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スクールランブルIF12【脳内補完】

1 名前:Classical名無しさん :04/08/10 01:39 ID:c27PO8bE
週刊少年マガジンとマガジンSPECIALで連載中の「スクールランブル」は
毎週10ページの週刊少年漫画です。
物足りない、もっとキャラのサイドストーリー・ショートストーリーが見たい人もいる事でしょう。
また、こんな隠されたストーリーがあっても良いのでは?
有り得そうな展開を考察して、こんな話思いついたんだけど…といった方もいるはずです。
このスレッドは、そんな“スクランSSを書きたい”と、思っている人のためのスレッドです。
【要はスクールランブルSSスレッドです】

SS書き限定の心構えとして「叩かれても泣かない」位の気概で。
的確な感想・アドバイスレスをしてくれた人の意見を取り入れ、更なる作品を目指しましょう。

≪執拗な荒らし行為厳禁です≫≪荒らしはスルーしてください。削除依頼を通しやすくするためです≫
≪他の漫画のキャラを出すSSは認められていません≫

SS保管庫
http://www13.ocn.ne.jp/~reason/

SS投稿避難所 
ttp://web2.poporo.net/%7Ereason/bbs/bbs.php
SSの書き方について話合ったり質問したりもできるので一度目を通すことをお勧めします。




2 名前:Classical名無しさん :04/08/10 01:42 ID:c27PO8bE
【過去スレ】
スクールランブルIF11
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1090240458/l50
スクールランブルIF10【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1088764346/
スクールランブルIF09【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1087097681/
スクールランブルIf08【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1084117367/
スクールランブルIf07【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1082299496/
スクールランブルIf06【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1078844925/
スクールランブルIf05【脳内補完】
http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1076661969/
スクールランブルIf04【脳内補完】(スレスト)
http://comic3.2ch.net/test/read.cgi/wcomic/1076127601/

関連スレ(21歳未満立ち入り禁止)
【スクラン】スクランスレ@エロパロ板3【限定!】
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1082689480/l50

【荒らし行為について】

“完全放置”でよろしくお願いします ネタばれも当然不可です
 
■ 削除ガイドライン
http://www.2ch.net/guide/adv.html#saku_guide



3 名前:Classical名無しさん :04/08/10 01:45 ID:fab4xAPk
>>1
乙ー

4 名前:Classical名無しさん :04/08/10 01:45 ID:xBz3VQJo
>>1
スレ立ておつです。
というわけで3ゲットォォォ

5 名前: :04/08/10 01:45 ID:xBz3VQJo
4だったorz

6 名前:Classical名無しさん :04/08/10 02:20 ID:mq9i9a3E
>>1
乙カレリン。
30レス未満で24時間書き込みが無いと即死だっけ?
早く職人さん来ないかな。

7 名前:Classical名無しさん :04/08/10 02:35 ID:4A9mO6II
>>1

8 名前:Classical名無しさん :04/08/10 02:52 ID:fn86/Of2
>>6
クラシックは全く落ちない板だから即死はしないよ

9 名前:Classical名無しさん :04/08/10 03:01 ID:GCb0NOyc
なんか加速してきた気がする。
妄想力がアップしたのかもな。
なにはともあれ>>1

10 名前:NABY BLUE :04/08/10 09:06 ID:5IVlywqU
NAVY BLUE

「それで、どこ行くワケ?」

久しぶりに登校し、皆を安心させたと思ったら
いきなり担任に退学届をつき出して去った男、播磨拳児

そんな彼の行動を予測していたのか校門の前で
壁により掛かり待ち伏せしていた女、沢近愛理

「・・・・・・お嬢か。どこに行こうが俺の勝手だろ」

「なぜって聞いたところで理由はハッキリしてるわよね」

播磨は沢近に背を向け、顔を見せずに会話を続ける。

「てん・・・塚本がいないんじゃ学校なんて無意味なんだよ」

「ふぅーん、それじゃ私達のことなんかどーでもいいのね?」

播磨には沢近の声から怒りと悲しみの双方が感じられた。
それでも彼は決心していた。この街を出ていくことを。

11 名前:NABY BLUE :04/08/10 09:08 ID:5IVlywqU
「お前らにゃ感謝してるぜ。こんな不良の俺でもそれなりに
 楽しい高校生活ってのが遅れたからな」

「うん、それならいいわ・・・・・・だったらさっさと私の前から消えなさい!」
 
「ちっ、最後までそれかよ。止めに来たんじゃ・・・」

そこで初めて沢近の方を振り返った播磨の目に
信じ難い光景が飛び込んできた。

「お嬢、お前泣いて・・・・・・」

「そんなワケないでしょ! 目にゴミが入っただけよ!」

そう強がってはいるが、彼女の涙の流れ方と震える声からは
泣いているのが明らかであった。

「・・・・・・これを持っといてくれ」

播磨は常にかけていたサングラスを自ら外し、
それを俯いている沢近の手に静かに握らせた。

「俺がこの街でお前らと生きた証ってやつだ」

「こんなもの・・・もらえるわけがないじゃない!」

沢近は泣きながらサングラスを播磨に突き返そうとする。

12 名前:NABY BLUE :04/08/10 09:09 ID:5IVlywqU
「まぁまぁ、そう言わずに。俺はお嬢に持っててもらいたいんだよ。
 そしていつかまた何処かで会ったらその時にでも返してくれや」

「播磨・・・君・・・うぅ・・・・・・」

「そろそろお別れだ。お嬢には世話になったな。」

そうとだけ言って播磨はゆっくりと確かに歩き始める。
彼の背中に向かって沢近は精一杯の大声で叫んだ。

「生きるのよ! アンタまで死んじゃダメなんだから! 連絡よこしなさいよ!」

振り返らずに片手を上げて「おう」とだけ播磨は返事をした。
そのまま決してこちらを振り向くことなく彼の姿は見えなくなった。

「・・・・・・やっぱり私じゃ天満の代わりは無理だったよ」

立ち尽くした沢近は誰に言うわけでもなく、静かに呟いた。


―――サヨナラ、播磨君。私が初めて愛した人。

fin.

13 名前:名無しマッケンジー :04/08/10 09:12 ID:5IVlywqU
スレ立て乙です。

久しぶりにSSを書いてみたんですがどうでしょうか?
もし天満が・・・ってブラックな展開を考えてみたんですけど
まぁ原作ではありえないですね。

14 名前:Classical名無しさん :04/08/10 10:42 ID:obnBX9u6
>>795
よかったです。八雲の心情とかがよく表されてて感動しました。
次回作も期待しています。

15 名前:Classical名無しさん :04/08/10 10:44 ID:obnBX9u6
間違えました。前スレのヤツでした。スマソ。

16 名前:Classical名無しさん :04/08/10 11:55 ID:v7TtlzDY
沢近はおいらと一緒に夏の軽井沢でテニスしているよ


17 名前:Classical名無しさん :04/08/10 12:11 ID:mq9i9a3E
>>13
天満がどうなったのか、すごい気になったけど・・・。
お嬢と不良の黄金パターン。なかなか萌えますた。
GJ!

18 名前:空振り派 :04/08/10 19:14 ID:ewVJ9k6Y
>>1 さん、スレ立て乙です。
そして、また書いてしまいました。迷探偵ハリマの2作目は怪盗モノです。
怪盗役はやっぱり、あの男。そして、烏丸よりもSS登場回数が少ない?
あのコにも出てもらいました。
では、投下します。

19 名前:迷探偵ハリマ 怪盗ハミングバード事件 :04/08/10 19:17 ID:ewVJ9k6Y
『矢神高校に怪盗あらわる!』
 珍しく掲示板の校内新聞前には人だかりができ、女生徒は口々に噂話をしていた。
俺は放課後になって、ようやく落ち着きを取り戻した掲示板の内容を確認した。
 被害者は1−Dの女生徒Sさん。黒いニーソックスを盗まれたらしい。
怪盗の写真まで掲載されている。――誰が撮ったんだ?
そのいでたちは黒いマントにシルクハット。蝶のような形をしたアイマスク。
そして、金髪。顔ははっきりとわからないが、記事によると美形?らしい。
一通り読み終えた俺はある決意を固めた。
 ――これは天満ちゃんにアピールするチャンス! ここはこの俺が!
 この怪盗は金目の物ではなく、女生徒を対象にしたマニアックなものしか狙わない
ようだ。
 早速、俺は怪盗の出没しそうな体育館に向かった。


20 名前:迷探偵ハリマ 怪盗ハミングバード事件 :04/08/10 19:17 ID:ewVJ9k6Y
 体育館ではイチさん……だったかな。が、アマレスの特訓をしていた。女のくせにその
パワーは俺をもしのぐかも知れん。あなどれんヤツだ。
「……あ、播磨さん。入部希望ですか?」
「いや、違ぇよ……。それより、例の怪盗について何か知らねぇか?」
「はい。見たことはありませんが、ララさんのユニフォームも狙われてるとか……」
 ララ……。あのたまに見るデカイ女か。
俺のカンに狂いは無かった。ここで張ってれば、いずれヤツはあらわれるだろう。
その時、体育館の入り口を横切った黒い影。
 ――見つけたぜ!
「待て! テメーの正体あばかせてもらうぜ!」
 声をかけるとその影は振り返った。
「ちっ。見つかったか……」
 だが、横にいたイチさんは瞬時にその正体を看破した。
「……あの、今鳥さん?」
 怪盗は明らかに動揺した。さすが、女のカンってやつか?
「だ、誰のことだ? 俺の名は怪盗ハミングバード!」

21 名前:迷探偵ハリマ 怪盗ハミングバード事件 :04/08/10 19:18 ID:ewVJ9k6Y
「テメーはバカだが、犯罪まではしねぇと思ってたがな……。目的は何だ?」
 俺は今鳥に向かって問い詰める。
「俺はあのお方の壮大なプロジェクトを果たす任務を背負っている……。その名も……、
 ヤガミコレクション!」
 ――何だ、そりゃ?
 一瞬だったが、隙を見せたのがいけなかった。今鳥はその隙をついて逃げ去った。
俺はすぐに後を追ったがすでに姿は見えなくなっていた。
 チッ。なかなか逃げ足の早ェやつだ。俺は体育館に再び戻った。
「で、何か盗まれたものはねぇか?」
 イチさんは首を振る。
「……いえ、彼は何も盗んでいきませんでした。私の心以外は……」
「あぁ、ハイハイ」
 ……ギャグなのか真剣なのかわからん。

22 名前:迷探偵ハリマ 怪盗ハミングバード事件 :04/08/10 19:19 ID:ewVJ9k6Y
 翌日。校内新聞には『対決!怪盗ハミングバードと名探偵ハリマ』の見出しが躍って
いた。フッ。面白くなってきたじゃねぇか!
「播磨君、すごいね〜。さすがだよ!」
「播磨のやつ、やるじゃねぇか。見直したぜ!」
 天満ちゃんと周防が感心している! このまま、ヤツを撃退すれば……。
 ――妄想中――
「播磨君。お手柄だね!」
「あぁ、君を脅かせる者は誰だろうと容赦しねぇ」
「でも、今度は私が播磨君に大事なモノを盗まれちゃったみたい……。(モジモジ)」
「何だって!? それは一体――」
「それは私のコ・コ・ロ♥」
 ――イケる!
 俄然やる気を出した俺は放課後のパトロールにも余念が無い。
そして、ついに事件は起こった。
「あーっ!」
 ――ム! 女の悲鳴!
 俺は……、
→職員室に向かった。    >>23
 2−Cの教室に向かった。 >>25
 2−Dの教室に向かった。 >>27

23 名前:迷探偵ハリマ 怪盗ハミングバード事件〜イトコのメガネ編〜 :04/08/10 19:20 ID:ewVJ9k6Y
 職員室にかけつけるとイトコが必死に何かを探していた。
「ちょうどいいところにきたな。拳児君。どうやら私の眼鏡が盗まれたらしい」
「眼鏡? あぁ、授業のときにたまにかけてたアレか。でも、オメーたしか目が良かった
 はずだろ? なんでそんなもん必要なんだ?」
「実は遠視でね。遠くは良く見えるが近くのものは見えにくいんだよ」
 あぁ、老眼ってやつか……。
「ん? 何か言ったか?」
「イエ、ナンニモ……。イトコサン」
「笹倉先生が目撃したところ、どうやらあっちへ行ったらしい」
 まだそんなに遠くに行ってないはずだ。俺はイトコの指し示した方へ向かった。
 ――居た! 今鳥のヤツが。
「待て! 今度こそ逃がさねぇぞ!」
 振り向いた今鳥は眼鏡をかけ、胸に何かを入れて寄せ上げている。
「え〜。何のこと? 私、単なるDの女生徒だから〜。わかんないし〜」
「な〜んだ。人違いか……。ってそんなミエミエの変装に引っかかるワケねぇだろ!」
 胸からリンゴを取り出す今鳥。
「俺も組織にやとわれてる身でね……。眼鏡萌えの皆のためにもこれは渡せねぇ」
「どうやら、力づくで取り戻すしかねぇようだな。くらえ! ハリケーンドラゴン!」
 俺の拳はヤツの顔面をとらえた――。と思ったが、打ち砕かれたのはリンゴだった。
続けざまに拳を繰り出すが、次々と空を切る。くっ。こいつ意外に素早ェ。
 こうなったら俺の頭脳で勝負だ!

24 名前:迷探偵ハリマ 怪盗ハミングバード事件〜イトコのメガネ編〜 :04/08/10 19:20 ID:ewVJ9k6Y
「あっ! あそこで周防がランニングしてるぜ!」
「何! ミコちんの胸が!?」
 ――もらった!
 今鳥の隙をついて俺は勢い良く眼鏡をつかみ取った。パキッ。……あ。
おそるおそる手を開くと、そこにはフレームが折れてぐしゃぐしゃになった眼鏡が……。
 仕方なく俺は職員室へ戻った。
「すまねぇ、イトコ。弁償するからよ……」
「ちなみにその眼鏡。フレーム特注で十万円近くしたのだが」
「ゴメンナサイ。ムリデス。代ワリニ身体デ払イマス……」
 それから一ヶ月、俺はイトコの奴隷になった。

                          <BAD END>

25 名前:迷探偵ハリマ 怪盗ハミングバード事件〜Eのブラ編〜 :04/08/10 19:21 ID:ewVJ9k6Y
 急いでかけ戻ると一人教室に残った周防の姿。
「アタシのブラジャーがねぇ……。雨が降りそうだから、替え用に持って来たのに。
 ちくしょー……。絶対ヤツの仕業だ」
「俺が取り戻してやろうか?」
 俺の申し出に戸惑いながらもうなずく周防。
「すまねぇ。こんなこと頼めるのはお前だけだ」
 モノがモノだけに恥ずかしいようだ。
 俺が廊下に出ると見たことのある女が……。えーと。確か俺の右隣に座ってたヤツだ。
「お前、なんか見なかったか?」
「さっき教室から走り去る人影が屋上の方に……。播磨さん、応援してます!」
 屋上か……。フッ。わざわざ逃げ場の無いほうに逃げるとはな。
 俺が屋上にかけつけるとそこにはたくさんのヘリウム風船の束を両手につかみ、口に
大きなピンクのブラジャーをくわえて逃げ去ろうとしている今鳥の姿があった。
 ――なんて用意周到な!
「待て!」
「待てと言われて待つやつがいるかよ。ば〜か。あっ……」
 ブラジャーが今鳥の口を離れ、空中をひらひらと舞う。
 ――単なるバカだったか。
 今鳥はそのまま、風に流されて裏山の方角へ消え去った……。

26 名前:迷探偵ハリマ 怪盗ハミングバード事件〜Eのブラ編〜 :04/08/10 19:22 ID:ewVJ9k6Y
 そして、呆気に取られている俺の頭にブラジャーは舞い降りた。
そこにかけつけた周防。
「……播磨? それアタシのブラ……」
 ――ハッ! マズイ!
「ち、違うんだ。これは……」
「……わかった。このコトは黙っておいてやるよ」
 ホッ。助かった……。
「でも、男なら正面からぶつかってきなよ」
 ――絶対ェ、勘違いされてる……。

                          <BAD END>

27 名前:迷探偵ハリマ 怪盗ハミングバード事件〜ララのバニーセット編〜 :04/08/10 19:22 ID:ewVJ9k6Y
 声の主は昨日、イチさんから聞いたララとかいうやつだった。
「ワタシのお気に入りのバニーセットガ……」
 バニーセット? ってーとアレか? 前にイトコが俺をからかうためにお遊びで買って
きた……。コスプレの趣味でもあんのか?
「俺が探してきてやるぜ!」
「オマエは確か校内新聞の……、頼ンダゾ!」
 俺は廊下に出て、今鳥を探した……。居た! 手には大きなバッグを持っている。
俺の気配を察知したのか、ヤツはいきなり走り出した。なかなか早ェじゃねぇか。
 ――だが、そっちは行き止まりだ! 袋のネズミよ! ヌハハハ!
 今鳥を追いつめたと思った瞬間。ヤツは全く予想外の行動を取った。
「スペシャルローリングサンダーターン!」
 説明しよう――。
 スペシャルローリングサンダーターンとは、フィギュアスケートのトリプルアクセル
よろしく空中で三回転半し、急速に180度方向転換するという恐るべき技である。
 ……何だ今のナレーションは……。
 俺は勢いが止まらず追い抜いてしまった。くっ。バカのくせにやるじゃねぇか!
しかし、今鳥は反転した後に2歩3歩進んで……こけた。
「目が回った……」
 ――やっぱりバカだ。

28 名前:迷探偵ハリマ 怪盗ハミングバード事件〜ララのバニーセット編〜 :04/08/10 19:23 ID:ewVJ9k6Y
 今鳥が転んだ拍子に廊下にバッグの中身がぶちまけられた。
弁当箱に文房具、教科書、ノート。……バニーセットなんてどこにも入ってねぇな。
 そこへかけつけたララ。
「ア、アリガト……。ハリマ」
 バニーセットなんてねぇぞ――。と言おうとしたが俺はある一つの事実に気付いた。
全ての道具、教科書カバーに至るまで統一されたある図柄を示していることを。
「好きなのか? ミ○フィー……」
「……ミンナニハナイショダゾ」
 図体に似合わずこの女は顔を赤くして照れた表情を見せた。

                              <END>

29 名前:空振り派 :04/08/10 19:24 ID:ewVJ9k6Y
投下完了です。
なんか気付いたらイトコさん以外、全然播磨と関係持たなさそうなキャラばかり。
まぁ、今鳥が狙ってるキャラだから仕方ないか。
密に鉛筆混じってるし。播磨xララに関しては本編での接点皆無だし。

ついでに、勿体無いので話し中に出てきたネタを一つだけ追加。

30 名前:迷探偵ハリマ おまけ〜バニーなイトコ編〜 :04/08/10 19:25 ID:ewVJ9k6Y
 その日、俺は机に向かって漫画のネームを書き上げていた。イトコが背後から声を
かける。
「聞いたぞ、拳児君。最近、例の喫茶店によく出入りしているらしいな」
「あぁ、イトコも知っていると思うが妹さんに漫画を見てもらうためにな。
 オメーまで誤解するなよ? あくまでも俺は天満ちゃん一筋だかんな!」
「だが、八雲君のコスプレもなかなか可愛いではないか。君はあの姿を見て、何か
 ひかれるものは無いのか?」
「あぁ、それは認めるが俺にはど〜でもいいこった」
「フム。そうか……。君が気に入ると思って私も着てみたのだが、どうだ?」
 あん? ふりむくとバニーガールの姿をしたイトコ。
「バ、バカ! 変な格好してんじゃねぇ」
「私は感想を求めているのだがな。……まぁ、いい。着てみると意外に面白いものだ。
 今日一日はこれで過ごすか」
「勝手にしやがれ! 俺はもう寝る!」
「……まずまずの反応かな」

31 名前:空振り派 :04/08/10 19:28 ID:ewVJ9k6Y
最後のネタは萌え職人さんならもっとうまく調理してくれた
かも知れませんが・・・。

では、また。

32 名前:Classical名無しさん :04/08/10 21:36 ID:9u9mt3js
>>31
乙カレ
けどもう少しネタをひねって欲しかったかな。
それと描写ももう少し…
まあギャグだからあえて入れてないのかも知れないですけど。
だとしたら申し訳ない。

33 名前:前スレ795改め弐城谷 :04/08/10 22:05 ID:2oM0ePOY
前スレの550と795です。単発で終わると思ってたら意外と続いたんでコテハン使います。
弐条谷です、よろしくお願いします。
烏丸の二条と似てるけどこれ4年前厨房の頃からのペンネームなんで結構彼に親近感あります。

三度目の投稿です。
またしても恋愛要素まるでありません。で、例の如く動物物語。
タイトルは「BIG BABY」。映画の内容無視でタイトルだけで選びました。


34 名前:BIG BABY :04/08/10 22:06 ID:2oM0ePOY
 体育祭も終わったある秋の金曜日。茶道部の部室は校内一の危険地帯となっていた。
危機を招いた男、播磨拳児は茶道部の部室で彼の従姉弟である刑部絃子と対峙していた。
いつものように冷静さを保ちつつ何が起きてもいいように身構えている高野晶。
少しはなれた所で不安そうに彼等を見つめる塚本八雲とサラ・アディエマス。
八雲には豚のナポレオンがすり寄っている。

 何故、こんな事になってしまったんだろう―――
八雲は少し屈んで足元のナポレオンの頭を撫でながら、殺気立つ播磨に目をやった。
すでに放課後。殆どの生徒は下校している。
グラウンドの方からは、野球部の掛け声がうっすら響いていた。


35 名前:BIG BABY :04/08/10 22:06 ID:2oM0ePOY
 この日はいつもと何も変わらなかった。
特別な行事もなく、下校時間も普段と同じ。いわゆる平日だ。
ただ1つ違った事。それは放課後部室に珍妙なる客人が来た事だった。
―――言わずもがな、豚のナポレオンだ。
体育大会での珍事でその存在が明るみに出た彼は、その後実は生徒に受け入れられていた。
昼休みに弁当を貰ったり、放課後に家庭科部にお邪魔したり…そして今日は茶道部に来たのだ。
丁度お茶菓子を出していたサラ達に迎え入れられ、ナポレオンは至福の時を過ごしていた。
 それからしばらくして、播磨が部室にやってきた。
その目的が八雲でない事はすぐに察する事が出来た。
「何やってんだ、ナポレオン!」
入ってくるなり開口一番。ナポレオンは食べかけのケーキをこぼす。
播磨はそれから、他の人から食べ物を貰ってはだめだろう、とナポレオンを諭し始めた。
豚を相手に熱く説教する播磨を見て、サラが苦笑している。
「ほんっとに申し訳ねえ、妹さん!…あとそのお友達!」
長い説教を終えた後、播磨は部員一堂に頭を下げた。
 それとほぼ同時に、顧問の絃子が部室に入って来た。
振り返る播磨とナポレオンを見て、絃子は丁度いい機会だな、と呟いた。そして…
「…播磨君。君が飼っているその豚だが…もう学校で飼う事は許可出来ない」

瞬間、空気が凍りつく。この時はまだ帰宅する生徒の声があちこちで響いていた―――。


36 名前:BIG BABY :04/08/10 22:07 ID:2oM0ePOY
 「どういう事だ、絃子…!」
絃子の事を刑部先生と呼ぶ事も忘れ、播磨が問う。
「一匹だけなら大丈夫と思っていたが…こいつは目立ち過ぎたんだよ」
絃子の目がナポレオンと合った。何かを察したナポレオンはその場を離れる。
しばらく部室をさまよったナポレオンは、八雲のそばに行き着いた。
八雲がナポレオンを安心させる為に撫でる。いや、彼女自身が安心する為に撫でる。
その間、部室の雰囲気は最悪の状況を迎えていた。絃子がまた同じ説明を播磨に行なう。
「その豚のせいでケガ人が出てしまったんだ。それだけでもうここで飼う事は出来ないだ ろう。
 しかも、一部の生徒の弁当や家庭科室の実習用の食料がそいつに食べられる被害も報告されているんだ。
 これほどまで学校に迷惑をかけてしまっては、飼い続ける訳にはいけない、そうだろう?」
絃子の口調が荒くなっていた。従姉弟の物分りの悪さに苛立っているのだろう。
「ふざけんな!ナポレオンにはさっきも俺が言って聞かせたし、これからも何度も言う!
 あいつは俺なんかよりずっと物分りがいいんだよ!」
殺気立ち聞く耳を持たない播磨。いつもと変わらぬ学校の一角で緊張と怒声が繰り返される。
「ケガをした君のクラスの梅津君は学校でも将来有望と期待される陸上部員だったんだぞ!
 大したケガでこそなかったが、体育祭の後に大会を控えていたのにもし大きなケガをさせてしまったらどうするつもりだった!?」
苛立ちが頂点に達した絃子がついに叫んだ。
危険地帯に取り残された茶道部員達は、成すすべもなくいつ終わるとも知れぬ二人の口論を見つめていた。


37 名前:BIG BABY :04/08/10 22:07 ID:2oM0ePOY
 さすがにケガ人を出したという事実を飲み込むと、播磨は少し大人しくなった。
「あの、学校ではもう飼えないとして、何処で飼うんですか?」
状況が落ち着いてきたと見て、サラが口を開いた。
あの二人以外の人が喋った事で、八雲はほっとした。
「今の所思い浮かぶ引き取り先は…養豚場くらいだね。将来的には食肉処理場送りになる事になるけど――」
傍観者に徹した晶が初めて口を開いた。
彼女が喋り終えると同時に、播磨の拳が振り抜かれていた。
だが、播磨に殴った感触はなかった。晶は百戦錬磨の播磨の拳を難無くかわしていた。
もとより女を殴る拳を持たない播磨は、これ以上の追撃はしなかった。
ただ、殺気を漲らせ晶を睨みつける。
「こんな事を言えば君の神経を逆撫でしてしまう事は分かっていたよ。
 でも、他に選択肢が無いのも事実なんだよ」
あくまでも冷静に晶が播磨に語りかける。播磨も、その事は分かっている様だった。
「…豚をペットにしたいって人間がほとんどいねえってのは分かってる。
 動物園だって見世物にならねえからってこいつだけは引き取らなかったからな。
 ―――じゃあこいつを食用にする為に豚小屋に送れってのか!?」
再び播磨が叫ぶ。だが、それは悲痛なものになっていた。
「もちろん、それ以外の引き取り先を見つけられるよう最大限協力する。
 私だってこいつが食肉にされるのは忍びないんだ。」
絃子が落ち着いた様子で答えた。彼の哀しみを察しているからだろう。
間もなく夜7時。すでに部活動で残る生徒も殆どいない。


38 名前:BIG BABY :04/08/10 22:07 ID:2oM0ePOY
 私に寄り添っていたナポレオンは今も少し怯えている。私も、ただ黙ってこの状況を見つめている。
播磨さんがこれほどまでにナポレオンの事を思う理由を私は知っている。
夏休みの時、私は学校で播磨さんと学校で会った事があった。
その時播磨さんは学校でナポレオンだけでなくたくさんの種類の動物を飼っていて、私も動物達の世話を手伝った。
 世話を終えた後、私が播磨さんに教えてもらった事。それは、播磨さんが飼っている動物達の生立ちだった。
彼が世話をしていた動物は、全員虐待や密猟の被害に遭ったり、捨てられたり…人間のせいで傷つけられた者ばかりだった。

 もちろん、ナポレオンも。もともとは家庭で飼える小型の豚としてマニアに飼われていた豚だった。
でも、旺盛な食欲と大きくなりすぎた体を嫌われ、ナポレオンは飼い主から捨てられた。
ナポレオンはその主人の事が大好きだった。だから、捨てられた時はとても哀しんだ。
播磨さんと出会った時、ナポレオンは今よりずっと痩せ細っていたらしい。
最初は播磨さんにさえ懐こうとせず、噛みついたりされた、と播磨さんは笑って言っていた。
それが今では多くの人達から餌を貰えるようにまでなった。人を信じられるようになった。
播磨さんはきっととても長い間苦労したんだと思う。

 播磨さん、やっぱりこのままではいけないと思います―――
今までの沈黙を破った八雲。決して大きな声ではなかったが、皆は彼女に視線を集めた。


39 名前:BIG BABY :04/08/10 22:07 ID:Z6Lvxw82
 八雲は絃子に必死に訴えた。
ナポレオンの昔の事、播磨の苦労と苦悩、そして、これからもここで飼わせて欲しいという事を――
八雲は精一杯声を振り絞り絃子に頭を下げた。自分も世話をするとまで言い出した。
それを見ていたサラも絃子に頼んだ。私も世話をします、と。
ついには部長の晶も絃子に頼んだ。部としてナポレオンの存在を隠蔽するなど、かなり具体的な案まで提示した。
「妹さん、皆…」
サングラスで見えなかったが、恐らく播磨の目には涙が溜められていたに違いなかった。
いつの間にか播磨の傍に寄り添っていたナポレオンを彼が力いっぱい撫で上げる。
よかったな、ナポレオン――播磨が涙声でナポレオンに語りかけている。

 「分かったよ――」観念した様子で絃子が言った。
八雲とサラに笑顔が広がる。晶もうっすらと笑みを浮かべている。
「但し、こいつが他の生徒に迷惑をかけないように、こいつはこの部室で飼う事にする。
 …いつまで泣いているんだケ――播磨君。さっさとそいつに伝えてくれないか。
 君よりは物分りがいいんだろう?」


40 名前:BIG BABY :04/08/10 22:08 ID:Z6Lvxw82
 翌週から、学校でナポレオンを見かける者は一人もいなくなった。
勝手にナポレオンに名前をつけて可愛がっていた生徒達も、いつしか彼の事を忘れていった。
 そんな中、播磨は八雲に漫画を見せる用事が無い時も頻繁に茶道部を訪れるようになっていた。
もちろん、彼に会う為に。
八雲が播磨とナポレオンの為にお茶を用意する。それが日課になっていた。
ナポレオンはトイレの場所も守るし、決して鳴き喚いたりしない。
播磨の言い付けをずっと守り続けている。

 部長の晶が入って来た。後ろには顧問の絃子もいる。二人ともかなりの荷物を抱えていた。
「おい、播磨君。君がいると踏んで買い込んだ食料だ。全部運んでおけ。」
絃子に命令されると、舌打ちしながら播磨が荷物を抱え、そのまま隣の未使用教室に運ぶように指示される。
「それ運んだらお茶にしましょうねー!」
サラが播磨の背中に向かって声を張り上げた。
播磨が片手を挙げて答えようとして、荷物を崩しそうになる。
慌てて態勢を立て直そうとする播磨を見て、一堂は笑う。
普段あまり笑いそうにない晶も、絃子も、そして八雲も。
うっすら笑顔の八雲がお茶を入れる。
今日は平日。茶道部もいつもと変わらず―――


41 名前:弐条谷 :04/08/10 22:10 ID:Z6Lvxw82
途中で連投規制が来たんで繋ぎ直しました。
下手ながらタイトルつけたり改行したり皆さんのご指導をしっかり受けるよう努力しました。
今後ともどうぞご指導ご鞭撻の程を・・・

42 名前:Classical名無しさん :04/08/10 22:12 ID:yYCY9nFE
支援?

43 名前:Classical名無しさん :04/08/10 22:35 ID:RYl.9lbY
終わり?
オチ、というか起承転結の結の部分がないです。

44 名前:Classical名無しさん :04/08/11 00:41 ID:4vleA/i.
>>29
ララ萌え!
てか、ゼルダの伝説を思い出した・・・。

45 名前:Classical名無しさん :04/08/11 00:49 ID:dHNIqEyA
なんか、一人称の視点と三人称の視点がごっちゃになってる気がする。
後、八雲の台詞をちゃんと「」付で書いてくれたほうが、心で思ったことと、
声に出したことを区別できやすい。
ネタそのものは悪くないと思う。

46 名前:Stand by :04/08/11 12:04 ID:qmlfIyEQ
……怒らないで下さいね、と先に予防線を張っておきます。
あくまでインスパイアされた自分の独自解釈です。
それでは、元ネタは当然あの方の絵で――

47 名前:Stand by :04/08/11 12:04 ID:qmlfIyEQ
 世界の色が変わる――そんなことが起きることがある。
「妹さん……君に伝えておかねばならんことがある……」
 彼女にとっては、その一言がまさしくそうだった。
「俺達は……」
 ただの一言。
 それが彼女の――塚本八雲のすべてを変えた。
「俺達はつきあっている……らしい……」


Stand by


「……っ」
 布団をはねのけるようにして、八雲は目を覚ます。たった今まで見ていた夢の残像を追い払うように、
首を左右に大きく振る。
「夢……」
 自分自身を納得させるように、そう口にする。けれど、それがただの夢ではないということが、他の誰
より彼女には分かっている。
 何故なら。
 それは昨日、正しく彼女自身が体験した出来事だったからだ。
「――」
 夢だと分かっても、なお高まり続ける鼓動を抑えようと、瞳を閉じる八雲。しかし、脳裏に焼き付いた
映像は消えることなく、目蓋の裏でちらついている。
『つきあっている』
 他人から好意を寄せられることは今までに幾度もあった。ときに彼女には分からないほど遠回しに、
ときに彼女にさえ分かるほど単刀直入に。そして何より、その不可思議な『力』で声にならない想いさえ
八雲は受け止めてきた。

48 名前:Stand by :04/08/11 12:05 ID:qmlfIyEQ
 その上で、そのどれに対しても彼女が頷くことはなかった。与えられただけの好意を返すことが出来るのか、
誰かの隣を歩くというのはどういうことなのか、それが分からなかったから。故に、かつて一つの問に彼女は
こう答えた。
 分からない、けれどいつかきっと、と。
 八雲とて、いつまでも自分一人で生きていくことになるとは思っていない。やがては姉のように、自分も恋
をして、誰かと並んで歩いていくことになる、そう思っていた。けれど、それはあくまで『いつか』であり、
唐突に訪れるものではないはずだった。
 だというのに。
「……播磨さん」
 播磨拳児。
 視えない人。
 伊織に優しくしてくれた人。
 彼に対して自分がどんな感情を持っていたのか、今の八雲にはもう思い出せない。分かるのは、それが『特別』
なものだった、ということだけ。名前を付けることさえ出来ない、小さな、けれど確かな気持ち。
 そして。
『つきあっている』
 拳児の一言が、その気持ちを大きく揺さぶった。
「どうして嬉しかったのかな……」
 ぽつりとそう呟いて、不安に揺れる瞳で窓の外を見る八雲。彼女の心を写し取ったように、空は重苦しい雲に
覆われていた。


「ちょっと用事があるから、今日は先に行くね」
「うん、行ってらっしゃーい」
 朝食を済ませ、居間でテレビを見ている天満に声をかけてから家を出る。幸か不幸か、返ってきた姉の返事に
疑うような響きはない。それはつまり、八雲の嘘がそれだけ本当らしく見えた、ということでもある。
「……ごめん、姉さん」
 物心ついてから、姉に嘘をついたことなど一度としてなかった八雲は、通りに出てから小声で謝る。そして、
そうまでしなければならなかった自分の心に鈍い痛みを覚えながら、朝食でのやりとりを思い返す。

49 名前:Stand by :04/08/11 12:05 ID:qmlfIyEQ

『それで、播磨君とはどう?』
『どう、って、別に……』
『八雲ってば照れちゃって!』
『そういうわけじゃ……』
『でも楽しいでしょ、好きな人といると』
『……うん』

 いつものように微妙に会話が噛み合っていない。それでも確かに、彼女は頷いたのだ。
「……嘘じゃないから」
 つきあっている――唐突に投げかけられた言葉は、彼女の頭を真っ白に染めた。許容量を超えた驚きに、その後
一体自分が何を話したのか、八雲はほとんど覚えていない。
 それでも。
「嬉しかったのは、嘘じゃないから」
 その気持ちは消えることなく記憶に焼き付けられている。
 そして、もう一つ。
「なのに……」
 その気持ちをくれたときでさえ、拳児の『心』、それがまったく視えなかったことも同じ場所に焼き付けられ
ている。まるで、その二つは絶対に離れることがないとでもいうかのように。
 嬉しかった気持ち。
 視えなかった心。
 二つが示す先にある現実、それはつまり――
「……っ」
 そんなものを認めるわけにはいかない、というように激しく首を振り、歩き出す八雲。しかし、その足の向かう
先はもはや学校ではない。どんな顔してそこへ行き、どんな話をすればいいのか。答などあるはずもない問に追い
立てられ、逃げるように速めた足はやがて歩みから小走り、そして全力疾走へと変わる。
「……っは」
 何も見えず、何も聞こえない。
 いつしか降り出していた雨にも気づかずに、八雲は走り続ける。
 逃げられるはずもないものから、それでも逃げるようにして。

50 名前:Stand by :04/08/11 12:06 ID:qmlfIyEQ


 酷使された身体はもう動けないと悲鳴を上げ、酸素を搾り取られた肺は新鮮な空気を要求する。どのくらい走り
続けたのか、それさえも分からないままに、八雲はようやくその足を止める。降りしきる冷たい雨はその強さを増し、
けれど身体は熱をもってそれを感じさせない。
「……ここは」
 行き着いたその場所は、別段どうということもない近所の公園だった。忘れられないような特別な思い出がある
わけでもなし、放課後に、休日に、ふらりと訪れる、ただそれだけのそんな場所。その名前を思い出そうとして、
自分がそれを知らないことに気がつき、再び痛みを覚える八雲。
 一体、どれだけのものを見ているつもりで見ていなかったのか、自分はどれだけのものを見落としてきたのか。
 深みにはまっていく思考、そしてそれに引きずられるようにして疲れ切った身体はそれでも前に進む。まるで、
向かう先に何かがあるとでもいうように。その行き先は公園の中央、果たして、その場所には先客の姿があった。
「伊織……」
 身動き一つせず、鳴き声一つ立てず。雨に打たれる黒猫は、じっと彼女を見つめていた。普段なら、一定範囲内に
入った相手には必ず見せる警戒の態度も見せず、逃げ出しもしない代わりに近寄ってくることもせず、一歩一歩近づ
いてくる八雲をただ待っている。
「ねぇ伊織……」
 その目の前に辿り着き、すがるような弱々しい笑みでその手を差し出したとき、ようやく伊織は一声鳴いた。
 ここにいる、そう言うように。
「私、播磨さんとつきあってるって……」
 誰にも――姉にさえ言うことの出来なかった想いが、言葉になってこぼれていく。抱き留めようとしても出来る
はずのないもの、その代わりに伊織の身体を抱きしめて、八雲の言葉は続いていく。
「でも、それはみんなの勘違い……」
 ――それは、かなわない夢。

51 名前:Stand by :04/08/11 12:06 ID:qmlfIyEQ
『自分のことを好きな異性の心が視える』
 いつか言われた言葉。
 そして、視えることのない拳児の心。
「播磨さんは……私のことなんとも思ってない……」
 そんなことは初めて会ったときから分かっていたはずなのに。それなのに、あの一言がすべてを変えてしまった。
「なんで…………」
 どうして自分にそんな能力があるのか。
 視えないのに、分かってしまう。
 分かってしまうのに、視えない。
「こんな……こんな能力……いらない……」
 言葉とともに、その形さえ取ることの出来なかったものが無音で流れ出る。
 涙。
 伊織の見上げる先、八雲の瞳から雨とは違う雫が止めどなく伝う。
 静かに、伝い続ける。


「…………」
 そんな光景を、一人の少女が虚空で見つめている。
 呼吸さえ止めたように身じろぎ一つせず、八雲の姿を見つめている。
 やがて、無表情とも言えるその表情を、何かを決心したそれに変えて少女は身を翻す。
 その姿は音もなく空に溶けるように消え、後に残るのは、ざあ、という雨音だけ。
 その雨音だけが辺りを支配する。
 雨はまだ、止まない――

52 名前:Stand by :04/08/11 12:12 ID:qmlfIyEQ

……ということで。
自分が勝手気ままに捏造した部分が大半なので、展開がへたっていても当然ながら試し描き氏の責ではありません。
そして、この先を書くのは完全に元絵の展開を潰してしまうことになる、とひとまずの終わりです。
続きの如何に関してはしばらく考えるつもりです。
ここで終わっておいた方が万事丸く収まりそうですが……

53 名前:Classical名無しさん :04/08/11 12:53 ID:jWg1bESM
>>52
GJ!
試し描き氏とID:qmlfIyEQ氏のコラボとは実に高いクオリティですな。
ROMの立場から言わせてもらうと嬉しい限りですが。
雨が実に切なくて悲しい話ですね。

54 名前:Classical名無しさん :04/08/11 12:58 ID:nYTRI6js
>>52
ヤクモン、サイコー!!
GJです!

