずつ想いは大きくなっていった。
必死にその想いを抑え、そばにいて、マンガの手伝いができるだけでいいと思うようにした。
播磨の幸せを一生懸命願うことに、八雲は決めたのだった。
だから、よくないのだ。
自分は、気持ちを抑えなければいけない。
「よく、わからないわ」少女は、少し悲しそうに目を伏せ、「やっぱり、私には理解できないのかしら……」と呟いた。
八雲は、少しうつむき加減になった。
「――私にも、わからない……人を好きになるって、何なのか。どうすれば、よいのか。ただ、あの人が好きな人は、姉さんで、私は、姉さんを失いたくない……」
だが、八雲の中で播磨の存在は日に日に大きくなっていった。
その分、天満に対する嫉妬心も……
「難しいのね。でも……」
そこで少女は少し、言葉を切った。
この先の言葉を言おうかどうか、迷っているようだった。
「でも、あなたの好きな人に、あなたの気持ちを伝えたくないのなら、もう、その人には
- 275 名前:枷 :04/09/06 03:10 ID:/C1QE3Rg
- 会わないほうがいいかもしれないわね」
「え……?」
「あなたの想いは、どんどん膨らんできているのでしょう?」
少女の声は、透き通るように八雲の頭の中に直接響いてきた。
「あなたは枷をはめられているの、そのことを、頭の隅に入れておいたほうがいいわ」
少女は、跡形もなく消えていた。
八雲は、目を覚ました。
今の夢は、何だったのだろうかと思った。
いや、今のは本当に夢だったのだろうか。
少女は言っていた、枷をはめられていることを忘れるな、と。
初めて会ったときも、そのようなことを言っていた。
自分の枷は、自分に好意を向けてくれる人の気持ちが視えてしまうこと。
なら、もう好きな人に会わないほうがいいというのは?
好きな人の心が視えないから、傷ついてしまうということだろうか。
それなら、もう十分傷ついている。
自分は決めたのだ。
そばにいて、彼を応援すると……。
「やくもぉ! ご飯まだぁ?!」
八雲は天満の声を聞き、夕飯の準備をしないで寝てしまっていたことに気が付いた。
そして、天満の声がする方に小走りで向かいながら、八雲は思った。
これでいいのだ、と。
自分が我慢すれば、誰も傷つかない。
播磨との関係も今まで通り続けられるし、天満との関係も変わらない。
あの少女は八雲に、もう播磨に会わないほうがいいと言ったが、明日は播磨と屋上で会う約束をしていた。
明日は、播磨が応募した、二条 丈賞の受賞者発表が、ジンガマに載る日だった。
そして八雲は、その日を楽しみにしていた。
久しぶりに播磨に、二人きりで会える日だったから。
次の日の昼休み、八雲が屋上に上がると、播磨はすでにそこにいた。
- 276 名前:枷 :04/09/06 03:11 ID:/C1QE3Rg
- 久しぶりに会う彼は、相変わらずサングラスをかけ、ぶっきらぼうに下の景色を眺めていた。
だが八雲が来たことに気が付くと、顔中に笑みを貼り付けながら、ジンガマのとあるページを開いて八雲に見せたのだった。
そしてそこには、二条 丈賞 受賞者発表! と大きく書かれており、そこの入選の欄に、播磨のペンネーム、ハリマ☆ハリオの名前が書かれていたのだった。
「妹さん、ほんとにありがとう。感謝してる」
播磨は、何度も何度もお礼を言った。
そうお礼を言われるたびに、八雲は恐縮してしまうのだった。
八雲は、播磨に会いたかったからマンガを手伝っていた。
下心がある自分には、お礼を言われる資格なんてないと思っていた。
今日会いに来たのも、その下心があるからだった。
播磨はその後、真剣な表情になり、八雲に言ったのだった。
「それで、さ。妹さんには、話しておこうと思うんだ……俺がマンガを描いてた理由を」
八雲には、その理由は想像できていた。
天満への想いをのせて、マンガを描いていたのだろう。
想像はついていたのだが、八雲は身構えてしまった。
「俺の想いは、このマンガに詰まっていた」
そこで播磨は、すぅっと息を吸い、言った。
「俺は、塚本、いや、天満ちゃんのことがずっと好きだった。そして、この思いを告げようと思う。決めてたんだ。俺のマンガが賞を取ることができたら、告白するって。」
「……っ!!」
ショックだった。
衝撃。
頭を、心を直接揺さぶられる感じがした。
涙を必死に堪えた。
「俺は、天満ちゃんへの想いを乗せて、マンガを描いてたんだ。妹さん、すまねえな。今まで、俺の独り善がりにつき合わせちまって」
八雲には、播磨の声が届いていなかった。
地面に足が着いていない感じがする。
前々から分かっていたのに、想像するのと、直接言われるのとでは、全然違った。
- 277 名前:枷 :04/09/06 03:14 ID:/C1QE3Rg
- そして、黒い、真っ黒な、自分のものとは思えない感情が、八雲の心の奥底から浮かび上がってきた。
それは、今までずっと抑え込んできた感情。
播磨への愛情。
天満への嫉妬心。
『どうして、私じゃなくて、姉さんなの? 私は、こんなに播磨さんのことが好きなのに。
播磨さんに想いを向けているのは、姉さんじゃなくて、私なのに、どうして? 姉さんは、
播磨さんに何もしてあげてないのに、どうして好かれているの? どうして、姉さんだけ……
姉さんには、烏丸さんがいるのに。姉さんをいくら好いても、播磨さんの想いは届かないのに、
どうして……どうして私じゃないの? 私じゃ、駄目なの?』
自問自答、これは八雲の心の中だけで起きた、一瞬の爆発みたいもの。
八雲は心の葛藤を、何とか声に、表情に出さずに耐えていた。
播磨から見れば、八雲はただ気分が悪いだけに見えたかもしれない。
八雲の枷がなければ。
- 278 名前:枷 :04/09/06 03:14 ID:/C1QE3Rg
- 「妹さん……」
播磨が、ぽつりと声をだした。
八雲は、その声で少し我を取り戻した。
そして、自分の爆発した感情を恥じた。
自分の中に、あんな渦巻いた感情があるなんて、知らなかった。
怖かった。
播磨は、真剣、というより、固い表情に変わっていた。
何かに驚いているようでもあった。
「はい……」
ようやく八雲は声を出すことができた。
まだ心臓が、大きく脈打っている。
動揺を悟られまいと、必死だった。
「すまねえな……妹さんの気持ちにずっと、気付けなかった」
八雲は、播磨が何を言っているのか理解できなかった。
「ずっと、そんな気持ちを持ってたなんて、俺は全然気が付けなかった」
すまない、と、播磨は頭を下げた。
なにを言っているのだろう、と八雲は思った。
「でも、妹さんの気持ちには応えられねぇんだ。どうしても、俺は天満ちゃんが好きだから……」
「あ……」
そこで、八雲には一つの予想ができた。
播磨は、自分の心を視たのだと。
どうして、と考える前に、八雲は走り出していた。
これ以上、心を視られたくなかったから。
妹さん!! と叫ぶ声が聞こえたが、八雲は振り返らなかった。
- 279 名前:枷 :04/09/06 03:16 ID:/C1QE3Rg
- 階段を一気に駆け下りていった。
頭の中は、どうして? の疑問でいっぱいだった。
もう昼休みは終わりそうだったが、自分の教室に戻るなんて考えは浮かんでこなかった。
気が付くと、八雲の頬には涙が伝っていた。
周りの生徒達が驚いて、八雲の方を振り返ってきた。
その中には、何人か八雲の知り合いも混じっていた。
みんな、一様に驚いていた。
それもそうだろう、あの冷静な八雲が、涙を流しながら走っているのだ。
誰が見ても、何かあったのだと思う。
八雲! と呼ぶ声が聞こえたが、八雲は振り返らずに走った。
早くここから離れたかったのだ。
八雲はやっとの思いで、自分の家まで辿り着いた。
息切れがひどい。
玄関に入ったところで、八雲は座り込んでしまった。
学校から全力疾走で走ってきたのだから、それも当然だった。
だが八雲は、肉体的な疲れなんてどうでもよかった。
どうせなら、疲れ果てて何も考えられなくなってしまえばいいと思った。
しかし残念ながら、まだ八雲にはものを考える力が残っていた。
思い出されるのは当然、屋上での出来事。
驚いた、播磨の顔……。
- 280 名前:枷 :04/09/06 03:18 ID:/C1QE3Rg
- 自分にはめられた枷は、自分に好意を向けてくれる者の心が視えるだけじゃなかった。
自分が好意を向ける相手に、想いが視られてしまうのだった。
初めて知った。
播磨が、八雲の初恋だったから。
それが、八雲にはめられた枷……。
ひどい、と思った。
なんてひどい能力だろう。
この力のせいで、好きな人を傷つけてしまった。
そして、自分は嫌われてしまっただろう。
あんなに汚い感情を、見られてしまった……。
また、八雲の目から涙が溢れてきた。
八雲は涙を拭うこともしなかった。
「ニャー」
そのとき、伊織が近づいてきた。
伊織の気持ちが八雲には視えた。
ニャーとしか視えないが、自分を心配してくれていることはわかった。
八雲は、そっと伊織を抱きしめた。
そして、静かに涙を流し続けた。
- 281 名前:枷 :04/09/06 03:19 ID:/C1QE3Rg
- どれくらい泣いていただろう。
足が痺れてきていたし、日がもうすぐ傾こうとしていた。
三時はもう過ぎただろうか、と八雲は思った。
少し、落ち着いてきた。
気を緩めると涙が零れそうになるが、それでも八雲は気を引き締めて立ち上がった。
もうすぐ、姉が帰ってくる。
きっと、誤解しているだろうと思った。
まだ、八雲と播磨が付き合っているという噂は消えていなかったからだ。
涙を流しながら、八雲は走って学校を出て行ったのだ。
天満でなくとも、二人の間に何かがあったと思うだろう。
播磨が、天満に告白しようと決心したというのに、自分はなんて誤解を周りに与えてしまったのかと思った。
そこでまた、八雲は悲しい気持ちになった。
あんな気持ちをいきなり視せられて、播磨はまだ告白する気持ちが残っているのだろうか?
それに、天満は烏丸が好きと、あのとき八雲は考えてしまっていた。
どこまで気持ちが視られてしまったのかはわからないが、もしそこまで視られていたら……。
もし、播磨が天満の想いにまだ気付いていなかったのだとしたら……。
自分は、なんてことを……。
もう、取り返しのつかないことをしてしまったのではないだろうか?
八雲がその考えに愕然としていると、玄関を開ける音が聞こえた。
- 282 名前:枷 :04/09/06 03:20 ID:/C1QE3Rg
- 「八雲……」
天満だった。
天満の手には、自分の鞄と、八雲の鞄が握られていた。
「八雲、少し、お姉ちゃんとお話しよ? ね?」
天満は、やさしい声で八雲に話しかけてきた。
「うん……」
二人は、居間に移動した。
天満は、テーブルを挟んで八雲と向かい合うような形で座った。
いつもの食卓と同じ座り位置だが、そんな楽しい雰囲気は全くなかった。
あるのは、沈黙。
重苦しい、空気……。
天満は言いにくそうに、しばらくもじもじとしていたが、意を決したように言った。
「八雲、何があったか、お姉ちゃんに教えてくれないかな? サラちゃんが、泣きながら走っていく八雲を見たって」
あのとき、八雲と呼んだのは、サラだったのか、と八雲は思った。
「播磨君と、何かあったの?」
天満は極力やさしく尋ねてきた。
八雲を刺激しないように気をつけているのだ。
八雲は、やはり誤解されていると思った。
播磨に迷惑をかけたと思うと、また涙がでそうになったが、天満の誤解が強まってしまうと思ったので、必死に我慢した。
「ううん、播磨さんとは、何もなかったよ……」
天満は、ゆっくりと首を左右に振った。
「正直に言ってくれていいんだよ、八雲。播磨君には絶対言わないし、他の誰にも言わない。二人だけの秘密にするから、ね?」
- 283 名前:枷 :04/09/06 03:24 ID:/C1QE3Rg
- 天満の目は、真剣その物だった。
「播磨君に……振られたん、でしょ?」
「それは……」
天満の目に、怒りが宿った。
「まったく、播磨君たら! 八雲をこんなに泣かせて、絶対許さないんだから!」
八雲は、どうすれば姉の誤解を解けるのだろうか、と思った。
天満は、本気で八雲のために怒っている。
天満の心が視える八雲には、はっきりとわかった。
そして思った。
傷つけたのは、自分のほうなのに、悪いのは、自分なのに、と。
八雲は、自分の気持ちを全て正直に言うことに決めた。
それが、一番良いように思えた。
ずっと一緒に住んできた姉。
きっと、本当の気持ちを伝えれば、わかってくれる。
そう思った。
「姉さん……」
八雲は、ゆっくりと喋りだした。
播磨の天満に対する気持ちだけは伝えないように、自分の気持ちだけを正直に伝えるために。
「ん? 大丈夫だよ、八雲。私に全部任せておいて」
天満は、胸を張って応えた。
八雲はその言葉に対して、首を左右に振った。
「違うの、姉さん……私と播磨さんは、最初から付き合ってなかったの」
「……播磨君に、そう言えって、言われたの?」
天満の声のトーンが下がった。
「違う、違うの。私の話を、最後まで聞いて、お願い……」
天満は、じーっと、八雲の目を覗き込んだ。
「わかった。でも、約束して。絶対に、本当のことだけ喋ってね」
八雲は頷いた。
「ありがとう……姉さん」
そこで一つ呼吸を置いて、八雲は喋りだした。
- 284 名前:枷 :04/09/06 03:26 ID:/C1QE3Rg
- 「私は、播磨さんのことがずっと好きだったの。だから、付き合ってるっていう噂が流れたとき、正直言ってうれしかった」
「八雲……」
「でも、播磨さんは私のことなんて全然好きじゃなくて……」
八雲は泣き声にならないように必死だった。
「じゃあ、屋上で会ってたのは……?」
「播磨さんから、ある相談を持ちかけられてたの……。その内容は言えないんだけど……」
「どうして?」
「ごめん、姉さん。播磨さんのプライベートなことだから、言えないの。私は、たまたまそのことを知って、相談を受けるようになったの。私は播磨さんのことが気になってたから、うれしかった」
「じゃあ」天満は、少し言いにくそうにしてから聞いた。「今日、泣いていたのは?」
「それは……」
あれは、何だったのだろうか。
「今日、私、播磨さんに告白したの」
「え……」
「でも、振られてしまって。それが、悲しくて、悲しくて、堪らなかった」
「その話……本当?」
天満は、恐る恐るといった感じで聞いた。
八雲は、強くうなずき返した。
そう、あれは振られたのだろう。
あれは、間違いなく私の本心だったのだから。
そう八雲は思った。
「そっか……振られるのは、悲しいよね……」
そして、また誤解しちゃったのか、と呟いた。
「信じてくれて、ありがとう、姉さん……」
「へへへ、私は八雲のお姉ちゃんだからね。八雲のその真剣な目を見てわからないようじゃ、お姉ちゃん失格だよ」
天満は照れくさそうに笑った。
- 285 名前:枷 :04/09/06 03:28 ID:/C1QE3Rg
- 「でも、さ」天満はこちらに笑顔を向けながら、言った。「ちゃんと、想いを伝えられたんだよね。八雲は、凄いよ。きちんと告白できて。私なんて、まだ烏丸君に告白できてないもん」
きちんと……
あれが、きちんとした告白のわけ、ない。
自分は、思いを告げるつもりなんてなかったのだから。
そう八雲は思った。
もしも枷がなかったら、自分はずっと想いを伝えることなんてできなかっただろう、と。
それに、播磨に謝らなくてはいけない、と思った。
「八雲、甘い物を食べに行こうよ。悲しいときは、甘いものを食べると元気になれるよ!」
眩しいほどの笑顔で、天満が言った。
そして、播磨はこういうところを好きになったのだろうか? と八雲は思った。
次の日、思ったとおり八雲は学校で質問攻めにあった。
播磨と何かあった、という噂が、やはり流れていた。
だが、その好奇の目からは、サラが守ってくれた。
サラは何も聞かずに、早く元気だしてね、と一言だけ言った。
八雲は、本当にこの友人には助けられっぱなしだと思った。
休み時間になるごとに、彼女は八雲の所に来て、取り留めの無い話をしてくれた。
八雲の気を紛らわせようとしてくれたのだった。
- 286 名前:枷 :04/09/06 03:29 ID:/C1QE3Rg
- 昼休みに八雲は屋上に行ってみたが、播磨がいるはずもなかった。
もう一度二人で会って、一言謝っておきたかった。
それに、八雲は思ったのだ。
もう、心を視られても大丈夫だと。
視られてしまうのなら、包み隠さず自分の気持ちを伝えようと思った。
そして、謝る。
誠心誠意。
あの人は、きっとわかってくれる。
あの人はやさしい人だから。
そんなところに、自分は惚れたのだから。
その想いが、八雲に勇気を与えてくれた。
そして、八雲は放課後、播磨の家に行くことに決めたのだ。
帰ってきていなかったら、帰ってくるまで待つつもりだった。
八雲は学校が終わると、まっすぐに播磨の住むマンションへと向かった。
夕方になると、急に冷え込んでくる。
寒さを感じると、途端に心細くなってきた。
八雲は、大丈夫、と自分に言い聞かせた。
播磨の家の玄関前で立ち止まった。
一つ深呼吸をして、呼び鈴を押した。
反応がない。
八雲はもう一度呼び鈴を鳴らした。
やはり、反応がない。
もう一度呼び鈴を押そうとしたところで、後ろから声をかけられた。
- 287 名前:枷 :04/09/06 03:30 ID:/C1QE3Rg
- 「八雲君じゃないか、何をしているんだ? こんな所で」
それは八雲のクラス担任で、播磨の従姉妹でもある、刑部 絃子だった。
「あ、あの……」
「まあ、せっかく来たんだ、あがっていきたまえ」
そう言い絃子はドアの鍵を開け、一人で先に中へ入って行った。
八雲は少し迷ったが、お邪魔することに決めた。
絃子は一人でさっさとリビングのほうに姿を消していた。
「その辺に適当に座っていてくれ。八雲君、何か飲むかね? と言っても、紅茶ぐらいしかないがね」
と言いながらも、絃子はすでに二人分の紅茶を用意しようとしていた。
「あ、いえ……おかまいなく」
「私一人で飲むわけにはいかないだろう? 少し付き合ってくれたまえ、安物だがね」
そう言って、絃子は苦笑した。
「はい……ありがとうございます」
八雲は、落ち着かない様子でソファーに腰を下ろした。
この家に来るのは、久しぶりだったから。
家に誘われたとき、さすがに緊張した。
男の人の家に行くのは、初めてだったから。
でも、必死に頼み込む播磨を見ると、断れなかった。
今、絃子が立っているキッチンで、夜食を作ってあげたりもした。
今思い返せば、自分のなんと大胆なことだったろうか。
しかし、その日に八雲は、播磨の天満に対する思いに気付いたのだった……。
八雲が、しばらくこの家の思い出について頭を巡らしていると、絃子が紅茶の入ったティーカップを二人分持ってきた。
茶道部の顧問をやっているだけあって、絃子はお茶の入れ方が上手だった。
アールグレイの柑橘系の香りは、八雲の心を落ち着かせた。
紅茶は温かく、八雲はなんとなく安心した。
絃子は紅茶を一口啜ってから、ゆっくりと喋りだした。
- 288 名前:Classical名無しさん :04/09/06 03:33 ID:2HmiDNk2
- 支援
- 289 名前:枷 :04/09/06 03:35 ID:/C1QE3Rg
- 「で、君は拳児君に用があって、ここに来たのかな?」
いきなりの質問に八雲は少し驚いたが、ゆっくりと頷いた。
「はい。そう、です」
「ほー、君もなかなか大胆なことをするんだな、いきなり男の家に押しかけるとは」
その言葉に、八雲は少し顔を赤らめた。
「冗談だよ。まあ、拳児君が初めて君を連れてきたときに比べれば、全然驚かなかったがね」
絃子は、もう一口紅茶を啜った。
「ま、昨日はなんで放課後さぼったのか? とか野暮なことは聞かないよ。拳児君も、待っていればそのうち帰ってくるだろう」
八雲も、紅茶をゆっくりと飲んだ。
「まあ、彼に会って、何の話をするのかは知らないが、今、彼は、その、何だな」
絃子が、珍しく言いよどんだ。
「もしかして、姉の所……ですか?」
絃子が、少し驚いた。
「彼の気持ちを知っていたのか……」
「はい……」
「そうか、なら、何も言わないよ。若いうちは、後悔しないように行動したほうがいいからな。若い頃の忘れ物は、年を取ってからだと取りに戻れない」
八雲は、その言葉に対してなんと答えればいいのかわからなかった。
しばらく、沈黙が流れた。
八雲は、思っていた。
- 290 名前:枷 :04/09/06 03:38 ID:/C1QE3Rg
- 多分、播磨は天満に振られてしまうだろう、と。
もしかしたら、播磨は今、誰にも会いたくないのかもしれない。
それは当然だと八雲は思った。
経験したから、わかるのだ。
でも、逃げることはやめようと思った。
今理由をつけて逃げ出したら、きっとその次も、またその次も逃げ出してしまう。
正直な気持ちを、伝えよう……。
もしも、播磨の想いが成就するようなことがあったら、笑って祝福しよう、と八雲は思った。
今は無理かもしれないが、いつかきっと……
- 291 名前:枷 :04/09/06 03:38 ID:/C1QE3Rg
- 時計の針が八時を回り、もしかしたら今日は帰ってこないのかもしれない、と絃子が呟いたところで、ドアが開く音がした。
その音は弱々しく、開けた人間の気持ちを表しているかのようだった。
「待ち人来たる、か。行っておいで、八雲君」
絃子は、八雲の背中をぽんっと押した。
八雲はお礼を言いながら、小走りで玄関のほうへ向かっていった。
玄関のほうから、播磨の弱々しい、「妹さん……?」という声と、八雲のしっかりとした、「播磨さん、お話があります」という声が聞こえてきた。
絃子はその声を聞きながら、遠い日の自分を思い出していた。
播磨のマンションの前にある駐車場で、二人は向かいあった。
ロマンチックな場所とは到底言えなかったが、八雲は早く播磨に謝りたかった。
八雲は播磨のほうを向くと、いきなりこう言った。
「播磨さん、すいませんでした」
ここに来るまでにも、八雲の思念は播磨に伝わっていた。
本当に悪く思っているということ。
本当に、播磨が好きだということ。
いろいろな気持ちが、渦となって播磨に伝わってきた。
だが、それは以前播磨が浴びせられた思念と違い、安らかで、包み込んでくれるような、やさしい想いだった。
「それで……信じてもらえるかどうかは、わからないんですけど……聞いてもらいたいんです。私の、体質のこと……」
八雲は説明した。
自分の体質……枷のことを。
どういうものなのか。
いつから視えるようになったのか。
何故播磨が、屋上で八雲の心を視たのか、を。
- 292 名前:枷 :04/09/06 03:40 ID:/C1QE3Rg
- 全てを聞き終えたあと、播磨は納得した、というように頷いた。
「そっか……それで、妹さんの気持ちが、あんなにダイレクトに伝わってきたのか……」
「はい……すいませんでした、ご迷惑かけて……」
八雲はもう一度謝った。
「いや、謝らないでくれ。逆に、こっちが謝りたいくらいだ。悪かった。妹さんの気持ちに、ずっと気付いてあげられねえで」
播磨は八雲に向かって頭を下げた。
「いえ、そんな……謝らないで下さい」
傷つけてしまったのは、自分なんだから、あんなに、汚い、嫌な気持ちを視せてしまって……。
その思念も、播磨に伝わっていた。
「俺は、馬鹿だからな……妹さんが心を視せてくれなかったら、多分、ずっと気付いてあげられてなかった。それに、天満ちゃんの想いも知ってたしな……だから、妹さんは気にしないでくれ」
「播磨さん……」
八雲は、やっぱりこの人を好きになってよかった、と思った。
播磨は、照れくさそうに鼻の頭をかいている。
また視られてしまったのだと思い、八雲は顔を赤らめた。
そして、まだ口に出して想いを告げていないことに気が付いた。
「播磨さん……」
やはり、面と向かって言うと緊張する、と思った。
「私は、播磨さんのことが、好きです……ずっと前から……そして、好きになってよかった……」
最後のほうは、どんどん声が小さくなっていった。
そして、言い終わると、顔が真っ赤になってしまった。
播磨も、顔を赤くしている。
「ありがとう。妹さん、でも、俺はまだ、天満ちゃんが……」
「わかってます……。私の気持ちをきちんと声に出して伝えたかったんです……ありがとうございました」
そして、八雲は頭を下げた。
- 293 名前:枷 :04/09/06 03:43 ID:/C1QE3Rg
- 少しの間、沈黙が流れた。
「あの……よ」
播磨がゆっくりと喋りだした。
「俺は、天満ちゃんに振られちまったけど、マンガは、まだ残ってる」
ぽつり、ぽつりと、播磨が喋る。
「入選したからさ、雑誌に載るし、連載も、持てるかもしれねぇ」
そして、播磨はサングラスを外した。
正直に話してくれた妹さんに対して、サングラスは失礼だよな、と言いながら。
「俺は、もう高校は退学して、マンガ一本で頑張ろうと思うんだ」
風が、二人の間に吹いた。
「これから俺は、旅に出ようと思ってるんだ……取材も兼ねて」
八雲は、ゆっくりと、播磨の顔を見た。
「もう、会えないん、ですか……?」
そう何度も見たことがない播磨の目を見つめながら、八雲は言った。
「いや、それで、よ……図々しいとは思うんだけど……。帰ってきたとき、俺のマンガをまた、読んでくれねぇかな?」
「え……?」
「いや、嫌ならいいんだけどさ。それで、俺のマンガをまた批評してくれよ。俺一人だと、ロクなもんにならねぇから、さ」
嫌なわけ、ない……嫌なわけ……。
八雲の目から、涙が零れた。
「ありがとう……ございます」
そしてそのとき、八雲には播磨の心が視えた気がした。
これからも、よろしく頼む。
一瞬だったし、もしかしたら、気のせいだったのかもしれない。
だが、この時、八雲は感謝したのだった。
自分の、枷――素晴らしい、この能力に……。
終
- 294 名前:枷 :04/09/06 03:51 ID:/C1QE3Rg
- 以上です。
こんな時間に保守してくれて、ありがとうございました。
長々と読んでくれた皆様(いるのか?)大変ありがとうございました。
後学のため、何か感想を頂けるとありがたいです。
あと質問があります。
私は、投下するとき改行がずれてしまったのですが、他の職人様方は、
ずれていないようです。
何かこつがあったら、お教えください。お願いします。
- 295 名前:枷 :04/09/06 03:52 ID:/C1QE3Rg
- しかも、保守じゃないですね。
すいません、てんぱってます。
支援してくれて、ありがとうございました。
- 296 名前:Classical名無しさん :04/09/06 10:57 ID:b8DiwDTk
- >>294
GJです。
初めてなのにここまで書けるなんて末恐ろしいですね。
ただ、ちょっと気になったのは絃子が「八雲君」と花井みたいに呼んでるところです。
「塚本君」のがよかったかもしれません。SS素人の戯言ですが…
- 297 名前:Classical名無しさん :04/09/06 11:18 ID:IkvZpF2Q
- 細かく言うと、お茶は「淹れる」だと思います。 あとは呼び方でしょうか。
それ以外はGJです。 がんばってください。
- 298 名前:Classical名無しさん :04/09/06 20:39 ID:92kTh8g2
- >>294
GJです。
八雲の心の動きがスラスラと流れていて良かったです。
あとは、話全体の雰囲気ですね。なんか物足りない。
まぁ、SS素人なのでカレーにスルーしてね。
では頑張ってください。
- 299 名前:Classical名無しさん :04/09/06 21:56 ID:lkU6a7Fs
- 旗マダー?
- 300 名前:枷 :04/09/07 00:32 ID:zEkYcITE
- >>296>>297>>298
感想ありがとうございました。
結構、初歩的なミスが多かったですね。
入念に推敲はしたつもりだったのですが……。
今後は注意します。
話の雰囲気が物足りないというのは、状況描写がうまくできないからだと自分では
思います。
完璧に語彙不足ですね。
精進します。
今回は、このネタをどうしてもやりたかったから書いてみました。
(ネタが被っていたら、もの凄く寒かったのですが)
次がありましたら、最低でもこれ以上のSSを書けるよう頑張ります。
ありがとうございました。
- 301 名前:Like yourself :04/09/07 00:53 ID:MN0JLRck
- 「……その、悪かったね、突然」
「別に構いませんよ。いつでも遊びに来て下さい、って言ってるじゃないですか」
何をしたわけでもない――が、どこかいたたまれない雰囲気に追い出されるようにして家を出てきた絃子。
どこへ行くあてもないその足が向いた先は、やはりと言うべきか、葉子のところだった。彼女なら泊めて
くれるだろう、という打算もあるにはあるが、むしろここは本能的な部分が大きい。
即ち、刑部絃子は笹倉葉子を信頼している。
言葉にすればどうということもなく、けれど対人関係においては何より重要なこと。人間、弱ったときには
そんな部分が垣間見えるものである。
さておき、そんな絃子の突然の訪問を快く迎えた葉子。フロのカマが、という考えるまでもなく苦しい
言い訳には、ちょっと前にあがったところです、と笑顔で返事。
「じゃあ失礼して入らせてもらっても……」
「あ、まだですよ」
「え?」
「今沸かし直してるところです。お湯が冷めちゃってると思いますし」
それで、とそこで会話のペースを変える。
「そうすると、時間が少しありますよね?」
「……葉子」
「お話、あるならうかがいますよ」
もちろんないなら構いませんけど、と小さく肩をすくめてから絃子をじっと見つめる。対する絃子も、複雑な
表情ながらその視線を正面から受け止め、二人の間に沈黙が流れる。
「参った、降参だよ」
やがて、先に口を開いたのは絃子の方だった。その表情は先程とは違い、こうなることを心のどこかで望んで
いたような、ほっとしたものに変わっている。
「嫌ならいいんですよ、無理しなくても」
「今更それはないだろう? 大体聞く気満々だったぞ、あの顔は」
そんな言葉も、そうでしたっけ、とさらりと返しながら、とりあえずそこに『いつもの刑部絃子』を確認して
微笑む葉子。続けて、それじゃあ、と絃子に話を促す。
「うん……実はね――」
- 302 名前:Like yourself :04/09/07 00:53 ID:MN0JLRck
「なーんか、らしくないですね」
それが、絃子の話を聞き終えた葉子の第一声だった。思わず、え、と絃子が訊き返したところに、ぴぴぴ、
と電子音が響く。
「お風呂、沸いたみたいですよ。ゆっくり入ってきて構いませんから」
「……ああ」
その言葉の裏に、ゆっくり考えろ、という意図を読み取って素直にバスルームに向かう絃子。こういう場合、
彼女の言葉に従った方がいいのは経験から承知しているし、何より今自分がどういう状況にあって、どうする
べきなのか、それを考えないといけない――と、そこまでの判断が出来る程度には落ち着きを取り戻していた。
「話して少しは楽になった、かな」
小さく呟きつつ、手早く衣服を脱いでバスルームへと入り、浴槽に静かに身体を沈める。冷えた身体を暖める
そのぬくもりを感じながら、瞳を閉じる絃子。
「私らしさ、か……」
反響する自分の声に耳を傾けながら、身体同様、心も思考の海にゆっくりとしずめていく。
自分らしさとは、どういうことか。
――そして。
- 303 名前:Like yourself :04/09/07 00:54 ID:MN0JLRck
「いや、いい湯加減だったよ」
しばらくして、さばさばとした表情でそう言いながらあがってきた絃子。その様子に、もう大丈夫みたいですね、
と声をかける葉子。
「ん……まあ、ね。どうすればいいかは分からないけど、自分がどうしたいかは分かったつもりだよ」
「そうですか。それはよかったです」
嬉しそうに笑う葉子に、君のおかげなんだけどね、と絃子。
「そんなことありませんよ。絃子さんって、昔から全部自分で出来ちゃう人じゃないですか。もし私に何か出来る
としたら、ちょっとしたお手伝いくらいですよ」
「だからそれがありがたいんだよ。全部出来る人、っていうのはどうかと思うけどさ」
そう言って、ん、と気持ちよさそうに一伸びする。柔らかなその表情に、戸惑いの色はもうない。
「それじゃどうします? もう帰りますか?」
「そうだね……と言いたいところだけど、さすがに、ね」
荷物も全部持ってきちゃったし、と頬をかきながら苦笑いの絃子。その反応に、しっかりしてくださいよ、と
こちらも苦笑しながら、だったら、と席を立ってキッチンに向かう葉子。
「ちょっとだけ、ならいいですよね」
そう言って取り出したのは、二本の缶ビール。それを見て、今度はしょうがない、といった様子で微笑む絃子。
差し出されたそれを受け取りながら口を開く。
「そういうところが君らしいんだろうね、きっと」
「褒め言葉だと思っておきますね」
ふふ、と笑いながらそう言って、じゃあ、と小さく缶を掲げる。
「乾杯」
かつん、と打ち合わされる缶の音。
その音がどこか楽しげにリビングに響いた。
- 304 名前:Like yourself :04/09/07 00:54 ID:MN0JLRck
これといって山のない話……と言うかどうする気なんでしょうか、本編の絃子。
なんだかしばらく帰れそうにありませんが。
以下オマケ。
後日。
「あー、拳児君。ちょっといいかな」
「ん? 何だよ」
「うん。えーと、だな……」
「んだよ、気持ち悪ぃな。ハッキリ言えよ」
「いや、あの……すまない」
「……おい、どうかしたのかよ。顔も赤いみてぇだし……熱でもあるんじゃねぇか?」
「そんなことはないぞ。うん。……ない、と思う」
「お前な、どう考えても絶対おかしいだろそれ。わーったよ、片付けは俺がやっとくからさっさと寝てろ」
「いや、私は君に話が……」
「うるせぇ、そんなんじゃこっちが調子狂うんだよ。分かったらとっとと部屋行け、部屋」
「あ、うん……」
――で、結局。
「……やあ」
「もしもし? どうしました?」
「葉子、やっぱり私には無理だよ……」
「え? あ、ちょっ、何泣いてるんですか? 絃子さん? もしもし、もしもーし」
……………………
………………
…………
……
- 305 名前:Classical名無しさん :04/09/07 00:54 ID:bF4wse9M
- 支援
- 306 名前:Classical名無しさん :04/09/07 01:48 ID:h6GXZ.VY
- >>301
絃子センセ(*´д`*)ハァハァ
いままでの描写だと泣くなんてことは妄想できなかったけど
今回の話でいきなり弱味を見せた絃子センセ。そんな
描写があってお腹いっぱいです。あのうろたえぶりはきっと
経験が無いに違いない!と妄想中。
- 307 名前:Classical名無しさん :04/09/07 11:04 ID:a.QjNyGI
- >>304
GJ!
絃子さん(・∀・)イイ!!
特におまけの絃子さんが可愛くて最高でした。
- 308 名前:テスト2日目 :04/09/07 11:52 ID:hX7bjSHs
- 拳児君に自宅を追い出された日、私は葉子の家に泊まった。
葉子は何も言わずに泊めてくれた。
今の私には、彼女の心遣いが嬉しかった。
そして翌日、昨日の気持ちを引きずったまま登校した。
運の悪い事に、今日は自分の教科のテストの日。
各教室に、説明などをして廻る事になる。
もちろん、その中には2−Cや1−Dも含まれている。
今の気持ちでは、何を言えばいいか、判らなかった。
しかし、時間は無情な物で、2年生のテスト時間になった。
2−A,2−Bとこなし、2−Cの前に来た。
(落ち着け、落ち着け)深呼吸を繰り返し、教室に入った。
「どうかな? なにか質問はあるかね?」
教室を見渡す。 何も無いようなので、注意事項を伝え、本題に入ることにした。
「それから播磨君、後で私の所に来る事。必ずだ。何故かは判ってるね?」
2−Cのクラス中の視線が拳児君に集まる。
コクコクと頷く彼の姿は、可愛く思えた。
- 309 名前:テスト2日目 :04/09/07 11:53 ID:hX7bjSHs
- テストが終わって、放課後。 職員室に拳児君がやってきた。
「ココで話すのもアレだ。 笹倉先生、美術室借りますよ」
葉子から鍵を借り、彼を美術室へ連れて行った。
美術室へ入り、拳児君を奥に誘う。
「さて、ココなら誰も来ない。 昨日、何があったか聞こうか?」
「べ、別に俺はなにも…」
「塚本と何があったんだい、拳児君?」
「ち、違う! 俺は…その…」
しどろもどろになる拳児君を、さらに追求する。
「昨日ね、こんな物を記録しておいたんだ」
ポケットからICレコーダーを取り出した。
何か判らないという顔をしているので、説明する事にした。
「これは会議などに使われる、携帯用の録音機器だ。昨日の会話を録音しておいた。一部始終ね」
そう言いながら、再生のスイッチを押す。
聞こえてきたのは、夕べの会話。拳児君が塚本に頼み事をしている。
しかし、その内容は…男女間の性交渉を暗示させる内容だった。
『今晩泊まって行ってくれ』『俺を男にしてくれ』刺激的な言葉が聞こえてくる。
拳児君は、自分の発言に顔を真っ青にしている。
停止ボタンを押し、拳児君に向き直った。
「さて、と。 事実確認しようか。この発言は君自身だね?」 コクコク。
「君は塚本を泊めたね?」 コクコク。
「君は……君は男になったのかい?」
聞きたくなかった。でも、確かめたかった。保護者として? 同居人として? それとも…女として?