55 名前:Classical名無しさん :04/08/11 13:26 ID:fn86/Of2
これはシリアスで(・∀・)イイヤクモンですね。
GJでつ。
続編は…ハッピーエンドなら読みたいかな。

56 名前:Classical名無しさん :04/08/11 13:41 ID:obbQn40M
話そのものはおいといて気になったこと

>>36
「ケガをした君のクラスの梅津君は学校でも将来有望と期待される陸上部員だったんだぞ!
 大したケガでこそなかったが、体育祭の後に大会を控えていたのにもし大きなケガをさせてしまったらどうするつもりだった!?」

梅津はそんなに速くないだろ。

57 名前:Classical名無しさん :04/08/11 13:53 ID:Fxxuq7bM
>>41
ネタ>話>キャラ、の順で話が作られているように感じた。
話の時点でちょっと読者を置いてけぼりにしているとも思う。

>>52
まさか、こんな日が来ようとは……
絵板とIFスレの二大巨頭が手を取り合う姿が見れて幸せですw

58 名前:風光 :04/08/11 16:27 ID:EB4Jyst6
こんにちわ、風光です。
新スレも立ったことですしSS投下します。
今週号のマガジンが無いってことでそれまでの暇つぶしになればと思い書きました。
内容は先週、先々週の沢近のお話です。
沢近って他のツインテール娘に負けず劣らず精神的に脆いと思うんでこんな感じになりました。
って事でどうぞ。
タイトルはLingering Sting 〜消えない痛み〜です。

素直になれない一人の少女の物語。
誰にも言えず誰にも頼らずただ一人、心に刺さった棘に苦しんでいる少女の物語。
ただいま開幕です。どうぞお付き合いを。

59 名前:Lingering Sting 〜消えない痛み〜 :04/08/11 16:28 ID:EB4Jyst6
 ズキ、ズキ、ズキ……
「痛い……」
 彼女は一人自室に篭もり、ベットの上で己が胸を押さえ苦しんでいた。
「何でこんなに、痛いのよ……」
 夜はずっとこうだった。あの日からずっと……。
 あの日、天満たちの前で播磨は自分ではなく八雲と付き合っていると、
教えた日からずっと心に大きな棘が刺さったような痛みが付きまとっていた。
「何であいつのことを考えるとこんなに痛むのよ」
 自分は彼のことなんてなんとも思っていないはずなのに……なのになんで……。
 彼女、沢近愛理はあの日からずっと自問し続けていた。

             Lingering Sting 〜消えない痛み〜

 いつからだろう、播磨の顔がちらつくようになったのは。
 ちらつくようになったとハッキリと自覚したのはたぶん体育祭の日からだろう、それは愛理は理解っていた。
「けど、本当はいつからなのかしら」
 理解らなかった。……いや、彼女は理解ろうとしなかった。
 播磨への気持ちを自覚したくなかったから。
「ぐぅ……」
 けれどほんの数日前、学校に播磨のジャージを持って行ったあの日、
彼女は自分の足元が大きくぐらつくのを実感してしまった。
「あいつが誰と付き合っていようと私には関係ないはずなのに」
 なのにその日、八雲がせっかく愛理が縫い付けたジャージの名札を縫い直しているところを目撃してしまい、
いくつか言葉を交わして逃げるようにその場を後にしてしまった。
 ……そして晶に誘われ喫茶店に行きそこで八雲に再会した……。
「仲、良いのかな? そうよね、ジャージの名札を縫い付けてあげるくらい親密なんだもの。キスくらいしてるかも……」
 けれどそれを想像するのは嫌だった。
 そしてその想像はあの日喫茶店で八雲の顔を見ているうちにも浮かび上がり、
なんとも言えないどす黒い気持ちが愛理の心を支配して行った。
「どうしてあんなこと言っちゃったのかしら?」
 わざわざ自分が二人の関係を発表しなくても良かった、
八雲の困りきった顔を思い出す度に愛理は自己嫌悪に陥ってしまっていた。

60 名前:Lingering Sting 〜消えない痛み〜 :04/08/11 16:29 ID:EB4Jyst6
「サイテーね……あは……ははは……」
 ズキッ
「イタッ」
 胸の痛みは何故か増してしまった。
「もう……いやぁ……」
 もう、彼女にはどうすれば良いのか理解らなかった。
「ああ、もうっ」
 そしていつもと同じように手近なぬいぐるみを手に持ち壁に思いっきり投げつけた。
 ポスッ
 けれどぬいぐるみはいつものように軽い音を立てて跳ね返ってしまった。
「クッ」
 ボスッ
 そして別のぬいぐるみを手に取りいつものように殴り始めた。
 ボスッ、ボスッ、ボスッ
 力のないこぶしで何度も、何度も……。
「……惨め、よね……」
 愛理は涙を流さずに泣いていた。
「それに意気地が無い……」
 この状況をどうにか打開しようと彼女は今日、塚本家を訪れようとした。
 けれどインターフォンを押し反応が返ってくる前に逃げ出してしまった。
「でも怖いんだから仕方ないじゃない……」
 八雲の口から播磨の事を聞くのが怖かった。
 彼との事を詳しく聞きたい。詳しく聞いて気持ちをスッキリさせたい。
 そう思って訪れたのに愛理は八雲の口から播磨の話題が出ると意識した瞬間、怖気づき逃げ出した。

61 名前:Lingering Sting 〜消えない痛み〜 :04/08/11 16:32 ID:EB4Jyst6
「いつも逃げてばっかり……」
 イギリスにいた頃はもとより、去年まで何か物事から逃げ出すなんて一度もしたことはなかったのに。
 けれど2年の夏になってから愛理は何かにつけて逃げ出すことが多くなってしまった。
「なんて、なんて弱いのよっ!!」
 ボスッ
 そして一度だけ力強く彼女はぬいぐるみを殴りつけた。
「はぁはぁはぁ……」
 ドサッ
 そして愛理はベットの倒れ込んだ。
「それもこれも、あいつのせいよっ。あいつがあたしに優しくするからっ」
 いろいろ考えても結局はそこに帰結してしまう。
「あたしが弱くなったのもこんなに苦しんでいるのも全部あいつのせいよっ」
 ズキンッ
「ひぐっ」
 ひときわ痛みが酷くなった。
「はぁはぁはぁはぁ……ひっ、ぐぅ……」
 苦しかった、悲しかった、情けなかった。
「こんなに苦しむならいっそ……」
 彼のことも何もかも忘れられれば……。
「!?」
 そこまで考えて愛理の脳裏にある考えが浮かんだ。
「そう、だ。そうしよう」
 名案だと思った。それしか方法がないと彼女は思った。
 そこまで彼女追い詰められていた。
「あ、はは……はは……そうよね。それしかないわよね……」
 そしてしばらくの間、彼女の部屋からは力ない笑いが響き渡っていた。

                   〜 To be continued 〜

62 名前:風光 :04/08/11 16:34 ID:EB4Jyst6
てことで次回に続きます。
投稿は明日になるかと。更に痛い話にしようと思います。

にしてもツインテール娘って強いように見えて精神的に脆く、他人に涙を見せず一人苦しむってのがデフォなのかってくらい
大抵のキャラがそんな感じなんですよねぇ。
つーことで今回、シスプリリピュアの咲耶とD.C.の芳野さくらのお話を参考に話を考えました。
シスプリリピュアキャラクターズの12人の妹の話の中で唯一悲しい終わりを迎えるキャラクターズ咲耶と
アニメ版D.C.の第25話壊れゆく心、最終回からインスパイアされて話の大元を考え、
D.C.2ndEDテーマ『存在』と咲耶EDテーマ『Romantic connection』を聞きながら書きました。
別に話自体を参考にしたんではないですが痛さがかなり参考になりました。
場面場面を思い出すと気分が暗くなっていい感じに筆が進むんですよ。

それでは次回の開演までしばしお待ちください。

63 名前:Classical名無しさん :04/08/11 16:35 ID:H6nAMYN6
えぇっ!ここで止まるんですか?ぐわっ!
悶死しそうです。早く続きを…
めっちゃGJです!沢近分の補給完了しました!
(言ってる事支離滅裂でスマソ)

64 名前:Classical名無しさん :04/08/12 00:01 ID:ygzTW1Js
みんなバレスレ見てるんだな。

65 名前:Stand by :04/08/12 02:53 ID:qmlfIyEQ
さしあたり問題がなさそうなので、続きをば。
多分ぎりぎり、ハッピーエンド。

66 名前:Stand by :04/08/12 02:54 ID:qmlfIyEQ
「どうすりゃいいんだ……」
 そして、同じ空の下。播磨拳児もまた、一人ぼやいていた。
 無理もないと言えばその通り、いつにも増して事態は彼の手を離れ、まったく見当違いの方向に向けて転がり
続け、もはや収拾など不可能だと思われるほどになっている。こうなっては学校に行く気になどなれるはずもなく、
結果出来ることといえば街をうろつくだけ。
 そんなことをしてもどうにもならないのに、他にどうすることも出来ない。彼もまた、八雲とは違った意味で、
次第に追いつめられていた。
「ちっ、雨か」
 そんな拳児の肩の上にも、やがて雨が落ち始める。朝方、真偽を問う絃子の追求から逃げるようにして出てきた
手前、当然その手の中に傘などはない。
「……傘なんて気分じゃねぇけどな」
 小雨から本降りへと変わりつつある空に、そんなことを呟く。
 行き先はなく、雨足は強さを増していく。その中を黙々と歩き続けていた拳児だったが、やがて足を止めて大きく
溜息をつく。
「ったく、用があるなら出てこいよ」
「よく気がついたわね」
 振り向いた先、路地から姿を現したのは先刻八雲の元を去った少女。傘も差さず、まるでそれが当然というように
雨の中に立ち、囁くような声で語りかけてくる。
「で、何の用だよ嬢ちゃん」
 相手の予想外の姿に驚きつつも仏頂面で問うと、今度は少女の方が大きな溜息を返す。
「本当に、鈍いのか鋭いのか分からない人ね……気がつかないの?」
「……何にだよ。別におかしなことなんて」
 ねぇだろうが、と言いかけて、ようやくその異変に気がつく拳児。
 雨音が、聞こえない。
 雨はまだ降り続いているというのに、その音だけが綺麗に抜け落ちて、ただ少女の声だけが澄んだ音色のように
辺りに響いている。

67 名前:Stand by :04/08/12 02:54 ID:qmlfIyEQ
「気にしないで、そんなに重要なことじゃないわ」
 そう言われてしまえば彼としては頷くほかになく、大人しくその言葉に従う。そんな拳児の姿に満足したのか、
少女は話を切り出す。
「今のでよく分かったけれど、一つのことに集中しすぎるて周りが見えなくなるのね、あなた。私に気がついたのは
 褒めてあげるけれど、代わりに周囲の変化に気がつかなかった」
 そう前置きをして、一気に本題へと切り込む。
「好きな人がいるのね」
「っ……悪ぃかよ」
 今この場を支配しているのは誰なのか――さすがにそれくらいは理解している拳児、不承不承ながらも正直に答える。
「別に悪くはないわ。それはきっと自然なことなのよ」
 そう言っ顔に一瞬だけ憂いの色が浮かび、そして消える。
「でも、考えたことがあるのかしら。あなたが誰かを想うのと同じように、誰かがあなたを想うこともあるのよ」
「……俺のことを?」
 戸惑ったような表情の拳児にも取り合わず、少女は最後まで己の言葉を告げる。
「その想いを受け取れとは言わないわ、それはあなたが決めることだから。でもね、せめてそれを知ることくらいは
 して欲しいの」
「おい、そりゃどういう」
「すぐに分かるわ」
 その言葉と同時、拳児の意識は深い闇へと落ちていく。
 最後の瞬間に見た、少女の儚い笑みを遺して。

68 名前:Stand by :04/08/12 02:56 ID:qmlfIyEQ
 ――そして、舞台は八雲の元へと戻る。
 伊織を抱きしめたままうずくまり、声もなく涙を流す八雲。
「ヤクモ」
 その背後に現れた少女が声をかける。驚いたようにして立ち上がって振り返る彼女に、久しぶりね、と告げる。
「私……わたし、」
「言わなくてもいいわ、全部見ていたから」
「あ……」
 少女の言葉に緊張の糸が途切れたのか、くずおれるように再び地面に膝をつく八雲。その姿を見たくないというように
彼女に背を向け、心なしか雨足の弱まってきた空を見つめながら少女は言葉を紡ぐ。
「どうして能力がいらないと思ったの?」
「……それは」
「きっと誰かを好きになる――あなたが言ったのよ。その枷があっても、それでも、と」
「でも」
「彼の心が視えないから、好かれていないのが分かるのね。でもね、ヤクモ。あなたは伝えたことがあるのかしら、
 自分の気持ちを」
 言葉に詰まった八雲の返事を待たず、少女はさらに続ける。
「スタートラインにつく前から諦めてしまっている、それが今のあなた。確かにその能力は枷にしかならないし、
 ゴールに辿り着けるかどうかは最後まで分からないわ」
 それでもね、と小さく笑う。
「あのとき私の質問に答えたあなたは、それでも大丈夫だと言ったのよ。それでも前を向いて、スタートラインに
 立って、きっと誰かを好きになる、そう言ったの」
 ねえヤクモ、と少女は振り返る。
 いつしか雨は止んでいて、厚くたれ込めていた雲はゆっくりと動き始めている。
 その雲の切れ間から射し込んできた陽射しを背に、かつて自らがした問いかけの答を、謳うように告げる。

69 名前:Stand by :04/08/12 02:56 ID:qmlfIyEQ
「――それが誰かを好きになる、ということじゃないかしら?」
 あなたが教えてくれたことよ、と。今度ははっきりと分かる笑顔を見せる。
「世界は変わらないかもしれない。でも変えることも出来るのよ」
「世界を、変える……」
「その気があれば、の話よ……さて、もう大丈夫かしら」
 先程の笑顔が嘘のようにいつもの無表情に戻った少女は、ようやく立ち上がった八雲を見上げて問う。
「……うん。ありがとう」
「……それは私の台詞よ」
「どうしたの……?」
「何でもないわ。それじゃ、最後に一つだけ。迷惑かもしれないけれど、もしあなたが諦めないなら」
 ふわりと宙に舞い、真っ直ぐに八雲の瞳を見つめながら。
「頑張りなさい、ツカモトヤクモ」
 そう言って、少女は消えた。
「あ、待って……!」
 慌てて伸ばした八雲の手も、その姿には届かず空を切る。
 そして、その代わりとでもいうように。
「――おい、そりゃどういう……っと!」
「……播磨、さん?」
 唐突にその場に拳児の姿が現れる。勢い、八雲はその胸の中に飛び込むような恰好になる。
「あ……」
「い、妹さん!?」
 慌てて離れようとする拳児だったが、胸元にすがりついた八雲がそれを許さない。
「ごめんなさい……」
 謝りながらもその手を放そうとせず、そのまま一息に言葉を口にする。
『世界は変わらないかもしれない。でも変えることも出来るのよ』
 届くかどうかは分からない、けれど確かに自分の意思で世界を変えるための、その一言を。
「播磨さん、私――」

「あなたのことが、好きです」

70 名前:Stand by :04/08/12 03:00 ID:qmlfIyEQ

 そんな光景を、少女は遙か高みから見下ろしている。当然ながらそこまで声が届くことはないものの、たどたどしくも
必死に言葉を伝えている八雲、そしてそれを黙って聞いている拳児の姿ははっきりと見えている。
「最後まで見ていたいけれど、贅沢なのかしら」
 呟いている間にも、その身体はゆっくりと空へ向かって上昇していく。つまり、それが意味するところは。
「ずっと解放されたかったのに、いざそうなると嫌になるなんて……まったく、あなたのおかげよ」
 どこか吹っ切れたような口調と、そして柔らかい笑顔。
 それは、誰より変わったのは自分であると、そう知っているような表情。
「さようなら、ヤクモ。そして」
 ありがとう。
 その言葉だけを遺して、少女の身体は天空へと向かい、舞い上がる。


 ――その日、雨上がりの空を立ち上る光の柱を見た、という幾つかの証言がある。
 その内の一つに、曰く。
『その中心に羽のある少女の姿があった』
 事の真偽は定かではない。
 けれど、確かにそこには「天使」がいた。
 そう記憶しておくのも、悪いことではないだろう――

71 名前:Stand by :04/08/12 03:05 ID:qmlfIyEQ

播磨が播磨である以上、恋愛成就するかどうかはかなり率が低めです。
それでも、始まることさえない恋よりは終わりのある恋、走り出せば世の中
何があるか分からないよ、とかなんとか。
そんなわけで、いつぞやのリレー沢近以来の試みでした。
元絵をぶっちぎった展開なのは…… _| ̄|〇

72 名前:Classical名無しさん :04/08/12 03:06 ID:.6HGHfcQ
リアルタイム遭遇キタ─wwヘ√レvv~(゚∀゚)─wwヘ√レvv~─ !!
とても爽やかな終わり方で良かったです。
いつもどおり描写が上手くて読みやすいです。
胸元にすがりつく八雲萌えということで

73 名前:Classical名無しさん :04/08/12 03:35 ID:DjzacAi6
乙です。
ヤクモンが急転回ですね。
でも、マガスペの最後はきっとこんな話なんだろうなぁ。

74 名前:クズリ :04/08/12 07:46 ID:WL4iFSCg
 今更ながら限定版5巻Getしたクズリです。京都の某本屋で普通に平積みされてるのを
見た時は、危うく小さく叫びそうになりましたよ。古本屋でもオークションでもないので、
定価購入。

 ネタが被ってしまってどうしよう、とちょっと悩んでいました。
 大丈夫かな、と思いつつ、こっそり投下します。

『If...scarlet』

75 名前:If...scarlet :04/08/12 07:47 ID:WL4iFSCg
 塚本八雲が住む家の、庭先に一輪の彼岸花が咲いている。
 真赤な、とても鮮やかに真赤な花だ。


 If…scarlet


 膝の上で丸くなる伊織の、背を撫でながら八雲は、本の頁をめくる手を止めて空を眺める。
 夕焼けの片隅を横切る、飛行機雲が一筋。
 それが、姉の乗ったものでないと知りつつも、彼女は目でしばし追う。

 一月前にはうるさいまでに鳴いていた蝉の、最後の一匹の声が、止んだ。

 唐突に訪れた静寂。高校一年生の秋のことを、八雲は思い出していた。
 あの時、もしも違う言葉を伝えていれば、どうなっていたのか。
 埒もないこと、と知りつつ彼女は、動き出した回想を止めることが出来ずに、空を見続ける。
 夕の紅に染まった瞳に、しかし光はなかった。


「妹さん」
 ゆらり、立ち上がった彼に、八雲は胸がさざめくのを感じた。
 それは、恐怖にも似た、不思議な感覚。
「俺達は」
 八雲は播磨の瞳を見上げるが、サングラスに隠れてその表情は読めなかった。
 左手で、彼女は軽く自分の右手を握り、そして待った。彼の次の言葉を。
「俺達はつきあっている……らしい……」
「え……」
 彼女の心臓は大きく跳ね、漏らした吐息は戸惑いのみではない色をしていた。

76 名前:If...scarlet :04/08/12 07:48 ID:WL4iFSCg
「困り……ます」
 それでも、彼女に言えたのは、ただその一言だけだった。

 他意は、なかった。
 否。
 例えば彼女が、姉の半分でも雄弁に己の心を表すことが出来ていれば、問題はなかったのかもし
れない。
 彼とつきあうことが、嫌だったわけではない。むしろ、これまでに受けたどんな告白よりも、心
は揺り動かされた。甘美な誘惑に思えた。
 だが彼女は、恋愛に疎かった。
 それは他人の想いに、だけではなく、自らの心の動きにもあてはまったのだった。
 己の内に芽生えた小さな熱に、八雲は気付かなかった。いや、気付いていて、それが何かを知ら
なかったのだ。
 だから、彼女はそうとしか言えなかった。
 その言葉の裏に含まれていたのは、彼女なりの理想でもあった。
 つきあうというのは、好き合うということだ、と。
 ならば、自分にはその資格はない。そう考えたのだ。

「そ、そうか。そうだよな。うん」
 彼の言葉に失望はなかった。
 漏れた溜息は、安堵によるものであった。
「いや、妹さんがそう言ってくれて助かったぜ」
「え……」
 何かが、違う。
 そう感じたことだけを、彼女は今でも覚えている。
 だが何が違うのか、ゆっくりと考える暇もなく、彼の言葉は続く。
「実は、俺はよ……」
 それは、告白。
「妹さんの、お姉さん……天満ちゃんのことが好きなんだ」
 
「……そうだったんですか」
 また、そんな言葉しか彼女は、口にすることが出来なかった。

77 名前:If...scarlet :04/08/12 07:49 ID:WL4iFSCg
 振り返ってみれば、と八雲は空に思う。
 いつも自分は、思うことの半分も言い表すが出来ない。
 そして発する言葉の大半は、状況に流されて口にしたもの。
 また、思う。
 私の言葉は、誰かに届いたことがあるのだろうか、と。

 播磨と八雲が顔を合わせる機会は、徐々に多くなっていった。
 周囲の人間はそれを、二人が付き合っているからだと思い続けていたようだが、実際はまるで違
った。
 八雲は彼から、漫画だけでなく、恋愛の相談をも受けるようになっていたのだ。
 彼の役に立つのなら、と快く引き受けた彼女は、しかし何時しか、苦痛を覚えるようになってき
ていた。
 それがどうしてなのかわからないままに、八雲は播磨と会い続けた。一度、引き受けたことを途
中で投げ出すことは、彼女には出来なかったから。
 自室で、彼からの電話を受け、話しながら窓の外を眺めた夕暮れ時。ビルの群れに隠れそうな太
陽の光に照らされながら、彼岸花が風に揺れていた情景は、鮮明に記憶に焼きついている。
 やがて秋は過ぎ去り、冬が来て、そして巡り、春が訪れた。
 二人の関係は、しかし変わらないままだった。
 変わったのは、天満。

 八雲は播磨に、天満が烏丸に想いを寄せていることをすでに伝えていた。
 彼は知りながら、それでも諦めようとはしなかった。天満の心を自分に向けようと必死に頑張る
様は、少女があまりに鈍感なために、時に痛ましく思えるほどだった。
 冬が終わる頃、一度だけ播磨は八雲に、弱音を吐いた。
「天満ちゃん、俺のことなんて何とも思ってないんだろうな」
「……そんなこと」
 ないです。言いながら八雲は、胸に感じた痛みに顔をしかめた。
 漫画の批評をしているうちに、知らず知らずのうちに身についていた、播磨を励ます方法。その
全てを駆使して彼を奮い立たせながら、八雲は心臓に熱く突き刺さる棘の存在に戸惑っていた。
 播磨が頷き、活気を取り戻すほどに、少女の顔に落ちる影は深く、濃くなっていく。彼に気付か
れないようにそっと、闇を彼女は溜息と共に押し出した。

78 名前:If...scarlet :04/08/12 07:49 ID:WL4iFSCg
 結論から言えば、播磨の願いは何一つ、叶わなかった。
 最後には彼もそれを悟りつつあったが、しかし、逆転を狙い続け、だが何も報われなかった。
 ひとえにそれは、八雲の存在も関っていたことは言うまでもない。
 天満にとってすでに播磨は、八雲の彼氏という位置づけで定まってしまっていたのだ。
 だから、彼がいかに想いを天満に伝えても――――それはまた彼らしく不器用にではあったのだ
けれど――――冗談だととらえられたり、あるいは好きな女の姉として大切、といった意味に勘違
いされて終わってしまうのだった。
 彼女の思い込みは、たとえ八雲が何度も、自分と播磨が無関係であると天満に伝えたところで、
変わることなどなかった。
 どれほど懇切丁寧に経緯を語って見せたところで、
「八雲、そんなに不安にならなくてもいいよ。播磨君は八雲のこと、とても大切に思ってるから。
見てればわかるもの」
 大丈夫、大丈夫と笑う姉の姿に、八雲は結局、何も言えなかった。
 見ればわかる、と言う彼女に、何がわかるの、と言い返すことすら、少女には出来なかったのだ。
 八雲にとって何よりも辛かったのは、天満が恋愛の相談を持ちかけてくることだった。
 烏丸との恋愛成就のためのアドバイスを、『経験者の立場から』と求められても、答えることなど
出来ない。何故なら、彼女は全くそのような立場になかったから。
 そう言ってもしかし、天満はそれを照れとしか受け取らなかった。その姉の、ある意味で頑固な
振る舞いに、八雲はもはやなす術がなかった。
 播磨と天満、二人の板ばさみになった彼女には、自分がどのように振舞えばいいのかがわからず、
戸惑いと苦痛を覚える毎日が続いた。
 それが終わったのは、春も近いある日のこと。

 天満がとうとう烏丸に想いを伝え、そして願いは成就したのだ。

 八雲からそのことを聞いた時、播磨は彼女に背を向けた。
 そのサングラスに隠れた瞳に、雫が宿っていたのを、少女は確かに見て取っていた。

79 名前:If...scarlet :04/08/12 07:50 ID:WL4iFSCg
 播磨と八雲の関係は、その日を境に徐々に、変わっていった。
 恋愛相談どころか、漫画に関しての相談すらなくなった。
 それは彼の描いた漫画が談講社の賞を取り、二条丈、つまり烏丸大路の抜けた穴を埋める連載を
開始したためでもあった。
 自分の役目は終わり。八雲はそう感じていた。
 プロの編集の言葉の前に、素人の発言など邪魔だろうと思い、彼女は播磨にそう告げたのだった。
一瞬、複雑そうな顔をした彼だったが、やがて何かに納得したかのように頷いて、言った。
「ああ、そうだよな。これ以上、妹さんに迷惑をかけるわけにもいかねぇし。つきあってるなんて
誤解も、いい加減、とかねぇとな」
 その言葉と共に席を立った彼の、言葉は今でも八雲の耳に残っている。
「俺達、もう会わねぇ方がいい。でねぇと、ずっと勘違いされたままだ」
 胸に再び、痛みが走った。
 透き通った水面に墨を垂らしたように一瞬に、心が闇に染まっていく。耐え難い喪失感が、体中
に広がっていく。
 まただ。八雲は思った。
 また、私の言葉は届かなかった。思いの全てを伝えられなかった。
 決してそんなことを望んでいないのに。これからも播磨と会うことは出来ると思っていたのに。

 だが凍りついた舌は、それ以上の言葉を口にすることが出来なかった。

「これまで、ほんとサンキュな、妹さん」
「いえ……」
 最後まで彼は、八雲のことを名前で呼ぶことはなかった。

 その後、彼が何をどうしたのかは八雲にはわからない。
 気が付いた時には、彼女が播磨をふった、という噂が広まっていた。それも、彼が浮気をしたか
らというもっともらしい理由付きで。
 八雲は皆から同情され、播磨は全ての矢神高生徒の怒りと非難をかった。
 中でも天満の憤りは激しく、面と向かって涙ながらに、播磨を罵倒したらしい。
 らしい、というのは八雲はそれを人づてに聞いたからなのだが、播磨はどんなに言われても、た
だ、すまないと口にするばかりで、全てを甘受したのだという。
 その時の播磨の痛みは、いかほどのものだったのだろうか。八雲には想像すら出来なかった。

80 名前:If...scarlet :04/08/12 08:22 ID:WL4iFSCg
 全てが播磨の優しさからだと気付いた彼女は、何とか播磨と接触しようと試みたが、頑なまでに
彼は八雲と会うことを拒絶した。携帯すら繋がらなくなった。
 ならば、と八雲は必死に周囲の人間、特に姉に対して、播磨をかばう発言を繰り返したが、真意
は決して伝わらなかった。
「ひどい裏切りにあったのに、それでもあんな男をかばうなんて」
 それが彼らの感想であり、また、
「こんな子を裏切るなんて、播磨はひどい奴だ」
 となり、余計に播磨に対しての憎悪を深める結果にしかならなかった。
 そのことに気付いた八雲は、もう何も口にしなくなった。
 ひとえにそれは、自分に絶望を覚えていたからでもあった。


 ミャオ
 伊織が、八雲の膝の上で背筋を伸ばした。
 声とそんな様に、内の記憶から浮かび上がってきた彼女は、自分が笑顔でいることに気付いた。
 それは、虚ろな笑みだった。
 全てを失った喪失感と、心を打ちのめす悲嘆に、もはや涙すら枯れ果て、ただ笑うことしか出来
ない人間が浮かべる、そんな空っぽの笑顔。
 彼と別れて以来、八雲は何度、こんな風に笑ったかわからない。

 会うことすら叶わぬようになって初めて、八雲は自分の中の播磨の存在の大きさに気が付いた。
 そして、知った。
 自分が、彼を必要としていることを。
 別の言葉で言えば、好きだということ。

 また彼女は虚ろに笑う。
 どうしようもない自分を嘲り、笑う。
 もっと早く、彼と『つきあって』いる時に気付いていれば、どうとでもしようがあったのに。
 例えば、播磨の気持ちを自分に向けるようにするとか。
 あるいは落ち込む彼を慰めて、側に居続けるとか。
 思うが、しかし、そんな考えすら八雲は馬鹿なこと、と一蹴する。
 どんな時も流されることしか出来ない自分に、そんなことが出来るわけない、と。

81 名前:If...scarlet :04/08/12 08:23 ID:WL4iFSCg
 結局のところ、こうなるしかなかったのだろう。八雲はそう考えている。
 彼女は何も為しえず、誰をも変えることが出来なかった。
 残されたのはただ、無力感ばかり。


 天満たちが卒業したのは、去年のこと。
 短大へと進学した八雲の姉は今日、アメリカへと旅立った。予定では一週間ほど、向こうにいる
らしい。
 目的はもちろん、彼、烏丸大路に会いに行くため。
 大学に入ってからバイトを始めた天満は、旅費に必要な額が溜まるや否や、授業の自主休講を決
めてチケットを買った。
 長い休みまで待てばいい、そんな八雲の言葉に天満は曰く、
「だって会いたいんだもん、今すぐにでも」
 呆れながら八雲は、同時に羨む。
 その行動力の半分も、自分にあれば、と。

 播磨も何とか無事に卒業を果たした。が、八雲に関する一件以来、彼は自ら好んで、周囲と距離
を保つようになった。
 卒業式にも顔を出さず、最後に一目なりとも、と意を決していた八雲は肩透かしをくらった。
 今、彼はもう一つの顔である漫画家として忙しいようだ。P.Nハリマ☆ハリオの名は売れっ子漫
画家として有名になり始めている。
 おそらく彼の隣には、誰かがいるのだろう。
 八雲に代わって、彼の作品に助言を与える、誰かが。

 また八雲は笑う。
 会うことも、話すこともなくなってから一年半以上が経つというのに、未だに彼を想う気持ちは
変わらない。
 否、余計に強くなるばかりだった。
 そしてまた訪れた秋。
 彼と過ごした、ほんの数ヶ月の思い出が、日々の暮らしに重なる、それは八雲にとって辛い季節。
 あれはこんな日だった、などと忘れかけていたことを思い出しては、共にいられる幸せに気付い
ていなかった自分を厭う、そんな繰り返しの毎日。

82 名前:If...scarlet :04/08/12 08:23 ID:WL4iFSCg
 伊織が地面に降り立った後、のろのろと彼女は立ち上がって、台所へと向かう。
 一人きりの食事は、久しぶりだった。天満のいない家は、すっかりと静まり返り、八雲は息苦し
さすら感じていた。
 包丁をふるいながら彼女は、また自らの思考に絡みとられていく。

 思えば、と彼女は振り返る。
 きっと自分は、元々、彼のことを好きだったのだろう。
 脳裏に浮かぶのは、彼から自分達が『つきあってるらしい』と聞かされたあの日のこと。
 もしも。
 八雲は考えてしまう。
 もしも、あの時、違う言葉を伝えていれば。いや、その後だって。
 様々なIfが、彼女に幻想を見せて、やがて消える。
 胸に苦しいまでの重みが、落ちてくるのを少女は、感じていた。
 どんなに夢を見たところで、それは儚いものに過ぎないとわかっていたから。
 彼は天満だけを見ていた。一度も八雲を振り向くことがなかった。
『自分を好きな異性の心が視える』
 そんな能力を持つ彼女だからこそ、はっきりと断言できるのだった。

「痛っ……」
 小さな悲鳴をあげた彼女は、人差し指の付け根を抑える。
 ぼんやりとしていたせいか、包丁を持つ手が狂ったようだ。指先から零れる血がまな板をよごす。
 それでもまだ、どこか呆けたような表情でしばし、それを見つめていた八雲は、やがてふらふら
と流しの前に行って、蛇口を捻って指をつける。
 透き通った水に微かに混じる血を、八雲はまるで他人事のように感情の浮かばない瞳で見つめて
いた。


 庭先で揺れる彼岸花の赤。
 流れる彼女の鮮血の赤。
 少女には、彼がいない世界は灰色に染まって見える。
 ただ赤だけが鮮やかに、色づいている。
 それは八雲が、幸せを夢見ては流す心の涙と、同じ色だからだ。

83 名前:クズリ :04/08/12 08:28 ID:WL4iFSCg
 相変わらずダラダラと、と言われそうですね。
 私の作品も八雲に見てもらって、批評されたいもんです。何かいいこと言ってくれないかな、と。

 今週、というか先週号の、思わず頷いた一言。

「八雲 泣かせたら 許さないぞ」

 至言ですね。
 というわけでこの作品も続くわけです……

 こういう形態まで被ってしまって、本当に申し訳ないと思っています。

84 名前:Classical名無しさん :04/08/12 10:18 ID:.SQ9Cw7s
>>83
GJ!
クズリ氏の連載キター!
しかし辛い話ですねー
二人がどんな形で再開するのか楽しみです。
相変わらずの地の文の上手さに脱帽。間接的な描写が上手すぎる…

85 名前:風光 :04/08/12 11:08 ID:kX7CXXT2
こんにちわ、風光です。
それでは予告通りLingering Stingの続きを投下します。
タイトルはFragile Heart 〜壊れゆく心〜です。
直訳すると脆い心になるんですがそれじゃあちょっとあまりにもだったんで副題は少しいじくってみました。
それでは、どうぞ。

少女の物語の第二幕が開幕いたします。しばらくの間お付き合いくださいませ。

86 名前:Fragile Heart 〜壊れゆく心〜 :04/08/12 11:10 ID:kX7CXXT2
 次の日、彼女は久しぶりに早く起きた。
「行かなきゃ……」
 そして彼女は部屋を出た。全てに決着をつけるために。

              Fragile Heart 〜壊れゆく心〜

 ザッザッザッ
 愛理は自宅に完備してあるクレー射撃場にへと足を運んだ。
「まずはクレーを手に入れないと」
 クレー射撃場の備品置き室に赴き、愛理は持てるだけクレーを手に取り射撃場に一番近い部屋にへと運んだ。

「さてと……」
 キュポッ
 彼女はマジックを取り出しキャップを開けた。
「あいつの顔か……」
 憎いあいつ、悩みの元凶たる男の姿を思い浮かべた。
「あいつと言えばやっぱ髭とサングラスよね」
 その髭は彼女が切ってしまったが。
 いや完全に剃ったのは彼自身だ。それも愛理の意見ではなく天満と美琴の意見を聞いてだ。
「ギリッ」
 無意識に彼女は歯軋りをした。
 何で私ではなくあの子達の意見を聞いて髭を剃ったのだろう? 私の意見は聞きたく無かったからかしら。
 そう考えて彼女の気持ちは暗く沈んだ。
「あー、もう。余計なことは考えないで作業に没頭しなきゃ」
 愛理は軽く頭を振りクレーを一つ取ると彼女を苦しめ続けている男、播磨の顔を描き始めた。
 キュー、キュッ
「うん、上出来」
 播磨の間抜け面を上手く書くことが出来、愛理はくすりと笑った。
「……ふぅー、播磨君の絵か」
 思えばこれが彼を描く初めてのことだった。
 キュ、キュ、キュ
 けれどモデルがいなくても播磨の絵を描くことは、彼女にとって容易だった。

87 名前:Fragile Heart 〜壊れゆく心〜 :04/08/12 11:11 ID:kX7CXXT2
 キュー、キュッ
 何故なら彼の顔は嫌と言うほど愛理の眼に焼きついていたから……そしてその事実がまた彼女を苛立たせた。
「あー、もうっ。もっと間抜け面にしてやるわ」
 そして彼女は描き続けた。
「こうやって、こうやって……」
 播磨の顔を思い出しながら彼女は絵を描き続けた。……けれどその行為は彼との思い出を意識することに他ならなかった。
「播磨君、か」
 雨の中、傘を差してもらったこと、カレーが好きだと言ったこと、自分のことを好きだと言ったこと……。
 様々な思い出が愛理の脳裏を埋め尽くしていった。
 ピタッ
「裸で羽交い絞めにもされたけどね……」
 嫌な事まで思い出してしまった。
「あー、もうっ」
 そして愛理は彼に関する思い出をマジックに乗せ、クレーに描き込んで行った。
「このっ、このっ……」
 思い出を振り払うように、彼のことを忘れるように一心不乱に播磨の顔をクレーに描き続けた。
 けれど……。
(勝ってやるよ、お前のために)
 ジャージを襟の背に掛けて言った播磨の台詞を思い出した途端、愛理の動きはピタリと止まってしまった。
「何よ、そんなこと言ったくせに、結局は彼女と付き合ってるなんて……」
 その記憶は彼女の最も嬉しく幸せな記憶であると共に、彼女の心を苛ませる鍵となる記憶だった。
「ひどいよ……」
 愛理自身は認めないだろうがやはりそれは嫉妬に他ならなかった。
「あんなにもあのジャージは温かかったのに……」
 そしてフォークダンスの時、自分とだけ踊ってくれたのに……。
「あんたがあんなふうに私を惑わすから……だからっ」
 私はあんたのことなんてなんとも思っていないのにあんたがあんなことするから
自分はこんなにも苦しんでいるんだっ、彼女はそう自分に言い聞かせた。
「くっ!……全部……全部……全部っ、全部消してやるわっ」
 彼女は搾り出すように言葉を吐き出し、新たなクレーを手に取った。
 キュッ、キュッ、キュッ
 そして先ほどよりも強い力で播磨の顔を描き始めた。思い出を込めるかのように強く。

88 名前:Fragile Heart 〜壊れゆく心〜 :04/08/12 11:12 ID:kX7CXXT2

 どれくらい時間が経っただろうか。
 持ってきたクレーも底を尽き新たにクレーを運び込み更に絵を描く。
 そう言った作業を繰り返した末、彼女の腕は疲労で動かなくなっていった。
「こんなものね」
 腕と肩をほぐしながら愛理は描き上げたクレーの山を見た。その数は100は下らないだろう。
「一旦休憩したら……そうしたらもう終わるのよね」
 呪縛から解き放たれるとでも言いたげな言葉だったが、呟く彼女の表情はそれとは裏腹にひどく複雑なものだった。

 そして数時間が過ぎ、愛理は着替えると愛用の銃を手に取りクレー射撃場にへと赴いていた。
 すでにあのクレーたちは全て発射口にセットしてある。
 スッ
 そして彼女はクレーを発射させた。
 ズドンッ、ズドンッ……
 銃口が火を噴き発射されたクレーが次々と砕かれていく。
 ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ……
 播磨への想いと思い出を込めたクレーを次々と砕いていく。
 外してしまったクレーすら後で拾って戻り、愛理はその場で銃で叩き割った。
 執事の中村にそろそろ止めるように言われても彼女は銃を撃つことを止める訳にはいかなかった。
 全てのクレーを撃ち抜くまでは……。

 ――そして……全てのクレーは砕かれた。

「終わっちゃったわね……」
 彼女は力ない笑みを浮かべながらポツリと呟いた。
 終わってしまった、全て全て砕け散ってしまった。彼女は砕いてしまった。
 想いも、思い出も何もかも砕き、彼女の中で何も無かったことにしてしまった。
 ガチャ
 銃を置くとそのまま彼女はシャワーを浴びるために射撃場から出て行った。


89 名前:Fragile Heart 〜壊れゆく心〜 :04/08/12 11:12 ID:kX7CXXT2
 キュキュ……ザァー
 シャワーのお湯が愛理の肢体を濡らしていく。
「……」
 何もかも、全て全て砕け散った。彼女の手で全て終わらせた。
 ピタ
 彼女は壁に手を付いた。
「これでもう終わりなのよね」
 ザァァーッ
 シャワーのお湯は尚も彼女の身体を濡らしていく。
「うっ、ううっ、うっ……なら何でこんなにも悲しいのよ」
 気分は全く晴れなかった。いや、それどころか苦しみは更に強くなっていた。
「全部、全部消したのに……」
 耐えようも無い喪失感が彼女を苛んでいた。
 ……そして。
 ツゥー
 初めて彼女は涙を流した。あの日以来初めての涙を。
「ヒッグ、ヒッグ……ぐしゅ……」
 悲しかった、哀しかった。耐えようも無いほど彼女はボロボロだった。
「う、うわぁぁぁぁーっ」
 ザァァァー
 彼女の顔はシャワーと涙で濡れていた。


90 名前:Fragile Heart 〜壊れゆく心〜 :04/08/12 11:13 ID:kX7CXXT2
 その日の夜、彼女は夕食も取らず自室に篭った。……誰にも泣いているところを見られたくなかったから。
「……ヒッグ……痛い……」
 泣きながら彼女は胸を押さえていた。
「やめてよ、もう……やめてぇ……」
 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ………
「苦しいよぉ……もうやだよぉ……」
 彼女は子供のように泣きじゃくった。
「思い出も何もかも、全て捨てたはずなのに……」
 けれど彼女の心の軋みは大きくなるばかりだった。
「どうしてよ……」
 それは本当に播磨のことを好きだったから……けれど彼女は決してそれを認めない。
 どんなに、どんなに想っていようとそれを認めることが出来なかった。
「分からないわよ、もう……」
 認めた時点で彼女は本当に弱くなってしまうから、だから認めるわけにはいかなかった。
 弱くなっても播磨は支えてくれないから、そう彼女は直感していた。
「痛いよ。……苦しいよ……」
 心に刺さった棘は大きく大きく肥大していた。もう抜けない、彼女だけの力では抜けないほどに。
「ヒッグ、ヒッグ……」
 愛理は両手で自分の身体をギュッと抱きしめた。
「助けてよ、誰か……助けてよぉ」
 顔を伏せ縋るように彼女は呟いた。
「助けてよぉ……助けて……お願いだから……」
 うわ言のように彼女は言葉を続けた。
「……助けてよぉ、はり……っ!?……」
 彼女はハッと目を見開き、不自然に言葉を飲み込んでしまった。
 声なき声が呼んだ名は大好きな父親でもなく日頃世話になっている中村でもなく、
美琴たち親友でもなく……播磨の名前だった。
「どう、して……」
 その事実が彼女を更に打ちのめした。
「う、うううっ………うわぁぁぁ〜っ!!」
 そして彼女は泣き続けた。
 遅くまで、ずっと、ずっと……。

91 名前:Fragile Heart 〜壊れゆく心〜 :04/08/12 11:14 ID:kX7CXXT2
 ――次の日
 昨日の慟哭が嘘のように愛理はのんびりと一日を過ごしていた。
 本当に穏やかな表情でソファーで休んでいた。
 スッ
「ん?」
 人の気配を感じ目を開けると側に執事の中村が控えていた。
「なにかしら?」
 彼女は瞳だけを動かし訊ねた。もっとも彼女には彼が何を言おうとしているのか大体は予想は付いていたが。
「お嬢様、学校は……」
 予想通りの中村の言葉。さすがにこれだけ休めば訊ねてくるだろう。
 彼女は溜め息を心の中で軽くつくと、その言葉に小さな微笑を浮かべ。
「ん〜〜っ、そろそろ行こっかな〜〜!」
 背伸びをしながら愛理は答えた。……普段の彼女を装いながら。
「本当ですか?」
「ええ……」
 いつもの彼女と変わらない笑みを浮かべて愛理は答えた。
 ……けれど同時に誰にも気づかれないように皮肉めいた笑みをも浮かべて。

 彼女が普通を装う必要がなくなるのは……まだ、遠い。

                   〜 Fin 〜


92 名前:Fragile Heart 〜壊れゆく心〜 :04/08/12 11:15 ID:kX7CXXT2
って事でどうだったでしょうか?
ちーと妄想入ってるっぽいSSですけどありえないって気もしないんですよ。それくらい弱いところあると思うんで。

にしてももう少し痛くしても良かったかもしれませんね。
どうも本スレでの最近の彼女に対する発言が厳しかったので、補完する意味で書いたんですが力不足だったかなぁ。
たぶん彼女は本当に弱い人間だと思うので、出来るだけその心情を表現したかったんですけどね。
で、続きですけど一応今のところ書くつもりは無いんですが、今後の漫画での愛理の扱いによっては書くかもしれません。
まぁ、それは本当に未定って事で。

それじゃあサラも愛理も書いたし次は八雲でも書きましょうかね。
旗的展開もおにぎり的展開もどっちも好きなんでね。
……まぁ、もっともアイデアが浮かばないのでしばらくは書かないでしょうけど。
それでは次の機会に。

お付き合い頂き真に有難う御座います。次なる演目の開幕をお待ちくださいませ。

P.S.
前回書いたツインテール娘の特徴ですけど友達を大事にし、友達に好きな人を譲るってのもあるんですよねぇ。
漫画本編もそう言う展開になったらSSを書くいいネタになるんですけど……沢近が実際にそうしたら痛いなぁ。

93 名前:風光 :04/08/12 11:16 ID:kX7CXXT2

名前変えるの忘れてました。

94 名前:Classical名無しさん :04/08/12 11:27 ID:G2hD7kvw
個人的にはもっと痛くしても構わない。
あと、ラストがそこで終わるのは勿体無い気がする。


つーか監禁エンドを期待してますた…

95 名前:Classical名無しさん :04/08/12 12:52 ID:LuazAuEA
>>クズリさん
播磨も八雲も天満も誰も悪くないのに
傷付け合うってのは悲しいですね。
でも、相変わらず表現が上手くて本当読んでて魅入りました。
連載と言う事で次回も期待してます。

>>風光さん
いいと思います。
本編の裏ではこんな感じなんだって表現出来てると思います。
次の作品も期待してますね。

96 名前:Classical名無しさん :04/08/12 13:46 ID:eWlSDVCA
>>クズリさん
本当に読んでいて胸が苦しくなりました。
もう八雲が……
続き、期待しています。



97 名前:Classical名無しさん :04/08/12 15:29 ID:qojWfj5U
>>クズリさん
乙です。
なんか播磨が一番辛そうに感じてしまいました。
天満への一途な想いもかなわなくなり
いい加減な噂のせいで数少ない友人でもあった八雲とも会うのをやめたり
周りりからの非難や罵声も言い訳もせずひたすら受け続けて――――
播磨にも幸せになってほしいと思ってしまいました・・・
続きすごく期待してます。

98 名前:それぞれの明日へ :04/08/12 19:56 ID:nG.gcj3Y
 播磨拳児と塚本八雲が付き合っているという噂。
 それは事実とは関係なくとも、本人や周りの人達へと波紋を広げていく。
 迷い、困惑、決意、様々な思いを飲み込みながら。


播磨拳児

「俺と妹さんが付き合ってる……か」
 呟き、そして苦笑する。
 この前まではお嬢で、今度は妹さんか。
 正直周りの意見など関係なかった。自分が本当に好きなのは天満ちゃんただ一人なのだから。
 だからといって放っておくわけにもいかない。
 妹さんにも迷惑がかかるだろうし、それに天満ちゃんにこれ以上勘違いされるのも困る。
 この前本人から直接応援してるぞと言われた時、目の前が暗くなった。
 フラれたと思い、絶望の淵に立たされた罪人のような気分だった。
 だけど、自分はまだ何も言っていないし、何もしていない。
 このままでは当然終われないし、自分自身納得できない。
「俺も、ケジメをつけないといけないのかもな」
 自分に言い聞かせるように口に出す。
 流されるままになっているだけではいけない。
 告白をしたとして、断られたらどうする? という不安ももちろんあるし、
恥ずかしさや怯えから、迷ってしまう事もある。
 それでも、立ち止まってはいられない。
 想像するだけで震えてしまう手を握り締めて、気持ちを奮い立たせる。
 自分自身を見失わずに貫き通す。

99 名前:それぞれの明日へ :04/08/12 19:59 ID:nG.gcj3Y
 単純で、だからこそ難しい。それでもやらなければいけない。
 それが選んだ道だから。
「俺は、天満ちゃんが好きだ」
 小さく呟きながら自分の気持ちを確認し、心の芯に柱を通す。
 先の見えない未来を見据えて、怯えず逃げずに真っ直ぐに。
 自分自身の不安の影と立ち向かい、その先にいる彼女の元へと。


塚本八雲

 私が播磨さんと付き合っている。
 そんなことは誤解でしかない。自分は播磨さんの相談にのっているだけでしかない。
 けれど、どこかで否定しきれない。
 何度も否定する機会はあったはずなのに、強く言う事ができなかった。
 このままでは、播磨さんに迷惑がかかってしまうということは解っているのに。
「私……どうして」
 自分の性格もよく解っている。元々はっきりと何かを言える自分では無いという事も。
 それでも、自分以外の誰かを巻き込んで迷惑をかけたくはない。
 だからはっきり違うと言うべきだった。それなのに結局は言えなかった。
 播磨さんは心の声が聞こえてこない男の人。
私の大切な――
 そこまで考えて気づいてしまう。
 大切な何だというのだろう?
 もしかして私は期待しているのじゃないのだろうか?
 播磨さんなら友達以上になってもいいかもしれないと。
――私は播磨さんを好きなのかもしれないと。
 確信は持てない。今まで異性を好きになった経験のない自分には。
 もやもやと定まらない気持ちが自分の中で渦巻いていく。

100 名前:それぞれの明日へ :04/08/12 20:00 ID:nG.gcj3Y
「私、どうしたら」
 その呟きに答えてくれる人がいる筈もなく。
 迷いを抱えたまま迷路に迷い込んだように、出口の見えない答えを捜し求める。
 淡い期待と暗い不安を胸に秘めながら。
 そしてゆっくりと、けれど確実に、私は答えを求めて動き出す。
 その先にあるものを求めて。


沢近愛理

 はぁ、と溜息をつきながら枕へと顔を埋める。
 一体私は何をやっているんだろう。
 ジャージに名札を付けてあげたら、それを八雲が直していて、つい気が立ってしまって、
 その後みんなの前で意地悪した挙句に、あいつと八雲が付き合ってるだなんて言ってしまった。
「可愛くないな私……」
 言葉と一緒に自己嫌悪で涙が出そうになってくる。
 あれから学校もサボってしまっているし、私はいつからこんなに弱くなったんだろう。
 体育祭の時もそうだった。
 意地を張って、無理をして。
 その結果にクラスのみんなに迷惑かけて。
 結局はあいつや他の男子がが頑張って勝ってくれたから良かったけど。
「だいたいあいつが悪いのよ」
 本当は思ってもいない事を口に出す。
 あいつと関わってから自分が空回りしている事もよくわかるし、素直にもなれない。、
 だけど、どこかで意識してしまっている。
「やっぱり好きなのかな……」
 恋愛はいつも相手からだった自分に、本当の恋というものは解らないのだろうか。

101 名前:それぞれの明日へ :04/08/12 20:02 ID:nG.gcj3Y
 ただ悶々とした気持ちと、浮かんでは消える相手の顔が焼きついて離れない。
 寝返りをうって天井を眺めてみると、いつの間にか西日が部屋を赤く染めていた。
 気になってふと窓の外を眺めると、空は赤く、日は地平線の彼方へと沈んでくところだった。
「綺麗」
 知らない間に感じるままに言葉が口から滑り出していた
 いつかはあいつの前でも素直になれるのだろうか。
 沈みゆく太陽を眺めながら私はそんなことを思っていた。
 
 
花井春樹

「はっ!」
 気合と共に拳を目の前の空間へと繰り出す。
 一心不乱に、不安を拭い去るかのように拳打を放つも、拳は何かを捉えることも無く空を切る。
 自分を高めるでも、目指すでもなく作業のように繰り出される拳にいつものキレはない。
 何に対して自分は拳を突き出している?
 何から自分は逃げようとしている?
 迷いと不安が入り混じる心で、重圧に負けないように、逃れるように。ただ自分の身体を動かし、
酷使することで振り払おうとしている。
「僕は何をやっている……」
 不安の原因など解りきっている。
 八雲君と播磨が付き合っているという噂。
 ついこの前に本人から誤解だと聞いたばかりだというのに、
どこかで今流れている噂が本当かもしれないと思っている自分がいる。

102 名前:それぞれの明日へ :04/08/12 20:04 ID:nG.gcj3Y
「情けない」
 動きを止め立ち尽くすと、自分自身に対して思わずそんな言葉が漏れてしまう。
 どれだけ身体を動かそうとも心は晴れない。手足は鉛のように重く、汗は纏わり付き体温を奪っていく。
 ポツリと道場で立ち尽くし下を向いている今の自分は、さながら雨にうたれ震えている子供のように小さく、
そして滑稽な姿だろう。
「お前何やってんだよ」
「周防か……」
 ふいに背後から言葉をかけられ振り向くとそこには見知った幼馴染の姿。
「様子を見にきてみたら無茶しやがって、何悩んでるか知らないけどさ、らしくないぞ」
 溜息をつき、タオルを投げてよこしながら見透かしたように言葉を投げかけてくる。
「お前はどうせ器用じゃないんだしさ、それなら自分の思うまま行動すればいいだろ?」
「自分の思うままに……か」
 諭すように、そして導くかのようにかけられた言葉を噛み締めるように呟く。
「ま、後悔はしないようにな」
 ふっと笑顔を見せながら言う周防。
 その笑顔の内に、思い出したかのようなほんの少しの悲しみと寂しさが垣間見えた気がした。
「ありがとう周防」
 もう一度構え、拳を繰り出す。
 さっきまでの重さはもう感じない、拳は空気を切り裂くように貫く。
 もう迷うことは無い。結果など関係ない。後悔のないよう、自分の思うままに。
 自分の想いを確かめながら。


 渦中の人物達は、自分自身の心を見つめる。
 それぞれの想いを確かめながら、今、物語は動き出す。
                                        
                                         ――to be continued

103 名前:蓮水 :04/08/12 20:19 ID:nG.gcj3Y
はい、というわけで以上です。
今回はシリアス風にいってみました。
色々視点が変わりまくって見にくいかもしれませんがすいません。
あとはto be continuedと書いてますがSSは続きません。
播磨達自身の話はこれからだぞ!という感じという意味合いです。

天満や絃子さんの視点の話もいれようかなと思っていたのですが、
結局播磨、八雲、沢近、花井の4人ということになりました。

この話を書いてる途中で今まで八雲や沢近、さらには天満などの女子メインたち
のSS書いた事が無かった事に今更に気がついたり(ショートコントの方ではあるのですが)

104 名前:Classical名無しさん :04/08/12 21:39 ID:pCRZ/c9k
>>86-91
乙です。
漏れも、沢近タンが、播磨のことで
いろいろ周りにあたっているのが、
実は悲鳴のような気がしていたので、
裏では、そういう事があったのかもな・・・
と思いながら、読んでいますた。

実は、沢近タンってすごく脆いと思う・・・

105 名前:Classical名無しさん :04/08/12 21:57 ID:c1aHbrfs
マガジソブースで沢近カレー配布



うそだよ


106 名前:Classical名無しさん :04/08/13 00:10 ID:mLqZXxqU
>104
たしかに愛理タンは弱そうだ。

だからこそ、幸せになって欲しいんだよなあ。ハリオ、任せた。

107 名前:Classical名無しさん :04/08/13 01:20 ID:ptRceoh2
>>106
沢近が弱いのと天満が強いのは既定事項ですな。

108 名前:Classical名無しさん :04/08/13 04:11 ID:uTlJ88VI
IF11でリアルタイム遭遇した〜!
初めてのリアルタイムでリロードしまくる厨な漏れ。

109 名前:Classical名無しさん :04/08/13 09:07 ID:tqkc1bdI
神がイパーイ

>>クズリさん
キタキタキター!!
長期連載ですか?期待しまくってます。
ちょっとだけ大人になった八雲の幸せはどこに

>>風光さん
沢近は不器用にもほどがありますね。
本編の沢近の痛々しさがよく出てて悲しくなってきた。

>>連水さん
花井っていたね、忘れてましたw
人間関係が複雑になってきて追うのも大変。
てか主人公が影薄い…

110 名前:弐条谷 :04/08/14 00:21 ID:2CKLixNE
こんばんわ。またしても恋愛要素なしです。書ける皆様が羨ましい。
播磨と八雲と動物ばっか書いてた事に気付いたんで、別の人書いてみます。
今回は外人勢で。
タイトル「I Need You」は劇場版エヴァのサブタイです。

111 名前:I Need You :04/08/14 00:24 ID:2CKLixNE
 「いつの日か、二人でハポネ(日本)に行こう」
幼い頃、ララ・ゴンザレスが父親と交した約束。
ルチャで名を挙げ、必ずや日本へ行こうと。
結局父親は酒に溺れてその夢は叶わなかった。だが、ララは幸運にも日本へ行く事になった。
あるルチャの大会の時に、偶然現地にスカウトに来ていたスカウトマンに認められたのだ。
留学の前、全く現在と異なる文化、異なる言葉だから苦労する、と学校関係者から何度も念を押された。
もっとも、未知の国への長期留学の不安など、彼女の幼き日の約束に比べれば、どうという事は無かったのだが。
彼女は少ない金で日本語の教材を買い、最低限の会話がこなせるまでになった。
これほどまでに勉強をしたのは初めてだった。それも彼女の夢の為。

 日本に来て彼女は事前の説明はなんと手緩いものだ、と思った。
女性とは思えぬ体格、日本人では考えられない肌の色。
彼女を待っていたものは、予想を超えた日本人の冷たい視線だった。


112 名前:I Need You :04/08/14 00:24 ID:2CKLixNE
 初の日本人との試合の時の事。相手は随分と小柄だった。
いや、彼女から見れば日本人は皆小柄だったのだが。
試合前、相手と対峙する。その時、対戦相手は自分から目を逸らしていた。
自分を畏れて逸らしたのでは無い事は明白だった。
目を逸らす直前、相手は試合とあって更に露出する彼女の黒い肌を見ていたのだ。
ララは軽い苛立ちと共に相手を秒殺した。
味方からは歓声が上がる。だが、ある種当然だという冷ややかな視線。
「あんな黒人触るのもいやだ」
相手からこんな言葉も聞こえた。日本語を一生懸命勉強した事が恨めしかった。

 留学生という特別な立場に加えてこの外見。彼女は学校で浮いていた。
無論友人などいない。折角勉強した日本語が活かされる事などなかった。
もちろんアマレスでは結果を出す。全校集会で表彰された事もあった。
だが、全校生徒からは冷ややかな拍手と蔑むような笑顔で迎えられる。
 彼女が一条かれんと遭って、彼女のいる学校への転校を決めたのは至極当然だった。
部の仲間とも仲良く出来ない彼女の存在を疎ましく思っていた学校にとっても、彼女の願いは好都合だった。


113 名前:I Need You :04/08/14 00:25 ID:2CKLixNE
 かれんのいる学校はとても自由な校風だった。
以前の学校に比べれば、外見で浮いてしまう事は減った。
 同じ留学生や帰国子女がいる方が早く馴染めるだろうという事で、彼女は2−Dに編入された。
同じクラスのハリーや東郷は自分と同じ様な経験をしていたので、すぐに打ち解ける事が出来た。
彼女にとって意外だったのは、元々外人ではなく単なる帰国子女である東郷まで
自分やハリーと同じ様な体験をしていたという事だった。
なぜ同じ日本人なのに冷めた扱いを受けていたのか彼女には分からなかった。
日本人は皆と違う事を嫌い、違う者を疎む性質があるのだとハリーが教えてくれた。
長い間外国にいた東郷も、結局はよそ者だったという訳だ。
 
 彼女の父親が夢にまで見た日本。
現実を知った彼女から夢の国の全てを聞いたら、果して彼は何を思うのだろうか。


114 名前:I Need You :04/08/14 00:26 ID:2CKLixNE
 転入初日の昼休み。ララは弁当箱を抱えて2−Dの教室をうろうろしていた。
転入生に居場所がないのは当然なのだが、彼女の場合は違った。
「お前さん…どこか行きたい場所でもあるのかい?」
突然東郷に声を掛けられる。しかも、かなり核心を突く内容だ。
「…隣のクラスだ」
答えながら弁当箱を手で弄ぶララ。
「じゃあ、どうして行かないんダ?」
今度はハリーだ。片手には購買で買ってきたパンがある。
「お前さん、そのお目当ての子に拒否されるのが恐いんだろ?」
答えあぐねているララを見て、東郷が先に口を開いた。
「なっ…違う!」慌てて東郷の方に振り向くララ。
「どうやら我々は見込み違いをしていたようダ…君ならきっと遠慮無くぶつかっていくと思っていたのだガ…」
ハリーの言葉にララが項垂れる。本当はそうしたいのだろう。
「…確かに、我々は日本人からは疎まれる存在ダ。
 だが、本当に皆そんな人間しかいないのだったら、私も東郷もここにはいないサ」
「お前さんも今まで色々大変だったんだろう。
 だが、傷付く事を恐れていては前には進めないじゃないか。
 もし駄目だったら、俺達がいる。その時はいつでも帰って来い。」
かつては彼らも同じ経験をしていたのだ。二人ともかつての孤独から這い上がってきた。
二人が喋り終えると、吹っ切れたようにララは勢いよくドアを開けて出ていった。
そして、隣のクラスでも勢いよくドアが開く音が響き渡った。
「全く…熱いぜ」東郷が呟く。
悔しくも、ハリーには彼につっこむだけの日本語の知識はなかった。


115 名前:I Need You :04/08/14 00:27 ID:2CKLixNE
 「イチ・ジョー、飯にスルぞ!」
突然現れた長身で黒い肌の少女。2年の中で最も騒がしいクラスである2−Cが沈黙する。
唯一塚本天満には彼女に覚えがあったようだ。両方の髪をピコピコ動かす。
「え…」かれんは少々困惑していた。あの時闘った女性が制服を着て目の前にいては無理もない。
しかも、弁当を引っ提げてだ。
静まり返るクラスをよそにララはかれんの席の前に勝手に他の者の机を動かした。
「さあ、食うぞ!」
ララが弁当を広げる。彼女の前にはかれんやその友人の弁当が広げられており、よりどりみどりだ。
押され気味にかれんが頷く。
ララとかれんのグループには他に二人の女子がいたが、突然の乱入にお喋りが止まっている。
 
 その日は特にララが会話をする事はなかった。だが、それでも彼女は満足していた。
少なくともかれんに嫌がっている様子はなかった。肌の色も、外人である事も関係なかった。
彼女の右手にはフォークがあった。彼女にはやや不釣合いな、女の子らしい小柄なフォークだった。


116 名前:弐条谷 :04/08/14 00:29 ID:2CKLixNE
こんな感じで。
高校の時留学生が半年だけいた事ありました。
学年が違ったので話す機会がなかったんですが。
日本にいてどうだったか聞いてみたかった。

117 名前:Classical名無しさん :04/08/14 14:07 ID:K2Kh6IBg
これはまた珍しいキャラを使いましたね。

118 名前:Classical名無しさん :04/08/14 14:22 ID:MwYNUiIg
「外人」って、こういう文章では使わない方がいいと思うよ。

119 名前:Classical名無しさん :04/08/14 15:13 ID:3X..deCk
別に問題ない気がするけど。わざわざ言うほど差別的なニュアンスはないし。
言い換えるにしても「外人」と「外国人」では文章のテンポも違ってくる。
作者の方で気をつかうのは勝手だが、第三者が無理矢理語彙選択の幅を狭める方が問題だと思う。
どうせ英語にしたらどっちもforeignerだし。

120 名前:Classical名無しさん :04/08/14 15:17 ID:2eCujtKI
>110
面白いね。落ちはベタかもしれんが、私は気に入ったよ。

>118
たとえばララが自らの被差別的立場を意識していることを表現するための
演出として「外人」という用語を (「外国人」という表現と並行して) 使う
とかいうのなら十分ありでしょう。「こういう文章では」とかいう大雑把な
括り方では単なる言葉狩りにしかならんですよ。
とはいえ >110 とかの記述を見る限り、弐条谷氏がそういう演出を狙って
言葉を選択しているわけではないように思われるので、言葉の選択は
もうちょっと考えてするべきだという点については同意。

>119
以前日本の国際空港で「外国人」の英語表記は alien だったが、
某SFホラー映画の影響で変更されたんだそうな。

121 名前:Classical名無しさん :04/08/14 15:20 ID:sceipWOM
外人でも
外国人でも
異邦人でも
紅毛人でも
毛唐でも

どーでもいいよ

122 名前:Classical名無しさん :04/08/15 17:20 ID:.4SzQGSs
投下します
自分でもそりゃないだろって話だと思いますがどぞ

123 名前:Classical名無しさん :04/08/15 17:21 ID:.4SzQGSs
人生初の恋を知った播磨拳児。その2日後彼はあの子に会うため町を彷徨っていた。
――全然見つかんねぇ……いったいあの子はどこにいるんだーー!?
伸ばし始めた無精髭を煩わしく思いながらあの子に会った裏路地の近くを通った時
「や、止めてください……」
「静かにしとけば痛い目は見ねぇよ。へへ……」
――これはまたあの子が襲われているのか!?チャンス!
喜び勇んで播磨は裏路地に入って見たものは
この前と同じエロ禿と和服に身を包んだオカッパ髪の女の子だった。
――外れじゃねぇか……
ガックリとうな垂れるが目当ての子じゃなくてもこの状況を見過ごす気にはなれなかった。
――しゃあねぇな。
「ホップ、ステップ……」


124 名前:Classical名無しさん :04/08/15 17:22 ID:.4SzQGSs
 悪漢を怒りのパワーで倒し、オカッパの女の子に声をかける。
「この辺は物騒だぞ。サッサと警察にでも行ってこの禿捕まえてもらえ」
それだけ言うと、じゃあなと片手を上げて去ろうとした。
が女の子が行動する様子がない。
「どうした? どっか怪我でもしたか?」
「い、いえ。ただ腰が抜けて……」
はぁーと大きくため息をついた。
――どうして女ってのは……でもこのまま置いて行ってもこの禿が復活するかもしれんし
他のバカに襲われないとも限らねぇか。しかし和服着てるとオンブする訳にも……
くそ、こっぱずかしいな
「騒ぐなよ」
「え? きゃ!?」
それだけ言うと彼女をお姫様抱っこした。
「とりあえず公園まで連れてってやる」
ホケーと彼女は播磨の顔を見たが目が合うと慌てて顔を逸らした。
「ちっ」
軽く舌打ちをして播磨は公園に向け歩き出した。


125 名前:Classical名無しさん :04/08/15 17:22 ID:.4SzQGSs
 公園のベンチに女の子を下ろした播磨は
「ちょっと待ってな」
と言ってホットの紅茶を買ってきた。
「ほれ、飲め」
「え……でも……」
「遠慮すんな。寒かったんだろ?」
そう思ったのは抱いていた間ずっと震えていたからなのだが、決して寒い訳じゃないことに
気付いてなかった。
「ありがとうございます……」
 播磨から缶を受け取り紅茶をすする。播磨も自分に買ってきた紅茶を飲み
しばし無言になった。
「おいしい……」
「あーそりゃよかった。紅茶で良いか迷ったんだが俺が好きなもんでよ。少しは落ち着いたか?」
彼女は黙ってコクリと頷いた。
「しかしオメー自分の身ぐらい自分で守れるくらいじゃないと駄目だぜ」
「私には……無理です」
「んなこたぁねぇよ。オメーより小さくても俺を投げ飛ばせる子だっているんだからな」
播磨の脳裏にあの子の姿が浮かぶ。
「あとあんな所通るのにそんな服じゃ駄目だぜ。逃げることもできねぇだろ」
彼女はまた俯いた。先ほどの事ともし播磨が来なかった時のことを考えたのだろう。


126 名前:Classical名無しさん :04/08/15 17:22 ID:.4SzQGSs
「……ったく」
播磨は立ち上がって彼女の肩に手を置いて正面から見据えた。
「俺の目を見てみろ」
一瞬顔を上げて播磨の目を見たがすぐにまた俯いた。
「目を逸らしたら負けだぜ。相手の目を見れば相手がどんな奴なのか判るし動きも読める。
あとは度胸と精神力だ」
そう言われて彼女はまた播磨の目を見た。しばし見つめ合う。だんだんと彼女の顔が赤くなってきた。
「おいおい、風邪でも引いてんのか?」
「ち、違います」
「まぁトットと帰った方が良いな。もう立てるか?」
彼女の手を引き立ち上がらせる。少しふらついているが大丈夫なようだ。
「大丈夫みてぇだな。んじゃ俺はもう行くぞ」
「え……あ、あの!お名前を聞かせてもらえませんか?」
「あー俺は、は――」
と答えようとした時彼の目に飛び込んで来たのはあの時投げられた女の子だった。
「わりぃ! 急用ができた! それじゃ気をつけて帰れよ!」
それだけ言うと風の様に彼女の前から消えてしまった。


127 名前:Classical名無しさん :04/08/15 17:23 ID:.4SzQGSs
 それから彼女は変わった。両親に逆らい年下の許婚との話を拒否した所為で家を出た。
決意の意味を込めて髪も切り、彼の目しか記憶になかった失敗からカメラを常に持ち歩くようにした。
生活の為のバイトもどうせなら彼を見つける確率をあげるのに接客のバイトを選んだ。
 高野晶の脳裏には名前を聞いたとき一瞬聞いた「は」の付く優しくてカッコイイ美化された彼の顔が浮かぶ。
2−Cは今日も花井と播磨が騒いでいた。

おしまい

128 名前:Classical名無しさん :04/08/15 17:31 ID:.4SzQGSs
無理やり晶の好きなのを播磨として書いてみました
勝手に晶を元お嬢様としたり許婚が居たり
播磨に播磨っぽく無い台詞言わせたりですみませんでした

129 名前:Classical名無しさん :04/08/15 19:11 ID:nV0mTAP2
誰かと思えば晶かよw
だがGJ!
これはこれで面白かったです。顔を赤らめる晶とか良いね

130 名前:Classical名無しさん :04/08/15 20:37 ID:2eCujtKI
まさか晶がバイトしまくりの貯蓄しまくりなのは…
播磨に貢ぐため
なんだろうか?