数秒の沈黙の後、拳児君は激しく首を横に振った。ブルンブルンと。
「ち、違う! 本当に妹さんには何もしちゃいねえ! ただ…」
「ただ、何だね? 返答によっては、解っているだろうね?」
デザートイーグルの銃口を拳児君の眉間に合わせる。
「わかった。言うよ、何があったか」
観念したのか、拳児君が語り始めた。
- 310 名前:テスト2日目 :04/09/07 11:54 ID:hX7bjSHs
- 「確かに、妹さんを泊めた。でも、妹さんには指一本触れちゃいねえ。ただ、マンガを手伝って貰っただけだ」
「マンガ?」
「ジンマガの新人賞の締め切りが後2日なんだよ、一人じゃ間に合わなくて、それで…」
「それで塚本に手伝いを頼んだと? テスト期間中に?」
心の中のどす黒い感情が消えていく。同時にホッとしている自分がそこにいた。
「テストよりも、マンガが大事なんだよ、今の俺には。それに、俺のマンガを批評してくれるのは、妹さんだけなんだ」
あきれた。自分の都合しか考えていない。
「批評なら、私だってしてやる。従姉弟同士なんだ、遠慮しなくてもいいじゃないか」
「だって、身内に見せるようなもんじゃねえか」
「それにだ。塚本に手伝わせた事によって、彼女の成績が落ちてもいいと言うのかね、君は?」
「そ、それは…」
「私は君の保護者であると同時に、塚本の担任なんだ。どちらも大事なんだ、解るかい?」
ああ、と頷く拳児君に、提案をした。
「要はテスト期間中にマンガを手伝わなければいいんだ。今回は諦めて次回にしろ」
「次回って…」
「次回は1月末が締め切りだ。これなら、学期末のテストに引っかからない。どうだね?」
「…わかった。次回にするぜ」
「もうひとつ、今回のような泊める行為はしないこと。いいね?」
了承する拳児君を確認する。
「解ったなら、行ってよし。ちゃんとテスト勉強をするんだよ。でないと塚本姉とは違う学年になるぞ」
「そ、それはマズイ。勉強するか、しゃあねえ」
ブツブツ言いながら教室を出て行く拳児君を見送り、安心する自分に気付く。
(まだまだ甘いな、私も……)
苦笑しつつ、席をたつ。今日の採点が残っていた。
「拳児君はどうせ赤点だろうな。塚本は、大丈夫だろうな」
そんな事を言いながら、職員室に戻る。
従姉弟と生徒を心配しながら……
秋も深まろうとする、出来事だった。
おわり
- 311 名前:テスト2日目 :04/09/07 11:58 ID:hX7bjSHs
- 追い出された絃子さんのその後のSSです。
同名がエロパロスレにありますが、あちらも私の拙作です。IDは違いますが。
超姉派が上手くかけません。むう。
- 312 名前:クズリ :04/09/07 18:24 ID:VBOuFuzY
- こんばんは。クズリです。
>>212
晶は面白がってるだけ、とも思わなくはないんですが、友達思いにも感じられますし。
ということで、後者に重きを置いてみました。
>>213
……そうですかね?
>>214
出来ればそこまで描けたらいいかな、とも思いますけれど。大河小説になるのは
厳しいですが。
>>215
情報ありがとうございます。気を付けてみます。
>>216
お褒めに預かり、光栄です。しがない物書きですが、これからも頑張ります。沢近には
本当に幸せになってもらいたいものです。
>>294
私はワードで書いた後、二行にわたる文章の場合、行末に改行を入れてます。もっとも、
そのせいで一行の文字数が半端になって、投稿すると文末が揃わないんですが。一行の
文字数は、自分にとって読みやすい行数にさせていただいてます。
- 313 名前:クズリ :04/09/07 18:27 ID:VBOuFuzY
- では、そういうわけで、早速投稿させていただきます。
連載の続きで。
前スレ
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/75-82 『If...scarlet』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/167-190 『If...brilliant yellow』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/392-408 『If...moonlight silver』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/521-531 『If...azure』
今スレ
>>24-31 『If...baby pink-1』
>>161-168 『If...baby pink-2』
>>194-210『If...baby pink-3』
に続いて。
『If...sepia-1』
一週間とか二週間とぐらいおきに長いのを一回で投稿するか、数日ごとに小分けして投稿するか、
どっちがいいんでしょうね。
- 314 名前:If...sepia :04/09/07 18:28 ID:VBOuFuzY
- 「――――それでね、八雲ったら最近、ほとんど毎日のように播磨君の家に行ってるんだよ」
「へ、へぇ……」
「別にそれはいいんだよ?八雲だってもう大人だし。でも、でもね、美琴ちゃん!!八雲に付き合
ってるの、って聞いても、そんなんじゃない、って答えるんだよ?おかしくない!?」
「あ、ああ。そうだな……」
「播磨君も、播磨君だよ。縒りを戻すために反省して来たから、それで八雲が許してあげたから、
私だって許してあげてるのに!!八雲のこと、本当に大事に思ってるなら、ちゃんとして欲しいよ」
「わかった。お前の気持ちはよーくわかった。だからな、塚本。もう林檎は剥かなくていいから、
包丁をこっちに渡せ。見てて心臓に悪い……」
If...sepia
「うーん、何度見ても可愛いね〜、美琴ちゃんにそっくり」
「そ、そうか?へへ、何か、照れるな」
美琴に大事そうに抱えられ、スヤスヤと健やかな寝息を立てている赤ん坊を、天満は優しい目で
見つめる。
「ねぇねぇ、抱かせてもらってもいい?」
「ああ、いいぜ。だけど……大丈夫か?」
「平気、平気」
いつも彼女のおっちょこちょいな姿ばかりを見ているせいで、心配そうにする美琴だったが、
「よしよしよーし。フフフ、やわらか〜い」
意外にも赤ん坊を抱きかかえる天満の姿は、様になっていた。穏やかな笑顔で、体を揺らす彼女
からは、普段のそそっかしさは微塵も感じられない。
「へぇ。けっこう、似合ってるな、そんな姿も」
「え?」
「いや、塚本って、いいお母さんになりそうだな、って思っただけさ」
「――――や、やだ、美琴ちゃん、何言ってんのよ」
一瞬で真っ赤になる天満。もっともすぐに、彼女が何を想像したのかがわかったから、
「そういや、烏丸とは上手くいってんのか?」
「――――へへへー。聞きたい?」
からかおうとした美琴だったが、天満のとろけるような笑顔を見て、すぐに後悔を覚える。
「……お手柔らかに」
- 315 名前:If...sepia :04/09/07 18:28 ID:VBOuFuzY
- 「――――でねでね、烏丸君ったらね」
かれこれ、一時間。延々と烏丸の話を聞かされ、いい加減、美琴の堪忍袋の緒が切れかけた時。
ウゥエエーン ウゥエエーン エエーン
「あらら、泣き出しちゃった」
天満の腕の中で気持ちよさそうに眠っていた赤ん坊が、ぐずり出す。
「ど、どうしよう」
「塚本、こっちに渡して」
おろおろと慌てる彼女から彼を受け取った美琴は、
「よしよーし、お腹が空いたのか〜?ちょっと待ってな」
言ってパジャマをはだけさせ、乳房を赤ん坊に含ませる。
「たくさん飲んで、大きくなるんだぞ?」
泣き止んで力いっぱい乳を飲む赤ん坊を見ながら、美琴が浮かべる微笑は慈しみに溢れていて、
思わず天満はそこに生まれた輝きに目と、心を奪われた。
「な、なんだよ、塚本」
「美琴ちゃん、お母さんの顔になってたから。何ていうか――――愛してるんだなぁ、って」
「バ、バカ。変なこというなよ」
♪〜♪〜♪
美琴が頬を桜色に染めるや否や、天満の鞄の中から流れてくる携帯の着信音。
「おい、塚本。病院では携帯の電源は……」
「う、うん。ごめん、美琴ちゃん」
眉を顰めて注意する美琴の言葉に、頭を下げながら携帯の電源を切ろうとした天満は、画面に表
れていた名前を見て、首をかしげる。
「どうかしたか?塚本」
「うん……ごめん。ちょっと出て、かけ直してくる」
何でサラちゃんが――――そう呟きながら病室を出て行った彼女を、美琴もまた怪訝そうに見送
った。
それから十分ほどで帰ってきた天満の顔は、先ほどまでとはうって変わって青白い。
「――――?どうかしたか、塚本」
「うん――――」
答えた彼女の口調にもいつもの元気がない。それだけで、何かがあったことがわかる。
「どうしたんだよ、塚本。いったい、何があったっていうんだ?」
「あのね――――八雲が――――」
- 316 名前:If...sepia :04/09/07 18:29 ID:VBOuFuzY
- 播磨拳児が、バイクを疾走させる。ただ速く、速くとそれだけを願い、いつものように風を感じ
ることもせず、走り続ける。
その耳に残るのは、彼の愛しい人の声。
だがその内容は、辛く。
「播磨君?」
「――――塚本か!?ど、どうしたんだよ、急に」
ガタ、ガタン。慌てて立ち上がったせいで、テーブルに弁慶の泣き所を打って悶絶する播磨。食
べかけだったカップラーメンが倒れ、床に汁が広がっていく。
「もしかして、お邪魔だった?」
「や、と、とんでもねぇ――――で、何の用なんだ?」
台所にとんでいって雑巾を取ってきた彼は、床を綺麗にしながらも携帯は離さない。
何しろ、これが初めてのことだったからだ。
彼が天満と、電話で話すのは。
播磨から何度か彼女に電話をしようとしたことはあるものの、いつも勇気が足らず、かける前に
力尽きてしまっていたのだ。
それなのに、彼女の方から――――足はいまだに痛んでいるし、買ったばかりの雑誌がラーメン
の汁でビショビショになってしまったが、播磨の心は弾んでいた。
「うん……あのね……八雲のことなんだけど……」
すぅ。奮い立っていた気持ちが、その言葉で一瞬に冷めていく。
考えてみれば、当然のことじゃねぇか。心の中で、播磨は苦々しく呟く。
彼女が――――天満がまだ、高校の頃に彼が妹を傷つけたのを許していないことに、播磨は薄々
勘付いていた。
また彼の漫画の手伝いと批評を始めた八雲、仕事が遅くまで伸びた時など、彼女を塚本家まで送
ってくことが何度かあった。
その時、迎えに出た天満の睨むような視線。それがさすがに、恋慕のものでないことぐらい、播
磨にもわかっていた。
だから、何も言えず、ただ苦笑して八雲に別れを告げるしか、播磨には出来なかったのだった。
なのに、俺は何を期待してるんだ。苦々しい自嘲を胸の内で浮かべた後、彼は改めて問いかける。
「妹さんが?どうかしたのか?」
浮かない顔つきだった播磨の顔が、徐々に引き締まったものになっていく。
そして五分後、彼はバイクの鍵をひっつかんで、外に飛び出していた。
- 317 名前:If...sepia :04/09/07 18:30 ID:VBOuFuzY
- 『播磨君……落ち着いて、聞いてね……』
彼女の沈痛な声が、バイクを駆る播磨の耳元から離れない。
『実はね……八雲がね……』
赤信号で止まる、ほんの二、三分ももどかしい。ヘルメットの中から信号機を睨み、一瞬でも速
く変われと願う。
『八雲がね……事故に遭ったんだ』
青になった瞬間に、弾丸となって飛び出していく黒いデュカティ。ただ速く。ただ、速くと。
『病院に運ばれてきてるんだけど……』
『それで、容態はっ!?』
『………………』
沈黙が、彼の心を蝕んだ。突き刺さった痛みに、播磨の顔は歪んだ。
『容態はっ!!どうなってんだよっ、塚本っ!!』
『八雲……○×病院にいるわ……すぐに来てあげて』
そして彼は今、ひた走る。
病院へと急ぐ。
妹さん……
今、彼の心の中を占めるのは、天満のことではなく、その妹である彼女のことだった。
八雲がまた播磨の漫画の手伝いを始めたことで、自然、播磨は彼女と会うことが多くなった。
読者の視点からの厳しい批評は、時に担当編集の言葉より鋭く、播磨の胸に突き刺さった。
だが彼女は必ず、播磨の漫画の良い所も見つけ出し、暖かく励ます。その言葉に彼が、どれほど
勇気付けられたか。
その冷静さと、ぬくもり。両方に支えられた播磨の漫画は、急激に人気が高まってきていた。
「やぁ、ハリマ先生。今号のアンケートもすごいですよ。人気ランキングでも、トップ3を狙える
位置に来ましたし」
「はぁ……そうなんですか?」
「ええ。最近の展開からは目が離せない、っていう読者の声も、かなり寄せられてますし」
忸怩たるものがないわけではない。自分一人の力は、こんなものなのか、と。
だがすぐに思い直す。彼女が、播磨の描きたいストーリーを否定したり、注文をつけたりしたこ
とは一度もない。もっぱら注文を付けるのは、物語の構成であったり、見せ方であったりする。
逆に言えば、それだけの問題だったということだ。きっと、自信を持っていいのだろう。播磨は
そんな風に思った。
- 318 名前:If...sepia :04/09/07 18:30 ID:VBOuFuzY
- 「これ……どうぞ」
その後、打ち合わせをしていた二人にお茶を出したのは、たまたま仕事場に来ていた八雲だった。
ポカン、と彼女を見上げた後、慌ててお礼を言う編集者は、播磨の方を振り向いて言った。
「ハリマ先生の彼女さんですか?」
「いっ……!?」
「ち、違い……ます……」
驚く播磨と、お盆で口元を隠し頬を染める八雲の組み合わせに、何か感じるところがあったのか、
「そんなに隠さなくてもいいじゃないですか。やだなぁ、ハリマ先生、こんなに美人の彼女さんが
いるのを隠してるなんて」
「い、いや、だから、彼女は漫画の手伝いをしに来てくれてるだけで……」
「ああ、漫画が縁でお付き合いを始められたんですか。羨ましいですねぇ」
まだ続きそうなからかいに、顔を真っ赤にした八雲はお盆を抱えて部屋を飛び出していった。播
磨はというと、だから違うんだと何度も繰り返すが、編集者は納得しなかった。
「じゃあ、どういう関係なんですか?」
「どういう……って」
その問いかけに、播磨は答えられず、口ごもる。
どういう関係なのだろう、自分と彼女は。思わず彼は考え込んでしまう。
友人。後輩。同級生の妹。
共作者、という関係が一番、近いのかもしれない。最近の播磨の漫画は、二人で作っているよう
なものだから。
だが――――それだけだと言ってしまうことには、躊躇いがあった。
何故かはわからない。ただ、何かが違う、何かが足りない、そうとだけしか言えなかった。
あるいは――――そう言ってしまうことで、二人の関係を確定させたくないのか?
ふと浮かんできた考えに、播磨は驚く。
何を考えてる?何を期待しているんだ、俺は。
「答えられないんですか?やっぱり、彼女さんなんでしょう?」
しきりに羨ましい、と連発する編集者に、段々と面倒になった彼は最期には、
「そういうことでいいッス」
どこか投げやりに答えたのだった。
その晩、八雲を家まで送っていく途中、二人は気恥ずかしさからか、互いの顔を一度も見ること
が出来なかった。
- 319 名前:If...sepia :04/09/07 18:33 ID:VBOuFuzY
- 跳ぶがごとく、否、飛ぶがごとく、心だけが焦り、前へ前へと進む。後ろへと過ぎ去る光景は矢
のようだけれど、それでもまだ、播磨には遅く感じられた。
ヘルメットの中で、彼の顔が歪む。
『妹さん!!』
脳裏に浮かぶ少女の面影が、遠くに去っていこうとするのを播磨は必死に引き止める。
こんな、こんなことになるなんて……!!
胸を襲うのは、後悔。
自分達が一体、どういう関係なのか。
播磨拳児という男にとって、塚本八雲という女がどういう存在なのか。
どういう意味をもつのか。
はっきりとさせるのを、ずるずると引き延ばしていたのは――――
怖かったからだ。そう気付く。
だが何が――――何故?
どうして俺は、怖がっているんだ?
わずかに浮かんだ疑問も、遠くに見えてきた病院の看板に吹き飛んだ。
今、大事なことは。
一瞬でも早く、彼女の――――塚本八雲の元に、たどり着くことだったから。
「播磨君!!」
バイクを止め、病院へ駆け込んだ彼を待っていたのは、天満だった。
「塚本!!妹さんはっ!!」
押し倒さんばかりに彼女の肩をつかんで揺さぶり、彼は問いかける。
「ちょ、播磨君、落ち着いて」
「これが落ち着いてられるかっ!!妹さんは!?無事なのか!?」
あまりの勢いに驚く天満に構わず、播磨は声を荒げた。
「304号室よ。播磨君、すぐ行ってあげて」
「304だな!!わかった!!」
目を伏せた天満の様子に感じた悪い予感を、彼は振り払うように走る。看護師の制止の声すら、
今の播磨の耳には届かなかった。
たどり着いた304号室の扉を、彼は力いっぱいに押し開けた。
「妹さんっ!!」
そこで見た光景に、彼は――――言葉を、失った。
- 320 名前:クズリ :04/09/07 18:36 ID:VBOuFuzY
- こまめに分けると、こういう切り方になるわけですが。
さて、本編から外れまくった未来をまっしぐらに向かってる拙作ですが、よろしければこれからも、
読んでいただければ、と思います。
ということで、よろしくお願いいたします。
明日のマガジン発売が楽しみなクズリでした。
それでは、失礼いたします。
- 321 名前:Classical名無しさん :04/09/07 19:30 ID:05ND1AWM
- GJ!
しかしなんて所で・・・ _| ̄|○
- 322 名前:294 :04/09/07 19:52 ID:zEkYcITE
- 質問に答えてくださって、ありがとうございました。
そしてGJです。
後の展開が非常に気になります……。
- 323 名前:Classical名無しさん :04/09/07 20:11 ID:1VvNP61E
- >>クズリさん、GJです。
面白い。でも『うわ、なんだなんだ!?』という所で切られて
_| ̄|○
それと天満の大人っぽさ、良いッスね。
- 324 名前:Classical名無しさん :04/09/07 20:55 ID:hX7bjSHs
- >>クズリさん
病院の病室番号で4と9は、4(死)と9(苦)を避けるため、ありません。
つまり、304は存在しない番号って事で。
それ以外は、GJです。
- 325 名前:Classical名無しさん :04/09/07 20:57 ID:ie8Wj1ew
- >>クズリさん
GJです。相変わらず細やかな描写がうまいですね。
次回も楽しみにさせていただきます。
投下についてですが、自分は数日ごとに小分けされたほうがいいです。待つ時間が少なくてすむので…。
それと、HP開設おめでとうございます。
- 326 名前:Classical名無しさん :04/09/07 21:16 ID:1YRfGAQ6
- >>クズリさん
GJです。でも播磨なら信号ぐらい余裕で無視しそうな気が。
- 327 名前:コンキスタ :04/09/07 22:09 ID:VPcMN99o
- 初投下します。旗SSです。
内容的には漫画の延長になっていますが、現在漫画で張られている
伏線などは完全に無視しています。^^;
少し長いかもしれませんが、付き合っていただけると嬉しいです。
タイトル:『Be glad』
- 328 名前:Classical名無しさん :04/09/07 22:09 ID:nx8hUJDw
- クズリさん、GJです。
良い所で切られて続きが気になります。
>>326
普段の播磨ならそうする可能性もあるけど、八雲が遭ったのは「事故」なので、信号無視はしないんじゃないか?
- 329 名前:Be glad :04/09/07 22:11 ID:VPcMN99o
- 『Be glad』
『今日も泊まるのでしょうか? とりあえず喫茶店で待ってます』
播磨拳児がそのメールを受け取ったのは、ほんの数分前のことだった。現在彼は、原稿片手に喫茶店に向かっている。
原稿は家に置いてきても良かったのだが、喫茶店で軽く打ち合わせをしようと思って持ってきていた。
播磨の描くラブストーリーの完成は近い。
そう、完成が近いのだ。
播磨は原稿を持っていない方の拳を握り締めた。
「待っててくれ天満ちゃん! もう少しで俺は君に――」
――想いを告げられる。
それもこれも全て妹様、つまりは八雲のおかげだと、播磨は天を仰ぎ見た。
播磨の目にはお釈迦様のような格好の八雲が、空から地上を見下ろしているのが映っていた。
いや、まったく天満ちゃんは妹教育も完璧だ。ほんとにいい妹さんだぜ。そしてほんとにいいお姉さんだぜ、天満ちゃん!
気づけば彼は走り出していた。サングラスの男が――サングラスをかけていても顔が緩みきっているのはわかる――
半ばスキップをしていて、鼻歌すら歌っていたが、それを笑える勇気を持つ人間はいない。
まあ、どんなにうかれていても播磨拳児は播磨拳児であるということだ。
道行く人はただ目を合わさないように、それでもちらりと盗み見ているだけだった。
今日のテストもきっと散々な結果なのだろうが、そんなことは彼にとってはどうでもいいことだった。
とにかくもう少しで、完成する。
彼は完全にうかれていた。
そのときだ。聞き覚えのある――何故かいつも彼にあたってくる――声が播磨の耳に入った。
「放してよ!」
- 330 名前:Be glad :04/09/07 22:11 ID:VPcMN99o
- 突き放すかのような冷たい声。
ふと播磨は足を止め、声の発生源を探した。
そして、それはすぐに見つかった。
少し遠く、ちょっとした広場でクラスメイトの一人が男に腕をつかまれていた。
「何やってんだ、あいつ……」
思ったとおり、声を発していたのは彼がいつも一種の皮肉をこめて『お嬢』と呼んでるクラスメイト、沢近愛里だった。
声は怒声に近かったので、他の通行人が気づいていないはずはない。
しかし、わざわざ面倒事に首を突っ込みたい奴はいないらしい。
まるで他人事のように――実際他人事なのだが――気づかないふりをして通り過ぎていく。
愛里の腕をつかんでいる男はいい感じに激昂しており、目元がひくひくと動いていた。
「おいおい、愛里ちゃん。あんま俺をなめないほうがいいぜ?」
「あら、そう。でも、なめてるんじゃなくて相手にしてないだけよ。
それに何? 少しお茶を一緒しただけでその気になってたの? ばっかじゃないの?」
愛里はわかっていた。今自分の言っている言葉は確実に目の前の――名前は忘れた――男を完全に怒らせることを。
わかっているのに口は止まらなかった。
いつもなら、しっかりそのへんを見極めて上手く付き合っていたのに、最近はそれができない。
いや、できないわけではない。しようとしていないのだ。
何か、どうでもよかった。
「て、てめえ!」
男はあいている方の腕を振り上げた。一秒もしないうちにその腕は彼女に襲い掛かるだろう。
――ほら、怒った。わかってたじゃないの。ほんとバカね、愛里。
彼女は自分自身を嘲り、来たる衝撃に備えた。目をつぶり、奥歯をかみ締める。
……しかし、拳はこなかった。
「おいおい。何してんだよ、てめえは」
突然の声に愛里は目を開ける。
声には聞き覚えがあった。そして思った通り、何故かものすごく気に食わないクラスメイト、播磨拳児のものだった。
播磨は男の背後に立っており、振り上げられた腕を制止していた。
- 331 名前:Be glad :04/09/07 22:13 ID:VPcMN99o
- 「ヒゲ……?」
「――はもう生やしてねえな」
明らかに修羅場なのに関わらず、何でもないように答える播磨。
そのなんでもない声に愛里は安堵を覚えた。
そして気づいた。
自分がこうなることを望んでいたことを。
心の奥底で播磨拳児が助けてくれることを望んでいたことに、気づいた。
もちろん彼女は播磨が近くにいたことを知らなかった。客観的に考えて、この現状は有り得ない。
だから目の前の光景は偶然だ。極端に言ってしまえば、奇跡だった。
それでも彼女は求めていた。
妄想――そう言ってしまえばそれまでだが、愛里にとっては憧れに近いものだった。
その時の彼女の心境は非常に複雑だったが、一言でまとめてしまえば――
――嬉しかった。
しかし、彼女は素直ではない。
「は、播磨君。何してんのよ!」
気づけば、彼を非難している。言ってすぐに後悔するが、彼女は頑固だ。一度言ったことを引っ込めることができない。
「んだよ、せっかく助けてやったのに」
播磨がつかんでいた男の手をぱっと放し、呆れた風に言った。
「そ、そんなこと誰が頼んだっていうのよ!」
頼んではいない。
しかし、求めてはいた。
もちろん彼はそんなこと気づいてないだろう。気づいてくれないだろう。
それでもそれが恥ずかしくて、愛里は顔が赤くなっていくのを感じた。
- 332 名前:Be glad :04/09/07 22:15 ID:VPcMN99o
- 「ったく相変わらずだな……」
播磨が助けなければ良かったかと少し後悔したそのときだ。
男が愛里を掴んでいた手を離し、振り向き様に播磨の横っ面に拳を放った。
播磨が男の腕を放したのは余裕の表れだった。相手がどんな行動を起こそうとも対処できる自身があった。
しかし、いつもなら軽々と避けられたのだろうが、彼は愛里との会話に気を取られていた。
沢近愛里に播磨拳児はいつも調子を狂わされる。
そして、今の播磨は完全に男の存在を忘れ去っていた。
男にとってそれが幸運だったのか悲運なのかは定かではないが、播磨は反応は確実に遅れてしまった。
男の拳は直撃し、播磨は吹き飛ばされた。
サングラスが外れ地面に落ち、封筒から原稿が飛び出した。数枚が地面にばらまかれた。
- 333 名前:Be glad :04/09/07 22:17 ID:VPcMN99o
- 「播磨君!?」
思わず地面のしりもちをついた播磨に、慌てて愛里が駆け寄る。
「ちょっと、大丈夫!?」
播磨は無言だった。
しかし、ゆらりと立ち上がる。
ゆっくりと顔を上げ、目の前の男を睨みつけた。
男の息は荒い。
「はぁはぁはぁ……!」
彼はいまだ怒り狂っており、いつ追撃が来てもおかしくなかった。
――そう、ついさっきまでは。
「やるんだな?」
播磨がぼそりと言った。
「あ……ひ……」
男が後ずさった。
無理もない。
気迫だとかいうレベルではない。すでに殺気だった。
しかし、愛里は気づいていた。彼が本気ではないことに。
これは威嚇だ。そして彼は男がこれに屈することを知っている。
もう一度、しかし今度ははっきりと、播磨は言った。
「おい、聞いてんのか? やるんだな?」
「う、あ……」
男は駆け出した、捨て台詞も吐かずに。
つまり、逃げた。
「ったく」
播磨は頭をかきむしると、愛里のほうに振り向こうとした。
- 334 名前:Be glad :04/09/07 22:18 ID:VPcMN99o
- そのときの愛理の行動は、彼女自身でも理解し難かった。
何故か逃げようとしたのだ。
だが怖かったわけではない、決して。
強いて言えば恥ずかしかった。
そんなよくわからない衝動に突き動かされ、愛理はあとずさった。
グシャ。
「きゃ……!」
足に感じた予想外の感触に驚き、愛理はさらにもう一歩後ろに下がった。
ぐしゃ。
まただった。
ちょうど、播磨が彼女の方に振り向くところだった。
再びの感触にまた驚き、また下がる。
バキッ!
……さっきの感触よりも硬く、そして何かが砕けるような音。
それでようやく愛理は我に返った。
おそるおそる視線を下げる。
さっき踏んだのは紙だったらしい。何か絵が書かれている。
無論、播磨渾身のラブストーリーなのだが、それを愛理は知る由もない。
彼女が確認できたのは――『彼が持っていた封筒から飛び出していた紙に、しっかりと自分の足跡がついていた』――ということまでだ。
そして砕けるような音の正体はもちろん、あれだ。
- 335 名前:Be glad :04/09/07 22:19 ID:VPcMN99o
- 阿鼻叫喚の地獄絵図――播磨にはそう見えた――を見た彼は叫んだ。
「うあああああああっ! 俺のサングラス! ん? どうわあああああああ!! 俺の原――」
――稿がぁっ!!!!!
と叫ぼうとしたが、愛理がいることを思い出し播磨は何とか踏みとどまった。
驚愕と絶望の叫びを、ごくりと無理やり飲み込む。
そして彼女に見られる前に急いで地面に落ちている原稿をかき集め、とりあえず再び封筒に収めた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
地面に手をつき、思わずこの世の終わりのようなため息が出ていた。
今度こそ終わりだ。絶対に間に合わねえ……。
播磨はもう一度、大きなため息をついた。
まさかくっきり足跡がついた原稿を新人賞に送るわけにもいくまい。
「え、えと……播磨、くん……?」
自分が悪いことをしたことにもちろん自覚があった愛理は、気まずそうに声をかけた。
「んだよ」
播磨は少し不機嫌そうに愛理のほうを見る。
その瞬間、彼女は固まってしまった。
- 336 名前:Be glad :04/09/07 22:22 ID:VPcMN99o
- 「あ……」
とにかく謝ろうと思っていたのだが、そんな簡単な思考すらも吹き飛ばされた。
「……なんだよ、お嬢」
「……あ! えと、その……」
彼はサングラスをしていなかった。
壊れてしまった――正確には壊した――のだから当たり前なのだが、いつもかけているそれが今はなかった。
「だから、なんだっての。どうしたんだよ、固まっちまって。お嬢らしくもねえ」
――ほんの一瞬、本当に一瞬だけ、見とれてしまった。
そんなこと死んでも口にしない。してたまるものか。
彼女はなんとか正常な意識を取り戻し、当初の目的を口にした。
「あ……その……ごめん、なさい」
意識がしっかりしても彼女は播磨の目を直視することができなかった。
もちろん罪の意識があって気まずいということもあるだろう。
だが、それだけでもない。
「……ったく。もういいって。いや、よくないが」
「……どっちよ」
「う、うっせーな! もういいって! 過ぎたことはしゃーねーだろ! だあ、しかしどうすっかな……」
播磨にとってサングラスはどうでもよかった。いや、よくはないが。
しかし実際、天満に見られさえしなければ構わなかったし、家にいくつも予備がある。しかも全く同じのが。
問題は――スタンプ付きの原稿。
運の悪いことに裏ではなく表に泥がついてしまっている。
それに少しくしゃくしゃだ。こんなもの出すのは失礼だろう。
- 337 名前:Be glad :04/09/07 22:23 ID:VPcMN99o
- 「それ、大事なものなの? ……ほんとに、ごめんなさい!」
珍しく素直なクラスメイトに若干の驚きを播磨は感じたが、今はそれどころではない。
とりあえず喫茶店にいって妹さん――八雲のことだが――に相談してみるのがいいだろう。
「だからもういいって。ちょっと忙しくなりそうだけどよ、あんま気にするな」
「……ごめん」
「こういうときぐらい『ありがとう』とか言えねえのか、おめえは」
愛理は泣き出しそうだった。
だけど悲しくてではないはずだ。
きっと、嬉しくて。
彼女自身よくわからない感情が心を満たし始める。
もう少しだけ、もう少しだけでいいから彼といたい。
しかし、ふと芽生えたその想いは、播磨の言葉によってすぐに崩された。
「んじゃ、俺は行くからな。喫茶店で妹さんが待ってるんだよ」
その言葉に、トクンと愛理の胸が反応した。
彼が『妹さん』と呼ぶ人間は一人しかいない。
つまり、八雲と今から会うのだと彼が言ったのを愛理は今、確かに聞いたのだ。
さっきまで暖かかった、いや熱いぐらいだったかもしれない心が急激に冷めていく。同時に、胸が締め付けられた。
愛理はそれを無視し、言った。
「そう……。さっさと行きなさいよ、ヒゲ」
- 338 名前:Be glad :04/09/07 22:25 ID:VPcMN99o
- 本人にそのつもりはなかったが、きつい口調になっていたことは否めない。
「だから、ヒゲはもう剃ったっての。だいたいお前が……」
「う、うるさいわね! その話はもう終わったはずでしょ!」
播磨はそこで黙ってしまった。
「な、なによ! 体育祭のときに貸し借りなしって言ったのはあんたでしょ!?」
播磨は喋らない。
だが、彼はじっと彼女を見ている。
今はなんの隔ても存在しない彼の瞳は確実に自分を見ているのだと、それを嬉しく思ってしまう愛理がいた。
「な、なによ……私なにか間違ったこと言った?」
「いいや、別に言ってねえな」
少しだけ意外な反応に、彼女は一瞬固まった。
しかし、固まった理由はそれだけじゃない。
彼女は、そう――――彼が笑ったのが信じられなかったのだ。
笑ったといっても微笑みだとかそういうのとは程遠い。
悪戯を成功させたガキ大将のような笑みだったが、やはり愛理には信じられなかった。
だって、見たことがない。
いつもはサングラスで隠れている目も今はしっかりと見える。
やっぱり、嬉しかった。
彼は何も言わなかったが、自分を心配したからこそからかったのが彼女にはわかった。
瞳が「もう大丈夫だろ」と語っていたのだから。
顔が赤くなっていくのを感じる。
ああ、やっぱり嬉しい。
悔しいけれど嬉しかった。
「うし、んじゃ俺急ぐから」
「あ……」
もう一度軽く手を挙げ、颯爽と播磨は去っていこうとした。
しかし、それは二人が予想しなかった事態によって妨げられる。
次の瞬間、ごく自然に伸ばされた愛理の手に、播磨の制服の袖が――――つかまれていた。
- 339 名前:Be glad :04/09/07 22:26 ID:VPcMN99o
- 「え?」
驚きは二人のものだった。
愛理は何故自分の手が彼を引き止めているのか、わからなかった。
だけど、気づけばそうしていた。
播磨は封筒を持った腕に小さな抵抗を感じて、振り返っただけのはずだった。
なのに今は、すがるような沢近愛理の瞳に視線が釘付けにされてしまっている。
彼女が播磨をつかむ力は決して強い力ではなかったが、強く引きとめる何かがあった。
しかし、一番驚いているのは他でもない愛理自身。
顔が火照っている。笑ってしまうぐらい赤いのではないのだろうか。
自分は、こんなことをして、一体何をしたいのだろう――。
「……な、なんだよ」
しばらく呆然としていた播磨だったが、ようやく一言だけ口から出てきた。
ひどくぶっきらぼうな口調だったが、彼も顔を真っ赤にしていた。
はっと我に返った愛理は手を離した。「何でもないわよ」と口にして手を離した。
いや、離すはずだったのだ。
しかし彼女の手は彼をつかんで放さない。
それどころか先ほどまでと違って強く、握り締めていた。
そして次に自分の唇からこぼれた言葉は、愛理にとってやはり、意外な言葉だった。
「行かないで……」
「あん?」
二人の間に小さな風が吹いた。
- 340 名前:Be glad :04/09/07 22:30 ID:VPcMN99o
――――さて、なんでこんなことになったのだろう。
播磨拳児は考える。
本当に何故なのだろうか。
「あの、先輩……そこ……違います……」
「え……うそ!」
「……」
――いや、ありえねえって。
彼女が間違ったことが有り得ないというわけではない。
彼にとっては――。
この、状況自体が有り得ないのだ。
「……」
しばし呆然。これで何度目になるかわからないが、播磨拳児は呆然とするしかなかった。
目の前の光景は良くできた冗談だった。
「……ねえ、ちょっと。何サボってるのよ」
しかし、呆然とするたびにこれである。
播磨は現実逃避すら許してもらえなかった。
「あの……先輩……そこも、違います……」
ほんの一時間前に開始した作業だったのだが、今では恒例となっている八雲の指摘。
さっきまで播磨を叱っていた彼女は自分の手元に目を移し、しばらく硬直して叫び声を上げる。
「え……あーもう!」
これも恒例。
とにかく騒がしかった。
播磨と八雲だけの時とは違い、今の播磨の部屋は騒々しかった。
たった一人――沢近愛理が増えただけで。
- 341 名前:Be glad :04/09/07 22:32 ID:VPcMN99o
結論から言ってしまえば、バレたのだ、播磨が漫画を描いていることが。
あの時それを知った愛理は、おもむろに播磨の持っていた封筒を手に取り――奪った――あろうことか播磨の目の前で読み始めた。
しかも、そこはまだ広場だ。正直彼は勘弁してほしかった。
読まれている間、播磨は気が気でなかった。
最初は抵抗していたのだが、愛理がひと睨みしただけでたじろぎ、ついには折れた。
それに多くの読者の意見を取り入れたかったというのもある。
まあ、折れた次の瞬間には後悔の嵐が彼を襲ったのであるが……。
愛理は読んでいる間、一言も喋らなかった。
その無言の時間は播磨にとって幸福であり地獄だった。
しばらくして、彼女は全ての原稿を読み通した。
完成はしていないし数枚には足跡がついていたが、少なくとも後者は原因が彼女にあるのだからそれは無視してよいだろう。
愛理が読み終えたのを確認した播磨は覚悟した。
なにをって――死を。
きっと今にもこれ以上ないほどの嘲りと、首をつりたくなるほどの屈辱の言葉を浴びせられるのだろうと覚悟した。
恥ずかしさで死ぬのではないだろうかと彼は本気で心配した。
しかし、軽く原稿を揃えた彼女が発したのは、少なくとも播磨にとっては驚愕の一言だった。
「なんだ、面白いじゃないの」
今度は播磨が固まる番だった。
「へ?」
思わず出た播磨の間抜けな声に、愛理は少し呆れながら言った。
「なによ?」
「……今、ナント、オッシャイマシタカ、サワチカサン?」
「面白いって言ったんだけど……まずかったかしら?」
播磨はぶんぶんと首を横に振った。
「あ、お世辞じゃないわよ。確かに播磨君が漫画だなんて意外だったけど、結構面白かったわ。意外にね」
もう一度「意外にね」と念を押し、彼女は封筒に原稿を納めた。
- 342 名前:Be glad :04/09/07 22:34 ID:VPcMN99o
- そして気づけば播磨は、彼女にほとんどの事情を説明していた。
「ふーん、天満の妹とはそういう関係だったのね……」
「あ、ああ……。そうだ! お嬢から付き合ってるってのは誤解だって、天――」
「私もやるわ」
突然、播磨の声をさえぎって彼女が言った。
当の本人は考え事をしていて、さえぎったことを気づいてないようだった。
「……やるって何をだよ?」
「それは、ほら……」
「あん?」
急に口ごもった愛理を見て、播磨は首をかしげた。
愛理はというと、もじもじしながらうつむいている。心なしかまた顔が紅潮していた。
「ほ、ほら、原稿も何枚かダメになっちゃったし……」
「いや、お前のせいだけどな」
「う、うるさいわね……」
いつもみたく食って掛かってくると思っていたのに。今日のこいつは何か変だ。播磨はそう思った。
一応確認しておくと、播磨拳児は鈍い。
「えーと、その、ほら。ア、アシ――」
「アシ? アシカショー?」
――どうやったら今の会話の流れでアシカショーにつながるのよっ!
愛理の中の何かがはじけた。
「アシスタントに決まってるでしょ!! あんた馬鹿じゃないのっ!?」
その大声で固まった。播磨が、愛理が、道行く人が。時すら止まったかのようだった。
「……はい?」
「……あれ?」
あ、言っちゃった……。愛理はそう思った。
- 343 名前:Be glad :04/09/07 22:35 ID:VPcMN99o
その後、わけのわからないまま喫茶店で八雲に会い、事情を説明した。
結局原稿は間に合うかどうかはわからないが、とにかくやれるだけやってみることになった。
そして播磨の家――絃子のマンション――に移動し、今に至る。
昨日に引き続き、今度は二人の女性を連れ込んできた播磨を見た絃子の反応は割愛させていただく。
簡単に要約すると、目を開けたまま気を失った。
そうして今に至っている。
- 344 名前:Be glad :04/09/07 22:37 ID:VPcMN99o
「……ねえ」
愛理が急に手を休めて言った。
すでに開始から二時間経っていたので、少しずつ彼女もミスがなくなりはじめていた。
「なにかね?」
そして播磨もいつもの調子。
「さっきから思ってたんだけど――」
そして当然の疑問。
「この主人公とヒロイン、誰かに似てない?」
「……………………」
――何故だ!
播磨の脳天に稲妻が落ちた。
――何故わかる!!
しかし、そこはすでに通った道。今日の彼は昨日の彼ではない。昨日みたく取り乱したりは、しない。
――冷静にだ。冷静に対処しろ、俺!
「き、気のせいだ! そいつは俺じゃないし、その子も天満ちゃんに似ているはずもない!」
「あ、そっか。播磨君と天満に似てたのね」
――――しまったぁああああああああああああああああああああっ!!!!