131 名前:Classical名無しさん :04/08/15 21:22 ID:e0ROVpJQ
いや、きっと裏の世界をさらに裏から牛耳るためだ

132 名前:弐条谷 :04/08/16 03:24 ID:KdZ6m.Hs
柔道やら水泳見てたらえらい時間になってますね。

今回はまた播磨と八雲と動物の話。動物は伊織ですが。
本編のb11をいじってみました。
タイトル「THE BLACK CAT」は映画「黒猫」から。
まんまですね

133 名前:THE BLACK CAT :04/08/16 03:27 ID:KdZ6m.Hs
 夏休みも半ばに入った。播磨拳児は今日もエアコン修理のアルバイトに明け暮れていた。
現役の高校生ともあれば、何かと金は必要だ。
まして彼は同居している従姉弟と家賃を半分ずつ負担している。これが彼の財政を圧迫する。
おまけに、彼は漫画を描いている。
漫画を描くのに必要なトーンやペンなどの金額は馬鹿にならないのだ。
最初は作業に慣れず職場の人間に迷惑をかけていた彼も、いつしかきちんと仕事をこなせるまでになった。

 今日も強い日差しが照りつける。これで真夏日は何日続いたのだろうか。
今日の仕事場はごく普通の一軒屋だ。なんでもエアコンをほうきで叩いて壊してしまったらしい。
上司の説明を程々に聞きながら播磨は窓の外を眺める。
猛暑の原因たる日光が容赦無く差し込んでくるが、サングラスの彼には何ら問題はない。
冷房の効いた車で現地に向かう。これから暑い仕事が待っているのだから、今涼んでおかねばならない。

 車が現地に到達する。エンジンを切ると、エアコンの送風が止まる。
播磨は作業着とセットの帽子を被り、助手席のドアを開けた。
上司の後を追い、播磨が荷物を抱えて小走りに玄関に向かう。
標札には、『塚本』と書かれていた。


134 名前:THE BLACK CAT :04/08/16 03:30 ID:KdZ6m.Hs
 呼び出しのチャイムが鳴り、塚本八雲は玄関に向かった。
八雲は姉が壊したエアコンの修理を業者に依頼していた。
本当ならもう何日か前に来る予定だったのだが、その時業者の都合がつかず、代わりに今日修理に来る事になっていた。
 八雲が出迎えると、中に二人の男が入って来た。
一人は30前後の男だ。恐らく上司であろう。そしてもう一人は…
もう一人の事を考える前に、八雲は上司格の男からの思念を感じた。
太ももが色っぽいと考えられている事が分かり、八雲はもう少し長いズボンにすればよかったと思った。
 ――と、考えがそれた。もう一人の男。サングラスをして、年不相応(恐らくは若いのだろう)の変な髭を生やしている。
彼女には彼に見覚えがあった。以前、姉が友達と海から帰って来た日だ。
 その日彼女は部の顧問に頼んで預かったキリンの世話をしていたが、途中でキリンが暴走し、大変走らされた。
長い距離を走り、ようやくキリンが停まる。その口には、やはりサングラスと髭の男が咥えられていた。
何処へと去っていくキリンを彼女はたまたまそこにいた姉と共に見つめていた。
口元の男は項垂れているように見えた。
 彼から思念が流れてくる事はなかった。ただ、キリンの人という事は分かった。

 気付くと二人は玄関にいなかった。外を見ると、キリンの人が脚立を抱えていた。


135 名前:THE BLACK CAT :04/08/16 03:32 ID:KdZ6m.Hs
 そういえば、伊織はどうしているんだろう…
二人の作業員への関心が薄れた八雲は、急に飼い猫の伊織の事が気になり始めた。
この日、八雲は最近素行が悪い伊織を叱り過ぎ、伊織はそれで機嫌を悪くし姿をくらませていた。
伊織が何処かへ行くのはよくある話だ。だが、今日はふて腐れて出て行ったのだから心配になる。
ご機嫌直しの為に、帰ってきたら冷蔵庫の中のししゃもを何匹かあげようと考えた。

 「ニャー」
伊織の声だ。庭を見ると、伊織がいた。だが、様子がおかしい。
伊織は左の後ろ足を庇っているようだった。
今朝はそんな様子を見せなかった。間違い無く、今日出かけている間にケガをしたのだ。
伊織にこっちに来るように促す。だが、伊織は片足をひょこひょこさせながら逃げてしまった。
 草陰に隠れてこちらをじっと見つめる伊織。やはり今朝の事をまだ怒っているのか。
治療を早くする為にも、彼女は伊織のご機嫌を取る事にした。
庭に生えているネコジャラシを引きぬき、伊織の前でちらつかせる。…出て来ない。
家に戻り、裁縫箱から毛糸玉を持ちだし伊織の前に転がす。…やはりだめだ。
再び家に戻り、冷蔵庫からナスを取り出し、マッチを四本刺してねずみを作る。…反応はあったけれど出て来ない。
仕方なく、晩に出すつもりだったししゃもを伊織に見せる。しかも二匹も。…それでも出ては来なかった。


136 名前:THE BLACK CAT :04/08/16 03:33 ID:KdZ6m.Hs
顔に出していないだけで、本当は凄く痛いのではないか。
とにかく、ケガを治療しなければならない。
もしかしたら、折れているのではないか。
私のせいだ。私があまりしつこく叱っていなければ―――

 伊織は相変わらずこちらを見つめるばかり。
彼女は焦燥感に駆られ、もうどうすればいいのか分からなくなってきた。

 「任せな」
おろおろ頓挫する八雲の肩に、手が置かれた。
彼女が振り返ると、キリンの人――播磨がいた。
藁にも縋る思いで播磨に全てを託す八雲。
播磨は屈み込み、伊織と対峙した。
塚本家の庭木に止まった蝉だけがやかましく鳴き叫ぶ。
ただ黙って見つめ合う伊織と播磨を、彼女もまた見つめる他なかった。


137 名前:THE BLACK CAT :04/08/16 03:35 ID:KdZ6m.Hs
 『なんだ、お前は』
伊織が突然しゃしゃり出た播磨を睨みつける。
(事情はよく知らねーが、オメーちとナメてねーか?)
播磨が心の声で答える。
人間から返答が返って来て、伊織は驚いた。こんな事は経験が無かったのだ。
これまで、人間で彼の声を聞いてくれた者などいなかった。
もちろん、八雲ですらもだ。
(あの娘さんはさっきからオメーの事ずっと心配してんじゃねーか。
なのに何だオメーは。心配させてんじゃねーよ)
 播磨は実は八雲が奮闘する様を見ていた。八雲の事は全く分からないが、伊織の声は多少離れていても聞こえた。
伊織はただ黙っているようで、しっかりと色々自己主張していたのだ。
(わざわざししゃもを食いたいのまで我慢しやがって…食いてー食いてーってうるさかったじゃねーか)
伊織が、少し恥ずかしそうな仕草を見せた。最も、八雲にはそれが分からない。
 (何でそんなに意地張ってんだよ。)
『…八雲が悪いんだ。あいつが俺の事を散々叱ったから…』
(八雲…あの娘さんの名前か。で、そいつが叱ったっつっても、オメーが何かやらかしせいだろうが?)
『…花瓶を割ったり、八雲の晩飯の魚をちょっと黙って食べたり、トイレが面倒だから廊下で済ませたり…』
(…全部オメーが悪いんじゃねーか。オメー、普段からそんななのか?)
呆れた様子で播磨が問う。もちろん、サングラスに隠れているので八雲には分からなかった。


138 名前:THE BLACK CAT :04/08/16 03:39 ID:rcK9djnI
 『最近暑くて、ついムカムカしてさ。それに――』
ああ、エアコンが壊れていたからな、と播磨は心の声にも出さず納得する。
(それに、何だよ)続きを問う播磨。
『最近、あいつが…他の動物の匂い…つけて帰って来る事が多いんだよ』
またも少し恥ずかしそうに話す伊織。
(ああ、アレか。他の奴に八雲って子が取られたと思って悔しかったのか)
彼女がつけたという匂いは、いずれも学校でついたものだった。
匂いをつけた動物というのは、学校にいた動物達。そう、播磨が飼っていた――
もちろん、伊織は知らない。全ての原因がこの一風変わった自分の相談相手にあるという事を。
『この前なんか嗅いだ事もないような動物の匂いをつけて帰って来たんだ。なんか、めちゃくちゃでかそうな匂いだった…』
(へー、そんなにでかいなんてひょっとしてうちのピョートルかな…いや、それはないよな。
ま、いいや。とにかくオメーは嫉妬してたんだな。
それで意地悪してたら怒られて、ケガまでしたのに意地張って…)
『そうなんだ…さっきから歩く度にチクチクしてさ…』
伊織が足に顔を向ける。それを見た八雲は、やはり痛いんだと不安になった。
(あん?まだ痛いのかよ?どれ、ちょっと足を見せろや)
『い、いいよ、別に…』
(こんだけ話といて今更んな事言ってんじゃねーよ。
…ま、男なら自分の好きな奴が他の野郎と一緒にいりゃ、誰だってムカツクもんさ)
それを聞くと、伊織は播磨に身を委ねた。
彼も自分と同じだという事を知り、安心したのだ。
今まで動こうともしなかった伊織のまさかの行動に、八雲はただ驚くばかりだった。


139 名前:THE BLACK CAT :04/08/16 03:41 ID:rcK9djnI
 『痛いのは左の後ろ足なんだけどさ…どうなってる?』
(ああ、なんだ。こりゃ足の裏にトゲが刺さってるだけだ)
『な、何だ、そうなのか…そうだ、八雲にその事を教えてやってくれよ。…心配してくれてたんだよな?』
少し不安そうに伊織が尋ねる。当たり前だろ、と返されて彼は安心した。
 「ああ、これはトゲだ。足の裏にトゲが刺さってたんスよ」
今度は声に出して言う播磨。八雲にも見えるようにトゲを抜いて見せた。
もう大丈夫、と伊織を八雲に渡す播磨。
人に懐く事のない伊織が八雲自身だって大して知らない相手に懐いた。
しかも、今の伊織は大人しく彼女に抱かれている。
あまりに珍しい光景を前に、八雲は嬉しさ以上に驚きが先行していた。
表情が硬いながらも播磨にお礼を言う。
 礼を言うと、彼女は彼の事が知りたくなった。
大切な伊織を助けてくれた人…色々話したい。お礼をしたい。
彼女にしては珍しく、男の人に話かける事にした。


140 名前:THE BLACK CAT :04/08/16 03:41 ID:rcK9djnI
 「あの…動物がお好きなんですか…?」
そろそろ仕事に戻ろうとした所で声を掛けられ、振り向く播磨。
八雲と、彼女に抱かれている伊織の視線を浴びる。
特に伊織は心底播磨に感謝をしているようだ。
(意地張ってなきゃ最初からこうして貰えたのにな)
先ず伊織に声をかける播磨。
『もういいよ…今こうしてもらえればいい。』
今が良ければ、という事だ。
(ま、これからはあんま悪さすんじゃねえぞ)
そう言って伊織を撫でる播磨。伊織も気持ち良さそうにしている。
自分がやってもなかなかこんな表情は見せないのだから、八雲はまた驚いた。
人間の方に答えを返すのを忘れていた事に気付き、播磨は返事をする。
ある日を境に懐かれてしまったと話す。

 と、彼の頭に何かが思い浮かんだ。
伊織の額の十字傷、以前何処かで見なかったものか。
伊織に聞いてみるが、彼はこれが初対面だと答えた。
実際には伊織が川に流された際に二人(?)は出会っているのだが、どうやらお互い覚えていないらしい。
周りを見渡す。なんとなく、この家にも見覚えがあった。
不思議だ…播磨の頭は何かを思い出す事で一杯になった。

141 名前:THE BLACK CAT :04/08/16 03:42 ID:rcK9djnI
 播磨が何かを考え出して話が止まってしまった。もしかしたら話がつまらなかったのかもしれない。
どうしてもお礼がしたい彼女は、差し入れをしようと思い立った。
彼女は手作りのケーキを出そうと思った。
本当は姉達に出そうと思っていたが、今はキリンの人の方が大切だ。
だが、この暑い中ケーキを食べたいだろうかと彼女は考えた。
男性との接触機会が絶対的に少ない彼女に、男の人がこういう時何を望むのかは分からない。

 そこで甘い物が好きか直接聞いてみる事にした。もし遠慮をされても、心の中でなら何を欲しているか聞けるからだ。
上司格の男は心の中で冷えたビールを渇望していた。
だが、キリンの人からは何も聞こえなかった。
男からの思念が聞こえず困ったのは、恐らくこれが初めてだった。
 分からないならせめておいしいお茶も入れよう。彼女は友人のサラから貰ったおいしいお茶を入れた。
いい香りが漂う。これなら、喜んで貰えるかもしれない。

 まさか、お茶とケーキを持っていったら当のキリンの人が泣いているなど、その時の彼女は思いもしなかった。


142 名前:THE BLACK CAT :04/08/16 03:43 ID:rcK9djnI
 八雲がお茶を出す直前、播磨はエアコン修理の真っ最中だった。
脚立で二階に上がり、修理をする播磨達。
と、業者としてマナー違反ではあるが、つい彼は窓から反射的に部屋の中を見てしまった。
(て…天満ちゃんがいる―――!!)
なんとそこには、彼の想い人、塚本天満がいるではないか。
本当は彼女の近くには彼女の友人の周防美琴と沢近愛理と高野晶がいたのだが、彼の目には映ってはいなかった。
(そ、そうか――あの猫も、この家も、全部天満ちゃんのだから知っていたのか――!!)
彼はようやく全ての状況を飲み込む事が出来た。
因みに、仕事前の説明でちゃんと上司が仕事の依頼人の名前が塚本さんであると言ってある。

 播磨がバレないように覗き込む。興味深そうに天満の部屋を満遍なく見渡し、そして天満に視線を移す―――
部屋の中では、沢近がドアを力いっぱい開けて出ていった所だった。
苛立った顔で見つめる周防、事情が飲み込めなくても冷静な高野、そして悲しそうな天満。
播磨の目にに映るは天満のみだった。後姿ではあったが、彼は十分幸せだった。

 …と、窓に耳を近づければ、中の声が聞こえる事が分かった。
今、確かに聞こえたのだ。天満の声で「播磨君」と。
女友達と話す時に自分の名前を出される。これはもしや…!!
もう少し。もう少し耳を近付ける。
他の女の喋り声が聞こえる。邪魔だ。彼が聞きたいのは天満ただ一人の声なのだ。
再び天満が喋り出す。播磨は緊張して身構えた。

最低だよ、播磨君―――

彼に握られ続けていたドライバーが、音を立てて屋根に落ちた。


143 名前:弐条谷 :04/08/16 03:46 ID:rcK9djnI
こんな感じで。
伊織は♂と思うんですが、実際の所どうなんですかね?

144 名前:Classical名無しさん :04/08/16 10:58 ID:tqkc1bdI
声って聞こえるんだっけ?

145 名前:Classical名無しさん :04/08/16 20:54 ID:tGnRFS8o
このスレ初めてのSSですが、投下します。
実は、途中までは、別スレに既に切れ切れに投下したのを、
修正して、再投下したものです。
いちおう、表題は、The Heart Is a Lonely Hunterと付けときます。
1968年公開のアメリカの映画で、邦題は「愛すれど心さびしく」。
もちろん、漏れは、見たことないです。
もうちっと、映画も見なきゃいかんな・・・と反省しきり・・・

それでは、行きます。
漏れも、勉強のつもりで投下してまつので、
おかしい所、批判点などは、バンバン言ってください。
ちなみに、このSSは、まだ途中までで、
続きは、1週間に1回ぐらいで、ちびちび投下していこうかな・・・
と思っていまつ。

146 名前:The Heart Is a Lonely Hunter(1) :04/08/16 20:55 ID:tGnRFS8o
心を入れ替えて、漫画に打ち込む播磨。
そして、助言することで、
それを側面から支える存在となった八雲。
二人の絆は日を追う毎に、ますます強くなっていった。
そして、漫画の打ち合わせのために二人が会う回数も・・・
最初はそ知らぬ顔をして冷ややかに見ていた沢近も、
いつしか、心の奥底に、鬱屈した思いを貯めこむようになっていた。

そうして、ついにある日・・・!

播磨は、信じがたい光景を目の当たりにした。
屋上で、沢近が、怒にかられて、
八雲を打擲(ちょうちゃく)しているという。
あの、プライドの高い沢近が、このような取り乱した挙に出ようとは!
「・・・おい、お嬢!いいかげんにしろや!!」
あまりの事に止めに入った播磨、
なおも八雲を殴ろうとする沢近の手を掴む。
葛折れる八雲。
その時、播磨の顔は硬直した。
「・・・お嬢・・・」
沢近は、目に涙を溢れさせていた。
そのまま、播磨の手を振りほどいて泣きながら走り去る沢近。
呆然として、その後姿を見つめる播磨・・・

147 名前:The Heart Is a Lonely Hunter(2) :04/08/16 20:56 ID:tGnRFS8o
その日の夜、絃子&播磨の家・・・
(・・・何だ、あれ。・・・)
播磨は一人、部屋で頭をかかえていた。
(キレるは、泣き出すは・・・ワケワカンネー・・・)
その時、播磨は、八雲を叩く沢近の手を掴んで止めた光景を頭に浮かべた。
(意外に細かったな・・・お嬢の手・・・
・・・すげー体も細くて、触ったら折れそうで・・・───はっ!)
そこまで、考えが及んだ時、播磨は天満の事に気づいた。
「───いかんいかんいかん!俺は天満ちゃん一筋・・・」
おもわず声に出して叫んだものだから、不意に播磨は絃子に枕をぶつけられた。
「───何が、一筋なんだい?ケンジ君・・・ん?」
「───!!?!」
動揺しまくる播磨。
「───ふ〜〜〜ん・・・」
ニヤニヤ笑う絃子。
「・・・心境の、変化か?」
「───絃子にはカンケーねーだろ!」
図星さされた播磨、顔を真っ赤にして絃子を部屋から追い出す。

(───塚本君一筋だと思っていたがな・・・なかなか興味深いな・・・)
絃子は、そう思って、ニヤリと笑った・・・

148 名前:The Heart Is a Lonely Hunter(3) :04/08/16 20:57 ID:tGnRFS8o
翌日、学校の屋上───

「───何よ?」
沢近は、昨日の八雲の件で播磨に呼び出されていた。
「───お嬢・・・」
播磨は、屋上のフェンスにもたれかかり、沢近に背を向けたまま、話し始める。
「・・・」
「───泣かしたのは謝る。・・・だがな、何があったのか知らんが、
妹さんにあの仕打ちはないだろ・・・」
「・・・」
「妹さん、泣いてたぜ・・・人前で・・・」
「・・・」
沢近の反応は無い。
「・・・おい、」
「・・・」
「・・・おい、聞いてるのか?」
「・・・そんなの知らない・・・」
「・・・今、何て言った?」
「───そんなの、私の知ったことじゃないって言ったのよ!!!」
あまりのことに目を向く播磨。
顔面に朱を注ぎ、沢近の方に歩み寄る。
「・・・おい、いいかげんにしろよ・・・」
「何よ?」
凄む播磨に対し、沢近も一歩も引かず、歩み寄る。
昨日、播磨の脳裏に焼きついた、
ほっそりとした顔、透き通るように白く細い首筋が播磨の眼前に迫った。
女性特有の甘い香りが、播磨の鼻腔をくすぐる・・・
突き抜けるような憤りにもかかわらず、一瞬播磨はドキッとした。
それに沢近が感づいたかどうかはわからない。
ただ、沢近が播磨の首の後ろに手を回した・・・と思ったときは遅かった。
豹のような素早さで、沢近は、播磨の唇を奪っていた・・・

149 名前:The Heart Is a Lonely Hunter(4) :04/08/16 20:58 ID:tGnRFS8o
日曜日、動物園・・・
播磨は、ピョートル(キリン)のいるキリン飼育舎の前で、ひとりごちていた。
「女って訳わからんよな・・・なあ・・・」
播磨は学校の屋上での光景を思い浮かべていた。

150 名前:The Heart Is a Lonely Hunter(5) :04/08/16 20:59 ID:tGnRFS8o
いきなり、唇を沢近に塞がれた播磨。
(───おい、お嬢!!!)
すっかり動転した播磨は叫ぼうとするが、言葉にならない。
播磨の首の後ろに回った沢近の手に力がこもり、
沢近の唇は、しっかりと播磨の唇を塞いでて離れない。
「・・・ん・・・ううん・・・」
そんな播磨に一切構わず、沢近は興奮して、唇をゆっくりと味わっている。
自分の唇で播磨の唇を包み込むようにして、ゆっくりと、ゆっくりと・・・
そんな事をしている内に、播磨はバランスを崩し、沢近に押し倒される形になる。
「・・・ん・・・んん・・・」
それでも、沢近は、唇を離さない。
播磨の眼前にある沢近の顔はすっかり上気して、赤く染まっているのが分かる。
唇を通して伝わってくる吐息は、いつしか、熱を帯びていた。
播磨が抵抗しないと見るや、唇だけの愛撫を止め、
舌先を播磨の口内に入れて、かき回し始めた。
「・・・ん・・・あふ・・・」
沢近の柔らかい唇は唾液を含んで播磨の唇にまとわりつき、
制服ごしに押し付けられる沢近の胸は柔らかく変形し、
甘い香りが播磨の鼻腔に容赦無く侵入する・・・
播磨は脳が沸騰したかのように、何も考えられなくなった・・・
いつのまにか、播磨の方からも、沢近の細く、柔らかい肢体を抱きしめていた。
二人はもつれ合い、固く抱き合ったまま、お互いがお互いの唇を味わい尽くす・・・
そういう光景が、屋上で展開した。
数分間、そうしていただろうか・・・
不意に播磨はドンッと突き離された。
「・・・ハァ・・・ハァ・・・」
沢近は、興奮して顔を真っ赤にして、大きく息をつく。
お互いの唾液でまみれた口を手でぬぐう。
「・・・アンタが、悪いのよ・・・」
そうつぶやくと、沢近は、脱兎の如く、屋上を後にした。
入口のドアが(バンッ!!)とすごい勢いで閉められた。
屋上には、ただ一人、播磨が残された・・・

151 名前:The Heart Is a Lonely Hunter(6) :04/08/16 21:00 ID:tGnRFS8o
「・・・はぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
再び、場面は、日曜日の動物園・・・
ピョートルの前で、深いため息をつく播磨。
「───あ、ハリオォ!」
不意に、後ろから、呼びかけられる播磨。

振りかえってみると、
そこには、「お姉さん」姉ヶ崎先生が立っていた。

152 名前:Classical名無しさん :04/08/16 21:03 ID:tGnRFS8o
はい、ここまでです。
結構、赤っ恥ものでつけど、
清水の舞台から飛び降りるつもりで、投下しました。
批判等お待ちしております。
あと、文章見てもらえたら分かりますが、まだ続きがあります。
続きは、1週間ぐらいしたら、投下しようとおもってます・・・

それでは、一旦、逃げます・・・

153 名前:Classical名無しさん :04/08/16 21:06 ID:volP25Bw
来週とはまたえらい先ですね
まちがいなく創作意欲なくなるから一気に書ききったほうがいいよ

154 名前:Classical名無しさん :04/08/16 21:14 ID:fn86/Of2
>>152
乙です。
とりあえず・の使い方や改行など、文章の書き方が少し気になりました。
技術的なことは>>1の避難所のSSの書き方についてのスレを読めば
かなり参考になると思うので役立てて下さい。
書けば書くほど上手くなると思うので続きを期待して待ってます。

155 名前:Classical名無しさん :04/08/16 22:39 ID:C/PfKB3.
>152

逆切れお嬢に萌え!

早く続き書いてくらさい! このままぢゃ生殺し也



156 名前:Classical名無しさん :04/08/16 22:39 ID:ygzTW1Js
>>145

 エロパロのほうが、表現に制約が少ないので
あなたの書きたいように書けると思います。

http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1091365878/l50

157 名前:Classical名無しさん :04/08/16 22:54 ID:Z1t788nA
何故に
別にエロくないしここで良いでしょ。

158 名前:Classical名無しさん :04/08/16 23:38 ID:mLqZXxqU
エロくなったらむこうに投下してチョ。それまではこっちでいいでそ。

159 名前:Classical名無しさん :04/08/16 23:39 ID:mLqZXxqU
>152
あ、あと続き早くキボンヌ!涙目のお嬢はタマラン。ナントカしてやって。

160 名前:Classical名無しさん :04/08/16 23:46 ID:k.QXlUqM
前スレ夏祭り続きマダー?
浴衣で萌えたいよ

161 名前:Classical名無しさん :04/08/16 23:51 ID:fab4xAPk
過度の催促はいかんよ

162 名前:Classical名無しさん :04/08/17 00:54 ID:l2CgOYqo
ちょうちゃく

まずこれの意味から教えれ

163 名前:Classical名無しさん :04/08/17 01:02 ID:iW1/5kw6
>>162
ちょう‐ちゃく 〔チヤウ‐〕【▽打×擲】
[名](スル)打ちたたくこと。なぐること。「手にした杖ではげしく―する」

164 名前:試し描き :04/08/17 01:31 ID:.bQkZrFM
えっとSSなのでこっちで。

>>46以降のどっかのヘタレ物書きさん(もちろん自分はヘタレとは思ってませんよ)
こちらこそ恐縮です。また悶えてしまいましたよ〜。自分には文才無いので
文章こうやって書ける人すごいです。
しかも綺麗な終わり方追加で満足度二倍です。YesかNoかはっきりさせなくても
綺麗に追われるんですね。うーむ、さすがや。
そしてなぜか自分もやりとげた満足感に(汗。
笑って見逃すなんて・・・笑顔で拍手ですよ。ありがとうございました。

165 名前:クズリ :04/08/17 06:02 ID:WL4iFSCg
 皆さん、コミケはいかがでしたでしょうか?私は行けませんでした。残念無念。
 どうも、クズリです。久しぶりに返信をば。

>>84
 どうもありがとうございます。上手だなんて、まだまだですよ。他の職人の方々の上手さに
舌を巻く毎日です。

>>95
 痛いのは、スクランじゃない。そんな気もしなくはないんですが、いかんせん、私が書くと
どうしてもこうなってしまうのが、何と言うか申し訳ないです。

>>96
 最高の褒め言葉、恐縮です。一人でも、読んで下さった方の胸に届いたのなら、物書き
としてこれ以上、嬉しいことはありません。

>>97
 正直に申しますと、>>97さんの言葉が、今回投稿する話を書くきっかけとなりました。途中で
プロットを変更したので、あまり着想を得た部分は残っていませんが。ともかく、どうも
ありがとうございます。

>>109


166 名前:クズリ :04/08/17 06:07 ID:WL4iFSCg
 間違って投稿しちゃいました_| ̄|○
 ↑の続き。

>>109
 皆様に期待されるのは、とても光栄なことですね。ありがたく思います。ただ今回は、
現在考えているところでは、それほど長期にはしないつもりです。何せ、最初は前後編
仕立てのつもりでしたから。

 なんというか、自分の作品についてあれこれ語るのって、やっぱ恥ずかしいし、かっこ
わるいですね。すいません。

 ということで、投稿いたします。

『If...shine yellow』

167 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 06:09 ID:WL4iFSCg
 まだイギリスにいた頃、彼女は父に、スペインへバカンスに連れて行ってもらったことがあった。
 その時に見た、どこまでも広がる向日葵の原は、幼い心に焼きついている。そして、父の言葉も。
「この花のように、気高く、輝きなさい」
 以来、沢近愛理は部屋に必ず、黄金に輝く花の写真を飾っている。

 If…brilliant yellow

 目を覚ましてまず初めに、彼が思ったのは、見上げた天井を自分が知らないということだった。
 ベッドに体を起こし、汗ばんだ裸の上半身にまとわりつく薄檸檬色のシーツを引き剥がす。そし
て播磨は、額に手をあてながら辺りを見回した。
 小さなガラス張りのテーブル、木製の勉強机、本棚、箪笥、クローゼット。そういったものをぼ
んやりと見て取った後、徐々に明晰になる意識と反比例するかのように、彼の顔は青ざめていった。
 子犬や子猫が可愛くポーズをとるポスター、そして咲き誇る向日葵の写真が壁に何枚か貼られ、
ガラス製の小さな白鳥の像が机の上に飾られている、ここは勿論、播磨の部屋ではない。
 そしておそらく、男の部屋でもない。
 ハンガーにかけられた服はどう見ても女性物のスーツだし、片隅に畳んで置かれた洗濯物の、一
番上に置かれているのは白のミニスカートだ。
 女装趣味を持つ知人はいないはずだから、ここは女の部屋だということになる。そこまでは彼に
も理解できた。
 だが、何故、自分がここにいるのか。そして誰の部屋なのか。全く記憶にない。
 必死に彼は思い出そうとして、微かに痛む頭に手をやった。

 昨日は、確か。なかなか動き出そうとしない脳に鞭を打って、彼はやや混濁する記憶を追う。
 連載中の作品の今回分の脱稿と、単行本化決定を祝って、担当編集と飲みに出た。そこまではは
っきりと覚えている。
 そして出かけた先で、懐かしい誰かに会ったような……
 考える播磨の鼻に届く、香ばしく焼けたパンの匂いに、ぐぅ、と盛大に彼の腹が鳴った。思わず
一人赤面する彼の前に、キッチンとおぼしき場所から彼女が、現れた。
「あら、やーっと起きたの?」
 綺羅綺羅と輝く金の髪を、無造作に首のあたりでまとめた彼女は、
「お、お前……お嬢?」
 沢近愛理、だった。

168 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 06:08 ID:WL4iFSCg
「アンタねぇ、いつまでそんな格好してるわけ?」
 言われて初めて、彼は自分がパンツ一丁だということに気付く。慌ててシーツに潜り込む播磨に、
目のやり場に困るような素振りをしながら、愛理は無地の白いTシャツを投げて渡した。
「ズボンはベッドの下にでも転がってるでしょ」
 キッチンへと戻る彼女の背中を呆然と見送ってから、のろのろと彼は服を着る。そして今では体
の一部となっているサングラスを探すが、見当たらない。
 仕方なく播磨は、素顔のまま愛理の後を追う。
 何故、このような状況になってしまったのか。それだけを、考えながら。

「あー、お嬢」
「ちょっと、黙ってて」
 声をかけるが、彼女はじっとフライパンと、その中で徐々に硬くなる卵を睨んでいた。肩越しに
覗き込む彼に構わず、やがて、よしっと言って火を止める。
「何やってんだ?」
「見てわからないの?朝ごはん、作ってるんじゃない」
「……目玉焼きだよな?」
「他の何に見えるって言うのよ」
 いや、そうじゃなくて、何でそこまで気合を入れて、と口にしかけて播磨は、すんでのところで
言葉を飲み込む。それは愛理の、フライパンを返す手つきがあまりにも危なっかしくて、はらはら
したからだった。
 料理、あまりしたことねぇんだな。ぎこちない彼女の動きに播磨は思う。
 目玉焼きを皿に盛ったその後に、レタスを洗いキュウリを切ろうとする段になって、とうとう彼
は我慢が出来ずに口を挟んだ。
「お嬢、貸してみな」
「あっ、ちょっと、何すんのよ」
 彼女の手から包丁を奪い、まな板の前に立った彼は、慣れた手つきで胡瓜を切り始める。その鮮
やかな手つきに、思わず目を丸くする愛理。
「アンタ、料理、出来るの?」
「これぐらいならな」
「ふぅん」
 背の後ろでは愛理が、わずかに悔しそうで、だがどこか楽しそうな顔をしているのに気付かず、
播磨は皿に手早く野菜を盛り付けた。

169 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 06:09 ID:WL4iFSCg
 テーブルの上に並んだ、朝御飯。トースト、目玉焼き、レタスとキュウリとトマトのサラダ、そ
してティーバッグで出したミルクティー。
「それじゃ、食べましょうか」
「ああ……だがその前に、お嬢」
 何よ、と若干、不機嫌そうに問い返す愛理に、播磨はきちんと正座をして向かい合う。
「どうしたのよ、突然、改まって」
 驚く彼女に、彼はおそるおそる尋ねた。
「あのー、俺はどうして、ここにいるんでしょうか?」


「……覚えてないの?」
 心底呆れた、と言いたげな愛理に、播磨は重々しく頷いた。
「いや、飲みに出たとこまでは覚えてるんだが……」
「ハァ……全く記憶にないってわけ?」
 首を縦に振って、その場に縮こまる彼の姿に、愛理はもう一度大きく、聞こえよがしに溜息をつ
いた。そしてマグカップを手に取り、ミルクティーを一口、喉に流し込む。
 控えめな甘さがじんわりと広がるのを感じながら、愛理はテーブルに頬杖をついて、久しぶりに
会った男の、昔はほとんど見たことのない素顔をじっと眺めた。
「アンタはね、昨日、私のバイト先に来たのよ」
「バイト先?」
 首をかしげる播磨に、彼女は矢神坂近くにある居酒屋の名前を挙げた。それは確かに、彼が聞い
たことのある店だった。
「お嬢が?」
「そ。晶に紹介してもらってね」
 少なからず驚いて、目を見広げる播磨を、愛理は軽く睨みつける。
「何よ、なにかおかしい?」
「あ、いや……」
 彼の記憶に間違いがなければ、その店は典型的な和風居酒屋だ。従業員は店の名前が書かれた半
被を着て働いている。
 目の前の、金髪碧眼の女性とその衣装とが、彼の中で上手く結びつかなかったのだ。
「そんなことより、早く食べないと冷めるわよ」
「あ、ああ。そうだな」

170 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 06:09 ID:WL4iFSCg
 しばしの間、二人は目の前の食事に集中する。
「卵の黄身、半熟で良かったわよね?」
「いや、俺は固い方が好きなんだが」
「半熟で良かったわよね?」
「……はい」
 そんな会話を交わしつつ、播磨はあっさりとその朝食を平らげた。もちろんまだ、ちゃんとした
答えをもらっていないことに気付いていたが、空腹には勝てなかったのだ。
「アンタ、本当、バカみたいに食べるわねぇ」
 見ると彼女は半分も食べ終わっていない。フォークの先で目玉焼きの黄身をつぶしながら、呆れ
たように彼が綺麗に食べた後の皿を見つめている。
「そりゃあ、まあ、男だからな」
「ふうん。で、まだ食べる?パンぐらいしかないけれど」
 少し考えてから、播磨は首を横に振った。
「いや、さすがに悪いしな」
 実際は空腹が満たされたとはとても言えなかったが、自らの立場を考えて彼は遠慮をする。
 何せ、知らない仲ではないとはいえ、女性の一人暮らしの部屋に押しかけているのだ。しかもど
うやら泊まってしまったらしい。
「……あれ?」
 そこでふと、播磨は腕を組んで首をかしげた。そしてもう一度、辺りを見回す。
「何よ、女の子の部屋よ。あんまりじろじろ見るもんじゃないわ」
「あ、ああ。すまねぇ」
 ひとしきり謝ってから、播磨は疑問に感じたことを口に出す。
「あのよ、お嬢」
「ん?」
「お嬢って確か、でかい屋敷に住んでなかったっけ?」
 いつか雨の日に、彼女を送って行った時。家というよりは館、と言った感のある建物に驚いたこ
とを、彼は思い出していた。
「一人暮らししてるだけよ。大学生なんだから別に、珍しくないでしょ?」
「いや、まあそうなんだがな。何でまた?」
 その問いかけに答えず、愛理はじっと、播磨の顔を見つめた。
 訳がわからず、彼は少女の青い瞳を見つめ返す。

171 名前:Classical名無しさん :04/08/17 06:23 ID:K8shxm8U
マダー?チンチン

172 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 06:50 ID:WL4iFSCg
 高校を卒業し、近くの女子大に進学した愛理は、同時に家を出ることを決めた。
 家を出る、と言ってももちろん、一人暮らしを始めるということなのだが、これは家族だけでな
く、様々な人の反対にあった。
 当然と言えば当然であろう。これまで文字通りの箱入り娘として、厨房にすら入ることを許され
なかった少女が、いきなり一人で暮らせるはずがない、と彼らは異口同音に言った。
 愛理はしかし、強引にそれらを押し切った。一番、最後まで渋っていた彼女の父親も、最後には
根負けし、少女の独り立ちを認めた。
 彼女にとってもっとも意外だったのは、執事の中村が彼女の後押しをしてくれたことだった。
 屋敷を後にするという日、彼女は中村を呼んで尋ねた。
「貴方は一人暮らしに反対すると思ってたんだけれど」
「私は一介の執事に過ぎません。それに」
「……それに?」
「あの高校に入られて、お嬢様はお変わりになられました。自らの足で立ち、考えることを学ばれ
ました。そのお嬢様が御決断されたこと、私は精一杯、応援させていただきますよ」
「……どうしてそういうこと、言えるわけ?」
「信じておりますから、愛理お嬢様を」

 そして新しい生活を始めて、四ヶ月が経とうとしている。今は八月、夏、真っ盛り。
 慣れない一人暮らしに、彼女が心細さを感じなかった、と言えば嘘になるだろう。目を覚まして
も、誰もいない生活。料理は自分で作るか、外食をするしかない。部屋の掃除も、洗濯も、自分一
人でしなければならない。
 その上で、大学の授業にもついていかなければならないのだ。
 慣れないことの連続に、挫けそうになったこともあった。
 1DK、八畳の部屋は、住んでいた屋敷の自室の半分の面積もないのに、一人の身にはとてつも
なく広く感じられた。
 そんな彼女を支えたのが、友人達の存在であった。中でも同じ大学に進学した晶は時折、家事の
指導に彼女の部屋を訪ねて、何やかやと世話を焼いてくれた。
「サンキュ、晶」
「どういたしまして」
 友人の存在を、心の底からありがたい、そう思った。

173 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 06:52 ID:WL4iFSCg
 やっと一人暮らしに慣れ始めた頃、愛理は次の目標であったアルバイトに挑戦することを決めた。
 お金に困る身分ではない。家賃や携帯代、食事代など生活費や学費は全て両親が払っている。
 遊ぶお金もまた、そうだ。彼女には月々の仕送りなどない。限度額いっぱいまで貯金された愛理
名義の口座から、好きな時に好きなだけお金を引き下ろす。減った分は、その折々で補充される仕
組みになっていた。
 だが彼女は無駄遣いを嫌ったし、どちらかといえば質素な生活を心がけていた。ファッションに
は確かに人よりお金を使うが、それも嫌味に見えない程度。
 そういった習慣は、高校時代の友人達と付き合うことで培われたものだった。今でも愛理は彼女
達と一緒に、セール品を買いに行くこともしばしばだ。
 とはいえ、いつまでも親の金に頼ってばかりというのも情けない。そんな風に愛理は考えていた。


174 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 06:52 ID:WL4iFSCg
 周りを見れば、すでに高校時代から、天満をのぞくほとんどの友人がバイトでお金を稼いでいた。
 晶は言わずもがな、美琴も道場で子供達に少林寺を教える代わりにわずかながら月謝をもらって
いたし、天満の妹である八雲も喫茶店で働いていた。
 そして天満もまた、大学生になると同時にバイトを始めたという。彼女にしてみれば、ただ一人
そういった経験がないのが悔しかったこともあるし、また、世間知らずと言われるかもしれないと
いうことをプライドが許さなかった。
 加えて何より愛理には、自分の手でお金を稼いでみたい、という欲求があった。
 働くとは、どういったことなのか。それを知らないままでいたくはなかった。もちろん、そんな
ことは誰にも言わなかったが。言えば、金持ちの道楽、と思われるだろうと彼女は知っていたから。
 そんなこんなで、晶に紹介してもらったバイトが居酒屋の店員だった。晶も働いているその店の
雰囲気を愛理は一目で気に入り、また晶の紹介ということですんなりと採用も決まった。
 最初は色々におぼつかないところがあったが、一月が経ち、彼女は徐々に店に馴染んでいった。
 今では、彼女の日本人離れした美貌と外向けの笑顔で、彼女目当てに繰り返し訪れる客まで現れ
る始末。

 昨日も、彼女はいつものように働いていた。
 時計の針が、十時を回ろうかという頃、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませー」
 振り向いた彼女の目に飛び込んできたのは、完全に出来上がって、連れに支えられている男の姿。
 サングラスをかけたその顔は、忘れようとしても、忘れられないものだった。
「播磨……君?」