どんがらがっしゃんと盛大な音を立てて転がっていく播磨拳児。
もはや救いようがなかった。
「は、播磨さん……大丈夫ですか……?」
「だ、だいじょうぶだ! ちょっと……べ、便所へ旅立つ、俺は!!」
滅茶苦茶なセリフと共に、播磨は勢いよく部屋を飛び出していった。
- 345 名前:Be glad :04/09/07 22:40 ID:VPcMN99o
- 彼が去ると、静寂が訪れた。
「……ふーん、そっか。そう、なんだ……」
愛理は少し悲しそうに原稿に描かれた天満――作者は違うと言い張っているが――を眺めた。
「ねえ、八雲」
「はい……なんですか?」
「あんたって播磨君のこと、好きなの?」
「え……」
八雲は少しあわてて首を横に振った。頬が少し赤かった。
「違い、ます……」
「……そう。まあ、いいわ。続き、やりましょう」
その言葉で二人は作業に戻る。
ただ黙々と。
作業を続ける。
しかしその沈黙の中で愛理は考えていた。
播磨君がいないうちに。
彼のラブストーリーのヒロインを、金髪の女の子に描きかえてやろうかしら、と。
ほんの少しだけ興味をひかれた。
だけど全て描きかえるなんて無理な話だし、彼の迷惑になるのは確実だ。
それに、それにだ。それではつまらない。
そう、どうせなら。描きかえるんじゃなくて――
――――描きかえさせなくちゃね。
彼によって描かれた少女に、愛理は小さく微笑んだ。
END
- 346 名前:コンキスタ :04/09/07 22:45 ID:VPcMN99o
- というわけで以上です。
心の描写が難しかったり、場面や動きがわかりにくかったりと
色々な問題があると思います。
が、しかし。
最大の失敗は……
「沢近の名前間違えたあああ!」
ということです。途中で気づいて直したのですが……^^;
作風も前半と後半で変わっている気もします。
まあ、とりあえず初投下終了です。
明日はマガジン発売ですね。楽しみです。
ではでは。
- 347 名前:328 :04/09/07 22:55 ID:nx8hUJDw
- タイミングが悪いよ、自分_| ̄|○
>>346
リアルタイムで見さしてもらいました。
GJです。沢近らしさがでていたと思います。
- 348 名前:Classical名無しさん :04/09/07 23:07 ID:1i1re15c
- >>346
GJ!
いや、素直に面白かったです。
そして上手い。初投稿とは思えないくらいです。
沢近の描写も非常に萌えて良い感じ。
(´∀`)イイネ
- 349 名前:Classical名無しさん :04/09/07 23:15 ID:ExmPad3g
- コンキスタさん、GJです。
最後らへんは特に沢近に萌えました。
- 350 名前:Classical名無しさん :04/09/08 00:45 ID:903etAgM
- >>346
俺 を 萌 え 殺 す 気 で す か ! ?
GJ!
- 351 名前:Classical名無しさん :04/09/08 02:50 ID:wDdeJDRk
- >>346
GJ
初投下でこのQualityは凄いな。
つーか久々の旗SSで嬉しい。
- 352 名前:Classical名無しさん :04/09/08 07:52 ID:PW5UZ9V2
- >>350 クエン酸
- 353 名前:Classical名無しさん :04/09/08 11:34 ID:AUU7yDdE
- >>346
沢近ももちろん良かったですが
個人的には播磨の「やるんだな?」 が格好よくてツボでした。
次回作が楽しみです。
- 354 名前:Classical名無しさん :04/09/08 12:29 ID:6i5YSiSo
- >>346
多くの言葉は要らない。ただ一言、
萌 え た ! !
またここに神が一人舞い降りた。
俺たちはなんて幸せなんだろうな。
>>クズリさん
新作乙です。
やっぱりまだ天満のことぜんぜん吹っ切れてなかったんですねw
連載はあまり細かく投下すると内容を追うのも大変だから
今ぐらいが一番いいんじゃないでしょうか?
- 355 名前:Classical名無しさん :04/09/08 14:43 ID:EM0jkqfk
- >>346
GJ!
旗分を充分に補充させていただいた。
めっちゃおもしろかったよ。次回も期待したい
- 356 名前:Classical名無しさん :04/09/08 17:47 ID:FAXuf936
- クズリさん、いつも面白く読ませて頂いています。
たれはんださんのSSがまだ頭の中に残っているから、
不吉な思いがよぎってるんでつが、
天満が「ちょ、播磨君、落ち着いて」と言ってるから、
大丈夫ですよね?
あと、HP開設おめでとうございます。
コンキスタさん
こちらもGJでつ。
旗派だから、楽しませてもらいますた。
キャラがかなり生き生きとしてます。
播磨は相変わらず間抜けでつね……
- 357 名前:風光 :04/09/08 18:02 ID:mwZFOuUM
- こんにちわ、風光です。
旗分が足りないってことなので投下します。
前回とは違って明るめですよ。
で、最初に謝っときます。
イメージ違っても許してください、と言うか違う気が自分でもするんで見逃してください。
キャラのイメージを壊されたとか言って物投げないでください、お願いします。
ではタイトル『Lost Child 〜 the Memory 〜』、始まります。
- 358 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:03 ID:mwZFOuUM
- 「あ〜、どうしよっかしら」
少女は歩道の上で途方に暮れていた。
「真逆私がねぇ。まぁ、そういう日もあるわよね。ハハ、ハハハ……はぁ〜」
深い溜め息を彼女はついてしまった。
いくら強がっても事実は変えられないのだと気づいたらしい。
「ホント、どうしよう……」
彼女は不安げな表情で周囲を見渡した。
――少女、沢近愛理は迷子になっていた。
『Lost Child 〜 the Memory 〜』
事の起こりは一日前、親友たる美琴たち仲良し4人組と一緒に買い物に行く約束をしたのが始まりだった。
少し遠出をすることになり、現地集合ということで計画は決まったのだが指定した場所には誰もいなかったのだ。
「と言うか、私が間違えたのかしら?」
天満だけならまだしも、あの晶が間違えるとは思えない。
集合時間に遅れていると言うのも同様だ。
「てことは聞き間違えたのかしら?」
そんなことは無いと思いたいが、最近の自分の様子を振り返ると自信を持って言い切れない。
ある事が原因で自分が情緒不安定に陥っていると、愛理自身自覚していた。
「あー、もうっ。ヒゲの所為よっ」
八つ当たりも甚だしいが、彼女は原因の1人である男の名を叫ぶと近くのカードレールに腰掛けた。
「ホント、ここどこよ」
場所が分かるなら何とかなるが、生憎目印となるものは確認できなかった。
電車を降りて聞いたはずの集合場所に向かったのだが、一向にそれらしい場所に出ず、
最後には無闇矢鱈に歩き回って一層迷子に拍車をかけていた。
「人に聞こうにも誰も通らないし……」
なにより買い物に来たはずなのに何故人っ子一人いない場所に自分はいるのだろうと、
愛理は自己嫌悪に陥っていた。
「真逆全然見当違いの場所に来てるとか?」
ありえなくはなくて、彼女は深い溜め息をついた。
- 359 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:06 ID:Q.F.1WRw
- 「はぁ、仕方ない……」
携帯電話を取り出すと、愛理は小さく溜め息をついた。
美琴たちに助けを呼んで迎えに来てもらうのはかなり恥ずかしいが、背に腹はかえられない。
もう少し歩けば何か目印になるところが見つかるかもしれないしと考え携帯を開いた。
……けれど。
「あら?」
携帯のディスプレイには明かりが点っていなかった。
電源を切っていたかと操作するが一向にランプは点かない。
「もしかして……充電してなかった?」
らしくないミスだった。いつもならそれくらい確認して家を出ると言うのに。
「……はぁー、仕方ないわね。やっぱ、自分で探すしかないか」
彼女はそう呟くと携帯をポケットにしまった。
「さてと、まずはどこに行こうかしら」
目印となるものは何もないが、店の名前は分かっているのだから誰かしら人に会えば何とかなるだろうと思い、
彼女は歩き出した。
- 360 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:07 ID:Q.F.1WRw
- 「こうやってると子供の頃を思い出すわね……」
どのくらい経ったであろうか、ポツリと愛理は呟いた。
歩き続けても目印となるものは見えなかった。
それに人には何度か会えたが店の場所を聞くことは出来ないでいた。
「もう、何年前かしら」
歩きながら愛理は子供の頃のことを思い出していた。
10年ほど昔、まだ日本に住んでいた頃に愛理は父親の仕事の都合で東京近郊に来ていた。
もっともその数日後には機上の人となり、イギリスにへと移り住むことが決まっていたのだが。
「どこ、ここ……」
声を微妙に震わせながら幼い愛理は途方に暮れていた。
その日は父親の仕事が空いており、何日、いや何週間ぶりに一緒に過ごすことができるとはしゃいでいたのだが
急な会談が入ってしまい愛理との予定はキャンセルとなってしまったのだ。
今でこそ大人になり聞き分けは良くなったが、まだ子供のその時はひどく癇癪を起こし不貞腐れてしまった。
本来はそこで母親なりが慰めるべきなのだろうが、生憎母親もまた仕事で海外に行っており、
近くには執事の中村他、数人の警護のものしかいなかった。
その事実にさらに腹を立て、彼女は泊まっていたホテルから抜け出してしまった。
自分と一緒にいてくれない両親を困らせてやろうといった意図でか、ただ単にホテルにいたくなかったからか、
今となっては彼女自身覚えていないが幼い愛理はホテルから遠く離れた場所に1人で出歩いてしまった。
出来るだけホテルから離れよう、そう考え幼い愛理はわずかな所持金を持ち、鉄道を使った。
その結果――迷ってしまった。
全く見知らぬ土地で自分が今どこにいるか分からない状況に陥ると言う完璧な迷子になってしまっていた。
「ぐしゅ、やだよぉ」
涙目で幼い愛理は歩き続けた。
――帰れなかったらどうしよう、大好きな父親と二度と会えなかったらどうしよう、
そんな考えに彼女は支配されていた。
人一倍寂しがり屋な彼女は、ただただこみ上げて来るものを抑え、零れ出る涙を堪えていた。
……でも。
ワンワンワンワンッ
「ヒッ!」
いきなり近くの犬に吼えられて張り詰めていたものが切れてしまった。
その場にしゃがみ込み、幼い愛理は涙は際限泣く零れ、孤独と不安で泣き叫ぶ寸前に陥ってしまった。
- 361 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:07 ID:Q.F.1WRw
- 「何してんだ、お前」
不意にそんな声をかけられた。
「え?」
見上げると生意気そうな男の子が見下ろしていた。年の頃は愛理と同じであろうか。
「迷子か、もしかして」
「ち、違うわよっ」
彼女は反射的に怒鳴り返していた。
「ふーん。俺には迷子にしか見えなかったけど」
「それはあなたの勘違いよっ」
出来るだけ強気を装って幼い愛理は答えた。
自分の弱みを他人に見せたくないと言うのはこの頃から変わっていなかった。
「なに怒ってんだよ、お前」
「怒ってないわよっ」
「怒ってんじゃねえか」
「怒って、ないもん」
そう言って彼女はぎゅっと両手で自分の体を抱きしめた。
怖かった。恐くて怖くてそういう態度しか取れなかった。
「……まぁ、いいけど。兎も角涙拭け。人が通りかかったら俺が泣かしたみたいだろ」
鬱陶しそうな表情で男の子は告げた。
自分から近づいてきたくせに何を勝手に言ってるのだろうと幼い愛理は思った。
「なんだよ、ハンカチとか持ってないのか?」
男の子はそう言って顔を近づけてきた。
ザッ、幼い愛理は知らず知らずのうちに後ずさりをした。
「別になんもしねえって。……そうだなぁ、ほれっ」
男の子は自分のポケットからハンカチを取り出し幼い愛理に渡した。
「……汚い」
手渡されたハンカチはぐしゃぐしゃで、顔を拭く気にはならなかった。
「むぅ……じゃあ返せ」
男の子は強引に彼女からハンカチを奪い返した。
「ひぅ……」
幼い愛理は怯えてしまった。男の子が怒って叩いたりするのではないかと危惧したのだ。
- 362 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:08 ID:Q.F.1WRw
- けれど彼はそうしなかった。
「……あっ、ほら。これならいいだろ」
思い出したかのように別のポケットから今度はティッシュを取り出し彼女に渡した。
「え?」
「それなら別にいいだろ」
「う、うん」
男の子の対応に戸惑ったが彼女はティッシュを受け取り涙を拭き始めた。
けれど溢れ出す涙はなかなか止まらず、それが悔しくてまた泣き始めた。
「たく、泣き虫なやつだな」
「違うわよっ。愛理、泣き虫じゃないもん」
泣きながら言っても説得力に欠けると思うが男の子は別のことに興味を惹かれたらしい。
「あれ? お前、外人じゃねぇの?」
「え?」
「愛理って日本人の名前だろ?」
確かに愛理の容姿でその名前は驚くだろう。
「違うわよ。……私、ハーフ」
「はーふ? ああ、親が外国人と日本人ってやつか」
男の子は納得したように頷くとまじまじと幼い愛理の髪の毛を見た。
「へー、ハーフでも金髪なんだ」
「そ、そうよ」
愛理はまたかと思った。
いつもそうだ。周囲の子供たちは好奇の視線を彼女の容姿に向け、あからさまに異端視する。
子供は常に正直で残酷だ。父親のお陰か本格的に苛められることはなかったが、彼らの何気ない言動は
理性的でない分的確に彼女の本質を抉り、追い詰め異質なものを見る目を彼女に常に向けていた。
「ふーん」
特に男の子たちは彼女に対して直接的な言葉を投げかけ、髪や瞳の色を馬鹿にし嘲った。
そのことで愛理は男の子たちに対して本能的な恐怖を抱いていた。
きっとこの男の子も自分の髪や瞳を変だと言い、苛めるのではないかと幼い愛理は思っていた。
- 363 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:09 ID:Q.F.1WRw
- 「……綺麗だな」
「え?」
だから男の子の言葉には心底驚いてしまった。
「変だとか思わないの?」
「なんで? 綺麗な色じゃねえか。なんでそんなこと思うんだ?」
「なんでって……」
彼女は口篭ってしまった。答えようがなかったからだ。
「……やっぱ変なやつだ」
そう言って男の子は笑った。その笑顔を幼い愛理はまじまじと見つめてしまった。
「な、なんだよ、人の顔じっと見て」
彼女の視線に気づいたのか、男の子は少しうろたえてしまった。
「んーん、なんでもないわよ」
彼女は首を横に振った。
「まぁ、なんでもいいけどさ。……で、お前どうすんだ? ここにずっといる気か?」
「え? なんで?」
「いや、いるならいるで良いんだがこんなとこにずっと座ってるのか?」
幼い愛理が座っている場所は自販機の前だった。
「……しないわよ」
彼女は不機嫌そうな顔で立ち上がった。
「で、どうすんだ?」
男の子の言葉に幼い愛理は押し黙ってしまった。
「どっか行くとこあるのか?」
プルプル
彼女は黙って首を振った。
「じゃあどうすんだよ」
「……わかんない」
彼女の答えに男の子は溜め息をついた。
「やっぱお前迷子だろ?」
ガシガシガシ
頭を掻き毟りながら男の子は訊いた。……けれど。
「私、迷子じゃないもん。変なこと言わないで」
相変わらず幼い愛理はそう答えた。本当にプライドが高い子供である。
- 364 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:10 ID:Q.F.1WRw
- 「お前、ホントに意地っ張りだな」
男の子もそう思ったのか呆れたように言った。
「う〜」
幼い愛理はジッと睨んできた。
「分かったよ。お前は迷子じゃない、それで良いんだな」
降参だとばかりに男の子は言った。
「……うん」
「はぁー、じゃあもう良いや。俺、見たいアニメあるしもう帰るわ」
「え?」
男の子の言葉に幼い愛理は驚いたような顔をしてしまった。
「帰っちゃうの?」
「ああ。迷子でもなんでもないんだし、俺いる必要ないだろ?」
「……うん、平気。別にあなたなんかいなくても私、大丈夫だもん」
「むぅ……ああ、そうかよ。じゃあな」
彼女のそっけない言動に腹を立てたのか、男の子はそう言ってその場から去って行ってしまった。
「あっ……」
幼い愛理は何か声をかけようとしたがその前に男の子の姿は見えなくなってしまった。
「……良いもん。私、大丈夫だもの。1人で帰れるから迷子じゃないもん」
本当に意地っ張りである。
そして彼女は自力で戻るべくその場から歩き出した。
- 365 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:10 ID:Q.F.1WRw
- 「……ヒッグヒッグヒッグ……」
結果として彼女は未だに迷ったままだった。
この頃は人見知りも激しかった彼女は人に道を聞くこともできず、ただ闇雲に歩くことしか出来なかった。
「馬鹿だな、私」
今更ながらに幼い愛理は後悔していた。さっきの男の子に意地なんて張らず場所を聞けば良かった、と。
「でも……」
そう思ったが矢張り迷子だと彼に認めるのは嫌だった。
「どこに行けばいいの?」
そして彼女は公園まで辿り着くとブランコにへと座った。
「ヒッグ、グシュ……お父様……」
不安げに父親の名を呼び、彼女は泣き続けた。
「お前、また泣いてんのか?」
「え?」
聞き覚えのある声に見上げると先ほどの男の子がブランコの近くに立っていた。
「なんでいるの?」
「……なんででもいいだろ。兎も角、ほらっ」
そう言って男の子はハンカチを手渡した。
「え?」
「今度は汚くないだろ?」
「う、うん」
男の子の言うとおりそのハンカチは新品同様に綺麗だった。
「どうして?」
「……別に……」
男の子はついっと彼女から視線を逸らしてしまった。
「……拭いたか?」
「うん……」
受け取ったハンカチで幼い愛理が顔を拭いたのを見て、男の子は言葉を投げかけた。
「じゃあ行くぞ」
「……どこによ?」
「お前んち」
「え?」
彼女は呆然と彼の顔を見た。
- 366 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:10 ID:Q.F.1WRw
- 「迷子なんだろ。いい加減認めろよ」
「う〜〜」
男の子の言葉に幼い愛理は唸るしかなかった。
「たっく」
その態度に彼は深い溜め息をついた。
「迷子じゃなくて遊んでるだけなら俺は本当にもう行くぞ」
「え?」
「もう戻ってこないぞ。いいのか?」
彼の言葉に幼い愛理は答えなかった。
「ふぅー」
男の子は溜め息をついて歩き出した。
「待ってっ!」
彼女は男の子の服の裾を掴んだ。
「行っちゃ、嫌だ」
泣きそうな顔で彼女はそう答えた。
「たっく、最初から素直にそういや良いんだよ」
男の子はにかっと彼女に笑いかけた。
「ふぇ?」
彼女は涙目で彼の顔を見つめた。
「ほら、泣くんじゃねえよ。ちゃんと連れて行ってやるから」
そう言いながら男の子は幼い愛理の頭を撫でた。
「ホント?」
彼女は首を傾げながら訊ねてきた。
「ああ、ホントだ。だからお前の住んでるとこ教えろ?」
男の子の言葉に少し逡巡した後、幼い愛理は答えた。
「……京都」
「はっ? 京都? ……どこだ、それ」
男の子は間抜けな顔をして聞き返した。聞いたことない地名だったからだ。
「京都は京都よ。飛行機で行くの?」
「……おい。そんな遠くに住んでてなんでこんなとこに迷子になるんだよ」
京都の場所は分からなかったが、飛行機で行くと言うくらいだから相当遠いのだろうと男の子は結論付けた。
- 367 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:11 ID:Q.F.1WRw
- 「違うわよ。今はこっちのホテルに泊まってるの」
「ああ、なるほど。じゃあそのホテルってなんて名前だ?」
ホテルの名前が分かれば何とかなる、そう男の子は考えた。
……けれど。
「わかんない」
「はぁ?」
「わかんないわよ。……だってすっごい長い名前なんだもん。覚えられなかった」
ぽりぽりぽり
真逆そう答えられるとは思わず、男の子は自分の頬を掻いてしまった。
「だからってどっちの方向かとか分かるんじゃないか?」
一縷の希望に縋るように彼は訊ねた。
「わかんないわよ。だって電車で来たもん」
「おい……」
その答えは完璧予想外だった。真逆そんな遠くから来てるとはと彼は心の中で頭を抱えた。
「お前よくそれで1人で帰ろうなんて思ったな」
彼女の無謀な行動に男の子は心底呆れていた。
「だって……」
「もういいけどさ。……けどそんな遠くで名前も分からないんじゃ……」
戻るのは無理なんじゃないかと彼は考え始めていた。
キュッ
「え?」
「おうち、帰れないの?」
それは幼い愛理が男の子に見せた初めての弱みだった。
プライドを捨てた後に残った弱々しいまでの儚い印象を与える少女がそこにはいた。
「……大丈夫だ。言ったろ、ちゃんと連れて行ってやるって。約束を守らない男は男じゃないからな。
言ったことはちゃんと守る」
「ホントに?」
男の子の目を見つめながら彼女は訊ねた。
「お、おう」
幼い愛理の瞳に一瞬惹きこまれそうな錯覚に陥り、彼は慌てて目を逸らした。
- 368 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:15 ID:G8S6Rerg
- 「けどさ、手がかりが何にもないと動けないのは確かなんだぜ。どの駅で降りたか覚えてないか?」
「……名前は覚えてない」
「……じゃあどこで電車に乗ったかは?」
「それなら覚えてる」
「そっか」
彼女の声を聞いて男の子は考え始めた。
「あいつに頼めば何とかしてくれると思うけど……いや、ここは俺が引き受けたんだから俺が何とかしなくちゃ……」
「?」
ブツブツと呟きながら思案に明け暮れた。
「よし、まずは降りた駅を探そう」
「え?」
「名前は分からなくても駅、見れば分かるだろ?」
「た、たぶん……」
「じゃあ行こうぜ」
そう言って男の子は歩き出した。
「い、行こうってどうやってよ」
そう言いながらも彼女は置いていかれまいと後に続いた。
「大丈夫だって。女のお前が歩いて行ける場所なんて限られてるからさ。その辺の駅ぐるって回ればなんとかなる」
男の子の考えは大雑把と言えば大雑把な考えだった。
- 369 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:15 ID:G8S6Rerg
- 「でも……」
彼女はすでに歩き疲れていた。この状態で歩き回るのは正直しんどかった。
「ああ、大丈夫だ。これに乗せてやるからさ」
そう言って男の子は公園の入り口に止まっている自転車を叩いた。
「え? それ?」
「ああ、これの後ろに乗っけてやる」
そう言いながら彼は自転車に跨った。
「ほら、早く後ろに乗れよ」
「あ、う〜」
お嬢様であった彼女は自転車の二人乗りのような事をしたことがなく、かなりの抵抗を感じていた。
……けれど。
「早くしろよ。……もしかしてびびってるのか?」
「んなわけないでしょ」
男の子の挑発めいた言葉に反射的に言い返して荷台に横向きに座った。
「ちゃんと乗ったか? じゃあしっかり掴まれよ」
「……うん」
「出発するぞ」
そして幼い愛理を乗せた自転車はゆっくりと動き出した。
- 370 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:15 ID:G8S6Rerg
- 目的の駅は意外に早く見つかった。
男の子の予想通り幼い愛理の行動範囲は狭く、自転車でいくつか回ったところで
彼女の見覚えのある駅にへと辿り着くことができた。
「おい、訊いて来たぞ」
男の子がそう言いながら彼女の元に駆け寄ってきた。
「どう、だったの?」
少し不安げに訊ねてくる彼女に彼は少々生意気な表情で親指を突き出した。
「大丈夫だ。行き方もちゃんと訊いて来たぞ」
「本当?」
「ああ、マジだ」
男の子の言葉に幼い愛理は嬉しそうな表情を浮かべた。
「へへ……」
彼女に喜んでもらえて男の子は嬉しかった。
人に喜ばれるのはくすぐったいけれど嬉しいと彼は思っていた。
「じゃあ行き方教えて」
「ああ、いいけど……」
「どうやって行くの?」
そう言って彼女はテクテクと男の子の元に歩いてきた。
「この駅から4駅先で乗り換えて……って、待てよお前」
「なに?」
「1人で行く気か?」
「え? うん」
「危ないだろ、絶対。それに迷うぞ」
確信を持って彼は言った。
「私、迷子になんかならないわよ」
「説得力これっぽっちもねえよ」
男の子は呆れたように言った。
「じゃあどうすればいいの? 駅員の人とかに連れて行ってもらえって言うの?」
いくらなんでもそれは現実的じゃないと彼女は思っていた。
「あのなぁ、俺がいるだろ」
「ふぇ? あなたが? ……なんで?」
彼女の疑問はもっともだった。普通はそこまで付いて来るとは思わないだろう。
- 371 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:16 ID:G8S6Rerg
- 「なんでって、ちゃんと連れて行ってやるって言ったじゃないか」
男の子は当たり前とばかりにそう言った。
「それは、そう言ってたけど……。いいの?」
「ああ、任せとけ」
頷く男の子を見て幼い愛理は嬉しかった。
本当のところ不安で付いてきて欲しかったが自分からそう言うのは憚られていたのだ。
「じゃあ切符買ってくるな」
そう言って男の子は走り出そうとした。
「あ、待って。切符は私が買う」
彼女は慌てて彼の元に走り寄った。
「いいよ、俺が出す」
「……なんで?」
「女に金を出させないのが男だってドラマでやってた」
おそらく恋愛ドラマでのデートでのやり取りを見ての発言だろう。
彼自身は今の状況をデートだとは認識していないが、女の子にお金を出させるのは
男の沽券に関わるとでも考えているのだろう。
……けれど。
「でも結構お金かかかったわよ。……大丈夫なの?」
「うっ……」
よくよく考えればお小遣いはそんなに残っていなかったはず、と彼は今更ながらに気づいた。
「だから私が出すわ」
そう言ってキャラクターがプリントされた小さなお財布を取り出すとそこから万札を一枚引き抜いた。
「一万円札?」
「うん。これなら二人分でもお釣りが来るはずよ」
事も無げに言って幼い愛理は券売機の前に立った。
「で、どこまで買うの?」
「あ、ああ、待ってろ」
男の子は先ほど駅員に聞いたルートを彼女に教えてあげた。
「ここで一旦降りてまた切符を買うのね」
「ああ。けど一度来た道だろ?」
「うん。でもよく覚えてない」
彼女の言動に再び男の子は呆れてしまった。
- 372 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:16 ID:G8S6Rerg
- 「……なによ」
「いや、別に。……そういやお前、金持ちなのか?」
「え? なんで?」
「いや、友達で一万円札持ってるやつなんて見たことないからさ。大人が持ってるのしか見たことないぞ」
実際、彼の年齢でそんなお金を財布に入れている人間などほとんど皆無だろう。
「そういえばそうね」
「だから金持ちなのかなって」
普通ならそこで否定するだろう。……けれど。
「うん、お金持ちだと思う」
幼い愛理はその言葉を肯定した。
まぁ、否定しようがないほど大金持ちなのだから仕方ないだろう。
「へー、いいなぁ」
彼は単純にその事実に憧れた。
いくら少しばかり大人びた発言をしてようとそこは男の子、お金があればいっぱい欲しいものが買えると思った。
「……そんなこと、ないわよ」
「え?」
だから彼女が寂しそうな顔をしたのに驚いてしまった。
「……お金がいっぱいあっても別に良くなんかないわよ……」
その代わりに家族が一緒にいられる時間はとても少ないのだから、と彼女は心の中で呟いた。
「……ごめんな」
「え?」
彼の謝罪の言葉に幼い愛理は心底驚いた。
「俺、なんか無神経なこと言ったみたいだ」
「え? そ、そんなこと……」
「だから、ごめんな」
彼は素直に詫びた。幼い愛理が自分の発言で傷ついた。それが分かったからこそ彼は素直に頭を下げた。
「ううん、いいよ」
その誠実な態度に彼女は知らず知らずのうちに柔らかい笑みを浮かべそう言った。
「ね、それよりも行こう」
「あ、ああ」
そして幼い2人は仲良く電車に乗った。
- 373 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:17 ID:G8S6Rerg
- その後順調に電車を乗り継ぎ、無事彼女が泊まっていると言うホテル近くの駅に着いた。
「もしかしてあれか?」
男の子は駅から見える大きなホテルを指差した。
おそらくこの辺りで一番、いや日本全体でも有数の高さを誇るホテルだろう。
「うん、あれよ」
「はぁー」
改めて愛理が凄いお金持ちなんだなぁと、男の子は実感した。もっともそれは決して口には出さなかったが。
「ここまで来れば帰れるよな」
「うん」
彼女は素直に頷いた。
最初はあんなにも意地っ張りだったのに変われば変わるものだなぁと男の子は思った。
「じゃあ俺はここで」
「え?」
男の子の言葉に彼女は驚きの声を上げた。
「なんだよ」
「帰っ、ちゃうの?」
「あ、ああ。まあな」
さすがに遅くなりすぎた。すぐに帰らなくては夜になってしまうと彼は思っていた。
「そっか」
彼女は一瞬寂しそうな表情をしたがすぐに笑顔になった。
「えっとね……」
「うん?」
「……ありがとう」
彼女の素直なお礼の言葉に一瞬面食らったがすぐに頭を振り答えた。
「いいよ、気にするな」
そして彼は駅にへと戻ろうとした。
「あ、待って」
「あん? なんだ?」
「……お礼くらいさせてよ」
「へ? 別にいいよ、んなもん」
そんなものが欲しくて助けたわけではないのだから、彼は当然首を振った。
- 374 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:18 ID:nrMawKxc
- 「それじゃあこっちの気が済まないわ」
「別に俺は気にしないのに」
「私が気にするの。……お父様も言っていたもの、受けた恩はちゃんと返さなければならないって」
「でもなぁ……」
男の子はその言葉に困ったような顔をするばかりだった。
「それに……」
「ん?」
「あなたに貸しを作るなんて嫌なの」
口を尖らせて幼い愛理は答えた。
「くっ……ははははははっ」
その言葉を受けて男の子は笑い出した。
「な、なによ」
「いや、悪い。なるほど、確かにお前らしいな……くくくくっ」
そう言いながらも男の子は笑うのを止めなかった。
「むぅ」
彼女は頬を膨らませてしまった。
「わりぃわりぃ、兎も角そう言う事ならありがたーくお礼を受けさせてもらうぞ」
「もう、最初からそう言えばいいのよ」
幼い愛理の悪態にも男の子は笑顔だった。
「えっとね、それじゃあ……」
そう言いながら彼女はポケットを漁り始めた。
「うーん、良いのないわねぇ。部屋に戻ればなんかあるかもしれないけど……」
おそらく帰った時点で怒られるか何かして、今日中に外に出てここに戻ってくることは出来ないだろう。
「えーっと……あ、そうだ」
彼女は何か思いついたように呟くと首の後ろに両手をやった。
「?」
「これ、あげるわ」
そう言って彼に差し出したのはアンティークのペンダントだった。
「え? これ?」
「ええ。ちょっと古くて悪いけど私の宝物なんだから」
「え? そんなの受け取れねえよ」
宝物と言われて受け取れるわけがなかった。
- 375 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:18 ID:nrMawKxc
- 「なんで?」
「なんでって、別に迷子のお前を送り届けたくらいで宝物なんて受け取れないって」
「いいの。それにそれ以外にもお礼言いたいことあるし」
「それ以外? なんかしたっけ?」
彼の言葉に一瞬幼い愛理は考え込むような仕草をしたがすぐに自らの口元に人差し指を当て。
「それは秘密よ」
そう答えた。
「なんだそりゃ」
「いいから、はい、あげる。黙って受け取りなさい」
一方的な彼女の口調に呆れたように溜め息をつくと男の子は手を差し出した。
「分かったよ、もらっとく」
そう答えた。
「じゃあな」
「うん」
男の子は今度こそ手を振って去って行った。
「って、待ちなさいよ」
「な、なんだよ」
勢い込んで走り出したのに彼女に呼び止められて男の子はつんのめってしまった。
「電車代、ないでしょ」
「うっ……」
「あげるわ」
「ああ。…………たく、情けねぇ」
彼女からお金を受け取りながら男の子は額に手をやり、ひたすら落ち込んでいた。
その様子を見て彼女は可笑しそうに笑っていた。
- 376 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:19 ID:nrMawKxc
- 「そう言えば結局あの時の彼とはあれから一度も会ってないのよねぇ」
今はもう朧気にしか顔を覚えていない男の子について思いを巡らせた。
「まっ、次に会ったらデートくらいしてあげようかしらね」
あれ以来男の子が怖くなくなっていた愛理はそんなことが言えるくらい心に余裕が出来ていた。
「はぁー、でもあの後は散々だったわねぇ」
中村は心配で青ざめていたし後で話を聞いたお父様にも怒られるし、と思い出しながら彼女は欝になってしまった。
「まっ、今となったらいい思い出よね」
呟きながら彼女は辺りを見渡した。
「で、現状でも未だに私は迷子と。……はぁー、ホントどこ行けばいいのよ」
電話帳のメモリーも呼び出せないから、美琴たちの電話番号も分からず、
公衆電話から電話をすることも出来ないでいた。
「はぁー、これじゃあホントあのときの再現ね」
どこぞの王子様とは言わないが、あの生意気な男の子みたいに誰か助けてくれないかなぁ、
などと彼女は現実逃避を始めていた。
「ふぅー」
そして愛理は近くの自販機にもたれかかった。
「誰かお店の場所を知ってる人、通りかからないかしら」
溜め息をつきながら彼女は呟いた。
〜 To be continued 〜
- 377 名前:Lost Child 〜 the Memory 〜 :04/09/08 18:20 ID:nrMawKxc
- 長すぎるので一旦ここで止めます。
続きは明日以降。
てか連続投稿の規制に引っかかりすぎです。
何度か回線を切ってやっとこ投稿完了しました。
にしても愛理の子供時代の口調、難しいです。イメージ壊してないか凄い心配です。
こうした方がいいとか意見があったら教えてくれると嬉しいです。
次回以降、子供時代を書く機会があったら参考にしたいんで。
では続きをお待ちください。
- 378 名前:Classical名無しさん :04/09/08 18:23 ID:Y4S8cNac
- 乙ー。
そして続き待っとりますよ。
- 379 名前:Classical名無しさん :04/09/08 19:00 ID:wDdeJDRk
- >>377
「真逆」と「兎も角」に激しい違和感が。
どちらもひらがなでいいのでは?
- 380 名前:Classical名無しさん :04/09/08 19:44 ID:9Sa1kEsM
- 風光さん乙。
次も待ちますよ。
- 381 名前:コンキスタ :04/09/08 21:47 ID:MkUWExz.
- どもです。
皆様感想ありがとうございます。
初投下だったのでビクビクものでしたが安心しました^^;
ちなみに次回作の予定は今のところありません。
構想が全くないのです(苦笑)
しかし、もしまたネタが思いついたら投下しようと思ってます。
感想、本当にありがとうございました。
>風光さん
おつです。
ここからさらに面白くなりそうなので、続き楽しみにしています。
ではでは。
- 382 名前:Classical名無しさん :04/09/08 22:32 ID:KTsrHtAU
- あと、「矢張り」もひらがなでいいかと
- 383 名前:Classical名無しさん :04/09/08 22:51 ID:903etAgM
- しかし、うむ。
良い旗だ。
- 384 名前:Classical名無しさん :04/09/08 23:26 ID:Yd7uZYg2
- 「生憎」も。
- 385 名前:Classical名無しさん :04/09/09 02:50 ID:/AAn155.
- 漢字を使うかどうかの選択は、あくまで著者の表現したいものに依存する。
問題なのは作風に単語およびその表記が合っているかどうか (逆に言えば、
作風を醸成しているかどうか) であって、ひらがなで書かれることが多い
用語かどうかとか、そういう問題じゃないぞ。
- 386 名前:Classical名無しさん :04/09/09 02:52 ID:fGVWHUpk
- 俺は>>385の言うことが文句無しに筋が通ってると思う
- 387 名前:Classical名無しさん :04/09/09 06:16 ID:ff9wcGGM
- 遅ればせながら風光さん乙です。
続きを楽しみにしています。
))385
作者の表現を擁護するのならわかるが、
意見したことに対する批判めいた書き込みはナンセンス。
作風に合っていないと思い、違和感を感じた人は意見を述べた。
違和感を感じない人は意見する必要もなく書いていない。
それだけの話だろう。
- 388 名前:Classical名無しさん :04/09/09 07:44 ID:/AAn155.
- >作風に合っていないと思い、違和感を感じた人は意見を述べた。
作風に合っていないと思って意見を述べたのかどうかは不明。そこが問題。
- 389 名前:Classical名無しさん :04/09/09 09:15 ID:uGi25xrQ
- クズリさんまだかな…
- 390 名前:Classical名無しさん :04/09/09 10:37 ID:EWFTl3rM
- 漏れは作風とは合ってないなあと感じたけど、>>387の姿勢はズレてると思う。
- 391 名前:Classical名無しさん :04/09/09 12:25 ID:/AAn155.
- ついでだから誤字等の指摘を兼ねて俺の意見を書いておこう。以下敬体。
地の文をきっちり書いて隙の無い表現を目指すタイプの作家さんのようですね。
もっとも、後半が特にそうですが、台詞に頼り過ぎな部分もちょっとあり、
徹底しきれていないようにも見えますけどね。
いずれにせよ地の文は軽さや平易さを目指していないように見えるので、
「矢張り」「生憎」はむしろ漢字が妥当と感じました。これらを平仮名で書くなら
(1) (癇癪 → ヒステリー), (無闇矢鱈 → 無闇, 闇雲等) 等の用語選択レベルの改定
(2) (不貞腐れ → ふてくされ) 等の表記上の改定
を、全編を通してやった方が統一感が出ます。でも、現段階でそれなりの統一感が
あるので、地の文のややお堅い漢字用法は妥当だと考えました。
この理由により、たとえば「警備のもの」の「もの」が平仮名だったりするのは
逆に違和感を覚えました。誰も指摘していませんが「カードレール」のような
ミスもあるので、恐らくは校正が不足しているのでしょう。
なお、沢近や播磨は漢字苦手というイメージがあるので、「真逆」と「兎も角」は
私もやや違和感を感じました。が、台詞の場合、最も問題になるのは発話者の
イメージを損なわない言葉遣いをしているかどうかです。「真逆」も「兎も角」も
この点において特に問題は無いと思います。であれば台詞のそれらしさを表現する
上で、たとえば「バカの台詞はひらがなを多くする」等の技法を用いるタイプの
文章かどうかが問題になります。このSSの場合はそういう技法を目指していない
らしいので、まあ漢字でも良いんじゃないでしょうか。
# ちなみに私なら「兎角」とは書くが「兎に角」「兎も角」は書かない。
- 392 名前:Classical名無しさん :04/09/09 12:54 ID:p7KQo9pI
- なんとなく
とにかく1 {▲兎に角}
〈副〉 いずれにしても.
ともかく1 {▲兎も角}
〈副〉 とにかく. ともかくも.…は別として.
とかく {:▲兎角:}
〈副〉 (1) 〈スル〉 あれこれ. (2) いずれにしても. (3) ややもすれば.
- 393 名前:風光 :04/09/09 14:39 ID:ogkv.O9s
- 自分のSSでなんか議論を呼んでしまってすみません。
矢張りとか真逆、兎も角、それ以外にもここには書いてないですけど、然しや無礼る、躱すなどなど
自分のHPに掲載しているSS(スクランじゃないです)で普通に使っていたからその癖で書いてしまいました。
たしかにスクランには合わなかったかもしれないですね。
ってことで続きの方は修正してます。
で、続きですけどエピローグを書き加えているのでちょっと投稿は遅れそうです。
- 394 名前:379 :04/09/09 16:24 ID:tPkeEPH2
- >>393
「兎も角」は幼い播磨が使うには不適当かなと思っただけです。
「真逆」も似たような感じです。
けどあなたの他のSSでは「兎も角」などが適当なこともあるかと思います。
名無しの一意見なので、あまり気になさらないで下さい。
- 395 名前:クズリ :04/09/09 16:30 ID:nqsc.jyk
- >>389
お待たせしました。拙作如きを楽しみにしていただき、光栄至極です。
というわけでクズリです。
SSの流れが旗派に傾いてるところで、おにぎりを投下するのは心苦しいですが。
>>321
これが連載の醍醐味だと、私は勝手に思ってます。書く方の、ですがw
>>322
いえいえ、私如きの言葉が助けになるなら、嬉しく思います。
>>323
もしもまだ待っていただけていたなら、ありがたいことです。
>>324
御指摘、どうもありがとうございます。HPに掲載する時は、修正させていただきます。
>>325
というわけで、小分けに投稿する方向性でいきたいと思います。
>>326
それは私も思ったんですが、>>328さんのおっしゃる通り、事故と聞いて信号無視はさすがにしないかな、と。
>>328
というわけで、フォローどうもありがとうございます。
>>354
一応、アンカーを打つことと、HPで随時掲載することで、フォローとなればいいのですが。
>>356
保管庫でしかありませんが、皆様に楽しんでいただければ、嬉しく思います。
- 396 名前:クズリ :04/09/09 16:32 ID:nqsc.jyk
- では、そういうわけで、早速投稿させていただきます。
連載の続きで。
前スレ
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/75-82 『If...scarlet』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/167-190 『If...brilliant yellow』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/392-408 『If...moonlight silver』
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/521-531 『If...azure』
今スレ
>>24-31 『If...baby pink-1』
>>161-168 『If...baby pink-2』
>>194-210『If...baby pink-3』
>>314-319『If..sepia』
に続いて。
『If...sepia-2』
前回はすっかり、『……-1』を入れるの忘れてましたorz
- 397 名前:Classical名無しさん :04/09/09 16:32 ID:p7KQo9pI
-
- 398 名前:If...sepia-2 :04/09/09 16:33 ID:nqsc.jyk
- 「播磨……さん?」
「――――妹さんっ!?」
病院のパジャマに身を包み、ベッドの上に座ってサラと放す塚本八雲の姿に、彼は目を何度も瞬
かせる。
そしてサングラスを取って、目をこすった後、もう一度まじまじと、播磨は八雲の姿を見つめた。
ベッド脇の椅子に座っていたサラが、交互に二人を見つめた後、静かに立ち上がり外へ出る。
「あ、あの……何ですか?」
パタン、とサラが扉を閉めた音がすると同時に、彼の視線に頬を染めた八雲が問いかけるが、そ
れには答えず、播磨は近づいて彼女の頭を撫でる。
「は……播磨さん?」
触れられた驚きと、その手の大きさに、八雲の胸の奥が跳ねる。
播磨は、しかしそんなことには気付かず、呆然と彼女を見て、言った。
「ええと……妹さん?」
「……はい……何ですか……?」
頭の上に置かれたままの手に鼓動を高鳴らせつつ、八雲は上目遣いに彼を見つめる。
「事故に遭ったって聞いたんだが……?」
「事故……?」
キョトン、と頭に手を乗せられたまま首をかしげた少女は、おずおずと、
「え……ええ……でも……自転車とぶつかっただけです……」
「自転……車?」
目を丸くする播磨に、頬を桜色に染めたまま、八雲は続けた。
「は、はい……でもあの……一緒にいたサラが……その、大げさに騒いで……で……救急車を呼ん
で……病院に来たん……です……」
彼に触れられているせいか、八雲はいつも以上にしどろもどろになって説明する。播磨はといえ
ば、自分が何をしているのかにも気付いていないように放心しきっていた。
「――――じゃあ……何ともないのかい?」
「え、ええ……はい……何とも……」
それから三分ほども、頭を撫で続けられただろうか。彼が何故か、呆然としているらしいことは
八雲にもわかったが、彼女自身、頭が真っ白になってしまっていて冷静になれるはずもなく、ただ
体を硬くして、されるがままになっていた。
「そっか――――良かったぁ……」
ハァ、と大きく息を吐いて播磨は、その場に座り込む。
- 399 名前:If...sepia-2 :04/09/09 16:33 ID:nqsc.jyk
- 撫でられていた手が離れたことを残念に思いながら、八雲はずっと感じていた疑問を口にする。
「あの……播磨さんは……どうしてここへ……?」
「ん?……ああ、塚本に聞いて、よ……お姉さん、心配してたみたいだぜ。早く安心させてやんな」
「姉さんが……ですか?」
不思議そうに、八雲はパチクリと目を瞬かせる。
「姉さんなら、私の事故が大したことないことぐらい、知ってるはずなんですけど……」
「――――何!?けど、俺、塚本の電話に呼び出されて……」
そこまで言った時、八雲の視線が彼から外れ、その向こうの扉の方を見た。
感じる気配に、振り返る播磨。そこにいたのは、
「ふっふーん、驚いた?播磨君」
塚本天満だった。
「……塚本?」
戸惑いの視線を向ける彼に、天満は軽く胸を張り、不敵な笑みを浮かべながら、腕を組んで近づ
いていく。八雲もまた、彼と同じように戸惑いながら、二人の様子を見ていた。
「ええと……どういうことなんだ……?」
「播磨君が悪いんだからね?」
首をかしげながら尋ねる播磨に向けて、天満が放った答えは、しかしより一層に彼を困惑させた。
「――――俺が?」
「そう、播磨君が悪いの――――八雲をどう思ってるか、はっきりさせないから」
「む……」
面と向かって放たれた批判に、さすがに播磨の顔が、サングラス越しにもわかるほどに歪んだ。
八雲はと言えば、唐突な姉の発言に驚きながらも、頬を染めてうつむいている。
「そ……それとこれと、どう関係があるってんだよ?」
確かに。同じ事を考えていた八雲も、その視線をわずかに上げて姉の顔を盗み見る。
播磨がはっきりしないことと、嘘をついたこと。この二つが、彼女の頭の中では、どうしても結
びつかない。おそらく、播磨もまた、そうだろう。
もっとも――――
八雲は一人、胸の中で呟く。
姉さんには、結びつけることが出来るのだろうけれど、と。姉の頭が時折、突拍子もないことを
思いつくのをよく知っているだけに、八雲はじっと、姉の説明を待つ。
「関係あるわよ。だって私は、八雲のお姉ちゃんだもの」
- 400 名前:If...sepia-2 :04/09/09 16:34 ID:nqsc.jyk
- 姉さん、また脈絡が……口にしかけて、八雲は言葉を飲み込んだ。天満が何を言いたいのかわか
らないが、とにかく全部、話を聞こう。そう思ったからだ。
そして播磨は、彼女の言葉の展開についていけず、サングラスの下で目を白黒させている。
「簡単に言えば、試させてもらったの」
播磨の脇をすり抜けた天満は、八雲と彼の間に立ち、そして振り返った。
「……試した?」
「そう。播磨君が、一体、どれだけ八雲のこと、大事に思ってくれてるのかを、ね」
「姉さん……!?」
播磨の呟きに返された天満の答えに、八雲が非難交じりの声を上げる。
そして、悟った。彼女が一体、何を企んでいたのかを。
「そうすると……俺に電話をかけてきた時は……?」
「もちろん、八雲が無事だってこと、わかってたよ」
何故か胸を張って答える天満に、彼は呆然としていた。
「播磨君が本当に八雲のこと大事に思ってくれてるなら、すぐにでも飛んできてくれるだろうって
思ったの。これで、電話でお大事に、なんてすませるようだったら、私、絶対、播磨君と八雲のお
付き合いを認めなかったから」
「姉さん……」
困惑する八雲に、彼女の姉は笑顔で親指を立てた。
「でも播磨君、すごく急いで駆け付けてくれたし。こんなに八雲のこと大事に思ってくれてる人な
ら、お姉ちゃんも安心して任せられるな」
背の高い彼の肩を叩こうとしてはたせず、天満はその腕をポンポンと叩きながら、続けて言った。
「播磨君、これからも八雲を、よろしく頼むね」
「姉さん――――!」
「つまり何か?」
何を――――と、天満を咎めようと発した八雲の声が、播磨によって遮られる。
感情を殺した彼の口調に、八雲の背筋は逆立つ。天満は、しかし、それに気付いていない。
「それだけのために、妹さんが事故に遭って危ない――――そんな風に、俺に教えたのか?」
「……そうだよ……でもほんとは無事だってわかってたけど」
「播磨さん!!」
姉の声を遮って、八雲の叫びが飛んだ時には、もう、遅かった。
パンッ
乾いた音が、狭い病室の中に響いた。
- 401 名前:If...sepia-2 :04/09/09 16:35 ID:nqsc.jyk
- 「あ……」
己の為したことに自ら驚きながら、彼は目の前の少女――――天満を見つめる。
彼女は播磨の平手によって張られた頬に手をやって、呆然と彼を見上げていた。
「す……すまねぇ……」
視線をそむけた先には、驚愕に目を丸くした八雲の顔があり、もう一度彼は、そっぽを向く。
凍りついたような沈黙が部屋に落ち、三人は言葉を失ったまま、身じろぎ一つしなかった。
八雲には特に大きな外傷などもなかったのだが、念のためということで検査を受けることになっ
ていた。そのための診察に訪れた医師が現れたことで、彼らの間で止まっていた時が動き出す。
先に、逃げるように部屋を出て行った天満を呼び止めようとして、果たせず、播磨は肩を落とし
て部屋を出ようとする。
だが視線を感じて、振り返った瞬間。
八雲が複雑そうな表情を見せていた。すぐに彼女は顔を背けたので、はっきりと見ることは出来
なかったが、何かを訴えかけようとしていたその目が、何故か彼の心を揺さぶって。
「妹さん……外で、待ってるな」
気が付くと、播磨はそんな言葉を口にしていた。
八雲が、頬を染めたまま、頷いて視線を上げた時には、彼の背中は閉まりゆく扉の向こうに隠れ
ていこうとしていた。
言ってしまった以上、勝手に帰るわけにもいかなくなり、播磨は一人、病室を出てすぐの長椅子
に腰を下ろす。
ぼう、と天井を見ながら、鼻を襲う薬の匂いに、中学生の頃、喧嘩で警察に捕まった後、無理矢
理に病院に送られて治療を受けさせられたことを思い出す。
考えてみりゃ、俺も変わったよな。
ふと浮かんできた想いに、まるでオッサンみたいだな、と播磨は一人、苦笑いをする。
そして、広げた右の手を見つめた。
彼女の頬を張った手は、まだ熱をもったままだ。見つめたまま、ぎゅっと拳を握る。
荒れていた中学生の頃に出会い、彼の人生を変えた少女、塚本天満。
その彼女を、俺は平手で打った。
胸に流れ込んでくるのは、痛み。
心の、痛み。
- 402 名前:If...sepia-2 :04/09/09 16:35 ID:nqsc.jyk
- 「よう、播磨」
唐突にかけられた声に顔を上げると、そこには二人の少女がいた。
その瞬間の彼は、よほど凶悪な表情をしていたのだろうか、うちの一人――――天満はビクッ、
と体を強張らせた。もう一人も眉を軽く跳ね上げたが、すぐに笑顔に戻り、
「おいおい、何そんな怖い顔、してんだよ」
まさか私を忘れたってんじゃねぇだろうな。言いながら、美琴は声を抑えながらも、明るく笑う。
「あ……す、すまねぇ」
美琴に、というよりは天満に向かって謝るが、彼女は目をそらしたまま、病室に駆け込んでいく。
その、彼が張った左の頬はまだ赤く、また播磨の胸は締め付けられた。
「播磨。隣、いいか?」
病院のパジャマを着た彼女に言われて、彼はわずかに横に動き、美琴が座れるスペースを作り出
した。
よっこいしょ、と声を出して腰を下ろす美琴。
「――――赤ちゃん?周防の子か?」
隣に座られて始めて、播磨は彼女が抱いている赤ん坊の存在に気が付いた。真白の産着にくるま
った彼の手はとても小さく、寝顔はどこまでも無邪気だ。
顔を覗きこむが、よほど気持ち良く眠っているのか、全く目を覚まさない。
「ああ、そうだよ。それとな、今の私は周防じゃなくて、花井美琴なんだぜ?」
お前にも結婚式の招待状、送ったろうが。呆れたようにそう言われるが、全く覚えがない。その
頃の彼は、絃子の家を出る準備などで忙しく、そのどさくさに紛れてしまったのだろう。
仕方なく彼は、
「そっか。いや、悪かった」
と素直に頭を下げる。そして赤ん坊を見つめて、
「男の子なのか?――――似てねぇな、あいつには」
問いかけに頷かれた後、漏らした感想に美琴は苦笑する。
「よく言われるよ。ま、確かに男の子ってのは、母親に似るって言うしな。それにまだ赤ん坊だし」
「どっちに似ても、気の強い子供になりそうだけどな」
「言ってくれるじゃねえか、こいつ」
言葉とは裏腹に楽しそうに笑う美琴と、彼女に抱かれて平穏を謳歌する赤ん坊の姿に、播磨は心
の緊張がほどけていくのを感じた。
そして彼も、彼女につられて笑った。
- 403 名前:If...sepia-2 :04/09/09 16:37 ID:nqsc.jyk
- 「播磨」
「ん?」
「天満から聞いたよ」
それから、しばらく。当たり障りのない雑談をしていた二人だったが、話題が途切れて何となく
黙った後、美琴は急に切り出した。
「…………」
播磨の顔は、一瞬に引き締まる。発する言葉を彼は持ち合わせておらず、ただ口を閉ざした。
「あのよ――――天満のこと、あんまり、責めてやらねえでくれよな」
チラリ。サングラスに隠した瞳を、彼は美琴に向ける。そしてどこかすがるような彼女の視線と
ぶつかった。
「悪気が、あったわけじゃねえんだ。お前を騙したかったわけでもなくて、ただ、妹のこと、大切
に思ってるからなんだよ。そこんとこは」
「ああ……わかってる」
背もたれに、彼は倒れこんで天井を見上げた。淡い白が広がるそこに、播磨は自分の気持ちを描
き出そうとする。
「騙されて怒ってたわけじゃねえさ。ただ……その、いくら嘘とは言え、妹さんが危ない、って言
うのは、よくないだろって思ってよ」
ゆっくりと彼は、言葉を区切りながら、自分の思いを言の葉に紡ぐ。
あの瞬間。
播磨は、我を忘れていた。
自分を試したことに、ではない。たとえ嘘でも、自分の大切な妹が怪我で危ない、と言った彼女
が許せなかったのだ。
あるいは――――虚脱感からか。
八雲の存在が消えてしまうかもしれない。そう聞かされてから、無事を知るまでの間に、どれだ
け心を消耗したか。その反動だったのかもしれない。
とにかく、深くは考えられなかった。
ただ、目の前の少女が、許せなかった。義憤か、私怨か。その両方か。
八雲の声が飛ばなければ、彼は力の限り、天満を張り飛ばしていただろう。
自分が狂おしいほどに愛し、その全てを受け入れられるとまで思った少女を。
その事実によって、気付かせされた幾つかの真実に、播磨はただ当惑していた。
俺は――――どうなっちまったんだ?
- 404 名前:If...sepia-2 :04/09/09 16:40 ID:nqsc.jyk
- 我と我が心の動きに追いつけず、翻弄される意識。
再び省みる己の道から、彼は何かを読み取ろうとするが、霧がかかったかのように、ただ茫洋と
した白が広がっているばかりだった。
結局、と彼は言葉に出さず呟く。出たとこ勝負、ってことしかねえな。
自分の制しきれない衝動を抑えるのではなく、流されてみることで、自分の本心を探ろう。
そう決めて、彼は一人、大きく頷いた。
決めたとたんに、軽くなった心。そして気付く事実。
「まあ考えてみりゃ、本当に妹さんが危なかったら、塚本があんなに冷静でいるわきゃないんだ」
苦笑しながら、播磨は言う。
そう。もっと早く、気付いて然るべきだったのだ。
本当に八雲が危うかったなら、彼女は絶対に、播磨に連絡を取ろうだなどと思いつくはずもなく、
ずっと妹の側にいるだろうから。
「確かに、最初にサラちゃんから、妹が怪我したって聞いたときの塚本の顔ったらなかったしな。
本当にあの子を大事にしてるんだって、思い知らされたよ」
いい子だよ、本当に。そう言う美琴に、彼も大きく頷いた。
「ああ、本当にいい子だ」
同じ頃。
「ごめん……八雲」
病室の中では、診察を終えた八雲に、天満が座ったまま深々と頭を下げていた。
「姉さん……」
どう対応して良いのかわからず、八雲はただ困ったように彼女を見ることしかできない。
「こんなんじゃ、お姉ちゃん失格だね」
顔を上げた彼女の眦には、うっすらと涙が光る。それだけで姉が、本当に心の底から悔やんでい
ることがわかり、八雲は安心させるように笑って、言った。
「いいの……姉さんが私の事を思ってくれてたのは、よくわかったから……」
「八雲……」
目をうるませて、ベッドに上半身を起こした八雲の体に、天満は抱きついて泣き始めた。
彼女の、高校生のときよりも長くなった髪を撫でながら八雲は、そのぬくもりを体中で心地よく
受け止める。
泣きじゃくる彼女の声を耳元で聞きながら、八雲は思いを馳せる。
播磨さん――――私のために――――
- 405 名前:クズリ :04/09/09 16:43 ID:nqsc.jyk
- というわけで、ここで次回に続く、です。
あいもかわらず、冗長かなと思いつつ。
プラス、本編がフィーバー中の昨今、私のおにぎりってまだまだ甘いんだな、などとも
思うわけでして。
もっと精進しないといけないな、と考えております。
何はともあれ、続々と素晴らしいSS作家さんが登場される中、私も頑張っていきたい
と考えております。
それでは、この作品も、よろしくお願いいたします。
では、失礼いたします。
- 406 名前:Classical名無しさん :04/09/09 16:56 ID:S4yW4.K6
- クズリさんGJです。
リアルタイムで見させていただきました。
いや、なんというか相変わらずうまいですね。
冒頭部分は予想できたんですが、そのあとの展開(特に播磨の行動)
はすごくうまいとほんと感心しました。
続きも楽しみにしています。
- 407 名前:Classical名無しさん :04/09/09 17:41 ID:NcSB17yw
- クズリさんGJでした。 八雲が無事で何よりです。播磨が天馬をひっぱたいた気持ち、解るような気がします。
- 408 名前:Classical名無しさん :04/09/09 18:44 ID:fLWnOdXY
- クズリさんGJ!
心情の描写が良かったです。
それはともかく、天馬の文字を見て、天馬の上に播磨と八雲が騎乗するんだなと思っちまった俺はもうダメポ_| ̄|○
- 409 名前:Classical名無しさん :04/09/09 18:52 ID:NcSB17yw
- ん?と思い出しました。
外来以外は廊下に長椅子は通行の妨げで置かないから、
八雲の病室はエレベータの出入り口周辺のロビーのような所の近くって事でいいんでしょうか?
- 410 名前:Classical名無しさん :04/09/09 19:23 ID:fLWnOdXY
- >>409
あー、そこは気付かなかった。
けど、廊下といってもナースステーションや検査室(だっけ?)の近くには長椅子あるから、そちらの近くとも考えられる。
まあ、どっちにしてもクズリさんは病院内部は詳しくない事がわかったわけか。
それはつまり、今まで病院にかかる事が殆どなかったということだから、いい意味で羨ましい。
- 411 名前:Classical名無しさん :04/09/09 20:06 ID:vXkjA.UU
- クズリさん、GJです。
『なんだなんだ!?』の後の展開、予想裏切りました。
かなりネガティブな状況を想像していましたから。
おにぎり失格かなw
特に良かった所は、天満を叩いた後の播磨との対面シーンです。
なかなか緊張させて頂きました。
次も楽しみにしています。
- 412 名前:Classical名無しさん :04/09/09 20:09 ID:vXkjA.UU
- >>411
訂正 予想を裏切られました。
- 413 名前:Classical名無しさん :04/09/09 20:27 ID:w.jKzTvU
- クズリさん乙です
播磨視点と言うんでしょうか、やっぱなにか違いますね
どちらかというと女性キャラの立場のSSのほうが
クズリさん独特のゾクゾク感あって好きです
すんません楽しませてもらっときながら贅沢な意見言ってしまって
- 414 名前:Classical名無しさん :04/09/09 21:25 ID:X6um/foQ
- 何か天満がヤダ。
悪いけど、それされたら漏れでも切れると思う。
……と、播磨の立場で思いながら、読んでいました。
まあ、後の方で、天満の本心が出てきてたけどね。
それにしても、あんな事しなくたって……と思うことしきり。
心理描写は、相変わらず、とってもうまいです。
GJ!
- 415 名前:Classical名無しさん :04/09/09 21:52 ID:16hqPsws
- 原作でも八雲、播磨関係の天満はあまり好きでない。
- 416 名前:Classical名無しさん :04/09/10 01:19 ID:co2it1Nw
- 八雲を主役にすると、どうしても天満が嫌な役になってしまうんですかね…。
- 417 名前:Classical名無しさん :04/09/10 04:49 ID:uCcKGb3s
- クズリさん天満嫌いですか?orz
天満スキーな自分としてはちと残念
- 418 名前:クズリ :04/09/10 08:43 ID:RHgiPSIM
- ちょっと忙しくなりそうなので、今のうちに頂いたレスにお返事させていただきますね。
>>407
共感してくださってありがとうございます。
>>>408
嬉しい褒め言葉ですね。心情描写が私の生命線だと思っているので、ありがとうございます。
>>409-410
よく見たら上のお二方でしたか。御指摘、ありがとうございます。確かに病院はあまり行った
ことありません……HPに上げる時は、修正させていただきます。
>>411
騙されていただいてありがとうございます。ん?日本語の使い方おかしい?
>>413
うーん、そうですか。御指摘、感謝いたします。これからも精進させていただきます。
>>414 >>416-417
いや、私は天満好きですよ?次回以降を読んでいただければ、私の中の天満像をお見せ
出来るかと思います。うーん、言い訳になってないですかね。
それでは、このへんで。SS、近いうちに続きを投稿できれば、と思っていますが、プライベート
が忙しくなってきたり、HPいじったりで、少し間が開くかもしれませんが、どうか御容赦下さいませ。
では、失礼いたします。
- 419 名前:風光 :04/09/10 14:15 ID:k3vacvXM
- こんにちわ、風光です。
少し遅れましたが第二部、投稿させてもらいます。
エピローグを追加したんですがそっちの方が少しばかり過激かも。
けれどかなりの量になってしまいました。
長すぎてすみません。
では読んで頂けると嬉しいです。
タイトルは『Lost Child 〜 the Present 〜』で。
- 420 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:16 ID:k3vacvXM
- 『Lost Child 〜 the Present 〜』
ドドドドドドド……
「ん? バイク?」
どうやらバイクが近づいてきているらしい。
彼女はそう思って音のする方に顔を向けた。
「え?」
バイクに乗っている人間はよく知っている男だった。
「あん? お嬢?」
相手も気づいたらしく愛理の目の前でバイクを止め彼女を呼んだ。
バイクに乗っていた人間は播磨拳児だった。
「なんでこんなとこいるの? ヒゲ」
感情は一気に絶対零度、じろっと彼を睨んだ。
当然だろう。自分がこんな状況に陥ったのは全部このヒゲ、播磨の所為なのだから、
と愛理は八つ当たりに近い感情を持った。
「なんだよ、いちゃ悪いか?」
「……別に」
彼女はふんっと播磨から視線を逸らした。
「たく、可愛くねえ女だなぁ、相変わらず」
「うっさいわよ、ヒゲ」
「もうヒゲじゃねえよ」
憮然とした表情で播磨は答えた。
「あら、そう言えばそうだったわね」
「こ、このアマ……」
愛理の態度に播磨はこめかみを引くつかせた。
「ふんっ」
もう貸し借りはないのだから悪びれる必要はないと彼女は考えていた。
「たっく、で、こんな場所で何してんだ?」
不意に播磨は辺りを見渡しながら疑問を口にした。
まぁ、当然だろう。これと言って何かあるわけでもない場所に愛理がいる理由が見当つかなかったのだから。
「うっ、それは……」
播磨の指摘に思わず愛理は口篭ってしまった。
- 421 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:18 ID:k3vacvXM
- 「あん? ……もしかして迷子とか?」
播磨はからかい気味に訊いた。見当がつかなかったら適当なことを口にしたつもりだったが。
「な、なんでそれを……」
「……図星かよ、おい」
愛理の返答に思いっきり播磨は呆れてしまった。
「う、うっさい」
顔を赤くして怒る愛理に播磨は再度溜め息をついた。
「で、どうすんだ、おめぇ」
「どうするって?」
「当てはあるのか?」
どこに向かって歩いているのか気になって播磨は訊ねた。
「……別に、歩いてればどっかに着くでしょう」
「……お嬢、それは無謀すぎるぞ」
愛理の言葉に心底呆れたように播磨は言った。
「いいでしょ。私の勝手じゃないっ」
愛理の言葉はどこまでも刺々しかった。
前までならもう少し柔らかい対応も出来たかもしれないが、今の彼女は少し情緒が不安定だった。
……それに。
「あんたには関係ないでしょ……」
播磨と言う存在自体が彼女の心を酷くざわつかせていた。
「関係、ないもの……」
それが酷く悲しかった。
そしてそのこと自体がショックで愛理は目を伏せてしまった。
ガリガリ
しばらく彼女の様子を見たあと頭を掻き毟り、播磨は彼女を呼んだ。
「なぁ、お嬢」
「なによ」
「連れてってやるから乗ってけ」
自分の後ろを親指で指差しながら彼は言った。
「……え?」
- 422 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:18 ID:k3vacvXM
- その言葉に一瞬呆然とした後、愛理は恐る恐る訊ねた。
「あんた……なに言ってんの?」
「なにってそのまんまだよ。目的地まで連れて行ってやるから乗せてってやるって言ってんだ」
「ど、どうしてよ。そんなことする理由ないでしょ」
愛理は酷く面食らっていた。播磨からそんなことを言われるとは思っても見なかったからだ。
「別に。ただ困ってるみたいだからな。そんくらい手間でもなんでもねぇし」
事も無げに言う播磨にただただ愛理は呆然としてしまった。
「……あんた、底なしのお人好しね」
「は? 別にそんなんじゃねえよ。ただ困っている女を見捨てるやつは男じゃねえって思ってるだけだ」
「ふぅ、前時代的ね」
播磨の言葉に愛理は苦笑を漏らした。
「いいだろ、別に」
「まあね。………けど、誤解されるわよ、天満の妹に」
一瞬心を許しそうになったけれど播磨は八雲の彼氏なのだと思い出し、そう口にしてしまった。
本心では誘われて嬉しかったと言うのに。
「おい、なんで妹さんがそこで出るんだよ」
「なんでって、付き合ってんでしょ、彼女と」
その事実を口にするのも嫌だった。けれど播磨は愛理の言葉に焦り出した。
「ま、待て、お嬢。それは誤解だ」
「誤解?」
「そうだ。俺は妹さんとは全くこれっぽっちもそう言う関係じゃねぇ」
「え? ……う、嘘言わないでよ。あんたら仲いいでしょ」
それは事実のはずだ。
「そりゃ仲いいが、ともかく誤解だ、誤解。妹さんだってきっと迷惑してるはずだし、俺としては
この問題はさっさと解決したいんだっ」
播磨の真剣な口調に愛理はまじまじと彼の顔を見つめた。
もしかしたら自分はとんでもない勘違いをしていたのでは? と愛理は思い始めていた。
「でも……」
けれど自分の目で八雲が播磨のジャージの名札を繕っているのを見たのだ。
なんでもない男の服を繕ったりなどするだろうか。
「……あ、もしかしてそういうこと?」
そこで彼女はある考えに思い至った。
- 423 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:19 ID:k3vacvXM
- 先ほども考えたとおり播磨は誤解を生むような行動をしがちなようだ。
ならば八雲に誤解をさせるような行動を取ったと言う可能性もある。
八雲は男に疎そうだから優しくされたりなどすれば簡単に好意を持つのではないか?