175 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 06:52 ID:WL4iFSCg
「お嬢?」
 ぼんやりと昨日のことを思い出していた彼女は声をかけられて、はっと気を取り直す。
「どうかしたのか?」
「何でもないわよ」
 その口調に交じる棘に、播磨は気圧されてただ、そうか、と口にしただけだった。
 愛理は、フォークでまだわずかに残るレタスを突き刺し、小さく息を吐く。
「あー、お嬢?」
「何よ」
 見るとまた、彼は居住まいをただしていた。カーペットの上に正座し、その大きな体を縮こまら
せている姿は、どこか滑稽なものに彼女には見えた。
「で……昨日は、何があったんでしょう?」
「何って……何もなかったわよ」
 言ってから、彼女は昨日の出来事を語り出す。

 すでに酔っ払っていた彼と、まだ素面のその連れ――――後で知ったのだが、彼の担当編集――
――は、奥の座敷に上がり、また飲み始めた。
 出来上がっていたとはいえ、騒ぐわけでもなく、ただ播磨は連れを相手に延々と語り続けていた。
「あれ〜、店員さん。俺のよく知ってる人に似てるな〜」
 注文を取りに行った時、顔を酔いに真っ赤にした彼の言葉に、愛理は顔を引きつらせる。
「アンタねぇ、クラスメイトの顔ぐらい覚えてなさいよ!半年も経ってないじゃないっ!!」
 だがその怒鳴り声も、播磨の耳には届いていなかったようだ。逆に、いい加減、彼の愚痴に困り
果てたようにしていた男性は、
「あぁ、お知り合いの方なんですか?そうですか。ああ、ハリマ先生、私、明日が早いですから、
このへんで失礼させていただきますね」
 言い残して、じゃあこのへんで、と万札を残して帰ってしまった。
 唖然とその様を見ていた愛理は、その視線を彼へと移す。
 一人になったことにも気付かず、彼は杯を煽り、一人ぶつぶつと何かを語っている。
 放っておこう。最初、愛理はそう思った。
 だが何故か、そうできなかった。このままにしておくのも、という気持ちと懐かしさが、結局、
彼女の心の中で勝ったのだ。
 おりよく、バイトのあがりの時間だったこともあり、私服に着替えた後、愛理は座敷に上がって、
彼と共に飲み始めたのだった。

176 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 06:53 ID:WL4iFSCg
「つまり、そういうことよ」
「……全然、覚えてねぇ……」
 顔を真っ青にする播磨の様子に、愛理はわずかに顔をしかめる。フォークで、カツカツと皿をつ
つく。
「じゃあアンタが何を話したのかも、覚えてないわけよね」
「ああ……」
 答えると同時に肩を落とす彼に、愛理は、ふうん、とだけ言って、眉を上げた。
 仕方ないか、と彼女は心の中でだけ呟く。顔色をうかがうようにする播磨の姿に、微かな苛立ち
を覚えながら、愛理はトマトの最後の一つを口の中に放り込んだ。
 そして、言った。
「知らなかったわ。アンタが、天満のこと好きだったなんて」
「!!」
 ガタン。カチャン、カチャカチャカチャ。
 食器が跳ね上がり、音を立てた。
 テーブルを叩いて立ち上がり、身を乗り出してきた播磨に、愛理はフォークを突きつける。
「バカ、ドレッシングとかはねたじゃない。ティッシュ取ってよ」
 一瞬、何かを叫ぼうとした播磨だったが、彼女の目に宿った気迫に押され、もう一度座り直し、
ティッシュボックスへと手を伸ばした。
 気まずい沈黙が、二人の間を横たわる。愛理は渡されたティッシュで顔に飛んだフレンチドレッ
シングを拭い取る。
「あー」
 足を崩しあぐらをかいた播磨は、口を開いては呻くだけでまた閉ざす、そんな行動を何度もとる。
「言いたいことがあるんなら、言ったら?」
 放り投げた丸めたティッシュがゴミ箱に吸い込まれるのを見ながら、愛理は言った。もっとも彼
女には、彼が何を口ごもっているのか、そんなことはすでにお見通しだったのだが。
「……俺、そんなこと言ってたのか?」
「ええ。もう何度もね。まあ、話してる相手が私だって気付いてないみたいだったけれどね」
 両肘をテーブルにつき、組んだ手の上に顎を乗せて、愛理はじっと、冷や汗をダラダラと流す彼
を見つめる。
 そして、わずかに目を細めた。
 金の前髪が一筋、目にかかるのを彼女は、かきあげることもなく、そのままの姿勢で、また昨晩
のことを思い出す。わずかに苦いものが、心の中に流れ込んでくるのを感じながら。

177 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 06:54 ID:WL4iFSCg
「天満ちゃん」
 目の前の女性が愛理と気付かないまま、話し続ける播磨が漏らした単語に、愛理はサワーをあお
る手を止めた。
「天満?天満がどうしたってのよ」
 バイト仲間達が、こちらを興味深そうに見ていることに、彼女は当然、気付いていた。だがそれ
でも、愛理は彼の隣を立つことはなかった。それだけ、彼の話に興味があったということ。
「天満ちゃん……マイ・ハニー……」
 サングラスから溢れ、頬を伝う涙の存在に、愛理は愕然とする。
 それは目の前の男の言葉が、偽りのないものだということだと感じたからだった。
「アンタ……天満が好きだったの?」
「違うな」
「え?」
「だったんじゃねぇ。今でも、好きなんだ」
 酔っ払った播磨は、素直だった。照れることもなく、誤魔化すことも言葉を濁すことも、そして
口ごもることもなく、彼女への想いを口にした。
「……そう」
 やっとの思いで、ただそうとだけ呟いた愛理は、グラスの中に浮かび揺れる氷を見つめる。
 グレープフルーツサワーの、その水面、氷の表面に浮かぶのはモノクロの彼女の瞳と、天井にぶ
ら下がる電灯の明かり、そして彼女自慢の髪の煌き。
 軽くグラスを強くつかんで、愛理は口元へ運ぶ。一気にあおり、杯を開けた彼女は、もう一度、
グラスの中を見つめた。
 浮かび上がるのは、苛立ち、そして戸惑い。
 加えて、捨てたはずの、封印したはずの熱情。
「好き、か……」
 ふうん、そっか。口にした言葉が、微かに震えていることに愛理は気付いた。ゆっくりともう一
度、唐突に静かになった彼を見つめる。
 播磨は限界を越えたのか、机に突っ伏して眠っていた。
 どうしようか。迷ったのは、ほんの一瞬だった。近くにいたバイト仲間に、一声をかける。
「ねえ、ごめん、タクシー一台、呼んでもらえる」
 ああ、いいよ。頷いて立ち去る彼の顔には、驚きと、どこか意地の悪い笑みが浮かんでいる。
 おそらく次にバイトに入った時、盛大にからかわれるだろう。
 だがそれでもいいと、その時の愛理は思ったのだった。

178 名前:Classical名無しさん :04/08/17 07:19 ID:dPuOaL8k
支援

179 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 07:27 ID:WL4iFSCg
「アンタが天満のこと、好きだったなんてちっとも知らなかったわ」
「違うな」
「ああ、ごめんなさい。今でも好きなのよね?」
 酔ってても素面でも、こういうところは変わらないんだから。そう感じる愛理の前で、台詞を奪
われて虚をつかれた播磨は、一瞬、怪訝そうな顔をした後、重々しく頷いた。
「八雲の方じゃなかったんだ」
「あれは……違うんだ」
 目を伏せる播磨の態度に、どこか、愛理は違和感を覚えた。サングラスを外した彼の目は、雄弁
に己の感情を物語っている。だがその全てを見抜けるほど、愛理は聡くはなかった。
「妹さんには、悪いことをしたと思ってる。けど、俺が好きなのは天満ちゃんなんだ」
「彼氏がいるけどね?」
 愛理の一言に、胸を張って宣言した播磨はしかし、あっという間にまた背を丸めて肩を落とす。
 そんな姿を見せるな。何故か愛理は、そう叫びたくなった。苛立ちの原因がわからないままに、
彼女は言葉を続ける。
「じゃあ、八雲とはどういう関係だったわけ?」
 言葉にした瞬間、愛理の胸は強く脈打った。口をきっと結んで、しかめっ面をして見せるが、頬
が赤く染まるのは隠せない。
 播磨はほんの一瞬、天井に目を向けて何事かを考えた後、背筋を伸ばした。
「今更、隠しても仕方ねぇから言っちまうが、俺、実は」
 一息入れて、播磨は思い切ったように口にする。
「漫画を描いてるんだ」
「……知ってるわよ」
 冷静な愛理の一言に、彼は目を丸くした。ふぅ、小さく息を吐いて、愛理は何を今更、といった
顔で口を開く。
「昨日、アンタが自分で言ってたじゃない」

 それは酔いつぶれて彼が寝る前のことだ。
「アンタさ、今、何やってんのよ」
「何言ってんだ、漫画描いてるじゃねぇか」
「はぁ?……マジ?」
「ハリマ☆ハリオたぁ、俺のことだぜ」
「へぇ……アンタがねぇ……」

180 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 07:28 ID:WL4iFSCg
 テーブルの上に散らばった皿を重ねる愛理の手を、彼は押し留めた。
「こいつは俺がやるよ」
 微かに二人の指先が触れ合う。何の感慨も見せない播磨に対し、愛理は胸の奥に生まれた重しに、
言葉を発しようとし、果たせず口を閉ざす。
 そんな彼女の様子にも気付かず、彼は皿を流しに持って行き、手早く洗い出す。
 テーブルの前に座ったまま、彼女はじっとその背中を見つめ続けた。ぼんやりと。
「で。漫画と八雲、どう関係あんのよ」
「相談に乗ってもらってたんだよ」
 水の音に負けない大声で、彼は返事をする。洗剤の芳香が微かに、愛理の鼻に届いた。
「付き合ってたわけじゃなかったんだ?」
「ああ……」
 彼の声が沈んでいるのを、愛理は敏感に感じ取る。わずかに目を伏せて彼女は、呟いた。
「ゴメン」
 洗い物をする彼の手が、止まった。


 その彼女の言葉に、播磨は一瞬、自分の耳を疑った。
 謝った?どうして?疑問符が次から次へと浮かびあがる。そして彼はキッチンから愛理を眺めた。
「私のせいだわ」
 暗い表情だと、彼は思った。影が落ちるその横顔に、常の気の強さは見えない。
 流れ続けていた水を止め、播磨は愛理の前に戻る。
「何が、だよ?」
「アンタと、八雲が付き合ってるって言ったの、私だから」
 彼女は、目を合わせようとしない。じっと黙ったまま、うつむいている。
 微かにその睫毛が震えているのを、彼は見て取った。

「そうだ!愛理ちゃんと播磨君てLOVE×2なんだってね!!告白された?」
「天満……それはこの子よ」

 蘇る記憶に、播磨は渋顔になる。
「そういや、そうだったな」
 愛理は彼を視界から遠ざけようと、視線を部屋の壁へと移していた。そこにあるのは向日葵の花。

181 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 07:30 ID:WL4iFSCg
「気にすんな。言ったって、しょうがねぇことだし」
 少しの沈黙の後、思い切り良く播磨は言った。
 彼の中にわだかまりがわずかもない、と言えばきっと嘘になるだろう。だが口にした言葉は、ま
ぎれもなく彼の本音だった。
「俺がだらしねぇのも、いけねぇんだ」
「……ゴメン」
 播磨の言葉は、耳に入っていないのかもしれない。愛理は呟いてまた、口を貝のように閉ざす。
 あぐらをかいたまま、播磨は居心地の悪さを覚えながら、じっと彼女と対する。
 頭の中に浮かんでくるいくつもの言葉、しかし彼はそのどれがこの状況に適しているのか、そう
でないのかを上手に判断することが出来ず、結局、宙を見つめて何も語らない。
 次第に重くなっていく空気。
「あの、よ」
 耐えられなくなったのは、播磨が先だった。
 おそるおそる口にした言葉に、愛理は微かに顔を上げて反応する。ほっと胸を撫で下ろしながら、
「何で、そんな風に思ったんだ?その……俺と、妹さんが、って」
「…………」

 顔を上げた愛理の、両の瞳がわずかにうるんだ。

「お、お嬢?」
「……なんでもないわよ」
 こぼれそうになる涙を指先でぬぐって、凛とした眼差しで愛理は、播磨を見つめる。それが強が
りだと彼女は気付いていた。
 そして彼もまた。だが播磨は、その瞳の奥の輝きに絡みとられて、何も言えなかった。
「嫉妬、かな」
「……嫉妬?」
 唐突すぎる彼女の言葉に、首を傾げる播磨に、愛理は想いを告げる。
「私、好きだったから。アンタのこと」

 目を丸くして、その場に固まる播磨に、少女は小さく笑って付け加えた。
「勘違いしないでよ、気の迷い、若気の過ちなんだからね」
 それは、涙のない泣き笑い、だった。

182 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 07:31 ID:WL4iFSCg
「アンタのこと好きだったから、私より八雲の方が仲が良いって知って、嫉妬したのよ……だから、
あんなことを言ったの」
 そしてまた、付け加える。
「当たり前だけど、今は全然、そんなことないんだからね?」
「わかってるよ、そんなこと」
 照れているのか、目をそらす彼の姿に、愛理はまた微笑む。小さく。
「今では、アンタなんかよりももっとカッコイイ、いい男を好きになってるから」
 あれはホント、私の一生の不覚だったわ。そう言う愛理の顔をじっと、彼は見つめる。
 目の前にいるのは、高校の時、確かに時を同じうした少女、その成長した姿。
 だが彼は、彼女の心の内を、ついぞ知ることなどなかった。今、この瞬間まで。
 その揺れていた胸の内すら。


 とうとう口にした言葉の重みを、愛理は噛み締めていた。
 今、他に好きな人などいない。あの時以来、誰も心に踏み込ませていない。
 それでも、この場で彼を好きだと言うことは、愛理には出来なかった。プライドが許さなかった。
 好き。それはいつからか、彼女の心の内に忍び込んできていた感情。
 想いと共に浮かぶのは、播磨拳児という、男の面影。
 否定しようとした。どうしてあんな男を、と。
 だが彼女の心はすでに、思わずにはいられなくなってしまっていたのだ。彼のことを。
 その、淡い自らの思いに気付いてすぐに、しかし彼女は打ちのめされる。
 自分にないものを、彼女は全て持っているように、愛理には思えた。
 彼女は、裁縫が得意で、料理も得意で、おしとやかで、優しく、自分より人に素直になれるはず。
 そして自分よりも、彼と……親しい。
 塚本八雲。
 親友の妹の存在を、彼女は仰ぎ見ていた。
 だから、衝動的に言ってしまったのだ。
「天満……それはこの子よ」
 本当かどうか、そんなことはどうでも良かった。そうすることで、自分の気持ちと折り合いをつ
けたかったのだ。
 相手が彼女……塚本八雲なら、負けても仕方ない。
 そんな鬱屈した感情も、そこには確かにあったのだ。

183 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 07:31 ID:WL4iFSCg
 嘘から出たまこと、というわけではないのだろうが、本当に播磨と八雲の二人は、付き合ってい
るようだった。
 いそいそと彼女に会うために屋上へと向かう播磨の後姿を、気取られないように眺めつつ、愛理
は内心、臍を噛んだものだった。
「愛理。素直になれば?」
「……何のことかしら?」
 全てをわかっている風な晶の言葉も、勘に触るだけだった。不機嫌そうな彼女に、晶は首をすく
めつつ、
「それでいいなら、それでいいけれど」
 謎かけのようなその言葉を、愛理は無視した。
 だから彼が、他の女と浮気をして八雲にフラレタと聞いた時、彼女は複雑に思ったものだった。
 それ見なさい。その程度の男なのよ。囁く内の声。
 放課後の教室、天満が彼と二人きりでいるのを偶然に見たのは、三年生の春のことだったか。
 涙を流しながら彼を非難する天満、そしてうなだれたまま、一切の反論をせずに受け止める播磨。
 教室の窓から差し込む夕日に、二人のシルエットが浮かび上がるのを、彼女は放心しながら見つ
めていた。
 周囲と距離を置き始めた彼に、愛理は近づくことが出来なかった。そうすることを、プライドが
許さなかったのだ。
 彼と共にいれば、自分が同種の人間に思われる。そんな気がして。
 それでも、卒業式の日。最後に彼に会いたいと思っていた愛理は、肩透かしを食う。
 遠くで自分と同じように、キョロキョロと辺りを見回す八雲の姿を見つけたが、愛理は声をかけ
ることはしなかった。

 あれから、まだ半年しか経っていないが、今の愛理は、自分が何て馬鹿で愚かだったのだろう、
と考えるようになっている。
 どうして私は、そんなつまらないことに拘ってしまったのだろう、と。
 そう思えるようになったのは、一人で暮らし、全てを一人でこなさなければいけなくなったから
かもしれない。
 その意味で、成功だったのだろう。
 高校時代の砂を噛むようなその経験から、彼女は強く思ったのだ。自分を変えたい、と。
 彼女が、一人で暮らそうと思うようになった一番のきっかけが、それだった。

184 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 07:32 ID:WL4iFSCg
「天満に彼氏が出来ても、アンタは、まだ好きなんでしょう?」
 彼女の問いかけに、播磨は頷く。
 そう、溜息を付くように言って、愛理は顔を背けた。
 彼女の視線の先にあるのは、また向日葵の花。写真の向こうから、彼女の心を見つめている。
「じゃあ、八雲のことはどう思ってるの?」
「言ったろ?妹さんには、悪いことしたって」
「本気でそう思ってんの?」
 目をあわそうとしないまま、静かに愛理は言った。
 一体、自分が何を話したいのか。それもわからぬままに、ただ衝動にかられるままに、彼女は言
葉を紡ぐ。
 その先に確かに、未だ己すら知らぬ自分の想いがあるのだと信じて。


「どういうことだよ?」
 問い返す播磨。
 彼は、思う。
 自分はずっと、好きだ。あの邂逅以来、ずっと彼女のことを。
「アンタはそれでいいかもしれないけどさ」
 背筋を伸ばして、愛理は彼を見つめる。
「アンタの周りの人は、それでいいの?」
 心の、奥の、そのまた奥を見透かすような蒼の瞳。矢のように鋭い視線に、彼は射抜かれて、思
いを縫い付けられる。
 コチコチと、時を刻む秒針の音が、部屋に響く。そして二人の、抑えられた息の音が、やけに彼
の耳にさわった。
「そりゃアンタはいいわよ。自分の想いに区切りをつけて、勝手に消えて。好きな人をずっと好き
で居続ける、そう言ってればいいんだから」
 刃となる彼女の言葉が、彼の意識に切りつけてくる。痛みを覚えながら、播磨はぎゅっと唇を噛
んだ。
「けど、そんなの自己満足よ」
 吐き捨てるような言葉は、一際重く、播磨の胸に轟いた。
 冷房のきいた部屋なのに、感じる熱。とめどなく、彼の体からは汗が溢れ、背筋を、腋の下を濡
らした。

185 名前:Classical名無しさん :04/08/17 07:35 ID:dPuOaL8k
沢近の目って青じゃないよね

186 名前:Classical名無しさん :04/08/17 07:38 ID:tJvOtpQ.
単行本の表紙ではグレーっぽい茶色

187 名前:Classical名無しさん :04/08/17 07:42 ID:tJvOtpQ.
アニメのほうは琥珀色かな

188 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 07:43 ID:WL4iFSCg
「俺は……」
 口答えをしようとする播磨を、しかし、愛理は目だけで抑える。まだ、彼女は、言いたいことの
半分も言っていなかった。
「聞きなさいよ。アンタはそれでいいと思ってたんでしょうけれどね、あんな嘘ついて、八雲が傷
つかないって思ってたの?」
 彼が浮気をしたという噂。あれは嘘だったのだと、愛理は確信していた。
 そして悔しかった。あの時、それを見抜けなかった自分が。
「本当に、悪いことをしたと思ってる……俺みたいな男に」
「いい加減にしなさいよっ!!」
 ガタン。
 今度は愛理が、テーブルを叩いて立ち上がった。
 驚愕に口を開く播磨の、胸倉をつかまんばかりの勢いで彼女は彼に詰め寄る。
「アンタ、そればっかね!?逃げて、逃げて、逃げてばっか。誰かの気持ち、ちょっとでも考えた
ことあんの!?残された人の気持ち、わかってんの!?」
 愛理は、叫ぶ。
 くすぶっていた思いを、彼に叩きつける。
「アンタにとっちゃ、自分と天満以外の人間なんてどうでもいいのかもしんないけどね!!八雲の
気持ちは」
 同時に心の中で、彼女は叫ぶ。私の気持ちは。今の、私の気持ちは。
「どうすりゃいいのよ!?」
 勢いのままに熱を吐き出した後に、心に残る虚脱感。そして彼女が感じたのは、己の言葉が理不
尽だという、その事。
 そして彼女は気付く。
 頬を伝う、雫に。


 鼻と鼻がぶつかるほどの近さで、見詰め合う二人。
 播磨は、その瞳から溢れる涙に、心奪われる。
 泣いて、いる。あのお嬢が。
 それだけで彼は、何も考えられなくなってしまった。
「すまねぇ」
 やっとの思いで、ただそれだけを、口にする。

189 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 07:43 ID:WL4iFSCg
「謝ったところで、変わらないわよ」
 身を離して、愛理は涙をぬぐう。虚脱したように座り込み、彼はその姿をじっと眺める。
「すまねぇ」
 それでも播磨は謝ることを止めなかった。
「すまねぇ」
「いいわよ」
 言って愛理は、わずかに笑って見せた。無理をしてだとわかっていても、彼は、それが綺麗な笑
顔だと感じたのだった。
「……俺はどうしたらいいんだ?」
 そう播磨が言ったのは、しばらく経ってからのことだった。
 赤くなり始めた目でチラリと彼を見て、愛理は素っ気無く、言った。
「知らないわよ。自分で考えれば?」

 それからしばらく後、彼は町を彷徨っていた。
 耳に残るのは、最後に交わした会話。
「アンタの漫画、読ませてもらったわよ」
「何?何時の間に……」
「アンタが気持ちよく寝てる間に、近くの漫画喫茶でね」
「……で、どうだった?」
「悔しいけど、面白かったわ……最初の三回ぐらいまでは。後はダメね。アンタ、このままだと打
ち切られるわよ」
「………………」

 最初の三回、か。心の中で彼は呟く。
 それは、播磨がまだ、八雲に原稿を見せていた頃のものだ。その後は……彼女に会おうとしなか
った。
 夢は確かに、そこに……漫画の中にあった。
 なのに、どうしてだろう。八雲に見てもらわなくなってから、自分の中で何かが欠けたように、
彼は感じていた。
 それが天満に失恋したからだと、今日まで彼は思っていた。
 だが……本当にそうなのだろうか?
 播磨の脳裏に、少女の面影が走った。

190 名前:If...brilliant yellow :04/08/17 07:44 ID:WL4iFSCg
 共に過ごした時は、彼の想い人より一層多い。だからだろう。様々な姿が、記憶に刻まれている。
 だが俺は……彼女の気持ちを、本当に考えたことがあるのだろうか?
 自らに彼は問いかける。
 そうしたのは、彼のことを嫌っていたはずの、お嬢……沢近愛理が自分に好意を抱いていたとい
う事実を知ったからに、他ならなかった。
 浮かび上がるいくつかのシーン。俺は……あの時、ああ振舞って良かったのだろうか?
 答えは、出ない。


 壁にもたれかかって、愛理は座り込む。
 眺める天井は、白一色。目の端には、輝く黄色の向日葵の花。
 結局のところ。愛理は、小さく笑う。
 何だったのだろう。彼との、この出会いは。
 ベッドに視線を移す。ほんの少し前まで、彼はそこに横たわり、気持ちよさそうに眠っていたも
のだった。
 薄い黄色のシーツを彼女は引っ張って、頬を寄せる。
 彼のぬくもりがほんのわずかにでも、残っていれば、と。
 だが心地よい冷たさだけしか、彼女は感じられなかった。

 二人の間には、結局、何もなかった。そして何も起こるはずがなかったのだ。
 もしも。
 彼女は、思う。
 もしも、少しでも彼女が歩み寄っていれば。意固地になっていなければ。
 Ifが、頭を巡る。
 例えば、昨日の夜。彼に体を、捧げるとか。
 笑って彼女は、自分の妄想を振り払う。そんなことは出来はしない。出来なかっただろう。そし
てこれからも、きっと、彼と自分の道が交わることは、ないのだろう。
 そっと、愛理は唇に指を寄せた。
 昨日の夜。わずかに欲望に負けて奪った――――そして、捧げた――――唇のぬくもりと、勉強
机の引き出しに隠した彼のサングラスの二つを残して、彼は去った。きっと二度と、戻ってこない。
 愛理はそう思う。それでいい、と。
 そして少し、泣いた。向日葵の花が、それを見ていた。

191 名前:クズリ :04/08/17 07:49 ID:WL4iFSCg
 どうして、こんなに連続投稿に引っかかりますか?

 >>178>>185-187
 支援、ありがとうございます。

 そして御指摘、感謝です……何か完全に、沢近の目は青だと勘違いしてました。
 確認を怠り、本当に申し訳ありません。

 色々な意味で、個人的に『痛い』本作となってしまいました。投稿終わるまでに、
こんなに時間がかかるとは……

 さて、この作品、もうしばし、お付き合いいただけると幸いです。

 その前に、絃子先生祭りがあるんですけれどね。

 ともあれ、皆様、よろしくお願いいたします。

192 名前:Classical名無しさん :04/08/17 09:45 ID:8X3yNEqw
いやー最高ですよ。
続きに期待。

193 名前:Classical名無しさん :04/08/17 10:05 ID:ZUF1pVQM
やべー、萌えつきる、やべー
少しだけ素直になったけどもうすべてが遅いことに涙する沢近が
悶え死ぬほどかわいい

絃子さん祭りもSS書かれるのですか?
ハイペースでご苦労様です

194 名前:Classical名無しさん :04/08/17 10:37 ID:qAwEXj1o
>>191
GJ!
沢近が可哀想なのが辛いですが、まあ八雲SSだしそこは仕方ないか。
続きが楽しみです。

>絃子先生祭りがあるんですけれどね。
こちらももの凄く期待しております。

195 名前:Classical名無しさん :04/08/17 12:37 ID:Gb30iXY6
>>191のクズリさんへ
良かったです。
なんか、沢近タンが可哀想でなりませんでした・・・
これから、播磨のサングラスを手に取っては、
涙を流すのでしょうか・・・
でも、沢近タンは不器用だから、
やっぱり、そうなるんだろうな・・・
と思って、読んでいました。
続き、期待しています。
せめて、八雲タンだけでも、幸せにしてあげて下さい・・・

196 名前:Classical名無しさん :04/08/17 12:39 ID:tJvOtpQ.
>>191
本編の頃よりちょっとだけイイ女に成長した沢近が好感触です。
GJ!

197 名前:Classical名無しさん :04/08/17 14:19 ID:Jh6q3uWY
続きマダー?


198 名前:Classical名無しさん :04/08/17 14:35 ID:LuazAuEA
>>クズリさん
GJ!
沢近が可哀想ってのはそうですけど、それで播磨が変われるならいいと思います。
誰も傷付かないで何かが進むのってないと思うので。
続き楽しみにしてます
最後は八雲を幸せにしてやって下さい。

199 名前:Classical名無しさん :04/08/17 15:27 ID:X1FbMDgQ
沢近・八雲双方の譲り合いで翻弄されるピンポン展開を激しく希望
播磨が文句を言っても
「あんたそんなこと言えた義理じゃ…」で無問題

200 名前:Classical名無しさん :04/08/17 19:12 ID:FHCDmWA6

俺はてっきり沢近SSだと思っていたんだが、
もしかしてまた八雲SSなの?

201 名前:Classical名無しさん :04/08/17 19:47 ID:K2Kh6IBg
聞かなきゃ分からないような読解力ならここにこない方が良いと思われ。

202 名前:Classical名無しさん :04/08/17 19:57 ID:yoOYHJfY
>>200
>>167-190は、
>>75-82と話連結してるから、
あわせて読んでみては?

203 名前:Classical名無しさん :04/08/17 22:51 ID:SZbpdb.6
>>200
俺は今回播磨SSとして楽しんでいる

204 名前:Classical名無しさん :04/08/17 22:52 ID:Fxxuq7bM
後一時間と少しか……

205 名前:Classical名無しさん :04/08/17 23:56 ID:Fxxuq7bM
八月十八日は絃子先生の誕生日なので支援SS投下

206 名前:lonely,lonely night :04/08/18 00:01 ID:Fxxuq7bM
 ごくりと、喉を鳴らせながら一息で缶ビールの半分ほどを流し込む。
「ふん」
 至極つまらなそうに、絃子は髪を掻き揚げた。足元には、空になったビールやチュウハイの缶
が所狭しと転がっている。
 それを横目で見やりながら、彼女はまたも一息で手に持つ缶を空にして、その場へと投げ捨
てた。
 床に落ち、こつりと音が鳴る。それすらもわずらわしい。むしゃくしゃした心を静めるため、まだ
開いていないワインの栓ををあけ、コップに注ぐことなく直接口をつけて喉に流し込んだ。
「くそっ」
 そのような飲み方で美味いと感じるわけもない。焼けるような熱さしか味覚が伝えないことに顔
を一層険しくしながら絃子は舌打ちをする。だが、酩酊が頭だけでなく舌にまで回っていたため、
思うように動かせない。そのことがまた絃子の心をささくれ立たせる。
 このように荒い飲み方を絃子はしたことはなかった。自身が乱れることを何より嫌う彼女にとっ
て、酒に飲まれることなどあってはいけなかった。だが、今日だけは違った。
「好き、か」
 回らない舌で昼間のことを思い出す。耳元で囁かれた低い声が今も耳朶を打っている。廻さ
れた腕の力強さを身体が忘れようとしない。
 ただ、それだけでアルコールとは違う熱さが体中を駆け回った。それを、かぶりを振って追い払
う。
「何を考えているんだ、私は」
 それを――わずかとはいえ嬉しいと思っている自分などいるはずがない。
「全く、相変わらず落ち着きのないやつだ」
 毒づくことで、絃子は心の平静を取り戻そうと試みる。だが、どうしたことか。自分の声に甘い響
きが含まれていることに、飲みすぎてしまった酒が否応なしに自覚させてきた。
「いや、だ」
 手に持つビンを投げ捨て、彼女は童女のように自分の身体を抱きしめる。流れ出たワインがズボ
ンを濡らしてくるのを感じても、彼女はその場から動くことが出来なかった。

207 名前:Classical名無しさん :04/08/18 00:02 ID:Fxxuq7bM
「いや、だ」
 もう一度、震える声で呟く。
「あいつは、従弟だ」
 それが全てだと、絃子は自分に言い聞かせる。だが、普段は押さえれる自分の思考が、暴走
したかのように制御することが出来ない。それが何より怖かった。
「大体、あいつは生徒だぞ。年下で、従弟で、甲斐性なしで――好きな子がいる」
 彼女は気付かない。必死になって否定するその姿勢こそが答えそのものであることに。だが、
彼女の美意識がそれを許さない。想い人のいる年下に懸想して、袖にされるなどプライドの高い
彼女に耐えることができるはずもない。
 そもそも、異性として見なさないからこそ、この同居は成立している。その前提を打ち壊せば、
互いに距離をとるしかない。
 プライドが高いからこそ、彼女は逃げる。そして、プライドが高いからこそ、彼女はそれを認める
ことなど出来ない。今彼女に出来ることは、ただ震える身体を抱いて必死に想いから目を逸らす
ことだけ。
「エアガンで撃ったのは女性を力づくで抱きしめた、罰を与えただけ。
 髪形を変えたのも、ちょっとからかってやろうと思っただけなんだ」
 それ以外は認めないと、冷たく自分に向かって言い放つ。目を閉じて、何度も深呼吸をするうち
に、いつの間にか身体の震えは消えていた。同時に、アルコールがもたらしていた毒のような熱
も一緒に引いている。
「ふん、服がよごれでしまったな」
 冷静になった思考で自分の現状を省て、彼女は困ったように眉根を寄せる。仕方ないと呟きな
がら、酔いでも覚まそうとシャワーを浴びることに決める。覚束ない足取りで立ち上がりながら、
絃子は着替えを取りに酩酊した頭を抱えて自分の部屋へと向かっていく。
「む?」
 がちゃり、とドアノブを廻して踏み入れた自分の部屋の模様が様変わりしているのを見て取って、
絃子の思考が一瞬停止する。いや、部屋の内装が変わっているのではない。違っているだけだ。


208 名前:Classical名無しさん :04/08/18 00:03 ID:Fxxuq7bM
「まさか、右と左を間違えるほど酔っているとはな」
 呆然と、事実を受け入れるために自分に言い聞かせる。ここは彼の部屋なのだと。
 だが――――意思に反して進む自分の足を不思議に思いながらも、彼女の瞳は部屋の中を
見回していた。
 電気をつけていないため、リビングから漏れるわずかな光だけが部屋の中を照らす。
「なにを、しているんだ」
 自分のしている行動が褒められるものではないと自覚している彼女は、早く出ようと吐き捨て
る。踵を返して振り返る一瞬、その一瞬に、彼女の瞳は黒いサングラスを写し取っていた。
「あ――」
 切なげな声が漏れた。彼女の脳裏に、彼が自慢げにこれをかけて自分に見せてきたその姿
が走り抜ける。それから、彼の行動が変わった。絃子ですら眉を寄せるほどの荒れ様はなりを
ひそめ、代わりに絃子に高校進学のための勉強を見るように請うてきた。必死に取り組む彼を、
絃子は優しく眺めていた。穏やかに、だが急激に流れる時間。
「ふふっ」
 それらを懐かしく思い、絃子は手に取ったサングラスをいとおしげに撫でる。
「サイズは、さすがに合わないな」
 それでも、楽しそうに絃子はサングラス越しの視界を眺める。薄暗い部屋ではほとんど何も見
えないが、それでもなぜか絃子には楽しく感じられた。
「ん?」
 足元にわずかな違和感。それを感じたときには、絃子は一瞬の浮遊と、柔らかな感触を味わっ
ていた。
「痛たた」
 何かに躓きいて転んだ。サングラスで圧迫された眼球の痛みを感じながら、普段よりも三割ほ
ど働きの鈍い頭で、自分に何が起こったのかを把握する。
「全く、もっと部屋を整理しろ」
 視界がほとんど利かなかったとはいえ、自分の失態を恥じて照れ隠しに責任を播磨に押し付
ける。
「しかし――」


209 名前:Classical名無しさん :04/08/18 00:04 ID:Fxxuq7bM
「しかし――」
 倒れこんだ先がもし床だったら、下手をしたら失明していたかもしれないと、彼女は今更なが
ら自分の幸運を噛み締める。
「あ」
 そこでようやく彼女は気がついた。今、自分がどこにいるか。この柔らかい感触が何かという
ことに。
「私は、拳児君の――」
 早く起き上がらねばいけないと理性は訴えかけてきた。だが、一度横になった身体は、酩酊し
た頭が訴えかけてくる睡魔に身を任せろと命令している。
 その勢いに、理性もついに陥落する。
「今日は、入院して、いないんだし……」
 そう、自己弁護して、絃子は眠りに落ちる。わずかに感じる寂しさと、布団に染み付いた彼の匂
いに包まれながら――

――END―― and if……

210 名前:Classical名無しさん :04/08/18 00:08 ID:Fxxuq7bM
 ということで、絃子先生、誕生日おめでとー
 二ヶ月ぶりの投下なので、ちょっとドキドキです。誰かネタ被ってないよね?

211 名前:Classical名無しさん :04/08/18 00:12 ID:9u9mt3js
>>210
GJ!
早速キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
これは2巻の播磨が入院中の話ですね?
寂しそうな絃子さんが萌えでした。

212 名前:Classical名無しさん :04/08/18 00:21 ID:syDjoMSY
>>210
GJ!切ない絃子さんが素敵でした。

213 名前:蓮水 :04/08/18 00:22 ID:PVKuebqo
0時までに書き上げようと思ったのに書き終わらなかったたわけ者です。
前のSSが投下されたばかりなのでもうちょっと時間空けてから自分も投下します。

>>210
播磨が入院してたころは懐かしいですね。
入院してた裏で絃子さんはこんな風に感じていたのかー、と思わされるいい話でした。

絃子さん誕生日おめでとー

214 名前:Classical名無しさん :04/08/18 00:31 ID:Pp4HmIL.
>>210
GJ!
播磨の部屋でくつろぐ絃子さん(・∀・)イイ!
仕事が早いですな。

>>213
誰かの誕生日やクリスマス、バレンタインなどは
ある程度時間が近くても良いような気はしますけどね。
投下数も普段より多そうだし。
楽しみにしています

215 名前:Classical名無しさん :04/08/18 00:36 ID:Fxxuq7bM
うぎゃあ、修正前のを間違えて投下してた!!
……いいや、修正版は自分のとこで晒すから OTZ onz on_...