「つまり……」
播磨は八雲に対して何の感情も抱いていないが、八雲自身は好意を抱いている、そう考え方も
出来るかもしれない。いや、その可能性は高いと愛理は結論付けた。
「なんだ?」
「ううん、なんでもないわ」
播磨の不思議そうな表情に愛理は首を振って答えた。
「ともかく誤解だから、天……塚本とかにもちゃんと説明しといてくれ」
「ええ」
確かに付き合ってるのは誤解かもしれない、八雲の性格上彼に付きまとっているとも考えにくいから
自分は勘違いをしていた可能性は高い。
……けど。
「まっ、見極めさせてもらってからね」
まだ結論は出せなかった。
「おい、お嬢……」
播磨は疲れたような表情を浮かべてしまった。
「ふんっ」
そもそも播磨が誰と付き合っていようと自分には関係ないのだからホッとするのは
おかしい、と愛理は意識的に悪態をついた。
「たっく……はぁ〜」
諦めたかのように溜め息をつくと思い出したかのように愛理に問いかけた。
「……で、乗るのか? 乗らないのか? はっきりしてくれ」
「乗らないわよ、そんなことされる義理ないし」
プイッと首を彼から逸らしてしまった。
「チッ、人がせっかく親切で言ってやってんのに」
「誰も頼んでないわよ」
意地っ張りな自分が出てきたと、彼女は思った。
例え播磨と八雲の関係が誤解だったとしても、自分が好意を受ける理由なんてないのだからと彼女は考えていたからだ。
もっともその考え自体がおかしいのだが。
- 424 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:19 ID:k3vacvXM
- 「わーったよ、もういい。1人で勝手にそこにいろ」
「え?」
播磨の言葉に愛理は現状を再認識した。そうだった、自分は今1人きりだったのだと。
「じゃあな」
ドルンッ……ドドドドッ
「あ、うん……」
播磨は彼女の様子を横目で確認しながらバイクを発進させた。
ペタンッ
「なに、やってんだろ、私」
播磨の気配がなくなったのを見計らって彼女はその場に座り込んだ。
「頼ればいいのに、なんで意地張っちゃうんだろう」
本当は分かっている、自分は彼に甘えるのが怖いのだと言うことが。
甘えて彼に好意を抱くことを愛理は本能的に怖がっていた。
「なんなんだろう」
そんな自分が愛理は分からなかった。
気持ちに答えてもらえないのが怖いと言う感覚が彼女には理解できていなかった。
「でも……あいつと話すんじゃなかった」
彼が去ってしまった瞬間、耐えようも無い寂しさが彼女を襲った。
「1人は、嫌ね」
寂しがり屋な自分が顔を出してしまい、愛理はギュッと己が体を抱き締めた。
- 425 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:21 ID:k3vacvXM
- 「おいっ、お嬢」
「え?」
名前を呼ばれて顔を上げるといきなり腕を引っ張られた。
「ちょ、なに? ってぇ、播磨君?」
腕を掴んでいたのは播磨だった。
「ちょっと、どこ連れてく気よ」
痛みを伴うほど腕をぐいぐいと引っ張り、播磨は愛理をどこかにへと連れて行こうとしていた。
「うっせい。強引にでも連れてくんだよ」
「ど、どこによ」
「お前の目的の場所だ」
「え?」
その言葉に一瞬呆けてしまったが、すぐに正気を取り戻し怒鳴った。
「なんであんたがそんなことするのよっ。お節介も大概にしなさいよっ」
「分かってるって、んなこたぁ。そう言うことするのも柄じゃねぇってこともな」
「だったら……」
「だからって泣きそうな女を放っておけるかよっ」
ビクッ
播磨の怒鳴り声に愛理は身を震えさせてしまった。
けれどある事実に思い至り愛理は叫び返した。
「って、あんた見てたのっ?」
「お、おう」
「さ、サイテーっ!! わざわざどっかに行った振りして覗き見てるなんて卑怯よっ」
「ぐっ……」
愛理の言葉に一瞬言葉に詰まったが、すぐに播磨は言い返した。
「仕方ねえだろ。別れ際にあんな顔されたんじゃ気になって引き返すのは当然だろ」
「え? あんな顔?」
「ああ、寂しそうな顔してたぜ、おめえ」
カッ
播磨の指摘に愛理は恥ずかしさのため頬を紅潮させてしまった。
「だから強引にでも連れてこうって思ったんだよ」
そう言って彼はバイクを止めてあるところに歩き続けた。
- 426 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:21 ID:k3vacvXM
- 「だからって……」
なおも愛理は言い募ろうとしたが。
「分かってるよ、わりぃとは思ってるさ。こんな強引な方法なんてな」
「え?」
「けど放っておけなかったんだから仕方ねえだろ」
サングラスで表情はいまいち読み取れなかったが、確かに播磨は自分の行動に罪悪感を感じているようだった。
「……馬鹿ね、本当に」
ポツリと愛理は零した。
「言われなくても分かってんだから言うな」
「違うわよ」
「あん?」
そう、違った。
こんな風に優しくされたら勘違いしそうになる。そのことを分かっていないことに対して彼女は言ったのだ。
「にしても……」
素でこういう事をしているとなると他にも好意を持ってる人間はいるだろう。
そして勘違いしている女の子もいるに違いないなと愛理は思った。
「よく分からねぇが、ともかく行くぞ」
更に播磨は愛理の腕を引っ張った。
- 427 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:21 ID:k3vacvXM
- 「……待って」
キュッ
「え?」
愛理は播磨の服の裾を掴んだ。
「自分で歩くからいいわ」
「そうか?」
「ええ。……ごめんなさい、迷惑掛けて」
ぺこりと愛理は頭を下げた。
「い、いいって別に」
「そう?」
「ああ。……たく、いきなり素直になりやがって、調子狂うぜ」
頭を掻きながらそう言う播磨を見て、ああ、自分は本当に素直じゃない人間なんだなと愛理は自覚したのだった。
「じゃあ行きましょ」
「ああ」
そして二人は播磨のバイクにへと向かった。
- 428 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:22 ID:k3vacvXM
- 「ほら、お嬢」
播磨はポンとヘルメットを愛理に投げて寄越すと、自身もヘルメットを被った。
「不良なのになんでヘルメット持ってるの?」
まぁ、当然の疑問だろう。確か前は被っていなかったはずだ。
「誰かさんのお陰でノーヘルでバイクに乗ると帽子が飛んでえらいことになるんだよ」
暗に髪を剃られたことを播磨は指していた。
「あ、ご、ごめんなさい」
気づいて愛理は素直に謝った。
「い、いや、別に怒ってる訳じゃないんだが……」
愛理に素直に謝られて播磨は本当に調子が狂いそうだった。
「まっ、そう言うことで買ったんだよ」
「けど、今は必要ないでしょ?」
髪はもう伸びたのだから風を気にする必要などないはずなのに、と愛理は疑問に思った。
「まぁ、そりゃそうだがせっかく買ったのに使わねえのは勿体無いだろ」
「なるほどね。……こっちは?」
愛理は自分が受け取ったヘルメットを掲げて訊いた。
今の話ならこっちを買う理由にはならないはずだがと愛理は思った。
「あ、ああ、それは絃子に勧められてな。どうせ買うなら人を乗せられるようにもう一個買っとけとか言って……」
そのくせ自分は金を出さなかったってのにと播磨は心の中で悪態をついた。
「従姉妹? あんた近くに親戚いるの?」
「え? なんでだ?」
「へ? だってあんた今、従姉妹に勧められてって言ったでしょ」
「あ、あー、そうだな。おお、近くに住んでんだ」
「へー」
愛理は納得したように頷いた。
「そ、それよりも聞きたいことがあるんだが、いいか?」
これ以上絃子の話が続くのは避けたいと考え、播磨は強引に話を変えた。
- 429 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:22 ID:k3vacvXM
- 「なに?」
「さすがに手がかりがなんにもねぇんじゃ連れて行こうにも行けねぇからな。目的地の名前とか教えてくれねえか?」
「いいけど、言って分かる?」
「一応言ってみろよ」
「ええ」
そして愛理は店の名前を告げたのだが。
「あー、やっぱ女の行く店は分からねえな」
播磨は頭を掻きながら答えた。
「ほら、やっぱり」
「ぐっ……じゃあ最寄の駅の名前はなんだ?」
「え? そんなの聞いてどうすんのよ。私はそこから降りてここまで来たのよ」
「そりゃそうだが一応な」
「……分かったわよ」
愛理は播磨の言葉に渋々最寄の駅の名前を告げたのだが。
「……おい」
何故かその名を聞いた途端、播磨は半眼で睨んできた。
「なによ」
「お前なんでその駅で降りてこんな場所にいるんだ?」
「へ?」
播磨の言葉に愛理は面食らってしまった。
「その駅はこっからだいぶあるぜ。女の足じゃまずここまで来るのは不可能だ」
「……え、えっと……」
つまりどう言う事なのだろうと愛理は考え始めた。
「お嬢。お前もしかして降りる駅、間違えたんじゃねえか?」
ビクッ
播磨の指摘に愛理は思い切り動揺を見せた。
「で、でも確か降りた駅は合ってたはず……」
形ばかりの抵抗を試みるが。
「確かこの辺に似たような駅名の駅があったはずだぞ」
「……へ? そ、そうなの?」
「ああ」
がくりと愛理は肩を落とした。
- 430 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:22 ID:k3vacvXM
- 「まっ、目的地が分かったんなら話は早い。早く乗りな」
「え、ええ。……けどいいの?」
「あん?」
「あんたが言うには遠いんでしょ、ここから」
そんな迷惑を掛けるわけにはと愛理は暗に続けた。
「ああ、構わねぇよ。てか寧ろ好都合だ」
「え? なんでよ?」
「俺もそこの近くに用事があったからな」
「そうなの?」
「ああ」
頷いて播磨はバイクのエンジンをかけた。
「でも、ならなんであんたここにいるの?」
「別に。ただの通り道だ」
「あっそ」
播磨の答えに虫の良いことを考えすぎたなと反省しつつ、愛理はバイクの後部シートに座った。
「じゃあ行くぞ。しっかり掴まっとけ」
「ええ」
愛理は播磨の腰辺りに手を回し、それを確認して播磨はバイクを発進させた。
- 431 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:28 ID:k3vacvXM
- ドドドドドドドッ
「……」
「……」
2人はしばらくの間、無言だった。
当然と言えば当然だったが共通の話題などが何もなかったからだ。
「……」
「……」
「……」
「……なぁ」
重苦しい雰囲気に耐えられなくなったのか、播磨が口を開いた。
「なによ」
「……お前、何しに行く気なんだ?」
「え? ああ、服買いに行くだけよ」
「ほーお、1人でか」
「なわけないでしょ。友達とよ」
「友達? なら連絡したのか、遅れるって」
クンッ
ハンドルを切りバイクを右折させた。
「してないわ。……携帯、充電し忘れたのよ」
「……らしくないな」
「ええ」
そこで会話が途切れてしまった。
播磨は次の話題を探したがなかなか思いつかなかった。
「ふぅー」
「あん? なんだ?」
「……いえね、迷子になるなんて子供の時以来だなって」
「子供の時?」
「そっ。これでもまだ迷子になったのは二回目なのよ」
「……いまいち信じられねえな」
播磨の言葉に愛理はむっとした表情を作った。
「なんでよ」
「今日のおめえの態度見てたらな。意地張って闇雲にどっか行って余計に迷ったりしてそうだ」
- 432 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:28 ID:k3vacvXM
- 「……大丈夫よ。いつもは1人じゃないし……」
「つーことは1人なら迷子になんのか?」
「っ、たまたまよ。今日はたまたまなのよ」
播磨の冷静なツッコミを愛理は慌てて否定した。
「まぁ、いいけどさ」
信じてないと言うのがありありと見えて愛理は不機嫌になってしまった。
「ともかく、今まで迷子になったのなんて子供の時に一回だけなのよ」
「ふーん。子供んときねぇ。きっとそんときのお前って生意気ながきんちょだったんだろうな」
ベシッ
愛理は無言で播磨の頭をはたいた。
「キャッ」
その瞬間バイクは一瞬バランスを崩しかけた。
「のわっ!! あ、アブねえだろうがっ。バイク走らせてる最中に叩くか、普通」
「あ、あんたが悪いんでしょっ。私の少女時代は純真で可憐な美少女だったんだから。失礼な想像するんじゃないわよ」
「ほー、そりゃまた」
播磨は気のない返事をした。
「……あんた信じてないでしょ」
「信じてるぞ」
棒読み口調で答える播磨に一瞬キレそうになったが、そうしたら今度こそ事故を起こしそうで愛理は必死に自制した。
「まぁ、今のお前からは想像できねえけどな」
「こっ……」
危なく愛理はチョークスリーパーをかけそうになってしまった。まぁ、そんなことをすれば大事故決定だが。
「あ、あのねぇ。私、これでも学年一の美少女って有名なのよ」
「そうなのか? だが天……塚本とか他にもいるだろ?」
本気で驚いた声で問い返す播磨に呆れたように愛理は続けた。
「本当よ。まっ、あんたが言うとおり天満や美琴、晶もかなりの人気を誇ってるわね。
天満とかは男連中には話しやすいしその手の相手にはかなりの人気があるけど総数で言ったら私がトップかしら」
「な、なるほど……」
そう答えたが播磨が気になったのは天満の人気がかなりあるということで、それ以外は半ば聞き流していた。
「どう? 分かったかしら」
「ああ……」
天満ちゃんがそんなに人気あるとは、やはり何かしら対策を取らねばと播磨は心の中で決心した。
- 433 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:28 ID:k3vacvXM
- 「い、意外に素直ね。と、ともかく、偶然通りかかった男の子に助けられ、
幼い私はその手を取り晴れて家に帰りましたってわけよ」
播磨が考えてる内容が天満のことだとは露ほども知らず、愛理は少し顔を赤らめながら言葉を続けた。
「へー、なんかえらくシンプルだな。道中駄々こねてそいつ困らせたんじゃねえか?」
「っ!? ば、馬鹿言わないでよ。私ほど素直で聞き分けのいい子供はいなかったわよ」
「ふーん」
聞き流すように答えて播磨はハンドルのグリップを捻った。
ビキッ
「あ、あんたねぇ」
怒りを押し殺すように愛理は播磨を呼んだ。
「な、なんだよ」
その迫力に圧されてつい及び腰になってしまった。
「あんたこそその男の子みたいに女の子には優しくしないと。今のままじゃもてないわよ」
「なっ! て、テメェ、振り落とすぞっ」
愛理の言葉に今度は播磨が怒りで紅潮し、どすを利かせた声でそう言った。
「やれるものならやってみたら?」
男ならいざ知らず女の自分にそう言うことを出来るはずがないと考え愛理はそう言った。
「ぐっ……」
予想通り播磨は言葉に詰まってしまった。
「ふんっ」
愛理は勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「チッ……ああ、もうっ、ムカつくやつだな、ホント。……やっぱ相性合わねえわ」
「え? ……そう……」
けれどすぐに播磨の言葉に落ち込んでしまったのだが。
- 434 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:29 ID:k3vacvXM
- それから少しの間沈黙が続いたが、それを破るように播磨は口を開いた。
「……そういや俺も子供ん頃、迷子のガキを助けたことがあったな」
「あなたが? 信じられないわね」
「別に信じなくてもいいけどな。あんときのやつもテメェと同じ金髪の女だったな」
「へぇ〜」
「まぁ、お嬢と違って幾分素直だったがな」
「悪かったわね」
憮然とした口調で愛理は答えた。
「フンッ……確かハーフっつってたな。お前と違ってかなり綺麗だったぞ」
「私も十分可愛いと思うけど?」
「あー、そうだなー」
気のない返事。いい加減愛理は本気で切れそうになっていた。
「でも確かに意地っ張りなとこもあったかな」
「そ、そうなの?」
けれど愛理は少しばかり播磨の話に興味を引かれ、訊ね返した。
「ああ。そいつ自販機の前に座ってたんだが迷子かって聞いても迷子じゃないって言い張るし、
そのくせ1人にしたら公園のブランコで泣き出してるしさ。さすがに放ってけなくてちょっとばっか
強引な手法で迷子だって認めさせたんだ」
「えっと……」
何故だろう。どこかで聞いた話のような気がする。愛理は続きが気になった。
「まっ、そしたらあとは素直なもんでな。乗った駅の名前とか聞き出して、電車に乗ってそいつが
泊まっていたホテルまで送り届けたんだ」
「もへ?」
播磨の言葉に愛理は思わず彼の体に回していた腕を緩めてしまった。
「な、なにやってんだ、バカっ!!」
キキーッ
慌てて愛理の腕を掴むと、急ブレーキをかけてその場にバイクを停止させた。
「アホかお前はっ。走行中に手を離すやつがどこにいるっ!!」
「ご、ごめんなさい」
播磨のあまりの剣幕に愛理はしゅんと項垂れてしまった。
「ごめんなさいじゃねえだろうがっ!! もしあれで落ちでもしたら怪我だけじゃ済まなかったかもしれないんだぞっ」
播磨は本気で怒っていた。こんな彼を見るのは初めてで、愛理はただただ頭を下げた。
- 435 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:31 ID:k3vacvXM
- 「たく、大丈夫だろうなぁ。ダメならこっから歩くぞ」
播磨は溜め息をつきながらそう言った。
「……大丈夫だから置いてくとか言わないでよ」
落ち込みながらもそう言わずにはいられなかった。1人にされる、彼女はそれが一番今されたくなかった。
「誰がそんなこと言ったよ。歩くならちゃんと俺も歩いてやるよ」
「……え? 本当?」
「当然だろうが。連れてくっつったんだから責任もって連れてってやるよ」
「そっか……」
播磨の言葉に僅かに胸が温かくなるのを愛理は感じた。
「で、本当に大丈夫なんだろうな」
「ええ、ごめんなさい。大丈夫よ」
「なら今度はしっかり掴まっとけよ」
播磨はそれに愛理が頷き自分の腰上辺りにギュッと腕を回したのを確認するとゆっくりとバイクを発進させた。
- 436 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:31 ID:k3vacvXM
- 「……ねぇ、ヒゲ」
走り始めてだいぶ経ち、愛理は播磨を呼んだ。
「あん?」
「さっきの話、もうちょっと詳しく教えてくれない?」
「さっきって……あの子供のとき迷子を助けたって話か?」
一瞬考え込んだが、すぐに思い当たり彼はそう訊ねた。
「ええ、それよ」
「別にいいけど……なんでそんなに気になんだ?」
「……別に。ただの好奇心よ」
「ふーん、まぁ、いいけどさ。詳しく、なぁ」
そう言って播磨は考え始めた。
「なんでもいいのよ。駅の名前とかホテルの名前。女の子の名前ならよりベターね」
「って言われても子供の頃の話しだし、そんなにハッキリと覚えてねえんだよなぁ」
「そう、なの?」
播磨の発言に愛理は落胆を隠せなかった。
「ああ…………おお、そうだそうだ。そいつなんだか妙に怯えてたな。泣いてやがったからハンカチ渡そうと
近づいたら後ずさるし、ハンカチが汚いとか言ったから取り上げたら怯えた顔で俺の顔を見てきたしさ」
「そ、それは男の子全体が怖かったんじゃないかしら。子供の時って見た目が違うってだけで苛めの対象になったしね。
私も経験あるけど同世代の男の子は怖いって意識はあったわよ」
「へー、そうなのか。……けど女を苛めるたぁ男の風上にも置けねえなぁ」
「ええ……。で、その、他には?」
播磨の言葉に嬉しくなりつつも訊ねるのは忘れなかった。
「あ、ああ。えーっと……そうそう、確かそいつ、京都に住んでるって言ってたな。一瞬どうやったらそこから
迷子になれんだって思ったけど、どうやらホテルを東京のほうに取ってたらしくてな。そっから迷子になったらしいぜ」
「へ、へー」
平静を装って答えるが愛理は内心穏やかではなかった。
疑いがどんどんと確信に変わってきているのが分かったからだ。
「駅まではどうやって行ったの? 歩き?」
「あん? 駅ってこっちの駅だよな。……いや、確か自転車だ。駅名忘れたとか言ったからそいつを後ろに乗せて
探し回ったんだ。……ああ、間違いない。今思い出した」
「そ、そう」
- 437 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:32 ID:k3vacvXM
- 「それと…………ああ、嫌なこと思い出しちまった……」
その時のことを思い出そうとしていた播磨は、不意に苦虫を噛み潰したような顔をした。
「なにがよ」
「そんとき俺あんま金なくてな。そいつに行きも帰りも電車代奢ってもらったんだよ。
……はぁー、女に金を奢ってもらうだなんてガキの頃だとしても情けねーなぁ、ホント」
もし両手が使えたら播磨は頭を抱えていただろう。
「ふ、ふーん。その子ってお金持ちだったの?」
「ああ。なんかお嬢様らしくてな。万札とか普通に持ってるやつだったぞ」
播磨の答えに一瞬愛理は眩暈を覚えた。
疑いはその時点でほぼ100%確信にへと変わっていた。
「……えと、それだけ?」
「あ、ああ、覚えてんのはそれくらいだな……」
「そう……」
けれどまだそうだとは認めたくなくて愛理は決定な証拠を求めていた。
「あー、そのさ」
「あん? なんだ?」
「その子から別れ際に何かもらったりしてない?」
「へ? そいつから?」
「ええ」
そこで何ももらっていない彼が言えばそれは単なる偶然の一致だったと言うことだ。
愛理は期待と不安が入り交ざった表情で彼の答えを待った。
「……確か何ももらってなかったと思うけどな」
「……そう」
呟いた愛理の表情は安心と、同時に落胆の表情が見て取れた。
「そっか……」
いや、愛理自身は気づいていないだろうが、落胆の方が大きいだろう。
「あ、いや、待てよ」
不意に播磨が何かを思い出したかのように呟いた。
「え?」
「ああ、そうだ。おお、確かもらったな。えーっと、そう、古いペンダントをもらった記憶があるぞ」
「!?」
「ああ、間違いない。宝物だったとか言ってたな。うん、今も俺の部屋に保管してあるはずだ」
- 438 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:32 ID:k3vacvXM
- 「う……そ……」
「いやー、すっかり忘れてたぜ。帰ったら久しぶりに出してみるか」
愛理の呟きは播磨の耳には届いていないようで、勝手に彼はしゃべりだした。
「ありがとな、お嬢。お前が言ってくれたお陰で思い出したわ」
「そ、そう。良かったわね」
そう答えながら愛理は軽い眩暈に襲われ、そして確信した。
播磨の言っている女の子と言うのは自分で、自分の思い出の男の子は播磨だということを。
「はぁ〜」
ぽすっ
愛理は播磨の背中に頭を押し付けた。
「お、おい、お嬢。なにしてんだ?」
「なにって言われたとおりしっかり掴まってんのよ」
ギュッ
そう言って愛理は播磨に抱きつく力をさらに強めた。
「む、むぅ〜」
愛理のその行動に播磨は少なからず頬を赤らめてしまった。
天満一筋とは言え女の子に抱きつかれた経験が皆無だった播磨にはかなり刺激が強かったようである。
「温かいわね、あんたの背中」
「そ、そうか?」
「ええ」
愛理の言葉に播磨は妙にドギマギしてしまった。相手はあのお嬢なんだぞと必死に言い聞かせていると言うのに。
「……ねぇ、ヒゲ」
「な、なんだよ」
「どうしてその子を助けてあげようって思ったの?」
照れとかを失くした彼の本心が聞きたいと愛理は思った。
「どうしてって………あー、覚えてねえなぁ。大した理由じゃなかったはずだが」
「そう……」
播磨の答えに興味を失くしたかのように答え、キュッと腕に力を込めた。
(彼にとっては大した理由での行動じゃなかったかもしれないけど、聞きたかったな、理由)
寂しげな瞳で愛理は静かにそう考えた。
そしてそれから彼らは無言で目的地へと向かった。
- 439 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:33 ID:k3vacvXM
- 「着いたぜ」
バイクを止めた先は確かに愛理が口にした名前の駅だった。
「ここだったんだ」
そう答えながら愛理はバイクから降りた。
「……ありがとう、播磨君」
「い、いいって別に。けど、なんかホント調子狂うんだよな、素直にお前から礼を言われると」
「……そう」
やっぱり自分は素直じゃない女と言う認識を彼に持たれているんだと、愛理は実感し少し悲しくなった。
「まっ、悪かないがな」
「え? おかしいとは思わないの?」
「あ、ああ。まぁ、確かに調子が狂うのは事実だがおかしいとは思わねえよ。いいんじゃねえの。
俺はそう言うお前は嫌いじゃないぜ」
「そ、そう」
真顔でそう言われて愛理は本気で照れてしまった。
「で、大丈夫なんだろうな、ここまでで。なんだったら店の前まで行ってやるけど」
「たぶん大丈夫よ。こっから晶が言ってた目印の看板が見えるしね。言われたとおりの道を辿れば着くはずよ」
「ならいいが……まっ、どうしようもなくなったら迎えに行ってやるから携帯に電話しな」
「へ? なんで?」
「なんでってせっかくここまで送り届けたってのに、また迷子になられたら送った甲斐がないからだよ」
憮然とした表情で播磨は答えた。きっと彼は照れとかじゃなくて本心で言っているんだろうなと愛理は思った。
「なるほど、ね。けど私あんたの携帯ナンバーなんて知らないわよ」
「……あー、そういや教えてねえな」
と言うか妹さんくらいか俺が教えたのって、と播磨は思った。
「しゃーねーな。紙とペン持ってないか?」
「え? えーっと……あるけど」
愛理はそう言ってバックからメモ帳とボールペンを取り出した。
「貸しな」
「ちょ……」
播磨は半ばひったくるようにそれを奪うとさらさらと何か書き始めた。
「ほれ、迷ったら公衆電話からでも電話しな。ここまで送った責任としてちゃんと迎えに来てやるよ」
「え?」
そう言って播磨から返されたメモ帳には何かの番号が書かれていた。
- 440 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:34 ID:k3vacvXM
- 「こ、これって……」
「俺の携帯番号だ」
平然と返す播磨。
「あ、えっと……」
期せずして播磨の携帯番号を知ることが出来て愛理は戸惑ってしまった。
「じゃあなんかあったらそれに電話しろよ」
「え、ええ」
「それじゃあ俺、行くわな」
そう言って播磨はバイクのエンジンをかけ直した。
「え、ええ」
愛理はそのまま播磨を見送ろうとしたが。
「あー、言い忘れてた。……お嬢」
ヘルメットを被る直前で播磨は愛理の方を振り返った。
「なに?」
「さっきの質問の答えなんだが……」
「さっきの質問?」
そう言われてなんのことかと愛理は首を捻ってしまった。
「なんで子供のときその女を助けたかってやつだよ」
「あ、ああ」
まだ考えていたんだと愛理は少し驚いた。
「思い出したんだが……まっ、ホントに単純な理由だったぜ」
「そうなの?」
「ああ。そいつが泣いてたから、だから放っておけなかったんだよ」
「……なにそれ、同情?」
愛理は播磨の答えに軽い落胆を覚えた。まぁ、良いんだけどさ。別に過剰な期待をしていた自分が悪いんだけど。
「別に同情じゃなくて……嫌だったんだよ、泣いて寂しそうにしてるやつを見て見ぬ振りをするのが……」
「え?」
「なんつーかさ、悲しそうなの見たくなかったんだよ。何とかしてやりたいって思ってさ」
「……」
「お節介だと思ったけど……けどさ、そいつの寂しそうな目を見た瞬間笑顔にさせたやりたい、
1人にさせたらダメだって思って……あー、なんか今考えると傲慢だな」
髪を掻きながら播磨は情けなさそうに呟いた。
- 441 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:35 ID:k3vacvXM
- 「だから自分にできることをしようって思って行動したんだ。……これでいいか?」
話し終えて播磨は溜め息をついた。
「……なんでずっと考えてたの? 終わった話なのに?」
「いや、なんかお前が心底聞きたそうだったように見えたからさ……それとも違ったか?」
少しばかり自信無さそうに播磨は訊ねてきた。
「ううん、合ってるわ」
「そ、そうか?」
愛理の言葉にホッと一息ついた。
「けど……ぷ……くくくくっ」
「な、何故笑い出すっ!?」
愛理の反応に播磨は自分が変なことを言ったのではと慌て出した。
「あははは……ごめんなさい。ただあんたって今も昔も変わらないんだなぁって思ってね」
涙目になりながら愛理は答えた。
「なんだそりゃ? 馬鹿にしてんのか?」
「違うわよ。ホーント良いやつね、あんた」
「あん?」
愛理の言葉に播磨は首を傾げた。
「まぁ、ともかく用件も済んだし、行くとこあるから俺は行くな」
そう言って播磨はヘルメットを被った。
「あ、待ちなさい」
今にもバイクを走らせようとする播磨を慌てて呼び止めた。
「なんだよ?」
「お礼くらいさせなさいよ」
「お礼? いいって、んなの別に」
愛理の言葉を播磨は手を振って遠慮した。
「それじゃあ私の気が済まないのよ」
「俺は別に気にしてねえんだが……」
戸惑い気味の声で播磨は答えた。。
「受けた恩はきっちり返すのが礼儀なのよ、知らないの?」
「って言われてもなぁ……」
播磨は心底困ってしまった。
- 442 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:35 ID:k3vacvXM
- その表情を見て愛理は言葉を続けた。
「それにあんたに貸しを作りっぱなしなんて私のプライドが許さないのよ」
「はっ?」
愛理の言葉にしばし呆然としたあと。
「くくくくっ……なるほどな……」
笑いを噛み殺すように言葉を続けた。
「確かにお前らしいわ。そりゃあ、何が何でも貸し返さなきゃ嫌だよな、お前なら」
納得したように播磨は何度も頷いた。
「じゃあ私からお礼を受け取るのはなんの異存もないのね」
「まぁな。どんなんでも受け取ってやるよ」
少々偉そうに播磨は答えた。
「あらそう。じゃあ後日ちゃんとお礼してあげるわ」
対する愛理の不敵の笑みを浮かべた。
「おう、楽しみにしてるわ。……じゃあな」
「ええ」
ドドドドドドド……
そして播磨はバイクを走らせその場から立ち去った。
そして播磨はそのまま……。
(どこだ、天満ちゃんは?)
八雲から偶然この辺りに来ていると聞いた天満を探しにバイクを走らせ続けていた。
愛理の言っていた友達の中に天満が含まれているとは露ほども気づかず走らせ続けた。
「どこだーっ」
はっきり言って馬鹿である。
- 443 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:35 ID:k3vacvXM
- 一方愛理はと言うと。
「はぁー、参ったわねぇ」
額に手を当て溜め息をついていた。
「まさかそんな偶然があるなんてね……はぁー」
深い溜め息をつき、困ったような口調でそう呟いた。
……もっとも。
「ホント、どうしようかしら」
その口元には笑みが浮かんでいたのだが。
「まぁー、いくら考えたところで事実が変わるわけもないし……認めるしかないわね」
そう呟き、うんうんと1人納得しているうちに、あの日以来
ずっと愛理の心の中にあったもやもやはすっきり晴れてしまった。
「じゃああとは決行するのみね」
覚悟を決めれば後は彼女を止めるものは何もなかった。
「例えもし播磨君が誰かを好きだったとしても関係ないわ。私の気持ち次第なんだし、うんっ」
そう呟いた愛理の顔は本当に清々しいものだった。
そして彼女は美琴たちと待ち合わせしていたお店に向かった。
「お前、おっそいなぁ」
「愛理ちゃん、なんかあったの?」
店に入った途端美琴が呆れたよう声と天満の心配した声に迎えられた。
「悪いわね。ちょっと降りる駅間違えちゃったのよ」
「はぁ? 馬鹿だろ、お前」
愛理の言葉に美琴は心底呆れたようだ。
「でも愛理ちゃん。それだったら電話してくれれば良かったのに」
天満はそれを聞いて当然の疑問をぶつけた。
「充電するの忘れていたのよ」
「らしくないミスだね」
晶のツッコミを愛理は意地を張らず受け入れた。
「そうよね、ホント。ごめんなさいね、こんなに遅れちゃって」
ぺこりと頭を下げた愛理を美琴たちは驚いたような目で見つめた。
- 444 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:34 ID:k3vacvXM
- 「なによ?」
「いや、まぁ良いけど……なんか変なものでも食ったか、お前」
「なんでよ?」
「い、いや、あまりにも素直なもんで……」
美琴の言葉に天満と晶も頷いた。
「そうかしら?」
「なにかここまで来る間にあったと考えるのが普通かしら」
「さぁ、どうでしょうね」
晶のかまかけにも愛理は動じなかった。
「はぁ〜、まあいいけどさ……でも……」
「うん、そうだね」
「……何よ」
美琴と晶の意味深な会話に愛理は怪訝な表情を浮かべた。
「今の愛理ちゃんかなりいい顔してるよ」
「へ? そ、そうかしら」
「うん」
天満の言葉に知らず知らずのうちに愛理は自分の頬を触った。
「どうしたの、愛理?」
「なんか顔赤いぞ、沢近」
「別になんでもないわよ」
プイっと愛理は視線を逸らしてしまった。
「ほぅ、じゃ、まぁ追及は買い物を再開してからってことで」
「美琴さん。買い物後に喫茶店で追及と言うのもいいわよ」
「あんたらなに話してんのよっ」
にまぁっと笑みを浮かべている美琴と冷静ながらも面白がっている晶に愛理は怒鳴った。
「まぁまぁ、愛理ちゃん。ともかく買い物始めようよ。愛理ちゃん来るの待ってたんだから」
慌てて天満は3人の間に入った。
「まぁ、そうね。悪いわね、待ってもらって」
「いいって、別に。気にすんな」
「じゃあ買い物さいかーい」
そして4人はショッピングを開始した。
- 445 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:34 ID:k3vacvXM
- 「ああ、言っとくけどなに訊かれてもしゃべらないわよ」
「チッ」
愛理の言葉に美琴は軽く舌打ちをした。
「でもそれってなにかあったと言ってるのと同意だよね」
「ぐっ……」
そんなこんなで4人は姦しくもショッピングを続けた。
- 446 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:35 ID:k3vacvXM
- ってことで本編終了です。
そして続けてエピローグをすぐに投稿します。
本編で足りなかった分、愛理がいろいろとぶちかましますよ。
もはや彼女を止めるものは何もありませんからね。
で、たぶん大抵の人は気づいていたと思いますがあの男の子は播磨だったわけで、昨日の愛理の子供時代の口調同様
播磨のしゃべり方もかなり苦心しました。だって資料とか全くないですからね。
そんなこんなでこっちの方で違うとか言っても物投げないでください。
あ、それと播磨と愛理のラブラブを望んでいた方はごめんなさい。
播磨はやっぱり天満ラブのまま話を進めたほうが面白いと思ったもんで。
では、エピローグをお楽しみください。
- 447 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:36 ID:k3vacvXM
〜えぴろ〜ぐ〜
――翌日、学校にて
「はぁ〜」
播磨は深い溜め息をついた。
結局あのあと天満に会うことが出来ず落ち込んでいたのだ。
もっとも会ったら会ったで非常に拙い展開になったと思うが。
「なんで上手くいかねえかなぁ」
播磨は天を呪った。
きっと神様は俺を天満ちゃんに近づけたくないんだ、などと現実離れした妄想を抱き始めていた。
キーンコーンカーンコン
そんなこんなで4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「しゃあねぇ。落ち込んでても仕方ないし行くか」
播磨はそう呟いて立ち上がった。
向かう場所は屋上。あれだけ噂になっても八雲に屋上で漫画の批評をしてもらうのを止めていはいなかった。
「よっこらせっと」
鞄から原稿が入った封筒を取り出すと屋上に向かって歩き出そうとした。
「あっ、ヒゲ」
いきなり呼びかけられて播磨は首を動かした。もっとも彼をそう呼ぶ人間は1人だけだが。
「あん? なんだお嬢か。なんのようだ? ……それとヒゲじゃねえよ」
さりげなく呼び名を注意することは忘れなかった。
「あ、じゃあ播磨君。今から暇?」
「え? いや、用事あるが……なんだ?」
「そうなの。えっと……昨日のお礼にお弁当作ってきたんだけど……いらない?」
「へ?」
「ちなみにカレーライス」
「なに?」
愛理の言葉に播磨は激しく反応した。
万年金欠気味の播磨にとって昼食代を浮かせられる弁当と言う単語はひどく心地よく、
また好物のカレーライスと言う言葉が嬉しさを倍増させていた。
- 448 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:36 ID:k3vacvXM
- けれど……。
「さ、沢近?」
「愛理ちゃん?」
「……愛理?」
美琴たち他、クラスにいた全員、特に天満の視線が自分に向いていることに気づき慌てて首を振った。
「い、いや、今は遠慮しとく」
「そう……」
愛理は少し残念そうな顔をした。
「えっと、あとでもらうから」
けれどカレーを諦め切れなかった播磨はそう小声で愛理に言った。
愛理の表情の変化にはまるで気づかずに。
「あっ、ええ、待ってるわ」
「じゃ、じゃあ俺は行くな」
愛理の態度に怪訝な表情を浮かべつつ播磨は教室を出、屋上にへと向かった。
- 449 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 14:37 ID:k3vacvXM
- 「え、愛理ちゃん。今のなに?」
播磨が完全にいなくなるのを見計らって天満が話しかけてきた。
「別に。ただお弁当を作ってきてあげただけよ」
「ふーん。……って、ええーっ!?」
愛理の発言に天満はのげぞってしまった。
いや、クラスにいた全員、大小の差はあるが衝撃を受けていた。
「ところで彼ってどこ行ったか知ってる?」
ここ数日、意識的に播磨の行動を見ないようにしていたので愛理は全く予想がつかないでいた。
「あ、えっと、屋上だが」
「へー、なにしに行ってるの?」
笑顔で愛理は訊ねてきた。
「え、えっと、それは……」
当然の質問に美琴は言葉を濁してしまった。
言えるわけないよなぁ、塚本の妹と会ってるだなんて、と美琴は心の中で呟いた。
「八雲に会いによ」
「お、おい、高野っ?」
さらりと告げた晶にビックリして美琴は振り返った。
「だってそっちの方が面白そうだし」
「だ、だからってなぁ……」
なおも文句を言おうとしたが。
「八雲に……あの子に会いに、か。ふーん」
愛理の周囲の気温が見る見るうち下がった気がして口をつぐんでしまった。
「へー、そうなんだ……」
酷く冷めた口調で愛理は呟いた。
「お、おい、沢近?」
「なるほど……上等じゃない」
その顔に不敵な笑みを浮かべるとお弁当を持って愛理は歩き出した。
「ね、ねぇ、愛理ちゃん。どこ行く気?」
少しばかり怯えた声で訊ねる天満に。
「決まってるわ、屋上よ」
満面の笑みを持って愛理は答えた。
- 450 名前:Classical名無しさん :04/09/10 16:12 ID:zdT9u4iQ
- GJ
細かいとこで気になるところがあるけれど、聞きたい?
- 451 名前:Classical名無しさん :04/09/10 16:36 ID:ef5gYoLs
- てか、終ったの?
ストーリー的には終っててもおかしくないけど、ぶちっと切れちゃってるから
終ってるのかどうか判断がつかない…
終ってるならGJ! 終ってないならツヅキマダー?
それはともかく「答える」と「応える」の使い分けよろしく。
>450
言いたいことがあるならはっきり言いなされ。
言いたくないならほのめかすようなことをいちいち書きなさんな。
450 の文面を見直してみ? とてつもなく偉そうな物言いしてるよあんた。
- 452 名前:Classical名無しさん :04/09/10 16:50 ID:OF66FMpA
- >>446
良い旗SSを読ませて頂きました。GJ!
ただ、エピローグの最後にもう一文情景描写か何かを加えれば
唐突に終わった感じがしなくなってより良いと思います。
次回作待ってます。
- 453 名前:Classical名無しさん :04/09/10 16:54 ID:S9ciXEEI
- >>451
おまえもな。
- 454 名前:風光 :04/09/10 18:14 ID:Z7bkqto2
- すみません、マシンがちょっとトラブって続きが投稿できませんでした。
復旧したので残り投下します。
- 455 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:16 ID:Z7bkqto2
- 所変わって屋上にて。
「おお、悪いな、妹さん」
「い、いえ」
何も知らずに播磨は八雲に会っていた。
「で、早速だが原稿見てもらいたいんだが。あっ、あとアシのお願いも……」
「あ、はい……いいですけど……その……」
「ん? どうかしたのか?」
八雲がなにか言いたそうなのを見て播磨は不思議そうに訊ねた。
「あ、いえ、なんでもないです……」
そう答えて八雲は播磨に気づかれないように小さく嘆息した。
何故だろう。最近、こうやって会う度に落ち込みそうになってしまうのは、と八雲は考えていた。
「なら良いんだが……えっとだな、このシーンなんだが……」
「はい……」
こうやって播磨さんの漫画を見るのは嫌いじゃない、ううん、寧ろ好きなのに何故?
播磨の言葉に相槌を打ちながら八雲はずっと考えていた。
「で、ここでバイクに乗せようとと思うんだが、どうかな?」
「あ、それでしたら……その……まずこの辺りにそれなりの伏線を出した方がいいかと……」
「おお、なるほど。確かにその方がいいな」
こうやって意見を交わし、播磨さんが頷き、また次に見せてくれる漫画でそれが反映されているのを
見るのは楽しいのに……何故?
「で、ここまで出来てんだが……えっと、この続きを手伝って欲しいんだよ」
「はぁ……この続き、ですか?」
「そうなんだ。妹さんの手を是非借りたいんだ」
播磨はぺこりと頭を下げてきた。
「あ、はい。私で出来ることでしたらお手伝いします」
「そうか? いやー、ありがたい」
こうやって播磨さん頼られるのは本当に嬉しいのだけれど……なんでだろうと八雲は思った。
「はぁー」
「ん? ど、どうした? 急に溜め息なんかついて」
「い、いえ、なんでもないです」
八雲は慌てて首を振った。どうやら知らず知らずのうちに溜め息をついてしまったようだ。
- 456 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:16 ID:Z7bkqto2
- 「そうか? じゃあえっと、手伝ってもらう日なんだけど……」
「はい……」
「今週の土曜日はどうかな?」
「土曜日、ですか?」
その日は雑誌を買いに行こうかと思っていたけれど……どうしよう。別に無くなりはしないけど
早く読みたい気もするし……と八雲は悩みかけたが。
「あ、バイトかなにかか? なら無理強いしねえよ。また今度の機会に……」
「いえ、大丈夫です」
播磨が言い終える前に、八雲は彼女には珍しくハッキリとした声で言い切った。
「あっ、す、すみません」
そして自分の行動に驚き、顔を赤らめて八雲は謝ってしまった。
「い、いや、構わねえよ。じゃあ土曜の10時に家に来てくれ」
「はい」
そう、雑誌はいつでも買えるのだし、なにより播磨さんのお家に行けるのだから悩む必要などないのだ。
八雲は柔らかい笑みを持って答えた。
「いやー、ホント妹さんが手伝ってくれ助かるぜ。俺がこうまで頑張れるのは全部妹さんのお陰だぜ」
「そ、そんなこと……」
八雲は頬を赤らめた。……けれど。
「いやいや、妹さんは俺の漫画の最大の協力者だよ」
「っ!?」
播磨のその言葉は何故か八雲の心に痛みを与えた。
「……そうだな、なんか頼みでもあったらいつでも言えよ。俺に出来ることならなんでもしてやるぞ」
「は、はい……」
最近いつもそうだ。嬉しいのに、楽しいのに……なのに悲しいと感じてしまう。
(必要とされているのに、何故?)
八雲は心の中で呟いた。
- 457 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:16 ID:Z7bkqto2
- 「じゃあ俺はそろそろ飯食いに戻るな。妹さんも早く食わねえと昼休み終わっちまうから急げよ」
「はい……」
「まっ、呼び出してる俺が言えた義理じゃねぇけどな。それじゃっ」
播磨は手を振って屋上のドアを開けようとした。
「あっ…………ふぅ……」
何か言いたい。何か言わなくては。
そう思うのだが結局何も言葉にならず、今日もまた八雲は無言で播磨を見送った。
「え?」
いや、違った。ドアを開けた瞬間播磨は立ち尽くしていた。
「なにが……え?」
そう思った瞬間ドアから人の影が見えた。
- 458 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:17 ID:Z7bkqto2
- 「あら? 終わったの?」
「のわっ、お、お嬢?」
八雲との漫画の相談が終わり屋上のドアを開けた瞬間、目の前に愛理がお弁当を片手に腕を組んで立っていた。
「な、なんでここにいんだよ。い、いや、それより俺らの会話聞いてたのか?」
もし聞かれてたらどうしよう、そんな恐怖が播磨を支配していた。
「別になにも聞こえてないわよ」
「そ、そうか」
播磨はあからさまにホッとした。
「で、言ったいオメェはここでなにしてんだ? 俺になにか用事か?」
「別に。あなたに用があってここにいたんじゃないわ。用があるのは彼女よ」
そう言って目で相手を差した。
その視線を播磨が辿るとその先にいたのは……塚本八雲だった。
「妹さん? お前、妹さんに何の用事があんだ?」
「ちょっと話したいことがあってね」
そう言って愛理はドアをくぐり八雲に向かって歩き出した。
「あ、そうそう」
そう言って一旦愛理は立ち止まった。
「あんた、そこで待ってなさいよ」
「はぁ? なんでそんなこと……」
「い・い・わ・ねっ」
じろりと愛理は播磨を睨みつけた。
「ハイ。ワカリマシタ、サワチカサン」
ケンカで無敵を誇る播磨も愛理の剣呑な目つきには勝てなかった。
「よろしい。さてと、はーい」
愛理は片手を挙げ、極めて友好的に八雲に話しかけながら近づいた。
「あ、こ、こんにちわ」
八雲は前の喫茶店での一件以来、少しばかり愛理に対して苦手意識を持っていた。
「別に取って食おうとか考えてないから安心しなさい。ちょっと確かめたいことがあったのよ」
「確かめたいこと……ですか?」
「そっ」
そう言って愛理はポンと八雲の肩に手を置いた。
- 459 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:17 ID:Z7bkqto2
- 「あのさ……」
「はい……」
愛理は八雲にしか聞こえない小さな声で訊ねた。
「あなたって播磨君のこと好きなの?」
「え?」
愛理の言葉に八雲自身驚くほど動揺した。
「あ、そ、その私は……その……違います」
けれどすぐにその言葉を否定した。
「そうなの? けど体育祭の前から結構いつも彼と一緒にいるらしいって噂になってるけど……」
その話はジャージの件の後に人から聞いたものだった。
「え?」
「……それに付き合ってるって噂も公然とあるわね。なのに否定しないし……今も仲良く一緒にいるし……
好意を持っている相手じゃなきゃそんな噂必死になって消そうとするはずよ。少なくとも私はそうするわ」
そして愛理はゆっくりと八雲の答えとなる言葉を待った。
「そ、それでもその……違いますから」
「え?」
「わ、私は、その……ただ播磨さんといたかっただけですから……」
「……」
「ただ……その……播磨さんと一緒の時間を過ごしたかっただけで……その好きだとかそう言うのは……」
そこまで言って八雲は目を伏せてしまった。
「あんたねぇ、本気で言ってんの? それとも私を馬鹿にしてる?」
「え?」
愛理の呆れた声に戸惑いの表情を浮かべて八雲は顔を上げた。
「ああ、マジなのね。あなた、恋愛に関して鈍感だとか言われない?」
「と、時々言われます……」
八雲はしゅんとなってしまった。
「なら教えてあげるわ。……そう言うのをね、好きって言うの」
「……え? そ、そんなこと……」
八雲は反論しようとしたが言葉が続かなかった。
「ホント、今まで男の人を好きになったことないのね。……まぁ、そう言う私も本気で男の人を好きになったこと、
今までなかったから強くは言えないけど……」
苦笑しながら愛理は呟いた。
- 460 名前:Classical名無しさん :04/09/10 18:22 ID:HZu6oqqQ
- 支援。
- 461 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:30 ID:RDLtv.K2
- 「で、でも、その……」
「周りから付き合ってるとか噂されれば普通は意識するものなのに……いえ、意識していたとしてもその感情が
理解出来なかったのかしらね」
「っ!?」
図星、なのかもしれない。サラや姉さんに誤解され励まされたとき感じた感情を自分は持て余していたのだから。
八雲はそう考え言葉を失ってしまった。
「ふぅー」
さてどうしたものか。
ちょっとした宣戦布告の意味を込めて来たは良いが、これは予定外だと愛理は溜め息をついた。
「ですけど……」
「ん? なによ?」
「播磨さんは……なんとも思ってませんから……」
そう、播磨の心は今もなお見えなかった。つまりそれはそう言うことだ。
八雲は何故かそれが可笑しくて微かに笑みを浮かべた。
「あなた……」
それはたぶん愛理以外は気づかないような小さな笑み。
いや、八雲自身ですら笑みを浮かべた理由に気づいていないそれは、女の子として傷ついている笑みだった。
「たく、もう」
お節介だな、そう愛理は思った。少し自嘲の笑みを浮かべたけれどそれが自分なのだから仕方ないと彼女は考えた。
「あんたもあいつの被害者なわけか」
「え?」
愛理は優しく八雲の頭を撫でた。
「まさか私の想像したとおりだとはね。ホント播磨君て罪作りな男」
「え? あの……」
八雲はただ愛理にされるがままだった。そして愛理はそのまま言葉を続けた。
「まずは自分の気持ちにちゃんと気づきなさい。で、想いをぶつけなきゃダメよ」
その顔はとても優しかった。そしてその柔らかい笑顔は姉の天満が自分に向ける笑みにとても似ていた。
「え? あの……」
そのことに八雲は戸惑ってしまった。
- 462 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:30 ID:RDLtv.K2
- 「はい、私が言えるのはここまで」
ポンと肩を叩いて愛理は八雲から離れた。
「さすがにこれ以上私が応援するのはおかしいもの」
「あ、あの、それはいったい……」
八雲は怪訝な顔つきで訊ねたがそれには答えず愛理は八雲に向かって人差し指を突きつけた。
「いいこと。何にもしないならあんたの居場所、私が奪うわよ」
「え?」
「それが嫌なら行動しなさい」
不敵な、けれど悪戯っ子のような笑みを浮かべて愛理は宣言した。
そしてそれは明確な挑発だった。やはりどうせ争うなら本気の相手と全力で戦い奪った方がいい。
脇からかっさらう真似はプライドが許さない、そう考えての行動だった。
「じゃあね、八雲」
初めて八雲の名前を呼び、愛理はドアの方にへと歩いていった。
- 463 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:30 ID:RDLtv.K2
- 「あー、なに話してたんだ?」
ドアの近くには播磨が怪訝な顔つきで待っていた。
「秘密よ。女の子同士のお話ってやつ」
「は、はぁ……」
全く納得できなかったが追及は無駄だと悟り、播磨はそれ以上訊かなかった。
「それよりも、あんたってホント鈍感よね」
「はぁ? いきなりなに言い出してんだよ」
いきなりの愛理の悪口に播磨は面食らってしまった。
「あら、事実でしょ。知らず知らずのうちに女の子を傷つけてるんだもの。ホント、サイテーね」
「お、おい」
愛理の言葉にからかいの態度が見出せなくて播磨はうろたえてしまった。
まさか妹さんからそう相談されたのでは、と要らぬ考えが播磨の脳裏に浮かんできた。
「だからそう言う罪作りなあんたには強引な手段を取ることを決定したわ」
口元を微妙に歪め愛理はそう宣言した。
「え、えっとなにする気だ?」
その態度の播磨は及び腰だ。少々情けない。
「いえね、昨日のお礼をちゃんとしようと思ってね」
「……はっ? なに言ってんだ? それと今の話と何の関係があんだよ」
「あっ、そこから動いちゃダメよ」
けれど愛理はその言葉を無視して話を続けた。
「おい、話聞けよ。たっく、そもそもお礼って、それはその弁当だろ?」
播磨は愛理が手にぶら下げている弁当を指差して言った。それが昨日播磨がしたことに対するお礼だったはずだ。
「あら。これだけじゃ割に合わないわよ。だからもう1つ追加」
「へ? 割りに合わねえって、いったいなん……え?」
それはあまりにも自然な仕草だった。
持っていたお弁当を地面に置き、当然のような仕草で愛理は播磨のサングラスを外し、その首に自分の腕を回した。
- 464 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:31 ID:RDLtv.K2
- 「お、おい、お嬢。なにす……んむぅ!?」
そして愛理はその唇を播磨のそれに重ね合わせた。まるでそうすることが当然とばかりに自然な流れで。
「ひゅ……」
その光景を遠くから見ていた八雲は息を呑んだが、そのことを気にした風もなく愛理はキスを続けた。
……そして。
「ぷはっ……なっなっなっ……」
愛理の腕から解放され、播磨はその場にへたり込んでしまった。
「どう? いいお礼でしょ」
愛理は顔を真っ赤に染めながらもしたやったりと言った表情でそう言い放ち、
奪ったサングラスを元通り播磨の顔にかけたあげた。
「て、てめっ、俺初めてだったんだぞっ」
俺のファーストキスを返せ、そう怒鳴ろうとしたが次の愛理の言葉になにも言えなくなってしまった。
「あら、奇遇ね。私も初めてなのよ」
「へ? だ、だってお前……」
「あんなにデートしてるのにって? 確かにデートはしてるけど私、唇とかには一切触れさせてないの」
「え?」
「だって、やっぱり初めては特別な、本当に好きな人にあげたいじゃない」
「え、えっと……」
愛理の言葉に播磨は呆然としてしまった。
いくら鈍感な播磨でもこの言葉の意味することは痛いほど分かった。
特別な人に初めてのキスをするつもりでいて、それを自分にしたと言うことは?