とりあえず、感想サンクスです。


216 名前:夏の夜のbirthday :04/08/18 01:15 ID:PVKuebqo
 8月18日
 自分の誕生日を祝って欲しいなどという子供じみた感情は、いまさら持っていないはずだった。
 チラリと目に入る従弟の姿は、やはり私の誕生日に気づいているような雰囲気は無く、
アルバイトが休みのためか夏休みを満喫すべくゴロゴロとしている。
 一日が過ぎるのも早く、そんな従弟の様子を気にしながらいつしか夜になっていた。
「拳児君、今日は外食にしようか」
 気づけばそんな言葉が出ていた。
 一種の賭けのようなものだった。
 もしかしたら思い出してくれるかもしれない。そんな期待から口にした。

「めずらしいな急に外食だなんて」
「そんな気分の時もあるさ」
 食事をしながらどうしたんだと聞いてくる拳児君に対して気分の一言ですませる。
「それよりおいしいかい? 拳児君」
「ああ、うまいな」
「それはよかった」
 穏やかに話す私にどこか戸惑いながらも目の前の料理を食べる従弟の姿を見ながら、
私は無理に普段よりも冷静を装い、ほとんど会話もないまま食事は続いていった。

「あーうまかったぜ」
「私が誘ったんだ、今日はおごりだよ」
 言いつつ財布からお金を取り出そうとするのを遮り、伝票を取ると私は一人でレジへと向かう。
背後から向けられる視線を感じながら。

217 名前:夏の夜のbirthday :04/08/18 01:18 ID:PVKuebqo
「……なあ、なんで急に外食に誘ったりしたんだ?」
「今日は君と外食したい気分だったのさ」
「本当にそれだけか?」
「そうだよ、付き合ってくれてありがとう拳児君」
 急な外食にやはり戸惑いがあったのだろう。何より付き合いの長さから今日の私が何かおか
しかったと感じたのだろう。
私の様子を心配したかのように再度聞いてくる拳児君にいつものように淡々と答える。
 賭けは結局負けか。
 結局拳児君が気づく事は無かった。言っていないのだから仕方が無いかと思いながらも寂し
さはこみ上げてくる。
「あー……絃子」
 突然呼び止められ差し出された右手には銀のネックレス。
「これは?」
 差し出された物が何を指すのか分からなかった、いや、本当は何かを期待しながらも本人か
ら直接聞きかった。
「露店で買ったんだよ。安物なんだけどな」
 何か言いたそうな、それでいて少し迷っているような雰囲気。
 しかし、こちらの正面をしっかりと向いて、何か決意したかのような表情をしたかと思うと。
「誕生日おめでとう。絃子姉さん」
「あ……」
 言われた瞬間涙が出そうになった。
 誕生日を覚えていてくれた事。そして姉さんと言ってくれた事が、衝撃と共に私を暖かい何か
で満たしていく。
 飾りつけも包装もされていない、それは拳児君らしくもあり、けれど確かな想いが込められた
プレゼント。

218 名前:夏の夜のbirthday :04/08/18 01:20 ID:PVKuebqo
 受け取ったネックレスを付け、それを見せるように正面を向くと、恥ずかしさからか、
くるりと背を向け歩きだそうとした拳児君の横にスっと並びかけ、私はそっと手をとった。
「お、おい」
「たまには、手を繋いで帰るのもいいだろう?」
 少しうろたえる拳児君に、私は穏やかな笑みを見せながら手の温もりを逃さないように
ギュっと手を握る。
「……勝手にしろ」
「ありがとう拳児君」
 言いながら少しだけ握り返してくれた拳児君の手の温もりを感じながら、様々な思いが
感謝の気持ちと相俟って自然と口から滑り出す。
 そして二人、子供の頃のように手を繋いでゆっくりと家路につく。

「ところで拳児君」
「なんだよ」
「もう一度姉さんと言ってくれないかな?」
「イヤだ」
「ケチだな君は」
「ケチとか言うな」

 穏やかに、話ながらゆっくりと。
 夏の暑い夜、それでも手は離さずに心地よい暖かさを感じて。
 首にかかるネックレスが月の光を浴びて、夜の闇の中で小さく輝いていた。

219 名前:Classical名無しさん :04/08/18 01:22 ID:rOSuCzTE
支援?



220 名前:蓮水 :04/08/18 01:22 ID:PVKuebqo
というわけで以上です。
最初は会話文だけのもっと短い物になる予定だったんですが、
なんだかんだで書いていったらこうなりました。
8月誕生日だったら長期休暇中なので結構友達から忘れられたり、
知らない間にすぎたりということがあったんじゃないかなーとか思いながら。

とりあえず再度絃子さん誕生日おめでとう

221 名前:Classical名無しさん :04/08/18 01:39 ID:z92PwtFc
お二方ともグッジョブ!
絃子さんサイコー!
神よもっと……

222 名前:Classical名無しさん :04/08/18 03:42 ID:HA2MuK/o
播磨の絃子姉さん発言はキタ…

223 名前:クズリ :04/08/18 05:27 ID:WL4iFSCg
 何はともあれ、超姉派の皆様おめでとうございます(謎

 今週号を早速読んできましたよ。何か色々と……すごいですね。

 で。
 誕生日記念です。絃子さんの。
 毎度恒例(にしようと画策中)の、一レスで描いて祝ってみます。

 萌えていただければ、嬉しいですね。

224 名前:Birthday... Itoko Osakabe :04/08/18 05:29 ID:WL4iFSCg
「さて、今日はわざわざありがとう。悪いけれど私は、これで失礼させていただくよ」
 立ち上がった絃子の背中に、わずかに届いた谷と葉子の会話。
「……なんか不機嫌そうですね」
「フフ。本当に祝って欲しい人が、今、遠くにいるんですよ」
 余計なことを。舌打ちしながら、振り返って怒鳴りつけたくなる衝動を、彼女は辛うじて抑えた。
 開く携帯電話。いっそ、こちらから電話をしてやろうかとも考えるが、そうしたところで。
 また一つ、舌打ちをして、彼女は空を見た。街の光が眩しくて、星は見えない。
 それが何故か悔しくて、切なくて、彼女は家路へ向かう道を早足に歩いた。

 誰もいない、暗い自分の部屋。同居人は今、茶道部のキャンプに参加しているという。
 全く、これでは本末転倒だな。一人言を呟きながら、電気をつける。そんな自分が惨めに思えて、
絃子は小さく笑う。自らを嘲笑う。
 今日は彼女の、何度目かの誕生日。
 何を期待しているわけでもないが、彼と共に過ごしたいという欲望に負けて、キャンプには行かな
いと告げた。だが当の本人が、そちらに行ってしまっている。
 結局、笹倉と谷の二人に、先ほどまで祝われていた。アルコールには強いはずの体、だが今は、
気分が悪い。
 ふと気付く。家の電話の、ボタンが光っている。それは留守電が入っているということ。
 ボタンを押して、再生する。
『あー、絃子か?』
 彼の声。知らず、彼女の頬は染まる。アルコールに、ではなく。
『こういうの、柄じゃねえんだけど、よ。誕生日、おめでとな……そんで俺の机の上に、プレゼントが
置いてあるから……あー……じゃ、な』
 照れ臭そうな言葉と共に、留守電は唐突に終わる。
 言われた場所には、細長い箱。その中には、銀のネックレスが、一つ。
「フン、いつも金がない、金がないと騒いでいるのに」
 誰も見ていないのに、うるむ瞳を誤魔化すように彼女は一人、自分に呟く。
 姿見の前で、プレゼントを身につけてみる。それは彼女の白い肌に、とても映えた。
「君にしては、いいセンスじゃないか」
 この場にいない、彼に絃子は感謝の言葉を捧ぐ。
 帰ってきたら、少し優しくしてやろうか。
 そんなことを思う彼女の顔は、先ほどとは別人のように、そして少女のように、ほころんでいた。

225 名前:クズリ :04/08/18 05:35 ID:WL4iFSCg
 ところでとうとう、どちらが先輩かわかりましたね、と。

 いつもダラダラ長く書いてるので、記念物は短く、という意図などどうでもいいことなのですが。

 次はララですね〜

226 名前:Classical名無しさん :04/08/18 06:46 ID:CkI/i7Sg
皆さん乙
クズリさん乙
播磨はなんだかんだでプレゼントきちんと用意するタイプだよな

227 名前:Classical名無しさん :04/08/18 06:56 ID:5P.RKuRU
>クズリ氏
GJ!
1レスのみとは思えない濃密さですな

>>226
今まで本編でそういう描写が全く無いから
天満以外アウトオブ眼中なんじゃねーの
などという気もしないでもないが、
少なくとも俺の脳内設定ではハゲドウ>播磨&プレゼント

228 名前:Classical名無しさん :04/08/18 07:02 ID:tJvOtpQ.
>>225
イベントもの乙です。

播磨はさりげなく、且つ意識せずに女の子のしてほしいをしちゃうタイプだな。
そこが播磨くんのよくないところだと思います(笑

229 名前:Classical名無しさん :04/08/18 07:23 ID:hX0mteS2
播磨は天満以外の女の子の喜ぶことは無意識にしちゃいそうだが
肝心の天満がさっぱりなので本人は不幸なんだろうな

>>225
連夜のSS乙です
一度、クズリさんの本気で書いた絃子さんSSも読みたいですってのは
ちょっとずうずうしいですか

230 名前:Classical名無しさん :04/08/18 08:29 ID:fNSNd4As
こんばんわ、午後の抹茶です。
ひさびさですが
スクールランブルIF11
ttp://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1090240458/
>>642-646 「夏祭りの夜に -a beginning- 」
>>666-675 【夏祭りの夜に -tenma side-】
の続きを投下します。連作のくせに筆が遅くてすいません。
ではどうぞ。


231 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:29 ID:fNSNd4As
 矢神神社、夏祭り。花火大会の後のこの小さな祭りは地元の人々
のささやかな潤いの場として年々賑わいをみせていた。子供は親と、
恋人は恋人と、共に出かけさざめく。そして、祭りの夜に祈るのだ。
 いつまでも、一緒にいられますように、と――。

   【夏祭りの夜に -sara side-】

「いか焼き〜、焼きそば〜。次は食べようかな〜」
 と、いいつつもその手には空になったたこ焼きのパックがしっかり
と握られている。山吹色の地に赤い花模様の浴衣に草色の帯をしめた
塚本天満は、なにも喋らなければ美少女で通るのだが、会話の内容は
美少女にはほど遠かった。
「…あなた、食べることにしか脳が働かないわけ?」
 紺地に黄色のトンボ柄に赤い帯の沢近愛理は、たこ焼きを食べても
まだ満足しない天満の胃袋にむかってつぶやく。そういう愛理自身は
周囲から送られてくる秋波に満足げだ。
「八雲、大丈夫?」
「…大丈夫、じき慣れるから」
 かたや塚本八雲の顔色は青の縞地に紫の花模様の浴衣が顔にうつっ
たように青かった。もちろん、周囲から送られてくる感情の波のせい
だ。ピンクの大輪の花模様の浴衣を着たサラ・アディエマスはその八
雲の顔色が少々心配だったが、大丈夫だという八雲の言葉を信じて藍
の絞りの生地に紫の帯の浴衣を着た高野晶に声をかけた。

232 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:31 ID:fNSNd4As
「で、部長。この道であっているんですか?」
「うん、この裏道を抜ければ、参道に面した小さな広場に出る…はず」
「あ、あそこに今川焼きの屋台があるー!愛理ちゃん、今川焼き食べ
よーよ!」
「は?今川焼き?なにそれ?」
「あれ?愛理ちゃん知らないの?小さくってねー、丸くってねー、甘
くってねー、すっごーっくおいしいんだよー!」
「しっ知っているわよ、それぐらい!」
「姉さん、その道違…」
こんな調子で一行の道のりは遅々として進まなかった。

 なんとか参道脇の広場に抜け出た一行。広場と言っても、屋台用の
椅子とテーブルを置けばそれだけでいっぱいになってしまうような、
そんな小ささである。そこに…やたら人の群がっている屋台があった。
「なんだろう、あれ…」
「なんでしょう…」
「いってみよー!」
「あ、天満!むやみにつっこまない!」


233 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:32 ID:fNSNd4As
 屋台からはほのかに焼きそばソースと海老の香りがした。どうやら、
焼きそばが目当てで群がっている人たちだったらしい。だが焼きそば
一つにここまで人が集まるのも珍しい。思わず隙間から覗き込む天満
たち。そこにいたのは、一心不乱に焼きそばを作る麻生広義だった。
「あれー、麻生君!」
「麻生先輩、なにやってるんですか、こんなところで?」
 驚きの声を上げる天満とサラ。
「焼きそば、一つ」
 マイペースに注文をする晶。
「なんでこんなに具が多いんですか?」
「え、少ないほうじゃないの?」
「屋台の焼きそばっていうのはもっと具が少なくて普通なんです…」
 愛理の疑問に答える八雲。彼女らが口々に注文と疑問を繰り返す間
にも、麻生は手を休めるところがない。それほど注文が多いのだ。で
きあがった焼きそばを客に渡す。それでなんとか人混みが一旦散らば
った。

234 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:34 ID:fNSNd4As
「…疑問に答えると、一つ目ははうちの親が夏風邪で倒れたから。二
つ目、高野の注文は承った。三つ目、具が多いのはうちの親父が妙に
こだわって材料を仕入れたからだ」
 淡々と次の焼きそば作りに入りつつ答える麻生。さっき作った分は
いま売っただけで完売してしまったのだ。
「ねー、なんでこんなにおいしそうなの?私も食べたいなぁ…ひとつ
くれる?」
 確かに麻生の作る焼きそばは妙に香りがいい。天満の胃袋には
焼きそばの残り香だけで訴えるものがあった。
「それは…親父が毎年町内会に出店を頼まれているうちに妙に腕はあ
げるわ、具やらソースにこだわるようになっちまって。…ったくもう
けは少ないのに…」
「麻生先輩、実家ラーメン屋ですものね。バイト先でも中華作るの上
手かったですし」
「あっ、馬鹿…」
麻生が口止めする暇もなく、サラは口を滑らした。
「へぇ、麻生君サラと親しいんだ…」
「ふぅん、初耳…」
「お前らが思っているような意味じゃない!」
驚く愛理とぼそっとコメントする晶、そして否定する麻生。ある意味
否定自体が墓穴を掘っていたが、なにか考え込んでいるサラは気がつ
かなかった。

235 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:36 ID:fNSNd4As
「よぉし!」
「なに?どうしたのサラ?」
「私、麻生先輩のお店、手伝います!」
「ええ〜!」
 突然、焼きそば戦線参加を言い出すサラに驚く一行。
「いい、邪魔だ」
「でもでも、さっきみたいな人数がまた来たら先輩ひとりでは対応で
きませんよ?いつもバイトでお世話になっているんだし…たまにはお
礼させて下さい!」
容赦ない一言で断る麻生。だがサラは食い下がる。
「せっかく祭りにきたのに屋台手伝ってもしかたねーだろ。それにそ
の浴衣も汚れる可能性があるし…ほら、さっさとこの焼きそば持って
いけ」
「あ〜、私の焼きそばできたんだ。ありがと〜」
 しかし麻生もにべもなかった。天満にできたての焼きそばを渡し、
それきり顔を背ける。肩を落とすサラを見るに見かねて、八雲が晶に
相談した。
「部長、なんとかなりませんか?」
「う〜ん、そうね…。天満、その焼きそばの感想を大声で言ってくれ
る?」
晶はまさにいまにも焼きそばの一口目を味わおうとしていた天満に声
をかけた。
「うん…?あ、晶ちゃん!この焼きそば、海老が入っていてすっごく
おいしいよ〜!」
 本能的に天満が叫ぶ。そんじょそこらのテレビのレポーターとは違
う魂のこもった天満の叫び声に周囲は反応し、一度は散らばった人だ
かりがまたわらわらと集まり始めた。

236 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:37 ID:fNSNd4As
「高野、てめぇ…」
「あら、もうかっていいじゃない。それともこのままここで客引きを
続けていてほしい?」
浴衣姿の美少女五人の客引き対一人の手伝い。どちらが正しい選択か
は明白だった。
「…わかった。エプロンはそこだ」
「はいっ!」
「ちょっと待って、サラ」
奥に入ろうとするサラを晶は引き留め、するすると巾着袋から2本の
布製の白い紐を取り出した。
「部長、それなんですか?」
「愛理の夏着物の腰紐。誰かさんが着崩れたとき用に持ってきたの」
ここで使うと思わなかったけど、といいながら晶は2本の紐を安全ピ
ンで留め、くるくるっとサラの浴衣の袖を襷がけにした。
「これで袖は汚れないでしょ…上手くやりなさいよ」
「ありがとうございますっ…じゃあ、早速。部長と塚本先輩、焼きそ
ば代400円です」
「しっかりしてるわね…」
「はい400円。頑張ってね〜」

237 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:39 ID:fNSNd4As
 四人を見送り、サラはエプロンを身につけ屋台の奥へと入った。手
伝い、といってもサラに焼きそばが焼けるわけではない。ただ麻生に
指示を受け、出来た焼きそばをパック詰めし、おつりを支払い、呼び
込みをする。やはり、というかサラの読みどおり屋台はとても繁盛し
た。サラと麻生のクラスメートも何人か来た。麻生家秘伝のソースと
海老の効果は恐ろしい。が、それにも加えて大きかったのはサラの笑
顔だろう。麻生の仏頂面だけではこうまで売れなかったに違いない。
 が、魔法もここまでだった。

「売れないな…」
「売れませんね…」
 サラが手伝いを始めて二時間。フルスピードで売りに売り切った神
通力も残り四パックというところでなぜか切れたようだ。時間が経て
ば経つほど焼きそばの香りも落ちるし、誰もが冷めた焼きそばよりは
焼きたての焼きそばを食べたい。というわけでたった残り四パックの
ために二人は閑古鳥の鳴く店を守っていた。

238 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:40 ID:fNSNd4As
「呼び込み、しますか?」
「たった四つの焼きそばのためにしても意味ないだろ…。それより今
までのスピードが異常だったんだ。ゆっくり売ろう」
「そうですね」
「それより…今日は助かった。ありがとな」
「本当ですか?」
サラは白いエプロンと白い襷がけを翻して振り向いた。
「ああ、本当だ」
軽く頷く麻生。彼がこんなにも素直だなんて珍しいことだ。
「それなら…お礼してください!」
「はぁ?お前なにいってんだ。お前が『いつものお礼』とかいって手
伝いし始めたんだぞ」
「それとこれとは話しが別です!」
「…都合のいい日本語ばかり覚えやがって。だいたい商売は終わって
ないだろ」
「終わったらどうなるんだね?」
二人は会話に割って入った人物に気づいて目を上げた。


239 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:41 ID:fNSNd4As
 そこには紺地に白の竹柄の浴衣に黄色の帯を着て紙袋を抱えた刑部
絃子と白地に紺の桔梗柄の浴衣に朱色の帯を締めた笹倉葉子の姿があ
った。
「こんばんわ、お二人さん」
「こんばんわ、サラさんに麻生君」
「…こんばんわ」
「こんばんわ、刑部先生、笹倉先生。お二人でそろってどうしたんで
す?」
「ふふっ、見回り…というのは口実で私たちもお祭りを堪能している
ところなの。で、サラさんはなんでこんなところにいるの?」
「麻生先輩のお手伝いをしているんです」
「ふーん、そうなのか…。で、商売が終わったらどうしたって?」
挨拶ついでに話題を振る葉子と絃子。
「焼きそばを売り切ったらお礼して貰うことになっているんです」
「約束なんてしてねぇ…」
「なにをして貰うことになっているの?」
話題を広げるサラと葉子に麻生は憮然として呟くが三人は聞いていな
かった。
「え、えっと…そこまでは考えていませんでした」
「ふむ、ではなにか屋台を奢って貰うというのはどうかな?」
「あ、それいいです。麻生先輩、なにかおごってください!」
「………」
「でもこれ、売り切らなきゃいけないのよね?」
「可愛い生徒の恋路のためだ、買ってやるか」


240 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:42 ID:fNSNd4As
「っ……!」
それまで黙っていた麻生だが、さすがに恋路とまでいわれてからかわ
れてはたまらない。すかさず言葉を発しようとしたが
「えー、本当に買っていただけるんですか?ありがとうございます!」
と、売り上げに貢献できた喜びのあまり、話しを聞いていなかったサ
ラによって会話を流された。
「おや、麻生君。浮かない顔だね」
「…なんでもありません」
更に揶揄しようとする絃子を交わすように、言葉少なに焼きそばをビ
ニールに詰める麻生。
「じゃ、四パックで十六〇〇円です…でも刑部先生、四パックはさす
がに多くありません?」
「なに、酒のつまみに食べきるよ。多かったら残して朝食用に持って
帰るさ」
ちょうどうちには大食漢がいるし、とつぶやきながら絃子は焼きそば
の入ったビニール袋を受け取った。
「じゃ、後かたづけに気をつけて帰るようにな」
「麻生君、送り狼にならないようにね」
「なっ…」
最後まで二人は麻生とサラをからかいつつ去っていった。
「先輩、『送り狼』ってなんですか?」
「…お前は知らなくていい」
鉄板の焼け焦げをがりがり擦り続け振り向いてくれない、その後ろ姿
に不満そうに頬を膨らませるサラだった。

241 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:50 ID:fNSNd4As
 商品を売り終わった屋台は物悲しい。周りの店との兼ね合い上、ま
だ屋台を畳むというわけにはいかないからだ。かといってすることも
ない。サラと麻生は売り切った心地良い疲れを感じつつ、少し惚けて
いた。
「先輩」
「…なんだ」
「今日、困らせちゃって、すいませんでした」
「なんのことだ」
「無理矢理手伝ったこととか、『お礼、お礼』って騒いじゃったこと
とか…」
「手伝いは…助かった。正直、一人でできると見込んでいた俺が甘か
ったよ。礼は…むしろこっちがしなきゃいけない立場だからな」
「じゃあ…!」
「で、バイト代いくら欲しい?」
盛大にこけそうになるサラ。麻生の顔を見ても本気で言っているのか
冗談なのかわからない。
「うー…。先輩、本気ですか?」
「実際、ここまで売り切ったの半分はお前の功績だしな。バイト代ぐ
らい弾んでも罰当たらないだろ」
「わ、私が欲しかったのはっ…!」
先輩と一緒にいる時間、と口走りそうになって初めてサラは自分の本
心に気がついた。
(そうだ、お手伝いとかバイトでお世話になっているからとかは口実
だ…。私、単に麻生先輩と一緒に居たかったんだ…)
それなのに私、先輩を困らせている。そう自覚するとサラは自分の我
が儘さに思わずしゅんとした。

242 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:50 ID:fNSNd4As
 口煩かったサラが突然黙ったことで、麻生は逆に心配になった。
「おい、お前…」
「………」
「さ、サラ…」
「………」
サラは沈黙したまま、返事を返さない。
「おいっ!」
「は、はいっ!」
 肩をつかまれて、サラは初めて呼ばれていることに気がついた。と
同時に、浴衣越しに肩に感じる麻生の手の体温に頬が熱くなる。
「先輩、痛い、です」
「ああ、悪い」
 ふいに、沈黙が訪れる。そのいたたまれなさに負けたのは麻生のほ
うだった。
「屋台」
「えっ?」
「そんなに行きたかったか?」
返事に困るサラ。そんなサラの姿を見て、麻生は折れた。
「三十分」
「………?」
「三十分なら店を開けてもいい」
「で、でも不用心なんじゃ…」
「貴重品は売り上げぐらいだし、三十分ぐらいならどってことない。
それより…行きたいのか?行きたくないのか?」
「い、行きたいです!」
サラは思わず反射的に答えてはっとしたが、すでにその返事は麻生の
耳に届いたあとだった。

243 名前:【夏祭りの夜に -sara side-】 :04/08/18 08:51 ID:fNSNd4As
「なら、決まりだ。どこにいきたいんだ?」
「金魚すくいに…」
 八雲に教えて貰った屋台の中で、一番行ってみたかったところをサ
ラは素直に答えていた。
「なら、あそこだな…。毎年すくいがいのある店がある。いくぞ、サラ」
「は、はいっ」
サラはその日初めて名前で呼ばれたことに気づき、浴衣の柄にも負け
ない大輪の花のような笑みを浮かべて返事をした。
 そして麻生には気がつかれないよう、そっと巾着袋の中の携帯の電
源を切った。

(ごめんなさい、八雲、部長。いまだけは二人きりでいたいから――)

「遅い、置いていくぞ」
「いやです、意地でもついていきますから」
 そしてサラは、軽口に本気を混ぜつつ、そっとスピードを緩めてく
れた麻生の足取りを追っていった。

244 名前:午後の抹茶 :04/08/18 08:53 ID:fNSNd4As
というわけで、サラ編でした。絃子さん祭りの前に投稿したかった
のですが間に合わず、祭りの真っ最中に投下という羽目に…。
浴衣の絃子さんと葉子さんで勘弁して下さい。
短く書けるクズリ氏のようなかたをほんとうに尊敬します…。
なにはともあれ絃子さん、お誕生日おめでとうございます。

245 名前:Classical名無しさん :04/08/18 09:41 ID:D14GzHkg
初投稿です。
絃子さん祭り記念、ということだったんですが……。
まあ、なにはともあれ投下。

246 名前:『Present bomb』 :04/08/18 09:42 ID:D14GzHkg

 ――ちょっとだけ想像力を働かせて頂きたい。
 中学時代から手のつけられないワルで、最近ではだいぶ大人しくなったもの
の町内では現在も有名な不良である播磨拳児が商店街を練り歩き、しかも女
性用品を専門としているようなお店の前を何度も往復しているのである。
 彼を知る者なら何事かと思ったであろうし、知らぬ者が見ても彼の風貌や雰
囲気から怯えたような目でチラチラと様子を窺うか露骨に視線を逸らす。
 そんな周囲の反応などお構いなしに播磨は腕を組みながらブツブツと独りご
ちている。

 バイトもしたし金はある。
 同居人だし色々と世話にもなってる自覚はある。
 だからこれは日頃の感謝とかそういうヤツで……。

「ダァーーーー! ウダウダなにやってんだ俺は!」
 サクッと何か買って帰り、おめでとうの一言でも言えば良い。そう結論付け適
当に目星をつけたショップに入ろうとする。
 しかしそこで播磨の足が止まった。

 ……待て。こんな時、なにを買えば良いんだよ。
 そもそも絃子の欲しがりそうなモンなんて検討つけねーよ。
 モデルガンとかか? いや、ンなモン贈ったってどうせ的になるのは俺に決ま
ってるしそれは却下だ。
 フツーので良いんだよ、フツーので。日頃の感謝のキモチなわけだしよ、ウン。
 ……で。フツーのプレゼントってどんなんだよ。

 ――播磨拳児は中学時代から手のつけられないワルで、最近ではだいぶ大人
しくなったものの町内では現在も有名な不良である。
 だから無論、女性に贈り物をしたことなどあるはずもなかった。


 /

247 名前:『Present bomb』 :04/08/18 09:44 ID:D14GzHkg
 その時、周防美琴は一人でショッピングをしていた。花火大会前後でのゴタ
ゴタも一応は解決し、自分の中でもなんとか折り合いはついた。だからその日、
美琴は久しぶりに目的もなくのんびりと店を見て回っていたのだ。
 夏休みも中盤に差し掛かり、そろそろ友人たちとの予定が待ち構えておりそ
れを想像しながらの一人歩きは決して悪いものではなかった。
「さて、と。だいたい目ぼしいトコは見て回ったしどうすっかな〜」
 あの店にあったサンダルが可愛かったとか、あのアクセサリーも良かったと
かそんなことを考えながら、どこかで昼食でも摂りつつなにを買うか決めよう
と思い店を出た。
 そこで思い掛けない相手とばったり出会う。

「播磨?」
「あ?」

 何を考え込んでいるのか。播磨は美琴が先ほどまで物色していたブティック
の店先で頭を抱えていた。
「なにやってんだよ、こんなトコで」
「周防か。なんでもねーよ」
 じゃあな、と捨て置き早足にその場を去り――
「なんだったんだ?」
 ――かけたと思いきや、くるっと方向転換したかと思うと目の前まで戻って
くると周防の肩に手を置いた。
「…………。」
「な、なんだよ……?」

248 名前:『Present bomb』 :04/08/18 09:44 ID:D14GzHkg
 しかし播磨は周防のその問いに答えず、何かを探すようにキョロキョロと周
囲を確認している。それを終えると周防に向き直りようやく口を開いた。
「いま、一人か?」
「……ああ、そうだけど」
「これから時間はあるか?」
「あるけど。いったいどうしたんだ、播磨」
 わけがわからず、しかしついつい特に予定がないことを喋ってしまったこと
に若干の不安を覚えた周防は播磨の様子を観察する。
 なにか事情があって切羽詰っているのか、真剣ななかにも焦りのようなもの
が滲み出ていた。どうもナンパだとかそういうものではないようだ。まあ、播
磨はそういったことをするようなヤツにも見えないけど、などと胸中で呟く。
 そしてふと、一学期の期末テストのことを思い出した。近所の矢神神社で出
会った神サマ≠フことだ。

 ……そういや、お礼とかしてなかったよな。

 そんなことが脳裏を過ぎったからだろう。
「実は、――頼みがある」
 播磨のその言葉にあっさりとOKしたのは。


 /

249 名前:『Present bomb』 :04/08/18 09:45 ID:D14GzHkg
 ひとまず話を聞こう、そういうコトで二人は喫茶店Mercadoに入った。
「あー、つまり。普段世話になってるヒトが居てそのヒトが誕生日なのでプレ
ゼントをしたいと。しかしその相手が欲しがるようなモンもわからねー、そう
いうことか」
「ああ、そうだ。いや何でも良いんだろーけどよ。つい、こうアレコレと考え
ちまってな」
 珈琲を啜りながら苦い表情で言う播磨を見て美琴はまず意外に思い、次に納
得した。そうだ、不良とはいえ播磨はこういうヤツなんだと。
「――良いじゃん。協力してやるよ」
「すまねぇな。いや、こういうコトに慣れてないモンだからよ」
「いいって。気にすんな」
 美琴はそこで一旦言葉を切り、そして訊ねた。
「そういや一つ気になったんだが。その相手ってもしかして――女か?」
 ぐ、と喉を詰まらせる播磨を見て美琴は笑った。


 プレゼントの相手が女性だということを聞き、それなら自分は助言だけにし
て最終的には播磨自身が選ぶという周防の意見に従い二人は商店街を見て回っ
た。アクセサリショップから女性専門の服屋など、播磨はどこに入るのも最初
のうちは抵抗していたが協力を仰いだのは自分だということで諦め渋々ながら
入店し物色したのだった。

250 名前:『Present bomb』 :04/08/18 09:46 ID:D14GzHkg
「今日はありがとな。助かったぜ」
「いいって言ったろ。気にするなよ」
 日も傾くころ、プレゼント用に包装された小箱を持った播磨と、どこか充実
した顔の美琴の姿があった。
「それじゃな」
「おう」
 これまで色々とあったが今日は久々に純粋に楽しかったと美琴は思った。
 だから。
「お礼はしたからな、神サマ! がんばれよーー!」
 去り際にそう残して、彼女は笑いながら帰った。
 目を白黒させて――あの時のことを思い出したのだろう――口をパクパクさ
せた播磨の顔は、面白くてちょっと忘れられそうにない。
 彼に思われる女性が誰だかは知らないが、不良で有名な彼の良いトコロをそ
の女性が気付いていれば良いと思う。


 /

251 名前:『Present bomb』 :04/08/18 09:53 ID:D14GzHkg
「ただいま〜」
「あぁ、おかえり。拳児君」
「あーー……絃子、あのよ」
「いつも言っているだろう。“さん”を付けろ、“さん”を」
「うるせぇ、そんなことよりだな――ホラよ」
「うん? これは……」

 そして播磨は少し照れくさそうに視線を明後日の方向に逸らしてプレゼント
を押し付け相手の反応も確認せずに部屋に向かう。絃子はそれを受け取り、一
瞬だけ戸惑ったようだったが、それがプレゼントであると気付くとふっと口元
を綻ばせ目を伏せて囁くように呟いた。

「ありがとう。拳児君」


 ――後日。夏休みも終わり、二学期の授業中のことだ。
「つまりここでこの方程式に先ほどの解を代入することで……」
 絃子の授業を聞きながら、美琴の視線が彼女の手首で止まった。
(あれ? あの腕時計、どっかで見たような……)

252 名前:『Present bomb』 :04/08/18 09:54 ID:D14GzHkg
「そのヒトってのは年上なのか?」
「ああ、そうだ」
「それなら腕時計なんてどうだ? アクセサリほど人を選ばないだろ。大人っ
ぽいデザインのヤツなんて良いんじゃないか?」
「なるほど。う〜ん、それならこれとか似合いそうだが」
「へぇ、良いじゃん。そのサングラスから心配してたけどセンスは悪くないん
だな、播磨」
「ふん、このグラサンにゃあ深いワケがあるんだよ」
 それじゃコレにすっか、と言って播磨はクラシックなデザインの黒を基調と
した腕時計を選んだのだった。


(ああ、ありゃ確かに似合ってる)
 なんとなく、美琴は口元を緩ませる。
(ん? でもアレを刑部先生が付けてるってことはつまり……!?)
 この後、美琴は気になって気になって仕方が無かったのだが、保健室でのあ
れこれやフォークダンスでの沢近とのことや塚本の妹とのことやらで有耶無耶
になってしまう。
 しかし刑部絃子がその腕時計を貰ってからいつも身に付けていることから、
いつ美琴が思い出してもおかしくはない。導火線にはもうとっくに火が点いて
いるのだから。いろいろと。


 …………Fin.

253 名前:Classical名無しさん :04/08/18 09:54 ID:D14GzHkg
というわけで以上です。
本当はプレゼントの相談役に八雲を考えたんですが、時系列からいってまだ
播磨と八雲って面識はあっても親しくないんですよね。
んで、もともと私が鉛筆派だったこともあってミコちん。
本当はもっと絃子さんをメインに持ってこようかと迷ったんですがその辺は敢えて
外して皆さんの想像力にお任せすることに(言い訳)
原作の雰囲気が少しでも出ていたら幸い。ではでは失礼しました。

そして最後に、絃子さん誕生日オメー。

254 名前:Classical名無しさん :04/08/18 11:04 ID:K2Kh6IBg
>>253
GJ!
これは巧いですね。
最後に美琴が時計に気づくシーンではやられたと思いました。
それにしても播磨視点、美琴視点で絃子さんの誕生日SSを
こうも上手く描かれるとは、感動。
極めて(・∀・)イイ!

255 名前:Classical名無しさん :04/08/18 11:31 ID:UIoKIGYA
祭りになってる━━━━ヽ(゚∀゚ )ノ━━━━!!!!
何ですかこの神の数は!