「は? え? はぁ?」
播磨の頭は混乱の極みに陥っていた。
「まっ、他のキスも全部自分の特別な人にするつもりだけどね。ってことでかなり貴重よ、私のファーストキスは。
だからありがたくもらっときなさい。と言うかもらってくれると嬉しいわ」
「えっと……」
つまりそうなのか? そう言うことなのか? 播磨はあまりのことに頭を抱えたくなった。
「じゃあカレー、ここにおいて置くからちゃんと食べなさいよ。返品は不可だから」
「お、おう」
「それとお弁当箱は洗ってから返してね。……じゃあね」
片手を挙げ、そう言って愛理は屋上から去っていてしまった。
- 465 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:31 ID:RDLtv.K2
- ――そして屋上には呆然としている播磨と、同じく驚き固まっている八雲が残された。
ザッ
いや、八雲は動き出し、播磨に近寄った。
「あ、あの、播磨さん」
遠慮がちに八雲は呼びかけた。
「お、おう、なんだ、妹さん」
酷く動揺していたが、播磨はそれでもなんとか八雲に答えることが出来た。
「え、えっと……その、さっきお願い、なんでも聞いてくれるって言いましたよね?」
「あ、ああ。言ったぞ」
「で、でしたら……その……聞いてほしいお願いがあるのですが……」
「おう、なんでも言ってみな」
まともな思考能力はほとんど残っていなかったが、それでも残った理性をフル動員してその願いを聞こうとした。
「あの……ふぅー……明日からなんですけど……」
彼女は行動を始めた。居場所を奪われないために。とても心地いい播磨の傍らの場所を守るために。
「お、おう」
思いの外強い気迫に圧されながら播磨は頷いた。
「お弁当、作ってきてはダメですか?」
そして更に一歩進むために行動した。
「はっ? えと、自分の分?」
恐る恐る八雲を指差して播磨は訊いた。
「いえ、播磨さんの分です」
その答えを聞いて今度こそ播磨は眩暈を起こしそうになった。
なんでこんなことになったのか、当の播磨には全く理解不能だったからだ。
「あの……ダメ、でしょうか?」
酷く不安げな表情で八雲は問い直した。
「いえ、いいです」
コクコクと馬鹿みたいに頷きながらそう答えるしか播磨に残された道はなかった。
「あっ、ありがとうござます。そ、それでは……」
顔を赤らめると丁寧にお辞儀をして、八雲は屋上から立ち去った。
――そして屋上には呆然と固まっている播磨の姿と、愛理が作ったお弁当がぽつんと残されているだけだった。
- 466 名前:Lost Child 〜 the Present 〜 :04/09/10 18:31 ID:RDLtv.K2
- その日の放課後……2−Cでは大規模な会議が行われた。
参加者は当事者の播磨と愛理、そしていつの間にか姿を消した花井とそれを心配して出て行った美琴、
そして八雲に事実を確認しようとお姉ちゃんパワー全開で出て行った天満を除いた全てのクラスメートだった。
議題は当然のごとく『沢近愛理と塚本八雲、どちらが播磨拳児の心を射止められるか』であったが一年生と二年生、
それぞれの学年きっての美少女たちと校内一の不良のラブロマンスは話題に話題を呼び、ついには他のクラスや
教師(絃子と葉子と妙)を巻き込み大論争が繰り広げられ日が完全に沈むまで続くこととなった。
ちなみにその日を境に愛理は他の男と一切デートすることを止め、
八雲は積極的にサラに播磨のことを相談するようになり、
播磨は他人からは幸せな、けれど本人にとっては地獄のような日々が始まったのだが……それはまた別のお話。
〜 Fin 〜
- 467 名前:風光 :04/09/10 18:37 ID:0.z54q3Y
- 途中少しトラブルもありましたが、これにて無事終了です。
こうして播磨は天満を好きでありながら愛理と八雲に言い寄られる?と言う地獄の日々が始まるわけです。
天満のことを諦めれば幸せな日々なんですけどねぇ。まっ、それが出来ないのが播磨だと思うんで。
それとかなり思いっきり愛理を暴れさせたんですが、どうだったですかね?
もうちょこっとやらかしても良かったかもしれないですね。
あと愛理が八雲に対して優しい言葉をかけてますけど#17だとかでいろいろと厳しいことを言いつつも
実はさりげない優しさを見せてるとことかありますから間違っちゃいないないと思うんですが、どうでしょう?
あ、それと最近の展開は少しばかり無視してるので矛盾があっても責めないでください。
それではなにか意見などあったら書いてくれると嬉しいです。
- 468 名前:風光 :04/09/10 18:40 ID:0.z54q3Y
- すみません、誤字やっちゃいました。
>>464を分校に保存するときは下のほうを採用してくれると嬉しいです。
- 469 名前:風光 :04/09/10 18:40 ID:0.z54q3Y
- 「お、おい、お嬢。なにす……んむぅ!?」
そして愛理はその唇を播磨のそれに重ね合わせた。まるでそうすることが当然とばかりに自然な流れで。
「ひゅ……」
その光景を遠くから見ていた八雲は息を呑んだが、そのことを気にした風もなく愛理はキスを続けた。
……そして。
「ぷはっ……なっなっなっ……」
愛理の腕から解放され、播磨はその場にへたり込んでしまった。
「どう? いいお礼でしょ」
愛理は顔を真っ赤に染めながらも、してやったりと言った表情でそう言い放ち、
奪ったサングラスを元通り播磨の顔にかけたあげた。
「て、てめっ、俺初めてだったんだぞっ」
俺のファーストキスを返せ、そう怒鳴ろうとしたが次の愛理の言葉になにも言えなくなってしまった。
「あら、奇遇ね。私も初めてなのよ」
「へ? だ、だってお前……」
「あんなにデートしてるのにって? 確かにデートはしてるけど私、唇とかには一切触れさせてないの」
「え?」
「だって、やっぱり初めては特別な、本当に好きな人にあげたいじゃない」
「え、えっと……」
愛理の言葉に播磨は呆然としてしまった。
いくら鈍感な播磨でもこの言葉の意味することは痛いほど分かった。
特別な人に初めてのキスをするつもりでいて、それを自分にしたと言うことは?
「は? え? はぁ?」
播磨の頭は混乱の極みに陥っていた。
「まっ、他のキスも全部自分の特別な人にするつもりだけどね。ってことでかなり貴重よ、私のファーストキスは。
だからありがたくもらっときなさい。と言うかもらってくれると嬉しいわ」
「えっと……」
つまりそうなのか? そう言うことなのか? 播磨はあまりのことに頭を抱えたくなった。
「じゃあカレー、ここにおいて置くからちゃんと食べなさいよ。返品は不可だから」
「お、おう」
「それとお弁当箱は洗ってから返してね。……じゃあね」
片手を挙げ、そう言って愛理は屋上から去っていてしまった。
- 470 名前:Classical名無しさん :04/09/10 19:12 ID:CBbL8cA2
- 乙。
何つーか、他人からすればこれほど羨ましいことはなかろうな(w
- 471 名前:Classical名無しさん :04/09/10 19:21 ID:rZri2jKk
- >>467
GJ!
お子様ランチSS最高です。
八雲も沢近も(*´Д`)ハァハァ
素晴らしい。
- 472 名前:Classical名無しさん :04/09/10 20:29 ID:OJbH4z6s
- >>467
GJです!
過去に読んできた旗SSでも秀逸だよ。
- 473 名前:Classical名無しさん :04/09/10 20:31 ID:WI.FcL/g
- いきなりキスする沢近(・∀・)イイ!
それを見つめる八雲も(・∀・)イイ!
つまり何が言いたいかというと、痺れるエピローグGJでした!
- 474 名前:Classical名無しさん :04/09/10 20:34 ID:1MBmiLuA
- お子様ランチまんせー。
- 475 名前:Classical名無しさん :04/09/10 21:01 ID:v82n8/dI
- 風光さん
感想言いまつ。
お子様ランチマンセ────────────!!
萌えさせていただきますた。
- 476 名前:Classical名無しさん :04/09/10 22:14 ID:e6lzAIB.
- 風光さん、GJです。
く、沢近に傾いてきた。今後の本編によって、お子様ランチになりそう。
まあ、しびれてます。
愛里の周囲をびびらせる所、ここが俺は好きかな。
風光さんの次回作、楽しみにしています。
- 477 名前:Classical名無しさん :04/09/10 22:38 ID:xcSqTUb2
- 天満博士はアトムを上半身裸で作ったけど、やっぱりショタコンの毛があったのかなぁ・・・
- 478 名前:コンキスタ :04/09/11 00:41 ID:asGa3hgs
- どもです。思ったより早く構想が思いついたので投下します。
内容は
>>329-345 『Be glad』
の続きです。前編後編にわかれる予定。
後編が終わっても完全に完結はしないんですが……。
それではタイトル『True smile』
- 479 名前:True smile :04/09/11 00:42 ID:asGa3hgs
- 『True smile』
「いーち、にー、さーん……」
播磨がすごい勢いで現在書き終えた原稿の数を数える。
八雲と愛理の二人は、その様子を固唾を飲んで見守っていた。
原稿がめくれる音と播磨の声だけが部屋に響く。
「……」
数え終わると播磨はため息をつき、頭を抱えてテーブルに突っ伏し、考え始めた。
「どうですか……播磨さん……?」
八雲が心配そうにたずねる。
漫画はまだ完成していない。間に合うかどうかの目途を立てるために一度数えてみることにしたのだ。
なおも播磨はうなり続ける。愛理に不安が募る。
そもそも遅れてしまったのは、自分が原稿を踏んでしまったからだと、彼女は悩んでいた。
「は、播磨君。何か言いなさいよ……」
愛理は思わず身を乗り出し、まゆをひそめて言った。
それでも播磨は黙り続けたが、しばらくして顔を上げ、ようやく口を開いた。
「……ま、何とか間に合いそうだな。二人のおかげだな」
播磨はいまだ厳しい表情だったが、それを聞いて二人はほっとした。
八雲が心底嬉しく思っている中――顔にはあまり出ない――、安心した愛理はふと考えていた。
今後どうやって彼を振り向かせるかを。
考えるといっても思い悩んでいるわけではない。なんとなく考えるのが楽しいのだ。
たとえば私が、お弁当をつくっていったら、彼はどんな表情をするだろう。
たとえば朝、彼のマンションの前で私が待っていたら、彼はどんな表情をするだろう。
……ほら、考えてみるだけでも楽しい。
もちろん恥ずかしくてできないけれど、楽しいのだから仕方ない。
- 480 名前:True smile :04/09/11 00:43 ID:asGa3hgs
- 彼女は微笑む。
最大のライバルは天満だが、まず播磨は告白できないだろう。彼女はそう結論を出している。
できるのなら今までにとっくにしているはずだ、と。
札付きの不良であるはずの彼がいまだ告白できていないのなら、それはきっと運命なのだと。
告白できないからこそ、漫画という架空世界に天満を描くのだと。
描かれる少女が自分でないのは悔しいけれど、いつの日か変わってみせるから――。
そう、彼女は決意を固めた。
「よかったわね、播磨君」
満面の笑みで安堵していた播磨に声をかける。他の男に見せるような偽りの笑顔ではない。正真正銘、沢近愛理の笑顔だった。
「ああ、ほんとサンキューな。これで彼女に想いを告げられそうだぜ……」
「え?」
愛理と八雲、二人が同時に声を上げた。彼の言葉は一瞬で愛理から笑みを奪い去っていた。
いま何を言ったのか理解できないという顔付きで、二人は播磨を見る。
「ん、どうした?」
当の本人は自分が口を滑らせたことに気づいていなかった。
愛理が愕然とした表情はそのままに、つぶやくように言った。
「想いを告げるって、なに……?」
- 481 名前:True smile :04/09/11 00:44 ID:asGa3hgs
- 次の瞬間、彼の固まる音がたしかに愛理に聞こえた。八雲にも。
唐突に播磨の動きが止まり、その表情はひきつっていた。
そして束の間の沈黙ののち――
「さって、続きだ。諸君」
「待ちなさい」
――逃れようとした播磨に、愛理がぴしゃりと言い放った。
「ねえ、ちょ、ちょっと。どういうこと……?」
「ぐ……。あー、その、なんだっけ。あ、たしか黙秘権ってのが……」
「播磨君にしては難しい言葉を出してきたことは褒めるけど、今のあなたにそんなもの存在しないわ」
愛理――なぜかものすごく機嫌が悪そうだ――に睨まれた播磨は助けを求めて八雲を見た。
しかし、彼女にしては珍しく、その話に興味があるのがその顔からうかがえた。
「わ、わーったよ言えばいいんだろ! あー、こほん。あ、あのよ……お、俺……実は、だな……」
播磨は数回深呼吸して、意を決したかのように言った。
「 天 満 ち ゃ ん の こ と が 好 き な ん だ っ !! 」
「そうみたいね……」
「……はい」
「…………あれぇ?」
驚愕の事実を告げたはずの播磨は、何が起こったのかわからないという風にきょとんと首をかしげた。
――馬鹿な、ありえん、なぜだ、天満ちゃんかわいいな。
あまりの不可解な二人の反応――播磨にとっては――に脳の処理が追いつかず、考えが全くまとまらない。
頭の中がぐちゃぐちゃになるのにあまり時間はいらなかった。
やがて混乱に混乱を重ねた挙句に出てきた言葉は、あまりにも単純なものだった。
- 482 名前:True smile :04/09/11 00:45 ID:asGa3hgs
- 「何で知ってるんだ?」
播磨の馬鹿さ加減に思わず脱力する愛理。
「あ、あなたねぇ……。播磨君の漫画見ればそんなこと簡単にわかるわよ!」
「はい……」
八雲もこくりと頷く。
「え、あ、そ、ソウデスカ……」
しかし、口ではそう言っても彼はそんな答えじゃ納得しない。なぜなら鈍感だから。
――おいおいおい! この前は勢いで妹さんに言っちまったが、やっぱり二人ともエスパーなんじゃねえか!?
などと考えている始末だ。片方、微妙に当たっていたりするのはまぐれである。彼だからこそ成しえる業と言っていい。
頭を抱え、悶える。
どうにも腑に落ちない播磨は、さらに混乱の渦へと飲み込まれていくのだった。
「……それで?」
「あん?」
愛理の一声で一気に渦から引き上げられた。普通の声ならそうはならなかったかもしれないが、妙に怒気を含んだ声だったのだ。
だが、彼女の言葉の奥。そこに怒りと同時に不安が潜んでいたことを、播磨は知らない……。
「それで、想いを告げるってどういうことなのよ。まさか――」
「あ、ああ。もう隠してても仕方ねーから言うけどな。この漫画を描き終えたら天満ちゃんに告白するって、前から決めててよ」
彼の返答は、愛理にとって予想していた答えだ。
それでも返ってくるのを否定していた答えだ。
頭をハンマーで殴りつけられたかのように、くらくらする。
「うそ、でしょ……?」
「う、嘘ついてもしゃーねーべ」
そう言う播磨の顔は真っ赤だった。顔をそらしてばれないようにしているつもりだが、耳まで真っ赤なので意味はない。
彼の様子が今話した『誓い』が嘘でないことを、何よりも明確に示していた。
しかし彼はひとつ、勘違いをしている。
愛理の「うそでしょ?」という言葉を。
彼はそれを『自分がそういう誓いをしていたことが意外』もしくは『馬鹿らしい』という意味合いだと思っている。
だが、実際は――。
- 483 名前:True smile :04/09/11 00:46 ID:asGa3hgs
- 「そ、そうなのー。へ、へえ……そうなんだぁ……」
必死で冷静を取り繕おうとする愛理。無理やり笑顔を顔に貼り付ける。
しかし、どうあってもひきつってしまう。
その心は確実に揺れていた。大きく大きく揺れて揺れて、必死でしがみつく彼女を振り落とそうと……。
「……先輩?」
彼女の表向きの感情が、八雲には本物でないことがわかった。心の声が聞こえたわけではない。むしろ、普通はわかる。
それを心配して気づいたときには声をかけていた。
「な、なに?」
「あ……いえ……なんでも、ありません……」
彼女の不自然な笑顔を見て、八雲は何も言えなくなった。
いつも華やかなその笑顔は今、影を帯びていた。いや、八雲の知っている笑顔を光とすれば、今のそれは影そのものだとも思えた。
表面的には笑顔のように見えるかもしれないが、何か違う。
今、自分が何かを言えば先輩をもっと追い詰めることになると、八雲は感じ取った。
愛理は笑顔のまま「そう」と八雲につぶやくと、播磨に向かって言った。
「それで……ヒゲはほんとに、これができたら告白するの?」
「あ、ああ。まあ、そういうことなんだよな。ははは……」
照れ隠しに頭をかきながら、播磨は言う。ヒゲと呼ばれたことにすら気づいていないのか、反論しない。
彼という男はとことん鈍い。その鈍感さは、もはや神の域に達しようとしている。
播磨拳児は気づかない。沢近愛理の真実に。
ゆえに緩んだ顔で照れ続ける。愛理にとってそれが、拷問に近いことを知らないから。
彼の表情は不安を孕んでいたが、嬉しそうであることは誰にでも読み取れてしまう。
それは愛理も例外ではない。だから彼女は思う。
こういうときだけ彼みたく鈍ければ良いのに、と……。
- 484 名前:True smile :04/09/11 00:47 ID:asGa3hgs
- 「そっか……」
愛理はつぶやく。無理にでも納得するしかないのだと、言い聞かせて。
しかし播磨はその短い反応を、逆に馬鹿にされているものだと捉えた。
「ん、んだよ! けっ、笑いたければ笑え!」
「あははは」
「笑うなぁあああああああああああああ!」
愛理は唇に手を当て、上品に笑う。
播磨もその瞬間こそ憤慨したものの、いつのまにか一緒になって楽しそうに笑っていた。
八雲もだけは何かを思いながら、ただ黙ってその様子を見守っていた。
しかし、二人は気づかない。愛理のそれが播磨の誓いに対してではないことを。
それは自分が滑稽だったから。
滑稽すぎて、笑うしか――笑ってごまかすしかなかっただけ。
そうでもしなければ、彼女の目からは涙が零れ落ちていただろう。
一度零れ落ちてしまったら、いつ止まるってくれるのかわからない。
だから笑う。
泣き顔なんて、見せたくないから。
「あ、あの……播磨さん……」
八雲の声に二人は振り向いた。
「ん? なんだい、妹さん」
「つ、続き……やりませんか……?」
彼女の言葉に愛理の思考は凍りついた。ただでさえ無理のある笑みはもう保てなくなっていた。
今、この子はなんて言ったのだろう。
信じられない。
続ける?
なんで?
彼が離れていってしまうかもしれないのに?
奪われてしまうかもしれないのに?
「おう。そーだな! おい、お嬢。やるぞ」
「え……あ、うん」
それでも、播磨の決意に満ちた目に抗う術を彼女は持っていなかった……。
- 485 名前:True smile :04/09/11 00:50 ID:asGa3hgs
-
「あの……先輩。そこ、違います……」
「え……?」
これで何度目だろうか。
再開した途端に、ようやく慣れてきてミスも減ったはずだった愛理がまたやらかし始めた。
「うそ、また? ……あ。ご、ごめんなさい……」
申し訳なさそうに愛理はつぶやく。わざとやったわけではない。どうにも集中できないのだ。
「いってことよ、そんぐらい。直すのはお嬢だし」
「わ、わかってるわよ。直す、直します、直せばいいんでしょ!」
逆ギレもいいところだが、播磨と八雲もその辺を照れ隠しとわかってきていたので、それ以上何も言わずに作業を続ける。
その後も愛理は何度も失敗してしまい、その度に「ごめんさない」「気にすんな」の応酬が繰り広げられた。
- 486 名前:True smile :04/09/11 00:50 ID:asGa3hgs
- 「少し休憩すっかな」
播磨は軽く伸びをして、ガラスのコップに入れられた麦茶を飲み始めた。
少し前に八雲が用意したものだ。入れておいた氷は溶けかけている。
もちろん原稿が濡れるといけないので、コップはお盆に載せて床においてあり、扱いには細心の注意を払っている。
播磨は喉を鳴らし、コップを少しずつ傾けていく。
やがて全てを飲み干し、ぷはぁという息とともにお盆にコップを置いた。
ふと天井を見上げる。
特に何もない天井。しかし、だからこそ播磨にしか見えない天満の笑顔が、天井に映し出される。
――やっと、か。随分とかかっちまったなあ。
手を伸ばせば届くところまでついに来た。自然と、笑みがこぼれていた。
「あー、もう少しで完成かー。いや、まじサンキューな二人とも!」
視線を二人のアシスタント――片方は現在不調――に戻し播磨は言った。
紛れもない感謝の言葉。しかし、それ以上の意味はない。
「いえ……播磨さんが……頑張ったからです」
播磨の感謝の意に反応したのは八雲だけだった。愛理は何も言わず、表情も変えず、一人作業を続けている。
「お嬢。少しは休憩していんだぜ? さっきから一度も休んでねーだろ」
「うるさいわね。平気よ」
そう言った瞬間、空腹を訴える音が部屋に鳴り響いた。
同時に、二人。播磨と愛理のものだった。
愛理は頬を染めながら、何事もなかったかのように仕事を続ける。
「おっと、もうこんな時間か」
その様子を見て播磨は聞こえないように笑い、部屋の時計を見て言った。
「んじゃ、俺なんか買って来るぜ」
「あ、播磨さん……何か……作りましょうか?」
八雲が余計なお世話だろうかと、少し不安げに聞いた。播磨は少し考えたあと笑顔で頷いた。
「ああ、頼む。わりいな、妹さん。昨日といい今日といい」
「昨日?」
播磨の問題発言――彼女にとって――に敏感に反応し、愛理は勢いよく顔を上げた。
「あ、言ってなかったか? 昨日は妹さんに泊まってもらったんだ。だからここまで進んで――」
「そんなの聞いてないわよ!」
バンッとテーブルを思い切り叩き、愛理は立ち上がった。
- 487 名前:True smile :04/09/11 00:51 ID:asGa3hgs
- 「……」
「…………」
「………………」
三人同時に、時間が止まったかのような錯覚に陥ってしまった。
しかし次の瞬間、愛理は自分の行動のおかしさに――それはまあ不運なことに――気づいた。
火事になった。出火もとは愛理の顔。
幸い原稿に被害はない。燃え移るはずもないのだから当然だが。
しばらく沈黙が部屋を支配した。
時計の針が時を刻む音が妙に大きく聞こえる。
愛理はこほんと軽く咳をした。
そして、ゆっくりと再び座り――この間播磨と八雲はまだ呆然としていた――また何事もなかったかのように作業を開始した。
愛理の作業の音が少しずつ部屋を覆っていた沈黙を侵食していった。
「……じゃあ妹さん。頼むな。台所は適当につかっちまっていいから」
「え……あ、はい」
二人も今のはなかったことにして話を進め始めた。
播磨においては、目の前で起きた出来事があまりにも理解不能だったために記憶から抹消することにした次第だ。
「ま、どっちにしても近くのコンビニで何か買ってくっから。わりいけど留守番頼むぜ」
播磨は軽く手を挙げると部屋から出て行った。
ちなみに絃子は今日も家なき子。
「それじゃあ……私はご飯をつくってきます……。先輩は――」
「もう少し続けるわ」
「あ……わ、わかりました」
愛理の即答に多少たじろぎながらも八雲は小さくおじぎし、彼女に背を向けると、部屋を出て行こうとした。
「八雲」
突然背後から聞こえた自分を呼び止める声に、反射的に振り返る。
「料理、期待してるから。よろしくね」
「……はい」
八雲は嬉しそうに頷き――愛理はその小さく珍しい彼女の笑顔を見ていなかったが――今度こそ部屋を出る。
そうして播磨の部屋には、沢近愛理だけが残された。
- 488 名前:True smile :04/09/11 00:52 ID:asGa3hgs
数分後、愛理は人知れず小さなため息をついた。
「さすがに疲れたわね……」
時計を見ると18時だということがわかった。かれこれ5時間近く、ずっとやっていたというわけだ。
今日もテストだったため、学校は早く終わったのである。
「想いを告げるため、か……」
彼が漫画を描いていた理由にそんな誓いがあろうとは、愛理は予想だにしなかった。
ただの自己満足、現実逃避だけだと思っていた。そうであってくれればいいとも思ってしまっていた。
だが、それは勘違い。彼は真剣に漫画に取り組んでいたのだ。
他の誰のためにでもなく――天満のために。
結局は彼自身のためになるが、彼の想いが天満の方向にだけ向いている事実が、否応なしに愛理をみじめに思わせる。
「なんで、天満なのよ……」
たしかに彼女はいい子だ、彼女は心の中でつぶやく。
陽気、無邪気、天真爛漫。どれもこれも彼女のためにあるのではないかと思う。
それらは決して悪い意味でなく、正真正銘の褒め言葉。
少なくとも愛理はそれを羨ましく思ったことがある。あの明るさをまぶしく感じたこともある。
だが、愛理は自分は自分なのだと知っていた。
彼女は自分の性格を恥じるつもりはないし、色々な出会いを経てできた『自分』を捨てようとは思わない。彼女はそういう人間だ。
自分の全てが好きなわけではないが、愛理は自分に自信があった。
――――だからこそ、他人になりたいと思ったのはこれが初めてだった。
- 489 名前:True smile :04/09/11 00:53 ID:asGa3hgs
- 「ストップ。落ち着きなさい」
目を閉じ、自分に言い聞かせる。
とりあえず、落ち着いて考えよう。それにだいたい、彼が想いを告げたからって上手くいくわけないじゃない。
まァ彼が他の人に告白するのは少し、ショックだけど……。
それでも彼はふられるじゃない。絶対に。
だって天満は烏丸君が好きなんだし、烏丸君一筋なんだから。
播磨君が告白をする。ふられる。ほら、簡単。
そのあと私がじっくり彼を振り向かせればいいだけ。
彼を好きになる物好きなんてほとんどいないだろうし、天満への告白が上手くいかなければ十分チャンスがある。
そう、上手くいかなければ……。
でも――。
だけど――。
――もし上手くいったら?
上手くいく可能性はゼロじゃない。限りなくゼロに近いだけでゼロじゃない。
もしかしたら上手くいくかもしれない。奇跡が起きて上手くいくかもしれない。
愛理の気持ちが沈んでいく。
万が一だろうと兆が一だろうと、可能性が少しでもあるなら、彼女の心を不安が押しつぶすのにはそれで事足りてしまう。
彼女にもわからない。なんでこんなに不安になってしまうのか。どうして播磨拳児にここまで苦しめられなければならないのか。
「ほんと、なんでなのかしらね……」
自嘲気味に微笑み、彼女は床に置かれているコップを手に取る。氷は全て溶けていた。
麦茶を少しだけ口に含み、彼女は喉を潤した。
「ふう……」
愛理はふと、コップを顔の前まで持ち上げてみた。本当に意味はなかった。なんとなくそうしてみただけだ。
だがそのとき、見えてしまった。
原稿が――麦茶越しに見えてしまった。
麦茶を通して見る播磨の部屋は当然、薄い茶色に染まっている。
原稿も茶色に見える。しかし、それはどうでもいい。
別に茶色に見えることが問題なのではない。
問題は、水と原稿がある考えにつながってしまったこと。
- 490 名前:Classical名無しさん :04/09/11 00:53 ID:x1QfphD2
- 491 名前:True smile :04/09/11 00:54 ID:asGa3hgs
- 「あ……」
……いけない。
これはいけない。
彼女の思考が少しずつ麻痺していく。しびれていく。自分でもわかっているのに、防げない。
それとも防ごうとすらしていないのか。
思いついてしまった。
絶対に考えてはならないことを、考えてしまった。必死で考えまいとしていたのに、考えてしまった。
そうだ。彼は言った。
『この漫画を描き終えたら天満に告白する』のだと。
それなら。
――原稿が今度こそダメになってしまえば告白できないんじゃないか。
たとえば今、コップを持っているこの手を滑らせてしまえば。
たとえば今、うっかりテーブルにコップを置いてしまい、うっかりそれを倒してしまえば。
そしたら彼は、告白しない。
とても簡単な話だ。そう、とても……。
そこまで考えて、愛理は首を振る、黒い考えを振り払うかのように。鮮やかな金色のツインテールが揺れた。
「ばかね……何、考えてるのよ」
つぶやいて彼女は原稿から目をそらした。
もう考えまい。
だいたい、そんなことしたら播磨君が悲しむ。彼に嫌われてしまう。
それだけはイヤだ。絶対に。
……だけど。
だけど播磨君は気にするなと言って許してくれるだろう。結局いつもそうなんだ。
なんだかんだ言って彼は、すごく優しい人だから。
ごくりと、喉が鳴った。
- 492 名前:True smile :04/09/11 00:54 ID:asGa3hgs
- 心音が体の内に響く。音はどんどん大きくなり、どんどん早くなる。
体も意思とは無関係に少し震えていた。手が、震える。コップを持っている手が小さく震える……。
これなら落としてしまっても仕方がないんじゃないか。ふと愛理は思う。
そうだ、わざとじゃない。やろうとしてやったんじゃ……。
コップを持った手が体と共に、少しずつテーブルの上、原稿の上に伸びていく。
あとはこの手が滑ってしまえば、彼はまだ――。
がちゃ。
「きゃっ……!」
突然開いたドアに驚き、体が跳ねた。その振動は腕にも伝わり、コップが――。
そのとき『瞬間』という時間は引き延ばされ、あたかもスローモーションのように世界が流れ始めた。
緩やかに流れるその世界で愛理の脳裏に浮かんだのは、馬鹿みたく必死で、真剣に漫画に取り組む播磨拳児の姿だった。
ゆっくりとコップが動く。
――ダメッ!
彼女は必死で揺れを抑えようと努める。そのおかげで全てをぶちまけることにはならなかった。
しかし、不運にも愛理の麦茶はまだほとんど減っていなかった。
伝わった振動によって麦茶はコップの中で弧を描き、小さく波打ち、そしてコップから飛び出そうとする。
それを愛理は――止めることができなかった。
ほんの少しだけ、麦茶がコップのふちからはみ出してしまった。
あとは簡単だ。液体は重力に身を任せ原稿の上に落下し、吸収されればいい。それだけだ。
それに愛理の必死の抵抗のおかげでこぼれた麦茶は少しだけ。こぼれたとしても被害は少ない。
また播磨は「気にすんな」と言ってくれるだろう。
今日、愛理が原稿を踏んでしまっての被害に比べれば、ないも同然なのかもしれない。
しかし、それすら――。
――愛理は許そうとしなかった。
- 493 名前:True smile :04/09/11 00:55 ID:asGa3hgs
- ……肌に残る冷たい感触。
こぼれ落ちた液体は原稿を襲うことはせず、とっさに出された愛理の丸められた手のひらに収まっていた。
彼女は急いで、コップをお盆の上に戻し、服で手を拭いた。ハンカチを取り出してる暇なんてない。
食い入るようにテーブルの上の原稿に目を走らせる。
……どれひとつ濡れていない。
「よかったぁ……」
思わず安堵の息をつく。
「……せ、先輩?」
愛理が振り返ると、ドアノブをつかんだまま硬直してしまった八雲の姿がそこにあった……。
- 494 名前:コンキスタ :04/09/11 01:00 ID:asGa3hgs
- 以上で前編終了です。
矛盾や理解不能な文章など、色々と問題があると思います。
(最後のシーンが特にわかりずらいかと……)
後編は近日投下予定です。
ではでは。
- 495 名前:Classical名無しさん :04/09/11 01:41 ID:h6hfTkDY
- この絶妙な引きはっ!
続きが気になるスクランの引きだぁぁぁぁぁ!!
なんかジャージ縫った八雲のところに沢近がやってきたときみたい。
沢近かわいくて、俺の顔が火事で萌えつきそうです。
続きも期待してます。
- 496 名前:Classical名無しさん :04/09/11 01:44 ID:S8vERtCM
- gj
- 497 名前:Classical名無しさん :04/09/11 07:41 ID:JxJEeyWI
- コンキスタ氏(゚∀゚)キター!
GJ!
そして壮絶な引きですね。続きが気になります。
- 498 名前:Classical名無しさん :04/09/11 09:29 ID:5w3OOf76
- コンキスタ氏
GJ!
沢近と八雲のコンビがまた良い!
八雲の微妙な位置も面白かったです。
続きも期待しています。
- 499 名前:弐条谷 :04/09/11 09:56 ID:6MOuuxpo
- どうもお久しぶりです。
>>87
わざわざ本を薦めて頂いて、ありがとうございます。是非読んでみます。
亀レス誠に申し訳ないです。
今回はホラーじゃありません。
もし2年の授業に家庭科があったら、という話です。
多少イベントが前後してると思いますが、そこらへんはご勘弁を・・・
タイトル「肉じゃが〜全ての源」は、適当な映画が見つからないので自分で付けました。ってかマサルさんネタです
- 500 名前:肉じゃが〜全ての源 :04/09/11 09:57 ID:6MOuuxpo
- 今日は高校生になって初めての調理実習だというのに、周防美琴は少々憂鬱だった。
実習のメンバーはクラスの中で五、六人ずつに分けられるシステムであり、それは現在の席順で区切られていた。
ところがこの日、全部で六人の彼女の班からは二人が欠席していた。人数が減るだけでも、楽しみが少なくなる。
しかも、残ったメンバーは皆クセ者ばかり。
彼女の後ろの席に居るのは、以前カレーを一緒に作って、その実力をよく知っている塚本天満。
自宅ではボヤ騒ぎまで巻き起こしたトラブルメーカーが本領を発揮すれば、今日の昼ご飯は事実上抜きだ。
その天満の横でにやけている男は、校内では知らない者はいない程の不良、播磨拳児。
二年に上がってからは特別悪い印象はないが、料理の腕や班での協調性があるようには見えない。
天満の後ろでぼーっと窓の外を眺めるのは、烏丸大路。
はっきり言って、彼は未知数である。もしかしたら天才シェフの如き活躍をするかもしれないし、その逆もまた然り。
全員に声をかけ、調理実習室に向かう周防。生徒達は皆弁当を持ってきていない。失敗は許されないのだ。
今日の課題料理は「肉じゃが」である。日本人の大半が「おふくろの味」と思う程のポピュラーな料理。
意外に肉じゃがが一般の食卓に登場するのは最近の事であり、そのルーツは海軍食だったのだそうだ。
材料を目の前に揃えられて長々と料理の説明などされれば、生徒達からブーイングが上がるのは当然である。
教師は慌てて話を中断し、ついに調理開始を宣言した。
- 501 名前:肉じゃが〜全ての源 :04/09/11 09:59 ID:6MOuuxpo
- 紺色の少し渋いエプロンを着ける天満。彼女達のエプロンは一年の時に家庭科の授業で作ったものである。
他の女の子に比べてかなり地味だが、これは彼女が大好きな「万石」の着物にデザインがそっくりだからだ。
同じく万石ファンの播磨も天満と同じ生地でエプロンを作っていた。
播磨は天満と同じデザインなのを知り、「やはりこれは運命か…」といささか幸せそうである。
ちなみに烏丸は、虹色のエプロンだ。こんな生地あったっけ、と周防は首を傾げた。
「あー、塚本!そこのピーラー使ってじゃがいもとにんじんの皮を剥いてくれ!
烏丸は玉ねぎの皮を剥いといて!あとは私が切るから!」
赤色のエプロンをつけた周防が次々と指示を出す。昼ご飯抜きにならない為にも、重要な作業は全部自分でやるつもりだ。
「えーと、俺はどうすればいいんだ?」
「ああ、播磨は米を洗っててくれ!最初はさっと水を流して、あとは三回も洗えば十分だから!」
「おう。…あれ、泡立て器はどこだ?あれが無えと混ぜらんねえぞ?」
「んなもんいらんだろ!手で混ぜて洗え!」
「美琴ちゃーん、さっきからどこまで剥いてもにんじんの皮が出てくるよー」
「だああ!?そりゃあ実だ、塚本!それはもういいからじゃがいもの方をやってくれ!
…って烏丸、さっきからまばたきしないで大丈夫か!?玉ねぎは目に染みるだろ!?」
「…別に、大丈夫だけど」
一気に疲れ果てた周防。その頃他の班は、早くも鍋の準備を始めていた――
- 502 名前:肉じゃが〜全ての源 :04/09/11 10:00 ID:6MOuuxpo
- 野菜の皮剥きがあらかた終了すると、他の班との遅れを取り戻さんと周防は猛スピードで野菜を切り始めた。
その間、天満には炊飯器のセットを、烏丸には味噌汁用のお湯の準備を頼んだ。
「…で、俺は?」
「播磨は私が切った野菜を片っ端から混ぜてくれ!結構力が要るから、あんたに任せるよ!」
こうして人に頼りにされる事に、密かに喜びを覚える播磨。
おまけに「播磨君、がんばってね!」などと天満に言われたのだから、もう最高である。
じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、そして牛肉と次々投下されるが、彼の混ぜるスピードは落ちる事は無かった。
「ごはんの準備、全部終わったよ!」親指を立てた天満が周防に呼びかける。
「味噌汁のお湯、出来たよ…」たぎるお湯を見つめながら烏丸も声をかける。
「おい、あらかた熱が通ったみたいだぞ…!」そろそろ腕がきつそうな播磨。
「よっしゃ!烏丸はダシの昆布をお湯に入れて、しばらく煮ててくれ!
味付けは私がやっておくから、塚本と播磨は食器の準備よろしく!」
気が付けば、どこの班よりも一番作業が進んでいた。皆案外うまいもんだな、と周防は一人微笑んだ。
- 503 名前:肉じゃが〜全ての源 :04/09/11 10:01 ID:6MOuuxpo
- ピーと、炊飯器が出来あがりを知らせた。それは、周防が肉じゃがと味噌汁の完成を皆に伝えたすぐ後だった。
「ねえねえ、お茶碗いつでも行けるよ!」
「まあ待て、少し蒸らしてからにしよう」
他の班の注目が一気に周防達の班に集まった。正直、クラスの皆はこの班が成功するとは思っていなかったのだ。
だからこそその反動で羨望の眼差しが向けられる。周防は、この班が少し誇らしくなった。
「じゃあ、そろそろご飯をよそうか。播磨、肉じゃがと味噌汁の鍋を温めといてくれる?」
播磨が応じるのを見ると、周防は天満に視線を向けた。
「あんたが自分で炊いた米なんだから、あんたが最初に開けな!」
「うん!」目を輝かせる天満。
スイッチを押すと、フタが勢い良く開いた。顔を炊飯器の真上に持ってきていた天満に、炊きたての蒸気が襲った。
「うわっぷ!」
「あははは、顔を近付け過ぎだって!」腹の底から笑う周防。
「うう…まあいいや。さーて、私のお米ちゃんはどうかなー?」
周防と二人で炊飯器を覗き込む天満。
――気のせいか、まだ水が張っている。
「…なあ、塚本。ひょっとしてお粥でも作ったのか?」
「ええ!?そんなはず無いよ!だって、ちゃんと二合に合わせて水を入れたよ?」
天満が炊飯器の壁を指差した。米の量毎に水の目安量が書いてあるのだが…
「…塚本、それはお粥用の水のラインだぞ」
そんな事など知ってか知らずか、烏丸は食事で使うテーブルに花を飾っていた。
- 504 名前:肉じゃが〜全ての源 :04/09/11 10:04 ID:6MOuuxpo
- 「あ、そういえば私らの班は誰か先生にご飯出すんだった!」毎回どこかの班が課せられる課題だ。
日頃の感謝も込めて、作った料理を先生に食べて貰うのだ。
お粥にちょっと落ち込み気味の周防だったが、ここまできてこの程度の失敗なら、と開き直った。
「…お粥も出しちゃう?」心底がっかりする天満。
「しゃーねーだろ。むしろこれくらいのミスがあった方が先生達も嬉しいだろ」
そう言って周防は茶碗にお粥をついだ。ついでに播磨に、肉じゃがと味噌汁を用意させる。
職員室に到着した一行は、めぼしい教師を探した。
今は四時限目の半ばであり、担任の谷は現在、別のクラスの授業でいない。
谷には申し訳無いが、誰か他の先生に上げる事になった。
「…あ、刑部先生はどう?」暇そうにコーヒーを啜る物理の教師、刑部絃子に気付いた天満。
一瞬播磨の表情が歪んだが、他に普段世話になっている教師もいないので、皆は刑部の元へ向かった。
「刑部先生、これ私らが作ったんだ!食べて下さいよ!」周防が笑顔でお盆に乗った料理を差し出した。
「え?あ、ああ、ありがとう」困惑交じりで礼を言う刑部。
「ちょーっと米は失敗しちゃったけど、肉じゃがは絶対うまいんで!」
それだけ言うと、自分達も一刻も早く食べたいので、そそくさと帰っていく周防一行。
「よかったですね、刑部先生」
「…いたのか、笹倉先生。まあ、そういう訳で今日の昼飯は付き合えなくなった」
「あら、それは残念ですね。
でも、羨ましいです。私は週に一度しかない美術の先生だから、なかなかこういう差し入れはなくて」
「…そうか。じゃあ、一口あげようか。ほら、あーん」
刑部が味噌汁から何かをつまんで、笹倉の顔の前に差し出した。それは、ダシ用の大きなコンブ…
「…あんまり味がないですね」
「いや、本当に食うなよ…」
- 505 名前:肉じゃが〜全ての源 :04/09/11 10:06 ID:6MOuuxpo
- その頃周防一行は、足早に調理実習室に向かっていた。
「刑部先生、ビミョーだったね…やっぱりお粥が…」
がっくりと肩を落とす天満だったが、そこに播磨が声を掛けた。
「いや…ああ見えてありゃあ喜んでんだよ。さっきは照れてただけだ。だから気にすんな、塚本」
慰めにしては妙に確信したかのように言うな、と横から見ていた周防は思った。
だが、それで天満がまた元気を取り戻したのだから、別に何も言わない。
もうすぐ調理実習室、という所で、一行は廊下の空気が黒ずんでいる事に気付いた。
そして、調理実習室から叫び声が上がっている事も…一瞬にして何かを察し、青ざめる周防。
「なあ、播磨…出かける前に、肉じゃがと味噌汁の火は消したよな?」
ヤベエ ケシテマセン イエナイ
教室に駆け込んだ時には、すでに肉じゃがの鍋は流しの中にあった。水が勢い良く鍋に注がれている。
「あー!これじゃあどこも食べられないよー!!」
絶叫する天満。その天満の前に出て、鍋の中を覗き込む周防。
どこまでが肉で、どこからが野菜か分からない、曖昧な炭の塊がそこにあった。
横の味噌汁は、すでに液体が殆ど蒸発し果てていた。干潟のムツゴロウの様に横たわる豆腐とわかめ。
結局、彼女達の昼食はお粥だけという事になった。烏丸が粥に塩をかけた事で、それなりにうまい。
「いやー、塚本!お前のお粥は本当にうまいな!」
「ほんとだね!お塩を入れただけでこんなに優しい味になるんだもん!」
理由は違えど、嬉しそうな播磨と天満。その横では、烏丸が黙々と粥を口に流し込む。
周防ももちろん粥を食べていた。優しい、確かに優しい味。贅沢にも、時折優しさの湯気を溜息に込めて吐き出す。
あまりに優しすぎて、少し目が潤む周防だった。
- 506 名前:弐条谷 :04/09/11 10:10 ID:6MOuuxpo
- こんな感じで。
調理実習の時発見しましたが、みかんの缶詰のシロップとヨーグルトを混ぜると、マスカットの味がします。
- 507 名前:Classical名無しさん :04/09/11 11:20 ID:x/aFHXEs
- う〜〜〜ん・・・
ちと文章が冗長・・・
- 508 名前:Classical名無しさん :04/09/11 11:59 ID:K8SIdg5Y
- いや、面白かったよん。
- 509 名前:Classical名無しさん :04/09/11 15:14 ID:h6hfTkDY
- 烏丸いいなぁ
- 510 名前:Classical名無しさん :04/09/11 16:25 ID:KJiuRNFM
- GJです。
- 511 名前:Classical名無しさん :04/09/11 16:59 ID:K/hl4P1Y
- 弐条谷さん、GJです。
でも最後ら辺をもう少し盛り上げて欲しかったです。
そして『優しさ』に気付く美琴。良い!
- 512 名前:たちばなひむか :04/09/11 23:30 ID:VQFYucLA
- 8月の中頃から先々週まで、だらだらSS書いていた者です。
今回は、短いものを書こうと思って、
1レスでまとめたものを作りました。
……ただ、中身が薄すぎて、SSSだか落書きだか訳分かんない文章に……
──日記帳ならチラシの裏にでも(ry
……て、言われない内に、書き逃げることにします。
それでは……
- 513 名前:八雲独白 :04/09/11 23:31 ID:VQFYucLA
- ───綺麗だ……と、良く言われます。
私に好意を持つ人の「心の声」を待つまでもなく、それは、小さい頃から……
でも、「綺麗」な事のどこがそんなにいいのでしょう……?
越の西施、前漢の王昭君、後漢の貂蝉、唐の楊貴妃、満州国皇后の婉容、英国国王ヘンリー8世妃アン=ブーリン、スコットランド女王メアリ=ステュアート……
本を読んだだけでも、「綺麗」な人の多くは、不幸な人ばかりなのに……
一時的に、ちやほやされたからって、それが何になるというのでしょう。
ただ、あの人だけは、違いました。
「妹さん、頼む、助けてくれ!」と頼み込むあの人は、ただ純粋に、私の能力だけを頼りにしてくれます。
それだけでなく、あの人におにぎりを差し入れた時も、あの人の動物たちを救うために奔走した時も……
あの人の心は「純粋そのもの」です。
私には、分かります。
だって、「声」が聞こえてきませんから……
だから、あの人の漫画を一生懸命助ける事が出来る。あの人の成功を心から祈る事が出来る。
あの人にだけは、思いっきり心の窓を開くことが出来る───。
ただ、何度となく、あの人の家に泊まり込み、二人で無言の作業をしている時、
───「声」が聞こえてこないかな……
などと、変な願望を抱いている私が居たりします。
開け放たれた窓から、一瞬の内にさらわれる、私の心───
それを考えただけで、胸が……
「───妹さん、どうした?」
「───い、いえ……(汗」
───やっぱり、私もまだまだですね。播磨先輩。
Fin
- 514 名前:たちばなひむか :04/09/11 23:31 ID:VQFYucLA
- 歴史の事ばっか書き並べてスマソ……
参考資料置いときまつ。
越の西施、前漢の王昭君、後漢の貂蝉、唐の楊貴妃のことなら、こちらで。
ttp://freedom.pupu.jp/takarazuka/seisi.htm
ttp://freedom.pupu.jp/takarazuka/tyu-4.htm
満州国皇后婉容
清朝最後の皇帝にして、満州国皇帝の溥儀の皇后。アヘン中毒で廃人となり、牢獄の中で糞尿にまみれて悲惨な生涯を終える。
こちらは、あんまり詳しい記事がありません。参考程度として……
ttp://plaza.rakuten.co.jp/miyotyan/12005
アン=ブーリンについてはこちら。
ttp://www.ff.iij4u.or.jp/~yeelen/victims/anne/anne.htm
メアリ=スチュアートについてはこちら。
(ジョジョ第1部にも顔を出していましたが、実在上の人物。なお、タルカスとブラフォードは実在上の人物ではありませんw)
ttp://www.actv.ne.jp/~yappi/tanosii-sekaisi/06_kindai/06-12_erizabeth.html
……短くても、中身の濃いSSが書きたいです。
お目汚し、失礼しますた……。
- 515 名前:Classical名無しさん :04/09/12 00:36 ID:3UYiqvTs
- 「拳児君、ただいま…」
「おぅイトコか。おかえり」
「…今日は彼女は来てないのか?」
「あぁ、イトコが気ぃ利かせてくれたおかげで昨夜ちゃんとバッチリ済ませたぜ」
「!!!…あ、うん、そ、そうか」
「…んでイトコは笹倉センセんとこ行ってたのか?」
「あ、あぁ。安心しろ、葉子にも事情は話してないから」
「そうか…でも別にわざわざ家を空けてくれなくてもよかったんだぜ?」
「い、いや、やっぱり私がいたら気になるだろう?」
「???オレは別に気にしねぇぞ?」
「そ、そうなのか?…し、しかしキミが気にしなくても、か、彼女が気にするだろう?」
「…あー、そういやイトコ妹さんの担任で部活の顧問もやってたっけか」
「あ、あぁ…それに、わ、私のほうもさすがに多少は気になるしな」
「まぁそりゃそうだよな…仮にも教師でしかも担任なんだから」
「あ、あぁ…そ、それにあれだ、その…音とか声とか…」
「そうかそれがあったな…隣の部屋で一晩中やられちゃさすがに眠れねーかもな」
「!!!…ひ、一晩中やってたのか?」
「…あぁ、さすがにかなり疲れたけどな。まぁ若ぇからこんぐらいはどーってことねーよ」
「そ、そうか…ま、まぁとにかくおめでとうと言っておこう拳児君」
「ありがとよ。おかげでやっとオレも男になれたぜ」
「…拳児君、すまんが少し一人にさせてくれ」
「???…あ、あぁ」
おしまい。
- 516 名前:Classical名無しさん :04/09/12 01:05 ID:xAwy4u.6
- >>515
噛み合わなさが(・∀・)イイ!
絃子さんの反応に萌えました。
- 517 名前:Classical名無しさん :04/09/12 09:08 ID:5L.6Bmbc
- たちばなひむかさん
ベリグ!
良くできてると思う。
でも歴史的な人を出されても……ということで、次も期待しています。
>>515
ワロタ。
絃子さんの慌て振りがかなりイイです。
- 518 名前:Classical名無しさん :04/09/12 10:31 ID:SMbG/TWw
- >>515
ワロタ
絃子の脳内はギシギシアンアンw
- 519 名前:Classical名無しさん :04/09/12 11:03 ID:IwguiB6M
- 絃子って、破戒教師だよな。
そこが良い! わけだが。
- 520 名前:コンキスタ :04/09/12 11:55 ID:XZizYtxM
- こんにちは。皆様感想ありがとうございます。
前回の引きを完全スルーしてみようかと本気で考えたコンキスタです。
後半ができたので投下に参りました。
それと描写し忘れてたのですが、播磨はサングラスをかけております。
ご了承ください。
>>329-345 『Be glad』
>>479-493 『True smile』
前回のに前編を示す名前をつけわすれたのでどうしようかと悩んだのですが。
タイトル『True smile -2』
とします。……はい、クズリさんのマネです。すいません。
それではお付き合いしていただけるとうれしいです。
- 521 名前:コンキスタ :04/09/12 11:57 ID:XZizYtxM
- 『True smile -2』
愛理は座っているため、自然と八雲が彼女を見下ろす形となっていた。
確実に八雲は見た。愛理が何をしようとしていて、自分が入ってきたことで何が起こったのかを。
「なに?」
愛理が心底つまらなそうな顔をして、言った。
心が冷めている。自分が一番見られたくない姿を見られたからだろうか。
とにかく愛理は八雲を見た瞬間から、なにもかもが不愉快になった。
「え……あ、いえ……なんでも――」
「ないわけないでしょ?」
愛理は八雲を睨みつけ、八雲はたじろいだ。
しかし次の瞬間には愛理は自嘲するような笑みを浮かべていた。
「あなた心配になったのよね。そうでしょ?」
不自然な、ニセモノの笑顔で愛理が言う。ほとんど考えることなく、浮かんだ言葉をそのまま。
「私が原稿を……ダメにするかもって……」
口にすると自分がさっきしようとしていたことが、どれだけ酷いことなのか、よく分かる。
ひどく、みじめだ。
「先輩……」
愛理の指摘は図星だった。妙に胸騒ぎがしてしまった。八雲は人を疑うのは良くないことだと分かっていても、心配になってしまった。
だから様子を見に来たのだ。しかし、すごく悪いことをしてしまった気がする。
しかしそれは同情ではなく……。
- 522 名前:コンキスタ :04/09/12 12:00 ID:XZizYtxM
- 「見たでしょ? あなたの心配は正解よ。良かったわね、止められて。あなたが来なかったら私は――」
「そんなことありません」
愛理の声をさえぎって、八雲がきっぱりと言い切った。彼女がここまではっきり自分に意見を言うのは愛理にとって初めてだ。
いつもは遠慮がちに物を言うのに……。
八雲もそれに気づいたのか、少し恥ずかしそうにして顔をそらした。
「あ、その……私が来なくても……先輩はそんなこと、しなかったと思います……」
それを聞いて愛理はむっとする。
下手に慰められても、自分がどんどんみじめになってくるだけ。不愉快だ。
そんなことされるぐらいなら、自分が醜いことを認めたほうがマシだ。心に巣食っている闇に飲まれてしまったほうが楽なんだ。
「あら、ほんとにそんなこと思ってるの? じゃあなんで私は原稿の上でコップを持っていたのかしらね?
あなたが来てくれなかったらきっと、そのままコップをさかさまにしていたわよ」
「そんなことしません……。それに……さっきのは私が原因です……。私がノックもしないで急に開けたから……」
――やめなさいよ。
愛理は泣きそうになるのを必死にこらえていた。
みじめだ、本当に……。
「だけど私がコップを持っていなかったら、あんなことにはならなかったでしょ!」
「でも先輩は、濡れないようにしたじゃないですか……原稿が濡れてないのを見て、安心してたじゃないですか……」
「ええ、たしかにそうよ。濡れてないのを見たとき、ホントに嬉しかった! だけど……
だけど、彼の想いをダメにしようなんて考えただけでも最悪なのよ、私は!」
必死の抵抗もむなしく、せきをきったように彼女の目から涙があふれる。止まらない。
「先輩は、最悪なんて……そんな人じゃありません」
「私だって驚いてるっ!」
愛理は完全に取り乱していた。他の何より自分自身が許せなくて、涙をぬぐうこともせず彼女は叫ぶ。
「私だって……私だって自分がこんな……こんな嫌な女だなんて思ってなかったわよっ!!」
「いいかげんにしてくださいっ!!」
- 523 名前:True smile -2 :04/09/12 12:03 ID:XZizYtxM
- 八雲がうつむいたまま叫んだ。彼女の声は部屋全体の空気を震した。これには愛理も驚きを隠せない。
この子が、叫んだ?
嘘でも冗談でも夢でもなく、これは現実だった。あまりの驚きに愛理は、錯乱し続けることなんてできなかった。
ただ呆然と、八雲を見つめていた。
そして八雲は顔を上げて、小さく微笑む。
「もう、いいですから……」
優しい声だった。
何故だろうか。その声だけで自分を許してもいい気がしてくる。
決して許してはいけないのだけど、それに苦しむことはないのだと思わせてくれる。
すると八雲は少し困ったような顔になり、言った。
「それに先輩が最悪なら……私も最悪です」
- 524 名前:True smile -2 :04/09/12 12:03 ID:XZizYtxM
- 愛理には彼女の言っていることの意味が分からなかった。
恥ずかしそうに、悔いるように八雲が言う。
「私も……考えたんです……」
「え?」
「私も考えてしまいました……原稿がダメになったらって……」
驚いた。これには本当に驚いた。
きっと彼女の言葉は真実だ。決して自分を慰めるために言ったのではないのだと、彼女自身から伝わってくる。
愛理は涙をふくと、少し不機嫌そうに言った。
「あのとき『続きをやりましょう』って言ったの、あなたじゃないの」
「播磨さんがどんなに漫画に真剣か……知ってましたから……嫌でも、完成させなくちゃって……そう思ったんです……」
「……あなた、うそつきね」
唐突に愛理がぽつりと言った。
「え……?」
「播磨君のこと好きじゃないって言ってたのに、やっぱり好きなんじゃないの。ライバルが増えちゃったわ」
彼女はさも呆れたかのように肩をすくめた。
それを聞いた当の本人は焦って言った。
「で、でも私はただ、姉さんに告白するってことを聞いたとき、嫌だなって思っただけで……。
……あの、やっぱり私は播磨さんのこと……好きなんでしょうか?」
それを聞いた愛理は一瞬「信じられない」といった顔で、大きなため息をついた。
「そーね。好きなのよ、たぶん。あーあ、強力なライバルが出てきちゃった。純粋なだけに怖いわね」
八雲は少し頬を染め、それを見て愛理はクスクスと笑った。
「八雲」
愛理が言った。
「ありがとね」
八雲はそれに、彼女なりの笑顔で答えた。
- 525 名前:True smile -2 :04/09/12 12:04 ID:XZizYtxM
――――さて、なんでこんなことになったのだろう。
播磨拳児は考える。
本当に何故なのだろうか。
「播磨君。手動かしなさいよ、手」
「ん……お、おう」
時刻は夜の11時。部屋には播磨と愛理だけがいる。
あの後すぐに八雲は帰った。昨日サラの家で勉強していなかったことがばれていたので、今日も泊まるわけにはいかないというのが理由だ。
もちろんそれには播磨も大賛成だった。
というのも今日、八雲が播磨の家に泊まったのだと確信していた天満――中途半端に鋭い――に
『別にやましいことはしてない』
ということを説明するのに1時間もかかったからだ。
しかも完全に納得していないときている。しっかり話しを聞いてくれただけでも良かったが……。
そのため今日も泊まってやっていくのは、とてもじゃないが無理だった。
バイクで送っていこうかと提案した播磨に対して、八雲はその時間を漫画に使ってくださいと言った。
別にいいのにと播磨は言ったが、八雲がその意見を変えることはなさそうだったので仕方なく玄関まで見送るだけになった。
「それでは、がんばってください……」
ぺこりと頭を下げて八雲は、玄関のドアを開けて出て行った。それを見送る播磨と愛理。
横に立っている愛理に播磨は言った。
「それで、お嬢は何時までいるんだ? そろそろ帰らないとやべーだろ?」
「私が帰ったあと、アナタはどうするの?」
「とりあえず今日は一人で徹夜だな。あんま余裕ねーし」
「あら、そ」
そのとき異変が起きた。
- 526 名前:True smile -2 :04/09/12 12:06 ID:XZizYtxM
- 突如、沢近愛理が携帯電話を取り出し、数回キーを押した。携帯を耳にあてる愛理。
少し経ってから、電話の相手が出たようで、愛理は驚愕の言葉を発した。
「あ、ナカムラ? 今日私、帰らないから」
「はぁ!?」
無論叫んだのは播磨である。
「……ええ、泊まるの。……ええ。それじゃ、よろしくね」
それだけ言って、愛理は電話を切った。
電話が切れる寸前に「かしこまりました、お嬢様」という声が聞こえた。
播磨は開いた口がふさがらない。
――なんだ今のやり取りは。
おそらく執事なんだろうが、なんて物分りのいい――つーか、良すぎだ馬鹿野郎――執事なんだろうか。
「ま、そういうわけでよろしくね、播磨君」
こともなげに言う愛理。
- 527 名前:True smile -2 :04/09/12 12:07 ID:XZizYtxM
- 「え……って、おい! 泊まるってどういうことだ!?」
「そのままの意味よ。文句あるっていうの? せっかく手伝ってあげようって言ってるのに」
「い、いや。そういうわけじゃねえけどよ……。お前、本当に泊まってく気か?」
「あら、嘘だとでも思った? ホントのホントよ。ありがたく思いなさいよね」
最後に「夜更かしはお肌にも悪いのに手伝ってあげるんだから」と付け足して彼女は播磨を見た。
小悪魔。
播磨の脳裏にその言葉が浮かんだ。しかしすぐに訂正する。
大魔王だ、と。
「だ、だが、明日もテストが……」
「八雲だってそうだったじゃない。それとも何? 八雲は良くて私はダメなわけ?」
「ぐぅ……」
すでに播磨はぐうの音も出ない――いや、出ているが――状態まで追い込まれていた。
言葉で播磨拳児が沢近愛理に適う道理はない。
「……ちっ。わ、わーったよ。よろしく頼む」
実際問題、戦力がほしいのは確かだった。
どうせ目の前の彼女は意見を変えるつもりはないだろうと、播磨は白旗を振った。
「そうそう。わかればいいのよ、わかればね」
満足そうに頷く愛理の顔は、楽しそうにほころんでいた。
- 528 名前:Classical名無しさん :04/09/12 12:11 ID:SMbG/TWw
- 支援。
- 529 名前:Classical名無しさん :04/09/12 12:32 ID:IwguiB6M
- 同じく支援。
連載継続中の作品相手に長編SS書ける人って凄いな〜って思うよ。
マジですか! と叫びたくなるような目まぐるしい展開を見ていると特にね…
- 530 名前:True smile -2 :04/09/12 12:45 ID:XZizYtxM
現在時刻、午前2時。二人はせっせと作業を続けていた。
最初は自分部屋に愛理と自分だけ――それもこんな時間に――という状況に違和感ありありの播磨だったが、
集中して漫画を描き始めれば気にならなくなっていた。
まあ今まで何時間も作業をしていたのは事実なのだから、すぐに慣れてもおかしくはないだろう。
これが他の男だったら色々と意識してしまうことがあるのだろうが、そこは播磨だ。驚異的なまでに意識していない。
それを少し寂しく思う愛理がいる。
「また間違えた……」
「おい、平気か?」
「大丈夫よ。ごめんなさい……」
どうしても何度かミスが出てしまう。集中はしているつもりなのだが、体力の問題だった。
最初家に来たときから10時間以上も作業を続けていれば、当然と言えば当然だ。
「ア……」
どうやらまた失敗したらしい。
小さなため息をついて修正をする。
「……」
その様子を播磨は何も言わずに眺めていたが、急に言った。
「ぐあー、つかれたな……お前は?」
「……私は平気よ」
「そうかよ。じゃあ、わりいけど俺の休憩に付き合ってくれ。一人で休憩してもつまんねえし、
その間お前はやってるっていうのもあんま気分良くねーしな」
それを聞いた愛理は顔を上げ、播磨を見た。彼は悪ガキみたいな、それでいてすごく優しい笑みを浮かべていた。
「ちょっと来いよ、お嬢。夜風にでも当たろうぜ」
そう言って播磨は立ち上がり、部屋を出て行く。
途中で振り返ることはしなかった。彼は愛理がついてくると確信しているらしい。
その様子を見た愛理も立ち上がり、黙って彼の背中についていった。
- 531 名前:True smile -2 :04/09/12 12:47 ID:XZizYtxM
二人はベランダに出ていた。
風は少し冷たい。
夜景は綺麗だとは言えないが、気分転換するのには十分だ。
大きく伸びをする播磨。それを黙って見つめる愛理。
「わりいな、お嬢。俺なんかに付き合わせちまってよ」
「それは漫画? それとも休憩?」
「両方だ」
「別にいいわよ。私が決めたんだし」
「そうか……。サンキューな」
漫画を完成させよう。彼女は八雲と話してそれを決意した。
播磨の想いを手伝うのには抵抗があるが、それ以上に彼の役に立ちたいのだと。
少なくとも、彼の想いをふみにじる権利は自分にはないのだと。
しかしそれでも、告白はしてほしくなかった。
やっぱり彼は優しい。沢近愛理は思う。
「まったくもう、変に気を利かせちゃって……」
まったくもってばればれだ。本人はそのことに気づいてないのだろうけど。
「あん? なんか言ったか?」
「いいえ、別になにも」
愛理はやっぱり怖かった。この優しい彼が天満に告白をして、もしも奇跡が起きたら、と。
彼女の中の闇は完全になくなったわけじゃない。
漫画を手伝うことを決意したところで、不安が彼女を圧迫し続けることには変わらない。
嫉妬。
それが闇の正体。
それが愛理の中で渦巻いている。
――――ああ、やっぱりイヤだな。
「こんなこと言うのもどうかと思うけど、天満には……好きな人がいるの」
いつのまにか言っていた。
もしかしたら彼が天満のことを諦めてくれると期待して、言ってしまっていた。
しかし、播磨から返ってきたのは驚愕でも、落胆でも、絶望でもなかった。
- 532 名前:True smile -2 :04/09/12 12:50 ID:XZizYtxM
- 「ああ、知ってる」
「……え?」
意外なんてものではない。そんな答え、彼女の中に存在すらしていなかった。ありえない答えだった。
「知ってた、の?」
「ん? ああ、まーな」
何でもないといった感じで播磨は答える。
愛理にはよくわからなかった、どうしてそんな風に言えるのか。
彼は天満の好きな人が自分でないことを知っているのに。なのに……。
そんな理解不能な言動が――愛理にはひどく頭にきた。
「なんでよ……」
「あん?」
「なんで、諦めないのよ……」
口が勝手に動く。理性はどこかに行った。浮かんでくる言葉がそのまま口をついて出てきてしまう。
「な、なんだよいきなり」
たじろぐ播磨。
しかし、気づいたときには愛理は叫んでいた。
「どうして諦めないのかって聞いてるの! だって、天満には好きな人がいて!
播磨君のことなんか全然、これっぽっちも意識していないのに! なんでよ!」
「いや、さすがにそこまで言われると傷つくぜ……」
播磨の小さな異義も愛理の剣幕の前には無意味なものだ。
愛理の息は荒く、顔は赤く、肩を怒らせ、そしてその表情には鬼気迫るものがあった。
播磨はそれ以上何も言わない。
彼は彼女が睨んでくるのを、ただ黙って受け止めていた。
- 533 名前:True smile -2 :04/09/12 12:52 ID:XZizYtxM
- 「……」
「……」
「…………」
「…………」
長い沈黙。それを破ったのは愛理のほうだった。冷たい風のおかげか、多少冷静になっていた。
少しふてくされて言う。
「なにか言いなさいよ」
「あーと、そーだな……」
彼女が冷静になったことを確認してから、播磨は空を見上げた。星が綺麗な夜空だった。
愛理はその横顔を見つめる。
播磨は少し間を置いてから、星空から目を離さずに愛理に問いかけた。
「じゃあ、聞くけどよ。お嬢は諦めるのか?」
- 534 名前:True smile -2 :04/09/12 12:55 ID:XZizYtxM
- 「え?」
「たとえばお嬢にすっげー好きな奴がいて、だけどそいつは自分のことなんか気にしてなくて……」
そう語る播磨はどこか寂しげだった。サングラスをかけていても、その寂しさは隠せない。
彼はわかっている。自分の愛が上手くいかないであろうことを。
「でもやっぱりそいつが好きで……」
彼はゆっくりと、まるで自分の心を踏みしめていくように言葉を紡ぐ。
愛理は涙を必死でこらえている自分がいるのに気づいた。
播磨は星空を見ながら、彼女に問いかける。
「……それで、お嬢は諦めるのか?」
「……」
「自分の想いも伝えずに諦めるのか?」
彼は愛理を見た。彼女は少しうつむいて、何かを考えているようだった。播磨は続ける。
「……俺はさ、諦めたくねーんだよ」
他人にはほとんど口にしない、播磨拳児の本心。
それが愛理の胸に突き刺さり、何よりもしめつける。
「つーか、諦めらんねえんだ、情けねえことによ。だけど、もしかしたら上手くいくかもしんねーだろ?
ま、現実逃避って言われたら否定できねえけどな」
そう言って播磨は笑ってみせ、おどける。だがやはり、その笑顔は寂しげで……。
愛里は彼の顔を見れなくなっていた。
――そうだ。結局は同じだったんだ。
播磨君には好きな人がいて、自分のことは全然、これっぽっちも意識してくれなくて……。
でも、沢近愛理は播磨拳児のことが好きで……。
ホント、なんでかわからないけれど――やっぱり好きで。
同じなのに、私は自分のことばっかり、自分の都合ばっかり彼に押し付けようとしてた。
彼には諦めろみたいなこと言っておいて、自分は……。
だけど、決めた。
だって私は自分勝手だから。この性格はそう簡単には直らない。
だから。
彼が諦めないのなら――。
- 535 名前:True smile -2 :04/09/12 13:01 ID:XZizYtxM
- 「ま、そういうこった。お嬢がどう思うかってのは自由だけどな」
「……ないわよ」
「ん?」
うつむいていた愛理がぽそりと言った。声が小さかったのでしっかり聞き取ることができない。
しかし「何か言ったか?」と播磨が聞くまでもなく、今度はさらに近所迷惑になること受けあいの大声で、愛理は言った。
「私だって諦めない! ええ、諦めないわよ! バカっ!」
「は、はあ? な、なんでいきなり馬鹿よばわりされにゃ――」
「シャラップ! だまりなさい! とにかく、いい? 私は諦めないからね!」
「イヤ、俺に言われてもコマルンデスケド……」
彼女の迫力に押されてか、播磨は敬語になっていた。
そんな播磨など彼女は気にも留めない。
「覚悟しておきなさいよ」
言って播磨に指をつきつけ、その後くるりと背を向ける。鮮やかな金色のツインテールが優雅に揺れた。
そして彼女はベランダから家の中へと戻っていった。
彼女の後ろ姿を呆然と眺めながら、ベランダに一人残された播磨は首をかしげた。
「……意味ワカンネー」
やはり播磨は播磨であった。
一方、播磨の部屋に戻った愛理は後ろ手にドアを閉めると、一度深呼吸をした。彼が帰ってくるまでに落ち着かないといけない。
心臓はさっきからバクバクいっている。顔が赤くなるのを抑えるのは大変だった。
『好き』とは言えなかった。彼女は、自分もとことん素直じゃないなと呆れ、播磨の鈍感さには呆れるを通り越しておかしく思う。
気持ちは複雑なままだけど、それでもいい。
『私は彼が好き』
その想いをしっかり抱きしめて愛理は。
「ほんと、バカなんだから……」
とびきりの愛情を込めて、彼を馬鹿にした。
そこには彼女らしく華やかで、そして彼女らしからぬ無邪気な笑顔があった。
....TO BE CONTINUED?
- 536 名前:True smile -2 :04/09/12 13:10 ID:XZizYtxM
- 以上で『True smile』は終了です。
途中で連続投稿にひっかかってしまいました。結構きついですね。
支援していただいた521様、522様、どうもありがとうございます。
最後が『....TO BE CONTINUED?』で「続く?」となっている理由は、
続きが書けるかどうかいまいちわからないからです。
存在するかもしれないし、ないかもしれません。無責任ですいません。
そのため「クズリさんすごいなー」と思ってます。普通に連載作品作ってますし。
というわけで、続きはあてにしないでください。(笑)
もし、また投下することがあったらその時もよろしくお願いします。
ではでは。
- 537 名前:Classical名無しさん :04/09/12 13:42 ID:n/LJUlzc
- コンキスタさん、乙です!
感想は、改めて熟読してから書きまつ。
それはそうと、そのペンネームは
「レコンキスタ(宗教的再征服運動)」から取ったんでつか?
- 538 名前:Classical名無しさん :04/09/12 16:09 ID:4vBjfiVE
- コンキスタさん、GJです。
このあと、八雲と沢近がどんな行動をとるのか。
ぜひ、続きが見たいです!
レコンキスタ=宗教的再征服運動なら
コンキスタ=宗教的征服運動なのでしょうか?
- 539 名前:Classical名無しさん :04/09/12 17:17 ID:aLqod6g.
- コンキスタさん超乙です
マジで本編がこんなんだったらなって思いました
めっちゃ萌える
それにしても
>そこは播磨だ。驚異的なまでに意識していない。
さすが播磨……
- 540 名前:Classical名無しさん :04/09/12 17:53 ID:tqfIaLZQ
- コンキスタさんGJです。
愛理らしさが出ててすごい良いです。特に播磨に対して無理矢理自分で納得
させるところが萌えました。
あと、八雲の主張の所も緊張感が萌えました。
気にも留められない者どうしの、コンビネーション……。
次の場面も見たいです。
- 541 名前:Classical名無しさん :04/09/12 18:35 ID:gq37a/7s
- ナイス旗。
本編のIFとして、すごく面白かった。
- 542 名前:Classical名無しさん :04/09/12 18:36 ID:KiQA47/I
- クズリ様のHP、検索しても見つからないOTL
だれかおしえてくれー
- 543 名前: :04/09/12 18:44 ID:Md8bfpjY
- 気が済むまで萌えて来い
ttp://word-life.hp.infoseek.co.jp/
もう次スレの季節、普通の漫画の本スレの流れよりはやいSSスレか・・・・
職人様方に感謝だね
- 544 名前:Classical名無しさん :04/09/12 19:13 ID:KiQA47/I
- >543
ありがたい!・・・と言いたい所ですがアドレス、クリックできないんです。
どうにかならないでしょうか?
- 545 名前:Classical名無しさん :04/09/12 19:24 ID:bHNBOPAo
- >>544
このピュア野郎 プニ(*´Д`)σ)Д`)プニ
上のアドレスにはURLにお約束の http://からhが抜けてるだろう?
だからコピペしてhを足してブラウザのアドレスに張ってから飛べばいいんだ。
もしくは//以降だけコピペして張ってもいいぞ。
なんでこんなことをするかというとhttp://をつけて張ると
自動的にリンクが張られるんだが、これに色々弊害があるからだな。
2chの暗黙の了解だ。やらないと住人から怒られたりするぞ。
- 546 名前:Classical名無しさん :04/09/12 19:25 ID:bHNBOPAo
- あんぎゃー、ageてしまった orz
むしろ私がDQN。ごめんなさい。
- 547 名前:Classical名無しさん :04/09/12 19:26 ID:KiQA47/I
- >345
ありがとう!カンシャ、感激、愛里、八雲
- 548 名前:Classical名無しさん :04/09/12 19:43 ID:6nmoxFas
- ここはGJの巣窟ですか。
- 549 名前:Classical名無しさん :04/09/12 20:44 ID:PvtSzptk
- >544
んなこた、自分でどうにかしる。
- 550 名前:Classical名無しさん :04/09/12 22:58 ID:9D4zLB52
- >>536
GJ!
お疲れ様っす。やっぱ旗!旗至上主義!
- 551 名前:Classical名無しさん :04/09/12 23:29 ID:hIVHo5Fo
- >>536
GJ。
ところでこれ旗なんですか
テンマニア的にも非常に面白く読めましたが・・なんでだろ?