>>225
短いけどGJ!
葉子さんの冷やかしはすでに市民権を得ていますねw

>>220
こちらもGJ!
>「ところで拳児君」
>「なんだよ」
>「もう一度姉さんと言ってくれないかな?」
このやりとりに激しく萌えました。良い雰囲気の二人ですね

>>253
なぜかミコチンキタ━━━━(Д゚(○=(゚∀゚)=○)Д゚)━━━━━!!
これで初投稿ですか?上手すぎ
話の構成がしっかりしてて非常に面白かったです。
絃子さん祭りなのに美琴に萌えてしまいました。
美琴が絃子さんとの同棲を知ったらどういう反応をするのか気になってしまったり。
これからもどんどん投稿して下さいね。
鉛筆でも超姉でも。

256 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:35 ID:UP3rarDA
「―――で、計画の方は?」

「順調です。弾薬の方も揃いましたし」

「人員不足の件はどうなってるの? 今のままでは、とても予定時刻に間に合わないわ」

「大丈夫です、気合で何とかしますから」

「そう、とすると問題は陽動の方ね」

「大丈夫、助っ人を一人用意したわ。問題なしよ」

「わかりました。では、作戦決行は明日の九時ということで。各員の健闘を祈るわ」

「了解です」


257 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:35 ID:UP3rarDA
「……ふう」
ノートパソコンから視線を上げると、刑部絃子は小さく溜め息を漏らした。昼時ということもあってか、
現在職員室で作業をしているのは絃子一人である。窓の外に広がる青空が、絃子にはやけに眩しく
感じられた。
「まったく、こんな時まで仕事とはね」
絃子の口から、珍しく愚痴がこぼれる。夏休みとはいえども、教師の仕事がなくなるわけではない。
二学期に向けての準備など、やらなければいけないことは山のようにある。絃子は今日も朝から
学校を訪れ、愛用のノートパソコンのキーを叩いていた。
「さて、そろそろ食事でも……ん?」
言いかけて、絃子が動きを止める。その視線の先には、飾り気のない卓上カレンダーの姿があった。
今日の日付―――八月十八日の欄に書き込まれた文字が、消えかけていた絃子の記憶を呼び覚ます。
「……そうか、今日は―――」
カレンダーには、小さな文字で「誕生日」と書かれていた。いつそれを書き込んだのか、そもそもとして
なぜそれを書き込んだのかさえも絃子は覚えていない。自嘲気味に笑みを浮かべると、絃子は
ノートパソコンの電源を切り、職員室を後にした。


258 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:36 ID:UP3rarDA
「……で、私のところに来たわけですか」
「ええ」
静かに答えると、絃子は右手のティーカップを口元へ運んだ。白衣に身を包んだ保健教師―――姉ヶ崎妙が、
微笑んでその姿を見つめる。播磨拳児―――この近辺でも名の知られた不良であり、絃子の
従兄弟でもある―――による「新任保健教師押し倒し事件」以来、絃子はたびたび保健室を
訪れるようになっていた。
「……すみませんね、邪魔してしまって」
「いえ、こちらとしても手間が省けましたし」
「手間?」
「ああ、何でもないです。気にしないで下さい。……そういえば、誰にも話してないんですか?
 今日が誕生日だってこと」
「ええ」
こともなげな口ぶりで、絃子が答える。その言葉に、姉ヶ崎は訝しげな表情を見せた。
「笹倉先生とは仲がよろしいんでしょう? 刑部先生の誕生日を忘れるような人でもないと思いますし」
「彼女は三日前からヨーロッパですよ。大好きな絵がたくさん見られて、今頃は狂喜乱舞してるでしょう」
「茶道部の生徒は? いい子たちですし、喜んでお祝いしてくれると思いますけど」
「彼女たちだって予定がありますよ。祝ってくれなんて押しつけがましいことは言えません。
それに、そこまでして誰かに祝ってもらおうとも思いませんしね」
「……じゃあ、ハリ―――播磨くんは?」
「……彼は女性の誕生日を覚えてるほど器用な男じゃないですよ。今日も夜中まで出かけるそうですし」
「……ということは、播磨くんは刑部先生の誕生日を知ってるわけですね」
「……」


259 名前:Classical名無しさん :04/08/18 12:36 ID:QQSXtimo
支援

260 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:38 ID:UP3rarDA
絃子はその質問には答えず、黙ってポケットから車のものらしき鍵を取り出してみせた。
鍵に取り付けられたキーホルダーが、窓からの日差しを受けてキラキラと輝く。
「綺麗な石ですね。ひょっとして、播磨くんからの?」
「……いや、預かってるだけですよ。もっとも、本人はとっくに忘れてるでしょうけど」
「思い出の1ページ、ってやつですか」
「ま、そんなところです。……あの頃は、彼も素直で可愛い子だったんですがね」
そう言って、絃子は微かに笑みを浮かべた。それにつられるようにして、姉ヶ崎も笑う。
「大丈夫ですよ。播磨くんはそういう大事なことを忘れる人間じゃないですから」
「……随分、彼のことを買っているようですね」
「ええ。短い間とはいえ、一緒に暮らしていたこともありますから。……でも」
「?」
「私の知らない播磨くんを、刑部先生は知っているんですよね。当たり前と言えば当たり前の
ことですけど、何かちょっと悔しいです」
独り言のように言う姉ヶ崎の瞳に、悲しげな光が宿った。二人きりの保健室を、夏の日差しと
蝉時雨だけが彩る。残りの紅茶を一気に飲み干すと、絃子は席を立った。
「……すみません、邪魔してしまって。仕事の方も一段落しましたし、そろそろ失礼します」
「ああ、それならちょっとお願いしたいことがあるんですけど」
再び笑顔に戻った姉ヶ崎が、手元のバッグをごそごそとまさぐる。ほどなくして、机上には
一台のノートパソコンが取り出された。
「実はこのパソコンなんですけど、最近どうも調子が悪くって。刑部先生はこういうのに詳しい
そうですし、よかったら見て頂けないですか?」
「ええ、わかりました」


261 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:38 ID:UP3rarDA
「……む」
昇降口を出たところで、絃子は眩しそうに太陽を見上げた。容赦のない夏の日差しが、これでもかと
いう具合に絃子の身体へと降り注ぐ。しばしその場に立ちつくした後、絃子は再び自らの車に向かって
歩き始めた。
「しかし、ここまで時間がかかるとはね」
絃子の左手の時計は、すでに三時を大きく回っている。姉ヶ崎のパソコンは予想外に重傷で、
修復には絃子が思った以上に時間がかかってしまった。冷房の効いた室内で長時間パソコンに
向かっていたためか、絃子の足取りはどことなく重い。やっとのことで車に辿り着くと、絃子は
いつものようにズボンのポケットをまさぐった。
「……ん?」
絃子の表情に、焦りの色が浮かぶ。ポケットの中を探しても、なぜか車の鍵が見つからなかった
からである。車の鍵を無くすということは、絃子にとって播磨との思い出を失うことと等しい。
必死に心を落ち着けると、絃子は俯いて自らの記憶を辿った。その時、
「何を探してるんですか、絃子さん?」
「!!」
絃子の背後から、何者かの声が響いた。驚愕の表情で、絃子が振り向く。
「葉子、どうしてここに―――」


262 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:39 ID:UP3rarDA
「久しぶりですね、お元気でしたか?」
絃子に対し、声の主―――笹倉葉子はにっこりと微笑んでみせた。驚きを隠せない様子で、絃子が尋ねる。
「いや、元気とかそういうことじゃなくて、どうして日本にいるのかって―――」
「ああ、そうそう。さっき姉ヶ崎先生からこんなものを預かったんですけど」
絃子の問いを無視して、笹倉は言葉を続けた。笹倉の右手には、絃子の車の鍵が握られている。
「ああ、それを探してたんだ。すまない」
安堵の表情を見せると、絃子は笹倉に手を差し出し、鍵を受け取ろうとした。しかし、
「だめですよ、これは渡せません」
微笑みを浮かべたまま、笹倉は鍵を渡そうとしない。その仕打ちに対し、絃子は不快感を露わにした。
「……どういうつもりだ? それがないと、私は家に帰ることができないんだが」
「じゃ、ちょっとだけ私に付き合って下さい。そうしたら返してあげますから」
爽やかに言い放つと、そのまま笹倉は自分の車に乗り込んでしまった。仕方ないといった様子で、
絃子が車の助手席へと乗り込む。
「……どこに連れてく気だい? 買い物のお供はもう勘弁して欲しいんだがね」
「ふふ、行けばわかりますよ。じゃ、出発しましょうか」
満足げな笑顔を見せて、笹倉はゆっくりアクセルを踏み込んだ。



263 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:40 ID:UP3rarDA
「さ、到着です」
数十分のドライブの後、笹倉は郊外の森の前で車を止めた。車の下からは、森の奥―――美しい教会に
向かって道が延びている。
「着きましたよ。それじゃ……って、どうしました?」
「ん? ああ、いや、君がクリスチャンとは知らなかったものでね。悪いが、私はそういうのに
興味は―――」
「違いますよ。……じゃ、私は車を止めてきますから。先に教会の中で待っててもらえますか?」
絃子を降ろすと、笹倉の車はどこかに走り去っていった。一段と音量を増した蝉時雨が、全方向から
絃子の身体を責め立てる。一つ大きな溜め息をつくと、絃子は教会に向かって歩き出した。
「……まったく、何を考えてるんだか」
絃子の口から、またも愚痴がこぼれる。幾分和らいでいるとはいっても、真っ青な空から降り注ぐ
日差しは十二分に厳しい。足早に森を抜けると、絃子は躊躇うことなく教会の扉を開けた。


264 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:41 ID:UP3rarDA
パン! パン!

銃声にも似た爆発音が、賑やかに絃子を出迎えた。小さな教会の中に、祝福の言葉が響き渡る。

『ハッピーバースデー、刑部先生!』

「……な」
何が起こったのか理解できず、絃子は呆然とその場に立ちつくした。クラッカーを手にした
金髪の少女―――サラ・アディエマスが、にこやかに微笑む。
「秘密にしていてすみません。でも、刑部先生の驚く姿が見たかったものですから。……じゃ、八雲」
「うん」
黒髪の美少女―――塚本八雲に目配せすると、サラは教会の奥に姿を消した。後を追うようにして、
八雲もその場を離れる。一人残った少女―――高野晶を見つめ、絃子は「やられた」といった風に
頭を抱えた。


265 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:42 ID:UP3rarDA
「……完敗だな。まさか、君たちが裏でこんなことをしてたなんてね」
「それはお互い様です。先生だって、今日が誕生日であることを教えて下さらなかったわけですから」
「……ふ、それもそうか。ありがとう、高野くん」
「お礼を言う相手は、私ではないはずですが」
その言葉に、絃子が後ろを振り向く。そこには、大量の洋酒を抱えた笹倉の姿があった。
「……なるほど、今回の件の首謀者は君か」
「はい」
「ということは、ヨーロッパ云々の話もすべて嘘だと?」
「はい」
「ひょっとして、姉ヶ崎先生もグルかい?」
「はい。事情を話したら、喜んで協力してくれました」
「……まったく、君と一緒にいると退屈しないな」
「お互い様ですよ、それは」
皮肉っぽく言う絃子に対し、笹倉は笑って言葉を返した。太陽を思わせるその笑顔に、絃子の口元からも
自然と笑みがこぼれる。
「……ケーキの準備ができたみたいですね。じゃ、行きましょうか」
「ああ」
笑顔で答えると、絃子は教会の奥に向かって歩いていった。


266 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:44 ID:UP3rarDA
「……ふう」
手元のワインを飲み干すと、絃子は小さく息をついた。パーティーが始まってから二時間余りが過ぎ、
料理やケーキの皿もほとんどが空となっている。机から身体を乗り出すようにして、笹倉は
絃子のグラスにワインを注いだ。
「最後です。大事に飲んで下さいね」
「ああ、ありがとう。……しかし、生徒にまで酒を飲ませてよかったのかい? 一応我々は
 教師であるはずだがね」
ワインを口に運びながら、絃子が尋ねた。笹倉の横では、机に突っ伏したサラと八雲がすやすや
寝息を立てている。サラの髪を優しく撫でると、笹倉は笑って口を開いた。
「いいんですよ、おめでたい席ですから。それに、私たちだって学生の頃からお酒は飲んでた
じゃないですか」
「ま、それはそうだけど」
「細かいことは言いっこなしです。さ、どうぞ」
「む」
笹倉にせっつかれるような形で、絃子がワインを飲み干す。その姿を見届けると、笹倉は静かに
席を立った。
「どこに行くんだい?」
「ちょっと外に。酔いを冷まさないと」
「ああ、それなら私も行くよ。酒もなくなったし」
「わかりました。高野さん、あとはよろしくね」
「はい」
空になった皿を片づけつつ、晶が頷く。三人の少女たちを残して、絃子と笹倉は教会を出ていった。


267 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:46 ID:UP3rarDA
教会の扉を開けた二人を、心地良い風が迎えた。時刻はすでに六時を回り、天には星々の輝きが
現れ始めている。扉が閉まったことを確認すると、二人は教会の壁に身体を預けた。
「……鍵、返しておきますね」
「ああ。……ありがとう、葉子。楽しかったよ」
「どういたしまして。そう言ってもらえると、嘘をついた甲斐もあったってものですね」
微笑みを浮かべつつ、笹倉が答える。その言葉に、絃子は感慨深げな表情を浮かべた。
「……君は変わらないな。今も昔も―――いや、きっとこれからも」
「絃子さんだって。見た目が変わっても、中身は全然変わらない。私が初めて絃子さんに出会った、
 あの時のまま」
噛み締めるようにして、笹倉が呟く。アルコールが入っているせいか、その顔はどことなく赤い。
その時、
「……何の音だ?」
闇に包まれつつある森に、謎の音が響いた。不思議そうな顔で、絃子が森の奥へと視線を
向ける。
「来たみたいですね」
「……どういうことだ?」
「大好きな絃子さんに、私からもう一つのプレゼントです」
瞬間、森から一台のバイクが飛び出してきた。絃子の表情が、驚愕のそれに変わる。
「……拳児くん」
サングラスにカチューシャ、そして特徴的な髭。バイクに乗っていたのは、絃子の従兄弟―――播磨拳児に
他ならなかった。


268 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:46 ID:UP3rarDA
「……よう」
教会の前でバイクを止めると、播磨は絃子に声をかけた。規則正しいエンジンの駆動音が、辺りの
空気を揺さぶる。
「……何のつもりかな? 君は今日夜中まで帰ってこないと聞いていたが」
「……」
絃子に対し、播磨は無言でヘルメットを放り投げた。薄暗くなってきたこともあってか、サングラスを
かけた播磨の表情は俄に読み取り難い。ヘルメットを受け取ると、そのまま絃子はバイク上の播磨に
歩み寄った。
「だから、どういうことなんだい? 同居人である私に嘘をつくとは、感心しな―――」
「乗れ」
「……は?」
「いいから乗れ! 時間がねーんだよ!」
絃子の言葉を遮るようにして、播磨が怒鳴る。本日何度目かの溜め息をつくと、絃子はヘルメットを
かぶり、バイクの後部座席にまたがった。
「飛ばすぜ、しっかり掴まってろよ」
「……くれぐれも安全運転でな。君と心中するのはごめんだ」
「ああ、わーってる。……行くぜ!」
播磨がサングラスを外し、咆哮を上げる。バイクは爆音と共に森を抜け、市街地の方へと消えていった。


269 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:47 ID:UP3rarDA
法定速度を遙かに上回るスピードで市街地を抜けた後、播磨は矢神神社の前でバイクを止めた。
辺りは完全に黒一色となり、蝉時雨もすっかり聞こえなくなっている。ヘルメットを脱いだ
絃子の腕を掴むと、そのまま播磨は神社の石段を駆け上った。
「どういうつもりだ! こんな神社に何の用がある!」
「うるせぇ! 黙ってついて来い!」
「ふざけるな! 人を命の危険にまで晒しておいて、何が『ついて来い』だ!」
「時間がねーんだよ! 後で文句はいくらでも聞いてやるから、さっさと走れ!」
「だから何のことだ! 時間がない時間がないと、いったい君は何を考えてる!」
「行きゃわかる!」
お互いに罵声を飛ばし合いながら、二人が神社の横を駆け抜ける。神社裏の林を抜け、見晴らしのいい
崖の上に到着したところで、ようやく播磨は足を止めた。
「……と、到着だ。ま、間に合ったぜ……」
息も絶え絶えといった様子で、播磨がその場に腰を下ろす。乱れた息を整えると、絃子は改めて
播磨に尋ねた。
「……で、どういうことなんだ? まさかこんな崖に連れてくることが目的だったわけか?」
「……あー、向こう向こう。ほれ」
そう言って、播磨が海の方を指差す。その時、
「―――!?」
一つ、星が降った。


270 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:48 ID:UP3rarDA
「……すごい」
絃子の視界は、瞬く間に流星で埋め尽くされた。幾千もの星々が、煌めきと共に二人の頭上へ降り注ぐ。
幻想的としか言いようのない光景に、しばしの間絃子は見惚れた。
「……本物のダイヤはまだ買えねーからな。代わりだ」
独り言のように、播磨が呟く。それを聞いて、絃子は驚愕の表情を浮かべた。
「……驚いたな、覚えててくれたのか……」
「……忘れねーよ、約束したんだからな」
約束という言葉に、心なしか力がこもる。星降る空を見つめる播磨の表情は、絃子の記憶の中にある
少年のそれとぴったり重なった。

「イトコねーちゃん!」
―――何だい、ケンジくん?
「こ、これ!」
―――綺麗な石だね。お別れのプレゼントってやつかな?
「違う! 俺、いつか本物のダイヤを持ってねーちゃんに会いに行くから。こんなちっちゃい
やつじゃなくて、もっとでっかいやつを持ってくから。だから!」
―――ありがとう、ケンジくん。その時まで、これは大切に預かっておくよ。
「約束だぞ! 絶対だからな!」

「……拳児くん」
「ん?」
ポケットから車の鍵を取り出すと、絃子はキーホルダーを外し、播磨に渡した。
「返すよ。約束だからね」
「何言ってんだ、それはダイヤと交換の約束―――」
「いいんだ。私はダイヤよりもっといいものをもらったよ。夜空に輝く、世界一綺麗な宝石をね」
天空を見上げて、絃子が微笑む。そんな絃子を祝福するかのように、その夜流星の煌めきが
途切れることはなかった。

271 名前:Happy Birthday :04/08/18 12:49 ID:UP3rarDA
というわけで、絃子先生誕生日記念SSを一つ。
支援して下さった方、ありがとうございました。
流星群自体は既出なネタだったりするんですが、ご勘弁下さい。

それにしても、本編ではもう絃子先生の誕生日が語られることはないんだなーと思うと
ちょっと悲しいものがありますね。
ともあれ、姉萌えの一人としてこれからの活躍を期待したいです。
改めて、絃子先生お誕生日おめでとうございます。


272 名前:Classical名無しさん :04/08/18 12:59 ID:uccecMfc
午後の抹茶さん
今回も激しくGJです。サラ×麻はいいですね〜。
それよりまだまだ続くんですよね?次回も期待してます。

273 名前:Classical名無しさん :04/08/18 13:37 ID:UIoKIGYA
>>271
GJ!
力作乙です。
誕生会ですか、さすが葉子さん。
播磨も随分ロマンチックな演出をしますね。
落ち着いた雰囲気の絃子さんがよかったです。

274 名前:Sparkling Soda :04/08/18 14:09 ID:qmlfIyEQ
夏祭り、という舞台がかぶることは大分前から承知の上だったんですが、あらためてこう、
微妙にやっちゃった感がひしひしと。
とは言えボツるのもなんなので、そんなこんなの絃子誕生日。
そこはかとなく本編一年後辺りを想定してもらえると。

275 名前:Sparkling Soda :04/08/18 14:10 ID:qmlfIyEQ
 刑部絃子は子供のような大人である。
 イタズラに悪ふざけ、およそ子供のような行為を大人の知恵を以て実行する、そんな女性である。
 したがって。
「イトコ、今日暇か?」
 その無愛想な居候がぶっきらぼうに声をかけてきたとき、次のような会話が交わされたのは、ある種当然
であると言える。
「拳児君」
「な、なんだよ。んなマジな顔しやがって」
「熱でもあるのかな? 君の方から私の都合を訊いてくるとは」
「うるせぇっ! で、どうなんだよ」
「これと言って用事はないが……一体何かな、そんなにムキになって」
「……寝ぼけてんのか? 今日はテメェの」
「おお、そうか。今日は私の誕生日だったね。去年はどこかの誰かさんが見事にすっぽかしてくれたからね、
 すっかり忘れていたよ」
「くっ……」
「いや、あのときは来年はどうしてやろうかといろいろ計画も練ったけどね、今の今まで思い出せなかった。
 人間忘れるときは忘れるものだ、なあ拳児君?」
「だぁっ! 俺が悪かったよ謝りゃいいんだろ謝りゃ。スミマセンでした絃子さん! ほらよ」
「誠意が感じられないが……まあよしとしよう。それで、どんな趣向なのかな? 君にあまり無理をさせるのも
 私としては心苦しいところだし、一応聞かせてくれ」
「んなおおげさなもんじゃねぇよ。近所でいつも祭やってるだろ、あれに行かねぇか」
「祭……」
「昔よく行ってただろ……ってなんだよ、何がおかしいんだよ」
「いや、悪い。そうだな、君が選ぶプレゼント、というのも見てみたい気がするが、それよりこっちの方が
 ずっといい。うん、君にしては随分と気が利いているね、拳児君」

276 名前:Sparkling Soda :04/08/18 14:10 ID:qmlfIyEQ
「お、おう」
「さて、そうと決まったならちょっと出かけてくるよ。どうせ行くのは夕方からだろう?」
「別に昼間っからやってるだろ、あそこ」
「馬鹿者、そういうのを風情がないと言うんだ。まあいいさ、とにかく出てくる。ちゃんと戻ってくるから
 心配せずに待っていてくれ。なに、私はすっぽかしたりしないさ」
「イトコ、お前やっぱ根に持って……おい!」
 最後まで嬉しいとは決して口にしない、それが若干ひねくれた彼女らしさであり、それでも隠しきれずに
口の端に浮かんでいた笑みを見逃してしまうのは、鈍感な彼らしさ、といったところか。
 ともあれそうやって、舞台の幕は騒がしく上がる。

Sparkling Soda

「ったく、遅ぇぞ。どこ行って」
 やがったんだ、と続くはずの言葉を思わず飲み込んでしまう拳児。何故なら。
「相変わらず気が短いな君は。別にそんなに遅くは……と、なんだその顔は。あのね拳児君、あまりこういう
 ことはとやかく言いたくはないが、そんな風にして人を見るのはよくないと思うよ」
「いや、つーか絃子、その髪……」
「ん? ああこれか」
 なんでもないことのように答えた彼女の長髪は、アップにして上に綺麗にまとめられている。
「切ったわけでもないんだから、驚くこともないだろう? さて、それじゃ着替えてくるからもう少しだけ
 待っていてくれよ」
 そう言うやいなや、さっさと部屋に引き上げてしまう絃子を呆然と見送る拳児。最後に目に入ったのは、
日に焼けることなく白いままのそのうなじ。どういうわけか、それが脳裏に焼き付いてしまって――
「……絃子だぞ、絃子」
 何考えてんだ、と首を振って頭からその映像を追い出す。それでもどこか落ち着かない心に、見る番組も
ないのにテレビをつけて適当にチャンネルを回す。よく分からないドラマの再放送にくだらないバラエティ、
そんなものが、ぼう、とした拳児の視線の先でくるくると切り替わっていく。

277 名前:Sparkling Soda :04/08/18 14:11 ID:qmlfIyEQ
「何をやってるのかな、君は」
 どれくらいそうしていたか、いつのまにか部屋から出てきていた絃子の声に我に返る拳児。別に何でも、と
答えようとして振り向いて、またしても、そして今度は完全に固まる。
「これを着るのも随分と久しぶりだが」
 ぽかんと口を開けている拳児の前で、くるりと回ってみせる。
「私もまだまだ捨てたもんじゃないだろう?」
 そこにいたのは、浴衣を身にまとった絃子だった。
 その姿に言葉もない拳児、そしてそれを見て表情を曇らせる絃子。
「……今、似合わないと思ったね?」
「なっ、んなわけねぇだろ! 十分……」
「似合ってる、か。それはよかった」
 ついいましがたの表情が嘘のように、いつもの笑みで意地悪く告げる。対する拳児は仏頂面で唸るほかに
仕方がない。そんな様子を見て満足したのか、それじゃ行こうか、とその腕を差し出す絃子。
「……あん?」
「まったく、女性をエスコートするのは男性の役目だろう? それとも私ではご不満かな? 拳児君。腕を
 組むのが嫌だというなら、手を繋ぐだけでも構わないぞ」
 ほら、と再度突き出されるその腕に進退窮まる拳児。くっ、と呻きつつも、やがて覚悟を決めたのか、
おずおずとその手を取ろうとして。
「なんて顔してるんだ、冗談だよ冗談。さ、行くぞ」
 あっさりとそれを絃子にすかされる。もちろん、ちゃんと腕を組みたかったのかと訊かれたならば、どう
考えたところでそちらの方が恥ずかしいに決まっているわけなのだが、どこか釈然としない気持ちになる拳児。
そうこうしている間にも、玄関では赤い鼻緒の下駄をつっかけた絃子が、早く来いと手招きをして呼んでいる。
「ったくよ……」
 ぼやきながらも歩き出す。その視線の先では、待ちきれない様子でドアを開けて出て行く絃子の姿。そして、
からんころんと下駄の鳴る音が響いていた。


278 名前:Sparkling Soda :04/08/18 14:11 ID:qmlfIyEQ

「一つ頼むよ」
 丁度日も落ちる頃、祭の会場に着いた絃子がいの一番に頼んだのは。
「お前な、いきなりビールはねぇだろ」
「いいんだよ、これくらいで酔いはしないさ。君も知ってるだろう?」
「そういう問題か……?」
 そんなことを言いながら足を踏み入れた祭の中は、それなりの盛況ぶりでかなりの人混みを見せている。自然、
はぐれないように近くなる二人の距離。
「しかし久しぶりだね、君とここに来るのは」
「ん……そうだっけか」
 どこか生返事の拳児に眉をひそめる絃子。が、そわそわしたようなその素振りにすぐにその訳に気がつく。
「成程、ね」
「おい、んなくっついてくんじゃねぇよ!」
「うん? 私は何もしていないよ。人が多いから仕方がないんだよ、おっと」
 冗談とも本気ともつかない口調でさらに身を寄せてくる絃子に、顔を真っ赤にしながらも逃げるようにしてその
足を速める拳児だが、人が多いのは紛れもなく事実。結局、その背中には絃子がぴったりとくっついているような
恰好になってしまう。
「それじゃまずはあれだな」
 ひとしきりそれを楽しんだのか、やがてすっと拳児の身体から離れた絃子が指差したのは。
「射的か」
「やれやれ、なんだそのやる気のない反応は。折角なんだから楽しまないと損だよ。それに射的と言えば……」
 そこで言葉を切り、拳児の顔をじっと見つめる。
「……なんだよいきなり」
「いや、覚えていないならいいよ」
 わずかに曇る絃子の表情。それを見て、直後に来るであろう攻撃を避けるべく、焦る拳児。
「ああいや待て。今思い出すすぐ思い出す!」
「いいよ、別に。ただの昔話さ、気が向いたら後で話そう」
 そんな反応にふっと笑ってから、出店の主人に声をかける絃子。

279 名前:Sparkling Soda :04/08/18 14:10 ID:qmlfIyEQ
「やあ、今年は来たよ」
「お、姉ちゃん。最近見ねぇからどうしてるかと思ってたよ」
「いろいろあってね。それでも腕は鈍っていないつもりだよ」
 そうかい、そりゃよかった、と笑いながら、もう何年ここで現役を張っているのか、すっかり古びた銃を手渡す主人。
「今日はそうだな……二発で決めて見せようか」
「そりゃまたずいぶん強気だな。なんだ、連れがいるからいいトコ見せようってのかい?」
「まさか、客引きには目立った方がいいだろう?」
 気心しれた古くからの知り合いの、冗談めいた丁々発止のやりとり。そんなものを見せてから、通常とはかなり
離れた位置に立つ絃子。
「んな大口叩いて大丈夫なのか……?」
「その言葉はありがたく受け取っておくよ。だがまあ、見ているといい」
 近寄って声をかけてきた拳児にそう答えてから、すっと右腕を前に伸ばす。左腕を使わず、片手一本で支持された
銃は、微動だにせずぴたりとその狙いを定める。冷たい色を浮かべ細められたその瞳に、周囲の空気も緊張感を増して
いく。
 一種異様なその雰囲気に次第に人だかりも出来ていく中、その一発目が放たれる。パン、という乾いた音。
「……ハズレじゃねぇか」
「だから二発なんだよ、兄ちゃん」
 ぼやいた拳児の横でささやく主人。どういうこと、と訊き返す間もなく二発目が放たれて。今度は、コトリ、という
音を立てて、一番小さな標的――キャラメルの箱が倒れる。わ、と沸くギャラリーにも涼しい顔の絃子。なんでもない
ようにして、主人に銃を返す。
「その距離から狙って当てられる出来じゃねぇんだけどな。まったく、大したもんだよ」
「腕は鈍っていないといっただろう? それじゃこれはもらっていくよ」
「ああ、またな姉ちゃん」
 俺の後は姉ちゃんに継いでもらうからな、などという軽口を背に受けて軽く手を振りつつ、拳児を連れ立ってその場を
離れる。

280 名前:Sparkling Soda :04/08/18 14:11 ID:qmlfIyEQ
「すげえな、絃子」
「あれくらいは、ね。だがまだまだだよ、世の中には一発目で当てる人間もいるからね」
「まぐれじゃねぇのか、それ」
「……そうかもしれないな。まあ、上を目指すのは悪いことじゃないだろう? それじゃ、次行こうか」
 小さく肩をすくめてから拳児の手を取って歩き出す絃子。ちょっと待て、という抗議の声にもその足は止まることなく、
祭の中心へ向けて加速していく。軽く、踊るように。

 その後も金魚すくいにヨーヨー釣り、わたあめ焼きそばエトセトラ、と隅から隅まで周り尽くし、引っ張り回された
拳児。今は祭の会場を離れ、最後の締めである花火を見るべく近くの高台に向かって歩いている。
 あのざわついた雰囲気も次第に遠ざかり、閑静な住宅街を支配しているのは静の空気。自然、二人の間にも穏やかな
静寂が流れ、絃子の手元で水音を立てるヨーヨー、そしてその下駄の音だけが辺りに響いている。
 やがて、道は舗装されたそれから砂利道へと変わり、下駄の音は聞こえなくなるが、それでも二人は黙ったままで
歩いていく。絃子は元より、拳児でさえその空気を壊してしまうことにどこかためらいを覚えていた。
 そんな風にして辿り着いた高台は、眼下に街を一望出来る場所だった。それほど珍しいわけでもない街の灯りが、
何故か今日は特別なものに見えて、絃子は静かに口を開く。
「なあ、拳児君」
「ん?」
「さっき射的の話をしただろう? あれはね、君のことなんだよ」
「……は? 俺?」
「そうだよ、綺麗さっぱり忘れてるみたいだけどね。もう大分前になるかな、初めて君と一緒にあそこに行ったときの
 ことだ。どういうわけか、何度やっても一発目で当てるんだよ」
 まぐれにしちゃ出来すぎだろう、と微笑む。
「なんだかそれが悔しくてね、ずっと隠れて練習してた。そしてようやく見せられる腕になった頃には」
「俺の方が忘れてた」
「そう、それだけの話だよ。他愛のない思い出さ」
 その言葉に重なるようにして、花火が打ち上がり始める。どん、という大きな音とともに、夜空に大輪の花が次々に
咲き、そしてすぐに散っていく。

281 名前:Sparkling Soda :04/08/18 14:13 ID:qmlfIyEQ
 そんな光景を、しばらく口をつぐんで見つめていた絃子が、再び口を開く。
「あらためてこうして見ると、儚いものだね……だが、確かに綺麗だ」
 だから、と言葉は続く。
「オンナというものは憧れるんだよ。一生にただ一度だとしても、それでも輝けるその瞬間に」
 謳うようなその言葉。それを聞いた拳児は呆れたように返事を返す。
「絃子にゃ関係ねぇ話だよな。一瞬どころかいつでもどこでも光りっぱなしだろ」
 一瞬の静寂、そしてそれを打ち破る、どん、という音。
「……私が?」
「あのな、ビール一杯で酔っぱらってんじゃねぇぞ。そんだけ好き放題やっといてお前が光ってるうちに入んねぇんなら、
 世の中なんて真っ暗だろうが」
 その台詞を最後に、再び二人の間には沈黙が降りる。花火の音だけが鳴り響き、夜空を華麗に彩っている。しばらく
それを呆然としたように眺めていた絃子だったが、やがてくつくつと笑い出す。
「そうか、そう言ってくれるか、君は」
 吹っ切れたように、よし、と大きく一つ伸びをする。
「じゃあ帰ろうか」
 そう言って、まだ花火が打ち上がり続けている夜空に背を向ける。
「いいのか、最後まで見てかなくてよ」
「ああ、構わないよ」
 浮かべているのはいつものシニカルな笑み。それを見て、拳児もふん、と小さく笑ってからその腕を取る。
「拳児君……?」
「結局何もしてねぇからな。……今日だけだぞ」
 ぶっきらぼうに明後日の方を向いて言う拳児に、そうか、と絃子も答えて。
「それじゃ、私も今日だけは」
 身体を預けるように、その肩に身を寄せる。思わず逃げようとする拳児だが、絃子はその腕をつかんで放さない。
「さて、行こうか」
「…………おう」
 背後からの花火に照らされて、一つになったその影を追うようにして。
 二人はゆっくりと歩き出した。

282 名前:Classical名無しさん :04/08/18 14:20 ID:7VBN8m9c
支援?

283 名前:Sparkling Soda :04/08/18 14:20 ID:qmlfIyEQ

別に二人が付き合ってるとかそういう話ではないですよ、と一応断わりを入れておいて。
どうも絃子絡みは話が暴走傾向にありますが、今回も。
いささかやりすぎな部分が多いですが、その辺は見逃していただけると、はい。

>>164
ぅゎーぃ。
今回はかなりいじり倒してしまったので、そう言っていただけると幸いです。
そして、やはり元絵があってのアレンジ。
お礼を言うのはこちらの方です、ありがとうございました。

284 名前:Classical名無しさん :04/08/18 14:26 ID:jmK3k85U
>>283
これはGJ!
やっぱりリードする絃子先生も萌えるな。


285 名前:Classical名無しさん :04/08/18 14:37 ID:UIoKIGYA
>>283
腕をつかんで放さない絃子さん(*´Д`)ハァハァ
むしろ個人的にはどんどん暴走して欲しいんですが。
前半のやり取りも凄く良いです。GJ!

286 名前:保護者として :04/08/18 20:56 ID:SgMKkMVQ
その日は、中間テストの初日だった。 HRを終わらせ、帰途につく。
ビールとポテトチップスでTVを見ていると、同居人の帰宅の声。
「オゥ 拳児君 早かったな」 そう言って振り返ると、そこには同居人と自分のクラスの生徒の姿があった。
その光景に、絶句する。 その間に同居人は、生徒を連れて自室に篭ってしまった。
(あのコは間違いなく塚本八雲。 でも何で拳児君と一緒に? そもそも何故ウチに?)
様々な疑念が頭をよぎる。 何とか落ち着こうと同僚に電話するも、上手く伝えられない。
(落ち着け、落ち着け…) そう念じながらビールを飲み干し、次の缶へ。
今ごろ、何をやっているのだろうか? もしかして… いや、彼は塚本君一筋なはず… でも…
上手く状況が理解出来ない。 いつの間にか、飲み干したビールは5本を超えていた。
ふと、閃いた。 見えないから解からないのだと。
部屋に来るなと言われたが、関係ない。 私は彼の保護者なのだ。
保護者として、状況を確認するんだ。 それなら問題ない。
そう自分に言い聞かせて、彼の部屋をノックした。
「拳児君、入るよ」 そこにあったのは…


287 名前:保護者として :04/08/18 21:35 ID:SgMKkMVQ
テーブルには、漫画の原稿が散乱し、立ったまま硬直している同居人。
そして、同居人にしっかりと呼びかけている生徒の姿だった。
「どうした? 一体何があったんだい?」
状況を生徒に聞いてみる。
すると、漫画の手伝いをしていて、質問したら硬直してしまったのだと言うことだった。
ほっとした。 彼はやはり一筋な男だった。 心の中のモヤモヤが晴れていく。
同時に、テスト期間中にも関らず、漫画を描いていた同居人に怒りが込み上げた。
愛用のデザートイーグルの照準を後頭部に定め、発射する。
ぐおっと声をあげて倒れこむ同居人。 唖然とする生徒。
「フン、硬直は解けたようだね。 二人で篭って何をしているのかと思えば…」
「何しやがる、絃子! 妹さんは関係ねえ。 俺が手伝いを頼んだんだ!」
「そうなのか? 塚本」 傍らの生徒に尋ねる。
「そ、そうです。 私は播磨さんを手伝っただけです」 生徒は同居人と同じ事を言った。
「ふむ、君がそう言うならそうなのだろう。 でも、今はテスト期間中だ。 感心できんな」
「は、はい。 すみません」 生徒は真っ赤になって頭を下げた。
「ま、ウチのバカ従姉弟に付き合って勉強できなかったろう。 お詫びだ。 勉強を見てやろう」
「え? イトコって…」
「ああ、彼と私は従姉弟同士なんだよ。 納得したかい?」
「はい、播磨さんが『俺の絃子』って言うから、驚いちゃって…」
すかさず、もう一発同居人にお見舞いする。
「まったく、まぎわらしい発言をするんじゃない! 君は片付けて勉強、塚本はリビングに。 いいね?」
ピクピクと朦朧とする同居人に言う渡し、生徒を案内した。

288 名前:Classical名無しさん :04/08/18 21:35 ID:nV0mTAP2
神多すぎだろ。
これが絃子さん祭りか…
スバラシイ(*´Д`)ハァハァ

289 名前:保護者として :04/08/18 22:24 ID:SgMKkMVQ
「とりあえず、姉に連絡入れておけ。 私と一緒なら安心するだろう」
生徒が連絡している間、私はやかんに火を付けた。
「で、明日は英語に物理か。 物理は私の教科だからな、遠慮なく質問して良いぞ」
自分の教科書を貸して、勉強を見てやる。 かなり理解が出来ている生徒だ。
数分後、やかんからピーッと音がした。
「お、沸いたか。 紅茶でいいかい?」
返事を待たずに、ダージリンを淹れていく。 香ばしい香りが部屋に広がる。
「さ、どうぞ」と生徒に勧めつつ、自分も紅茶に口をつける。
お茶を飲みながら、色々な話を聞いた。
この二人が付き合っているという噂がある事、それは事実ではないこと、そこまでに至る経緯…
やはりウチの同居人はバカ従姉弟である。 噂を肯定も否定もしていない。
やれやれと溜息をつきつつ、生徒に訊ねる。
「何故君まで否定しなかったんだい?」と。
「あの、否定しても信じてくれないんです、ウチの姉は」
なるほど、似たもの同士と言う訳か。
「ま、健全なようで安心したよ。 あんなバカだけど、これからも頼む もちろん、漫画だけだがね」
私が頭を下げた事に、彼女は恐縮してしまった。
「い、いえ 私も播磨さんの漫画、好きですから…」と俯いてしまった。
「じゃ、そろそろ送っていこうか。 もうこんな時間だしな」 時計の針が9時を指す頃だった。
玄関に続く廊下を歩きながら、同居人に声を掛ける。
「ほら、拳児君。 塚本を送って行ってやれ。 君がつれてきたんだろう?」
「ああ、わかった。 じゃ、行くか、妹さん」
二人を見送って、リビングに戻る。 暫くして同居人が戻ってきた。

290 名前:保護者として :04/08/18 22:45 ID:SgMKkMVQ
「ただいま。 妹さん、送ってきたぜ」
「おかえり、拳児君。 そこへ座りな」
着座を促し、先ほどの紅茶を淹れる。
「で、塚本とは何処までいったんだい?」
唐突な質問に、同居人はぶーっと吹き出した。 ごほっごほっと咳き込んでいる。
「お、俺は妹さんに何もしちゃいねえ! 周りが騒いでいるだけだ!」
この反応。 やはり杞憂だったみたいだ。
「安心したよ。 君が変わらないでいてくれて」
本当に安心した。 いつもの同居人の姿がそこにあった。
「で、塚本姉と一緒に進級するなら、テスト勉強をするべきだと思うんだが、どうかな?」
「それとも今日みたいに、塚本妹と一緒に勉強するかい?」
「もちろん、天馬ちゃんと進級だ。 勉強するぜ」
同居人はそう言って、自室に引き揚げた。
果たして結果はどうなるのか。 保護者としては心配である。
 
おわり

291 名前:保護者として :04/08/18 22:51 ID:SgMKkMVQ
絃子さん祭りに参加しようと思い、SSしました。
絃子さん視点は難しいです。

292 名前:Classical名無しさん :04/08/18 22:55 ID:OnqXcpeo
>>291
GJ!
最新話といい感じにシンクタンク出来てますた

でもゼッテー播磨は勉強より漫画だよね。
イトコさんにカテキョして貰ってから徹夜で仕上げろ播磨!

293 名前:Classical名無しさん :04/08/18 23:06 ID:7NkmDM7o
今日一日だけでどれだけの絃子さんSSが投下されたのだろうか。
凄すぎ。

>>253
GJ!面白い。美琴が上手く描けてたと思います。

>>283
流石に巧いですね。浴衣絃子さん見てえなぁ…

294 名前:Classical名無しさん :04/08/18 23:41 ID:LuazAuEA
ぎりぎり間に合った、絃子さんの誕生日の内に投稿したかったので。
それでは投稿します。
幸せになる為の嘘

295 名前:幸せになる為の嘘 :04/08/18 23:43 ID:LuazAuEA
「どうだったかね」
 絃子が俺に結果を聞いてきた。
「振られたよ」
 今日は、卒業式。
 言おう言おうと思って、結局天満ちゃんに
気持ちを伝えたのは高校最後の日。
 それも見事に玉砕、烏丸が好きらしい。
 そして告白もするつってたな、頑張れよ。
 好きだった子が泣いてるのは嫌だからさ。
「そうか、それは残念だったな」
「残念だったなって言ってる割には、嬉しそうじゃねーか」
「そんな事はない。拳児君の気のせいだろう」
 私とした事が顔に出すとは迂闊だったかな。
 しかし、嬉しいとは困った感情だ。
 本来なら振られたのだから一緒に悲しむべきじゃないのか
それを喜ぶなんて最低だ。
 けど、好きだから仕方ない。仕方ないじゃないか。
 誰に言ってるか分からないが、言い訳をする自分がいた。

296 名前:幸せになる為の嘘 :04/08/18 23:45 ID:LuazAuEA
「おい、絃子! ぼっとしてどうしたんだよ」
 ふっと目の前に拳児君の顔が現れる。
「……ああ、別に何でもない」
「熱でもあるんじゃねーか?」
 私の額に自分の額を拳児君が当てる。
「熱はないみたいだな、でも顔が赤いしな」
「……っつ、何してるんだい」
 自分の顔が赤いのが分かる。
 こんな事で動揺して、今日の私は変だ。
「大丈夫だ、気にしないでくれ」
「ならいいけどよ」
「そうだ拳児君、これから君のお祝い買いに行かないか」
「お祝い?」
 絃子にしちゃ珍しい言葉だな。
「卒業したんだ、お祝いの一つぐらい買ってやりくなってね」
「そう言ってくれるなら、素直に受け取るぜ。サンキューな」
「それは貰ってから言う言葉だ」
「そうだったな」
「さ、行こうか」
 何を買ってやろう、これから役に立つ物にするか参考書とか
いやそんな柄じゃないしな。
 サングラス、これも今一つだな。元々拳児君はサングラスを好きで着用してる訳じゃないからな。
 行って、見てから、考えるのが一番いいだろう。うん、そうしよう。
「ハリオ!」
 そんな事を考えていたら、いきなり後ろから拳児君に抱きつく、姉ヶ崎先生が見えた。

297 名前:Classical名無しさん :04/08/18 23:46 ID:Ni7HwgYc
>>291
GJ!です。
一つ気になったのが「塚本」、絃子さんなら八雲を塚本君と呼ぶのでは?

298 名前:幸せになる為の嘘 :04/08/18 23:46 ID:LuazAuEA
「うおっ、お姉さん」
 いきなり背中にダイブしてくるから、お姉さんを支えるのが結構大変だった。
「ハリオ、大丈夫? そんな事より、卒業おめでとう」
「ありがと、お姉さん」
「これプレゼントのペン、漫画書く時にでも使ってね」
「こんな物貰ってもいいんっすか?」
 とても高そうなペンだった、お世話になりっぱなしだったのにいいのかよ。
「いいのよ、ハリオの為に買ったんだし」
「本当、お世話になりました。ありがたく、受け取らせて頂きます」
 こんな時ぐらいはきちんとお礼をしなくちゃな。
「ううん、私の方こそありがとう。短かったけど、一緒に暮らしてた時楽しかったゾ。また、漫画見せてね」
「完成したら」
「……」
 私は眼中に無い訳か。
 一緒に暮らしてたって、そう言えば家出した時誰かに世話になったって言ってたな。姉ヶ崎先生だったのか。
 しかし、何か嫌な気分だ、嫉妬か。
 好きなのは認める。けど嫉妬はないだろう、いくらなんでも。
 いや、でも、やっぱり認めたくはないな。
「そうだ! これから何処か行かない?」
 お姉さんがいきなり声を上げる。
「あ、それはちょっと」
「何か用でもあるの?」
「これから絃子と出掛けるんで」
「絃子? 刑部先生じゃないですか」
 姉ヶ崎先生がやっと私に気が付いたみたいだ。本当やっとね。

299 名前:幸せになる為の嘘 :04/08/18 23:48 ID:LuazAuEA
「気付きませんで、本当申し訳ないです」
「いえいえ、二人の世界みたいだったので、私も話し掛け辛かったですから」
 本当に気付いてなかったのか、この人は。
「それでハリオが言ってる、絃子って刑部先生の事ですか?」
「ええ、まぁそうですね」
「どう言った関係なんですか?」
「拳児君は、私の従弟です」
 姉ヶ崎先生ってこんな人だったっか。
「そうでしたか、てっきり恋人かと思いました」
「まさか、そんな訳ありませんよ」
「そんな事は絶対ないと思うぜ」
 拳児君が後ろで同意した。自分で言っときながら少し悲しい。
 私をそんな風に見れないのは仕方ないか。あんな付き合いをしてきたからな。
 今更、自分のしてきた事を後悔するよ。気持ちに気付いてしまった事も。
「そっか、なら私がハリオをゲットしても問題ないですね」
「え?」
 俺をゲットって一体、何。
「姉ヶ崎先生、彼は学生ですぞ。ゲットするのはどうかと」
 こんな事言っても意味はないな。
「問題はない筈ですよ。ハリオは卒業しましたし、もうこの学校の生徒じゃないです。それに18歳にもなりました」
 そうだ、その通りだ。何の問題もない。
「いや、しかしですね……」
「お姉さん、冗談っすよね」
「ハリオ、私は本気よ。今まではあなたが生徒だったから、気持ちを抑えてきたけど
 もう我慢はしなくてよくなった。だから本気で奪いに行くわ」
「なっ!」
 私の顔は恐らく、驚いた顔をしているだろう。
 この人が少し羨ましいよ、そこまで自分の気持ちに正直になれて。
 私も正直になれば、楽になれるだろう。
 けれど、私は恐れている。好きと言った時、拳児君に拒絶される事を。

300 名前:Classical名無しさん :04/08/18 23:48 ID:lF4Lqs6A
支援?


301 名前:幸せになる為の嘘 :04/08/18 23:50 ID:LuazAuEA
「刑部先生、ちょっといいですか? ハリオはちょっと待っててね」
 姉ヶ崎先生の指示で人がいない所に移動する。
「何かお話でも、姉ヶ崎先生」
「冷静を装ってるだけで、内面焦ってますよね」
「さてね、どうだろうか」
 私の内面を見透かすような瞳。嫌いなタイプじゃないが、得意ではないな。
 性格は違うが、こういう所は葉子みたいだ。
「好きですよね、ハリオの事。正直になって下さい」
「正直も何も彼は私の従弟であって、恋愛対象では……」
「……」
 全く敵わんな、このタイプの人間には。
「……ふぅ、好きだよ。私は拳児君の事が好きだ。悪いか」
「悪くありません。正直に言ってくれてありがたいです」
 にこにこした顔でこっちを見つめる。男にも女にも受けそうな綺麗な顔だな。
「で、そんな事を言わせる為に彼を置いてきたのかい?」
「まぁ、そうですね。後はやっぱり抜け駆けはいけないと思いまして。勝負は正々堂々とってね」
「勝負?」
「ええ、どっちがハリオをゲット出来るかです。受けてくれますよね」
 また、にこにことこっちを見つめてくる。
 はぁ、やっぱ苦手だな、こういう人は。
「分かりました、受けますよその勝負。負ける気はありませんから」
「私もです」
 お互い笑顔で握手した。

302 名前:幸せになる為の嘘 :04/08/18 23:51 ID:LuazAuEA
「遅かったな」
 しばらくして、やっと二人が戻ってきた。
「ハリオ、じゃあ私行くわね。また漫画見せてね」
 お姉さんが手を振りながら歩いていく。
「じゃあ、私達も行くか」
「ああ」
 絃子が校門の方へ歩いていくから、俺も並んで歩き出した。
「あーあ、勝てない勝負を挑んじゃった。でも、これで良かったのよね」
 姉ヶ崎は一人呟いた。

「なぁ、絃子。さっきお姉さんと何話してたんだよ」
 俺は気になって問いかけた。
「勝負を受けたのさ」
「勝負、何の」
「どっちが先に君をゲット出来るかどうか」
「はぁ? 何でそんな勝負受けたんだよ」
 絃子の考えてる事は本当分からねぇよ。
「負けず嫌いだからかな」
「負けず嫌いだから、受けた? 分からないな」
「分からなくてもいいよ」
 今はね、いずれ分かる時がくるから。

303 名前:幸せになる為の嘘 :04/08/18 23:53 ID:LuazAuEA
「何か欲しい物はあるかね」
 街に出てきた、色んな店が揃ってる、大きな街に。
 ある程度の物なら買ってやれるお金はある
よっぽど大きい物じゃない限り。
「別に、何でもいいぜ」
「その返答が一番困るのは分かってるかい?」
「だから、絃子がくれる物なら何だっていいし嬉しいって言ってるんだよ」
 全く、何て言葉を言うんだい君は。
「……拳児君、分かったよ。少しここで待っててくれ」
「おい、絃子」
 行ってしまった、たく今日はよく待つな。
 
 待っていると絃子が走りながら戻ってきた。
「プレゼントだ」
「指輪?」
 絃子が持っていたのは、シンプルな銀色の指輪だった。
「ああ、リングさ。意味は指輪と一緒だな」
「こんな物、付けてどうするんだよ。結婚してねーのに」
「拳児君、リングは結婚の時だけじゃないぞ。大学生になるんだ、オシャレだと思って填めてみてはどうかね」
「そうなのか。ま、どっちにしても絃子がくれた物だ、ありがたく填めさせてもらうぜ」
「似合ってるじゃないか」
 サイズぴったりだな、目測だったから心配だったが。
「おう、絃子サンキューな」
「気にするな。箱の方は私が預からせてもらってもいいかね?」
「別に構わないけど」
 絃子はありがとうと呟くと、家に帰るぞと言って歩き出した。
 俺には何がありがとうなのか分からなかった。

304 名前:幸せになる為の嘘 :04/08/18 23:55 ID:LuazAuEA
「指輪にペン」
 絃子とお姉さんに貰った二つの物。
 俺は自分の部屋で絃子に貰った指輪を填めながら、お姉さんに貰ったペンを弄っていた。
「ちょっといいかい」
 絃子がいきなり部屋に入ってきた。
「ノックぐらいしろよな」
「そんな事より今日は飲まないか?」
「いいけど」
「じゃ、リビングに来てくれ。待ってるぞ」
 絃子がそれだけを言うと部屋から出て行く。
「ぱあっと飲むか」
 振られた事を忘れたい、未練は残したくない。
 飲めば、忘れられるか。まぁ少しぐらいは気がまみれるだろうよ。

「来てやったぞ」
「やっと来たか、遅いぞ。こっち来て、飲みなよ」
 俺は目の前に座り、テーブルの上に置いてあるビールを手に取り、飲みだした。
「あ、乾杯忘れてたな。拳児君の卒業を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
 絃子の缶に俺の缶をこつんと当てさせた。
 改めて飲み始める、俺達。

305 名前:幸せになる為の嘘 :04/08/18 23:56 ID:LuazAuEA
「君の数年間の想いもここで終わりか」
 3年とちょっとか、拳児君の変わらぬ想いは。
「そうだな、振られたけどよ別に後悔はしてないぜ」
「そうだろうね、後悔するぐらいなら君は行動を起こさないから」
「でもよ、好きな人がいるとはな。それも俺と同じく3年以上も想ってたなんて」
「似た者どうしだったんだな君達は」
「そうみたいだな」
「サングラスは外さないのかい」
 その塚本君の為に付けていた、サングラスをね。
「そうか、もう必要ねーもんな。これも」
 拳児君がサングラスを外し、燃えないゴミに投げ捨てた。
「拳児君、顔は悪くないんだし勿体無い事をしてたんだよ。でも、それなら大学でもてるかもね」
 本当、後は人付き合いさえ良くなればもてるよ。
「もてる? もてたいとは思わないぜ」
「何でだい、男なら一度は思わないかな。もてたいって」
「もてたって、好きな女に好かれなきゃ意味ないだろ」
「そういう性格好きだよ」
 ぶっきらぼうだけど優しい所も。
「絃子、もう酔ってるのか?」
「そんな訳ないだろ。本当に好きなだけさ、君のそういう所が」
「やっぱ酔っ払ってるだろ」
「だから酔ってないって言ってる、君こそ酔わないのかい? 酒に弱いのに」
「こんな時に限って、酔いたいけど酔えないんだよ」
 マジでこんな時だけ酔えないなんてな。
「じゃあ、拳児君が酔わない内に言っておきたい事がある」
 もう言ってしまおう、これ以上溜めておくのは辛くなる。
「何だよ、言いたい事って?」
「私は君、つまり拳児君が好きだ」

306 名前:幸せになる為の嘘 :04/08/18 23:58 ID:LuazAuEA
「は? 嘘だろ」
 何言ってるんだよ、絃子の奴。
「嘘じゃないさ、本当に君が好きだよ」
「だから嘘……」
「嘘じゃないさ、いい加減な気持ちでこんな事言う筈ないだろ」
 私は拳児の腕を掴み、顔を見つめて言ってやった。
「……」
 いきなり見つめられた、絃子の目を見る限り嘘を吐いてる様には見えない。
 じゃあ、本気なのか。でも、どうして絃子が俺を。
「昔からさ、君が塚本君を好きになる前から。3、4年じゃない。私は10年以上君が好きだ」
 そうだ、ガキの頃からこいつが好きだった。拳児君が。
「いきなり、言われてもよ。返事どうすればいいのか」
 やべぇ、あんな顔の絃子は見た事がなかった。
 天満ちゃんに振られたばっかりなのに、絃子に惚れたかもしれねぇ。
「そうか、悪いね。こんな事急に言って。さっきのは私の戯言だと思って構わない。気にしないでくれ」
 何言ってるんだ私。何逃げてるんだ、ださいな本当。
「絃子、俺の事好きって本当か?」
「だから、戯言だと思って……」
「本当か?」
 何、真面目な顔してるんだこいつ。
「本当だよ。拳児君の事が好きさ」
「俺も絃子が好きだ」
「でも、拳児君は塚本君に振られたばかりで」
 そんな私を好きになるなんて事は。
「惚れたんだよ絃子に。俺が人を好きになる時は決まって、一目惚れらしい」
 と言っても、まだ二回目だけどな。
「本気かね」
「本気に決まってるだろう、それとも冗談であって欲しいのかよ」
 私の事を笑顔で見て、言ってくれる。
 嬉しい、涙が出てきた。今の私は最高にかっこ悪くてださいけど、心は一番輝いてるだろう。

307 名前:幸せになる為の嘘 :04/08/18 23:57 ID:LuazAuEA
「私は年上だぞ、それでもいいのか?」
「いいって言ってるだろう」
「しかも結構嫉妬深いし、浮気したら殺すぞ、それでもいいのか?」
「だから、いいって言ってる」
「じゃあ、口だけじゃなくキスで示してくれ」
「分かったよ」
 拳児君が私を抱き寄せキスをした。
「んっ」
 絃子の唇は柔らかかった。
「拳児君、ありがとう」
「おう」
「そうだ言っておきたい事があった、数時間前リングをあげたじゃないか」
「ああ、今填めてるこれな」
「それ、ペアリングだから」
 本当はこっそりとペアリングを填めていようと思った。
 けど、恋人同士になったんだ隠す必要はないな。
「え、どう言う意味だ?」
「君は馬鹿だな本当、幸せにしてくれと言う意味だよ」
 私は嘘を吐いた、とても大きな嘘を。
「分かった、幸せにするぜ」
「いいのかい、本当に? 逃げられないぞ私からは」
 馬鹿だ、けど嬉しいよ。君の優しい気持ち。
「構わねぇよ」
 今度は逆に私からキスをした。

308 名前:幸せになる為の嘘 :04/08/18 23:59 ID:LuazAuEA
 
 今日は拳児君の大学の入学式だ。
「拳児君、結局ここで暮らすのかい?」
 拳児君がここを出て一人で暮らすか、それともここにいるか話し合いをしてた。
 話はここで暮らすにまとまった。
「ああ、家賃も半分でいいしな」
「ふ、拳児君らしい」
「ってのは建前で本当は好きな人と一緒にいたいからな」
「……年上の私を捕まえて、そんな事言うのかい」
「まぁな」
「幸せだよ」
「ん?」
「君と一緒で幸せだと言っている」
「俺も幸せだ」
「じゃ、行って来る」
「行ってらっしゃい」
 そして私達はキスをした。
 
 こんな幸せがずっとこれからも続くと私は確信した。

309 名前:Classical名無しさん :04/08/19 00:01 ID:LuazAuEA
以上です。
絃子さんが絃子さんじゃない気が。
その上誕生日SSの筈が卒業式に。
でも絃子さんSSが書けたので良かったかなと思ってます。
では、失礼します。

310 名前:Classical名無しさん :04/08/19 00:10 ID:LuazAuEA
お姉さんに可哀想な役割をさせた事は本当申し訳ないです。
それと言い忘れてしまったが、絃子さん誕生日おめでとう。
一日遅れですいません

311 名前:Classical名無しさん :04/08/19 00:11 ID:yRovJj7Y
GJ!
抱きついてくるお姉さん(*´Д`)
けどやっぱり絃子さんも良いね。キスする絃子さん(*´Д`)

312 名前:Classical名無しさん :04/08/19 00:18 ID:gr1CReUQ
絃子祭りだ!!
(*´Д`)
最高!!

皆さん、GJ!!!!

313 名前:絃子さん誕生日SSまとめ :04/08/19 01:30 ID:PVKuebqo
>>206-209 lonely,lonely night
>>216-218 夏の夜のbirthday
>>224 Birthday... Itoko Osakabe
>>246-252 『Present bomb』
>>256-270 Happy Birthday
>>275-281 Sparkling Soda
>>286-290 保護者として
>>295-308 幸せになる為の嘘

絃子さん誕生日記念SSとして投下された作品をまとめてみました。
絃子さん祭りを楽しみたい方、これから読んだり感想を書く人など参考になればいいかと。

あくまでここでは絃子さんSSしかまとめていないのでご注意下さい。
それにしても絃子さんSSだけで一日に8本も投下されるとは。さすが誕生日

314 名前:Classical名無しさん :04/08/19 03:09 ID:mLqZXxqU
絃子は播磨のことをどうも思ってないだろ、とか思ってたのだが
今週号のあの慌てっぷり、やっぱりなにかしらの想いを秘めてるのかな。

これからはおおっぴらに絃子サンハアハァができる!ブラボー!

315 名前:Classical名無しさん :04/08/19 03:14 ID:qojWfj5U
SSスレとは思えない延びっぷりだな
超姉パワー恐るべし

316 名前:Classical名無しさん :04/08/19 03:38 ID:2eCujtKI
>超姉パワー恐るべし
言うなれば、
 姉キ姉キ 姉キと私 姉キ姉キ マシーンガン
ってなところか

317 名前:Classical名無しさん :04/08/19 03:40 ID:MFelw78k
わかるか!

318 名前:保護者として :04/08/19 06:52 ID:SgMKkMVQ
>>291 絃子が家庭教師なら、言うことないですよね。 でも、播磨は漫画を優先w
>>297 迷ったんですが、天馬を君付け、八雲を呼び捨てにしました。

319 名前:Classical名無しさん :04/08/19 08:19 ID:KLAY8q1Q
もう245KBかよ
神が多すぎてレス書くヒマないよ
みなさん愛してます

320 名前:Classical名無しさん :04/08/19 13:50 ID:Fxxuq7bM
やべ、俺だけなんか作風が違う。
被ってないのは良いけど、ちょっと疎外感 OTL

>>271
そのIDには見覚えがあります。新作楽しみにしてました。
くっはー、あまりの臭さに七転八倒して悶えました。無論、良い意味で。
播磨はもとより、お姉さん達が良いキャラだw
>>283
お待たせしました、暴走ID:qmlfIyEQ!
エンジン最高!エブリバディーID:qmlfIyEQ!
タイヤが無くても、走るぜID:qmlfIyEQ!
浴衣の姿や、祭りの二人の風景、最後の播磨の「光りっぱなし〜〜」など、頭の中で
すごい想像しやすかったです。相変わらず面白い。
安定した作家は羨ましいです。

321 名前:Classical名無しさん :04/08/19 14:42 ID:DN52bJMA
ユーアーグッドジョブライター。

322 名前:Classical名無しさん :04/08/19 16:48 ID:GUmlp3AY
空気読まずサラ播磨SSきぼんぬと言ってみる

323 名前:Classical名無しさん :04/08/19 17:59 ID:DklNMAdM
サラでは無いですが投下したいと思います
祭りに乗り遅れた者の戯言話ですがどうぞ

324 名前:True birthday :04/08/19 18:00 ID:DklNMAdM

「絃子。そういやそろそろオメーの誕生日だな」
「さんを付けろ。しかしよく私の誕生日なんて覚えていたな」
「まぁ一応世話になってるしな。葉子さんと今年も飲むのか?」
「葉子は部の生徒達と一緒になにやら画策しているようだったが」
「そういやオメー茶道部の顧問か。まぁいい歳して誕生日で浮かれるのは
カッコ悪い……いやすまん忘れてくれ」
「女性に対して歳のことは禁句だよ」
絃子は突きつけたエアガンを下ろして言った。
「まぁ誕生日にはケーキくらい食わせてやるよ」
「ほう、なかなか気が利くようになったもんだな」
「るせ」
8月に入った日。刑部宅でいつものような会話が交わされていた。


325 名前:True birthday :04/08/19 18:03 ID:DklNMAdM

「あれ、刑部先生あまり食べないんですね。お嫌いな物でもありました?」
「いや、とてもおいしいよ」
サラの問いにフォークでケーキをつつきながら答える。
「お昼を少々食べ過ぎたのかもな。すまないな、折角用意してくれたのに」
 茶道部では絃子を祝うパーティが開かれていた。
「もうこんな時間ね。そろそろ御開きにしましょう」
「じゃあ後片付けは私たちがやりますので先生は気にせずにご帰宅ください」
「すまないな。祝ってもらっておいて何もしないのは」
「刑部先生はこのあと予定があるでしょ?」
含みのある笑みで葉子が言った。
「ええ!? それならそうと言ってくださればよかったのに……ところで男の方
ですか?」
「サラ……」
「だって八雲。先生美人だから気になるじゃない」
「……誕生日を祝ってくれるそんなイイ男なんて私にはいないさ」
「イイ男ねー……」
葉子がクスクスと笑う。無視して絃子は部室を出ようとした。
「刑部先生。誕生日おめでとうございます」
部員がお別れを言うのをフッと笑って背中を向け手を振りながら絃子は出て行った。


326 名前:True birthday :04/08/19 18:04 ID:DklNMAdM
 こころなし軽い足取りでマンション着いた絃子。しかし部屋には鍵が掛かっている。
暗い部屋をザッと見回したが同居人が居る様子はなく、ストンと心臓が落ちた。
「……まぁ期待はしていなかったさ……」
誰に言うでも無しに呟いた。


327 名前:True birthday :04/08/19 18:05 ID:DklNMAdM

 播磨は珍しく早く起き、やや大き目の荷物を持って学校に出かけた。
目的は動物達に食事を与える為ともう一つ。
目的を終えると結構な時間が経っていた。
――こりゃ少々巻いていかないとな
足早にスーパーや惣菜店、ケーキ屋などを一通り回った時、彼は会いたくも無い人間に会った。
「おう、播磨じゃねえか。少しは気合入った顔に戻ってるな。勝負だ!」
天王寺だった。播磨は売られたケンカは買う。そうゆう人間なのに加え以前ゴミまみれにされた恨みも覚えていた。殴り合いが始まった。

「ちっ、荷物持ちながらだと結構苦戦しちまったぜ」
殴られた箇所を擦りながら足元に転がる天王寺を見た。
「へ、それでこそ我が永遠のライバル……ガクッ」
「誰がだよ……」
――そういやこの禿とも結構長い付き合いだな。
播磨は袋から酒を出し、天王寺の横に置いて去った。


328 名前:True birthday :04/08/19 18:06 ID:DklNMAdM

 少し歩を早め歩く。彼の視界はまたも会いたくもない姿を認めた。
「あら、ヒゲ。そんな荷物持ってどこ行くのよ」
無視して通りすぎようとしたが
「あんた挨拶もできないの!?」
いちゃもんを付けられ、それは無理だった。
――どこのヤクザだよ……
「うっせーな、買い物だよ。ところでさっきから何探してんだ?」
先ほどから彼女は下を向き何かを探しているのだ。
「ちょっとイヤリング落としてね。なかなか見つからないのよ。……そうだ、あんた
どうせ暇なんでしょ? 探すの手伝って」
播磨は強制労働を強いられた。

 結論から言うとイヤリングは排水溝にあった。蓋を一つ一つ開け探し続けた。さすがに
沢近ももういいと言ったが最後までやらないと彼は気がすまなかった。
途中でドブに惣菜の袋を落としたがそれでも探した結果ついに見つかった。
 ドロドロに汚れた服を払いながらイヤリングを手渡す。
ありがとうと聞こえた気がしたが今の彼にはどうでもよく、さっさと帰ろう……
そんな思いだけが渦巻いていた。


329 名前:True birthday :04/08/19 18:06 ID:DklNMAdM

無言で沢近と別れた時には日はスッカリ沈み星が瞬いていた。
今何時なんだよと思いながら走っているとニャーニャーと声が聞こえてきた。
嫌な予感がしつつもその悲壮な泣き声の方に足は向かっていた。
 
その子猫は親猫と逸れたらしく泣くばかりだった。犬のお巡りさんの如く親猫を探し
やっと感動の再開をしたころにはもう深夜と呼べる時間。
 猛ダッシュで走りながら今日は何なんだ?とゴチた。近道をしようと裏道に入った時
播磨は今日は厄日であると確信した。チンピラ連中の鋭い視線を一身に受けながら……


330 名前:True birthday :04/08/19 18:07 ID:DklNMAdM

 ガチャリ、バタンとドアの開け閉めの音だけが聞こえる。
「拳児君。覚悟はできてるだろうね。自分で祝ってやると言って日付が変わるまで帰って
来ないとは、流石に私も頭に来た」
エアガンの手入れをして待っていたらしい絃子がその銃を手に振り返ると
ボロボロになった播磨が立っていた。
「……言い訳するつもりはねぇ……あ、これ一応ケーキだ」
ところどころ箱がへこんでいる。恐らくその中身はケーキとはもはや呼べないだろう。
「あと、ちょっと破れちまってるが誕生日プレゼント……」
それは絵だった。絃子と動物達が戯れる絵だった。
「そんなんですまねぇ。何せ金が無かったもんでよ」
「…………」
絃子は何も言えなかった。
「1日遅れだが……絃子さん誕生日おめでとう」
「……あ、あぁ。ありがとう」
「……仕置きは受けるが今は寝かせてくれ……すげー疲れた」
そう言って播磨は自分の部屋に消えていった。


331 名前:True birthday :04/08/19 18:07 ID:DklNMAdM
「私はバカだな……そして君もバカだよ……」
播磨の部屋の方を見て絃子はケーキの箱を開ける。予想通りグチャグチャだ。
そして絵を見る。所々破れてはいるが不思議と絃子が描かれている部分に
被害は無かった。
 絃子は絵を見ながらグチャグチャになったケーキを食べる。
「……拳児君が祝ってくれるなら……今日が誕生日でもいいか……」
その笑顔は絵に描かれているのと同じ様だった。

おしまい


332 名前:Classical名無しさん :04/08/19 18:12 ID:DklNMAdM
皆様の作品を見ていてこんなのも有りかなと思い速攻で書き上げたので
酷い文章になってるかもしれませんし、誤字も多いかもしれないです
誕生日にはネタは思いつきませんでしたが
私の鈍い頭を刺激してくださった皆様に感謝です

333 名前:Classical名無しさん :04/08/19 20:24 ID:WoPEH0.I
乙カレー
一日遅れところがニクいね

334 名前:Classical名無しさん :04/08/20 00:58 ID:LZ68td6A
これはいいものだ

335 名前:Classical名無しさん :04/08/20 23:24 ID:9zHzwU5A
新作期待

336 名前:Classical名無しさん :04/08/21 01:54 ID:siJQoxec
オリンピック見ていたら、絃子さん祭りに遅れちゃいました(;´Д`)

遅ればせながら自分も絃子SS投下したいと思います。

337 名前:Classical名無しさん :04/08/21 01:54 ID:siJQoxec
 月曜日の朝。それは、社会人にとっては、憂鬱な一週間の始まりであり、
また、学生にとっても、次の土曜が非常に待ち遠しくなってしまう、そんな時である。
「拳児クン、朝だぞ。そろそろ起きないと、遅刻するよ」
 すっかり身支度を整えてしまった絃子は、いつまでたっても起きてこない自分の同居人に、
半ば呆れたかのように、声をかけていた。
 時計をみると、時刻は7時半。高校までの距離や、交通にかかる時間などを考えると、
そろそろタイムリミットである。
 絃子は、声をかけても起きようとしない播磨を見ると、一つため息をついた。
 そして、播磨の布団の横にひざまずくと、ゆさゆさと体をゆする。
「拳児クン、いい加減起きないか。本当に遅刻してしまうぞ」
 だが、一方の播磨は、全く起きる気配もなく、だらしなく開いた口の端からは、
一筋のよだれの後がついていた。
「へへへ〜……天満ちゃ〜ん……」
 播磨の口から、情けない寝言がこぼれる。
 それを聞いた絃子は、再び大きなため息をつくのだった。
「やれやれ、一体どんな夢を見ているのやら」
 絃子は、しばらくじっと播磨の寝顔を見ていた。
 いつもはサングラスをかけているその顔も、今はなにも付けてない。
 目に映るのは、何も付けてない、素顔のままの播磨拳児の顔。
「──そういえば、昔、拳児クンが私の家に遊びに来て、そのまま寝てしまったことがあったな」
 あどけない、と言うのは少々言い過ぎなのかもしれない。
だが、他人からほんの少しばかり誤解されやすい、
自分の同居人の無邪気な寝顔を見ると、ふと絃子の心に、そんな昔のことが思い出されるのだった

338 名前:学校へ行こう! :04/08/21 01:57 ID:siJQoxec
 やがて絃子は、何を思ったのか、そっと播磨の寝顔に向かって手を伸ばした。
ゆっくりと、そして恐る恐るという感じで、そっと播磨の頬に触れる。
以前は伸ばしていた髭も、いまは綺麗に剃られていた。朝方のせいなのか、
わずかに絃子の手にざらつきが感じられる。
 その感触が、目の前でのんきに寝ている同居人が、昔より少しばかり大人になってしまったことを
絃子に思い知らせるのだった。

「考えても見れば、妙な話だな」
 従姉同士とはいえ、年頃の男女が一つ屋根の下で暮らしているのだ。
『男女七歳にして席を同じうせず』とは、誰の言葉だったか?
 それなりの理由があるとはいえ、男と女が同じ家で暮らす。そして、自分は、今その男の部屋にいる


同僚に知られたら、さぞかし大騒ぎになることだろう。
 
 ふと、自分の腕時計に目をやる絃子。いい加減、自分も出かけないと、朝の職員会議に遅刻してしま

うかもしれない。
もともと職員会議はあまり好きでないが、さりとて理由もなくサボるわけにもいかない。
 絃子は、もう一度播磨の方に目をやると、播磨の体を大きく揺さぶった。
「拳児クン、いい加減おきたらどうかね? 本当に遅刻してしまうよ?」
 だが、当の播磨は、全く起きる気配がない。
「やれやれ、これは何が起きても、当分起きそうにないな」
 絃子は、軽く息をつくと、再び播磨の寝顔を見つめる。
そして今度は両手で、播磨の頬を包み込むように、優しく触れた。

339 名前:学校へ行こう! :04/08/21 02:00 ID:siJQoxec
「──拳児クン、本当に寝ているのか──?」
 子供に問いかけるような優しい声。だが、もちろんその問いかけに対する応えはない。
 まだ、朝方ということもあり、回りは静かであった。聞こえるのは、かすかに開かれた播磨の口から漏れる、
規則正しい寝息の音だけだった。
 少しずつ、ほんの少しずつ大きくなる寝息の音。その音が大きくなるにつれて、
吐息の中に、わずかに暖かな感触が混じっていくのが分かった。
 
 ──次の瞬間、ほんのわずかの間、その吐息の音が聞こえなくなる。

340 名前:学校へ行こう! :04/08/21 02:04 ID:siJQoxec
「ただいまーっと!」
 バイトから帰った播磨が、先に家に帰っていた絃子に、陽気に声をかける。
 リビングの壁に掛けてあったアンティークな時計は、すでに午後7時を回っていた。
「おや、おかえり拳児クン」
 絃子は、居間でビールを飲みながらくつろいでいたが、帰ってきた播磨に気付くと、ねぎらいの言葉をかける。
 一方播磨は、絃子に軽く声をかけると、鼻歌を歌いながらそのまま自分の部屋に入っていった。
そんな様子を、絃子はいぶかしげな表情を浮かべながら、播磨を見送る。
 しばらくすると、播磨は普段着に着替え、リビングの方に戻ってきた。
「どうしたんだ、拳児クン。やけにゴキゲンじゃないか?」
 普段とは少々違った播磨の態度に疑問を抱いた絃子は、播磨にそう問いかけた。
「そうか? いやー、やっぱりそう見えるか?」
 そういうと播磨は、自分の顔をだらしなく崩す。
「何かいいことでもあったのかい?」
 絃子は、ニュースを流し始めたテレビを、手元にあったリモコンで消しながら尋ねる。
 一方播磨は、半分にやけたような、そして半分照れたような笑みを浮かべながら、絃子の横に座った。
「いやー、大したことじゃないんだけどさ、今朝ちょっといい夢を見たんでね」
「夢?」
 絃子は小首をかしげると、右手にもっていたビール缶をその形のよい唇につけ、
そのまま喉の奥へと流し込んだ。

341 名前:学校へ行こう! :04/08/21 02:11 ID:siJQoxec
「ああ。まぁ、なんだそのー……」
 そこまでいうと、播磨は照れたかのように自分の後頭部を掻き始めた。
 そんな姿を見た絃子は、ふむと一息入れると、そのまま播磨に先を促した。
「ま、まぁそのなんだ……その天満ちゃんに……そ、そのー」
 播磨は、文字通り顔を赤くすると、いつもの勢いはどこにいったのか、
珍しく口ごもった様子をみせた。
「その?」
「なんていうか……キ、キスされちゃった夢をみたんだよな!」
 播磨の口から発せられた言葉を聞いた絃子は、豆鉄砲をくらったどこかの鳥のように、
面食らった表情を浮かべる。
「そ、そうか。ここは一応、おめでとう、と言っておくべきなのか……?」
 絃子は、驚きととまどいが混じったような、何とも形容のしがたい苦笑いを浮かべる。
 だが、播磨はそんな絃子の様子に気づいた様子もなく、照れるじゃねえか、と言いながらも、
自分が照れた様子を隠すかのように、絃子の背中を軽く叩くのだった。
「こらこら、痛いじゃないか、拳児クン」
「ははは、悪ィ、悪ィ――いやぁ、それにしてもリアルな感触だったな」
 播磨はそう言うと、自分が見たという夢を反芻するかのように、ぼんやりと天井を見上げた。
もちろん、その顔がしまりなくだらけていたのは言うまでもない。
「リアル?」
「ああ、なんつーかな。普通夢ってさ、あんまりはっきり覚えてないことが多いだろ?
 けどよ、今朝のはやたらリアルでさ。今でもその感触が残っているって言うか……」
「ほ、ほう……」
 絃子は、何気ない相づちをうつ。だが、その切れ長の目は、わずかに揺れ動いていた。
 しかし、播磨はそんな絃子の微妙な変化に気づいた様子もなく、
未だその夢の中での感触が忘れられないといったように、しまりのない顔を浮かべる。

342 名前:学校へ行こう! :04/08/21 02:14 ID:siJQoxec
「くーっ! あの感触よかったなぁ。柔らかくて暖かくて……本当に息が止まるかと思ったぜ」
 絃子は、そんな情けない姿を見せる自分の同居人をじっと見ていたが、
やがて恐る恐る口を開いた。
「――拳児クン。ひょっとして、そのキスをされた場所というのは、『唇』だったかい?」
 絃子の頬が、わずかに赤い。
「お? よく分かったな。そうなんだよなー、いきなり俺の唇にこう……」
「スマン、拳児クン! 話の途中だが、ちょっと酔い覚ましも兼ねて、風呂にでも入ってくるよ!」
 絃子は、播磨の言葉を遮るように言い放つと、
自分の隣でだらしなく相好を崩している播磨から、素早く視線を外し、
そのまま播磨から表情を隠すかのように、いそいそとリビングから出て行った。
「な、なんだぁ? いきなりあわてた様子で……まぁいいか。
 そういえば、今夜も天満ちゃんに会えんのかなぁ……あぁ、天満ちゃ〜ん」
 一人残された播磨は、ぽかんとした表情を浮かべながら、絃子の後ろ姿を見送っていたが、
やがて、再びしまりのない笑みを浮かべていたのは言うまでもない。

(了)

343 名前:Classical名無しさん :04/08/21 02:17 ID:siJQoxec
以上です。
ちょっとオチが弱いかもしれませんね(;´Д`)

この逆バージョン(播磨が絃子を起こしに来るバージョン)も考えたのですが、
とりあえずこちらのパターンを選びました。

とりあえず絃子さん、お誕生日おめでとう!
そして、職人の方々、お疲れさまでした(・∀・)
絃子好きの自分にとって、今週は神でした(*´д`*)ハァハァ


感想、指摘はどんな些細なことでもかまいませんので、
どんどんお願いしますщ(゚д゚щ)カモーン

それでは。

344 名前:Classical名無しさん :04/08/21 06:39 ID:GCb0NOyc
絃子さん可愛い!
普段のクールな絃子さんの慌てたところはみてみたいと思っていたけど、
今週見れて更に妄想が加速してたところにこんな可愛い絃子さんSS見せられたら…

俺も絃子さん萌えになってしまいますた。
グッジョブ!

345 名前:Classical名無しさん :04/08/21 11:32 ID:jmK3k85U
>>343
OK、GJ!
口元の緩む絃子さん(・∀・)イイ!
ただ播磨が絃子さんの前でちょっとゆるみすぎなのが気になったかな。


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