- 552 名前:537 :04/09/12 23:52 ID:Te5.FuWc
- コンキスタさん
熟読しました。
播磨、沢近双方の苦しい想いが現れていて秀逸です。
やっぱり、みんな苦しんでるんだな……というのが良く分かる文章でした。
ただ、一つだけ難を言えば、
沢近がずーっと播磨と一緒に漫画の作業をしている時に、
播磨が全然自分の事を意識してくれなくて寂しく思う気持ちを、
もう少しだけ、丹念に書いてればもっと良かったと思います。
えらそうな事書いてしまいました。
全般的には、すごく良く出来た文章だったと思います。
- 553 名前:たちばなひむか :04/09/12 23:57 ID:BzShUhEw
- >>517さん
読んでくださってありがとうございます。
まあ、やはり、マニアックだったかな……と思いました。
もっと文章が練れるよう努力しつつ、
また、出直してきます。
- 554 名前:午後の抹茶 :04/09/13 00:57 ID:0JcelPAQ
- こんばんわ、午後の抹茶です。
スクールランブルIF11の
「夏祭りの夜に -a beginning- 」
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1090240458/642-646
【夏祭りの夜に -tenma side-】
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1090240458/666-675
スクールランブルIF12【脳内補完】の
【夏祭りの夜に -sarah side-】
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/231-243
【夏祭りの夜に -yakumo side-】
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1092069593/549-586
の続きをお贈りします。
- 555 名前:【夏祭りの夜に -eri side-】 :04/09/13 01:01 ID:0JcelPAQ
- 矢神神社、夏祭り。花火大会の後のこの小さな祭りは地元の人々
のささやかな潤いの場として年々賑わいをみせていた。子供は親と、
恋人は恋人と、共に出かけさざめく。そして、祭りの夜に祈るのだ。
いつまでも、一緒にいられますように、と――。
【夏祭りの夜に -eri side-】
行き交う家族連れ。幸せそうなカップル達。座っているのはお化
け屋敷の受付の椅子。目の前を通り過ぎる喧噪を見ながら紺地に黄
色のトンボ柄に赤い帯の浴衣を着た沢近愛理は小さくためいきをつ
き、そしてなんでこんなところにいるのか、と自問した。
そこは矢神神社境内、お化け屋敷前。捻った右足首の痛みは徐々
に増している。サラ・アディマエスは麻生広義のやきそばの屋台の
手伝いに、塚本八雲と高野晶は逃走した塚本天満を捜しに去った。
一人の祭りほど虚しいものはない。
(正確には一人じゃないけれど…)
ちらっ、と後ろに視線を投げかける。そこにはお化け屋敷の係の
人間に怒られているミイラ男姿の播磨拳児がいた。
- 556 名前:【夏祭りの夜に -eri side-】 :04/09/13 01:02 ID:0JcelPAQ
- 「待たせたな、お嬢。いつでもいけるぜ」
「なによ、ヒゲ。お化け屋敷でバイトしていたんじゃなかったの
?」
「……クビになった」
「あっそう。でも別に送ってもらう必要ないわよ。中村に向かえに
来てもらえばすむ話だし」
「しつけーな、お前も。まだ音にもってんのか。高野に約束しちま
った以上、男として送らねーわけにはいかねーんだよ」
「……約束、ね。ふーん」
約束か。それ以上でもそれ以下でもないのか。そう考えると意地
でも送ってほしくなくなった。
「とにかく、いいわよ。一人で帰るから」
強引に言って立ち上がる。そのとたん、右足首に傷みが走った。
「痛っ!」
崩れる体をとっさに抱き留めたのは播磨の腕だった。
「あぶねーな…。無理すんなよ。捻挫ひどくなるだろ」
ぱんっ!愛理は浴衣越しに感じた播磨の体温を腕ごと払いのけた。
「余計なお世話よ!」
「とにかく、ここ座っていろ。いいな?」
そう言い置くと播磨は祭りの人混みに消え、得体のしれない物体
を手にして帰ってきた。
- 557 名前:【夏祭りの夜に -eri side-】 :04/09/13 01:03 ID:0JcelPAQ
- 「ヒゲ…何、それ?」
「かち割り。知らねーか?」
「……知らないわよ。悪い?」
「あー、そっか。お前、帰国子女だもんな。これはかき氷の液体版。
っていったらいーんかな。とにかくこのストローから吸って飲むん
だ」
「で、それをどうしろと?」
「怪我してるほうの足にあてとくんだよ。いくらか冷えてちげーだ
ろ。ほら、足出せ」
「ヒゲになんか足触らせるのぜっっったい嫌!」
「そんなこと言ってる場合か!とにかく貸せ!」
播磨は愛理の右足首を有無を言わさず握ると、口をぎゅっと締め
たかち割りをあてがい、顔に巻いていた包帯でぐるぐると止めた。
「これでよしっと…。いくらかましだろ」
「ヒゲ…怪我が治ったら覚えていなさいよ!」
播磨を蹴りたいのはやまやまだが怪我している足ではそれもまま
ならない。ぎりぎりと歯を噛み締める愛理だった。
- 558 名前:【夏祭りの夜に -eri side-】 :04/09/13 01:03 ID:0JcelPAQ
- 「じゃ、ほれ。乗れ」
「……どういう意味?」
背中を向け、愛理の前に座る播磨を前に愛理は怪訝な声を上げた。
「どうもなにもおぶっていくしかないだろう。ほら」
「ヒゲにぃ?!じょ、じょーだんじゃないわよ!」
「冗談でこんな恥ずかしいこといえるか!」
高野にあんな写真さえ撮られていなければ…と歯噛みする播磨と
言語道断とばかりに叫ぶ愛理。そこには歩み寄りなどという単語は
存在しない。
「じゃ、どーやって送っていけというんだ!」
「だからヒゲなんかに送ってもらわなくてけっこうよ!」
「それじゃこっちが困るんだ!」
愛理を送っていかなければ、天満の胸を触った写真を天満にばら
すという過酷な内容で晶に脅されているため、播磨の悲鳴はかなり
必死である。なにやら播磨の様子が違うことに愛理も気がついた。
「とにかくなんでもいいから送らせろ!」
「……ヒゲ、なんか様子が変よね。まさか……」
「ち、違う!別に高野に脅されているからってわけじゃない!」
自ら進んで墓穴を掘るのが好きな播磨。愛理の危険度が二段階上がる。
「わかったわ。そこまで言うなら送らせてあげる。そのかわり、美
琴の家までヒゲは私の馬よ。いいわね?」
「馬ってなんだ、馬って!」
「じゃ、一人で帰る」
「……わかりました。馬で結構です……」
勝敗は決した。愛理は播磨におぶわれて帰ることになった。
- 559 名前:【夏祭りの夜に -eri side-】 :04/09/13 01:04 ID:0JcelPAQ
- 「じゃ、乗れ」
「お乗り下さい、でしょ」
「……お乗りください」
後ろを振り向きしゃがむ播磨を前にして、愛理ははたとひとつの
事実に気がついた。愛理が着ているのはミニではないいわゆる普通
の浴衣。ということは裾を相当捲らなければ播磨におぶわれること
はできないのだ。洋服ならば膝上丈のミニもなんなく着こなす愛理
だがこれには恥じらいを覚えた。
「どうした?」
「な、なんでもないわよっ!それより後ろ振り向くんじゃないわ
よ」
「あ、ああわかった……」
ままよっ、と裾をまくり播磨の背に乗る。なるべく触れたくない
のだが、嫌がおうにも汗をかいた播磨の背中の熱気が伝わってきて
愛理はくらくらした。かといって腕からも足からも熱は伝わってく
る。熱気を少しでもそらしたくて、愛理は思わず背中の上でバラン
スを崩しそうになった。とっさに首に手を回す。髪から香る体臭に
眩暈がした。
「っと……。お嬢、後ろでなにやってんだ?グラグラしてっと落ち
るぞ?」
「し、しかたないでしょ!乗りにくい背中をしているヒゲが悪いの
よ!」
「悪かったな!」
悪口で誤魔化すことしかできない、とことん不器用な愛理だった。
- 560 名前:【夏祭りの夜に -eri side-】 :04/09/13 01:04 ID:0JcelPAQ
- 愛理を乗せて播磨は人混みの中を進む。背の高いヒゲのグラサン
の男が、金髪の浴衣を着た美少女を乗せているその姿は人混みの中
にあってもそれは目立った。しかし天満に見つかることだけを恐れ
ている播磨と違って、人目に慣れた愛理はまったく気にしていなか
った。
なにか話すわけでもなく、人混みを無言で進んでゆく。愛理は自
然と幼いころの祭りの想い出を思い出していた。
愛理にとって日本の祭りは縁遠いものだ。京都で生まれたとはい
え、教育の大半を英国で受け、母は北欧で起業を、父は貿易で世界
中を飛び回る家庭で育った愛理にとって日本そのものが遠い国だっ
た。だからこそ高校は日本に通いたいとも思ったのかもしれない。
でも一度も日本の祭りに行ったことがないわけではない。本当に、
本当に小さいころだが一度だけ母と父が京都に揃ったとき連れてい
ってもらった祭りがある。
(あれはなんという祭りだったかしら…。そう、祇園祭…)
確か、なんとかという菓子が買ってほしくて駄々をこねてやっと
買ってもらっけ。そしてなにより久しぶりに母と父が揃ったことが
嬉しくてとてもはしゃいだ記憶がある。おぼろげな記憶を掘り出し
て、愛理はくすっと微笑んだ。その気配に播磨が声を掛けた。
「なに笑ってんだ?」
「別に…」
「ふぅん…」
「それより、あそこにある機械、なに?」
- 561 名前:【夏祭りの夜に -eri side-】 :04/09/13 01:06 ID:0JcelPAQ
- 愛理が指さしたのはわたあめを作る機械だった。
「あれはわたあめ作るやつだ」
「わたあめ…?」
「お前、本当になにも知らないのな」
「わ、悪かったわね!知らないものは知らないのよ!」
「別に、わりーとは言ってねーよ」
「え?」
播磨はすたすたとわたあめの屋台に近づいていく。
「姉さん、わたあめ一個作ってくれ」
「はいはい」
目の前でざらめが糸になり、ふわふわとした形を作っていく。愛
理はその白い柔らかな形に思わず引き込まれた。それと同時に記憶
が甦る。
(そうだ、買ってもらったのはこのお菓子だ…)
「お嬢、ちょっと降りれるか?」
「う、うん…」
怪我を悪化させないように左足から降りる。でも心はわたあめに
魅入られたままだ。
「いくらだ」
「一袋四百円よ」
「じゃ、そっちのピンクの袋の一つくれ」
目の前のやりとりも現実のものとは思えず、袋に入れられていく
わたあめをじっと見つめていた。そんな愛理に播磨が声を掛ける。
- 562 名前:【夏祭りの夜に -eri side-】 :04/09/13 01:07 ID:0JcelPAQ
- 「お嬢…これ、詫びになんねーかもしれねーけど、怪我させたのは
事実だから受け取ってくれ」
「あ、ありがと…」
自分の口とは思えないほどすんなりと感謝の言葉が出てきた。そ
っとピンクの熊が描かれた袋を受け取る。その袋はふわりとしてい
て重さも感じられないほど軽かったが、でもどこか温かかった。
(わたあめってどんな味がしたっけ?)
愛理は必死に思い出そうとしたが、まるで想像上の食べ物のよう
に思い出せなかった。
「じゃ、もいちど乗ってもらうか…って、て」
なぜか播磨が猛烈な勢いで愛理の影に隠れる。愛理は播磨が見て
いた方向にを振り向いて思わぬ人物から声を掛けられた。
「おーい、愛理ちゃーん。そこでなにやってるのー?」
「なにって…天満こそ、そこでなにやっているのよ?」
「私ー?私はね…」
てへへ、と照れる天満。みなまでいわずとも隣にいる烏丸大路の
存在に愛理はすべてを察した。
「愛理ちゃんこそ誰といるの?」
「私、私は…」
ヒゲと、と口にするより早く後ろから口を塞ぐ手が伸びた。口を
塞がれたまま抱き上げられ、連れ去られる。
「も、もごぉ〜!」
「え、愛理ちゃ〜ん!」
そのまま凄まじい勢いで播磨と愛理は天満の前から走り去った…。
- 563 名前:【夏祭りの夜に -eri side-】 :04/09/13 01:09 ID:0JcelPAQ
- 「はぁはぁはぁ…。な、なにすんのよ、ヒゲ!」
「うるさい!男の沽券にかかわる問題なんだ!」
「はぁ?なにそれ?」
そのまま猛烈な勢いで人混みを走り抜けてきた二人。偶然にも周
防美琴宅まで近づいたようだ。いったん愛理を降ろした播磨は、言
い訳もしようがなく愛理に扱き下ろされていた。
「あー、もうわけわかんない。もういいわよ。大分美琴んちに近づ
いたみたいだし、あとは歩いていくわ」
「といってもまだ距離あるだろ。とにかく高野に請け負ったんだ。
最後まで送っていく」
請け負った、という言葉にカチンときた。
「とにかく!一人でいくからっ!」
痛む足をこらえて無理矢理歩き出そうとする。すると後ろからふ
わっと抱き上げられた。図らずもお姫様抱っこの形になる。
「な、なにすん…」
文句を言おうとしてサングラス越しの視線と視線が絡まった。自
分でも意識せず言葉が言えなくなる。
「うるせー。みじけー距離だろ。そのまま抱っこされとけ」
言葉が返せなかった。顔と顔が近いせいか観察してしまう。サン
グラス。髭。髪。顔の輪郭。
(ヒゲってこんな顔をしていたっけ?)
「それよりお前」
「え?」
「迎え、よこしにきてもらわなくていーのか?」
「そ、そうね。迎えね…」
- 564 名前:【夏祭りの夜に -eri side-】 :04/09/13 01:10 ID:0JcelPAQ
- 播磨の胸に抱かれたまま、家に電話を掛け中村を呼び出す。美琴
のうちまで車の手配をするよう命じるとぱたんと携帯を閉じた。わ
たあめを抱いたまま、記憶を辿る。
(お父様にこんな風に抱かれたのはいつが最後だっただろう?)
思い出せない。それを悲しいと思ったが播磨が歩くたびに生じる
振動に揺られているとその悲しみが少しだけ癒える気がした。
「ヒゲ」
「なんだ?」
「大切な人と離ればなれで、一緒にいられなかったらどうする?」
「気にしない」
「気に…しない?」
「そうだ。離れていても、一緒にいられなくても大事なことに変わ
りはねーんだろ?だから気にしてもしょーがねぇ」
「そう…」
「その代わり、一緒にいられる時、その人をを精一杯大事にすりゃ
あいい。用はそういう気持ちって量よか質だろ?俺はそー思う」
「そうね…」
愛理にとってはちょっと意外な答えだった。播磨なら追っかける、
とか気が狂うなんて返事が返ってくるのかと思っていたからだ。同
時に大切な人がそばにいなくても気にしない、そう言いきれる強さ
を持った播磨を羨ましいと思った。
- 565 名前:【夏祭りの夜に -eri side-】 :04/09/13 01:12 ID:0JcelPAQ
- 「ついたぜ」
愛理が考えにふけっている間に美琴のうちの前までついていた。
すでに沢近家のリムジンも到着している。電話を掛けたのはそう前
でもないのに、相変わらず中村は仕事が早い。
「じゃ、送り届けたからな。俺はいくぜ」
「ヒ、ヒゲ!」
「なんだ?」
「な、なんでもない…」
「……じゃな」
そのまま振り向きもせず、播磨は去っていった。礼を言いたかっ
たのに。正気に戻るととことん素直になれない自分をこんなとき恨
めしく思う。
「ご無事でなによりです、お嬢様」
中村が右足首に結ばれていたすでに溶けきったかち割りを解く。
「ありがとう、中村」
中村にだったらこんなに素直に礼が言えるのに。素直になれない
自分を皮肉に思いながら、美琴宅に預けておいた自分の着物を受け
取り愛理はリムジンに乗った。
- 566 名前:【夏祭りの夜に -eri side-】 :04/09/13 01:13 ID:0JcelPAQ
- 「ときにお嬢様、そのビニール袋は?」
「知らないの?わたあめよ」
「存じておりますが、それはとっておくとべたべたと溶けてしまう
代物ですが」
「そうなの?」
「ええ。お早めにご賞味されることをお勧めします」
そっと袋の口をあけると甘い砂糖の香りがした。一切れ千切り、
口に入れる。思い出せなかった遠い過去の味がする。甘いはずなの
にどこかほろ苦かった。
「そういえば、明日旦那様がお立ち寄りになられますよ」
「本当?」
「ええ、二日間ご滞在するそうです」
「……お父様、わたあめお好きかしら」
「さあ…。でもお作りになりたいのなら、確かわたあめの機械が当
家にございますが」
「そう…。ありがとう、中村」
一緒にいられる時、その人をを精一杯大事にすりゃあいい。そう
言っていた播磨の言葉を思い出す。
もう一切れ、わたあめを口にする。もう苦さは感じず、ただ優し
い甘さが口の中に広がった。
(明日、お父様にわたあめ作って差し上げよう…)
リムジンから見える夜景を見ながら、愛理はもう一口わたあめを
口にした…。
- 567 名前:午後の抹茶 :04/09/13 01:14 ID:0JcelPAQ
- というわけで愛理編でした。一応旗…なのかな?
すごく手こずって、播磨編も同時進行で書いてみたりと実験していたので遅くなりました。
ご意見、ご批評、お待ちしています。
次は誰になるか未定です。ではまた。
- 568 名前:Classical名無しさん :04/09/13 01:30 ID:DeNCsgJM
- 旗、いいなあ。何とかシアワセにしてあげたいねえ…GJ!
- 569 名前:Classical名無しさん :04/09/13 02:05 ID:.klUe95w
- 午後の抹茶さん、GJ。
愛理良い。時折表れる素直愛理は萌えます。
旗もおにぎりもやっぱり好きだわ。読み返すと。
お嬢が播磨の背中に乗る所、もうちょっと盛り上げたほうが良いと思う。
私見だけど。
次も楽しみにしています。
- 570 名前:午後の抹茶 :04/09/13 02:56 ID:BbFVTRvw
- >>568
ありがとうございます。なんというか愛理は努力が空回りするタイプに見えて…。
なんとか幸せにしてあげたいとも思いますね。
>>569
批評、ありがとうございます。今後の参考にいたします。
にしても愛理を素直にさせるのって容易じゃなかったです…。
彼女が真に素直になれる人こそ、彼女の運命の人なんだろうなぁ…。
…って現時点で候補にもっとも近いのって中村?!(笑
- 571 名前:コンキスタ :04/09/13 08:09 ID:8vWSkk8E
- 皆様感想ありがとうございます。
>>537
なるほど、たしかにそこはもう少しいじれたかもしれません。ちなみにペンネームは適当です(笑)
もしかしたらそれをどっかで聞いたのかもしれませんけどね。
>>538
続きはかけたらということで(笑)
その場合は完全に漫画と時間軸同じなのに、全く違う話という形になると思います。
>>539
本編のIFでなるべくおかしくない展開(ほんとかよ)を目指しましたので、
そう言ってもらえると嬉しいです。播磨はなるべく播磨らしくということで。(笑)
ただ、どうも八雲がむずかしいです……。八雲はあんまらしくないんですよね、読み返してみると。
>>540
お褒めいただきありがとうございます。続きはあるのかなあ……(笑)
思いついたら書くと思うので、そのときはどうぞよろしくお願いします。
>>541
本編のIFとして楽しんでいただけてよかったです。
>>550
喜んでいただけて幸いです。自分もどちらかといえば旗派ですね。
>>551
うーん、なんででしょう?(笑)
一応コメディとシリアスを混ぜて書いているつもりなので、そこのコメディ部分で
楽しんでいただけたのでは、とかなんとか思い込むことにします。とにかく楽しんでいただけて嬉しいです。ありがとうございます。
皆様本当にありがとうございます。ではでは。
- 572 名前:Classical名無しさん :04/09/13 13:21 ID:JGxE6sjc
- あと20kbで次スレですね。 そろそろ目次を用意しますか?
それと、次スレは490kbで立てるんでしたっけ?
- 573 名前:Classical名無しさん :04/09/13 19:51 ID:pRfMOBEc
- もうSS保管庫って更新されないのかな…
- 574 名前:Classical名無しさん :04/09/13 20:03 ID:BS8wEZGg
- >573
今日見たら更新されてたよ。
- 575 名前:Classical名無しさん :04/09/14 01:12 ID:wbkGk.8Q
- 立てました
スクールランブルIF14【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1095091828/l50
- 576 名前:目次 :04/09/14 02:32 ID:3IA4ngDw
- >>24 『If...baby pink-1』
>>36 『The Heart Is a Lonely Hunter』 ※(10)-(15)
>>52 『Birthday... Lala Gonzalez』
>>57 『(無題)』
>>62 『Love is destructive』
>>89 『HANABI〜8月の日〜』
>>128 『Mr Summer Time』前半
>>139 『The Dogs Bark』
>>156 『Epilogue−八雲述懐』『The Heart Is a Lonely Hunter』の続き
>>161 『If...baby pink-2』
>>177 『花と雲』
>>194 『If...baby pink-3』
>>218 『Mr Summer Time』後半
>>255 『(無題)』
- 577 名前:目次 :04/09/14 02:33 ID:3IA4ngDw
- >>273 『枷』
>>301 『Like yourself』
>>308 『テスト2日目』
>>314 『If...sepia』
>>329 『Be glad』
>>358 『Lost Child 〜 the Memory 〜』
>>398 『If...sepia-2』
>>420 『Lost Child 〜 the Present 〜』
>>479 『True smile』
>>500 『肉じゃが〜全ての源』
>>513 『八雲独白』
>>515 『(無題)』
>>521 『True smile -2』
>>555 『【夏祭りの夜に -eri side-】』
- 578 名前:Classical名無しさん :04/09/14 08:41 ID:1.GhXR0o
- >>575-576 乙です。
- 579 名前:Classical名無しさん :04/09/14 12:02 ID:QycaX3/k
- 新スレ乙です
早いなペースが
- 580 名前:Classical名無しさん :04/09/14 12:18 ID:VSGHqW8Q
- SS保管庫の管理人さんの中の人も大変だ
まだ7月中旬までの分しか整理できてないみたいだし
あと何作あるんだ?
がんがれ超がんがれ
- 581 名前:Classical名無しさん :04/09/14 12:24 ID:vSDwfkGI
- 埋めるぞ〜
クズリさんガンボイ
- 582 名前:Classical名無しさん :04/09/14 12:25 ID:vSDwfkGI
- クズリさんジャンボ!
- 583 名前:Classical名無しさん :04/09/14 12:36 ID:vSDwfkGI
- クズリさんのSSの播磨の男気に萌え!
播磨、お前はいいやつだ!おれにはお前のつらさが
よくわかるぞ!
- 584 名前:Classical名無しさん :04/09/14 12:36 ID:vSDwfkGI
- 1人で埋めるのにも疲れてきた・・・
中村の気持ちが良くわかるぽ。
- 585 名前:Classical名無しさん :04/09/14 13:07 ID:QsRKBVWQ
- >584
いや、埋めなくてもいいから。
むしろ埋めないほうが●持ってない人間にもログ読めてありがたい。
っつーか埋めるな。
- 586 名前:Classical名無しさん :04/09/14 16:07 ID:HDlPJDwA
- >>585
今まで本スレばっかみてたから埋めナあかんのかと
思ってた。スマソ
- 587 名前:Classical名無しさん :04/09/14 22:41 ID:kqTLlBlo
- 普通は埋めるだろ。
ログなんて自分で保存しとけばいいじゃん。
- 588 名前:Classical名無しさん :04/09/14 23:17 ID:uTgr9/Ok
- 無理に埋めるより職人さんがコソーリ小ネタを投下してくれるのを待とうぜ。
(・∀・)ワクワク
- 589 名前:Classical名無しさん :04/09/15 00:09 ID:yBWKFvK6
- 「……おはよう」
「あ、おはようございます。昨日はよく眠れました?」
「ん……まあ、ね」
「そのわりには随分うなされてたみたいですけど」
「……分かってるなら訊かないでくれ」
「重症ですね……ここ、否定するところですよ」
「あー……悪い」
「もう、しっかりして下さい、ほんとに。――でも」
「……でも?」
「なんだかちょっと羨ましいです。絃子さんをこれだけ心配させる人がいる、っていうのが」
「あのね葉子。私は別に誰かを心配してるわけじゃ」
「違うんですか? じゃあ別に物でもなんでも構いませんけど、何にしてもそれって私より大事
なんですよね、絃子さんの中で」
「いや、そういうわけじゃ……」
「だったら、もう少し考えてくれてもいいと思いますよ」
「考える……」
「例えば、目の前で困ってる先輩をどうにか助けてあげたいと思ってる、可愛い後輩のこととか」
「……」
「ねえ、絃子さん?」
「ああ、そうだな。君の言う通りだよ、悪かった、うん」
「分かってもらえたなら、顔でも洗ってしゃきっとしてきて下さい。朝食はもう出来てますから」
「そうさせてもらうよ、ありがとう」
――その背を見送って、微笑みとともに小さな呟き。
「……やっぱり悔しいです、ちょっとだけ。でも仕方ないですよね」
『家族』ですから、と。
- 590 名前:Classical名無しさん :04/09/15 01:00 ID:7zmB5qfs
- 葉子さん(・∀・)イイ!
- 591 名前:Classical名無しさん :04/09/15 15:05 ID:cstN.A/2
- >>589
GJ!
本当に理由は家族だから、だけなのかな?
(・∀・)ニヤニヤ
- 592 名前:Classical名無しさん :04/09/15 16:01 ID:GZBQuHCU
- ―――どうしてこんなコトになったのだろう?
刑部絃子は考える。
自分のアパートのダイニング。自分が座っている正面に、同居人の
播磨拳児が座っている。
それはいい。それはいいのだが………
「あ、妹さん、おかわり頼むわ」
「あ、はい」
………何故塚本クンがここにいるのだ?と自分が担任しているクラスの
生徒でもある塚本八雲と、彼女が作った、今目の前に並べられてい朝食を
見比べながら考える。
「あの………、先生、お口に合いませんでしたか?」
「あ、いや、そんなコトはない。おいしいよ」
慌てて箸を進める。
もう一度整理をして考えてみよう。
中間テストの初日。そう、アレが始まりだった。
あの時に、もっと毅然とした態度を取るべきだったのだ、何やら自分でも
ワケが解らず動転してしまった。冷静に対処していれば、この女生徒が私の
マンションで、まるで拳児クンの女房のように横に座っている事態だけは
避けられたかもしれんのだ。
テスト期間中、逃げるようにマンションを飛び出し、葉子のところで悶々と
過ごしたが、テストが終わり、ようやく塚本クンが帰ったと聞いたので、
ホッとして戻ってきたのだ。
ココはキツく拳児くんを叱っておかねば………
そう思った矢先、出てったはずの、塚本クンがまたやってきた。今度は大きな
バッグを持って。
- 593 名前:Classical名無しさん :04/09/15 16:02 ID:GZBQuHCU
- 何でも、今回の件で姉と大喧嘩になり、家を追い出されたらしい。しばらく
泊めてほしいとのコトだった。
冗談ではないっ! 私がそう叫ぶ前に「そうか、仕方ないな。いいだろ、絃子」
などと、この鈍感極まりない同居人が言ってしまった。
あからさまにホッとした顔をする女生徒と、のほほんと女生徒を部屋に上げる
同居人に腹の煮えくり返る思いをしながら、自分は何も言えなかった。
この男とは解っているのか? この部屋は私が借りてから、私と拳児クン以外の
人間は上げたコトがなかったのだぞ、ここはキミと私だけの………
塚本クンが流しで朝食の後かたづけをしている。
朝食は悔しいが美味しかった。
拳児クンなどは、旨い旨いを連発し、「妹さんの旦那になる男は幸せだな」などと
お約束の如くのたまってくれた。
思わずベキリと箸を折ってしまった。慌てて隠したが、気付かれたろうか?
「さて、そろそろ行こうか、妹さん」
拳児クンがおもむろに立ち上がる。
- 594 名前:Classical名無しさん :04/09/15 16:03 ID:GZBQuHCU
- 「………ちょっと待て、ドコへ行くのだ」
「ドコって………学校に決まってるだろ、何言ってんだ?」
「………バイクで行くのか?」
「………いつもオレはバイクだろ?」
「………『二人で』バイクに乗って行くのか?」
見れば塚本クンは、さも当然のようにヘルメットを手にしていた。
「そりゃ………、妹さんだけ、歩かせるワケにはいかんだろ?」
やめろ、バカ、何を考えている。アレはホントは私のバイクなんだぞ。他の
女をケツに乗せるためにキミに貸してるんじゃないんだ。
そもそも何のためにキミにバイクを無条件で貸していると思っているのだ?
そのタンデムシートに私が………
気がつくと、二人とも居なくなっていた。
外の方からバイクの排気音が聞こえてくる。
………また葉子のところに行こう。
暗鬱に落ち込んでいく気分の中で、私はボンヤリと考えていた。
- 595 名前:Classical名無しさん :04/09/15 16:11 ID:J/FLO0qM
- うん、いい感じ。
- 596 名前:Classical名無しさん :04/09/15 16:17 ID:hcQU.aH2
- 絃子かわいいよ絃子。
- 597 名前:Classical名無しさん :04/09/15 18:23 ID:7zmB5qfs
- >>594
GJ!
ヤバイ、果てしなく良い。絃子さん可愛いなマジで
不憫さがまた良かったです。
次スレに投下しても良かったのに。続き期待
- 598 名前:Classical名無しさん :04/09/15 18:27 ID:yBWKFvK6
- 「なあ、いい加減機嫌直せよ。俺が悪かったって言ってるだろ」
「別に誰も怒っちゃいないさ。ああ、そうだとも。保護者たるこの私を追い出して、この数日間何を
やっていたかなんて知ったことじゃないね」
「……だからそれが怒ってるっつってんじゃねぇか」
「何か言ったかな?」
「何でもねぇよ、ったく……」
「フン。まあいい、いつまでもこだわっていても仕方ないしな」
「こだわってたのはどこの誰だよ……」
「な・に・か・な?」
「ななななんでもねぇよっ! だからソレしまえソレ! 人に向けんじゃねぇっ!」
「うん? ああ悪いね、つい無意識に、だ。許せ」
「……おう」
「それで、だ。妙なことを訊くようなんだが、君のクラスに沢近さんという生徒がいたと思うが……」
「沢近……? ああ、お嬢か。それがどうかしたのか?」
「彼女とは親しいのかな?」
「あん? 何で俺があんなヤツ……あーいや、そういやちっと世話になった気もするな」
「ふむ」
「……待てよ。でもぶつけてきたのはあっちじゃねぇのか……?」
「あまり穏やかな話じゃなさそうだね……それで、今ウチのマンションの前で何かを探しているような
少女がいるわけだが、あれは彼女じゃないのかな?」
「……ちょっとそこどけ絃子。……だな、間違いねぇ。でも何やってやがんだ? こんなとこで」
「どうも何かを見ながら出入りを繰り返しているし、要件は君なんじゃないのか?」
「何でそうなるんだよ」
「ウチの表札は『刑部』だ。君を訪ねてきた相手は迷うと思うよ、きっと」
「……俺はあいつに用なんてねぇぞ」
「誰も君の都合は訊いてないよ。で、いいのかなこのままで。あまり女性を困らせるものではないと思うが」
「女性ってタマじゃねぇだろ……あー分かったよ行ってくりゃいいんだろ、行ってくりゃ」
「ああ、くれぐれも失礼のないよう……まったく、最後まで聞いていけというんだ」
――しかし、と溜息一つ。
「私ももう少し、しっかりしないといけないのかな、実際」
- 599 名前:Classical名無しさん :04/09/15 18:53 ID:aDFm4VIs
- GJ!!
しかし、表札が刑部とは、まったく
イトコ&ケンジと表札を出す根性もないのかと
- 600 名前:Classical名無しさん :04/09/15 19:32 ID:7zmB5qfs
- なんか凄いことになってるぞ(*´∀`)
- 601 名前:Classical名無しさん :04/09/15 23:10 ID:57E8HSew
- なんだなんだ?ひっそりと絃子祭り?ずるいぞずるいぞー
- 602 名前:弐条谷 :04/09/15 23:15 ID:wY0BtPbY
- 流れ無視して本当にスマソ。
SSと言うより殆どネタで、エロパロと云うにはあまりに弱いのでここに投下します。
かなりふざけた話ですが、当事者では無かったのですが筆者の実体験を元に書きました。
タイトルは適当です。
- 603 名前:ブービー :04/09/15 23:18 ID:wY0BtPbY
- 体育祭の翌日、2-Cの一同は打ち上げとしてクラス全員でボーリング大会を行なっていた。
幹事は高野と冬木という、いかにも何かがありそうなメンバーである。
この大会には、隠していた頭を露呈し、沢近と踊りと色々あった播磨も参加していた。もちろん、天満の為にだ。
「天満ちゃんにいい所を見せてやる…!」昨日の疲れを見せない程の意気込みで乗り込んだ播磨。
だが、彼のレーンは場内でも一番隅。しかも、彼と同じレーンにいるのは、沢近ただ一人であった。
「何なのよこれは…隣のレーンは全員欠席してるし、これじゃあ私達だけ完全に孤立してるじゃない!」
幹事の高野に文句を言う沢近だったが、その顔からはさほど不満は感じられない。
「じゃ、ブービー賞とかガーター賞とか、景品は充実させてるから頑張って」
問題無しと判断した高野が取り合わずに去っていく。そして、残される二人…。
「くっ…こうなったらヒゲ、あんた優勝しなさい。そして景品を半分私にちょうだい」
「…あん?おいお嬢、何で俺がオメーの為にやらないといけねーんだ?テメーで勝てや」
「――生憎、どこかのハゲ駄馬の帽子を取ってやろうとした時に足を痛めたの。お陰でボーリングは泣く泣く見学…」
「ぐ…おい、あれはもう貸し借り無しに…くそっ、わーったよ!もし何か景品を取ったら、半分オメーにやるよ、お嬢!」
「負けるのは私のプライドが許さないから、全力で勝ちなさい」
満足げに沢近が播磨の肩をポンと叩いた。
一瞬、深呼吸をした後、播磨は最初の投球に入った。
それを食い入る様に見つめるのは沢近だけ…だが、その後ろでは多くのクラスメートが二人を見ていた。
そんな事など知らず、播磨からボールが投じられた。
彼の力に見合わぬ、実にスローなボール。ボールはゆっくりゆっくりと右へ進路を変え、やがて溝に消えていった。
「…あんた、ボーリングやった事あるの?」
「いや、これが初めてだ」
「――ブービー賞とガーター賞のダブル受賞って所かしら…」
溜息をついた後、沢近が頭を抱えた。
- 604 名前:Classical名無しさん :04/09/15 23:18 ID:LEB/N7bU
- >>592-594
とっても(・∀・)イイ!!
表の先生の顔の裏でうごめく
下心満載の絃子の姿がとってもおかすいw
- 605 名前:ブービー :04/09/15 23:18 ID:wY0BtPbY
- 播磨は終始この調子を崩す事は無かったが、彼は会場を大いに盛り上げた。
彼に事実上の宣戦布告した者が現れたのだ。――そう、その者の名は天満。
天満は播磨に負けず劣らずガーターを連発。そのスコアは播磨と平行線を辿った。
優勝争いはほぼ麻生が勝利を確定し、大会への関心が薄れつつあった中でのこの激闘。播磨と天満の死闘に、多くの者が湧いた。
そして――
「――じゃあ、続いてはガーター賞。受賞者は…塚本天満さん」
楽しかった時間はあっという間に終わり、結果発表の時を迎えた。
高野が天満の名を呼び上げると、クラス中から惜しみない拍手が送られた。
天満のガーターの数は10、播磨は9。薄氷の勝利であった。
「塚本さんにはうまい棒120本が贈られます!…はい、塚本さん」
冬木が商品の入った袋を手渡すと、喜びを爆発させた天満はその場で開けて、皆に配り出した。
クラス全員からの歓声が、ますます大きくなる。
「はい、愛理ちゃん!播磨君もどうぞ!」
天満が満面の笑みで二人にもうまい棒を渡した。
「全員に一本ずつ配ってまだあんなに余ってるじゃない…ってかヒゲ、こんな駄菓子がそんなに嬉しい?」
不思議そうにメンタイ味のうまい棒を見つめる沢近。
ちなみに、播磨がうまい棒を喜んでいる理由は、彼の想い人から直々に手渡されたからに他ならない。
- 606 名前:ブービー :04/09/15 23:19 ID:wY0BtPbY
- 「――それでは、続いてはブービー賞。受賞者は――播磨拳児君」
高野の読み上げに一瞬沈黙が訪れたが、それでもすぐに大きな拍手が起きた。
スコアは播磨が9、天満は7。本当に、薄氷の勝利であった。
「ほら、行って来なさい!後で半分貰うから」
沢近に背中を押され、播磨が全員の前に出た。さらに拍手が大きくなり、柄にもなく照れる播磨。
「播磨君には、…あ、中身は自分で確かめてね。とにかく、おめでとう!そして、お幸せに――」
冬木が播磨に小さな紙袋を渡した。中身は全然見えない。
一同が中身は何だとどよめく中、痺れを切らした沢近が前に出た。
「中身は何なの?早く開けてよ!」
「おいおい、焦るなって。今――」
沢近に急かされ、播磨は紙袋の口を開け――そして、すぐに閉じた。
「ちょっと、全然見えなかったんだけど!よく見せてよ!」
「悪い、お嬢!やっぱこれは俺一人で貰うわ!」
「ふ、ふざけないでよ!半分くれるって約束したじゃない!」
「…ところで高野さん、あの紙袋の中身は何?景品は皆高野さんが決めたんだよね?」
クラスメートの前で喧嘩をする二人を見ながら、冬木が尋ねた。
「ああ、あれ?ただの精力増強剤。男用と女用を一本ずつ。
天満と彼でワンツーフィニッシュするのは予想してたからね、ちゃんと景品にしておいたんだ」
「一人占めしようったって、そうはいかないから!さあ、見せてよ!」
「うわっ!?おい、マジでやめろって!!」
播磨の持つ紙袋に沢近の手が掛かるの見て、冬木はひたすら笑いを堪えた。
- 607 名前:弐条谷 :04/09/15 23:22 ID:wY0BtPbY
- こんな感じで。
状況はかなり事実に基づいてます。
・・・ふざけた内容で本当にすみません
- 608 名前:604 :04/09/15 23:27 ID:LEB/N7bU
- 弐条谷さん
話切ってしまってスマソ……
漏れもガーター連発するようなヤシだから、
何となく身につまされてよんでますた。
100超えたことないもん……OTL
- 609 名前:弐条谷 :04/09/15 23:33 ID:wY0BtPbY
- >>608
いや、全然お気になさらないで下さい。
ちなみに現実の大会で僕のスコアは67orz
- 610 名前:Classical名無しさん :04/09/15 23:46 ID:gbMOjXrI
- 俺は最高87_| ̄|○
- 611 名前:Classical名無しさん :04/09/16 00:01 ID:4mExZ5nU
- みなさん乙
できれば新スレのほうに投下してみなさんに楽しんでもらいたいものですが
- 612 名前:Classical名無しさん :04/09/16 00:07 ID:fosiQoAs
- 小ネタは埋め代わりにこっちのが良いんじゃない?
- 613 名前:Classical名無しさん :04/09/16 00:17 ID:cAYspO6A
- 500KB行きましたね。 お疲れ様でした。
- 614 名前:Classical名無しさん :04/09/16 00:26 ID:CZh8fyIc
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